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先ほど都知事選について連投ツイートしました。連投内容をアップします。

【迷える脱原発派へ①】脱原発候補が、共産党と社民党の推薦を受けた段階で、脱原発がイデオロギー問題にシフトしてしまう。それでも支持増大が期待できるなら良いが、実際には前回知事選で「宇都宮票は共産党基礎票60万票台にも拘わらず90万票台に留まった」。この事実は何を意味するだろうか。

【迷える脱原発派へ②】電事連と各巨大電力会社は、反原発派=左翼プロ市民、というイメージを定着させるために、従来あらゆる方法を用いてきた。だから彼らは「宇都宮候補を、共産・社民の推薦を受けたからこそ徹底的に人畜無害と見し、脱原発候補として宇都宮を支持する人々を鼻で笑う」。

【迷える脱原発派へ③】宇都宮候補が前回・今回の知事選を通じて住民投票問題に言及しないことが象徴的するように、「共産と社民に推薦された脱原発候補」なる存在を支持することは「〈原発をやめられない社会〉を構造的に離脱しようとする意欲を持たずに情緒的表出に終始するという民度」を意味しよう。

【迷える脱原発派へ④】原発都民投票条例の制定を求める住民直接請求代表人だった僕は「署名活動に参加した方々の中から、脱原発問題をイデオロギー問題化する機能を持つ共産・社民推薦候補の支援に回る方が少なくない事実」を見るにつけ、住民投票運動の目的についての周知の不徹底を痛感せざるを得ない。

【迷える脱原発派へ⑤】もちろん僕は全力で「〈原発をやめること〉もさりながら〈原発をやめられない社会をやめること〉こそが大切だ!そのための住民投票運動なのだ!」と受任者の会議や街頭で繰り返し、それもあって法定署名数の獲得に成功したと思っているが、その先に更に大きなハードルがあるのだ。

【もう少し解りやすくとの要求に応えて】(1)党派的運動だと見された時点でイデオロギー問題化し、直ちに集票できなくなること。(2)党派の機関決定に従属する活動では〈任せてブー埀れる〉だけで〈引き受けて考える〉作法にシフトできず、〈原発をやめられない社会〉を離脱できないこと。

【住民投票だけじゃ無理という批判に対し】連投の主題はそこにはありません。問題がイデオロギー色を帯びた時点で、脱原発候補は意味を持たないということです。重武装化的な憲法改正が保守派ではなく市民派から提起されたときに実現しやすくなるのと同じで、むしろ自民党勢力が脱原発を唱う方向に持ち込むのが賢明です。


投稿者:miyadai
投稿日時:2014-01-27 - 11:44:04
カテゴリー:宮台の近況 - トラックバック(0)

【首都大学東京での、来年度学部ゼミのシラバス】

2014年度(来年度) 学部ゼミ シラバス

★授業方針・テーマ
【現代社会論】
(1)近代西欧政治思想史、(2)近代日本政治思想史、(3)戦後日本政治思想史、を年度をまたいで一巡する形でゼミを運営する。昨年度(2013年度)は⑴を学んだので、本年度(2014年度)は、前期で⑵を、後期で⑶を学ぶことにする。

★習得できる知識・能力や授業の目的・到達目標
 社会学理論を修得するには歴史と思想史の知識が不可欠である。あらゆる理論には時代や社会の文脈が刻印されているからだ。理論の意義を評価するにも時代的文脈や社会的文脈の参照が欠かせない。ところが最近は歴史的・思想史的常識を欠く学生が目立つ。以前は一年でリカバーできたが、最近では無理になったので、複数年度にまたがるプログラムにならざるを得ない。ただし参加資格も成績も単年度完結。諸理論と歴史的背景をカップリングして理解できるようになること—理論を学ぶ資格を獲得すること—が目標である。

★授業計画・内容
【前期】大川周明を理解する
 A級戦犯として起訴後、精神疾患を理由に免訴された大川。単なる大東亜戦争への煽動者と見せない。戦後日本の保守や右翼とは何かを考える際、大川を避けて 通れない。
 日本的保守とは何か。シンクレティズム的寛容か。二元論的天皇原理主義か。原理主義を却ける大川の議論は、都市型保守へのシフトで原理主義化しやすい昨今、一瞥に値する。
 「イスラム的」の概念で亜細亜的寛容さを代表させようとする大川の枠組は、米国の喧伝でイスラムを原理主義だと錯覚しやすい昨今、イスラム性の本質を理解する際に役立つ。
 
【後期】吉本隆明を理解する
 高度成長期、古いものが消えゆき新しいものがせり上がる中、光(近代)と闇(前近代)は互いに隣りにあると感じられた。江戸川乱歩や川端康成を生んだ戦間期1920年代に似る。
 学園闘争の中で多くの者が、近代の建前の裏に厳然と存在する日本固有の風土について、マルクス主義や近代政治学など19世紀にルーツを持つ近代思想では覆えないものを感じた。
 思想的乾きの中、柳田民俗学と精神分析学の関係、キリスト教論と仏教論の関係を踏まえた吉本を読むことは解放だった。戦間期20年間と戦後20年間を比較すべく、吉本を読む。
 
★テキスト・参考書
【前期】大塚健洋『近代日本政治思想史入門』『大川周明』、大川周明『米英東亜侵略史』
【後期】小熊英二『〈民主〉と〈愛国〉』、吉本隆明『転向論』『共同幻想論』ほか諸著作

★成績評価方法
ゼミ報告をした者にのみ成績評価をおこなう。ゼミ報告のクオリティとゼミでの発言頻度やその内容を評価して成績をつける。

★特記事項
なし
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投稿者:miyadai
投稿日時:2013-12-24 - 10:10:38
カテゴリー:イベントなどの告知 - トラックバック(0)

廣松渉先生について語りました。前半部分だけ掲載します。やがて『情況』に全体が掲載されます

<広松渉との交友>

宮台 廣松渉さんとの出会いから。お顔を拝見したのは一九七八年。東大・駒場キャンパスに通っていて、当時の2号館で廣松先生の講義を拝聴しました。授業は大人気で立ち見状態。教壇の前まで立ち見が埋まり、廣松さんが「まるで立ち会い演説会ですね」とおっしゃったのを覚えています。
 廣松さんを意識したのはそれに先立ちます。僕は中二で若松孝二と足立正生の映画にハマりますが、映画批評家で第四トロツキスト同盟元活動家の松田政男さんの本がきっかけです。麻布中の図書館にあった松田さんの『薔薇と無名者』に廣松さんのことが書いてあって、東大に入ったら廣松さんの所に行こうと思いました。
 「廣松さんは哲学者の姿をした革命家だ」という旨が書いてあったのですが、若松さんと足立さんを「映画作家の姿をした革命家だ」と思っていたので、似ているぞと。松田さんは「表現を通じた意識変革」を目指すグラムシ主義者なので、そんな在り方を推奨するんです。因みに松田さんや足立さんの周辺は六九年から〈風景論〉の論陣を張っていました。
 永山則夫連続射殺事件があった際、旧左翼の人たちは、見田宗介の『まなざしの地獄』が典型的ですが、「田舎から東京に出て、都会から疎外された」という図式で見ました。若松プロ周辺の新左翼はそうは考えず、「田舎から東京に出て来たが、風景が何も変わらなかったことに苛立った」と見て、これを松田さんが〈風景論〉と呼んだのです。
 宮台的に言えば、〈ここではないどこか〉に行こうと上京したが、東京が〈ここ〉でしかない事実に苛立ち銃弾を発射した。〈どこかに行けそうで、どこへも行けない〉。ハイデガーに従えば、人に固有な理性の働きゆえに、〈ここではないどこか〉を〈ここ〉にもたらした途端やはり人は〈ここではないどこか〉を夢想する。〈脱自〉と言います。
 若い頃リッケルトとマッハとハイデガーの影響を受けた廣松さんの物象化論は〈風景論〉です。〈ここではないどこか〉に「失われた楽園」があってそこに行けば救われるという〈本質疎外論〉を否定する。つまり、たとえ「楽園」が〈ここ〉にもたらされても、「そこが本源だから、〈ここではないどこか〉はもうない」とする発想を否定します。
 松田さん経由で高校で『世界の共同主観的存在構造』『事的世界観の前哨』を読み、これは〈風景論〉だと思い、ハマりました。それが廣松さんのところに行った理由です。五木さんと廣松さんとの共著『哲学に何ができるか』が出版されたのは一九七八年。僕が大学に入った年で、出版直後に読みました。大学の生協には山積みでした。

