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1992年以降の日本サブカルチャー史における意味論(semantics)の変遷
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序 『サブカルチャー神話解体』以降の2つの変化
【『サブカルチャー神話解体』以降】
私は『サブカルチャー神話解体』(1993)などの著作を通し、戦後日本のサブカルチャーの変遷史を、社会システム理論の枠組を用いて記述してきました。社会システム理論の枠組は、従来の「上部構造と下部構造の二元論」から区別される「コミュニケーション一元論」の枠組で、コミュニケーション以外のものを要素としないシステムのダイナミズムを記述します。
戦後復興の時代から高度経済成長の時代まで、すなわち1970年代前半までは、日本のサブカルチャーは、経済決定論や下部構造決定論によって説明しやすかったのですが、耐久消費財がゆきわたって「モノの豊かさ」が達成された1970年代半ば以降、日本のサブカルチャーは細分化が進み、見通しがつきにくくなりました。この15年前の著作の意義は、そうした「日本のポストモダン」におけるサブカルチャーのダイナミズムを、一貫した枠組で記述したところにあります。
この著作では、戦後日本のサブカルチャーの歴史を、1955年、1964年、1973年、1977年、1983年、1988年、1992年で、区切りました。この著作の出版からすでに15年以上経ちますが、この15年間に、日本のサブカルチャーには大きな変化がいくつかありました。とりわけ、1996年の変化と、2001年の変化を、見過ごすわけにはいきません。この論文では、この2つの変化について論じることにします。
第1章 1996年の変化:「現実」と「虚構」との等価化
【「見田宗介図式の修正版」とは何か】
1990年代以降の日本のサブカルチャーを記述するには,『サブカルチャー神話解体』でも用いた「見田宗介図式の修正版」を使う必要があります。見田宗介によれば、戦後のサブカルチャーは、「理想の時代」(敗戦から1960年)から「夢の時代」(60年から75年)を経て「虚構の時代」(75年以降)に至ります。
『サブカルチャー神話解体』ではこの図式を精密化します。すなわち、「理想の時代」を「〈秩序〉の時代」と呼び、「夢の時代」を「〈未来〉の時代」と呼び、「虚構の時代」を「〈自己〉の時代」と呼んだ上で、「〈自己〉の時代」を、一連のオウム事件が終わった1996年を境に、前期と後期に分割するのです。
「〈自己〉の時代・前期」は、「〈ハルマゲドン〉の時代」と呼べます。「〈自己〉の時代・後期」は、「〈ポスト・ハルマゲドン〉の時代」と呼べます。以下では、その意味
う、できるだけコンパクトに説明しましょう。
「理想の時代=〈秩序〉の時代」には、人々は「理想の秩序」を参照して現実を評価しました。男子は、大東亜共栄圏という国家サイズの「理想の秩序」を参照しました。女子は、良妻賢母家庭という家族サイズの〈秩序〉を参照しました。そうした違いはありますが、国家の秩序と家族の秩序とは相互補完的でした。
1960年代になりますと、現実を評価する際の参照枠組(the frame of reference)は、〈秩序〉から〈未来〉へと変わります。辻泉は、私の分析枠組を応用して、「〈秩序〉の時代」から「〈未来〉の時代」へと変わると、鉄道マニアたちの最重要アイテムが、満州鉄道「超特急あじあ号」から国鉄「夢の超特急ひかり号」へと変わる、と言います。
「超特急あじあ号」は帝国支配の高邁な理想を体現しました。「夢の超特急ひかり号」はエアカーが飛び交う未来への進歩を体現しました。前者においては、空間的な参照枠組が利用され、後者においては、時間的な参照枠組が利用されました。これら枠組の参照が、意味論(semantics)にダイナミズムを---理想の秩序に近づこうとする動機づけや夢の未来に近づこうという動機づけを----を与えました。
「〈秩序〉の時代」には、家の秩序から国家の秩序へとつながる「今ここ(now-here)」が肯定されがちでしたが、「〈未来〉の時代」には、未来から見た不合理として「今ここ」が否定されがちでした。実際、明るい未来を夢見た1960年代は、公害や、薬害や、過疎や、家族蒸発など、否定的なニュースが溢れていた時代でもありました。
少年向けの読み物も、物語のパターンが変化しました。「〈秩序〉の時代」には、社会を脅かす秩序の敵と戦うというパターンが主流でしたが、「〈未来〉の時代」には、未来や宇宙から来た「我々を越えた存在」が、我々を社会の不合理から救い出すというパターンが主流になりました。
「〈秩序〉から〈未来〉へ」のシフトは、「帝国から科学へ」のシフトと重なっていました。〈秩序〉をもたらすのは帝国で、〈未来〉をもたらすのは科学でした。ところが、科学を旗印とした大阪万博(スローガンは「人類の進歩と調和」)を過ぎますと、輝かしかったはずの〈未来〉が風化してきます。
森川嘉一郎が記すように、銀色のロケットが斜めに打ち上げられたり、コンピュータのデータテープがぐるぐる回転したり…といった定型にかたどられた未来が、急速に色褪せるのです。たとえば耐久消費財がほとんど全ての家庭にに行き渡るなど、貧しかった社会が豊かになったことが、最大の理由だと思われます。
さて、〈未来〉が色褪せた後、「現実」(今ここ)を評価する物差しは、〈秩序〉から〈未来〉を経て、何に変わったのでしょう。見田によれば、「現実」に「理想」が対立する時代から、「夢」が対立する時代を経て、「虚構」が対立する時代に変わりました。私の図式では、現実評価の物差しが、〈秩序〉から、〈未来〉を経て、〈自己〉になりました。
すなわち、私の分析では、「虚構の時代」とは「〈自己〉の時代」のことです。正確にいえば、自己のホメオスタシス(homeostasis)の可能性が、「現実」を評価する際の物差しになりました。自己のホメオスタシスに役立つならば、「現実」であろうが「虚構」であろうが、何でも利用するようになりました。だから「虚構の時代」と呼ばれるのです。
