第212回 [2005年4月24日収録]
「憲法シリーズ第2回:日本人にはまだ憲法は書けない」
ゲスト:小室直樹氏(政治学者)
衆参の憲法調査会で最終報告書がまとまり、国会で憲法改正が喧しく議論されている。しかし、政治学者の小室直樹氏は、このままでは、憲法改正は見送られるだろうとの見方を示す。その理由は、憲法とは「国民意識の反映」であり、憲法意識が欠如 していては憲法を書き直すことなど無理だからだと言う。
憲法とは何なのか、憲法改正にどのような意味があるのか。憲法の役割やここまで の憲法改正論議の問題点を、宮台氏の師匠でもある小室氏と共に考えた。他、中国の反日デモなど。
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一年がかりで準備してきた「思想塾」がいよいよ4月20日(水)に開講となります。
以下に設立趣意書を掲載します。
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「思想塾」設立趣意書 代表:宮台真司
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【思想塾の設立経緯:旧ゼミの解体に抗って】
■そもそも私塾の設立は、一連の都立大改変の中でB類(夜間部)が廃止されたことが契機である。93年に都立大に赴任して以来、学部生向け旧宮台ゼミは一貫して夜間部に置かれてきた。理由は、各著書でも述べてきた通り、ゼミの質を高めるためだった。
■第一に、夜間部生の方が平均年齢が高く、社会経験を有する者が多いので、経験が培った内的確かさをベースにした発言が目立つことがある。第二に、社会経験を有する者は、経験に裏打ちされた価値観によって、知識を重み付けして血肉化しやすいこともある。
■第三に、夜間部の最終時限(七時間目)に開設することで、七時半過ぎから十時半過ぎまで三時間以上ぶちぬきでゼミが出来ることも、ゼミの質の向上に役立った。それなりに実りのあるゼミをやるためには(テーマにもよるが)九〇分では短すぎるだろう。
■これらに加え、後述するように三年ローテーションで政治思想史をやり始めたころから一挙にモグリが増えたのも、質の向上に貢献した。院生、左翼団体や右翼団体や宗教団体のメンバー、エコノミスト、ライター、他大学の学生や院生、そして高校生などである。
■年齢は十代半ばから私と同世代まで三十歳もの幅があったが、書物を読んだり、思想や理論を語ったりする場合、三十年前、二十年前、十年前に、それらがどう受け取られたかを直接知る者が同席することは、若い学習者にとって実りが大きい。
■それだけではない。そもそもこれだけ年齢が違い、また立場が違う者たちが一同に会する機会が、いまや極めて珍しい。若い学習者にとってはそのこと自体が社会を知る機会になる。社会を知りつつ思想や理論を学ぶことは、極めて実りの多いことである。
■ところが、B類(夜間部)廃止で、多様な立場のモグリが参加できる時間にゼミを開けなくなった。[経過措置として旧B類生向けに七時間目に開くことは可能だが、首都大学の学生が単位を取得できなくなる]。古くからのメンバーには不利益変更になってしまう。
■そこで、首都大学の最終時限(五時間目)に開設する単位取得可能な正規の学部ゼミとは別に、とりわけ古くからのメンバーにとっての既得の利益が損なわれないように、一年以上前から私塾開設の方向で可能性を探っていたのである。
【各領域のディバイドに抗って】
■従って、私塾開設の目的は、今述べた通り、一つには古くからの学部ゼミ参加者の利益を守ることである。だがもう一つ、重要なことがある。従来のゼミの質を維持することが、社会的な利益に適っていると思われることである。
■先にも述べた通り、旧宮台ゼミには、年齢と立場の違う者たちが多勢集っていた。私の方針で、少なくとも夏休み前には自己紹介を促したり肩書き入りの名簿を作らなかったので、相手の肩書きに萎縮する前に対等に話し合える環境を整えることができた。
■こうした環境がもつ意味は大きい。私が学生だった二十年以上前には研究会活動が盛んで(例えば小室ゼミや言語研究会)、学術出版社の編集者たちが多数出席し、書籍の執筆者を一本釣りしていた。私の『権力の予期理論』(勁草書房)もそうして生まれた。
■編集者たちは、研究者の卵たちのホットな動向に敏感であることができ、研究者の卵たちも、編集者たちとの交流を通じて書籍化に必要な執筆技術を教わることができた。こうした交流環境は、学術系書籍のマーケットを質的に維持するのに必要不可欠である。
■それだけではない。私は院生だった時代にマーケットリサーチ会社に勤務して、学術系以外の一般マーケットを宛先とした文章に、何が要求されるのかを、オンザジョブで学べた。各領域のディバイドが進みつつある今日、こうした学びの必要性は高まりつつある。
■大学院ゼミでも頻繁に述べることだが、かつては許されなかったような思想的無教養が、閉鎖的な社会学者集団の中では許されている。例えば、政治学者が聞いたら仰天するような稚拙な議論が、社会学的権力理論の中で横行したりしている。
■ジャーゴンやコネクションによる防護を解除した場合、自分の言説はどれだけ通用するのか。即ち、そもそも自分の言説の質は、同時代の知性の水準に照らしてどの程度のものなのか。そうしたことを知る機会が(社会学者の卵にはとりわけ)必要である。
■思想塾の活動は社会学をベースにして進められるが、社会学や心理学や経済学や政治学といったプロパー内部でのジャーゴンやコネクションによる防護を、できるだけ解除していく。例えば、社会学会では許される言説も、思想塾では通用しないことがあり得る。
【後期近代における「端的なもの」の露呈に対処して】
■同じく、もう一つ、思想塾の社会的貢献の可能性がある。それは右翼の本質に関わるものである。即ち、思想理解に必要不可欠なコモンセンスが途切れないようにすること、ならびに「魂の系統」「情念の連鎖」の流れを断ち切らないようにすることである。