<広松の背後にあるもの>

宮台 僕は七三年まで続いた中学高校紛争の最終世代。紛争の中で最初に読んだのが、『マルクス主義の地平』と『マルクス主義の理路』です。そんな経緯もあって、僕は廣松さんを哲学者だと思ったことがなく、マルクス主義まで含めた哲学の〈真理の言葉〉を、機能的・戦略的な道具として使う印象を持ちました。
 それだけでなく僕は廣松さんをマルクス主義者だと思ったこともない。五木さんの仰る通り、廣松さんは亜細亜主義者だと考えます。因みに十年程前、戦旗の主催で南京大学出版記念イベントがあり、「廣松はプロレタリアン・インターナショナリズムでなく亜細亜主義だ」と話したら、面白いことが起こりました。
 今は亡き荒岱介が立ち上がって「宮台! 何を言うか。廣松こそがまさにプロレタリアン・インターナショナリズムだ!」と叫ぶと、塩見孝也が立ち上がって「いや、全く宮台の言う通りで、廣松さんは亜細亜主義者だ」と反論。すると奥様がスッと立ち上がり、「廣松の口癖は『尊皇攘夷』でした」と。これで全てに決着がつきました(笑)。
 亜細亜主義者には、明治前期の岡倉天心に遡れば「力の文明か、美の文明か」、あるいは戦間期の石原莞爾や大岡周明であれば「欲望国家か、道義国家か」といった二項図式を使う。廣松さんも同じで、「実体主義か、関係主義か」あるいは「ギリシア的伝統か、仏教(中観派)的な伝統か」の類の対比は〈亜細亜主義的二項図式〉そのものです。
 実際、廣松さんは軽口で「ロスケ」という蔑称を使いました。彼をマルクス主義者として理解すると間違います。廣松さんはマルクスから決定的なことを学んだのではない。物象化論を含め、彼自身に元々内在する世界観をマルクスに読み込んだ。もっと言えば、マルクス主義を改鋳し、彼の世界観に引き付けた。
 「だから廣松は素晴らしい」というのが僕の考えです。マルクスとエンゲルスに対する解釈が正しいか、哲学者としてオリジナリティがあるか、僕には関係ありません。関係あるのは、マルクス主義でさえ廣松世界観に合わせて改鋳するほどの〈ヴィルトゥ virtu〉(内から湧き上がる力)の存在だけです。
 ロマン主義は〈超越への志向〉です。正確には「不可能と知りつつ超越に近づこうとする志向」。廣松さんそのものです。佐藤優さんが『共産主義を読みとく』で、マルクス主義における疎外論は〈失楽園譚〉でキリスト教的だとした上、廣松さんはそれを明示的に否定して物象化論を展開したから、反キリスト教的だとします。
 ミスリーディングです。実は物象化論も一種の疎外論です。疎外論には〈本質疎外論〉と〈受苦的疎外論〉があるのです。〈本質疎外論〉は本来性からの疎外を考えます。本来あるべき状態から離れているとの意味で、多くは本来性が始源に想定され、本来性を取り戻すことが救済になる。疎外論的マルクス主義における革命がまさにソレ。
 〈本質疎外論〉では「本来性からの疎外」が問題ですが、〈受苦的疎外論〉では「別であり得た可能性からの疎外」が問題です。〈世界〉はいつも「本来なら別様であり得たのに、これでしかあり得ない」というふうに現れます。〈世界〉はいつも「別様であり得た可能性」と共ににあり、我々はいつも「別様であり得た可能性」から疎外されている。
 〈本質疎外論〉では〈ここではないどこか〉から疎外されない最終のここ〉を考えますが、〈受苦的疎外論〉では、人が理性ゆえにどんな〈ここ〉にも〈ここではないどこか〉を対置する以上〈ここではないどこか〉からの疎外は克服不能とします。にもかかわらず、両者共に〈ここ〉が〈ここではないどこか〉から隔てられているという意味で、疎外論なんです。
 廣松さん的には〈ここではないどこか〉を探す旅にゴール---最終的な〈ここ〉---があると見す〈本質疎外論〉は、本来性という「ゴールの物象化」ゆえに誤り。でも、ゴールを初めから到達不能と見しつつ永久に〈ここではないどこか〉を求める旅を奨励する〈受苦的疎外論〉は正解。まさに「不可能と知りつつ超越に近づこう」とする初期ロマン派です。
 〈本質疎外論〉に対置される物象化論は教義学的に〈受苦的疎外論〉です。ロマン派に擬えれば、到達「可能」な全体性(民族精神!魔の山!)を想定する後期ロマン派---ナチス思想の母体---が〈本質疎外論〉の形式で、全体性は到達「不能」だと当初から見す初期ロマン派は〈受苦的疎外論〉の形式です。実は観念史的に反復されてきた差異の形式なのです。
 小林敏明さんも『廣松涉---近代の超克』という伝記の中で---僕の言葉でパラフレーズしますが---九州で育った廣松渉さんが、東京を〈ここではないどこか〉だと夢想して上京したものの、東京も〈ここ〉でしかなかったことが原体験となり、〈ここではないどこか〉の夢想が不可能性と結合し、独特の文体となったとする。本質をついています。
 これは『連続射殺魔』(1970年)を撮った〈風景論〉者の若松孝二と足立正生が、ドキュメンタリー素材の永山則夫に読み込んだ事情と同一図式です。彼ら曰く、永山則夫もまた、〈ここではないどこか〉を求めて東京に出てきたものの、そこは津軽と大差ない〈ここ〉にしか過ぎず、どうにも変わらない風景を切り裂くために銃弾を発射した⋯。
 因みに、佐藤優さんの指摘通り、廣松渉さんは新左翼を究極には信じていませんでした。思うにその理由は、新左翼が、永久に到達不能と知りつつ〈ここではないどこか〉を希求する実存主義的なものだと知っていたから。廣松さんは「実存主義的構えが貫徹できれば、革命が成就しなくてもいい」とは考えなかった。それ自体を実存的不徹底だと見たんです
 左右概念を確認すると、資本主義の肯定否定、再配分の肯定否定は関係ありません。北一輝や石原莞爾のように「資本主義を否定する」右翼、「再配分を肯定する」右翼が戦前は珍しくありません。初期ギリシアに辿れば「理想社会を実現すれば人は幸せになる」とする〈主知主義〉が左。「理想社会を実現しても人は幸せにならない」とする〈主意主義〉が右。
 戦前はこれが常識。〈主知主義〉と〈主意主義〉の差異は19世紀初頭に活躍したプロテスタント神学者シュライエルマッハによる弁神論分類が参考になります。「全能の神が創造した世界に悪があるのは変だ、全能の神などいないのではないか」といった議論に対して神の存在を弁護する議論が〈弁神論〉です。これを巡りスコラ神学が分岐しました。
 世界に悪があるのは「神の計画」だとするのが〈主知主義〉者。むろん相対的存在である人間には、絶対神が何をどう計画しているのか最終的には判りません。これに対し、神は絶対的存在だから何をも望み得るとするのが〈主意主義〉者。神の意図は端的なもので、神が気まぐれだったり悪を意図したりすることが妨げられません。
 〈主意主義〉者からすれば、創世記が人は神の似姿とする以上、人の意思も端的なもの。合理的だから意図するとか、非合理だから意図しないとかは、意図の本質からズレます。因みに社会システム理論の創始者タルコット・パーソンズは、計算合理性から外れた意思を勘案した自らの行為理論を「主意主義的な行為理論」と名付けました。
 〈主意主義〉者の言うように人の意思が端的ならば、理想社会が肯定する善悪枠組の内側でだけ人が意思するとは限らず、その場合は理想社会の善悪枠組が意思を挫きます。だから「理想社会を実現しても人は幸せにならない」。他方、〈主知主義〉者にとって人の意思は計算可能なので、周到な計算で「理想社会を実現すれば人は幸せになる」のです。
 麻布が叛旗派や中核派の拠点だったので、「理想社会を実現すれば人か幸せになる」とする〈主知主義〉が「旧左翼」、理想社会を実現しても人は幸せにならないとする実存主義(〈主意主義〉)が「新左翼」だと、中学で知りました。後者は「マル存主義(マルクス主義的実存主義)」とも呼ばれていた。先の戦前的尺度で言えば「新左翼」は右です。
 冒頭の説明とマッチさせれば、〈ここではないどこか〉の探索に終わりがあるとする〈本質疎外論〉は〈主知主義〉的であるがゆえに左翼的。他方、ハイデガーが理性概念を用いて示すように〈ここではないどこか〉の探索に終わりがないとする〈受苦的疎外論〉は〈主意主義〉的であるがゆえに右翼的。そして廣松さんは後者。
 「新左翼」は、戦前右翼と同様、〈主意主義〉的であるがゆえに実存主義的です。〈主知主義〉を否定する分、徹底した計算合理性の貫徹で革命をもたらそうとする態度が欠如しがち。廣松さんはこれを革命意志の弱さだと捉えていました。だから徹底した計算合理性の貫徹を目指す共産党ないし講座派に近く、能天気な労農派を嫌いました。


