Texts
■

第1回講義:グランドセオリーとはなんぞや?

■はじめに

 みなさん、はじめまして。この講義を受け持つ宮台真司です。

 この講義は半期ですから、全部でおそらく13〜4回授業があると思います。もちろん社会システム理論についての全体像についてお話しすることは、基本的にはできません。社会システム理論のなかのいくつかの基礎概念、例えば「システムとは何か」、あるいは「制度とは何か」「信頼とは何か」「ルールとは何か」「機能とは何か」「進化とは何か」「学習とは何か」「適応とは何か」、とざっと思いつくだけでもすぐに7つ、8つくらい最も注目的な概念が出てきます。

 さらに、ややテクニカルなことになってくると、例えば分化(differenciation)とか、一般化・特殊化とか、いくつかこういうふうな概念について思いつくことができます。

 こうした基礎概念をある程度理解してもらった後で、例えば権力ないしは政治・宗教・教育、性愛、法システム、科学とか、先取りして言えば、僕たちの社会の中に存在する、比較的分化したものについてお話します。

 分化ってわかりますか?分化というのは、システムとかで説明していかないとダメなんです。とても説明しようがありませんが、それぞれ分化したコミュニケーション領域が、なぜ、どういういきさつで存在するのか、そのような分化したコミュニケーション・システムが存在することの意味、つまり、例えば機能はどういうことであるのかとか、そうした話をしていきたいと思っています。

 今日はガイダンスのつもりで来たので、さほど時間は使いませんけども、「システムとは何か」ということの触りだけをお話しすることにいたします。

 ちなみに、こういうことについて一挙に理解するためのテキストというのは今のところどこにも存在しません。私が「書け」と言われているんですが、書くヒマがありません(笑)。暇はどこにもありませんが、皆さんが比較的読解しやすい範囲で言うと、いくつかの本があります。

 もちろん入手できるものですが、ニクラス・ルーマンの『信頼』という本です。勁草書房から出ています。非常によくできた基礎文献の一つです。あともう一つ、同じニクラス・ルーマンの、『制度としての基本権』。これも非常によくできた文献です。基本的人権や憲法の機能について説明した本ですが、これは木鐸社から出ています。あと、今日触りでお話しする部分については、今田高俊・友枝敏雄編の『社会学の基礎』という教科書があります。この本の中に、比較的長い130枚の文章を、僕が書いています。その文章の中で、今日お話しする「システムとは何か」ということについて、比較的詳細に説明してあります。意欲のある方は、こういうものを読んで研鑚を深めていただきたいというふうに思います。

講義メモ:ルーマンの著作はいきなり読むのはかなり大変です。読んでわかんなくても別に自分の頭の性能を疑う必要はないです。ちなみに社会学の先生の中にも「ルーマンは難しくて読んでもいまいちわかんない」と言う人さえもいます。わかりやすい入門書としてはG.クニール、A.ナセヒ「ルーマン 社会システム理論」(新泉社)があります。ちなみにこの本はドイツで大学初等過程の教科書として使われています。

■グランド・セオリー(一般理論)の重要性

 システムの話に先立って、もう少しガイダンスに相当する部分をお話しします。社会システム理論とか、あるいは社会学的機能主義ないし機能主義的社会理論と言われるようなものは「グランド・セオリー」と言われます。社会学の中にはいろいろな個別領域がありますね。性について論じたり、家族、宗教、政治、音楽、サブカルチャーについて論じたり、いろんな個別領域がありますが、その個別領域のどれをとっても例外なく適用できるようなタイプの一般理論、これをグランド・セオリーと言います。もちろん、一般理論、ゼネラル・セオリーという言い方もします。

 今、社会学を専攻している研究者の中で、いわゆるグランド・セオリーの研究者と言われる人間はほとんどいないという状態になっています。先程申し上げましたような、グランド・セオリー(もしくはゼネラル・セオリー)に関する教科書がないということは、そういうことを専門的にやる研究者がもういなくなってしまった、ほとんど絶滅してしまったことに、大きな理由があります。

 一部の人はご存じかもしれませんが、僕はもともとは理論社会学、数理社会学の畑から出てきておりまして、博士論文『権力の予期理論』が最初の出版物であります。これは10年前(98年当時)、28のときに書いた本です。当時でさえ、『権力の予期理論』のようなタイプのごりごりの社会学理論書は、僕以外、書く人は誰一人いないという状況でありました。その意味で、理論社会学者の死滅というのは今日的な問題というよりも、もうだいぶ前、少なくとも10年以上前には顕在化したいた問題であります。

 ちなみに、僕自身現在、例えば、フィールドワークや統計調査など、いろんな方法を使って研究をしていますけれども、その方法選択のガイドライン、あるいは現象分析の枠組選択、あるいは様々な価値判断のものさしは、グランド・セオリーであるシステム理論に由来しています。

 他人と論争するときも、システム理論について明示的に言及して議論を展開することはないにしても、基本的にシステム理論の訓練をうけてきた者として、そのオーソドックスな枠の中で話をしていくということか僕の流儀であります。

■現在の論壇誌にバカが多い理由

 僕の言うことが実際に真実なのかどうか、あるいは真実だったとしてそのことがいいのか悪いのかという評価は、皆さんにお任せしますが、僕はまだ、論争で負けたことがありません。対談や座談会で劣勢になったこともありません。論争相手が泣きそうになってしまったことはいままでに何度かありますが、校正段階で手を加えているのでつり合っているように見えます。●●●●も●●●●(さあ、誰でしょうね。太めでめがねかけてて・・・・もうバレバレか!)も泣きそうになってしまいました。陰で大口を叩くような連中でもその程度なんですね。ネットにあれこれ書き込んでいるような連中は、もちろんそれ以下、いわばゴミ以下の存在であるわけです(笑)。

