工学院大学シンポジウム(磯崎新氏・山本理顕氏と)での宮台発言
【建築家と社会のコミュニケーション】
宮台 今日は、建築家の方々や建築専攻の学生さんたちを前にお話ししますので、最初に、社会学者は何者なのかを紹介したほうがいいかもしれません。社会学者と申しますと、事実上、フランス革命から第三共和制までに出現した人たちを嚆矢とします。サン・シモンやオーギュスト・コントといった存在ですね。
経済学者なら「意図せざる結果」と呼ぶでしょうが、「理念に基づいて自由な社会を作ろうと思ったところが、ロベスピエールのギロチン政治を帰結するようなことが、なぜ起こり、いかに回避できるのか」というところから出発しています。要は、社会契約説的な発想、合意モデル的な発想、主知主義的な発想への、アンチテーゼだと言えるでしょう。
ところで、フランス革命以降の社会的混乱に対処する思想と申しますと、一つには、アナーキズムがあります。国家を否定して、中間集団のネットワークで生きていこうというやり方です。中間集団が、血縁集団・地縁集団・職能集団なのかで、立場が分岐することはご存じの通りです。
もう一つは、マルクス主義ですね。これは、プロレタリア独裁によって計画的に社会を運営することで、市場の無政府性を排除しようとします。アナーキズムが回避しようとしたのが国家の暴力性だとすると、マルクス主義は市場の無政府性を回避しようとしたわけです。
これらに対し、先ほど申し上げた社会学者の取り組みは、あまり知られていません。社会学者デュルケームが『社会分業論』で提示した、アナーキズムでもマルクス主義でもない第三の立場があります。一口で言うならば、「国家を否定しない中間集団主義」と呼べるものです。
この「国家を否定しない中間集団主義」には、アナーキズム的な側面とファシズム的な側面が合体しているような不思議なところがあります。したがってデュルケーム評価は後に分かれることになり、今日でも論争的ですが、社会学はそういう出発点だったということを確認すれば、ここでは足ります。
社会学者とは何者なのかということで、もう一つ申しますと、マックス・ウェーバーに象徴されるように、社会学者とは「近代化とは何なのか」を問う存在であるということでしょう。これは今日でも社会学者の主要な務めでありつづけています。
従来、近代化というと、主に二つの考え方があります。一つは、近代化とは産業化だという考え方です。そうすると、社会主義経済化も、ある種の近代化であることになります。経済学者は、だいたいこちらの使い方です。
もう一つは、近代化とは主体化だという考え方です。最近でいえば「自己決定=自己責任原則化」だといってもいいでしょう。文学や文芸の世界ではだいたいこちらの使い方だといえます。いわゆる近代的自我うんぬんというやつですね。
社会学の世界は、これに対して第三の考え方をします。例えば、日本は、主体化していないけれど、近代化は遂げていると見るわけです。ただし産業化しているからではありません。機能的分化、あるいは機能的モジュール化が進んでいるので、そう考えるのです。
さて、僕のことを援助交際や新興宗教などのフィールドワーカーとしてご存じかもしれません。しかし、もともと理論や数理をやる社会学者なのです(笑)。ただし、数理社会学者として博士号を取ったのは、「そうしないとお前はイロモノになってしまう」と指導教官に言われて、仕方なくのことではありますが。
補足すると、僕は、右翼の小室直樹と、左翼の廣松渉に師事していたし、社会学科に進学する前はひたすらアングラ系の映画製作に勤しんでおりました。こいつを放っておくと、とんでもない方向に行きそうだということで、枠をハメられたのですね。しかし博士号を取ってから早速、若い人たちのダークサイドのフィールドワークをやるようになります。
そして、その一部が、郊外研究を通じて、建築の問題に連なっていくようになっているのです。したがって、僕の出自からすると、極めて具体的なフィールドワークをしながら、非常に抽象的な問題設定を維持するというところに、研究のアイデンティティーがあると考えてくださるといいでしょう。
それを踏まえていうと、僕の郊外研究をまとめたのが、『まぼろしの郊外』(一九九七年、朝日新聞社)という本です。この本の最も重要な論点は、ブルセラや援助交際などの現象や、2ちゃんねるで起こるようなフレーミング(罵倒)などの現象の、背後にあるコミュニケーション文脈の変化の歴史を、戦後の郊外化と結びつけて語るところにあります。
例えば、分かりやすいエピソードを一つ申しますと、八〇年代半ばからバブル崩壊にかけて続いた駅前再開発があります。景観的には賛否両論があるでしょうが、それとは別に、駅前再開発をしたところでは、極端に援助交際が増えるのです。テレクラ妻的な存在が劇的に増えるのですね。
もう一つ申しますと、テレクラや伝言ダイヤル的なものに対するニーズは、昔ながらの共同性やバナキュラーなものが残っていると思われているところほど、高いという皮肉な傾向が見られます。
昔だったら、旅をしながら「ここは田舎の風景だな」と思うと、そこは田舎だったのでしょう。けれども、あるときから、「ここは田舎の風景だな」と思う場所であるほど、そこにはたくさんのテレクラ妻がいて、知らない男とやりまくっているという次第なのです。
つまり、皆さんが風景などを見て町だ村だと思っていらっしゃるものと、僕がフィールドワークを通じて町だ村だと思うものの間には、ずいぶん乖離が生じているということなのです。それこそが『まぼろしの郊外』という本を書いた基本的な動機です。僕が、建築をめぐるコミュニケーションに関わるときの問題意識も、当然そこから生じるわけですね。
建築家は商売人ですから、クライアントの要求に応じることを通じてお金を貰うことが仕事です。建築家は、社会の要求に応えつつ、建築を通して自分たちがどんな社会を生きているのかという自意識をも絶えず表明している。その意味では、部屋に籠りきりの社会学者などに比べても、最先端の社会思潮とシンクロするところが大きいかもしれません。
しかしながら、ある時期以降、もしくはだんだんそうなったのかもしれませんが、そうした高度な思想的コミュニケーションによって正当化されたはずの建築が、現に果たす機能について見ると、思想と機能との間に大きな乖離が生じやすくなってきたのです。こればどうしたことなのでしょう。
