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承前2

投稿者:miyadai
投稿日時:2007-08-16 - 11:03:38
カテゴリー:お仕事で書いた文章 - トラックバック(0)
田口 (省略)

宮台 僕の読者がふたり死んでいます。ひとりは『美しき少年の理由なき自殺』(文庫版タイトル『この世からきれいに消えたい』)の主人公に据えました。僕が知らない新潟県の読者だったから出来ました。もうひとりは東大で91年から5年間ほど非常勤講師をしていた時代の教え子。ある場所に僕の講義を聴いてデートクラブに出入りするほどフットワークが軽い子たちが東大生にもいると書きましたが、そのひとりです。その子からコクられていたこともあって、身近にいた彼女については主題的に書いたことはありません。
 ふたりの自殺は5年ほど間があいていますが、その間一貫して僕は「意味から強度へ」という物言いをしていました。新潟の少年が自殺した後「〈社会〉から〈世界〉へ」という具合に言い方を変えました。両方は同じことを指します。意味とはコミュニケーションの中での機能のことです。コミュニケーションとはある人の選択と別の人との選択との接続のことです。どんな接続があり得るのかという可能性の束が意味を与えます。そうしたコミュニケーションのあり得る総体が〈社会〉です。だから〈社会〉を生きることは意味を生きることであり、意味を生きることは〈社会〉を生きることです。その意味で、ロビンソン・クルーソーが一人で無人島に生きる場合も、彼は〈社会〉を生きています。
 強度とは、フランス語のアンタンシテ――英語で言えばintensity――を翻訳したもので、「濃密さ」という意味です。80年代半ばのニューアカ・ブーム以降、フランスのポストモダン思想が大々的に日本で紹介されたときに「強度」と訳されたので、意味が通りにくくなりました。生理学的には、ドーパミンやエンドルフィンやセロトニンの脳内濃度に関連する体験でしょうね。集合論的に言えば、意味的な体験も濃密であり得るんですけど、意味がなくても濃密な体験というものもあり、意味があるけど濃密さを欠いた体験もあります。要は円が横並びに二つ重なってメガネ型をした、ベン図みたいな関係です。
 僕が「意味から強度へ」というとき、〈社会〉の中で凄い体験をすることをめざすより、〈世界〉の中で凄い体験をすることをめざした方が良いという含意があります。〈社会〉の中で追求すると、近代の意味論に拘束された我々は、もっと凄い競争とか、もっと凄い暴力とか、もっと凄いセックスとか、アッパーな(刺激追求的な)方向に行きやすい。それならば〈世界〉の中で追求した方が良い。そうすれば、ダウナーな(感覚解放的な)方向に向かいやすい。加えて、いちど〈世界〉を経由して〈社会〉に戻れば、〈社会〉に固有の領域としてエモーショナルな(感情享受的な)方向が見出される、との含意もある。
 ところが90年代を通じて僕は、いろんな政治的な事情もあり、「意味から強度へ」という単純なフレーズを反復しました。政治的な事情とは95年のオウム事件です。「意味のある人生」を送ることを追求したり、「意味のある存在」になることを追求したりすると、近代過渡期ならざる近代成熟期には、大いなる蓋然性で「期待外れ」に出会う結果、地位代替的な意味追求――宗教教団内での意味とか反社会集団内での意味とか――にシフトしやすい。それを焦点化する必要がありました。だから「意味のある人生」を送るのも「意味のある存在」になるのも不可能だと繰り返しました。そうじゃないよ、近代成熟期の先進各国では、濃密な人生を送ることが最も希少で貴重なことだよ、と。
 でも副作用が生じました。97年の段階で『自由な新世紀、不自由なあなた』で、「アッパー(刺激追求)からダウナー(感覚解放)へ」と「アッパーから(ダウナーを経由して)エモーショナル(感情享受)へ」というスローガンを打ち出してはいた。でも誤解が生じます。ひとつは「強度へ」を「アッパー(刺激追求)へ」という意味で受け取る誤解。もうひとつは「強度へ」を「ダウナー(感覚解放)へ」と受け取ることはできたとして、そのあとジャック・マイヨールのようになるという誤解。自殺した新潟の少年ですね。
 〈社会〉の中で好きなポジショニングが得られる。女にもモテ、友達にリスペクトされる。それだけじゃなく、海に潜ったり、サーフィンやスケボーなどスポーツや冒険を通じて、〈世界〉と接触する経験を持っている。それなのに――それだからこそ――戻ってこないで死んでしまうのです。僕的にはけっこうキツイ体験でした。「そういう俺はなんで死なないんだろう」って謎をつきつけられる体験だったからです。さきほどの問題ですね。「〈社会〉から〈世界〉へ」は分かったとして、なぜ「〈世界〉から〈社会〉へ」戻ってくるのか。実際「なんで死なないんですか」っていう問いかけを、何度も受けたんですよ。