 一部には、というか、かなりの人が、僕が単に口がうまいだけだと思っているようで(笑)、僕もそうかもしれないというふうに思わないでもありません。口がうまいということの背景には、性格的な問題(笑)とか生い立ちとか、いろいろあるかも知れません。でも基本的にはやはり、オーソドックスで一貫した理論的バックボーンが僕に存在するということが、とても大きなことだと思います。

 多くの人は、いろんな問題を評価して分析したりするときに、どのような原理的立場に自分が立っているのかについて、曖昧さや自信のなさといったものがあります。それを覆い隠すために、ワイドショー的に比較的わかりやすい情緒に訴えたり、ネットの書き込み的に自意識への過剰な執着で周囲を辟易させたり、まあ斜に構えるという言い方をしますけど「相手がこう言うなら、俺はこう言ってやろう」というその都度の相手に寄りかかったやり方をしてしまうわけです。それでは論争にはとてもじゃないが、勝てません。というか、常勝はできません。

 皆さんにとっては知らない範囲かもしれませんが、論壇誌と言われる雑誌群がありますね。例えば『文芸春秋』とか『諸君』とか『正論』とか。あるいは古いもので言えば…といっても今もあるんですけど『世界』とか『中央公論』、新しいもので言えば『論座』などがあります。しかし、皆さん、暇があったら読んでみればいいんですが、大半がゴミなんですよ(笑)。つまり読まない方がいい。読んでも少しも賢くならないどころか、読んで関心を持とうものならバカになってしまうというものが多いわけです。

 しかしですね、30〜40年前、1960年代の論壇誌は全く違いました。まず論壇誌には、今とは違って一流の学者が書いていました。「一流」という概念に対する合意がなくなってくるということも大きな問題なんですが、当時はだれもが認める一流の学者がいました。政治学の領域では丸山真男法学の領域では川島武宣、経済学の領域では大塚久雄という人たちがいて、実際極めて有能な学者でありました。近代経済学者の中にもいろいろな人達がいましたが、宇沢弘文とか小宮隆太郎とか都留重人とか、いろいろな優秀な学者がいまして、一流の仕事の合間に論壇誌に文章を書くという、今となっては全く信じられないような贅沢な状況があったわけです。

講義メモ:丸山真男はいろんな人がたくさん批判してますが、それだけ日本の論壇、アカデミズムでは大きな存在と言えます。読みやすい文献としては(どれも読みにくいということはほとんどありませんが。)「日本の思想」(岩波新書)があります。宮台センセがよく言う「日本浪漫派」なんかを理解するためにも参考になりますよ。ちなみに有名な「超国家主義の論理と心理」は論壇誌「世界」に掲載された論文です。「日本浪漫派」については(K・マイケル・ドーク「日本浪漫派とナショナリズム」柏書房)を読むことをおすすめします。川島武宣については岩波新書「日本人の法意識」が読みやすい文献です。

 グランド・セオリーや一般理論というものが信頼されていた時代というのは、かたや論壇誌には、一流の学者たちが一流の文章を書いていた時代でもあったということです。ところが、今ではそのようなことは一切なくなっているわけです。論壇誌に書いている人間たちは一流の学者ではありません。というか、一流の学者は、もはや論壇誌に文章を書くことに動機づけられません。

 もちろん、さっき触れかけましたが、「一流」とは何かということこそが実は問題だし、じゃあ論壇誌に書かない一流の学者はどこにいるのかと問われると、ここだ、あそこだと簡単には返答できないぐらい状況は難しくなっているんです。少なくとも論壇誌に書かない人たちの中に、論壇誌に書く人たちよりも、学力的に優秀な人たちがいっぱいいること、これだけは僕が交流する人間関係から見ても、確かであります。

 論壇誌に書いている人達のどこが優秀でないのかというと、さっきの話と同じなんですね。やはりグランド・セオリー、一般理論の訓練を受けてきた人がほとんど存在しないということ。みんな、自分自身の専門領域があるんですが、専門家である以上そういう範囲の中ではそれなりに理論を展開できる。ところが、そういう自分のタコツボの中で吸収してきた知識を、的確な状況認知を欠いたまま、他の領域に拡大して喋り散らすということが起こっているわけです。もちろん自分の枠組の射程と限界を知らないということは、本業の才覚さえ疑われるわけですが、要は、単に無知な輩が、肩書きや名前だけで喋っている状況なんです。それは論外だとして、そもそも論壇誌というものがダメになってしまったのは、グランド・セオリー(あるいはゼネラル・セオリー)、つまりそれは経済学の一般理論であり、法社会学、政治学、社会学の一般理論であるわけですが、そうした一般理論の訓練というものをやってきた人達がもはやいなくなってきつつあるということと、極めて密接な関連があります。

■グランド・セオリーの衰退がもたらすディスコミュニケーション

 ここで問われるべきは、つまり今日ガイダンスで申し上げたいことは、「なぜ一般理論は廃れつつあるのか?」「なぜ、それにもかかわらず一般理論を習得している若干の人間が…例えばわたしの師匠である小室直樹とか見田宗介という人間は、一般理論を徹底的に習得している数少ない社会学者でありますが…やはり論争上ほとんど無敵の人達でありながら論壇誌にあらわれていないのか?」ということです。論争に負けてコテンパンにのされたから退潮したのではないんですね。論争すれば必ず勝つんですけれども、退潮していくわけです。なぜ一般理論をやる人間たちが退潮していってしまうのかということは、これから一般理論に関心を持たれる方は、学習を進めていかれる上でも極めて重要な知識であると思うので、話しておきます。