その意味では、磯崎さんがさきほど「私は集合住宅を回避した」とおっしゃったのは、僭越ながら申しますと、個人的には非常に賢明な選択だったかもしれないと思います。特に集合住宅や郊外の都市計画についていうと、設計の理念と実際の機能との間には、あまりにも大きな乖離が生じやすくなっているからです。
国家がクライアントである場合には、国家の要求はハッキリしているわけですね。例えば、モニュメントを作れ、ということであり、国家の考える公共性に資するものを作れ、ということなのです。最初の集合住宅に結びついた社会改造の理念もそうでしたよね。建築家は国家からの明確な要求に対して、答えを出せばいいのです。
ところが民間マンションブーム以降、すなわち日本住宅公団から住宅都市整備公団にいたる流れとは別のところで集合住宅が出来上がってくるようになると、そこでのクライアントはデベロッパーですが、デベロッパーというよりも、そこに住む人たちが多大かつ多用な要求をしていて、建築家がそれらを見渡して答えを出すことなど、できるはずもない。
したがって、当然ながら、この時期以降の集合住宅や郊外の設計においては、設計意図やコンペを勝ち抜くためのメッセージと、現実に起こることとの間に、距離が出て来るわけです。これは論理的な帰結であって、致し方ないことだと言うほかはありません。
【機能的モジュールとしての現代社会】
宮台 どうしてこういう事態になったのか。それを理解するために、建築史とも絡むのですが、社会学や社会システム理論が明らかにしてきた近代化や現代化の流れを紹介しておきましょう。最も重要なことは、近代社会は機能的に分化したシステムで、機能的モジュールの連関になったという認識ですね。
社会システム理論家は、近代化へと向かう社会進化をおよそ三段階で考えます。第一段階が、環節的に分化した原初的社会。部族社会あるいは日本なら氏族社会の段階に相当します。特徴はセグメンタル(環節的)ということ。環形動物というときのセグメンタルという言葉に由来します。同じ形をしたものが社会の全体を鱗のように覆っている段階です。
第二段階が、階層的に分化した高文化社会。社会には、中心から周辺へ、頂点から末端にかけてのグラデーションがあるという考え方になります。思想においてはパーフェクション(完全性)や陶冶という概念が重要になってくるような段階です。階級理論を中核に据えたマルクス主義が、そうした社会観の系列で最後のものだと考えられています。
第三段階が、機能的に分化した近代社会です。それまでは、マルクス主義であれば、経済が下部構造で、基底的な要因をなすと考えました。中世思想にまで連なるアリストテレス的な発想では、政治がいわば「頭」であって、社会の基底的な要因をなすと考えました。
機能的にモジュール化した社会とは、紛争処理機能を果たす法システムがあり、資源配分機能を果たす経済システムがあり、集合的決定機能を果たす政治システムがあり、真理生産機能を果たす科学システムがあり、人口学的&労働力的な再生産機能を果たす家族システムがあり、これらのシステムがどれが上か下かということがなく噛み合った状態です。
人間で言えば、免疫システムとか、循環器システムとか、神経システムとか、消化器システムとかが、上下関係で把握されないのと同じように、社会にも、上下関係では把握できない機能的モジュールがあるという発想です。したがって、近代化とは、等格な機能的モジュール化という意味で、高文化社会に比して「脱中心化」したものになります。
近代社会は高文化社会に比べると「脱中心化」という特徴を持ちます。加えて、僕たちが生きるポストモダン=後期近代の社会は「脱主体化」という特徴をも持ちます。これは最近「監視カメラ問題」などを含めて重要になってきた「人間をどうやってコントロールするか」という制御因子をめぐる問題です。
フーコーの権力論に見られる問題意識は、近代化の本質は「主体化」であるというものでした。近代社会は、強大な権力によって脅して従わせるのではなく、主体化させることによって、社会のフォーマットを実現する。主体化とは、道徳規範の内面化とは違って、自己決定的な主体であろうとして悪戦苦闘することを内面化した存在だというわけですね。
要は、命じられたり脅されたりしなくても自発的に人間であろうとすることによって、意図せずして一定のフォーマットを集合的にアウトプットしてしまうような諸身体が、社会空間にあまねく分布することで、近代の社会システムが成り立つというのです。
自己決定的な主体であろうとして悪戦苦闘するような身体として整形することを、ディシプリン(規律=訓練)を施すと言います。ディシプリンを施す装置が、広い意味で教育のシステムだと言えます。近代社会は、法や道徳よりも、こうしたディシプリンが実現する「主体化」によって、必要なフォーマットを実現しているというわけです。
ところが、僕たちが生きるポストモダン=後期近代を見ると、そうした時代は終わっています。ディシプリンの代わりにあるのは、監視テクノロジーを含めたアーキテクチャーです。アーキテクチャーの働きによって、ディシプリンによる「主体化」に負担をかけることなく、社会システムに必要なフォーマットを実現できるようになりました。
「主体化による権力」から、「アーキテクチャーによる権力」にシフトするわけです。「フーコー的な権力」から、「ドゥルーズ的な権力」へのシフトとも言えます。東浩紀君ならば「環境管理型権力」と呼ぶでしょう。
企業でいえば、今までは、立派な企業人を揃えるために企業研修の多大なコストを払って自己推進的な主体を形成しようとしました。これからは、リモートセンシングやネットワークのテクノロジーなど、動機づけさえもモニタリングできるアーキテクチャーによって、各身体からなるフォーマットを、ずっと安上がりに実現できるかもしれません。
こうしたアーキテクチャーは実用化されています。冷暖房の温度、椅子の堅さ、照明の明るさ、BGMの音量、家具調度のアメニティなどによって、客の回転率をコントロールする方法は、既に一般化しています。客には、自分がコントロールされているという自覚はありません。むしろ完全に自由に、快不快感に忠実に振る舞っているつもりでいます。
ジャーナリストの神保哲生氏が情報公開法を使ってアメリカから仕入れたネタによると、十年以上も前に、NASAがノースウェスト航空に、脳波と心電図を、リモートで、つまり接触せずに、センシングする技術を、売り込んでいます。これを、事前にデータベースに蓄積したパターンと照合すると、署名を偽造しようとする人間や、テロをやろうと企む人間を、80パーセント以上の確率で捕捉できるというのです。