【〈自己〉の時代・前期/後期】
『サブカルチャー神話解体』の記述は1992年までです。1992年以降の最大のエポックは1996年です。1996年頃から「オタク差別の消滅」が進み、それによる「オタクの救済」が進みました。また、この頃から、オタクたちのコミュニケーションが「うんちく(stock of knowledge)の競争」から「コミュニケーションの戯れ」へと変わりました。具体的に説明しましょう。
自己のホメオスタシスのために「虚構」を利用する者は、1980年頃から「オタク」と呼ばれるようになり、オタク差別が始まります。オタクたちの多くは、そんな「現実」を憎み、ますます「虚構」へと逃避するとともに、一部は「ハルマゲドン」を待望しました。ところが、そうした者たちが一連のオウム事件を起した後----実際オウム信者の多くはオタクでした----「ハルマゲドンの待望」は、オタクたち自身にとっても馬鹿げた営みになりました。
その他にも、性愛へのコミットメントが、それまで「カッコイイこと」だと見なされたのが、「痛々しいこと」だと見なされるようになったことなど、幾つかの要素が重なって、1996年頃からオタクに対する見方が、非差別的なものへと変化しました。それに伴って、自己のホメオスタシスに利用可能な素材であれば、「現実」も「虚構」も等価な価値を持つと見なされるようになりました。東浩記の言う「データベース的消費」がこれに相当します。「現実」も「虚構」も、自己のホメオスタシスに利用可能な素材のデータベースに、横並びで登録されるのです。
こうした1996年頃の変化を境に、私は「虚構の時代=〈自己〉の時代」を、二つに分けます。前半が「〈自己〉の時代・前期」で、「虚構」が「現実」に劣るという観念が維持される時代です。後半が「〈自己〉の時代・後期」で、自己のホメオスタシスにとって「虚構」が「現実」と等価な素材として享受される時代です。
「〈自己〉の時代・前期」にはオタク差別がありましたが、「〈自己〉の時代・後期」にはオタク差別がなくなります。「前期」には、ナンパ系とオタク系が対比され、オタク系はナンパ系に劣るとされました。これがオタク差別です。ところが「後期」になると、ナンパへの志向も、多様にひろがるオタク的な趣味と大差ない一つの趣味に過ぎないというフラットな価値観が拡がります。これを私は「総オタク化」と呼びます。
ナンパ系はシブヤ系とも呼ばれ、オタク系はアキバ系とも呼ばれました。森川嘉一郎は、シブヤの街を、大きな窓を持つ建物(内側にオシャレに着飾った若者がいる)によって特徴づけ、アキバ(秋葉原)の街を窓がない建物(内側にはキャラ満載の異世界が展開する)によって特徴づけました。
私は『サブカルチャー神話解体』で、ナンパ系を「現実の虚構化」ないし「演出化」によって特徴づけ、オタク系を「虚構の現実化」ないし「異世界化」によって特徴づけました。森川の記述は、この私の記述を応用したものです。私も森川も共に、ナンパ系を「現実」を付加価値化して享受する存在として特徴づけ、オタク系を「虚構」を付加価値化して享受する存在として、特徴づけています。
図1の第三象限(ナンパ系)は、「現実の虚構化(fictionalization of the real)」すなわち「演出化(making into dramatic world)」によって特徴づけられる意味論(semantics)です。これとは対照的に、第四象限(オタク系)は、「虚構の現実化(realization of fictions)」すなわち「異世界化(making into parallel world)」によって特徴づけられる意味論です。
そして「現実」と「虚構」との差異がフラット化したせいで――すなわち「現実の至高性(paramountness of the reality)」が失われたことで――「現実の虚構化」と「虚構の現実化」の区別が実質を失いました。そのことが大きな理由となって、オタク差別が終焉しました。同時に、全ての人々が多かれ少なかれオタクであるとする「総オタク化」の観念が拡がりました。
ただし、いま述べたように、オタク系(アキバ系)がナンパ系(シブヤ系)に近づいたのではなく、ナンパ系(シブヤ系)が「輝きを失って」オタク系(アキバ系)に近づいたのです。その意味で、先の図を使って説明すれば、第四象限(オタク系)が拡大して、第三象限(ナンパ系)を凌駕してしまった結果、今日のような状況が出現したのです。
「〈自己〉の時代・後期」は1996年頃から始まります。1996年を境に援助交際ブームが下火になります。それと平行して、ナンパ系がカッコイイという観念も風化します。むしろナンパ系は痛々しいという感覚さえ拡がります。そうした変化を象徴するのが、女子高生たちのガングロブームです。このブームは、女子高生たちが、強烈なメイクによって、男たちの性的な目差しを拒絶するところに、最大の特徴がありました。
こうした変化に加えて、パソコン通信やインターネットの世界に、コミュニケーション・チャンスを見出したオタクたちが、「包摂(inclusion)」によって剥奪感を軽減されていくという変化もありました。そうした変化によって、オタクのコミュニケーションは、「うんちくの競争(a kind of knowledge-battle)」から「コミュニケーションの戯れ(a kind of dalliance)」へとシフトしました。
オタクたちは救済され、被差別感覚を抱かなくなります。岡田斗司夫によれば、オタクたちのクリエイティビティは、差別による抑鬱的な感覚(depressive feeling)をエネルギー源としていたので、こうした「オタクの救済(salvation of Otaku)」はオタクたちから創造性を奪いました。そのことが理由で、2000年冬のワンダーフェスティバルが休止されたのだ、と岡田は言います。こうした「オタクの救済」を象徴したのが「セカイ系」のブームでした。
【ナンパ系とオタク系はどのように分岐したか】