 それは、コミュニケーション、ないし議論の共通の土俵がなくなったということに尽きます。これは、ニワトリとタマゴの問題になりますからちょっと細かく言っていかないといけないんですけれども・・・。例えば、経験的な話から言えば、僕が中学・高校・大学時代を過ごしたのは、1970年代です。71年に中学校に入って、大学に入ったのが78年ですから、基本的には70年代は僕がティーンエイジャーを過ごした時期に相当します。例えばこの時期の社会学の学生も院生もひっくるめて、基本的に議論の共通の土俵があったんです。どういうことかと言うと、全員マルクス主義についての何らかの知識を、つまり皆さんと比べてはるかに豊富な知識を持っていたわけです。その理由は、1960年代後半は、マルクス主義の影響を強く受けた学生運動が先進各国に受け入れられた時代であり、その流れの中でいろいろ有名な研究者や学者が登場するということがあったからです。

 ですから例えば、大学院生のレベルであれば、マルクスの『経哲草稿』とか『ドイツ・イデオロギー』、もちろん『共産党宣言』のようなものは100%読んでいるわけですけれども、少なくとも基礎文献と言われるようなものについては、全て読み取るわけではないにしても、たいていの人が、斜め読みのようなことはしているわけです。あるいは、マルクスについて直接読んだことが少なくても、先程申し上げた、非常に活力のあった論壇誌などに関心を持った経験があったりしました。だから、基本的にはマルクス主義の基礎概念の多くを、当時の東大、早稲田、慶応、一橋や東工大の学生達や、都立大のような学生達を含めて、大体が知っているという感じでした。

 これは非常に大きな差ですね。皆さんが社会思想ないし社会科学、人文科学に属すると思われる何らかの理論を共通に知っているということは、もはや全くあり得ないわけです。状況はその時代と全く変わってしまっています。以前は、つまり僕が学生時代であった20数年前は、全く状況は違っていたということです。

 70年代は、実はそのマルクス主義だけではなくて、マルクス主義を中和…中和ってわかりますか?毒消しのことです。マルクス主義だった人間が、マルクス主義から離脱するために、あるいはマルクス主義の過剰な浸透を無害化するために、構造主義という思想、ないし哲学上の、あるいは人文科学上、社会科学上の方法論が、先進各国で席巻しました。

構造主義自身は、実は1950年代ソシュール『一般言語学講義』等にルーツを持つわけですけれども、構造主義が脚光を浴びるようになるのは、基本的に「五月革命」(1968)と言われるフランスの学生運動の高まりの後のことであります。まあ、メルロ・ポンティ、アルチュセールとか、レヴィ=ストロースとか、いろいろな人達が出てくることになります。 今日はその中身に全く踏み込まないし、これからも踏み込むつもりは全くありませんが、その構造主義という、マルクス主義と全く対立的というか、あるいは全く無関係な思想潮流が出てきました。しかし、実はそのマルクス主義的なものも、様々な限界を感じていたわけです。その限界を感じた理由は、現実の社会運動の退潮であるとか、あるいは、マルクス主義のようなものでは説明できないと思われるような現象が多々出てくることであるとか、様々な社会の変化が背景にあるわけですけれども、まあ、その中で、実はマルクス主義と並んで、いわゆる構造主義に関心を持つ人も、大変多かったです。

講義メモ:構造主義についてまず入門するには橋爪大三郎「はじめての構造主義」(講談社現代新書)がわかりやすく良書です。読みやすいし、だからといって内容が薄いというわけでもなく、必読書ですね。マルクス主義については、マルクス自身の著作を読んでもいいかもしれませんが、はっきり言ってまともに読んでは大変なので、広松渉の本を片っ端から読むことからはじめることをおすすめします。それもたいへんだなと思う人は浅田彰、柄谷行人他「マルクスの現在」で頭をならしてみるのもよいでしょう。昔の人(学生運動世代など)も多分マルクスを読んでもわかっていた人は、一部だっただろうし、マルクス主義ばっかり勉強しようと思ってる人は現在ほとんどいないでしょうが、やはり一定のラインの理解は絶対必要でしょう。全く知らないのはさすがにまずい。

 (一部)論壇誌では、いまだにマルクスの悪口を書きまくっている評論家と呼ばれている人もいます。僕自身マルクス全盛時代は全然知りませんが、今更「マルクスは・・・・」みたいな文章を書いても読まれる(読まれるから掲載されているのだろうから)ことから考えると「マルクス」の名前は他の思想家とは全然意味が違うようです。最近ではマルキストではなく、へんてこなアンチ・マルキストがマルクスで飯を食っているというなかなか笑える状況を(一部)論壇誌で見ることができます。

 したがって、例えば大学4年生とか、大学院生のレベルでは、やはり構造主義の、何らかの基本文献を全員が読んでいる。したがって、構造主義の基本概念、「示唆性」とか「恣意性」「差異」「体系」という概念についても、ほとんどの人間が知っていました。 ほとんどの人間が知っていたということはどういうことかというと、例えば、個別の人間が宗教を研究しているとか、政治を研究しているとか、あるいはセックスについて研究しているとか、あるいは…何でもいいんですが、つまり研究領域はそれぞれ違ったとしても、みんな同じ土俵の上に乗れるということがあるわけです。ですから、政治について議論している奴が、セックスを専攻している奴にイチャモンをつけるということがあるし、性について専門に研究している奴が宗教について研究している奴に「お前の議論はおかしい」というふうにイチャモンつけるということがありえました。