<宗教・哲学そして廣松渉>

宮台 宗教の話に引き付けると、「これが本来的だ」と名指せると信じる宗教と、「本来的なものは名指せない」と信じる宗教の、二つがあります。千年王国論を信じるアメリカのエヴァンジェリカルズ(福音諸派)が、名指せると信じる宗教の典型です。これに対して、スピノザ的な汎神論は、名指せないと信じる宗教の典型です。
 キリスト教は微妙です。神の命令を戒律として名指せるとするパリサイ派のヤハウエ信仰に対し、イエスが真のヤハウエ信仰ではないと却けたからです。ユダヤ民族は北王国がアッシリアに征服されてから南王国がバビロニアに征服されるまでに、生贄を捧げることで神の救いに預かろうとする振舞いが、神と取引きする瀆神的な営みだと気付きます。
 以降のヤハウエ信仰は〈生贄から贖罪へ〉とシフト。瀆神的な営みを含めた罪ゆえに神が救ってくれないのだと理解する。かかる理解へのプロセスがトーラー(旧約)に刻まれます。これは五百年余りかけて練り上げられますが、一貫した理解ができないように書かれています。新約の四福音書の間も矛盾だらけ。なぜか? 理由が重大です。
 ユダヤ民族は、生贄を授けることで救いにあずかろうとする振舞いが、取引きで神を制御しようとする瀆神的な営みだと気付き、続いて、罪を犯さぬことや犯した罪を利他行で贖うことで救いに預かる振舞いも、取引きを通じて神の偉大さを傷つける営みだと理解します。神は絶対的存在で、相対的存在である人間と取引きなどする訳がないと反省します。
 相対者は絶対者を理解できないという〈原罪譚〉は重大です。でも、それが含意するのは、取引きによる約束があるとして善行をなす者は、自らが救われたい余りに絶対者の意思を矮小化するエゴイストだということです。自分が救われたいのは自意識つまり〈自己〉の問題。社会に救われるべき人がいる(から救う)のは〈世界〉の問題です。
 トーラー(旧約)が頁をめくるごとに矛盾するように書いてあるのは---例えば創世記第1章では神は一日で人を作ったとあるのに第2章ではアダムが寝ているときに肋骨からイヴを作ったとある---、神の言葉をリテラルに読み取れないようにすることで、「神の言葉通りに振舞うことで救い預かろうとする瀆神者」が出てこないようにする工夫です。
 でも「それじゃ救いに預かれないので困る」ということで、トーラーを書き換え、守ったか否か確認できるミツヴァ(戒律)を作ったのがパリサイ派。このパリサイ派を「〈自己〉の問題を神のメッセージという〈世界〉の問題と取り違える、浅ましき頓馬」と断言したのがイエス。四福音書の「マグダラのマリアの挿話」の意味もそこです。
 吉本隆明から小室直樹を経て橋爪大三郎さんまで「ユダヤ教が〈戒律宗教〉だったのを、イエスが喩を通じて〈内面宗教〉にした」と言います。聖書学的には誤り。イエスは、ユダヤ教は元々戒律宗教ではないとして元の姿の回復を企てたんです。マグダラのマリアの話も、トーラーとミツヴァが等価だとは実はラビでさえ思っていない事実を、指し示したもの。
 ところがイエスの死後、ローマ戦争を挟んでユダヤ教がパリサイ派方向に特化、イエスを含めた改革運動を切り捨てたので、ユダヤ教が〈戒律宗教〉でキリスト教が〈内面宗教〉だという分化が生じました。この分化を以て「キリスト教の誕生」と見し、イエスがユダヤ教改革派だと見されていた時期までのものを「原始キリスト教」と呼びます。
 この経緯が示す通り、イエスが理解する元々のユダヤ教は---従ってイエスの言行に由来するキリスト教も---「これが本来性だ・全体性だ・超越だ」とは名指せない神学的構造を持ちます。神の意図を名指せると見すと、神を取引きで制御する瀆神的な振舞いに及びがちです。イエスの理解する〈原罪譚〉はこうしたものです。
 創世記にある通り、楽園追放の理由となる原罪とは、人のなす区別(善悪判断)を神のなすそれと等置すること。神のなす区別と違い、人のそれは必謬的。例えば、時間性に着目すれば、「人間万事塞翁が馬」で結局何が善いのか人には判らない。また空間性に注目すれば、集合論的にどんな包摂(内の平等)も排除(外への差別)を含まざるを得ない。
 また、禁忌を破って知恵の木の実を食べ、必謬的な区別(善悪判断)をなすようになって楽園を追放された人間が、知恵の木の実を食べる前の楽園生活の記憶を、論理的に持たないことも、大切です。人間は楽園生活の本来性を原理的に知らないから、楽園生活の本来性は取り戻せない。だから〈失楽園譚〉を〈本質疎外論〉としては読めません。
 人には全体性が不可知なので必ず誤る(のにそれを忘れる)とする妥当な〈原罪譚〉と、人は楽園生活に戻ることは論理的に不可能なので永久に誤りによって苦しみ受け続けるとする妥当な〈失楽園譚〉は、人為による救済を徹底否定する点で、〈本質疎外論〉よりも〈受苦的疎外論〉です。その意味で、むしろ廣松さんの構えにこそ似ています。
 因みに〈本質疎外論〉は、回復すべき本質や全体性を知り得ると見す〈主知主義〉で、社会的自明性の欠如ゆえに絶えず全体性を参照したがる、実念論(普遍実在論)を含んだ大陸合理論に近縁。他方〈受苦的疎外論〉は、本質や全体性を依存的心性の表れと見す〈主意主義〉で、社会的自明性ゆえに経験を参照したがる、唯名論を含む英米経験論に近縁。
 廣松さんは後者です。廣松さんはドイツ観念論出自なのでそれが判りにくいですが、ドイツ観念論にも、〈主知主義〉を嫌って〈主意主義〉を推奨した初期ギリシアを参照しようとする古代ギリシア文献学者の系譜、つまりニーチェとハイデガーがあります。廣松さんはハイデガーの影響を受けた分〈主意主義〉的で、從って実存主義的なのです。
 シュライエルマッハの思考伝統に従えば、〈主知主義〉が左、〈主意主義〉が右の定義だと言いました。廣松さんは「晩年に東亜新体制論を語ったから亜細亜主義的な右だ」と言われますが、それはどうでもよく、廣松さんは〈本質疎外論〉を否定して〈受苦的疎外論〉にコミットする〈主意主義〉だから、右でしかあり得ないんです。
 キリスト教を〈本質疎外論〉だとする俗論は、確かに福音諸派には当て嵌まるし、一般信者レベルでは他の宗派でも広く信じられるけど、今日の聖書学では否定されるし、聖書重視を打ち出した第二バチカン公会議以降のカトリック聖職者も多くは俗論を否定する。廣松さんは〈本質疎外論〉を否定するから反キリスト教だというのは、当たりません。
 宮沢賢治の話が出ました。賢治も〈主知主義〉を否定するがゆえに〈本質疎外論〉を否定する点、廣松さんに似ます。遺作『銀河鉄道の夜』は途中で編集が変わってデタラメな内容になったまま現在に到りますが、元々は賢治が何ゆえ満州事変首謀者石原莞爾や上海事変首謀者重藤千秋と同じく国粋的な日蓮主義団体の國柱会に傾倒したのかを示すものです。
 藤城清治率いる木馬坐の影絵劇『銀河鉄道の夜』を教育テレビで観て、学校の図書館で読んだのが1966年、小二のとき。ところが1968年に図書館で再読して仰天します。話が変わっていたんです。巻末に説明があった。弟・宮沢清六氏、最初の原稿整理者・森荘巳池氏、岩波版童話全集の編集者・堀尾青史氏の三者協議で、内容が大幅に変更されたというのです。
 カムパネルラの死の位置が変更され、セロの声をしたブルカニロ博士の挿話が削除されました。初期型と後期型と呼ぶとします。四十年間何度も読み返してきましたが、初読の印象が強かった点を割り引いても、初期型が正しい。病死まで十年間改稿が重ねられた作品で、賢治が死なななければ最終型がどうなったか判りませんが、必ず初期型になったはずです。
 僕は、東大に入って図書館で調べているうち、賢治が、田中智學の設立した法華系の国粋的新宗教で、石原莞爾ら大物国粋主義者が心酔する在家団体國柱会の信者だった事実を知り、それで、現世救済の世直し思想を特徴とする法華経について調べて、賢治が長く生きていたら『銀河鉄道』の完成形は、絶対に初期型になっただろうと確信するようになりました。
 後期型では、ジョバンニがカムパネルラと銀河を旅する夢を見た後、丘で目覚めて牛乳をとりに牧場に立ち寄った帰路、カムパネルラの死に遭う。銀河鉄道の夢は死んだカムパネルラによる「お別れ」だったという夢オチです。初期型では、牧場からの帰りにカムパネルラの死に遭って涙にくれるジョバンニが、丘でまどろみ、カムパネルラと銀河を旅する夢を見た後、目が覚めてブルカニロ博士に夢の意味を再確認され、覚悟を抱えて家路につきます。
 初期型が強烈なのは、死んだ筈のカムパネルラが向かいの席にいて、思わず《カムパネルラ、きみは前からここにいたの?》と問いかけるジョバンニの驚きを共有させられるところ。でも本当に強烈なのは、死んだカムパネルラと一緒に銀河の旅をするエピソード自体、ジョバンニがカムパネルラに対して抱く深いリグレットに覆われていることです。説明します。
 冒頭部分、カムパネルラの溺死に遭う直前に、カムパネルラが本当の友達ではなかったと明示されます。ジョバンニの不在の父が、実は出漁中でなく入獄しているのだと囃すザネリが、《ラッコの上着が来るよ(獄中だから上着は来ないよ)》と、二度ジョバンニをからかいきます。ところが、二度目はなんと、カムパネルラがザネリとつるんでいたのです。
 ジョバンニのモノローグが丸括弧で示されます。《(ぼくはもう、遠くへ行つてしまひたい。…ぼくは、どんなに友だちがほしいだらう。ぼくはもう、カムパネルラが、ほんたうにぼくの友だちになつて、決してうそをつかないなら、ぼくは命でもやつてもいい。けれどもさう云はうと思つても、いまはぼくはそれをカムパネルラに云へなくなつてしまつた。⋯)》
 ジョバンニとカムパネルラとはお父さん同士も友達だという幼馴染みですが、二人の境遇は対照的です。ジョバンニは病気の母親と二人暮らしで、学校帰りに活字拾いをしながら生計を立てています。カムパネルラの父親は書斎に立派な本を揃える学者で、カムパネルラ自身も背が高い(≒育ちがいい)。つまり、階級の違いがこれでもかと明示されるんです。
 その結果、イジメを見て見ぬふりのカムパネルラと、ジョバンニの断念のモロローグとに、後続する形で、カムパネルラの死が描かれるとき、そこには確実に〈ジョバンニによるカムパネルラの〈階級的殺害〉の印象が生まれるんです。その結果、物語全体に漂うジョバンニのリグレットは、〈階級的殺害〉へのリグレットとして読めるという訳です。
 そのリグレットは、一緒に旅をしたらカムパネルラの方が自分より遙かに利他的で《まことのみんなの幸》のことを真剣に考えていることが判ったという形をとる。〈階級的殺害〉で自分よりも世直しに必要な存在に手をかけてしまったことの暗喩です。これはジョバンニが浅はかだったということか。もっと慎重に考えるべきだったという話なのか。違います。
 人々は良かれと思って世直しをします。世直しに際して如何に慎重であっても血が流れます。それは〈大いなる偉業のための小さな犠牲〉だったと正当化されます。だが世直しも所詮は人のなすこと。世直しが犠牲を贖うに足る価値があったのかどうか分かりません。まさに神のみぞ知る。ならば世直しは手控えられねばならないのか。断じて否⋯という訳です。
 賢治も信仰した日蓮が、世直しの邪魔立てをする念仏宗教(真宗)の僧侶殺害を推奨した事実と併せれば、もはや暗喩の意味は瞭然。國柱会創設者田中智學は、日蓮の本懐を遂げ、勅命による国立戒壇の建設を足掛かりに霊的世界統一(五族協和)に向かうという目標を、日本書紀からの造語「八紘一宇」で表し、大東亜戦争の思想的バックボーンを与えました。
 國柱会に加入しようと上京した賢治の、現実の國柱会を目にした逡巡を含めて、賢治はナイーブではない心酔者だったと思います。ナイーブではないというのは、〈世直しに関わる密教的断念〉があっただろういうことです。〈世直しに関わる密教的断念〉とは即ち「リグレット(慚愧の念)なき世直しがあり得ないことへの覚悟」のことです。
 それは「慚愧の念を欠いた世直しを、許し難き傲慢だと却ける態度」でもある。『銀河鉄道の夜』に繰返し登場する《まことのみんなの幸》《ほんたうの幸》という文言は、蠍座のエピソードを通じてそれが〈不可能な全体性〉であることを暗喩すると同時に、〈不可能と知りつつ、全体性に殉じる態度〉を奨励します。廣松さんと同じ構えと申し上げた所以です。
 廣松さんの話に戻ります。〈本質疎外論〉は虚構的過去に存在した理想状態からの疎外を問題にしますが、廣松さん的には〈協働聯関(≒下部構造)〉に帰属される虚偽意識です。〈受苦的疎外論〉は別様であり得た可能性からの疎外を問題にしますが、常に既に〈ここ/ここではないどこか〉の対立を前提とせざるを得ない人間的理性の摂理に帰属される真実です。
 フッサール現象学に従えば〈ここ/ここではないどこか〉の二重性が〈内在的超越〉です。元は神学の概念で「超越的な神が、世界に内在することを通して、真に超越的であること」を意味します。このように〈内在的超越〉の概念には幾つかのレイヤーがあるんですが、廣松さんの場合、〈協働聯関〉が深層、〈実在(客観)〉と〈観念(主観)〉が、表層を構成します。
 廣松四肢構造論はハイデガーの〈用在性〉論のバリエーションで、何かが何かとして現れるのは人間の潜在行為のなせるワザとします。コップがコップなのは水などを飲むという潜在行為があればこそ。そして潜在行為は先験的な(初めから決まった)ものでなく、社会の〈協働聯関〉に規定されます。つまり〈協働聯関〉が〈実在〉と〈観念〉を相即的に分泌します。
 我々が〈実在〉や〈観念〉の水準で現に特定の〈ここ/ここではないどこか〉の二重性---現象学的〈内在的超越〉---を生きるのは、社会的〈協働聯関〉自体が常に既に、本来なら別様であり得たのにソレでしかないという〈ここ/ここではないどこか〉の二重性---マルクス主義的〈内在的超越〉---を孕むからです。廣松さんは不可視の全体性を〈協働聯関〉に帰属します。
 廣松さんによれば、「〈唯物論/唯心論〉〈実在論/観念論〉といった伝統的二項図式は顛倒であり、〈実在論/観念論〉という二項図式自体が〈観念論〉なのであって、それを〈唯物論〉が克服するのだ」というマルクス&エンゼルスの図式こそ、まさしく〈協働聯関〉が〈実在〉と〈観念〉を相即的に分泌するという図式を意味していることになります。
 〈協働聯関〉は不可視の全体性です。それが視野に収まることは永久にありません。視野を分泌するのが〈協働聯関〉だからです。だから〈観念〉が〈実在〉を反映することもないし、〈実在〉が〈観念〉に従って作り替えられることもありません。だから、我々は自分たちの世直しの正しさを、自分たちの外側にある何かを参照して確証することは、できません。
 こうした発想が反キリスト教的だとは思いません。〈原罪譚〉の最も重要な意味は、本質や全体がたとえ在っても、人間には名指せないこと。知恵の木の実を食べた結果、神に似て分別を行使できるようになったものの、時間的にも空間的にも矮小な相対者に過ぎない人間の善悪判断は必謬的たらざるを得ないからです。これと〈失楽園譚〉が表裏一体です。
 〈失楽園譚〉は、失われた本質の回復を奨励しません。なぜなら人間が分別を持ったまま楽園(分別以前)に戻ることは語義矛盾だからです。むろん分別を失った存在は人間ではありません。〈失楽園譚〉の意味は、分別を持つ人間は今後、全体性を意味する楽園を永久に名指せないまま、想像的=虚数的な楽園を目指す(つもりになる)しかないことです。。
 名指せる神(偽の全体性)=〈名前のある神〉エロヒム(偶像神)です。名指せない神(真の全体性)=〈名前のない神〉ヤハウエです。名前がないのでヤハウエはサイファ(暗号)です。〈名前のある神〉エロヒムは偽物なので幾らでも代わりがいて複数形(単数形エロハ)です。〈名前なき存在〉(ヤハウエ)と〈名前ある存在〉(人々)は論理的に言って交信ができません。
 前教皇ヨセフ・ラツィンガーによると、〈名前のない神〉が〈名前のある人々〉と向い合って話したくなったので、イエスを人間界に送り込みました。〈名前のあるイエス〉であれば人と交流できます。これをイエスから見れば、〈名前あるの自分〉が〈名前のない神〉とかい合える特別な資質があるので、〈名前ある人々〉に従来ない仕方で向き合えます。
 これを〈名前のある人々〉から見れば、生贄や贖罪にもかかわらず〈一向に神が動いてくれない〉と悲嘆していたのが、イエスを通じて〈今ここで神が働いている〉のを知ることで、特別な資質なき自身も、〈名前のある人々〉に従来ない仕方で向き合えるようになる訳です。ついでに、ラツィンガーに従って精霊と三位一体の概念も説明しましょう。
 第一に、〈名前のない神〉と〈名前のあるイエス〉を繋ぐ、ありそうもない働きが、精霊です。第二に、特別な資質のある〈名前のあるイエス〉と、特別な資質のない〈名前のある人々〉を繋ぐ、ありそうもない働きも、精霊です。第三に、その結果、〈名前のない神〉と〈名前のある人々〉は、精霊という働きで繋がっています。
 かくして、キリスト教的な---とりわけカトリック的な---祈りは以下の二つの柱から成り立ちます。(1)神よ、私が皆を裏切らぬよう見ていて下さい。(2)神よ、私はあなたのものです(私はどうなっても構いません)。こうした祈りを通じて、特別な資質のない〈名前のある自分〉が、〈名前のある人々〉に、従来にない利他性を発揮できるようになります。
 かくして、平凡な人が、人々に対して、従来にない向かい合い方ができるようになること自体が、救いです。その意味で、〈一向に神が動いてくれない〉と悲嘆するより、〈今ここで神が働いている〉のを知ることができること自体が、救いです。「良いことをしたので神に報酬を貰うこと」ではなく、「できそうもない良いことができること」自体が救いです。
 しかし「私はあなたのものです(私はどうなっても構いません)」という祈りの意味は、「自分が報酬を貰いたい---永遠の命を授かりたい---のではない」というだけではありません。もう一つ、「自分がやったことがどのような意味を持つのか自分では分からない」という〈原罪譚〉の問題があるのです。この思考が、宮沢賢治そして廣松涉さんの思考と似ます。
 どのみち世直しで血が流れます。『銀河鉄道の夜』における〈階級的殺害〉が示す通り、世直しと信じて〈大いなる偉業の為の犠牲〉として血を流したところが、〈取返しのつかない誤り〉だったと後で分かる可能性があります。歴史はその種の例に満ちています。ならば、世直しは諦めるべきか。実はキリスト教は「それでも前へ進め」と言う思想です。
 それが「私が皆を裏切らぬように見ていてください。でも、私はあなたのものです」という祈りの本質です。ハーバマスは改革派神父だった前教皇ラツィンガーがバチカンに入るや異端審問官に“転向”した理由をそこに見出します。後に〈取返しのつかない誤り〉と判るかもしれぬがゆえに「怒れる神父」を教会としては裁きつつ、実は応援しているとします。
 これは通俗図式と違った意味で、前に進むことを促す図式です。通俗図式は「正しいから前に進め」。疎外された本来性の回復を企図する〈本質疎外論〉です。キリスト教は違う。「原罪を負う人間には正しいか否か確証できないが、正しいと信じるなら前に進め。進んで誤りならば裁きを受けよ」。廣松さんの物象化論的革命論=〈受苦的疎外論〉そのものです。
 1970年に公開されたハーバマス&ルーマン論争では、ハーバマスが〈本質疎外論〉、ルーマンが〈受苦的疎外論〉でした。システム理論家ルーマンは、実践論と正しさの確証を結合したがるハーバマスを、原理的に正しさは確証できないと批判しました。多くの人はルーマンの思考では前に進む勇気がでないとして、ハーバマスを支持しました。廣松さんはどうか。
 廣松さんは「意外かもしれないが、多くのドイツ新左翼はルーマンの方を支持する。自分が見る処、論争はルーマンの圧倒的勝利だ」と僕におっしゃいました。廣松さんは、正しいことが確証できないと前に進めない世直しなどあり得ないと考えておられた。第一に、原理的に確証があり得ないからで、第二に、確証に依存する心性はニーチェ的な弱者だからです。
 ハーバマスは、ルーマンとの論争後次第に〈本質疎外論〉から〈受苦的疎外論〉に立場を変え、最終的には後に教皇ベネディクト16世となる改革派神父ラツィンガーの異端審問官への“転向”を先に述べた「泣いて馬謖を斬る」振舞いとして擁護するに到ります。前教皇は「旧約聖書に全てがある」との発言で有名ですが、旧約が〈受苦的疎外論〉を核とするからです。
 因みに「原罪を負う人間には正しいか否か確証できないが、正しいと信じるなら前に進め。進んで誤りならば裁きを受けよ」という思考は、ニーチェの影響を受けたウェーバーの〈結果倫理としての政治責任〉論---必要とあれば法の外に出ることをも厭わぬ存在こそ真の政治家---に見られ、最近ではウォルツァーの先制攻撃論と結合した〈汚れた手〉論にも反復されます。