「オタクの救済」というエポックの意味を深く理解するには、1975年以降の「〈自己〉の時代」を詳細に観察する必要があります。『サブカルチャー神話解体』の分析によれば、1977年から「性と舞台装置の時代(the era of sex-and-stagesetting)」が始まります。「ナンパ・コンパ・紹介」が若い世代の最もポピュラーな行動やイベントになりました。ディスコブーム、湘南ブーム、テニスブーム…などです。
興味深いことに、同じ1977年に、劇場版『宇宙戦艦ヤマト』のブームが起こり、それをきっかけとして複数のアニメ雑誌が創刊されました。こうした同時性ゆえに、拡大しつつあったナンパ系の文化からのシェルターとして、オタク系の文化が創造されたように見えます。しかし、実際にはもう少し複雑なプロセスを経て、ナンパ系とオタク系とが分化しました。
意外なことですが、「性と舞台装置の時代」を先導した者たちは、アニメや漫画についての「うんちく競争」を始めた者たちと、大きく重なってました。この事実は、1976年からつぎつぎと創刊された「歌謡曲マニア雑誌」(『よいこの歌謡曲』『リメンバー』など)の創刊者たちや読者たちが、直前までロックマニアであったことに象徴されるでしょう。東京の私立エリート高校の生徒たちが、「他の人々がついてこられないようなゲーム」として、突出した振る舞いを始めたことが、ナンパ系とオタク系の両方のルーツです。
初期におけるナンパ系とオタク系の重なり部分を、私は『サブカルチャー神話解体』において、「原新人類=原オタク」と呼びました。「新人類」とはナンパ系に当たります。ところが、後続の世代になると、新人類(ナンパ系)とオタクが分化しはじめます。そして、1983年までに、オタク系の文化は、ナンパ系の文化になじめない者たちにとっての避難所になり、そのことが若い世代に意識されるようになりました。
こうした変化を象徴するのが、1983年に中森明夫によって「オタク」という言葉が発明された事実です。この言葉がポピュラーになるのは、1990年の連続幼女殺害事件における容疑者が逮捕されてからですが、若者文化に詳しい人々、たとえばマーケターや雑誌編集者は、1983年から「オタク」という言葉を、差別的なニュアンスをこめて使っていました。
1980年代から1990年代半ばにかけては、ナンパ系(新人類)が「一級市民」の扱いで、オタク系が「二級市民」の扱いでした。とりわけ、連続幼女殺害事件の容疑者が逮捕された1990年から、援助交際のブームがピークを迎えた1996年までが、「オタク差別」が激しかった時期です。ちなみに、1995年には一連のオウム真理教事件が日本の世の中を騒がせました。
「オタク差別の時代」のピークにオウム真理教事件が起ったのは、偶然ではありません。説明しましょう。1980年前後からオウム事件が起こる1995年までは、新興宗教(新新宗教)がブームでした。オウム真理教の母体であるオウム神泉の会も1984年にできました。ところが、同じく1980年から、新宿歌舞伎町などを舞台に、専門学校や大学の女子学生が働く、「ニュー風俗」のブームが始まりました。その延長線上に、1990年代の「ブルセラ」と「援助交際」のブームがありました。その意味で、1980年から1990年代半ばまでは、「性愛の時代」であると同時に「宗教の時代」でもあったのです。
このあたりの事情は、『サブカルチャー神話解体』に詳述しました。そこで特に強調したのは、性愛と宗教とが、「包括的承認(whole acceptance)」のツールとして機能的に等価だということです。性愛ブームの上昇が「包括的承認」をめぐる性愛への期待外れを量産した結果、宗教ブームが上昇して、代替的に「包括的承認」を与えるようになったのです。その意味で、宗教ブームは、性愛ブームからの避難所でした。これは、オタク系の文化が、ナンパ系の文化からの避難所だったことと、似ています。
性愛ブームと宗教ブームとは両方とも、「包括的承認」への要求に応えるという機能的等価性を持つことを述べました。1980年頃から性愛ブームと宗教ブームが同時並行したことが、まさしく「〈自己〉の時代」すなわち「自己のホメオスタシスが重要になる時代」の幕開けを象徴しています。だからこそ、今から15年前に出版した『サブカルチャー神話解体』において私は、1980年代以降のキーワードが「自己防衛」だと分析したのでした。
こうした「自己のホメオスタシスの重要化」すなわち「自己防衛の重要化」が、IT化やデータベース化に先立っていたことが、たいへん重要です。あとの議論を先取りしていえば、IT化やデータベース化は、第一に、「自己のホメオスタシス=自己防衛」のための手段を豊かにし、第二に、そのことによって、「現実」(生身のコミュニケーション)のほうが「虚構」(仮想現実)よりも実りが多いという感覚を、急速に希薄にしました。
その結果、「現実」と「虚構」の優先順位が、自己のホメオスタシスの達成に関するコストパフォーマンスによって、決まるようになりました。自己のホメオスタシスに向けて「現実」(生身のコミュニケーション)をアレンジするのは、もちろんコストとリスクを伴います。だから「現実」と「虚構」を区別しないで、自己のホメオスタシスを達成するほうが、効率的です。こうして「現実」と「虚構」は等価なものとして扱われるようになりました。
こうした動きは、人々が尊厳(自己価値)を維持するために、わざわざ社会の中を生きることによって、生身のコミュニケーションを通じて承認を獲得するという必要が、免除されるようになることを意味します。1997年頃から、憎しみがないのに平気で人を殺す「脱社会的non-social」な凶悪犯罪が増えましたが、個人の尊厳が社会から無関連なものになっていく動きがもたらしたものだと推定できます。
【「〈自己〉の時代・前期」から「〈自己〉の時代・後期」へ】
再確認すると、1999年を境に、「現実」は「虚構」よりも重いという感覚が急減して、「オタクの救済」が進みました。このことは、オタク系コンテンツにも変化を与えました。要約していえば、「ハルマゲドン」が消滅し、「セカイ系」が上昇したのです。「ハルマゲドン」とは、ヨハネ黙示録に記されているような、世界最終戦争のことです。