 これは現在の大学院や、あるいは学部のゼミでは、また研究者の世界でも、まったくあり得ません。どういうことかと言うと、いわゆる専攻と言われる分野で、「家族」やっている、「宗教」やっているといったことが違うと、基本的に共通の土俵が存在しないということです。つまり、共通の土俵というものが、実はグランド・セオリーというものについて人々に関心を向けさせたり、あるいはグランド・セオリーについて研究してみようと人に思わせる、非常に重要な条件であるということです。

 つまり、共通の土俵があったとしますね、例えばマルクス主義のようなものですね。「マルクス主義は違うんじゃないか、共通の土俵を取り替えよう」、「じゃあ構造主義の方がいいんじゃないか」というふうに思う人がいる。同じように、「いや、構造主義の方がおかしいんじゃないか」と言ってシステム理論という土俵に取り替えようとする人達もいます。実際、システム理論という枠組みは、戦後アメリカで、主にパーソンズによって開拓され、展開された領域であるわけですけれども、近代経済学出身の学者パーソンズは、基本的にはマルクス主義に取って代わる、マルクス主義を全面否定するグランド・セオリーの枠組みを作るということを最大の目標にしていたんです。

 グランド・セオリー、ないし共通の地平が存在する、しかしその共通の地平が誤っているんじゃないか、と思う人間が別のオルタナティブなグランド・セオリーを研究・公表しようというふうに思い立つ。そういう動機づけの構造が、かつては存在し得たわけです。逆に言えば、今はそれがなくなったんですね。人々が共通のコミュニケーションの前提を持つということがなくなった、したがって人々の共通の前提が間違っているんじゃないかというふうにしてオルタナティブを提案しようという動機、これが失われていったということ。原因はほぼこれに尽きるというふうに言っても過言ではありません。

 「誰のせいだ」と言っても始まらない部分がありますが、後知恵的に振り返ってみると、例えばゼネラル・セオリー、一般理論の研究家にも問題がなかったわけではないと思うんですね。つまり、そのようないわゆる個別化傾向、あるいは特殊化傾向、共通の前提が失われていき、それぞれ閉じた空間の中で優位性が確保されていく、あるいは閉じた空間の中でしか優位性が確保され得ないような状況が、実は20年ぐらい前から顕著になりつつあった時だというふうに、僕は思います。

■文化領域にみるグランド・セオリーの衰退原因

 一見、関係のない領域のように見えますが、例えば1970年代を通じてサブカルチャーという概念は随分変質していまいました。サブカルチャーは、1960年代、今から30年前までは、「カウンターカルチャー」とほぼ同義で使われていました。「カウンター」というわけですから、カウンターを当てる、いわゆる正しいものというか体制的なもの、いわゆるエスタブリッシュメントと言いますが、そういうものが存在したわけです。エスタブリッシュメントに対するカウンター、それがドラッグであったり、あるいはヒッピー的なライフスタイルであったりとか、それを一括してサイケデリックというふうに言ったりしましたけど、そういう体制があって、それに対して、カウンター、アンチ体制があるというような状況が、30年くらい前にはあったんですね。

 ところが、70年代になると、カウンターカルチャーと同義であったサブカルチャーという概念が変質します。つまり、70年代において既に「メインなきサブ」と言われていましたが、カウンターを当てるべきエスタブリッシュメントというのがよくわからなくなってきたんです。いわゆる分化ですね。分化していくということがあります。

 「メインなきサブ」、つまりサブが並立しているような状況が70年代を通じて先進各国で次々に浸透してくる、日本では階級というのが存在しないので、その影響、進行は特に激烈、ドラスティックであったように思います。

 「メインなきサブ」というのは、カルチャー領域のことですね。それまではカウンターという意味は、メイン、あるいは世界全体を見渡して、それに対するオルタナティブを唱える、つまり、全体に対するオルタナティブというような指向性、オリエンテーションがありましたが、「メインなきサブ」の状態になると、結局自分の居心地のいい場所を探すという感じになるんですね。あるいは自分の尊厳が脅かされないような穴潜りの穴みたいな感じになってくるわけです。

 カウンターというのは、つまり自分以外、あるいは自分たち以外の大半が自分たちを否定してくるような、そういうような表出行動を、リスクを課して行う、そういう比較的リスキーな振る舞いを意味したんですが、むしろ、メインなき時代のサブカルチャーというのは、わかりやすく言えば、リスクの低い領域におけるコミュニケーションの指向をむしろ温存するような役割を果たすように機能するようになっていったということがありました。

 これは文化領域のことですけれども、これとほぼ同じような、あるいは全く同じようなことが、学問、人文科学や社会科学の領域で存在したというわけです。全体に対する概念を提供しようという概念は、全体の同等性、あるいは全体の同質性というようなものがなければありえませんが、それが失われたという、先程の繰り返しですね。

 そうしたことの中で、一般理論というものに対する参加意欲、研究意欲というものが失われていくことになります。失われていくというのは、簡単に言えばそういうものを研究しようとする研究者の数が減っていくということです。ですから例えば、僕の同僚でいえば、かつては一般理論を指向していたような連中が、次々に戦線を縮小し、個別の領域を発見していくということになるということです。

■無知な論者よ、グランド・セオリーをくらえ!