僕はすぐに、学校や企業に導入される可能性を考えました。このテクノロジーを導入すれば、諸身体はバカを見ないように、自動的に枠内で振る舞おうとするでしょう。だから、わざわざコストをかけて規範を内面化させたり、自己推進的な主体として整形化しなくても、研修や教育が達成してきたのと同じアウトプットを調達できます。
サービス・情報産業が発達し、誰でもそれなりに勤まる「役割とマニュアル」に従う労働が支配的になる近代成熟期=後期近代が、同時に「脱主体化」の時代だというのは、実はそういう意味です。誰でもそれなりに勤まるとは、さしたる「主体化」を要しないということであり、「主体化」の不全を埋め合わせるテクノロジーがあるということなのです。
ところで、思えば、「主体化」が重要だった時代には、核家族を営ませるための良妻賢母教育や、号令一下規律正しく集合的身体行動を取る工場労働者たらしめるための規律訓練が、非常に重要でした。そういう時代には、学校教育が極めて大きな役割を果たしました。だからこそ、同じ意味で、建築が極めて大きな役割を果たしました。
ところが、近代成熟期が深まりますと、「主体化」のコストを支払う必要がなくなりますので、斉一的な家族を営ませたり、斉一的な労働者たらしめるために、必要だった教育や建築が、負担を免除されていくということになります。
要は、どんなに多様な生き方をしようが、どんなに流動的な人材の出入りがあろうが、微細に張り巡らされたテクノロジカルなネットワークを使えば、自動的に動機づけが調達できるようになるのです。その動機づけは、快不快原則に基づく動物的なものですので、どんな身体でもOK。もちろん、監視する牧人司祭のごとき人間がいなくてもOKです。
思えば、そもそも「役割とマニュアル」に従った労働の一般化は、流動性の高いアメリカ社会で、生産性を上げるためのものだったことは、よく知られています。この試みの成功が、米国流グローバル化を後押ししたことも、よく知られています。
その方向を一挙に押し進めるのが、お話ししてきた「脱主体化テクノロジー」です。脱主体化テクノロジーによって、規律訓練を通じた身体の標準化が不要になります。標準的な人間であるどころか、多少頭がおかしくても、快不快を感じられる動物でさえあれば行動をフォーマット化できるからです。いわば「人格障害、超OK!」というわけです。
復習します。最初は「脱中心化」の話をし、次に「脱主体化」の話をし、最後に「脱標準化」の話をしました。もはや社会システムの回転にとって、(1)中心や頂点は必要なく、(2)自己推進的な主体も必要なく、(3)まともに標準化された身体も必要ない、という状況になったということです。それが社会システム理論家が考えるポストモダンなのです。
文学や哲学の領域で語られる「大きな物語から小さな物語へ」うんぬんは、今お話した「脱中心化・脱主体化・脱標準化」の、現象的な派生物に過ぎません。「脱中心化・脱主体化・脱標準化」によって、「大きな物語」が必要なくなったというのか、真相です。抽象的に言えば、意味論的なものが果たす一般化機能が、以前より軽減されたのです。
こうした後期近代的な「脱中心化・脱主体化・脱標準化」は、多様な生き方を許容するから良いではないか、と見做す東浩紀君のような立場もあります。でもこれはトートロジーですね。「脱中心化・脱主体化・脱標準化」を「多様な生き方」と言い換えただけです。
むしろ問われるべきは次のようなことです。東君は「動物化」という言葉を使いますが、動物であっても馬鹿であっても回るようなシステムをもって、「多様な生き方を許容する」と称していいのかどうかということです。
さっき言いましたが、「脱中心化」は近代一般のディスポジションです。「脱主体化・脱標準化」は後期近代のディスポジションです。僕自身は「脱中心化」に棹さしつつ、「脱主体化・脱標準化」については抗うべきだと思っています。なぜなら「脱主体化・脱標準化」は直ちに「うまく生きることと、まともに生きることとの乖離」を意味するからです。
なぜそれがダメか。まともであることを要求されない社会では、その社会のあり方の良し悪しを判断するための準拠点が、たとえそれが虚構であれ、空洞化するからです。例えば、立場可換性(オマエがオレでも耐えられるか)によって定義される公正概念は、完全に台無しになります。近代の諸制度は、正統性論的にこれに到底耐えられないと思います。
そうした次第で、99年のWTOシアトル大会をきっかけに、僕は「亜細亜主義を見直せ」とか「盟主なき亜細亜主義こそ重要だ」と言うようになりました。ずいぶん反発を買うだろうと思っていたら、最近では認められた流れになっています。何といっても、9・11以降のアメリカ政府の拙劣な行動が、僕の立場の追い風になりました。ラッキーです。
シアトル大会以降高まった「アンチ・米国流グローバル化」を、社会学的に捉えるとどういう図式になるか。これも建築の問題に密接に関わるので、若干お話ししましょう。冷戦下では左右イデオロギー対立がありました。左右とはとりあえず政治再分配を肯定するか否定するかの違いです。
政治的再配分を肯定すると左になり、否定すると右になる。それが常識です。否定すると小さな政府になり、小さな政府では担えない分を伝統的共同体や家族や性別役割分業に負担させます。だから保守と呼ばれるというわけですね。
ところが、冷戦体制が終わると、こういう古いタイプの左か右かという対立は、思想的には重要ではなくなってきます。再配分を単に否定すれば、伝統的な共同体の一部が空洞化し死滅するので、再配分の否定が「保守」だというわけにはいかなくなりました。そこで、新たに重要になったのが、再配分の形式です。
具体的には、集権的再配分なのか、分権的再配分なのか、ということです。もっと分かりやすく言えば、国による再配分メカニズムなのか、地域のローカルな相互扶助メカニズムなのか、ということです。匿名的な再配分なのか、顏の見える再配分なのか、ということですね。
後者は、無政府主義に見えますが、国家を否定していません。つまり社会学的伝統に棹さしたものです。この立場は「第三の道」と呼ばれる政策パッケージから出てきましたが、元を辿ると社会学者デュルケームの「国家を否定しない中間集団主義」にまで遡ります。そのことが伝統を証します。と同時に、僕は近代社会の本義を構成すると思います。