「ハルマゲドン」は、『完全自殺マニュアル』(1993年)の鶴見済が分析したように、「世界のリセット」という観念に関係します。社会学者ピーター・バーガーの多元的現実論(The Thory of Multiple Realities)によれば、コミュニケーションは多様なリアリティ領域に分岐していますが、とりわけ私たちが「現実」と呼ぶものには「リセット不可能性」という特徴があります。
この「リセット不可能性」が「現実」を「至高の現実(the paramount reality)」に仕立てあでます。鶴見涉は、バーガーの議論の逆手をとって、「現実」は本当にリセット不可能なのか、と問います。鶴見は1996年に『人格改造マニュアル』において、宮台真司の「終わりなき日常」という概念を「ハルマゲドンなき世界」と言い換えた上で、「ハルマゲドンがなくてもドラッグがあればOK!」と宣言しました。
「オウムの失敗」を踏まえた上で、鶴見済は、以下のように言います。昔は戦争や災害による「現実のリセット」の可能性を夢見ることができました。ところが戦争や災害による「現実のリセット」が不可能になったので、自分で「ハルマゲドン」をもたらすというオウム真理教の「ハルマゲドン幻想」が出現しました。ところが「オウムの失敗」で「ハルマゲドンなき世界」が自明になったので、「ハルマゲドン」と等価な現実リセットツールとして、自殺とドラッグが浮上するのだ、と。
1980年代後半から始まる鶴見済の著作活動は、現実リセットツールとして、最初は「ハルマゲドン」を称揚し、次に「自殺」を称揚し、その次に「ドラッグ」を称揚し、そして最後に「ダンス(レイヴ)」を称揚しました。鶴見の活動は、1998年の『檻のなかのダンス』までですが、1990年代後半からは「セカイ系」が登場することを思えば、鶴見済はまさしく「〈自己〉の時代・前期」を象徴していました。
実際に、「〈自己〉の時代・後期」になると、「ハルマゲドン」や「自殺」や「クスリ」が、「データベース的消費」(東浩紀)を通じた自己のホメオスタシスによって、必要なくなりました。「セカイ系」や「萌え系」を生んだ「データベース的消費」は、1990年代半ばまでの「ハルマゲドン」や「自殺」や「クスリ」と、自己のホメオスタシスのために現実をリセットする機能において、等価なのです。
「〈自己〉の時代・後期」になると「再帰性(reflexivity)」が上昇します。かつては「現実」と「虚構」の間には、プライオリティの差異がありました。むろん「現実」が「虚構」よりも優位でした。ところが、「現実」と「虚構」を機能的に等価なものとして並べる作法が一般化したことで、「アイロニー」すなわち「全体を部分に対応させてハシゴを外す行為」が拡がります。すなわち、「現実」もしょせんは「現実だと思うもの」に過ぎないという具合に、主観化されるようになります。
「アイロニー」の営みは、「オマエモナー(you are the same too)」というコミュニケーションによって象徴されます。「オマエモナー」は日本最大のインターネット掲示板「2ちゃんねる」で拡がった決まり文句(a cliché)です。こうした「アイロニー」によって、「自明に見える前提(全体)も、個人が選択したものに過ぎない(部分)」という具合に、あらゆるメッセージの相対化がなされるのです。こうして「再帰性」が上昇します。「再帰性」とは、社会システム理論家ニクラス・ルーマン(Niklas Luhmann)によれば「選択前提もまた選択されたものに過ぎないという事態」を意味します。
この「再帰性」の上昇をもたらす「アイロニー」は、「アイロニー」というディタッチメントを感じさせる言葉とは裏腹に、「2ちゃんねる」のコミュニケーションを見れば誰もが気づくように、強迫的(obsessive)なものです。自己のホメオスタシスのために、すなわち、自己防衛のために、「2ちゃんねる」の参加者たちは、アイロニカルなコミュニケーションを遂行し続けるしかなくなっているのです。
大澤真幸は『虚構の時代の果て』(1996年)において、見田宗介のいう「虚構の時代」(宮台真司のいう「〈自己〉の時代」)の特徴として、「アイロニカルな没入」をあげます。オウム真理教の信者たちの営みに見られる「ワザとやっている(分かった上でやっている)と言いながら、実はそうした振る舞いをせざるを得ない状況に追い込まれていること」を指します。大澤は、「アイロニカルな没入」の事例を不適切に拡張しており、この概念を適切に使えていませんが、適切に使えば、以下のようになるでしょう。
全体を部分に対応づけて相対化する「アイロニー」の有無と、特定モードのコミュニケーションに追い込まれてしまう「強迫(obsessin)」の有無とは、別の事柄です。理論的に分析すると、「アイロニー」は、「〈自己〉の時代」における「現実」と「虚構」の機能的等価性から必然的に生まれるものであり、「強迫」は自己のホメオスタシスすなわち自己防衛の必要から必然的に生まれるものです。「アイロニカルな没入」とは、「現実」と「虚構」が機能的に等価性になった時代における、自己防衛の営みを、指すものなのです。
別の言い方をすれば、脆弱な自己を維持するホメオスタシス上の必要から、「再帰性」への言及をしつづける以外になくなること。これが「アイロニカルな没入」に相当します。「しょせんは全て戯れだ」「分かっていて、あえてやっているんだ」といいながら、自己のホメオスタシスのために汗だくになっている姿。これが「アイロニカルな没入」の適切なイメージです。
【ポストモダンの再帰性が与えた前提】
「現実」と「虚構」の機能的な等価性は、先に述べたように、自己のホメオスタシスを低コストで調達することにとっては好都合です。しかしながら、自己のホメオスタシス上の要求が原因となって「現実」と「虚構」との横並び化が生じたのでは、ありません。自己のホメオスタシスの問題とは全く別に、「現実」と「虚構」とが機能的に等価になる事態は、「ポストモダン」に由来します。より詳細にいえば、社会学者アンソニー・ギデンズのいう「再帰的近代」に由来します。