 したがって、その中で一般理論の側に問題がなかったというわけではないということはこういうことです、つまり、70年代にそういう動きがあったときに、僕はそういう動きを気がついていました。周りの人間も気がついていたと思いますが、やはり、そこで打つ手があったと思います、本当は。

 どういうことかというと、まあ僕自身の検証スタイルの問題でもあるわけですが、一般理論を一般理論として議論して提示するというやり方では難しくなってきているので、一般理論の必要性や威力をわかってもらうためには、一般理論を知らない人間がやった議論にぶつけるということですね。

 例えば、教育に関する議論、一般理論を知らない人間がやっているアドホック(特殊)な議論があるとすると、それに対して一般理論を知っている人間が同じ水準、同じ議題、同じアジェンダー、討論課題について議論をぶつける、それを凌駕する。あるいは性なら性の領域、政治権力なら政治権力の領域、様々な領域で個別に議論が行われている所に出掛けていって、それこそ道場破りのようにしてですね、そこで行われている議論を凌駕していくということを実践的に示す必要があっただろうと思います。そのことによって、一般理論に対する価値評価がこれほど下がることをくい止めることができただろうというふうに思います。

 さきほどの繰り返しになりますけれど、一般理論を知っている私の諸先輩の方々を見るにつけても、一般理論を知ると知らないとでは、論争に勝つ確率も全く違えば、そもそもそれと結び付いていることですが、議論の深度も、全く違ったものになります。

 社会科学の分野は確かに細分化している、極めて広大な領域を覆っているので、細分化はまぬがれないという部分があると思います。しかし、ある分野で行われている研究に関して、隣接分野で、対象から若干ズレていたとしても、はるかに進んだ、あるいはやや進んだ見解が既に一般化しているということがあります。ところが、タコツボ的になっている状況では、隣接分野では何が行われているのか、多くの人は知りませんから、非常に稚拙で、ずさんな時代遅れの議論が相変わらず権威の衣をまとったまま流通するということが起こりがちになるし、現に起こっています。

 今日の主題ではないのであまり言いませんが、教育学、ないし教育というものは、社会学者、あるいは一般理論を研究してきた社会科学者から見ると、幼稚園児以下のレベルの議論が横行していると言っても差し支えありません。教育学という大学の制度的なシステムが、無意味な議論を淘汰されないまま温存するということが起こっている典型であります。

 今、教育学の批判をしましたが、その批判を社会学、ないし例えば社会学の一般理論の研究者にも向けることができるわけであります。

■社会を知らない社会学者・・・・あれ?

 社会学というのはコントが創始者だと言われていますが、フランスの建国以降、サン・シモンといったような人達によって、今から何百年か前にその芽がまかれていました。しかし、僕たちが近代社会学と言っているような、つまり今でも使えるような理論枠組みが提示されるようになったのは、ウェーバー、ジンメル、デュルケムという三羽ガラスが活躍した19世紀末、20世紀初頭以降であり、100年歴史があるかないかということであります。

 この近代社会学の創始者たちを見てみると、当時は大学に社会学という講座はありませんから、政治学出身であったり、人類学出身であったり、宗教学出身であったりするという感じで、それぞれの既製の学問領域の中で、伝え切れない問題があると考える人間が、それこそ問題意識専攻型で議論を始めたんですね。その問題意識は多くの場合、近代社会とは何であるかということですが、近代とは別に経済成長率が上がるとか重化学工業化するというようなことではありません。それを含みますけど、もっと大きなことですね。

 もっと大きなことというのは、そのような重化学工業化が進むためには、社会制度、あるいは社会システム全体の大きな改変が必要なわけです。つまり重化学工業化の結果何かが起こるというよりも、重化学工業化が起こるために必要な社会システムの大改変があるわけですが、まあそうしたものを例えば「近代化」と、とりあえず呼んでおくとします。その近代化というのは、政治学の領域では伝え切れないわけですね。宗教学の領域だけでも伝え切れない。宗教学も政治学も、法学も、ありとあらゆる学問が必要であると同時に、それを寄せ集めるのではない、それをまとめる一つの中心化、統合原理が必要になったんですね。その統合原理を探すために社会学という学問をやりはじめたんだという考えがあります。わかりやすく言えば、社会について、もっとより良く知るために社会学という学問が始まったということですね。

 ところが、人文社会科学系のあらゆる学問が例外なくそうであるように、問題意識専攻型で成立した学問も、しばらくすると大学に講座ができます。そうすると、大学人事の網にかかるように、過去10年ぐらいの論文を適当に読んで業績をでっちあげる、「社会を研究する」というよりも「社会学を研究する」ことによって社会学者を名乗る人間が…これは社会学者に限りませんよ、どんな領域にも起こることですが…、必ず増えていくことになります。

 「自己準拠」というのは実は社会システム理論の中で非常に重要な概念ですが、社会学者が社会を参照するのではなく、もっぱら社会学だけを参照する、その結果、社会学者の中だけでコミュニケーションが閉じていくということが起こっています。さらにその結果として、例えば皆さんを含めて、一般の方々から見ると、社会学者の発言を実際聞くと、社会学者は「社会を知っている人」というよりもむしろ「社会学を知っている人」という色彩が強くなります。

