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宮台真司からの近況報告です。更新はセンセの忙しさ次第で不定期?

Message from ミヤダイ
2003年2月28日
(前回の書き込みは2月19日です)
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僕にとっての寺山修司体験
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 僕の寺山体験は、映画です。僕が中学に入ったのが71年。人力飛行機舎ができたのが72年で、中学3年ぐらいから人力飛行機舎の映画を見るようになりました。いきさつは、中2の時に若松孝二の映画にハマッたこと。池袋の文芸地下劇場で見た『ゆけゆけ二度目の処女』と『現代性犯罪絶叫篇・理由なき暴行』がきっかけです。さらに中3の時に、新宿のアンダーグラウンド蠍座で見た足立正生の『銀河系』にハマり、その直後に、吉祥寺かなんかで寺山の一連の短編映画を見て、すごい感激したんですね。
 僕が特に覚えてるのは『消しゴム』っていう映画。僕って両義的な作品が好きなんですよ。この作品だと、「そうか、記憶が人を不自由にしている。だから消しゴムで消さなきゃいけない」というモチーフと、「でもそうやって記憶を消しちゃうと、自分は何者だかわかんなくなって、不自由になっちゃう」というモチーフの両義性があります。「記憶があっても不自由、記憶を失っても不自由、すごいモチーフだな」って感激しました。もちろん『消しゴム』というタイトルが典型ですが、寺山作品はあざといものが随分ある。『消しゴム』も見直ししてみると、こんなに分かりやすすぎていいのかと不安になるほど、あざとい。でも、いまの読解力がない若い人たちにとっては、あざといぐらいがちょうど良い。
 僕は寺山のモチーフは一貫して「不自由」だと思ってるんですね。いま記憶という話をしましたけど、まずは「時間軸での不自由」がある。僕たちが不自由なのは記憶があるからで、だから記憶から自由にならなきゃいけない。でも記憶がなくなってはかえって不自由になる。ならば記憶を捏造しなきゃいけない。それが寺山の理屈です。良いなぁと思って。ちなみに若い頃にエンカウンター・グループに関わって、記憶の大半が──特に性愛についての記憶は──捏造されたものであることに気付いた僕は、寺山を思いだして、「ああ、自分は記憶の捏造で自由になっでいたんだな」と感慨に耽りました(笑)。
 つぎが「空間軸での不自由」。僕が「片輪的オブジェ」って呼ぶモノがあります。足立正生の映画であれば、天から降ってくる松葉杖だったり、公共の場所に置かれた仏壇だったりします。寺山の場合にも、フリークス的なもの、サーカス的なもの、葬儀屋的なもの、おじいさん時計的なもの、と色々ある。僕はすごい好きなんですね。「片輪的オブジェ」とは、日常の空間に亀裂を入れるモノです。その亀裂を手がかりにして、非日常の空間に入っていける。その意味で、自由への扉です。「社会」──人間関係的なもの──から、「世界」──ありとあらゆるもの──への扉です。
 もう一つ、「個体であることの不自由」もある。僕がすごい感激したのは、中3の時に『書を捨てよ、町へ出よ』っていう彼の初の長篇映画を見たとき。制服を着た少女たちが集団で歌う。制服は不自由の象徴だし、とりわけ僕にとってはそうです。麻布中学3年の時に、クラスで2人だけ制服を拒否してジーパンとTシャツで通っていた生徒がいて、僕がその1人でしたから。ところが、そういう不自由な制服を着た少女たちが、集合的身体を駆使することで、一挙に自由へと飛躍する。これも自由への希求の一つのあり方ですね。
 ただ、いちばん重要なことは、寺山の作品に見られる、自由をめぐる両義性です。僕はそこに魅かれます。要は「不自由なのは、悪いことなのか」ということです。いまの制服の話でいえば、制服は不自由です。制服を着た女子高生は不自由です。でもそういう不自由があるからこそ、集合的な身体性を通じて自由になることの「強度」(濃密さ)もまた存在します。その部分を取り出したのが、女子高生たちが歌って踊る「制服向上委員会」じゃありませんか。