[後半はいずれ出版される『情況』を参照]
投稿者:miyadai
投稿日時:2013-09-19 - 06:44:30
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小室直樹先生の命日(9月4日)あたりに上梓される小室直樹シンポ本の後書きです

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小室理論の限界は小室的方法でしか越えられない      宮台真司
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【シンポジウムで禁欲した発言】
 この本の中で、私は、シンポの発言(とりわけ第4章に収録された第2部)と橋爪さんとの対談における発言(とりわけ後半)を通じて、小室直樹先生についてどうしても述べて置かなければならないと思い定めていたことについて、十分に述べきれたと感じている
 近代の理念型に準拠して日本(の歴史)を眺めるのが小室先生のやり方だった。近代国家に戦争を仕掛けて負け、講和条約と憲法を通じて近代国家となることを戦勝国たちに約束した以上、近代を徹底理解しようとしない態度は、自堕落な無責任を意味するのだった。
 ところが、小室先生のこうした問題設定からこぼれ落ちてしまう問題が、とりわけ昨今の政治状況やそれに挑む政治学や政治哲学に照らし、幾つか目立つようになってきている。そのことに触れることは、シンポや対談の設定意図を超えるので、私は意図的に禁欲した。
 だが、シンポ実施から本書刊行に至るまでの編集過程で、米国政府による個人情報大量収集問題に象徴される一連の出来事が起こり、近代の理念型に準拠することの意味が変わらざるを得なくなっている事実が露呈した。だから、ここでは禁欲したはずの問題を語る。

【先進性/後進性という図式の破綻】
 小室先生の近代社会観は丸山真男に多くを負う。丸山の近代社会観はアングロサクソン的なもの--特にトックヴィル主義的なもの--である。いわく、「民主制の健全な作動」は「自立した個人」を前提とし、更に「自立した個人」は「自立した共同体」を前提とする。
 かかる理念型を前提として社会を評価すれば、先進的なアングロサクソン社会に比して日本は後進的という結論にならざるを得ない。現に丸山はそう評価したし、小室先生も丸山を踏襲する限りでそう評価していた。だがこうした評価は、現在では真に受けられない。
 理由の第一は、アングロサクソンを含めた先進国で、グローバル化(資本移動自由化)を背景とした中間層分解と共同体空洞化が進んだ結果、不安化・鬱屈化した市民がポピュリズムに駆られやすくなったこと。キャス・サンスティーンがそのことを指摘している。
 トックヴィル主義的な丸山=小室図式の対偶をとれば、「自立した共同体」がスポイルされれば「自立した個人」がスポイルされ、「自立した個人」がスポイルされれば、「民主制の健全な作動」がスポイルされる。サンスティーンの議論はこれと全く同一の図式だ。
 ちなみに、フィッシュキンが提唱する熟議は、このサンスティーンと同一の図式(従って丸山=小室図式)を採用した上で、民主制がポピュリズムに堕するのを回避するべく完全情報化と社会的包摂化を目指すもので、私は同一目的に基いて住民投票運動をしている。
 話を戻すと、サンスティーンやフィッシュキンの議論が示す通り、(国家や大企業に依存する)「依存的な共同体」が「依存的な個人」をもたらし、「依存的個人」が「民主制の不健全な作動」をもたらす事態が、丸山=小室的には先進的なはずの社会を襲っている。

【エートス論的な条件を超えた諸前提】
 このことは、ユダヤ=キリスト教的な心性のような歴史的にもたらされたエートス論的条件の有無が、専ら近代社会の成否を分けるとする発想に、疑問符をつける。むしろ社会システムの作動が変え得る時間性やテクノロジーが変え得る社会性こそ問題ではないのか。
 どんなに近代化にとって有利な心性があったにせよ、個人が出撃基地や帰還場所にする共同体の寿命が短くなれば、共同体と個人の自立はスポイルされるし、テクノロジーが市民による統治権力の監視や牽制を不可能にすれば、共同体と個人の自立はスポイルされる。
 前者について言えば、階層原理が崩れて財配分や婚姻マッチングが「市場化」されれば、必然的に流動性が高まり、財や婚姻の非流動性を前提にしたコミュニケーションが不可能になる。自立的共同体がスポイルされて自立的個人がダメになる現象の一端がここにある。
 後者について言えば、国家の盗聴行為を制約する米国盗聴法は、誤用濫用の余地を最小化する措置を定めるが、試し聴きを含めた全ての盗聴行為を記録しかつ記録を編集不可能にする盗聴装置の存在を前提とする。だがこの装置はローテクノロジーを前提としている。
 各サービスプロバイダの膨大なサーバーデータから、瞬時に検索するリトリーヴァルや、アマゾンドットコムの「お勧め」のように自動的に条件マッチ項目を演算するアグリゲータは、テクノロジーが日進月歩で、最小化プログラムを立法しても有効に牽制ができない。
 個人情報収集問題の当事者がブッシュとオバマの両政権に跨る事実が象徴するが、市民社会を保全する責務を憲法的に負う統治権力は、有効な牽制が不在となれば、邪な意図がなくても責務を口実に際限なく世界中の市民を監視する。これは近代が想定しない事態だ。

【非常時の常態化が崩す近代の虚構】
 これを単に批判できない。ウェーバーによれば、市民の責任は法令遵守だが、政治家の責任はそれに留まらない。法令遵守に意味を与える社会の存続が危うい場合、法令を踏み越えても社会の存続に邁進するのが、政治家の責任だ。これを彼は「結果倫理」と称した。
 彼は言う。平時は統治権力内の決定の大半を行政官僚がする。だが非常時には政治家が重要な決定をする。行政官僚が行うゲームの、プラットフォーム自体を、社会存続のために変える決定だ。だから政治家と官僚は潜在的に対立する。政治家は国民の支持が頼みだ。
 平時と非常時を分けるこうした思考は、非常時において真の主権が露わになるとする「ナチ御用学者」カール・シュミットの「非常大権論」「憲法制定権力論」に大きく影響した。だが今や平時と非常時を分ける思考が通じなくなった。正確には非常時が常態化したのだ。
 非常時の常態化を象徴する言葉が「テロの脅威」である。かかる脅威の現実化を支える最大要因もやはりテクノロジーの進化だ。チョムスキーが指摘する先進国の悪辣な政策がもたらした怨念も重要だが、テクノロジーが怨念に基づく破壊行為を可能にしたのである。
 ウェーバー=シュミット図式に従えば、非常時が常態化した以上、最高責任を負う政治家が随時法令を踏み越えることはむしろ義務でさえある。となると、しかし「市民による統治権力の操縦」という「虚構」の尤もらしさを支えていた現実が消え去ることになろう。
 「虚構」と述べた。丸山真男は、主権概念が虚構だ、立憲概念が虚構だという批判を、愚昧だと退け、近代社会にはそれが回るために必要な虚構があると喝破した。そこで前提されているのは、虚構の尤もらしさであるが、昨今はこの虚構の尤もらしさが崩れてきた。
 ここで私が述べたことは日本の内外を問わずアカデミズムで十分に主題化されていない。だから小室先生の問題設定だけに瑕疵を見出すのは適切でない。むしろ逆に小室先生の薫陶を十分に受けた者こそが、時間性と技術性に関わる近代社会の前提に気づくのだと思う。

【改めて小室直樹先生の方法論を整理する】
 小室先生は、数学や基礎物理学を修めた上で、バーコフ流質点力学(連立常微分方程式)を用いた経済学を修め、その上で、資本主義的市場経済が作り出せない資本主義的市場経済の前提の持続可能性如何を考察するべく、社会学に乗り出して来られた経緯がある。
 数学と基礎物理学は公理系だ。公理系とは公理と推論規則の組合せから多様な定理を導出=演繹するもので、ディダクティブノモロジカル(DM)モデルと呼ばれる枠組だ。生物学や化学は異なる枠組に依拠するが、小室先生はDMモデルを学問の目標に据えて来られた。
 これだけなら、DNモデルは科学全体では周辺的だと見すようになった流れの中で、小室先生はアナクロニズムの烙印を押されたろう。例えば社会学が長らく見本にしてきた生物学は今日、現象的事実を支える前提(必要条件)の把握の集積から成り立つものである。
 実際かかる流れを背景に、DNモデルを社会学の究極目標に据えたパーソンズと違い、その弟子ルーマンは「何がソレを可能にするか(機能的前提)」「何をソレが可能にするか(機能的帰結)」についての仮説的記述を目標とし、歴史学や人類学への応接を確保した。
 ところが少国民世代ならではの小室先生の実存が、DNモデルのアナクロを越えさせた。小室先生は「なぜ日本が戦争に負けたか」「戦争に負けない国にするには何が必要か」を動機づけの柱にされた。この問題設定は機能的な前提と帰結を探る機能的思考そのものだ。

【DNモデルを超えた社会学理論の伝統】
 ルーマンは機能的な前提と帰結を探る機能的思考の出発点を、デュルケームとその同時代の人類学的機能主義に見出した。デュルケームは、経済学が(自由意志による)契約の存在を前提にするのに対し、社会学は契約の前契約的な前提を探るものだ、と位置づけた。
 またルーマンはマリノフスキーを引いて述べた。未開社会には裁判官も法律もない。とはいえ法がないのではない。近代社会で「何を法が可能にするか(機能的帰結)」を考察し、未開社会で「同じ帰結を何が可能とするか(機能的前提)」を探れば、法が見つかる。
 そう。小室先生は「何が敗戦を可能にしたか(機能的前提)」「何を日本的エートスが可能にするか(機能的帰結)」の考察を通じ、「戦争に負けない国を何が可能とするか(機能的前提)」について答えを出そうとされ、方法の今日性と、伝統との接続を確保された。
 小室先生は、資本主義経済が作り出せない資本主義経済の前提や、民主主義が作り出せない民主主義の前提を、エートス論を通じて考察された。ウェーバーとパーソンズに連なるものだが、日本がこの前提の確保に成功しない限り、戦争に負けない国を実現できない。
 話を戻すと、この前提の確保に成功できない点に、丸山=小室的な日本の後進性があった。ところが先に述べたように、日本の後進性だと見えた現象が、グローバル化を背景に、先進国でも見られるようになった。あたかも先進国の問題を日本が先取りするかのように。
 理由は明白だ。「資本主義経済が作り出せない資本主義経済の前提」「民主主義が作り出せない民主主義の前提」は宗教社会学的前提(エートス)に限らないからだ。近代の進化が変えてしまう時間感覚や技術水準が、近代の持続可能性を支える前提を壊し得るのだ。
 