 あるいはもっと極端なケースでは、社会を知らないことの埋め合わせとして社会学を知っているというふうに、つまり社会を知らないことの埋め合わせに社会学が使われていくことがあります。つまり逆から言えば、社会学を知っているがゆえに社会を知らない人とかですね、そういう滑稽な現象が広範に広がっていくことになります。

 これは本当に重要な問題なので議論したほうがいい部分です。アメリカやイギリス、英米圏では、社会学、ソシオロジーというものは、非常に地位が低下しているのです。例えばアメリカでは、マスコミでもう社会学者がコメントするということはあり得ないことになっています。イギリスでも、ケンブリッジの社会学者、ソシオロジストを名乗る人は、アンソニー・ギデンズ一人を除いて一人もいないということになりました。

講義メモ:ギデンズは英首相T.ブレアの政策に多大な影響を与えている学者です。去年あたりにギデンズ「第三の道」という本が日本でも翻訳され(確か京大の佐和隆光氏によって)出版されました。最近のイギリスのみならず、ヨーロッパの社民主義などに興味のある人は一読してみてください。

 それには、いろんな理由があるんです。今回の話に関連する範囲で言うならば、「社会学者は有益な分析、研究を社会に提示できない」。いいですか。社会学者に対してではないですよ。簡単に言えば、社会学者は社会学者でない人に有益な研究成果を提示できていない、だからいらないんだというんですね。いかがわしいことをカルト的にやっている人達だって言うイメージが(笑)、かなり広く広がってしまっているということです。

 もちろんその中にもいろいろな要因がありますよ、例えば、アメリカは極めて市場化された社会です。したがって、研究者の間でも論文の数を競います。そして、それが実は就職に非常に大きなアドバンテージになる。そうするとですね、比較的研究コストが低い、つまり論文を量産できる研究に人が群がるようになります。論文を量産できる研究というのは、典型的に言えば、調査を一発やって、モノグラフをまとめるというタイプですね。そうすれば、調査をやるたびに次から次へと論文を発表できます。

 このような研究スタイルが、社会学者でなくても、誰でも調査すれば書ける程度の論文じゃないか、という水準の論文を量産することになると同時に、グランド・セオリー、一般理論と言われる、比較的コストのかかる、長い時間研究してようやく一冊の本がかけるかどうかというタイプの研究をするような人間は、やはり消えていくことになった。そういうことも非常に大きな理由です。

 更に言うならば、英米系に関して言うと、そのようなグランド・セオリー、あるいは世界に関するイメージ、世界観と言えるようなものと結び付くような大きなふろしきというものについて、もともと一般的に信用しないという、プラグマティックな伝統があります。このことも社会学には非常に不利です。結果、英米系では社会学の地位は年々、急速に低下しています。

 逆に、比較的社会学者の地位が高いのは、枢軸国、日本とかドイツ、イタリア、スペインではかなりまだ…「まだ」という言い方はこれからダメになっていきそうですけれども、そういう可能性があると思うんですが(笑)、まだかなり力があります。

 これは、僕もいろんな本で一部述べていることでありますけれども、社会学が20世紀に果たした、あるいは期待されていた課題というのはもしかしたらあったのかもしれない、というふうに思わせる。それはつまり、連合国というかですね、非枢軸圏では比較的早く用済みになり、旧枢軸圏では、まだ長い間、これからもかなり長い間残るかもしれないというニーズだというふうに思われます。

 この辺の話も本当はもう議論の本題に踏み込んでいる話なんです。例えば、「人権」とか「基本権」という概念が自明な社会だとしますね。独立戦争とか、名誉革命とか、そういう革命を経験したような英米仏のような国では、歴史が背景になって、人権というのは基本権だという概念だというものに対する概念は、全く自明です。枢軸国は、基本権、あるいは人権という概念を、全く自らあみだしたところはない。戦勝国、連合国に押し付けられたんですね。よって、人権とか基本権とか言っても、概念の自明性ができにくいのです。「人権が導入されることで何が起こるんだろう」というふうな相対化的な思考というのは、むしろ連合国的な空間よりも、旧枢軸国的な空間の方が広がりやすいし、相対化をしやすい。社会学にとっては、相対化にとってもむしろ枢軸圏の方が土壌として有利であるということがあるかもしれません。それがまあ、枢軸国で社会学が残る大きな理由であるように思います。

講義メモ:「基本権」に関しては宮台センセがさきほど紹介していたN・ルーマンの「制度としての基本権」がセンセが今お話しした内容の実例です。ちなみにこの本からルーマンは読むとよいそうです。

 今のは蛇足でしたが、いずれにしても「社会を知らない、社会学だけ知っている」というタイプの研究者が、これはもう枢軸国圏を問わず、やはり社会学が歴史をもてばもつほど出てきてしまうということがあるわけです。

 今から30年ぐらい前、まだ論壇誌が元気だった頃は、一流の社会科学者は、大衆よりも世界を知っているという信頼がありました。あるいは社会学者は、社会学を知らない人よりも社会を知っているという信頼がありました。

 皆さんにはもはやそういう観念が存在しないはずですね。社会科学者が社会科学を知らない人よりも社会をよく知っているということがありうる、とは素朴には信頼されないはずです。信頼している人がいるとすれば、アブない人達だというふうに思います。今はそういう時代ではありません。社会を知るということについての概念が、つまり社会を知るということが何を意味するのかということについて、かつてのように素朴に考えることはできなくなってきたわけであります。