「ポストモダン社会」とは、「〈生活世界〉を生きる我々が、便宜のために〈システム〉を利用している」という自己理解が、汎〈システム〉化によって、不可能になる社会を指します。汎〈システム〉化によって、〈生活世界〉も、〈生活世界〉を生きる「我々」も、結局のところ〈システム〉の生成物に過ぎないものとして、意識されるようになるのです。
社会学者マックス・ウェーバーは、計算可能性を与える手続きの一般化によって、近代化を定義しました。この定義をベースに、社会哲学者のユルゲン・ハーバマスが、計算可能性を与える手続きによって支配された領域を〈システム〉と呼び、この手続きによって
支配されていない領域を〈生活世界〉と定義しました。ここまでは比較的よく知られています。
問題はそこから先です。「手付かずの自然」が、実は手をつけないという不作為(という作為)に過ぎないということと同じように、〈生活世界〉もまた、手つかずの土着(vernacular area)ではありません。しかし、しばらくの間、私たちはそのことを意識せず、〈生活世界〉を生きる「我々」が、便宜のために、主体的に〈システム〉を利用するのだ、というふうに理解していました。そうした時代を、ポストモダンに対比して、モダンといいます。
ところが1960年代半ばになると、哲学者ミッシェル・フーコーによる「サルトル批判」に見られるように、まずは哲学や思想の領域において、「自由」や「主体性」が、実は構造やシステムによる生成物に過ぎないという理解が拡がります。それに続いて、1970年代に入ると、そうした認識が、多かれ少なかれ、大衆レベルに拡がり、たとえば小説や映画に広く描かれるようになります。
例えば、これが「真の私」だという観念が、〈システム〉から社会成員に提供されたものだということが、成員自身に意識されるようになりました。私たちは「真の私」を回復するために〈システム〉を利用しようとしますが、私たちにはニセの主体性しかなく、真の主体性は〈システム〉の側にあるのだ、という認識が、拡がっていきました。一口でいえば、全ては〈システム〉のマッチポンプに過ぎないという認識です。
こうした認識は、経済学者ジョン・ガルブレイスや、社会学者ジャン・ボードリヤールの記述を通じて、ポピュラーになりました。ここで重要なのは、〈システム〉が提供する自己記述(descriptions about oneself)が真実かどうかではありません。それが真実であろうが虚偽であろうが、自己のホメオスタシスに役立つ自己記述が、広告の言説やカウンセラーの言説を通じて、産業的なサービスとして提供されるようになったという事実こそが、重要です。
こうした資本主義の営みを通じて、「選択前提もまた選択されたものに過ぎない」という「再帰性」が、広く意識されるようになります。これが「ポストモダン」なのです。分かりやすくいえば、不動の前提が存在しないという意味で、近代社会はもともと「底が抜けている(bottomless)」なのですが、その事実に、多くの人々が気づくようになる段階が「ポストモダン」に相当しています。
単に気づき(awareness)の有無に過ぎないと考える論者は、「ポストモダン」を「後期近代(late modern)」だと理解します。気づきの有無が意味論(semantics)をドラスティックに変えてしまう事実に注目する論者は、「ポストモダン」を「近代の後(after modern)」だと理解します。一般に、社会学者の多くは、前者の立場に立ちます。芸術家など表現者の多くは、後者の立場に立ちます。
どちらの立場に立つにせよ、「〈自己〉の時代」は、「虚構の時代」であると同時に「再帰性の時代」です。サイエンスフィクション(SF)においては、1950年代のレイ・ブラッドベリや1960年代のジョン・グレアム・バラードが、「未来が自己記述の産業的生産の時代になること」を予言しました。そして、実際に、彼らの予想通りの社会が実現したのです。その意味では、まったく意外な事態が実現したわけではありません。
第2章 2001年の変化:「セカイ系」から「バトルヤワイヤル系」へ
【「元祖セカイ系」としてのオウム真理教】
すでに述べたように、「〈自己〉の時代・後期」を象徴するものが「セカイ系」です。「セカイ系」の意義を深く理解するには、「〈自己〉の時代・前期」を象徴するオウム真理教と比べることが、良いでしょう。本論文の冒頭で、オウム信者が、「ハルマゲドン」にコミットメントしたことを紹介しましたが、もう少し詳しく見てみましょう。
私が話を聞いた際に、上祐史裕(元オウム真理教広報部長)が述べていましたが、オウム信者にとって、「ハルマゲドン」は予言であると同時に、目標でした。予言を自分たちが実現させようとしたのです。コスモクリーナーで浄化するべき毒は自分でばら撒きましたし、サリンや炭疽菌の散布を皮切りに自分で「ハルマゲドン」を引き起こそうとしました。プラズマ兵器を使って富士山の噴火を自分で引き起こすことも研究していたと言われます。
自己のホメオスタシスのためにリソースを動員する際に、「現実」をいじるよりも「虚構」をいじる方がコストもリスクもも低いので、「虚構」が「現実」よりも劣るという観念が強くないかぎりは、ホメオスタシスのリソースとして「虚構」が「現実」を上回わる価値を持ちうること、あるいは、少なくともそのように評価する者たちがいることを、紹介しました。
そのことを踏まえれば、オウム真理教のすごさは、コスト的に見合わないはずなのに、〈自己〉のホメオスタシスの観点から、「虚構」ではなく「現実」を、全面的にリセットしようとした点にあります。すなわち、二次的現実における「ハルマゲドン」ではなく、一次的現実における「ハルマゲドン」を構想したところにあります。こうした馬鹿げた「跳躍」あるいは「短絡」が、いかにして可能になったのでしょうか。