【近代を支える虚構はこうして崩れつつある】
 だが、昨今の世界状況は「近代社会ないし近代国家には、近代社会ないし近代国家によっては調達維持できない前提がある」ことをますます明るみにしつつある。その結果、近代社会であれは通用するはずの二項図式がうまく機能しなくなっている。幾つか例示する。
 米国政府による個人情報大量収集問題について、問題を告発したスノーデン氏に対する評価を尋ねると、彼を反逆者よりも英雄と見す米国民が過半数だが、だからといって米国政府(オバマ政権)は間違っていないと見す米国民を七割近くに及ぶ。これは矛盾か。
 そうではない。「テロの脅威」に対処するには米国政府の措置はやむをえざるものだが、時々スノーデン氏のように法を犯してまでも行き過ぎを内部告発する勇気ある市民の存在が、教皇の無謬を批判したアクトン卿がいう「権力は頂点で腐敗する」事態を抑止する。
 似た事態を原発問題に見出せる。1986年に大事故を起こしたチェルノブィリ原発は、事故後も2000年まで運転された。理由は原発をやめると仮想敵国ロシアにエネルギーを依存する事態になるからだ。脱原発は妥当だが、だからといって原発推進が誤りだとは言えない。
 同じことが日本にも言える。脱原発は対米自立が前提になる。対米自立は重武装化が前提になる。重武装化は憲法改正が前提になる。憲法改正はアジアの信頼醸成が前提になる。脱原発・重武装化・アジア信頼醸成は、対米自立を軸に、ワンセットで考える以外にない。
 だが安倍政権にはその気配は微塵もない。昔から極東の緊張が高まれば自動的に対米依存度が上がる。そうなると通商問題(TPP)でも原発問題でも日本の交渉力は覚束なくなる。そうして安倍首相こそ極東の緊張を高める方向でのスロットルを踏み続けてきた張本人だ。
 だが、安倍批判では済まない。対米依存はいわば戦後の自明性である。対米自立なくしては政策的自由度があり得ない内政的選択肢については、選択肢に気づかないフリを決め込むのが日本の政治家・マスコミ・国民の常だった。ならば、対米自立は当面ありえない。
 となれば、日本でも「脱原発が妥当でも、原発推進が間違いだとは言えない」のだ。ここで、個人情報大量収集問題にも原発問題にも共通して「注目すべきレイヤーが複数あって、各レイヤー毎に何が妥当なのかが悉く解離する」という事態がある事実に注目しよう。
 とすると、社会は致命的な弱点を克服することができないまま、前に進まざるを得ない。米国政府による個人情報大量収集も、原発事故を起こしたウクライナや日本も、原発推進政策をやめることができないまま進む他ない。そのことを評価する枠組が、今はまだない。
 
【小室理論の限界は小室的方法でしか越えられない】
 実は、小室先生は急逝される数年前からだいぶ弱っていらっしゃった。だから、小室先生は、近代の先進国が、近代に不可欠なはずの虚構の尤もらしさを、維持できなくなりつつある事実に、気づかれなかった。全盛期の小室先生だったら必ず注目したはずのことだ。
 だから、先進国共通の危機に気づかれなかったことは、小室先生の方法的限界ではあり得ない。むしろ「資本主義経済が作り出せない資本主義経済の前提」「民主主義が作り出せない民主主義の前提」という小室先生的思考の延長上でこそ先進国の危機を摘抉できる。
 その意味で、小室先生の議論には、先生が生きておられた時代に制約された限界があるものの、その限界をどのように超えるべきなのかについての方法論が内蔵されている。だから、私自身が小室先生の議論の限界を考えるときの方法が、まさに小室先生譲りなのだ。
 先に述べたように、小室先生は、公理系という車輪と、宗教社会学的(エートス論的)考察という車輪を、両輪としておられた。前者は、うまく回っているシステムの記述に使われ、後者は、うまく回らなくなったシステムの変更の可能性条件の記述に使われてきた。
 シンポ第Ⅰ部で話題になった小室先生の構造変動仮説の背理は、寓意を取り出すなら、うまく回っているシステムの記述に使えるDNモデルは、うまく回らなくなったシステムのプラットフォーム変更の記述には使えないということだ。生物学では疾うに知られていた。
 その意味で、背理を指摘された志田基与師先生らの業績は、科学論や科学哲学では常識化しつつあったDNモデルの限界から、小室先生を解放する機能を果たした。まさに人間万事塞翁が馬。それを機に小室先生は、機能的な前提と帰結の徹底考察へとシフトしたのだ。
 機能的な前提と帰結を考察する際に、ウェーバー流の宗教社会学(エートス論)が用いられた。これを「公理系から、宗教社会学へ」と表現せず、敢えて「両輪」と述べるには、訳がある。機能的な前提と帰結への敏感さは、公理系の徹底訓練によって育まれるからだ。
 現に私は、小室先生の私塾(小室ゼミ)で、公理系の訓練と、ウェーバーの宗教社会学の訓練を、同時に受けた。同時に受けることで、エートス論がウェーバーや小室先生にとって持つ意味が、鮮やかに理解できた。その理解こそ、今ここに述べたようなことである。
 (おわり)
投稿者:miyadai
投稿日時:2013-08-02 - 18:58:13
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「八ッ場ダム」建設の続行について原発立地問題に詳しい中澤秀雄さんとお話ししました

民主党政権下で掲げられた「コンクリートから人へ」という標語を裏切った、一度は中止するとされた群馬県の「八ッ場ダム」建設の続行について、原発立地問題に詳しい中澤秀雄さんとお話ししました。例によって宮台発言の一部のみ抜粋します。全体は今月18日発売のサイゾー8月号!



〜〜〜
宮台◇ 僕は「原発をやめること」より「原発をやめられない社会をやめること」が大切だと言ってきました。日本は「やめられない社会」。東京裁判で、天皇と国民から戦争責任を免罪すべく罪をかぶって処刑されたA級戦犯らが「内心忸怩たる思いはあったが、今更やめられないと思った」という証言を残しています。
 最近のTPPも同じで、内閣官房の官僚も「とんでもないことになりそうだ」ということが分かったものの「いまさら引き返せない」状態。ちなみに「とんでもない」というのは、7月末のTPP参加表明機会に先立ち、アメリカが日本に並行協議を要求、本来ならTPPでの交渉事項なのに、日本が事前に折れないとTPPに参加できない事態です。


宮台◇ 日本では、国家の意思が住民や企業の前提になりやすい。理由は、地域が自立的経済圏をなさず、国家行政に依存するからです。すると、法実務でいう附従契約の問題が生じます。形としては自由契約でも、片側の優越的地位を背景とするので、自由契約として認められないものを言います。
 そこでは複数の選択肢があるか否かが重要です。交通がJRしかない僻地で、JRが運賃を10倍にすると通告、住民が反対したとします。JRが「乗車券購入は自由意思だ、イヤならば乗るな」と答えても法廷は認めない。住民に選択肢がなく、JRの優越的地位に附従した契約つまり事実上の強制と見されるからです
 霞ヶ関は実は附従契約を企図します。事前の調査費を地域にバラ撒いてカエサル的分断統治に持ち込み、同時に、地域の国家依存度を高めて国の提案を拒絶できないように追い込む。特に未来の選択肢への想像力がポイント。国への依存しか選択肢がないというふうに未来を想像させることで、国は附従契約を貫徹します。


宮台◇ リヴァイアサンからの脱出の障害が、共同体自治の伝統の不在です。この伝統がないと、地方分権化を企図しても、「国の権威主義」が「自治体の権威主義」に変わるだけ。権威主義から参加主義へシフトできない。ちなみに今日の政治理念は「集権主義か分権主義か」「権威主義か参加主義か」の四象限にマップできます
 実際、国のダム建設と同じ問題が、自治体の道路建設でも起こります。典型が住民投票で話題の小平市の都道拡張建設問題。都の所管なので国交省に陳情しても「知るものか」。住民が必要性を叫んだから都が造るんじゃない。大昔の交通量試算に基づく何十年も前の計画があり、突然自治体の意向で動き出した時点で、地権者が既に意思決定を終えている。
 もはや住民側には法的に争う権利がない。仕方なく住民投票なのです。これが日本中で起こりつつあります。ことほどさように、中央や地方の行政官僚エリートにとって住民自治はノイズなのです。住民自治で裁量行政の余地が失われ、天下りを含めた権益を失うからです。
 でも、自立的経済圏を作ろうにも、自治体予算の大半は国の紐付き。独自に使える部分は僅かで、自治体が地域振興を行なうのは困難です。それもあって、市町村は都道府県の意向に従い、都道府県は国の意向に従うのが習い性。その意味で、状況は変えにくくなっています。


宮台◇ そう。田中角栄は、住民意思を盛り上げ、地方に公共事業を通じてコンクリートをぶち込んで補助金と雇用を獲得する図式を作り上げます。そこには、地域を豊かにすべく敢えて中央に依存する自律的依存(=自己決定的依存)がありました。でも、やがて依存以外の選択肢のない他律的依存に陥ります
 以降、中央依存つまり交付金や補助金への依存が当然になり、政治家の地域貢献とはダムや高速の建設計画を通じた中央からの補助金獲得だと理解されるようになる。政治家も住民も、中央に依存しない自立的経済圏を作るという発想を思いつかなくなり、平成不況の深刻化以降はシャッター商店街化を帰結します。
 自律的依存から他律的依存へと頽落すると、国が補助金と雇用を餌に公共事業をもちかけた際、補助金や雇用を頼らない未来を想像できなくなります。国交省の官僚もこうした悪循環状態を前提に、「地方は中央に依存して足腰が立たず、自治に任せて回るはずがないから、今まで通り国交省がデザインする」と考えます。
 実は、国交省の官僚は自らの権益ばかり考えるというより、現実のリソース配置を前提にした公共性の最適解はそれしかないと本気で考えています。でも、本当の問題は、第一に、なぜそうした現実のリソース配置になっているかで、第二に、今後もそうしたリソース配置で良いのかです。
 ただ、ウェーバーの言う通り、既存プラットフォームを前提に予算と人事の最適化に勤しむのが官僚。彼らが「ダムなくしてはありえない自治体の財政」を前提にダム存続を自明視するのは自然です。だから、プラットフォームの覆しは、官僚でなく政治家の役割です。ところが先に述べた自明性への埋没でそうした政治家が出て来ない。


宮台◇「今さらやめられない」の慣性は、統治ユニットの規模が大きいほど、ステイクホルダーが増えて大きくなります。だから、グローバル化が進んで複雑性や流動性が上がっていく中、臨機応変にステアリングを切るには、統治ユニット縮小が不可欠です。さもないと、専門知によって政治家も住民も煙に巻かれ、必要な政策が実現不可能になります。
 煙に巻かれた場合、役所が計画した時点で帰趨が決まります。これでは統治ユニットの環境適応は無理で、存続できません。ウェーバーからルーマンに至る行政学の流れでは、平時には行政(執行)が優位で、一朝事あらば政治(主権)が決定を行うのを良しとします。でも、複雑性と流動性が上がったのに、統治ユニットが巨大だと、執行が暴走します(走り出したら止まらない!)


宮台◇ 難しいのは、計画を進めようとする人たち自身「計画推進の方がフェア」と思うこと。A級戦犯らが「今さらやめられない」と言いました。「今さらやめる」のは卓袱台返し。だから蒸し返さないのがみんな──といっても決定に関わったステイクホルダーら──のため…云々というわけです。
 官僚だけでなく、旅館や食堂の経営者にしても、卓袱台返しをすれば「これまでの苦しみは何だったのか」「これまでのコストに誰が報いるのか」となります。むろん金銭で報いるしかない。でも今はその手が使えません。かくしてダム推進側にアンフェアの意識がなくなるのです。


宮台◇ 穀倉地帯の「豊かさ」が前提ですが、巻町の人々が共同体の人間関係を楽しんでいるのも大きい。人間関係が密なので、中央に依存しようという意識にも、プロ市民に依存しようという意識にも、ならなかった。2004年に住民投票を仕切った造り酒屋の笹口町長(当時)が、そう語っておられました。
 笹口さんと飲んだことがありますが、民主的決定以前の用地買収を阻止した後、プロ市民を排除して母親たちを中心に車座集会を繰り返したことが、投票率8割を含めた住民投票成功をもたらしたのだ、と。巻町の保守性は、共同体空洞化ゆえの埋め合わせ的な保守主義の噴き上がりでなく、共同体の存在そのものです。


宮台♢ 国家行政による分断に抗うには、社会関係資本social capitalと、それを支える社会的共通資本social commonsが要ります。この二つが失われつつある中、どうすれば良いのかが課題です。


投稿者:miyadai
投稿日時:2013-07-04 - 15:45:31
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まもなく上梓される幻冬舎からのハードカバー本の「あとがき」

まもなく幻冬舎から宮台のハードカバー本『私たちはどこから来て、どこへ行くのか』が上梓されます。告知をかねて、あとがきをご覧に入れます。



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あとがき:誰が誰のために何をするのか


【グアンタナモ収容所という出鱈目】

オバマ大統領は、2013年5月30日の会見で、2001年の同時多発テロ事件の後、テロとの関係が疑われる外国人を、令状なしに拘束しているキューバ隣接地のグアンタナモ収容所について、「アメリカを安全にするには収容所は必要ない」と述べ、議会に対して収容所閉鎖を認めるように求めていく方針を強調した。だがこれは真意の疑わしい表明だ。