 本当は、話すと長い話になりますけれども、知識人と大衆が社会にいるんだという枠組みが、実はその60年代を境に大きく崩れていくということにも結び付く話であります。知識人というのはかつて大学に職を持つマルクス主義者、ないしごく一部の優秀な近代主義者のことを言いました。ごく簡単に言えばグランド・セオリーをやっている大学教員が知識人だというふうに考えられていた時代が続きましたが、1970年代に入って、ものすごい急速に、そういう知識人に対する信頼…つまり、社会には知識人と大衆がいて、知識人というのはエネルギーはないが社会の方向性について知っている。大衆っていうのは、方向性を見極める力はないが、エネルギーは存在する、と。したがって、エネルギーはあるけど頭がおよばない人達と、エネルギーはないが頭がある人が合体すれば、革命も速やかに進行するし、近代化も速やかに進行する、これが知識人と大衆の図式でありましたが、こうしたものはすぐに廃れていくということになったわけであります。

 このことについての社会科学者、社会学者の責任、ないし社会学、社会科学一般に起こった事象を積み重ねることによって起こるある種の自閉化の傾向ということについてはもうおわかりいただけたと思いますね。

■不透明なものを透明化するグランド・セオリー

 話を戻しますけど、結局、どういうことが起こっているのかというと、これも社会システム理論で非常に重要な概念ですが、分化が極度に進行して、共通の地平がなくなったというか、不透明性が極度に上昇しているわけです。誰がどこで、何が悲しくて何が楽しくて何をしているのかわからないという状況が、どんな領域でも例外なく、政治の領域でも、家族や性の領域でも、サブカルチャーの領域でも、学問の領域でも、不透明性の上昇というのが存在しているわけです。

 みんな、自分の前に視界が開けていますね。しかし、自分が見えている視界の外側に、自分から見えていないものすごくたくさんのものがあるんだということについての暗黙の了解が存在します。もっと言えば、自分の目の前の存在が解決できたとしても、それは本当にローカルな解決でしかないんだということもぼんやりとではありますが、先取りされてると思うんですね。そういう状況になっているがゆえに、ある種の、分かりやすく言えば「分析に対する飢餓感」というものが生じているように思います。

 それは例えばどういうことかというと、僕は分析をするわけですが、分析をする本、必ずしも易しくない本を書いているわけですけれども、ニーズは高いです。それは僕自身、マスコミを利用したいろんな戦略の勝利という部分がないわけではないと思うんですけれども、僕自身はいろんなところでいろんなコミュニケーションをして、分析にたいするニーズの高まり、つまり、分析というのはそういう不透明性を中和する、透明化することですが、そういうことに対するニーズの高まりというものを非常に感じました。当たり前ですよね、見えなくなればなるほど、つまり不透明になればなるほど、視界を透明化したい、自分がどこにいるのか知りたい、「ここはどこ?私は誰?」状況を解決したいとなっていくというのは当然のことであるわけです。

 現行存在するのはそういうニーズが、つまり不透明性を中和したいというニーズが高まっているにもかかわらず、不透明性を中和するのに必要な枠組みが存在しないということです。不透明性を中和できる枠組みというのは細々と分化した社会領域の全てを、例外なくまな板の上に乗せることができるような、一般的なものでなければなりません。なぜならば、一般的なものでない限り、それはまたぞろぞろと、ローカルなコミュニケーションの空間を作り出してしまうことで終わってしまうからであります。

 つまりですね、ありありてグランド・セオリーというものの多くを追求する人達は減ってきたし、現に一般理論の水準でコミュニケーションを図ったりということもなくなってきているんですが、しかしながら、それはニーズが消えたということを意味しているのではなくて、実はニーズは存在しているということです。ニーズというのはどういうニーズかというと、必ずしもアカデミズムの中に存在しない人達も含めた、広範なニーズが存在するということです。

 アカデミズムだけに限れば、先程申し上げたように、そういうふうな事情が存在するがためにグランド・セオリー、一般理論をやるということは確かにリスキーなんです。どういう業績をあげられるかもわからない。業績をあげて評価されるかどうかも、わからない。あるいはそもそも共通の土俵が存在しない中で、その理論をやろうというふうに動機づけられるそのものが大変難しい。動機づけ水準での困難というのは今でも存在します。したがって、今の大学院、どこに行っても、全世界的に一般理論をやろうとする人は極めて数が少ないし、これからもどんどん減っていくでしょうね。しかしそれは、動機づけを支える構造が消えていくということであって、実は一般理論を知りたい、一般理論によって不透明化を断ちたいというニーズは明らかに存在しているというふうに、僕自身は考えているわけです。

 実際にその一般理論を学ぶことによる認識理論はどこにあるのか、それも今言ったことですね、透明化ということになります。教育学者が教育について語る、家族社会学者が家族について語る、宗教学者が宗教について語る、それなりに一生懸命やっているんだと思われますが、どうでもいいことのように感じるんですね。どうでもよくないことであれば、よくないのかというニーズが存在するという状況を、一般理論に関する知識によって打ち破れるのではないかというふうに考えていることであります。

 今日は比較的分かりやすい話をしましたが、来週以降、こういう概念のそれぞれについて少しずつ深いところに入っていくことになります。

■次週の予習ですよ

 ちなみに、システムということについては来週詳しく話しますが、ここで簡単にだけ言っておきましょうね。

 例えば、皆さん、自分についていろんなイメージを持っていますね、自分はこういう人間だ、という。自分は頭がいいとか、モテないとかいういろんな自己イメージを持っているはずです。実は、皆さんがどういう自己イメージを持っているかということは、皆さんの行為選択に大きな影響を与えます。自分は頭がいいと思っている人間と、頭がよくないと思っている人間では、あるいはモテると思っている人間とモテないと思っている人間では、行為選択の在り方は当然また違ってきてしまいます。