 さっき述べた記憶の問題も同じです。記憶に縛りつけられれば不自由だけど、記憶を消せば自由かといわれれば、そうじゃない。記憶があっての不自由ですが、不自由についての記憶があっての自由です。「片輪的なオブジェ」も同じこと。さっき述べた、松葉杖とか仏壇とか乳母車とかフリークスとか、「片輪的なオブジェ」として持ち出されるモノは、日常世界では不自由をこそ象徴するものばかり。でもそれこそが自由への扉になる。不自由の側に最も近いものこそが、最も自由に近い。まったりした日常を生きるいまの若い人たちにも、自由が不自由で、不自由が自由だというのは、説得的な逆説でしょう。僕も当時は中学生でしたが、そんな僕も分かるくらいに、とっても典型的な形で逆説を提示してくれるのが、寺山でした。それが僕の寺山体験であり、寺山が凄いなって思った理由です。
 高校生のときだったけど、寺山の短篇映画の上映イベントで、ナマ寺山が舞台に出てきて喋るところを見ました。実にカッコイイんです。シークレットメッシュシューズ(背を高く見せる靴)を履いてて、黒づくめで、長いマントを羽織って。いかにもカッコつけてる感じ。でも東北弁喋っていてギャップが凄い。そのいかがわしさが最高に寺山らしい。全体に漂ってる如何わしさがすごく良いんですよ。今から10余年前、ちょうど没後10年の寺山ブームのとき、寺山の短歌は剽窃だらけだという本が出てたけど、馬鹿だなと思いました。そんなの当たり前じゃん。寺山はいままでになかった物を作ろうとは思ってない。普通に誰でも知ってるものをあってはならない場所に置くとか、捏造された記憶に肯定的にこだわるような人です。「オリジナル/コピー」という日常的な二項図式の内側で勝負する人じゃない。そのあたりは僕が中高生の時分にさえ自明でした。
 そのあと僕は8ミリ映画を撮るようになりましたが、映画の製作に関わる連中は誰でも、映画が実に不自由なメディアで、百年たらずの間にあらゆることがやり尽くされて、オリジナルな作法などあり得ないことを知ってるわけです。となれば、パクって組み合わせるしかない。逆にそれを利用して、誰の何からパクったのかを「分かる奴には分かる」ようにしておくことで、映画的な記憶──僕の言葉でいうと「記憶資源」──を刺激しようという戦略もある。まさに寺山も同一の戦略を、書き物の世界において先駆的に駆使しました。こうした剽窃戦略こそが寺山の「表出の根」に関わるもので、僕はむしろ肯定的です。
 ことほどさように、彼の書き物についても、高校生時代にすごいハマってました。なんで、どこにでもあるようなネタから、こんなに遠くにまで行けるんだろうと思って、感心していました。このあたりは、僕は物書きとして大きな影響を受けています。「記憶資源」の話をしましたが、僕が物を書くとき、必ず読者の「記憶資源」を利用するようにしています。『ダ・ヴィンチ』連載の「オン・ザ・ブリッジ」にも繰り返し書いたように、人が何か──例えば映画──を体験するとき、必ずしも物理的な情報量に反応しているわけじゃなく、読み取り装置である自分の脳に内在する記憶のデータベースが刺激されて、物理的な情報量の数百倍に及ぶ豊穣な情報を体験している。寺山が虚構を築くときの戦略は、短歌・エッセイ・演劇・映画の別を問わず、全部それです。
 記憶の自由と不自由、記憶を失うことの自由と不自由、といった両義性は、身近な現実に見られます。僕は援交系の子たちを二十年も追いかけていますが、最近つくづく思うことがあります。僕は十年前、記憶を失った子たちは傷つかなくていいと書いていました。ところが、追いかけてきて思うのは、記憶を失ったくらいのことでハッピーになるのは難しいということです。例えば最近、援交も、SMも、スワッピングも、あらゆるプレイを経験している女の子がけっこういます。いくつか特徴があります。第一の特徴は、当人が「え、周りもみんなしてるんじゃないの?」って。「やってねーよ、あくまで少数派だよ」ってぐあいに(笑)、自分が何をやってるかの自意識が足りない子が多い。第二の特徴は、過剰な流動性のなかで疲れていたり寂しがってるのに、ロマンチックなコミュニケーションの免疫がないから、「本当の愛」に引っかかりやすい。