これは、「私的自治の原則」を貫徹させつつ、私的自治では解決不可能な問題を補完するために、公的なものが呼び出されるという構造です。公私は入子になります。すなわち、できるだけ小さな単位で問題解決を図り、どうしてもダメならより大きな単位で問題解決を図る。そこでもダメならもっと大きな地域単位で問題を解決するというものです。
家族親族でダメなら町、町でダメなら市、市でダメなら県、県でダメなら県連合、県連合でダメなら国、国でダメなら東亜細亜共同体、というふうに、国の下方にも上方にも開かれた「マルチレイヤー的な異主体システム」を構想します。これについては、姜尚中さんとの共著『挑発する知』(双風舎)で詳しく述べました。
デュルケーム研究者だったアンソニー・ギデンズが「第三の道」を標榜するのは自然です。七〇年代までの福祉国家主義的な左(集権的再配分)が行き詰まり[第一の道]、八〇年代からは政治的再配分を否定するネオリベラリズムが席巻しましたが[第二の道]、医療や教育や共同体が空洞化して、ローカルな相互扶助が見直されました[第三の道]。
この立場は、二つの柱があります。一つは「集権的再配分から分権的再配分へ」という構想。もう一つは「ネガティブ・ウェルフェアからポジティブ・ウェルフェアへ」という構想。後者は、弱者(を自称する者)に再配分するのでなく、「動機づけを持つのにリソースを持たない者」に再配分することを意味します。
集権的再配分を否定し、弱者への再配分もを否定するこの立場は、「弱者への集権的再配分が伝統的共同体を破壊する」とする右の立場と論理的に近接します。強いて違いを言えば哲学的ベースや思想的ベースの違いです。でも違いは相対的です。
再配分を計画するのは人間的理性ですが、「人間的理性で世界をどこまで覆えるか」について、哲学や思想はスペクトルを構成します。このことについては、仲正昌樹さんとの共著『日常・共同性・アイロニー』(双風舎)で詳しく述べました。
横の力(社会関係から来る力)ではなく、縦の力(非日常的源泉から来る力)をどれだけ当てにするか。表現(メッセージの伝達)ではなく、表出(エネルギーの発露)の連鎖をどれだけ当てにするか。原理原則への合意ではなく、遡れない事実性をどれだけ当てにするか。その程度において、右の度合が高まります。
ちなみにトックビル主義=アソシエーション主義的なアメリカは、原理主義的なので、そのぶん右とは言えなくなります。ところが、同じアメリカは、別の意味では右的です。典型的なものがアメンドメント(憲法修正)第二条の「武装権」です。
ブッシュ・ジュニア一期目のアシュクロフト司法長官が「個人の武装権」だと珍解釈するまでは、これは伝統的に州兵や民兵(ミリシア)の「共同体の武装権」を意味すると解釈されてきました。オレたちにはオレたちのやり方がある。それに国家が介入してくるときには武器をもって戦うことが崇高だとするわけです。
アソシエーション主義とは、地域共同体を含めたあらゆる集団は目的を同じくする者の集まりで、米国社会にはそうしたアソシエーション(結社)が多数存在する、これが民主主義の要だとの発想です。共通プラットフォームを踏まえた上で、各人の目的に基づいて自由に結社を作り、多様な社会を営むわけです。
でもこれは「プラットフォームを踏まえない者、敵を同じくできない者を抹殺せよ」という発想と表裏一体です。プラットフォームに乗れる者は幾らでも自由に振えるが、プラットフォームに少しでも触ればブッ殺すという強迫神経症的な思考です。
多くの国や民族は、共通プラットフォームに乗れるか否かはさておき、コミュニケーションを続けることで、利害においても自明性においても、互いが互いにとって不可欠な状況を事実的に作り出せ、との知恵に従います。迫害された清教徒が建国した米国だけが、奇天烈なメンタリティを展開するわけです。
プラットフォームさえ踏まえればいい米国社会は、極度に流動的です。人種や文化を問わず仕事ができるように「マニュアルと役割」で標準化された米国流のサービスは、世界中に持ち出せます。これが米国流グローバル化の重大要素です。そして米国流の大規模店舗の展開でローカルショップが次々つぶれます。
こうした過剰流動性を容認すると、米国巨大資本によって社会はどこも地均しされ、人も物も入替え可能化するします。だから諸外国は米国を強く警戒します。米国だけが特殊な国で、神を頼るから過剰流動性に耐えられ、過剰流動性ゆえに不安ベースとなり、不安ベースゆえに神を頼ります。他の国ではそうはいきません。
トックビルもアソシエーション主義を支えるものはピューリタンの宗教的ベースだと考えています。その意味でアメリカは、原理原則主義ゆえの過剰流動性で地域共同体を破壊するという意味で、右でないように見えます。でも、そのような原理原則主義が、超越性への帰依に基づくという意味では、右であるとも言えます。なんとも奇妙な社会です。
過剰流動性→不安ベース→神への帰依→過剰流動性→…という循環の存在ない欧州や日本では、「マニュアルと役割」で標準化された米国流サービスに侵略されるがままに放置すると、社会システムの良し悪しを判断するベースとなる非流動的な生活世界が、破壊されてしまいます。それが現に起こってきました。
だから欧州にはスローフードやスローライフの運動があります。ところが日本では有機野菜を食べることだと勘違いされたり、食品のトレーサビリティを確保することだと勘違いされています。そうでなく「マニュアルと役割」がもたらす入替え可能性や、入替え可能性がもたらす過剰流動性を拒絶して、文化やライフスタイルを護持する運動なんですね。
以上のように、近代標準の「脱中心化」、後期近代の「脱主体化」と「脱標準化」、そして脱主体化と脱標準化に抗うための「マルチレイヤー的な異主体システム」、といったところが、社会学者の考えるポストモダン状況です。
それを前提に言うと、近代核家族が、国家戦略と結びついて集合住宅という建築形式とともに拡がったのは事実ですが、上野千鶴子さんのように今さらそれを声高に語ることには、さして意味はない。それが僕の見解です。それは「主体化」と「標準化」が重要だった時代の話です。今はまったく重要ではありません。
