ひさびさに出会い系の歴史についてコメントしました
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現実の性愛の貧困化が、出会い系にモロに反映する
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【彼女がいないという問題の浮上】
■今年6月8日の秋葉原の通り魔事件から語り始めることをお許し願いたい。容疑者がネット掲示板に多数の書き込みを残していた。極めて印象的なのが、「彼女がいない」ことを過剰に気にしていることだ。事件の直前に出会い系での失恋があったらしいこともうかがえる。
■「彼女がいない」ことを過剰に気にする作法は古くさい。フィールドワーカーだった経験からいうと96年を境に薄れていく作法だ。96年は援助交際が下り坂に向かう折り返し点。平行してナンパ系が下り坂に向かう折り返し点でもある。ナンパ系がカッコよくなくなるのだ。
■若者のデートカルチャー――別名「ナンパ・コンパ・紹介の時代」「性と舞台装置の時代」――の始まりは77年。サーファーブームやディスコブームで幕を開けた。同じ年の『宇宙戦艦ヤマト』ブームで『OUT』が創刊され、『アニメージュ』『ファンロード』と続く。
■だが当時はナンパ系とオタク系が明確に分離していた訳ではない。私は「原新人類=原オタク」と表記するが、双方ともに、ついて来れない奴らを振り切る「ヤなヤツごっこ」として繋がっていて、現に私の世代にはこの時代両方に足をかけていた者が少なくないのである。
■だがマスコミが喧伝したのはナンパ系。湘南や六本木の話題が席巻する中、次第に「ナンパ系になれない奴がオタク系になる」というイメージになる。その流れの延長線上で83年、中森明夫氏が『漫画ブリッコ』の連載で「おたく」という言葉を発明、この言葉が定着した。
■実社会で上昇できない者が宗教団体に入って修行によってステージを上げることで代理満足を得ることを、社会学では「代替的地位達成」と呼ぶ。オタク系は長らくナンパ系に関する代替的地位達成の機能を果たしていた。具体的には「ウンチク競争を通じた上昇」である。
■今的に言えば「女が苦手だから萌えキャラへ」があからさまだったので、オタクは差別された。オタクには例外なく被差別意識と抑鬱感があった。89年に連続幼女誘拐殺害事件が起こって容疑者がオタクだと報じられるやオタク差別は頂点に達し、オタクいじめが拡がった。
【96年からのナンパ系の地位低下】
■それに平行して80年代末からストリートの時代が幕を開ける。クラブブーム、援交ブーム、小室哲哉ブームなどが90年代前半を席巻する。オタクが身を縮めていた時代だ。だが長くは続かなかった。先に述べたように96年を境にナンパ系とオタク系は横並びのトライブになる。
■92年に始まった援交ブームは96年までトンガリキッズ系女子高生に担われた。ところがメディアで援交が沸騰すると――メディアに女子高生を紹介していたのが私なのだが――「それで私も生きやすくなれるかな」みたいなイケテナイ系が大挙参入、援交がカッコ悪くなる。
■だからギャルから順番に援交から撤退。彼女らは男の視線を遮断するべくガングロ化する。男がガングロが苦手なのを知った上での戦略だ。以降、男の視線を気にする女子が仲間外れになる傾向が強まる。雰囲気は男子にも伝染。ナンパ系は痛々しいものだと理解され始める。
■こうしたナンパ系の地位低下とは別に、ネットを通じてコミュニケーション回路がオタクに開かれたことも手伝って、オタクは楽になった。その結果、創造を支える抑鬱感がガス抜きされてクリエータが減る一方、ウンチク競争が廃れ「コミュニケーションの戯れ」化した。
■それが衆目に明らかになったのが秋葉原のメイド喫茶ブームだ。メイド喫茶は連れ立って行く場所。昔オタクは連れだって行動できなかった。街も変わった。森川嘉一郎が『趣都の誕生』で記すコアな場所が減っていく。駄目押しが05年の『電車男』ブームだったと言える。
■秋葉原事件の容疑者には勘違いがあった。まともな友達や先輩がいれば「お前な、イイ女がいねえんだ、生身の女はツマンネエんだよ」と諭されただろう。高すぎる期待(すぐ結婚を申し込むなど)ゆえに女にウザがらずに済んだろう。残念ながら勘違いは訂されなかった。
【出会い系が貧困化する歴史】
■そう。出会い系は「イイ女(男)がいねえな」という感覚が拡大する歴史だ。85年からのテレクラ、87年からの#8301伝言、90年からのQ2ツーショット、97年からのネット出会い系、01年からのケータイ出会い系。女や男への期待が、どんどんダンピングされてきた。
■当初はどうか。風俗ライターの故・東ノボル(私のマブダチ)が「瞬間恋愛」だと述べた。援交がなかったどころか、涙ながらに不幸や悩みを吐露し、恋人のように一晩に何度も何度もセックスし、別れるときに「また会ってくれる?」と涙ぐむような関係が、当たり前だった。
■だが「かつて出会い系はすごかった」を恋愛方向にふるのは偏っている。変態方向にもすごかった。かつては規範があったので、不倫やSMを含め「してはいけないこと」の観念が強かった。タブーが強かったからこそ、出会い系は言葉責めや羞恥プレイの宝庫でもあった。
■ナンパ師であることの意味が今とは違ったのだ。ナンパ師であることはこうした体験にアクセスできることを意味し、女を知らないことはこうした体験から見放されることを意味した。今は想像できないが、ナンパ系は単に「カッコいい」という以上の大きな意味を持った。
■男にとって、出会い系は、単なる性欲解消の場でも高嶺の花をゲットするゲームでもなかった。それであれば風俗やキャバクラに行けば済む話。女にとって、単なる金儲けや抑鬱発散の場ではなかった。承認願望、瞬間恋愛願望、復讐願望、自傷願望が、渦巻いていたのだ。
■私が援交女子高生をフィールドワークしたのも、それがあったからだ。96年以降はカッコ悪くなったとはいえ自傷願望や承認願望か今より生で露出されたのだ。それも01年頃から変わる。ケータイ出会い化に伴い、携帯料金を払うための臨時の「お財布援交」になり下がる。
■現在の出会い系は「瞬間恋愛&変態プレイ」時代とも違うし「承認願望&自傷願望」時代とも違う。「常習援交が減って臨時援交化した代わりに一度でも援交経験のある子が増えた」のと同じで、「出会い系常習者が減った代わりに誰もが利用する希薄なものになった」。
■全国をフィールドワークしつつ出会い系の歴史を目撃してきた者として言う。現在の出会い系には、従来宿り得た可能性の極く一部しか実現していない。だがそれは「出会い系」という言葉を「性愛」に置き換えても成り立つ。性愛の貧困化が出会い系に反映しているのだ。
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