■古くはプラトン以前とプラトンとの違い、あるいはプラトンとアリストテレスの違いにまで遡り、スコラ神学者においては神の存在の弁証可能性をめぐる対立として再燃した、「主意主義/主知主義」の対立がある。厳密に、前者が右翼、後者が左翼である。
■日本でも戦前の思想者に遡及すれば分かるが、弱者救済への志向、公正さ(平等性)への志向、世直しへの志向は、左翼の専売特許であるどころか右翼の十八番である。第一次近似で言えば、行政官僚組織による集権的再配分の是非を巡って分岐するのがヒントだ。
■色々な規定が可能だが、主知主義とは〈世界〉を知識で覆える(神を合理的に弁証できる)とする立場、主意主義とはそれを否定する立場だと考えるといい。主意主義がそれを否定するのは、意思を知識に還元できない端的なものだと見做すからである。
■パーソンズが『社会的行為の構造』で主意主義的行為理論を提唱したとき、主意主義を主観主義化した。具体的には(相互)行為の偶発性をもたらす、行為者サイドの「ランダムな変数」として、概念化した。確かに「意思が知識に還元できない」からである。
■しかし、この概念化は完全な間違いではないものの、問題を矮小化し過ぎている。何故なら理性は、乱数表を織り込んだシステムを合理的に設計できるからだ。そうではない。主意主義の本義は、主体ではなく、〈世界〉の根源的な規定不能性に関わっている。
■因みに、ルーマンの社会システム理論は、パーソンズによって主観主義化された主意主義概念を、再び〈世界〉の側へと奪還する試みである。ルーマンによって翻案された「二重の偶発性」や「規定不能性」概念に、そうした趣意が刻印されている。
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第210回 [2005年4月9日収録]
タイトル 「命をかけて無実を訴えていきます」
ゲスト:植草一秀氏(エコノミスト)
ちょうど1年前の4月8日、東京JRの品川駅で女子高生のスカートの中を手鏡でのぞき見しようとしたとして東京都迷惑防止条例違反で逮捕、起訴され、さる3月23日、「罰金50万円・手鏡一枚没収」の有罪判決を受けたエコノミストの植草一秀氏は、無実を訴え続けているにもかかわらず、控訴期限だった4月6日控訴を断念した。
植草氏は「罪を認めたわけではない。しかし、このまま裁判を続けても公正な裁判が期待できない」と控訴断念の理由を説明し、今後裁判とは別の形で無実を訴え続けていく意向を明らかにしている。冤罪を訴える植草氏が、「サッカーにたとえると、アウェーゲームだった」と主張する裁判とは、どのような裁判だったのか。一度は罪を認めたと報じられた植草氏が一転全面否認に転じた背後に、どのような経緯があったのか。果たして裁判は公正だったのか。
ほとんど報じられていない植草氏の言い分を聞いた。
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第209回 [2005年4月2日収録]
タイトル BSE安全宣言のカラクリを斬る
ゲスト:山内一也氏(食品安全委・プリオン専門調査会専門委員)
食品安全委員会が、月齢20ヶ月以下の牛のBSE検査の免除を容認する答申を出し、アメリカ産牛肉の輸入に道が開かれた。いや、少なくともニュースではそう報じられている。しかし、食品安全委のプリオン専門調査会の委員を務める山内一也東大名誉教授(感染症研究)は、それは誤解であり、行政とメディアによるトリックだと言う。山内氏ら専門委員は、国から20ヶ月以下の牛の検査を廃止した場合、今よりどの程度BSEの感染リスクが増大するかを諮問され、それ自体は非常に低いことを認めたが、それと同時に全頭検査の中止には反対の意見を明確に提示したという。現時点ではまだ輸入肉骨粉の状況が100%把握できていないことや、特定危険部位の除去がどの程度徹底されているかも、十分確認されていないと判断したからだ。
しかし、驚いたことに、その問題は今回は諮問されていないという理由から、科学者たちのそうした意見は答申には含まれなかったというのだ。科学者たちが中立的な立場から議論を続け、合意した時に初めて検査が緩和されるという説明は、実は嘘だったのだ。
日本の牛肉は大丈夫なのか。今回の決定によって輸入再開にまた一歩近づいたとされるアメリカ産の牛肉は、どの程度安全なのか。日本におけるプリオン研究の第一人者山内教授とともに、牛肉の安全についてあらためて考えた。
他、ライブドア問題続報、尊厳死について、懸賞クイズ抽選など。
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昨日23日は、私たち(まる激の神保と宮台)が予想していた通り、東京高裁がライブドア側の仮処分申請を追認した日です。
高裁決定が出る直前、私たちはライブドア本社オフィス(六本木ヒルズ)でホリエモンこと堀江貴文氏と会見し、その模様をまる激に収録しました。
ホリエモンが90分に渡って動画メディアに姿を現すのは、テレビを含めて初めてのことですが、いわゆる生臭い問題とは別に、以下の問題を深く語っていただきました。
(1)メディアとITとフィナンシャルのシナジー効果について
(2)ジャーナリズムについて
(3)テレビがインターネットに飲み込まれることについて
テレビではなくインターネット放送である「まる激」に登場して私たちと会見するところに、ホリエモンの見識を感じます。
ホリエモンは、テレビどころか、ラジオにも新聞にも発言しなかったことを、「まる激」で広く深く開陳してくれています。
私たちが数年間強調していたように、地上波テレビ局が「ぬるま湯の中で膨大な広告費を分け合う」異常な状況に終止符がうたれるべき時が、目前に見えてきました。
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