今拡がりつつあるのは、「主体化」によってフォーマットをもたらそうとか、「標準化」や「規範化」によってフォーマットをもたらそうというのとは異なる動きです。「主体化」不全で「標準化」を外れるような「まともでない存在」が社会成員の大半でも、動物的な快不快を媒介にするアーキテクチャーが身体行動のフォーマットを実現できる時代です。
こういう新しい制御の形式に対して、建築家がどんな立場を取るかが問われています。それが目下の問題です。かつて建築はモニュメントでした。原初的社会ではそうではありませんが、王権が生まれる高文化社会以降、モニュメントになりました。モニュメントは、最初を神話を、ついで歴史を参照することによって、モニュメンタルであろうとしました。
ところが近代建築の時代になると、表現主義や未来派が出てきて、神話や歴史といった「客観性」にかわって、「主観性」の投射によって、モニュメンタルたらんとします。未来のイメージとかロマン主義的なビジョンを用いてモニュメントを作るようになるわけです。そこではバウハウスに象徴されるように、機能主義的なものですらロマン主義的な意味を帯びます。それがナチズム的なものです。
その後、建築にはアンチモニュメンタルな動きが生まれます。磯崎さんも関わっていた大阪万博のお祭り広場的なものです。まさに磯崎さんご自身が「モニュメントから機能的モジュールへ」というスローガンを掲げていらっしゃいました。ところが社会学者から見ると、そこには若干皮肉なモメントが存在するんですね。
建築家がアンチモニュメントを掲げだした時期と相前後して、先進国家は、枢軸国圏をも含めて、近代化を押し進めるために頂点や中心が必要だった時代を終えます。国家自体が機能的モジュールへと姿を変えるのですね。
権力理論的に言えば、権力は、目に見える権力から、目に見えない権力へとシフトします。戦車や装甲車が国家の威信を示した時代は過去のものになり、そうしたシンボルを頼ること自体が後進性の表れになります。今で言うなら「お笑い北朝鮮」的なものですね。
かくして先進社会は、モニュメントがどうなろうが、国家としては一向に構わない段階になります。昔ならば中心や頂点が否定されれば大問題だったのですが、新たな段階の国家にとっては機能的モジュールの円滑な連結の阻害こそが問題なのです。だから大阪万博は機能的モジュールであるお祭り広場によって成功し、皮肉にも国家の威信を高めました。
社会学者の目には、リベラルな建築家がアンチモニュメントを掲げはじめた時期から、社会システムの実態と建築家の意図との間に乖離が始まると感じられます。社会システムが自らの作動実態を見えない場所に匿しはじめる時期から、目に見えるものを作る建築家の意図が空回りしはじめます。それが今述べたアンチモニュメントのアイロニーです。
同じ皮肉が日本のポストモダン建築に集中的に表れます。八〇年代後半の竹下内閣の頃に「ふるさと創生一億円」事業が始まり、経世会政治に象徴される仕方で地方にお金がばらまかれて、◯◯文化会館やら◯◯観光物産館やら、多数のポストモダンなハコモノが立ち並びます。ところがこれらは例外なくテレクラの待ち合わせ場所になりました。
少しは真面目に言えば、こうなります。そこには「人々は一般にローカリティを求めるはず」というだとする単純な想定があります。でも、実は大きな勘違いです。実際には多くの人々が「匂いのない場所」であるコンビニやファミレスや◯◯会館を背景に、「名前を欠いた存在」になりたいのです。
反機能主義やらローカリティやらを標榜するポストモダン建築の「匂いのなさ」が、ローカリティを消した存在になりたいテレクラ妻やテレクラ男によって、存分に利用されるという皮肉が、そこにあります。僕が本の中で何度も言及してきたアイロニーですよね。
その後、磯崎さんがおっしゃったように、建築がだんだん「姿を消し」はじめます。ただし、建築家が提唱するまでもなく、ただの広場であるフリマのスペースにせよ、ただのビル地下であるクラブのスペースにせよ、九〇年代になって賑わいを見せる場所は「ハコ」ではなくなり、そこにはコミュニケーションの実質だけがあるというふうになるのです。
おしゃれスポットうんぬんというよりも、コミュニケーションのサブスタンスを追求するようになる動きを、建築が事実上、追認しているのです。そこには古い意味でのハコ割り的アーキテクチャーはありませんが、そのことで僕らが特段に自由になったりアノミーになったりすることはありません。そこには明確な秩序が存在します。
なぜか。制御対象が、狭義の身体挙動ではなく、コミュニケーションになったからです。例えば、森川嘉一郎君がいうように、物理的な壁や空間距離ではなく、趣味こそが、距離を定義するようなトポロジー(位相空間)になったのです。ウェブサイトの話を磯崎さんも本の中でされていらっしゃいますが、要は、権力が空間に依存しなくなったのです。
すなわち、「脱主体化」し、「脱標準化」した権力が、こんどは「脱空間化」しつつあるわけです。その結果、空間をどう設計するかなどということを考えても、意味を持ちにくくなってきているのです。「主体化」や「標準化」のために建築が貢献できたのが「nDK的な時代」でしょう。
そうした時代が終わり、人々が空間に依存せずにコミュニケーションするようになる状況──たとえば個室からネットにつながってコミュナルなものを形成するというこうした「脱空間化」的な状況──を、建築家の方々がどう考えているか。建築家の方々は、デザインという行為の動機づけや正当性根拠をどこに求めるのか。僕はそこに興味があります。
(他の方々の発言 中略)
【建築概念の拡張】
(他の方々の発言 中略)
【イコンの復権とトライブ】
(他の方々の発言 中略)
宮台 先ほど申し上げたことに誤解がないよう捕捉します。「脱中心化=機能的モジュール化」した後に生じる事態は、「主体に負担をかけないテクノロジー」によるコントロールです。
少なくとも当初の段階では、機能的モジュール化を可能にしたのは、機能を適切に利用する自己決定的な主体を形成する「主体化」のディシプリン(規律=訓練)です。ところが機能的モジュール化が完成すると、当初必要だった主体は要らなくなるのでした。
ところで、社会学の近代化論における最重要の概念が、「脱呪術化」です。呪術的なものから自由になることが近代的な世俗化なのだ、というマックス・ウェーバーの議論です。しかし、通俗的解釈は大半が間違っています。