最も大きな理由は、「ハルマゲドン」の目標が、社会的正義や理想的秩序の実現それ自体ではなく、自己のホメオスタシスであったことです。理想の社会を構築するためではなく、理想の自己を構築するために、「ハルマゲドン」がめざされたのです。社会の全体が、自己のホメオスタシスという主観的な観点からだけ思考されたのです。その意味で、オウム真理教こそは、まさしく「元祖セカイ系」でした。
しかし、この「元祖セカイ系」は、一次的現実を操縦しようとして、派手に失敗しました。それ以降、「元祖セカイ系」が廃れ、かわりに二次的現実だけに関与する「セカイ系」が上昇してきました。別の言い方をすれば、「元祖セカイ系」は「セカイ系」にまで退却しました。実際、1995年の「オウム真理教の失敗」と入れ替りに、1995年秋にテレビシリーズ『新世紀エヴァンゲリオン』によって、「セカイ系」の時代が始まったのです。
私が連載を担当していた朝日新聞の論壇時評で1996年に、この作品の特徴を以下の点に見出しました。すなわち、「世界の謎」と「自分の謎」が提起されながら、直接には「自分の謎」だけが解決され、「自分の謎」の解決が直ちに(説明ぬきに)「世界の謎」の解決を導く、という奇妙な意味論(semantics)に覆われている点です。2002年頃から、こうした意味論に支配された作品は「セカイ系」と呼ばれるようになります。
私の分析では、自己のホメオスタシスの観点から一次的現実をいじることが、「オウム真理教の失敗」の後ではクレイジーに感じられるようになり、その結果、一次的現実における「ハルマゲドン」が退潮するかわりに、二次的現実の中の「学校」が浮上してきたのです。もちろん、一次的現実の中にも学校があって、誰にでも学校の思い出があります。そして、そのことが、二次的現実の中で「学校」が持ち出される理由なのです。
オウム真理教における「ハルマゲドン」は「未来の現実」を舞台にした妄想であり、「セカイ系」における「学校」は、「過去の現実」を舞台にした妄想である。両方に共通することは、単なる「妄想としての妄想」でないことです。「ハルマゲドン」は「未来に確かに起こる」ことを支えとした妄想でしたが、「学校」は「過去に確かに起こった」ことを支えとした妄想です。妄想が「現実」を参照するのは、第一は、妄想の強度(intensity)をもたらすためであり、間主観性(intersubjectivity)を担保するためでしょう。
ちなみに、私はかつてマーケティングの仕事をしていましたが、マーケット・リサーチャーとしての立場から言えば、間主観性を欠いた個人的な妄想は、一般性を欠いているので市場がなく、ゲームのような形では商品化できません。また、人には「他人の欲望を欲望する」という面がありますので、間主観性によってもたらされる強度(intensity)を、無視することができません。
【学校の夢想にハルマゲドンはもはや必要ない】
「セカイ系」第一弾としての『エヴァンゲリオン』には、「元祖セカイ系」としてのオウム真理教と、新世紀になって続々拡がる「セカイ系」とを、橋渡しする側面があります。それを理解する手掛りが、『エヴァンゲリオン』の庵野秀明監督の発言です。
庵野監督と一緒に夕食を食べた際、彼が「もともとはハルマゲドン(第三次世界大戦)後の『学園もの』を撮ろうと思っていたのだ」と打ち明けました。『エヴァンゲリオン』のテレビシリーズの終盤に、「学園もの」の枠組を使った「夢オチ」の場面が出てきます。庵野監督は「あの部分が本体になるはずだったのだ」と述べたのです。
しかし実際には、庵野監督が制作直前まで鬱の状態だったこともあって、ハルマゲドンのパートが肥大し、「ハルマゲドンを背景にしたオイディプス劇」になってしまいましたが、当初の構想では、ギャルゲー「ときめきメモリアル」の舞台と似たような「パラダイスとしての学校」を設定するために、ハルマゲドン(第三次大戦)が要求されたのです。そのように庵野監督は言いました。
これは興味深い話です。「学園もの」が「ハルマゲドンの後」という設定を要求したというのです。なぜなのでしょう。誰にも学校の経験があります。良い経験もあれば、悪い経験もあります。楽しい思い出を持つ者もいれば、苦しい思い出を持つ者もいます。学校に関する思い出は人それぞれであっても、しかし、誰もが「あり得たかもしれない理想の学校」を夢想した経験を持つはずです。
それが、「セカイ系」の漫画やゲームや小説が、「あの学校」「あり得たかもしれない学校」を舞台にする理由です。ところで、人々が「あり得たかもしれない学校」を夢想しなくなるのは、なぜでしょうか。大人になるからです。もっと詳しくいえば、大人になって、「社会の重力」がのしかかるからです。大人の社会では「誰もが学校の生徒だ」などという横並び(uniformity)は、ありえないことになるからです。
その意味で、重い「この現実」を「ハルマゲドン」によってクリアランスしないかぎり、「あの学校」を生きられない、という感覚は、ナチュラルだと思います。正確にいえば、それがナチュラルだという感覚の共有が、『エヴァンゲリオン』の時代(90年代半ば)を象徴するでしょう。その頃は、まだ、それほどにまで「社会の重力」が大きかったのです。
ところが、やがて、「あの学校」を生きるために「この現実」をクリアランスするという設定が、要らなくなっていきます。「ときめきメモリアル」的な舞台を設定するために第三次大戦などの「ハルマゲドン」が要求されることが、なくなっていくのです。その理由は、「社会の重力」が弱まって、「この現実」が軽くなったからだ、と私は推定します。
「この現実」が軽くなった理由は何でしょう。理由の一つは、一連のオウム事件が、新しい自己記述を与えたことです。「現実」にまともに乗り出さないで「虚構」に留まることについて、今までは言い訳が必要だったのですが、オウム事件以降は、言い訳がいらなくなったのです。オウム事件のせいで、むしろ逆に、クレイジーな奴が「現実」に乗り出すことはかえって危険だ、ということになりました。
「この現実」が軽くなった最大の理由は、東浩記のいう「データベース的消費」の一般化によって、「この現実」のフレームが一挙に拡大したことでしょう。すなわち、「この現実」が、その素材が「現実」であれ「虚構」であれ、自己のホメオスタシスに役立つデータベースの全体を意味するものとなった結果、「この現実」が、「虚構」も含み込んだ「軽い現実」になったのです。