国際世論はグアンタナモ収容所で人権侵害が行われているとの批判を浴びせてきた。オバマは2009年の就任当初、収容所内の特別軍事法廷での審理を停止、1年以内の収容所閉鎖を打ち出した。だが「収容者を国内移送すればテロの標的になり、収容所から解放すれば復讐のためにテロを行いかねない」と議会の大反対に遭い、実現が頓挫したままだ。

オバマは議会の反対を理由とするが、実は口実に過ぎないだろう。オバマ自身そうした危惧を抱くことが間違いないからだ。だが、どんな理由にせよ収容が長引けば長引くほど、怨念が蓄積する。怨念が蓄積すれば、ますますヘ復讐テロの蓋然性が高まる。かくして、グアンタナモ収容所は、脱出することの困難な悪循環に入り込んでしまったのだ。

この悪循環をオバマの政策的失敗だと考えて済ませる訳にはいかない。誰が大統領であれ、収容所廃止による復讐テロの蓋然性があれば、そのリスクよりも近代の人権価値を優先して収容所を廃止することは、ウェーバーの政治責任論的にも困難だ。「結果倫理としての政治責任より、心情倫理的に市民責任を優先させた」と批判されるからだ。

2004年に原著が出版された『許される悪はあるのか?』で、自身が政治家でもあった著者マイケル・イグナティエフが、「デモクラシー擁護のためのデモクラシー停止は、手順がデモクラシー的に正当化されれば許容される」と述べた。むろん2001年の同時多発テロを踏まえた議論だ。こうした道理によってグアンタナモ収容所も正当化されるのか。

だが、彼が言う「デモクラシー擁護」も「デモクラシー停止」も中身は未規定のままだ。「過ぎたるは尚及ばざるが如し」だとしても、これでは「過ぎたる」か否か判断不能だ。加えて彼が想定しなかったことだが、仮に「過ぎたる」ことが分かっても、先の悪循環ゆえ「今更やめられない」。実際、この悪循環で「人権の盟主アメリカ」は地に落ちた。


【遺伝子組換え作物の特許権侵害訴訟】

アグリビジネスの最大手モンサントが、遺伝子組換え作物の特許権を侵害されたとして、2007年にインディアナ州の農家を訴えた裁判で、アメリカ連邦最高裁判所は5月13日、モンサント側の主張を認める判決を下した。判決は、特許権が設定された種子を、特許権所有者の許可なく農家が栽培することは、特許法で認められていないと判断している。

だが、よく読むと判決には微妙なところがある。問題の種子は、モンサントの除草剤ラウンドアップに耐性を持つ遺伝子組換え作物「ラウンドアップレディー大豆」であった。強力な除草剤であるラウンドアップを撒くと、雑草がパーフェクトに除去されるにもかかわらずラウンドアップレディー大豆だけが残る。除草コストを省く「便利」なものだ。

農家はラウンドアップレディー大豆の種子を盗んだ訳ではなかった。別の種苗会社から種子を買っただけ。だが中にモンサントのラウンドアップレディー大豆の種子が含まれていた。それは花粉飛散ゆえに必然的だ。いずれにせよ買った種を蒔いてラウンドアップを散布すれば、ラウンドアップレディー大豆の種子から出た苗だけ生き残る。

農家はそれを承知していた。そのため、ラウンドアップレディー大豆の種子の入手を目的として別の種苗会社から種子を買ったと見された。農家は別の会社から購入した種子からラウンドアップレディー大豆の種子を除去すべきで、それが不可能なら―実際不可能だが―ラウンドアップを散布すべきでなかった、と裁判所は判断している。

だが、モンサントによるラウンドアップレディー大豆の開発さえなければ、農家は種子の選り分けなどしなくてもよかった。その意味で本来ならモンサントがラウンドアップレディー大豆の除去作業をすべきだろう。むろんこれも現実的でない。それゆえ、膨大な開発費用をかけた遺伝子組換え作物の開発を保護すべく、この奇妙な判決が下された。


【ミリアド・ジェネティクス社の特許裁判】

2009年5月、アメリカ分子病理学会を含む7団体は、ミリアド社の遺伝子関連特許を無効であるとして、ニューヨーク州南地区地方裁に提訴した。問題の特許は、①乳がんと卵巣がんの発症をもたらす単離された遺伝子の特許、②これらの遺伝子の変異を検査する方法についての特許、 ③これらの遺伝子を用いたスクリーニング方法の特許、である。

特定遺伝子が特定機能を有するという事実を発見するには莫大なコストがかかる。だからといって、遺伝子と機能との間の結びつきについての情報を特許だとすることは、従来の法実務から見て極めて異常だ。そのことは「ある臓器がどんな機能を果たしているか」という情報が特許になっている社会を考えてみれば、思い半ばに過ぎることだろう。

実際、2010年3月のニューヨーク州南地区地方裁判決は、これら特許を一切認めなかった。ところがこれにミリアド社が上訴し、2011年7月に連邦巡回控訴裁判所は、①と③についての特許を認める判決を下した。これに対し2012年3月、連邦最高裁が審理やり直しを連邦巡回控訴裁判所に命じたが、2012年8月の差戻し審で、結論を変えないとの判決が出た。

これに対し原告7団体が上訴、2013年4月から最高裁で口頭弁論が開かれている。6月下旬に最高裁判決が予定されている。本書が出回る頃はは既に最高裁判決が出されていよう。仮に、連邦巡回控訴裁判所と同じように、連邦最高裁でもミリアド社の主張が認められたとした場合、昨今の法実務が直面する状況を象徴するケースになることは間違いない。

一口で言えば、先の遺伝子組換え作物の特許権侵害訴訟と同じ「大岡裁き」ということになる。法が想定していない事態に直面して、判例からかけ離れた法解釈を施すからだ。社会学者ニクラス・ルーマンによれば、実定法システムは立法を通じて法がたえず社会を学習せねばならない。だが社会変化の速度が過剰である場合には学習が追いつかない。

一般には、憲法がリテラルな法文面よりも立憲意思を参照して解釈せねばならなのに対して、法律は立法意思ではなく専らリテラルな法文面を参照して解釈するべきだとされてきた。統治権力が市民社会に従属するべきだとの観点から、憲法については市民の意思を参照し、法律については統治権力の恣意的運用を抑止すべく法文面を参照するのだ。

だが今日では社会変化の速度が過剰であるがゆえに、こうした法原則の適用が難しくなった。例えば、法律であるのに立法意思をあたかも憲法であるかのように参照せねばならなくなったり、場合によっては法文面からも立法意思からもかけ離れたような法運用をせねばならなくなってきている。私が若い頃には考えられなかったような事態である。

ちなみに2013年5月のニューヨークタイムズ紙に載ったアンジェリーナ・ジョリーの寄稿によれば、彼女は、卵巣がんの発症に関わる遺伝子に変異があるとして、乳がん予防のために乳房切除の手術を行った。この遺伝子こそ、その機能情報についてミリアドジェネティクス社が特許を主張する当のものだ。だが、日本のマスコミは全く報じていない。


【クラフトワークのワールドツアー】

2013年5月、赤坂ブリッツにクラフトワークのワールドツアーライブを見に出かけた。クラフトワークのライブは何度か見てきたが、今回は群を抜いていた。2つポイントがあった。第一に、自らの35年の営みを大きな歴史の流れの中に位置づけていた。第二に、全体主義を批判するのに全体主義を以てすると言う逆説を意図的かつ見事に体現していた。

実験ロックから出発したこのバンドが、テクノポップに転向したのは1975年。以降の彼らは、アルバム『アウトバーン』にせよ『ヨーロッパ特急』にせよビークル(乗物)をモチーフにすることになった。その理由が、今回、3Dのデジタルムービーを通じて極めて明確に表現されていた。一口でいえば「テクノロジーが引き起こす眩暈」ゆえである。

今回のワールドツアーで使われた3Dデジタルムービーは、メルセデスやフォルクスワーゲンや超特急列車の魅惑的な姿が、巨大な走行音のリズムとシンクロした電子音と相俟って、強烈で独特な酩酊感を与えることに貢献していた。そこに突如ハーケンクロイツが提示されたとしても違和感を感じないと思わせるような、全体主義的な作りであった。

これが意識的表現であることは、もう一つのモチーフに照らせば明白だ。アルバム『ツール・ド・フランス』の楽曲に使われた3Dデジタルムービーでは、肉体の機能美が強調された。これは、もちろん、戦間期に活躍し、ナチスオリンピックの重要なアイコンとなった、写真家レニ・リーフェンシュタールへのオマージュであることが明らかである。

ところが、こうして夙に知られた全体主義的な動員装置を連発した挙げ句に突如、観客に「原発、すぐやめろ!」のメッセージが提示される。アルバム『放射能』の楽曲につけられた3Dデジタルムービーを通じて、まさに「テクノロジーの眩暈」こそが我々を思考停止的に原発へと誘った本体だという事実が暴露される。極めて逆説的な表現である。

このメッセージは、観客が「テクノロジーの眩暈」ゆえに変性意識に入った段階で、巨大な日本語ロゴと、ツアー向けに作られた日本語歌詞によって、圧倒的迫力で示される。背筋がゾクゾクするほどの洗脳力だ。「テクノロジーの眩暈」という全体主義的方法によって、当の「テクノロジーの眩暈」が全体主義的にもたらした原発行政が批判される。

翻ってみれば、40年前にティモシー・リアリーが推奨したドラッグレスハイとしてのコンピューターグラフィックスやコンピュータミュージックは、「テクノロジーの眩暈」と言う点がそもそもバウハウス的で、全体主義と親和性が高いのだ。私自身うっかり見逃していたこの事実を、クラフトワークはかねて明瞭に意識していたということなのだ。


【全体主義を以て全体主義を制す】

全体主義に抗うのに、非全体主義的な―徹底して民主主義的な―やり方は、採用できないのか。あるいは、有効性が低すぎて、全体主義に抗いきれないのか。今日、最先端の政治学や政治哲学においては、悲観的な見方が広がっている。そうした見方は法学者キャス・サンスティーンや政治学者ジェームズ・フィッシュキンによって代表されている。

背後にあるのはグローバル化=資本移動自由化である。資本移動自由化によって格差化と貧困化が進む。中間層が分解し、共同体が空洞化して、個人不安と鬱屈にさいなまれるようになる。そのぶん、多くの人々がカタルシスと承認を求めて右往左往しはじめる。かくして、ヘイトスピーカーやクレージークレーマーが溢れがちな社会になるのである。

そうなると、不完全情報領域があれば、極端な意見を言う人ほど、カタルシスと承認を調達できるがゆえに、他を圧倒するようになりがちになる。こうした傾向が、投票行動において見られるのみならず、投票に先だつ熟議においてすら見られるようになる。こうした現象をサンスティーンは「集合的な極端化」と呼び、民主主義の危機だと見す。

彼らは、こうした傾向に抗うには、取り敢えず不完全情報領域の最小化が必要だとする。そして、そのために周到に設計された熟議を提案する。熟議の制度設計に際しては、専門知を有したエリート、すなわち卓越者の働きが極めて重要になる。このような立場を、サンスティーンは「二階の卓越主義」と呼ぶ。耳慣れない言葉だから、少し説明しよう。

意味は「コミニュケーションの内容選択において卓越性を示すかわりに、コミュニケーションの手続選択において卓越性を示す必要がある」ということだ。このことから分かるように、二階の卓越主義は、卓越主義一般と同じくエリート主義的なパターナリズムの一種である。このパターナリズムは、必然的に全体主義の色合いを帯びざるを得ない。

パターナリズムは父親的温情主義と訳される。「お前にはまだわからないだろうが、これはお前のためだ」と言う類のコミニュケーションを指す。親や先生の子供に対するコミニケーションは、親や先生を選べない子供にとって、必然的にパターナリズムの色合いを帯びる。一口で言えば、教育はどのようなものであれパターナリズムを前提とする。

制度設計に関わるパターナリズムは、社会的全体の観点から個人を非自己決定的に誘導する点で、多少なりとも全体主義的だ。たとえ「パターナリズム」と言い換えられ、さらに「(二階の)卓越主義」と言い換えられてはいても、今日では、民主主義保全のための全体主義的方向付けが、条件付きではあれ、肯定されるようになってきているのだ。

要約しよう。グローバル化と民主主義の両立不可能性に抗うために、民主主義を補完する装置として、[二階の卓越主義⊂パターナリズム⊂全体主義的方向]が必要であることが、少なくともアカデミズムでは理解されるようになってきた。「民主主義単独では、民主主義の外部性を調達できない」と見立てられるようになった、ということである。