 で、パターンがあるんですよ。第一段階では、純朴なカレシがいるけど、時々プレイをやりまくる。その経験をカレシには絶対話せないけど、それを寂しく思う。第二段階では、そういうプレイを極めているが「本当の愛」も探しているといった二刀流の中年男──僕みたいな(笑)──にハマる。自分を全部受け入れてくれるとか言ってね。でもそれで終わらないんだな。僕みたいなのと付き合ってると「この人は幸せじゃないな」とか「だからこの人といると寂しくなるな」とか気づくわけ。かくして第三段階に至って、僕みたいな中年男を卒業して、再び、カノジョの過去を知ったら気絶するようなナイーブな男の子のところに戻り、ときどきムシャクシャすると誰かとプレイをやりまくる。でも以前と違って、カレシに話せない秘密があることを寂しいとは思わなくなると。
 面白いと思いませんか。卒業されてしまう中年男のヒガミとかじゃなく(笑)、分かってねえなと思うんです。確かに僕は不幸ですよ。この不幸が幸せなんです。何でそれが分からないんだよ。「宮台さんは何もかもやってて、すごく自由で幸せそうに見えたのに、全然幸せじゃないじゃないですか、ガッカリしました」とかいってナイーブな方向に戻ろうとする。でもそれは違うんじゃないか。まだ第三段階に至る子が出てきて少ししか経っていないからハッキリ言えないけど、僕はね、第三段階みたいなのは長く続かないと思うんです。結局は第一段階みたいに寂しくなって来るんじゃないかな。
 そうなったときに、寺山的な逆説に気がつくんじゃないか。膨大な「記憶資源」があって、微細なことに情報を読み取っちゃう人間は、幸せかっていえば、難しい。ある意味、不幸ですよ。素朴としての素朴になれないんだから。でも、ある意味で不幸であることが、ある意味で幸せなんだっていうのが、寺山的逆説なんです。二つの可能性がある。第一は、素朴なカレシがいる「やりまくりギャル」も、経験豊富に見えて、まだ若いから逆説に気が付いていないだけという可能性。この場合、逆説に気が付けば、第三段階からさらに一歩進んで、素朴な男と付き合うか僕のような男と付き合うかという差異がもはや本質的でないというところに至れるんじゃないかな。第二は、年齢じゃなく世代の問題として、若い世代が僕ら世代よりも素朴になっている可能性。やってることの見かけは派手になったり自由奔放に見えるけど、感受性は素朴になって、東浩紀的にいえば「動物化」している可能性。これだと、10年前に比べて、若い人が寺山に吸引されない理由を説明できます。
 10年前くらいかな、テレクラ取材で青森に行ったとき、三沢近辺でシーザーさんたちが市街劇をやってて、バカかと思いました(笑)。1970年の高円寺じゃないんだよ。寺山的な意匠を反復すれば寺山的だと思ってる。こういう後継者はいかがなものか。寺山の魂を継承するってどういうことか。もし寺山が1990年代に生きてたら何をするか。それを想像することが寺山的なんじゃないのか。90年代の寺山は、白塗りの顏で街を練り歩かないよ。やっぱりポケベルや、ファックスや、携帯電話使ってさ、まったく新しい市街劇、っていうかサイバー劇をやるんじゃないの。そうやって自分の周囲にある日常的事物の関節を外すというか、あえて間違った使い方をすることを奨励したはずですよ。
 そういう意味で、僕は寺山の後継だと言えるのは、園子温一人だと思っています。シーザーも高取英も到底後継だとは言えない。単なる意匠の反復だもの。園子温は彼自身の実不自由な実存がコアにあるからだと思うけど、すごく自分を不自由だと思ってて、だから何とか自由になろうとしていて、ところが自由になろうといする振る舞いの不自由さに自己嫌悪に陥って潰れるようなところが、すごく愛らしく見えるわけ。もちろん人によっては、寺山のバージョンダウンのように見えるかもしれない。寺山のいう自由は、必ずしも自意識からの自由に限られず、もっと普遍的な問題を扱ってたのに、園子温のモチーフはどんどん自意識へと縮退しているじゃないかと。でもそれで良いんですよ。やっぱり時代時代の自由や不自由がある。寺山の時代には寺山の時代の、園の時代には園の時代の自由や不自由がある。それでいいんじゃないかな。