田口 (省略)

宮台 そう。「宮台がそういう認識を持ってれば死んでもいいはずだ」「宮台さんの本を真に受けた少年が死んでるじゃないか」と。言い訳はできます。自分は「ダウナーへ(〈社会〉から〈世界〉へ)」だけじゃなく、「エモーショナルへ(〈世界〉から〈社会〉へ)」という道筋も示していたと。「〈世界〉のありそうもなさ」に開かれる道(ダウナー)だけでなく、「〈社会〉のありそうもなさ」に開かれる道(エモーショナル)も示していたと。でも言い訳に過ぎない。たぶん言葉で答えられる問題じゃないのです。シニフィエなきシニフィアンになってしまうのです。せいぜいすでに超えることを知っている者にしか通じません。
 ならば、パフォーマティブに示すしかないと思いました。語用論や言語行為論と呼ばれる領域ではコンスタティブとパフォーマティブを分けます。言葉で示すのがコンスタティブ。発話命題の中に示された意味で分からせることです。パフォーマンスで示すのがパフォーマティブ。発話命題の中に何が示されているかとは別に、振る舞い自体が引き起こす力のことです。冒頭のほうで、謎が答えられることと、謎が超えられることは、別だと言いましたよね。謎に答えられなくても、謎を超えてもらえばいいわけです。ならば、謎を超えてもらうためのミメーシス(感染的摸倣)を引き起こせばいい。僕はそう思いました。
 そこで「過剰さによって何かを示そう」と考えました。冒頭のランディさんの疑問にも関係しますね。〈社会〉なんてどうでもいいと呟いていた者が〈社会〉に過剰にコミットするのはなぜかと。僕は、ブルセラ論戦以降のマスコミでの活動で、各自治体の青少年条例「改正」や国レベルの児童買春・児童ポルノ法の成立を煽ってしまったので、動きを鎮静化するためのロビイ活動を97年頃から始めていました。そこで培ったリソースがあるので、それを使って〈社会〉への過剰なコミットメントを示せるんじゃないかと。
 その意味で僕の政治活動は二重の機能があります。ひとつは、文字通りの政治的動員に向けた活動という機能です。もうひとつは、「意味から強度へ」というメッセージをある意味で真に受けて「なぜ宮台は死なないのだ」と思う人たちに向けたパフォーマンスという機能です。成功してるとは到底言えません。そもそもそういうことが成功するかどうかも分かりません。でもそうしたパフォーマンスの意味を分かってもらうために、前倒しで『サイファ 覚醒せよ!』(2000年)という本を書き、その続編として雑誌「ダ・ヴィンチ」の連載を続けていて、連載3年分を『絶望 断念 福音 映画』(2003年)という本にまとめました。「ダ・ヴィンチ」での連載は永久に続けたいと編集部に言っています。

田口 (省略)

宮台 すごくない。「〈社会〉から〈世界〉へ」に続いて「〈世界〉から〈社会〉へ」であり得るのはなぜか。問いへの応答はそもそも終わるはずがない。原理的に解けない謎だからです。謎は解けない。超えられることしかできない。どう超えられるかはコンスタティブでなくパフォーマティブに示されるしかない。とすれば、ミメーシスの源泉たるパフォーマンスは誰かによって示され続けるしかない。しかもこの謎は世の賢明な若者たちが、繰り返し突き当たってきました。まったく違った場所、違った階層で、違った生活経験を持つ人たちが、大昔から同じ問いに突き当たって困惑してきた。だったら永久に示され続けるしかない。論理的な問題です。
 「この謎は解けない。超えられる以外ない」。「謎の超え方を伝えることはできない。伝染させる以外ない」。この二つのモチーフを内に秘めた映画が20世紀末ぐらいから目立ちます。小説もそれに連動します。ランディさんの小説が典型です。第三期ないし第四期の「スピリチュアル・ブーム」にも同じ背景でしょう。僕は93年の『サブカルチャー神話解体』という本で「チャネリング的説教」という概念を出しました。中身は只の「オヤジの説教」なのに、チャネリングを通じて出されたメッセージだということで素直に受け入れる(笑)。江原啓之的なものですが、80年代後半から目立つ現象です。物を考える力のない人は「チャネリング的説教」で済むけど、それじゃ済まない人には「ミメーシスによって謎を超える」ためのツールが要求されているわけです。