外部性とは経済学の概念である。「市場自身によっては調達できない、しかし市場にとって必要不可欠な前提」のことを言う。かかる理路に従えば、民主主義にも当然ながら外部性がある。すなわち「民主主義自身によっては調達できない、しかし民主主義にとって不可欠な前提」が存在するのである。これは例外のない完全に一般的な命題である。

敗戦後の日本に対するGHQ(占領軍総司令部)の構えを見れば明らかなように、民主主義の外部性にかかわる、場合によっては検閲さえをも伴う全体主義的な注入は、かつて全体主義的な後発国すなわち枢軸諸国にのみ、専ら必要なことだと考えられてきた。それが昨今、民主主義の先進諸国においてすら必要だと考えられるようになってきている。


【卓越者の公的貢献動機が疑わしい】

だが、それだけでは話が済まない。卓越者が公の利益のために活動すると何ゆえに信じられるのか、という問題が残る。グローバル化による様々な共同性の空洞化が民主主義の健全な作動を危うくしたから二階の卓越主義が要求された訳だが、同じ共同性の空洞化が、卓越者の公的貢献動機―社会への価値コミットメント―を怪しいものにするのだ。

エリートが公的貢献動機を持つのは自明でない。それは国民国家が奇蹟的産物であることから分かる。近代社会は、国家を社会の道具だと考える。言い換えれば、統治権力を市民の道具だと考える。この国家道具観を刻印するのが憲法だ。統治権力の暴政による「悲劇の共有」をベースにした、統治をどう縛るかについての市民の覚書きに相当する。

さて国家が道具としての機関stateに過ぎないなら、道具の使い勝手が悪ければ放棄して移住すれば良いことになる。日本で言えば、アメリカの51番目の州になるとか、漢字文化圏として中国に併呑されるとか。だが属領化や奴隷化の恐れがある。自分たちで自分たちの機関を持つしかない。自分たちという意識を可能にするのが国民共同体nationだ。

だから、社会が国家を道具とする近代では、国民国家nation-stateの形が必然的なのだ。国民共同体への価値コミットメントは、自生的だろうが注入的だろうが歴史的事実性であり、論理的正当化だけ済む訳ではない。日本の歴史を見ると、維新後の(不十分な)近代化では、天皇という表象が国民共同体nationをもたらした。ここに実は矛盾がある。

三島由紀夫は矛盾を意識していた。確かに三島は天皇絶対主義を説く。ところが、彼は、日本が天皇絶対主義を必要とする理由を理路整然と述べた文章をしたためる。然々の機能があるので、絶対的存在たる天皇が不可欠だ、と。おかしい。機能が存在理由ならば、天皇は入替え可能だ。等価な機能を果たせば天皇でなくてもいいという話になるからだ。

この矛盾は近代天皇制の宿痾だ。機能的理由を根拠に天皇絶対主義を説く。つまり相対主義的理由で絶対主義を置く。この構えは岩倉使節団系に由来し、戦前戦中にも田中智學の國柱會に先鋭な形で見られた。現に岩倉使節団系にも國柱會にも真の天皇主義者はいなかった。これらの場合、天皇はエリートが民を操縦する手段だから、矛盾が小さい。

とはいえ、矛盾は消えはしない。民を国民共同体に所属させる手段が天皇なのは良いとして、エリート自身がなぜ国民共同体に貢献しようとするのかが、謎として残るからだ。エリートに、国民共同体への貢献動機のかわりに、単なる蓄財動機しかなければ、矛盾はしない。西郷隆盛が大久保利通の単純欧化主義を疑惑するのは、この点においてだ。

こうした似非エリートを取り除くには、真に国民共同体への貢献動機を持つエリートが存在する必要がある。かかるエリートをもたらすには、エリート自身が天皇絶対主義に帰依する必要がある。だが「必要がある」というのは機能的思考だ。こうして、相対主義的な機能的思考の延長上に、天皇絶対主義的エリートの存在が要求されることになる。

これが三島の機能的思考だ。現に三島は東大全共闘との討論会で全共闘エリートが国民共同体への貢献動機を持つかどうか疑い、天皇陛下万歳を要求した。だが、機能的理由で「エリート自身の」天皇絶対主義を要求するのは、絶対性の相対化であって、矛盾だ。矛盾を橋川文三に突かれた三島はあっさり認める。当初から矛盾を自覚していたからだ。

矛盾を弁えていた三島は、橋川との応酬で、自らが今上天皇に絶対的に帰依するという事実性を示すに留める。だが、三島はこの事実性を、所詮はどうとでも言える文筆で示すのに飽き足りず、最終的には自衛隊市ヶ谷駐屯地での切腹を以て示すに到る。ことほどさように、三島の言動は、巷間の理解とは違って、意外にも筋が通っているのである。


【旧枢軸国から旧連合国への疑惑の拡張】

こうした矛盾や疑惑は元々日本だけに見られるものではない。国民共同体の意識をエリート層が意図的に醸成しようとした後発近代化国には多かれ少なかれ見出されるものだ。ベネディクト・アンダーソンは国民共同体意識の意図的醸成を支配層の危機対処として描き出すが、ここではヘルムート・プレスナーに従って全体性との兼ね合いで見てみる。

三島は全共闘に尊王を要求した。無論彼らが天皇陛下万歳を三唱したところで所詮は邪な動機による尊王の扮技があり得る以上は解決にならない。優等生病(竹内好)的な尊王扮技を恐れるからこそ三島は徴兵制にも愛国教育強制にも反対した。だがここでは「君らはどんな全体性に帰依するのか」という後発国につきものの疑問に注目すれば足りる。

全体性は、一般にカオスが覆う場所でこそ―全体性が非自明な所でこそ―言挙げされる。そのことは、古くはゲルマン的な抵抗権(トマス・アクィナス)と英国的な抵抗権との分化として現れた。後者では王が議会との契約を破ったことが抵抗権の根拠となったが、前者では神に根拠を持つ自然法からの人定法の乖離が抵抗権の根拠となったのであった。

英国における先例主義的な自明性とは対照的に、大陸ではかかる自明性の不在ゆえに誰が全体性を体現するのかが絶えず問題となった。トマスの場合、それは信仰が与える普遍世界=地の国で、教皇が君主に優越するとされた。だがイタリアのダンテの場合、歴史的にはより新しい教皇が全体性を体現することはあり得ず、君主が教皇に優越するとされた。

全体性を僭称する者を疑い続けてきたゲルマンでは、何が全体性か、誰が神を体現するかが、絶えず思考され続けてきた。教皇による全体性体現が疑われ、君主や王による体現が疑われ、聖書による体現が疑われてきた。こうした全体性への疑いを背景として、普遍論争(実念論/唯名論)やグノーシズムや神秘主義が、活性化してきたのであった。

全体性への疑念は、人が究極何に動機づけられるのかの疑念で、政治的紛争を招き寄せてきた。プレスナーが指摘する、ゲルマンに拡がっていた信仰者を俗物視する意識が、典型だ。彼によると、そうした場所では「超越の挫折」が「啓蒙の挫折」をもたらす。宗教的普遍への疑念ゆえに、世俗に普遍が投射されがちだからである(民族精神!)。

「超越の挫折」が「啓蒙の挫折」をもたらす場所では、人が完全であれば名指せるはずの全体性(普遍)があるとする実念論(普遍実在論)が―従って真理に依存する主知主義が―支配的になる。これは、全体性はもともと規定不可能だとする唯名論(普遍仮象論)が―従って内発性を称揚する主意主義が―支配的な英国や後の米国と対照的である。

そうした思考伝統ゆえに英米アングロサクソンでは「全体性とは何か」「全体を操縦する方法は何か」という類の思考が胡散臭がられる。例えば、ウェーバーを通じて「全体性とは何か」「全体を操縦する方法は何か」というドイツ的パターナリズムを継承したパーソンズは一時期を除けばアメリカ本国で不人気で、日本での方がずっと人気がある。

こうして、先例主義的な自明性から見放された旧枢軸圏では、全体性が言挙げされざるを得ないゆえに、全体性が(疑念を含めて)思考の対象になり続けてきた。維新以降の日本もそうだ。それが観念論の生産性を支える一方で、そうした場所では「誰が誰のために何をするのか」が疑われ続けてきた。西郷隆盛の疑いであり、三島由紀夫の疑いだ。

だが、民主主義の外部性(民主主義自体が生み出せない民主主義的前提)が危機に陥って、民主主義の先進諸国ですら全体主義的な注入が必要だと思われるようになった昨今、かつて全体主義的な後発国すなわち枢軸諸国にだけツキモノだと考えられてきた全体性への疑念―「誰が誰のために何をするのか」が、重大な疑問として浮上して来つつある。


【私たちはどこから出発するのか】

このあとがきを書いているたった今、テレビが重大ニュースを報じている。アメリカ政府による「電話やメールの受発信ログからメールやSNSの中身まで含めた個人情報の収集」を報じた英ガーディアンと米ワシントンポストの情報源が元CIAの職員エドワード・スノーデン氏であることが、本人の告白によって明らかになった、というのである。

アメリカ政府の情報機関による極秘の個人情報収集は、無論プライバシーを侵害するものだが、テロ対策の一環としてブッシュ政権下で始まった。ブッシュ政権を批判して人権重視を看板にしてきたオバマ政権が、しかしこうした政策を拡張してきた。テレビには、オバマが会見で「テロ対策上やむを得ない措置だった」と弁明する姿が映っている。

「誰が誰のために何をするのか」。今やこの問いは、近代民主主義の先進ぶりを誇ってきた国を含めて、全ての国・全ての人のものになった。エリートにどんな価値コミットメントがあるのか。彼らが言う公や公共が果たして何を指すのか。グローバル化による社会的流動性の上昇と、共同体の空洞化を背景にして、これらが自明ではなくなっている。

韓国ではエリートが資産の海外移転を進めていると報じられ、エリートの逃走が危惧されている。日本では、アベノミクスとは既得権益を身軽にし追銭するための金融緩和と財政拡大ではないかと危惧されている。どの国でも、社会的流動性上昇と共同体空洞化(による溜飲厨と承認厨)が国民的共同性を疑わしくし、貢献動機を信頼不可能にする。

国民国家nation-stateにおいて「誰が誰のために何をするのか」が自明でなくなったのなら、私たちはどんな社会を営めば良いか。本文でも述べたように中間集団主義ないし共同体主義を出発点とする社会学にとって、実は昔ながらの問いである。この問いを踏まえて、本書では戦後の日本を舞台に「私たちはどこから来て、どこへ行くのか」を見た。

そこには「誰が誰のために何をしてきたのか」「誰が誰のために何をしていると人々は期待してきたのか」という歴史が示されている。それを一瞥すれば、何ゆえに昨今、国辱的と言うべきヘイトスピーカーや、地域の恥と言うべきクレージークレイマーが、この日本を跋扈しているのかを、つぶさに理解できる。私たちはそこから出発する他ない。

最後になるが、本書の編集に携わってくださった、幻冬舎の穂原俊二氏と志摩俊太朗氏に心から感謝を申し上げたい。住民投票条例に関連する活動や、世田谷区の行政に関わる活動などで、当初の予定から大幅に遅れてしまったことについてお詫び申し上げたい。本書のもとになった各種の講演の主催者の方々にも、御礼の言葉を申し上げたいと思う。

投稿者:miyadai
投稿日時:2013-06-11 - 08:37:54
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映画監督ジャン・ユンカーマン監督と改憲の国際的意味を検討しました。宮台発言抜粋

映画監督ジャン・ユンカーマン監督と改憲の国際的意味を検討しました。監督は『映画 日本国憲法』で歴史学者ジョン・ダワーや言語学者ノーム・チョムスキーや24条(家族における個人の尊厳と両性の平等)草案を執筆した故ベアテ・シロタ・ゴードン氏など知識人12人にインタビューをしました。宮台発言の一部を抜粋します。全体はサイゾー7月号で。