 寺山も、明らかに同時代の自由と不自由を問題にしようとした。だから家出少年を集めていたりしたわけ。そんな寺山だったら園子温のやり方を絶対に肯定すると思う。結局、不自由の自覚が大切なんですよ。不自由の自覚をする人間は、アイロニーに敏感になります。だから、自由なつもりでいる人間の不自由だとか、不幸な人間の幸せとか、低俗であることの高尚といった逆説の問題に、必ず行き着きます。そして、逆説の切実さは、同時代を生きていればこそ。だから同時代を問題にしないわけにはいかないんですよ。
 そうそう。自意識といえば、寺山って、中学や高校時代に書いた学校新聞の文章とかを、自分で編集して出してくるじゃないですか。あれって当時の僕が見ても、今の若い人が見ても、相当恥ずかしくて、普通はそこまでやらないだろうって思うでしょう。つまり、あまりにもナルちゃん(ナルチシズム)丸出しじゃないかと。ところが、当時の僕も感じたことだし、今もそう感じるけど、あれって「あえてするベタさ」ですね。皆がベタだなって思うことを承知でやって、「何でそんなベタなことをやってるの?」って思わせる。そこに寺山のフック(引っ掛け針)がある。あれをベタだと思う奴らは、その時点で彼の戦略に引っかかっています。そこまで考えて物事をやってるのが寺山の良い所ですね。つまり、剽窃からベタさまで含めて寺山はアイロニストなんだな。アイロニーとは戦略的コミュニケーションで、戦略的じゃないとできない。いまの若い人たちは戦略的な思考ができなくなってるから──さっき動物だっていったけど──、せいぜい「寺山趣味」にシンクロするだけで、アイロニーに反応できないわけ。
 確かに寺山ってナルシルティックですよ。ちょっと異常ね。天井桟敷や寺山映画に出ていた少年たちもナルシスティックです。でもそこで終わってない。ナルシスティックな自己観察は内向きに閉じていく志向ですが、寺山的なアイロニーを経由することで、内を見ることによって外に突き抜けていくような強度(濃密さ)が生まれているわけです。トモフスキーの歌に「トンネル工事の季節、さあ掘るぞ、掘るぞ、横穴掘っちゃダメ、ただ下へ下へ、地球の裏に突き抜けるまで、まっすぐ下へ」っていう歌詞があります。トンネル掘りとはナルシスティックに自意識の穴にハマることだけど、物が豊かで、何が良きことか分からなくなった成熟社会では、誰もが多かれ少なかれ内向きで、ナルシスティックです。それを拒絶すると単なる「動物」で終わる。だから、掘るのをやめるんじゃなく、むしろ徹底して掘って地球の裏側まで突き抜ければ、もはやそれは穴じゃなくなるだろうと(笑)。寺山もまさにそういう感じです。
 寺山はもちろんナルシストです。それは格好の可笑しさにさえ表れています。確かに可笑しいが、その可笑しさが単なる「自意識クン」っていう範疇に留まらない。それが寺山の資質のせいなのか、同時代のせいなのか、良く分からないところが確かにあります。微妙だなって思います。少なくとも当時の僕は、単なる自意識だとは受け取りませんでした。さっき、いまの若い人たちが、寺山のアピアランスすなわち「意匠的なもの」に反応するだけで終わる可能性があると言いました。それと同じように、寺山作品を自意識的な言語ゲームだと受け取って、その中にいても良いんだなって受け取る若い人たちも出て来るでしょう。両方ともダメです。不自由を象徴する「片輪的オブジェ」が自由への扉だというアイロニー。自意識の穴を掘ることが世界へと突き抜けることだというアイロニー。こういうアイロニーこそが寺山の本質です。
 自由になろうと思ったら、あえて不自由になれ。自意識から解放されたかったら、自意識に徹底してこだわれ。何かから距離を取りたかったら、むしろ徹底して近づけ。これらは、僕の言葉でいえば一括して「あえてする感覚」なんですね。寺山の、一見するとわかりやすいベタさもまた、そうした「あえてする感覚」の系列上にあると理解していただければ、いまの若い人たちにも寺山修司の本質が伝わるんじゃないかな。

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