巷では、近代になると呪術的なものが消えると考えられていますが、そうではありません。ウェーバーのいう近代的世俗化としての脱呪術化とは、社会システムの回転が、呪術的なものや宗教的なものから無関連化するということです。すなわち、インディファレントに、グライヒギュルティッヒになるということです。
人々が呪術的であってもなくても社会が回る。宗教的であってもなくても社会が回る。むろん歴史的にはまず、プロテスタンティズムの倫理が、世俗内的禁欲に基づく合理的振舞いによって呪術的なものを遠ざける。ついで、宗教倫理が始動した資本主義的システムが円滑に回りはじめると、当初必要だった宗教倫理が要らなくなるという順序です。
最初は宗教倫理が必要なのに、システムが円滑に自己運動するようになると宗教倫理はインディファレントになる、というロジックは、最初は機能的モジュールがうまく噛み合うために主体化のディシプリンが必要とされるのに、モジュールの噛み合いがうまく自己運動するようになると主体化はインディファレントになる、というロジックと等価です。
その意味で、磯崎さんのおっしゃるように二一世紀になると島民やアーキペラゴが出て来るのは、社会システム理論の考察とシンクロしています。もはや社会システムが回るために「市民」が必要なくなるのです。ディシプリンによって主体化された存在が要らなくなるのです。人間学的に陶冶された存在は必要なくなるということです。
言い換えると、快不快刺激に反応するための適切な認識能力さえあればいいという具合に、アーノルド・ゲーレン流にいえば負担免除されるわけです。かくして「脱呪術化」のロジックの直線的な延長線上で、「脱主体化」が出現したと見られるのですね。すると、「アイコンの復権」の意味も変わってきます。そこで、アイコンの意味を確認します。
日本のような後発近代化国、いわば枢軸国が、近代化の戦略として採ったのは、以下のような戦略です。急激な産業化と都市化で伝統的共同体を空洞化させ、アノミーに陥った成員たちを伝統的共同体ならぬ国家共同体へと糾合し、それによってもっと急激な産業化と都市化を推進する、という循環を回す。この人為的な糾合に必要なのが、アイコンです。
ですが、この日本も「後期近代」すなわち「近代成熟期」に入ります。サービス産業が拡大し、地域共同体や家族共同体の自立的相互扶助によって維持されていた生活世界は、市場化・行政化され、空洞化します。「善意と自発性」に代わり、「役割とマニュアル」が関係原理となります。
かくして、入替え不能だったはずのものが、入替え可能化します。主体に負担をかける「主体化」から、“動物”でも勤まるように「脱主体化」します。善悪の倫理ではなく、快不快への選好が重要になります。そうなると、 社会システムからアイコンが要らなくなるのです。
磯崎さんもご本で、日本のアイコンには、伊勢的なものと、桂離宮的なものと、南大門的なものがある、と分類されています。そうしたアイコン類型が、統治戦略として重要だった時代が、完全に終わるのです。社会システムはアイコンに一切負担をかけないで回るようになる一方、アイコンへの選好は、個人的な趣味や趣向になります。
そのようになったものが、インターネット上に展開するバーチャル・アイコンです。バーチャル・アイコンは、そうした趣味や趣向の世界であり、今のところ社会システムの駆動原理そのものとは、何の関係もありません。
別の言い方をしましょう。そもそもムラビト的な感受性が邪魔になるから、国民化の必要がありました。国民化の必要があったので、アイコンが必要になりました。しかし、アイコンに管轄されていないと国民がまともに行動できないというのは、未熟な段階です。実際、アイコンとは無関連に国民が動機づけられる主体化の方向へと進化してきました。
その主体化も不要になりつつあるのが、今の段階なのです。こうした展開過程は不可逆なので、再び社会システムの駆動原理としてアイコンが呼び出されることはあり得ません。そのことを徹底的に確認しなければなりません。
磯崎さんの島民は「トライブ」と呼ばれます。一見すると昔のムラビトに戻るかのようです。実際トライブによって振舞いの作法から言葉まで違う。言葉どころか感受性自体が異なる。だから翻訳機械を作っても相互のコミュニケーションは難しい。私自身が十五年ほど前から「島宇宙化」と呼ぶ現象です(1989年の『中央公論』での論文)。
昔だったらそんな現象があったらシステムは回りません。今は平気で回ります。これは不均質化ではなく、むしろ均質化の完成なのです。均質化の完成へと向かう「途上」だったからこそ要求されたフォーマット化が、完成したので必要なくなったということです。
要は、アイコンといっても、高々トライブのアイコンに過ぎないのです。森川嘉一郎君の話が出たからアニメでいえば、押井守『イノセンス』にしろ紀里谷和明『Cachern』にしてもサブライムなアイコンが復権しているように見えます。高さを崇高さと読み替える「ゴシック的なもの」が覆い尽くしているように見えます。アイコン的なものの過剰です。
にもかかわらず、それらは飽くまで人畜無害なエンジョイアビリティを超えません。論理的に、超えるはずがないのです。社会システムは、そうしたエンジョイメントとは完全に無関連に回っています。人々が各種トライブの中でアイコンを押し立てても、それとはインディファレントに社会システムは回るということです。
すると、建築家や広い意味でのアーキテクチャー・デザイナーが、今後バーチャル・ボディを設計するといっても、意匠や内容にかかわらず、もはやインフラ・レベルでのシステム構築にコミットしているとは言えません。むしろインフラ・レベルでのシステムが滞りなく回転することを前提に成り立つ、偶発的で恣意的な表象に関わっているだけです。
実は、こうした言い方も宴曲話法なのです。建築家は、広い意味でのアーキテクチャー・デザイナーになろうとも、それだけでは完全に周辺的な存在になるということです。各トライブのアイコンの設計如何は、人々の幸せを増進させる試みかもしれませんが、それは、各種の料理が人々の幸せを増進させるということ以上のものではありません。
磯崎さんのおっしゃるように、建築家たちは、これからも社会システムによって需要されるでしょう。でも、飽くまでトライブのためにバーチャル・ボディやアイコンを設計するという部分に限定されるということです。建築家は料理人になるのです。建築家が、システムの基体や基軸に関わる設計に関わることはもはやないのです。