 したがって我々の選ぶ行為というのは、自己イメージによって前提づけられている、条件づけられているという言い方をします。これは決定とは違いますよ、決定と条件づけとは全く違います。条件づけられています。

 よく言う例ですが、「自分はモテる」というイメージに基づいてナンパする。しかし、行為の帰結というのは、必ずしも予想した通りの体験が得られるとは限りません。ナンパしてフラれる、思いどおりの結果が得られない。自分は頭がいいと思ってチャレンジして、失敗するということが起こります。その体験が自己イメージにフィードバックされて、「おれはやっぱり頭がいい」、「おれはやっぱりモテるんだ」というふうに評価されることもあれば、「ああ、思ったよりはおれはダメな奴だ」とネガティブにフィードバックされるケースもあります。

 このような循環ないし、さっき条件づけと言いましたが、交互的な条件づけが存在する場合、あるいは循環と言いますが、前提の循環、行為を自己イメージが前提づける、行為の結果得られる体験ですが、これをワンセットとして考えますと、行為とそれによって得られる体験が自己イメージを前提づけますね。ある行為をしたら失敗した、ある行為をしたら成功したということが自己イメージを前提づけます。前提循環が存在する場合、これをシステムというふうに呼びます。

講義メモ:決定または規定と条件づけの区別はとても重要です。ここでは「交互的条件づけ」について考えてみましょう。一方がもう一方を決定するという考えかたを「決定」「規定」とするなら、どちらももう一方に対して、独立した決定権を持っているのではなく、両方とも「決定権」を持っていないものの、互いに連関しているものが「交互的条件付け」と考えられます。上の例で考えるならば、「もてる」ことが「ナンパをする」ことを規定するわけではないですね。え?わかんないって?ではなぜ「もてる」と思ってるのでしょう?「何度かナンパが成功したことがあるから」「いろんな人に告白されたことがあるから」、「規定」で考えるならば、前者は「成功した」ことが「もてること」規定して「もてること」が「ナンパする」事を規定したということになりますよね。では、今回のナンパの結果はなにを規定するのでしょう?そうです。さっきの「もてること」(というセルフイメージ)ですね。あれれ?循環してしまいました。これでは「何」が「何」を規定してるのかわかんなくなりますね。つまり「交互的条件付け」ではお互いが、それぞれお互いに対しての前提になっているわけです。互いにそうなのですから、一概に何が何を決定するとは、もしくは規定するとは言えませんよね。このようなありかたが、「規定」「決定」と異なる「交互的条件付け」です。ちなみに、さきほどの後者の例でも同じことになるのはわかるでしょうか?

 実はそのシステムという概念には、システム理論の歴史を振り返ってみると、都合3段階くらいのステップがあります。今日はその話はしませんが、いずれにしてもこのような交互的な条件づけ、前提循環が存在する場合、そこにシステムが存在すると言います。

 これはですね、決して外から何も影響を受けないという意味ではありません。自己イメージは行為を決定しません。行為を決定するものは何かということは一概には言えません。自己イメージは行為に影響を与えるということです。他にもいろいろな雑多なパラメーター(環境変数)、他の条件も影響を与えます。

 で、実際にある行為をしてある体験が得られたということが自己イメージにどういう影響を与えるのかというのも、実はそれだけじゃなくて、他のいろんな条件によって左右されます。そういう環境変数、あるいは、パラメーターによって、その値は影響されます。そうしたいろんな要因が存在しています。その全体が自己イメージを決め、その全体が行為を決めるということになりますね。こういう構造です、こういう構造が存在したときに、そこにシステムが存在するふうに言えます。

 このようなループが、実はいろんな場所に存在しています。我々の、いわゆる生物学的な意味での有機体もこのような交互的な条件づけ、ループによって成り立っています。

 来週は、先程紹介した『社会学の基礎』を入手される方もいらっしゃると思いますので、それにも書きましたが、いわゆるロボットと有機体はどう違うのかという話を、一つ重要な手掛かりとして、この交互的条件づけということについて、もう少し深めていきたいと思います。

 この定義だけですと、ロボットと有機体を区別することが必ずしもできません。ところがロボットと有機体は違いますね。何が違うのかということを、一口で言える人、いますか?これは一口で言えるんですね。ロボットは形を取り壊しますよね。壊しますとバーンとぶっこわれて部品がこぼれていきますが、部品は残ります。いいですか。残った部品をつなぎ合わせれば、またロボットになります。あるいは壊れた部品だけ取り替えれば、またロボットとして動きます。

 生物有機体を殺しますよね。そうすると、まず体が硬直した後、臓器が機能停止し、そして細胞組織が死んでいって、結局最終的には溶けてしまいます。ロボットと違って、壊した後部品が残るということは、有機体によっては存在しません。これはとても重要な違いですね。ロボットは壊しても部品が残るが、生理有機体は壊すと部品が残りません。部品と言えるような実体は残りません。これは全く大きな違いです。

 社会システムと言われるものがどちらに近いのかということは、もう皆さんの直感で構わないんですが、明らかに生物有機体に近いと思います。生物有機体に近いということについて、おそらく疑念がある人もいると思うんですね。社会がなくなったって人は生きているじゃないか、というふうに考える可能性があります。この辺のことを議論するには、もっと概念的な詳細に踏み込む必要がありますが、それは次回ということにします。

 今日は以上。


Top