このデータベースには、自己のホメオスタシスにとって利用可能なものが全て、「この現実」として登録されます。「現実」も「虚構」も、大衆文化も高級文化も、学問もサブカルチャーも、全てが、自己のホメオスタシスにとっての素材になったのです。この意味での「軽い現実」こそが、「セカイ」と呼ばれるものの本体です。
「〈自己〉の時代・後期」を象徴するのが「セカイ系」だというのは、そうした意味においてです。「現実」であれ「虚構」であれ、自己のホメオスタシスの観点からみて機能的に等価な素材の中から、コストとリスクが低いものが、機会主義的に選ばれるようになりました。そうした「この現実」の軽さのせいで、かつては「アイロニカルな没入」と名指された強迫的な雰囲気が、急速に緩和されていきました。
「この現実」がどんどん軽くなる動きと、先に述べた「オタク差別の消滅」「オタクの公認化」「総オタク化」の動きが、ぴったりと平行します。オタクたちは、その多くが、コミュカティブな存在、コミュニケーションを楽しむ存在に、なりました。私は彼らを「半オタク」(Half-Otaku)と呼んでいます。2003年頃からの「メイド喫茶」のブームや、2005年の『電車男』のブームは、こうした「オタクから半オタクへ」の動きを象徴します。こうした動きが進んだ結果、秋葉原はかつての異様さを失って、観光地化しました。
【セカイ系を前提としたバトルロワイヤル系の隆盛】
若い世代の評論家である宇野常寛は、「セカイ系」の最盛期は『エヴァ』オンエア開始の1996年から『最終兵器彼女』連載開始の2000年までであり、2001年頃からは、『デスノート』『女王の教室』『ドラゴン桜』などに代表されるように、ネオコン的な世界観をベースとして弱肉強食の闘争を描く「バトルロワイヤル系」にシフトすると指摘しています。この見解は、実作品群を見る限り、誰もが合意するしかないでしょう。
ここで、1996年の私の言葉を用いて、「セカイ系」という言葉の意味を再確認します。「セカイ系」とは、「自分の謎」の解決が「セカイの謎」の解決に直結するような意味論の形式を持った、『新世紀エヴァンゲリオン』を出発点とする作品群(またはそれら作品群の意味論)のことです。
なぜ、「セカイ系」が、短期間のうちに、「バトルロワイヤル系」へとシフトしたのでしょうか。「セカイ系」が果たしていた自己のホメオスタシス機能は、こうしたシフトの結果、どうなったのでしょうか。これらの疑問が問われなければなりません。これらの疑問には比較的容易に答えることができます。ヒントは、オウム真理教はネオコンの類似にあります。
宇野常寛が「バトルロワイヤル系」に与えた「ネオコン的世界観をベースとして弱肉強食を描く作品群」という定義を、分析の切り口にしましょう。ネオコンとは、いうまでもなく、1960年代のユダヤ系トロツキストの末裔で、弱者や少数者の自由を守る近代社会を護持するという普遍的な正義のために「手段を選ばない」者たちのことです。
私が随所で述べてきた通り、ネオコンは、オウム真理教と酷似します。「世界革命」のためには「手段を選ばない」という点においてです。どちらも共通して、ひとりよがりで短絡的な印象を与えます。こうした共通の印象を抱かせる理由は、社会の秩序よりも自己の秩序(ホメオスタシス)が優越しているくせに、社会の秩序を問題にしていると自分で思い込んでいるところが似ているからでしょう。
「オウム真理教の失敗」以降、自己のホメオスタシスに「現実」が利用されることは、なくなりました。その理由は、先ほどの記述を使えば、「現実」を一掃する「ハルマゲドン」がなくても、「あり得たかもしれない学校」の夢想に浸れるようになったからです。ところが、まったく同じ理由で、「ネオコン的な夢想」が増殖しはじめたのです。
「バトルロワイヤル系」の「ネオコン的な夢想」は、一見すると「オウム的な夢想」への逆戻りに見えます。ところが大きな違いがあります。キーワードは「正義」です。「オウム的夢想」には、「ハルマゲドン」はあっても「正義」へのコミットメントが乏しいという印象がありました。そうなのです。「正義」を用いた自己のホメオスタシスこそが、「バトルロワイヤル系」なのです。
抽象度を上げていえば、「正義/不正義」の二項図式は、「現実」であれ「虚構」であれ、全てのゲームにレリヴァンスを有します。しかも「不正義」は、「感情のフック」としてきわめて強力であり、多くの人々に、共通の感情的前提を提供する機能があります。だからこめ、この二項図式は、動機づけツールとして有効なのです。
「バトルロワイヤル系」は、自己のホメオスタシスを調達するために、「正義」を用います。「正義」の追求は社会的に見えますが、「バトルロワイヤル系」においては、「正義」を追求する営みが、自己のホメオスタシスのためのゲームになっているのです。そうしたバトルロワイヤルが典型的に見出されるのが、いわゆる「電凸」ないし「凸」の領域でしょう。
インターネット上で動員された者たちが、企業や政治家や表現者に、電話でクレイムをつけ、意向をただした上で、リアクションをインターネット上にさらし上げる営みが、「電凸」ないし「凸」です。最初の「電凸」の事件は、1999年の「東芝クレーマー事件」です。最近では「毎日WaiWai問題」が有名です。ちなみに、宮台真司のゼミナールには、有名な(悪名高い?)「カリスマ凸」がいます。彼からたくさんの情報を収集できました。
「電凸」現象の興味深い点は、オウム真理教のような「革命する側/革命される側」の非対称性がないことです。「電凸」の世界では、学校の教室でのイジメにも似て、攻撃する側が、いつ攻撃される側に回らないとも限らないのです。こうした状況がインターネット化を背景とした必然であることを的確に描いた作品が、タイ映画の『レベル13』です。