代わりに、そうした作業は、極く少数のエリートたちからリクルーティングされた、ポリシー・プランナーたちの手に委ねられるはずです。そこにいるのは、私のような社会学者や政治学者かもしれません。建築家の方々の提案は、娯楽的な思いつき以上の意味を持たなくなる。こうした格下げをどう感じ、どうされようとしていらっしゃるのでしょうか。
(他の方々の発言 中略)
【「海市」プロジェクト】
(他の方々の発言 中略)
【見えないレイヤーを意識する】
宮台 磯崎新さんの話と山本理顕さんの話をつなげるお話しをしましょう。確かに人々のコミュニケーションの「脱空間化」が進んでいます。学校にいても携帯電話でネットにつながるし、家にいてもPCでネットにつながる。コミュニケーションは、物理的な空間でやるものではなくなりました。そのことは、実は盛り場がなくなることと関係しています。
『スパ!』で盛り場の変遷史を特集してもらいました。東京の盛り場は大正期の浅草から始まり、昭和三十年代の銀座、四十年代の新宿、五十年代の原宿を経由して、平成の渋谷のセンター街で終わります。なぜか。
ヒントを言うと、渋谷センター街が終わるとき、若い人たちは町田や大宮や立川や柏といった人口二十万台前後の周辺都市に集うようになります。こうした場所は「祝祭の場=盛り場」というより「くつろぎの場」でした。さらに97年あたりから「くつろぎの場」は、街よりもむしろ友達の部屋になり、続いて、携帯メールのネットワークになりました。
こうした動きは九〇年代前半に「ディスコからクラブへ」という流れの中で生まれます。クラブはディスコと違って非日常ではなく日常です。アッパーではなくダウナーで、ナンパではなく寄り合いの場でした。まあ、おばさんたちの井戸端会議みたいなものです。
ディスコの時代までは、感情的安全が保証された「生活世界」の存在を前提として冒険の場を要求していたのですが、クラブの時代からは、そうした「生活世界」の空洞化を前提として感情的安全を保証してくれるオルタナティブな場を要求するようになります。
その意味で森川嘉一郎君の記述は時代遅れで、渋谷は、クラスの半分を占めるようなギャル系と呼ばれる子たちがこぞって出かけるポピュラーな場所ではなくなりました。渋谷にいるのは本当にあそこにいる人たちだけ。流動性が極端に低くなり、渋谷は秋葉原と完全に等価な閉鎖的なトライブの街、クラス内の数分の一以下の少数者の街になりました。
都市から盛り場が消え、代わりにトイラブの成員をつなぐネットコミュニケーションが残りました。辛うじて残ったように見える街も、せいぜいこうしたネット上のコミュニケーションの、副次的な派生物に過ぎません。
トライブの出現を、多様化の一種だと見る人もいるかも知れません。しかし多様性にも二種類あることを知って欲しいのです。アメリカ主義的な多様性と、欧州主義的な多様性。トックビル主義的な多様性と、アンチ・トックビル主義的な多様性。原理原則への合意を前提とする多様性と、事実性を前提とする多様性。
アメリ主義的な多様性について、さきほど《プラットフォームに乗れる者は幾らでも自由に振えるが、プラットフォームに少しでも触ればブッ殺す》と紹介しました。事実性よりもルールへの合意を重んじる傾向は、「役割とマニュアル」さえあれば誰でも勤まるような労働形態を押し広げ、社会に高い流動性をもたらし、巨大資本を次々に生みました。
巨大資本が、「役割とマニュアル」ならぬ「善意と自発性」に基づいて動く「生活世界」を空洞化させても、信仰があるがゆえに耐えられる、というのがアメリカ社会です。ゆえに社会はますます流動化し、巨大資本化します。それがアメリカ社会です。その結果として生まれる社会形態を、僕はディズニーランドの比喩で表現してきました。
表層には自由で多様な戯れがありますが、深層にはインフラを支える不可視のアーキテクチャーがあります。物流のレイヤーであり、ゴミ処理のレイヤーであり、汚水処理のレイヤーです。これらアーキテクチャーの全貌を知るのは大ボスのみ。表層のプレイヤーたちは何も知らずに自由と多様性をエンジョイします。
不可視のレイヤーがエコロジカルな負荷を累積しても周辺の怨念を蓄積しても、知ったことじゃない。しかし、不可視のレイヤーに手をつけようとする者は、先制攻撃やら、司法外的な身体拘束で、デリートされます。こうしたあり方に耐えられるのは、何度も申しますが、アメリカが宗教国家だからです。他の国々ではそうはいきません。
そのことを意識するのが欧州主義です。一つの焦点が宗教にあります。日本の社会科学者は分かっていませんが、アメリカには欧州の意味での政教分離が存在しません。欧州の政教分離とは、一二世紀の叙任権闘争から一七世紀のウェストファリア条約までの流れに見るように、ローマ教皇の横暴から如何に世俗原理を守るかという闘争の歴史の結果です。
アメリカはそうではありません。アメリカの政教分離とは、メイフラワー協約の精神です。国教徒であるメイフラワー乗務員と、清教徒である乗客たちの、和平協約です。いわばキリスト教者が互いに争うのをやめましょうという話。そこには、宗教的な干渉から世俗を如何に無関連化するかという発想はありません。
欧州から見ればこれは異常です。この異常さがアメリカの過剰流動性をもたらしました。そしてそれが、「役割とマニュアル」に基づく労働と、巨大資本と、アメリカ流グローバル化をもたらしました。アメリカと違って、政教分離を原則として動く欧州近代は、こうした「アメリカ流」から自分たちをプロテクトするしかありません。
それが欧州の安全保障の思想です。ヨーロッパ連合(EU)のルーツは欧州石炭鉄鋼共同体(ECSC)で、エネルギー安全保障を目指したものです。日本人は安全保障というと軍事ばかり考えがちですが、ミスリーディングです。エネルギー安全保障があり、食料安全保障があり、IT安全保障があり、文化的安全保障があります。
遺伝子組替作物を、欧州ばかりか、アメリカの食料援助を突き返したザンビアのようにアフリカ諸国までもが、拒絶するのはなぜか。日本人は「人体に有毒だから」と思いますが勘違い。「社会に有毒だから」です。モンサントのようなアメリカ巨大資本に食料供給の根幹を握られるのを抑止するためなのです。石化燃料からの離脱も完全に同じ発想です。
要は、アメリカによる均質化がもたらすリスクを回避するためなのです。多様性には二種類あるという話でした。アメリカ的な多様性は、大ボスのいるデプスの深い見通しがたいアーキテクチャーの上に乗っかる、トックビル主義的=アソシエーション主義的な多様性です。アメリカ的な多様性は、皮肉にも世界の多様性を、軒並み駆逐していくのです。
