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宮台真司からの近況報告です。更新はセンセの忙しさ次第で不定期?
| Message from ミヤダイ |
2003年2月19日
(前回の書き込みは2月18日です)
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「自殺系サイト」の規制論議の是非を問う
〜「出会い系サイト」規制との関連〜
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■2月11日、埼玉県の無職男性(27)が、千葉県と神奈川県の無職女性二人(24)(22)
と一緒に自殺した。三人は自殺系サイトで知り合い、同じサイトで知り合った栃木の女子
高生(17)が電話が不通になったのを心配してアパートを訪れ、事件を発見した。
■マスコミはこの男性が女子高生に職が見つからないとこぼしていたと報じ、それが原因
であるような印象を与える。だが米国の調査では自殺者の七割以上が鬱状態にあったと推
定され、日本のある自治体で鬱対策を施したら老人の自殺が三分の一に減った。
■厚生労働省は自殺原因のトップが経済的理由で、老人に限っては病苦がトップだと言う。
他方、鬱対策が早急に必要だとの見解も表明する。矛盾である。こう言うべきだ。鬱状態
だからこそ、普段は理由にならない経済困窮や病苦が主観的理由になるのだ──と。
【自殺系サイト規制の是非論】
■従って社会政策的には鬱対策が最高優先順位になる。だが鬱状態になった者の自殺の引
金を引く周辺要因も、可能なら制御するのがよい。その意味で、小倉智明(フジ系列『と
くダネ』)や法相が自殺サイトの存在自体を問題にするのも、故なくはない。
■確かに、自殺サイトが自殺の主観的理由を与えたり実行の敷居を下げる可能性はある。
しかし直ちに自殺系サイトの規制論に結びつくかどうかは疑問だ。二つの理由がある。第
一は社会政策論的なもの。第二は法理から来るものだ。
■前者は、鶴見済『完全自殺マニュアル』の健全育成条例違反論議でかつて問題になった。
樹海で自殺した複数の若者がこの本を携帯していた事実がある一方、本のお陰でいつでも
死ねる安心感からラクに生きられるようになったとの読者カードも複数存在する。
■この本も自殺系サイトも、自殺手段へのアクセスを容易にする機能を持つだろう。だが、
それゆえに自殺する人と、自殺せずに留まる人の「比率」が分からない限り、規制の是非
は社会政策論的に定まらない。比率調査が困難である以上は永久の水掛け論となる。
■後者はいわゆる憲法問題だ。というと(自殺が悪だとして)悪影響の優位が実証されて
いない段階での表現規制の違憲性(憲法21条の「表現の自由」への抵触)が想起される。
しかし、たとえ相対的悪影響が実証されたとしても、法理として憲法問題を免れない。
■近代法的には、自殺も自殺未遂も犯罪でなく、自殺を理由にした送検はない(最近は尊
厳死と安楽死に関わる自殺幇助も犯罪か否かが微妙になった)。ゆえに自殺の引き金を引
く文章も、その善し悪しは法理として「法ではなく道徳の問題」となる。
【道徳的コミュニケーションを奨励する合法化へ】
■売買春規制の問題が思考のヒントになる。他者の人権(ならびに人権の両立可能性とし
て理解される「公共の福祉」)を侵害しない限り、愚行を含めて何をしてもOK──それ
が先進国で主流の、リベラリズム法学に基づく近代法的立場である。
■だから先進国の大半は60年代のリベラリズム旋風後、人身拘束や人身売買と無関係に本
人意思でなされる成人売買春を合法化した(管理売春は人身拘束に繋がり得ると禁止する
国が専らだ)。というと、他人の売買春を咎めてはいけなくなったと思う向きが多い。
■違う。法理としては、売買春の善し悪しは「法ではなく道徳の問題」だ。ならば、「良
心の自由」ゆえに、売買春を嫌悪するのも自由だし、「表現の自由」ゆえに、売買春の嫌
悪に基づく表現──例えば「売春なんかするな」──をするのも自由なのだ。
■とすると、警察庁が今国会に提出しようとする「出会い系サイト規制法案」は問題だ。
法案によると援交を求める書き込みをした場合、女子高生も処罰対象になる。疑問は、法
理としての矛盾に加えて、教育機会を逸してしまうところにある。
■拙著で繰り返したが、先進国で主流の「未成年の売買春禁止」は、売買春がいけないか
らでも青少年の性交渉がいけないからでもない。交渉力や問題処理能力の欠如などで自由
な試行錯誤を支える尊厳を傷つけられ、人権享受が阻害されるのを抑止する法理だ。
■人権保護が禁止理由であるのに青少年を処罰するのは矛盾だ。さらに現行の売防法運用
では成人の単純売買春を摘発しないが、それとの整合性も疑問だ。青少年の売買春を抑止
するには「成人への処罰」と「青少年への教育」をもってする他はない。
■ことほどさように売買春の合法化は、売買春を巡る私人の間での道徳的コミュニケーショ
ンを、「教育」を含めてむしろ奨励する。逆に売買春の犯罪化は、欧州の宗教者らが論じ
たように、売買春を巡る道徳的コミュニケーションを抑止する方向に機能しがちだ。
■自殺も同じなのだ。私人間の道徳的コミュニケーションの活性化こそが要求される。私
はかつて中学校の実験授業で、校長らの危惧を余所に、自殺をしたがる人と止めようとす
る人の二人組になったロールプレイを実践。大きな成果を挙げて朝日新聞に報じられた。
■子供らは、「生きてきればいいこともある」といった言葉が逆に機能することも、気分
次第で自殺理由が理由にならなくなることも深く学べたと感想を寄せた。自殺サイトの禁
止ではなく、それをネタにした道徳的コミュニケーションの活性化こそが重要なのだ。 |
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