この映画では、一次的現実におけるサバイバルゲームをインターネット上のリアリティショーとして楽しむギャラリーやゲームデザイナーたちもまた、別のリアリティショーを通じて別のギャラリーやゲームデザイナーの観察対象になっている、という構造が、克明に描かれます。いわば「リゾーム状のバトルロワイヤル」を描いています。
この映画には重要な認識が示されています。こうした「リゾーム状のバトルロワイヤル」は、何が「現実」で何が「虚構」かという区別を無効にします。同時に、何が「現実」で何が「虚構」なのかがよく分からなくなった状況を前提として、「リゾーム状のバトルロワイヤル」が拡がります。ここには循環(悪循環)があります。こうした循環のせいで、いったん「リゾーム状のバトルロワイヤル」が始まると、簡単に終わらないのです。
【バトルロワイヤル化は「現実」の弱体化と表裏一体】
自己のホメオスタシスに利用できる素材であれば、「現実」であれ「虚構」であれ何でも利用するという点で、「セカイ系」と「バトルロワイヤル系」との間には大きな違いはありません。強いていえば、「セカイ系」が「虚構」を「現実」と等価なものとして扱う(虚構の現実化)のに対して、「バトルロワイヤル系」が「現実」を「虚構」と等価なものとして扱う(現実の虚構化)というところに、違いがあります。
既に述べた通り、オタク系とナンパ系(新人類系)との違いは、オタク系が「虚構の現実化」すなわち「異世界化」をめざし、ナンパ系が「現実の虚構化」すなわち「演出化」をめざすという点に求められました。そのことを参照すれば、「セカイ系」は前者に似ていて、「バトルロワイヤル系」は後者に似ています。もちらん「セカイ系」も「バトルロワイヤル系」も、オタク系のサブカテゴリーであることは、言うまでもありません。
90年代後半の「セカイ系」から新世紀からの「バトルロワイヤル系」へという時間的展開があるものの、ナンパ系とオタク系が長らく平行して存在し続けてきたのと同じように、
現時点(2009年)においても、ネットユーザーには「セカイ系」の志向を示す者と「バトルロワイヤル系」の志向を示す者とが同時に存在すると見るのが適当だと思われます。
オタク系とナンパ系という対立が、「現実」と「虚構」とが異なる価値が持つと信じられた時代のものあるのに対し、「セカイ系」と「バトルロワイヤル系」という対立は、「現実」と「虚構」が自己防衛のツールとして等価だとみなされるようになった時代のものですが、かつてのオタク系とナンパ系との現実構成戦略の違いが、オタク系内部における「セカイ系」と「バトルロワイヤル系」との現実構成戦略の違いへと、平行移動されていることが注目に値します。
ただし、いま「オタク系内部における」と述べましたが、こうしたる平行移動は、「元祖セカイ系」(ハルマゲドン!)から「セカイ系」(学校!)へのシフトを可能にした1996年頃の「総オタク化」(オタク系とナンパ系の等価化)が可能にしたものであることを、再確認しておきましょう。
その意味で、「セカイ系」が初めて登場する1996年の画期に比べると、「バトルロワイヤル系」の登場という画期は、あまり明瞭ではありません。というのは、先に述べたように、「正義」をキーワードとして自己のホメオスタシスを維持する作法が、いわゆる「嫌韓厨」(韓国や親韓派に対する激しいバッシングをする人々)などを含めれば、「セカイ系」の登場とほぼ同時期から存在していたからです。その意味で、自己のホメオスタシスに準拠した「現実」と「虚構」を等価化が「セカイ系」と「バトルロワイヤル系」という二つの現れ方をするのだ、と捉えるのが適切です。
加えて、私が注意を促したいのは、こうした「現実」と「虚構」の等価化が、「現実」の側における位階秩序(hierarchy)の崩壊と平行していたことです。一つ例を挙げましょう。村山治・朝日新聞編集委員の『特捜検察vs.金融権力』という著作があります。検察庁と金融庁の暗闘を描いた、すぐれたノンフィクションです。この本は、私たちには海面上の氷山しか見えなくても、水面下でどんなにすさまじい権力闘争が繰り広げられていたことを、克明に記します。ところが最近、そのバトルのプレイヤーたちが、定年退職後にテレビコメンテーターとして出演しているのですが、その発言や佇いがあまりにも凡庸なのです。
そこには落差があります。この落差をどう理解すべきでしょうか。この問いは「現実」の重さというものをどう理解すればいいのかという問いの変形(variation)です。私の答えは以下の通りです。そもそも、あるゲームの中では凄いプレイヤーでも、別のゲームでは凡庸なプレイヤーに過ぎないのですが、かつてはゲームとゲームとが隔離されていたので、あるゲームのプレイヤーが別のゲームでプレイさせられることがなかったのです。そのことが位階秩序を支えたのですが、昨今ではゲームとゲームの間の垣根が崩れて、あるゲームの英雄が別のゲームで恥をさらす事態が頻発した結果、「現実」の位階秩序が崩れました。何が特権的なゲームなのかについて、誰も先験的なことが言えなくなったのです。
こうした事態を暗示するエピソードには事欠きません。例えば、マイケル・ムーア監督のドキュメンタリー映画『華氏911』には、ブッシュ・ジュニア政権の元国防副長官で、ネオコンの権力者でもあったポール・ウォルフォウィッツが登場します。テレビカメラの前でスタイバイしながら、櫛で髪を整えるニヤけた貧相な小男が、「それ」です。多くの観客は間違いなく苦笑したことでしょう。
「セカイ系」に続く「バトルロワイヤル系」の時代には、「現実」と「虚構」の等価化を前提として「現実の虚構化」(現実をゲームであるかのように生きる態度)が目立つようになりますが、この同じ時代には、「現実」自体において凄い存在のハシゴが外されて位階秩序が無効化するので、ますます「現実の虚構化」が容易になります。その事実は、「電凸」たちによる晒し上げによって、大企業のクレイム対応のお粗末さや、晒し上げられた際の右往左往ぶりが、満天下に晒される事態によって象徴されるでしょう(「毎日新聞WaiWai事件」が典型的です)。その意味で「バトルロワイヤル化」は「現実」の重さの喪失と表裏一体なのです。
【最後に:永続するだろうバトクロワイヤル過程】
(つづきます)