日本人だけがこうしたコモンセンスから外れ、まともな安全保障思想を持ちません。そんな中で、社会学者として建築家たちに要望があります。現象的にはバーチャル・ボディへのコミットメントがますます重要になるでしょう。だとしても、ディズニーランドで言えば深層の不可視のレイヤーに相当する部分を等閑視する態度を、やめていただきたい。
例えばトライブという言葉の孕むアンビギュイティに敏感であってほしい。ディズニーランドの表層での、アドベンチャーランド好きとか、トゥモローズランド好きといった意味でのトライブなのか。それとも、ディズニーランド的なものの負荷によって疎外され抑圧されるようなトライブなのか。トライブをサポートすると言っても、意味は正反対です。
山本理顕さんの話につなげまると、老化で体が弱るときに、建築家はすぐに、バリアフリーな家だとか、すぐに病院を呼べるハイテク機器とか、エマージェンシーシステムとかを持ち出す。それ自体は悪くない。でも、前提への考察をスキップしています。家族や地域の自立的な相互扶助のシステムをどう見るのか。それをサポートするのかしないのか。
つまり、いきなりこういうスペックの家をつくるとか、ハコをつくるということ以前に、前提があるだろうと言いたいのです。いったい建築家の皆さんは、人々のどんなコミュニケーションをサポートし、触媒しようとしているのか。あるいは、人々に何を呼び掛けようとしているのか。そこをスキップしてしまう神経が、僕には分からないのです。
結論です。かつては建築家の能書きは有効でしたが、次第に能書きと現実が遊離するようになった。まず一方で、脱空間化が進んだ結果、ハコがどうのこうのという話は周辺的になってきた。他方で、虚体をサポートしようが趣味をサポートしようがトライブをサポートしようが、むしろ深層の不可視のレイヤーのデザインこそが問われる社会になった。そこを問わずして、建築家は虚体や趣味やトライブをサポートしていいのかということです。
(他の方々の発言 中略)
【現代建築のパワーゲーム】
(他の方々の発言 中略)
【セミラティスのデザイン】
(他の方々の発言 中略)
宮台 クリストファー・アレクザンダーの提案したセミラティスの概念は、社会学で長らく議論されてきた問題に直結します。一言でいえば、近代社会に自然と人為の二項対立はあるのかということです。社会システム理論の結論は「二項対立はあり得ない」というもので、そこからアンソニー・ギデンズ「再帰性」という有名な概念が出て来るわけです。
つまり、手つかずの自然はない。代わりにあるのは、手をつけないという人為が帰結する、再帰的な自然に過ぎません。もちろん再帰的な自然は人為です。自然の項に、伝統とか、反近代とか、近代の超克とか、いろんなものを代入できます。いまどき、伝統があるとか、反近代があるとか、近代の超克があるというのは、馬鹿だけです。
法律の分野でいえば「不作為」という概念です。行為を為さざることもまた人為なりという発想です。ポイントは、カント的な、つまり自由意思論的な、選択概念にあります。すべてが選択の問題であるがゆえに、選択の及ばない何ものかを構想することは、抽象論以上の意味を持ち得ないということです。
それを前提にすれば、セミラティスは、設計しなければならない。あえて設計しないことの帰結をシミュレートすることを含めて、設計しなければならない。そこに他者が偶発的に関わることで帰趨が乱数的に分岐して裾野が見通せなくなることをも含めて、やはりデザインなのです。
社会学でも、三十年前には「計画の無力」が語られました。そこからネオリベが立ち上がります。もちろん当時の社会福祉政策の行き詰まりは、ある種の計画が無力であったことを意味するのは間違いない。しかし、だからといって、「計画一般が無力だから計画を放棄する」というのは、「近代に限界があるので近代を超克する」という議論と同じです。
近代に限界があるのはいいとして、近代の超克には限界はないのか。計画が無力であるのはいいとして、計画の放棄は無力ではないのか。無力を理由に計画を放棄するなら、同じ理由で計画の放棄を放棄せよ。真実は、計画がときおり有効であり、計画の放棄が時折有効であるだけです。時代遅れのリバタリアンには退場してもらいましょう。
システムが応接する環境複雑性を背景に言うなら、どんな大風呂敷な計画も、圧倒的なピースミール・プランに過ぎない事実に耐えるしかありません。どんな計画もある意味で肯定可能であり、別の意味で否定可能です。そういうアンビギュイティに耐えるよりほかありません。機能には、機能の機能があり、機能の機能の機能があり、全体は見通せない。
僕の言い方では、巷には、近代に対して反近代があるとか、アメリカ的なものに対して反アメリカ的なものがあると考える向きがありますが、誤りです。近代の限界に対処するのに近代の超克でなく近代の徹底を以てせよとする少数議論が日華事変の後にありました。アメリカの限界に対処するのにアメリカの徹底を以てせよというのがローティでした。
磯崎さんは、建築家が関わっていればそういうふうに言ったはずなのにと書いておられます。同じことです。建築の限界について建築家が語りながら設計するのです。設計に限界があるから放棄するというのなら、蒙昧に戻る他ないシニシズムです。設計の限界には設計の徹底を以て対処する。でも設計は必然的に裏切られる。だからまた設計するのです。
デリダがギリシア哲学から抽出した「脱構築」の概念もそれに関わります。二項図式を受け入れつつ、永久に信じないで実践する態度のことです。二項図式のところに、いろいろなものを代入できます。近代を受け入れた上で、永久に信じずに実践する。設計を受け入れた上で、永久に信じないで実践する。かくして区分線は永久にズラされるのです。
建築家にせよ、社会学者にせよ、およそソシアル・プランナーやポリシー・プランナーの役割を帯びる者たちは、そのような態度で永久に振舞い続けるしかありません。シニシズムやニヒリズムは、それを選択してもやっていける脳天気な暇人たちのタワゴトにすぎないということです。nDKの時代の終焉後、社会学者が言えるのはそうしたことです。
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