宮台◇ 96条改正からの着手は、考えられたやり方です。憲法をどういう方向に変えるかという「内容」を議論すると面倒なので、改正手続きという「形式」に集中する。「形式」だけと言いつつ、改正手続きのハードルを低くできます。加えて、「形式」だけとはいえ、従来タブーだった「憲法改正」自体の実績を作れます。
 96条改正が実現して憲法が変えやすくなれば、憲法論争が活性化します。でも日本人の大半は憲法constitutionとは何かを理解しません。「憲法」という表記に問題があります。憲法は法ではありません。大切な覚書です。その証拠に、イギリスは立憲体制ですが成文憲法がありません。そう。皆が覚えていれば覚書はいりません。
 何の覚書か。統治権力を市民がどう樹立するか--constituteするか--の覚書です。なぜそんな覚書が必要か。巨大な悲劇をもたらした統治権力の横暴を二度と繰り返させないように、統治権力の操縦を志す市民が連帯するためです。どんな悲劇か。法外な税金や、宗教弾圧や、出鱈目な戦争です。だから憲法は、市民から統治権力への縛りです。
 憲法は市民自治への政府(統治権力)の介入を縛ります。政府が介入できない市民の行為領域を定めるのが人権。だから憲法の中核は人権です。中国にも旧ソ連にも憲法と名の付くものはあった。でも人権規定がないので憲法とは名ばかり。あってもなくても同じで、機能していない。自民党憲法改正案も、人権規定を抜くので、憲法廃止案と同じ(笑)。
 「憲法は自治の要だから人権を中核とする」。これを日本人は理解しない。憲法の名宛人が国民だと思う輩さえいます。名宛人は国家=統治権力。国民は憲法に違反できません。納税義務や教育義務はどうなんだと叫ぶ馬鹿もいますが、これら規定にはas provided by law(仔細は法で定める)とあります。フリーライダーを許すなという国家への命令です。
 憲法の何たるかを国民の大半が弁えない。自民党の憲法改正案を書いた東大法学部出身を含む輩でさえ弁えない。このような状況では憲法改正のハードルは高いほど良い。高いハードルを超えるには国民の集合的沸騰が必要だからです。集合的沸騰は、「悲劇の共有」を前提とし、かつ「子子孫孫が先祖の意志として参照する一般意志」を帰結します。
 なぜ日本人がこれらを弁えないか。「悲劇の共有」の欠落で「一般意志」が不在だからです。宮沢俊義八月十五日革命説があるものの、形式的には日本国憲法は大日本帝国憲法第73条に基づく旧憲法改正です。最後の帝国議会総選挙である1946年第22回衆院選で改選された議会で成立しました。旧憲法の手続きなので、国民投票は要件ではなかったのです。
 要は「主権者だった天皇が、主権者が国民でないのは憲法の名に値しないとして、自ら主権を国民に譲渡することを決意された上、正統性の調達を行なうべく旧憲法の改正手続きを踏まれ、憲法を改正された」という形式です。幣原首相と松本国務大臣による天皇への草案奏上も、天皇が臨席する枢密院本会議での最終案裁決も、きちんと経ています。
 まあ、僕がここでこうした「常識」を語る機会が与えられるのを含めて、96条改正問題で憲法に関する議論が活発化することで、自民党憲法草案の如き愚昧な提案の背後にある民度の低さが少しでも改善するのであれば、安倍首相による96条改正問題の投げかけは、まさに福音かもしれません。民度の低さに閉口したアメリカの意を受けた戦略かも(笑)。

宮台◇ 確かに9条はアジア諸国にとって戦争への「謝罪」と同等の機能を果たしました。それゆえに戦後の日本の対外的な政治経済的自由が確保されました。その意味で9条が大変な恩恵を日本にもたらしたことは事実です。この事実を弁えずに恩恵を台無しにするような憲法改正案を書く輩は、売国奴です。それを踏まえたとしても、微妙な問題があります。
 一口で言えば9条改正の両義性です。例えば04年に自衛隊イラク派兵に際して自民党が憲法改正を訴え始めました。これはアメリカに協力しやすくするため、要はアメリカの言いなりに自衛隊を派遣するための改正でした。これは主権放棄なのでマズいと思いました。そこで「憲法改正するなら、軽武装・対米従属から、重武装・対米自立へ」と訴えました。
 繰り返し訴えたら同調者も増えました。左翼的反発が少ないことにも驚きました。程なくアメリカは憲法改正要求を弱めます。改憲が対米自立化を督す可能性をアメリカが恐れたことは確実です。背景を説明します。アジア諸国にとって--例えば中国にとって--アメリカの言いなりに派兵する日本と、独自に軍隊を運用する日本の、いずれが好ましいか。
 政治家の低レベルゆえに重武装・対米中立は「馬鹿に刃物」で、「アメリカの言いなりに派兵する日本」の方がベター。異議申し立ての相手も、アメリカに一本化される方が良い。アメリカもアジア諸国の考えが判った。言いなり派兵なら憲法改正がなくても既に実現している。ならばアジア諸国の意向に鑑み、憲法改正させない方が良い、となりました。
 僕は、日本が真の主権国家--国民が独自に統治権力を操縦する国家--たるべく、重武装・対米自立の趣旨で9条改正に賛成する立場です。でも日本の政治家レベルが「馬鹿に刃物」と思われている間は--国民がそれを掣肘できない程度の民度に留まる間は--9条改正で国益を確実に失います。ならば、9条改正が国益逸失を招かない民度の獲得が先決です。
 自民党憲法改正案の如き愚案が出てくる現状や、ヘイトスピーカーが大手を振って歩ける現状や、ネトウヨが恥晒しな書き込みを量産する現状では、僕的にも9条改正はあり得ません。むしろリベラルな国民がリベラルな政権を安定的に支えている(と周囲が目する)状況でこそ、重武装・対米自立を目指した9条改正が可能になります。

宮台◇ 民度の上昇がない限り、9条改正は「馬鹿に刃物」。でも、9条維持が続く限り対米従属が変わらず、「東アジアの自立」はない。ユンカーマンさんがおっしゃったジレンマは僕自身のものです。でも、アメリカの日本へのコミットメントについて言えば、明らかに下がりつつあり、日本は基地を貸すだけの「便所のスリッバ」になりつつあります。
 先頃、安倍首相が訪米した際、外務省が事務的なセットアップをしようとしたところ、アメリカ側の対応が非常に冷たかった。むろん安倍首相に極右疑惑を抱くアメリカが安倍の存在をアジアの安定にマイナスだと判断したからです。それに動転した安倍はタカ派色を強く打ち出せなくなりました。アメリカがアジア安定に資する面もあるのです。
 とはいえ尖閣問題は逆の問題を示唆します。元々「主権は棚上げ、実効支配は日本、共同開発」という日本に有利な協定があったのに、愚昧な前原元国交大臣が、小泉元首相でさえ踏まえた拿捕&強制送還図式を放棄。逮捕&起訴図式を採用し、日中が離間しました。むろん前原の独断ではなく、日中の離間を図るアメリカのアドバイスがあったでしょう。
 ならば問題は単純です。日本に自立した政治外交能力がないから、アメリカが操縦する。だから、アメリカの都合次第で、アジア安定化方向に日本を操縦したかと思えば、不安定化方向に操縦するのです。日本の肩を持つかどうかという問題では全くない。米国債の6割を保有する中国に対し、日本の肩を持つアメリカが戦闘状態に入ることはないのです。
 一昨年中国に滞在して名高い研究者らと会談しましたが、中国エリート層はこの構図を弁えます。天津社会科学院の王輝氏が言うには、60代以上のエリートは戦前日本の強さや戦後日本の復興を知るがゆえに日本に対して恐れとリスペクトを抱くが、若いエリートは、アメリカの中国依存と、アメリカの日本操縦ゆえに、日本を取るに足らないと見すと。

宮台◇ そう。加えて、繰り返すと、9条改正で対アジアとりわけ対中国の政治経済的な選択肢が失われた上、「日本は国益計算の能力すら失った」と嘲笑されます。「シンボルの政治」の面で、日本人は戦争への反省を捨てたと思われ、アジア諸国の見る目が厳しくなって、日本に有利な協定締結が難しくなり、アメリカも日本をかばえなくなります。

宮台◇ そう。日本の平和主義は「核の傘」を不可欠とし、偽善です。そして北朝鮮の脅威で「核の傘」を忘却したフリが不可能になり、偽善を覆い隠せなくなった。但し、それを偽善と言うなら、アメリカなどはもっと偽善です。グアンタナモ収容所の拷問を見て下さい。オバマ政権すら廃止できません。これで人権外交なのだから笑わせます。
 ただ、偽善かどうかはどうでもいい。アメリカがやっているように、偽善だろうが「シンボルの政治」を主導することが必要です。国際政治は複雑です。外交政策の全てを一貫したパッケージに収めるのは無理。ならば「日本は防衛的意味で『核の傘』を必要とするが、核兵器の先制使用については反対」という表明を行なって、何の問題もありません。
 「唯一の被爆国」なのに矛盾しているなんて言う国はいません。むしろ「唯一の被爆国」だから矛盾が許されるのです。原爆を落としたアメリカがそうした文句を言うはずもないし、日本の表明でアメリカの政策が縛られることもない。心配ならば、テーブルの下で事前にサインを送り合い、阿吽の呼吸でやればいいだけの話です。
 
宮台◇ そう。「核の傘」がなくて攻撃されるなら、「核の傘」があっても攻撃されます。アメリカが中国と戦争しないのも、北朝鮮が戦争を仕掛けるときは自爆覚悟なのも、常識です。沖縄基地が抑止力というのも50年前の話。今や海兵隊はファーストアタック部隊ならざる治安維持部隊で、空軍のファーストアタックはテニアンに基地があっても同じです。

宮台◇[解釈改憲では無理だというユンカーマン氏に]賛成です。土井たか子さんにも申しましたが、解釈改憲の連発では逆に自衛隊を制御できません。ユンカーマンさんの御指摘通り、自衛隊の呼称ゆえに日本人は自国が軍を持つという自覚がなく、かつての地雷やクラスター爆弾に象徴される頓珍漢な装備や、訓練だらけで実践の可能性から切り離された隊員の実存について、関心を抱きません。
 その意味で、繰り返しですが、重武装・対米中立を旨とし、対地攻撃能力を中核とした反撃能力を具備する自衛軍化が、いずれはなされるべきです。それには「馬鹿に刃物」問題をクリアする必要があります。それまでの間は自衛隊の呼称のままが良いです。英語は今もフォースですが、「自衛軍」と表記すると漢字文化圏での印象が一変するからです。

宮台◇ 重要な指摘です。軍人は実践可能性から切り離された訓練だけでは腐ります。実践がリアルに感じられねばなりません。であれば自衛だけでは機会が足りない。でも自衛を超えた実践が正統性を欠けば社会に受け入れて貰えません。ならば、集団安全保障体制の下で超国家的司令部が指揮する遠隔地での軍事行動参加も、任務とする平和維持軍です。

宮台◇ 悪い憲法ができた結果、巨大な悲劇を国民が体験し、懲りた国民が「悲劇の共有」を通じて統治権力を操縦する必要に目覚める。これは立憲史上はオーソドックスなルートです。でも「悲劇の共有」だから犠牲が大きい。確認すると、憲法を支えるのは確固たる価値です。なぜ「悲劇の共有」が重要かと言えば、確固たる価値をもたらすからです。
 ということは、機能主義的思考に従うなら、統治権力の操縦への〈参加〉を支える確固たる価値をもたらせれば「悲劇の共有」でなくて良い。でも、そのためには強力なシティズンシップ教育が必要です。愛国教育というと自民党的な「国家への貢献」になりがちですが愚昧です。「国民に貢献するために国家の賢明な操縦を志す〈参加〉」こそ愛国です。

宮台◇ この愚昧な草案を自民党の総意とするのは可愛相。党内でも憲法改正を叫ぶ議員に限って頭が悪かったというのが真実です。近代社会の何たるかを知らず、近代憲法が、自治つまり「自分たちのことは自分たちで決める」民主主義の価値に支えられるがゆえに、国家による介入を縛る人権規定を核とすることさえ、知らない。日本国民の恥です。

宮台◇ 「東大の法学部を出てこれかよ」と思います。知識は教わっていても、社会を支えるのに必要な価値コミットメントを備えません。日本における教育の失敗を象徴します。これでは、エリートの名にも値せぬ愚昧な政治家や官僚に、〈任せる〉メンタリティを変えられない。社会を存続させるには、〈引き受ける〉市民による知識社会化が不可欠です。
 自民党憲法改正案の恥晒しには仰天しますが、「人間万事塞翁が馬」という言葉もあります。アメリカだって19世紀後半に家族親族が殺しあう南北戦争をし、苦労してここまで来たのです。妥当な憲法を獲得するプロセスにおいては、ダメな憲法ができたせいで国民的な悲劇を体験することも、必要かもしれない。余程賢明ならば話は別ですが。

宮台◇ 何かというと「正義のための戦争」に訴えるアメリカは、かなり異常です。でも、ブッシュ政権の後にオバマ政権が誕生したように、アメリカには自力でスイングバックする政治文化があります。ここにアメリカの力を感じます。日本は外圧によって掣肘されない限りスイングバックできず、未成熟な社会です。

投稿者:miyadai
投稿日時:2013-06-02 - 19:42:11
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まもなく刊行される小室直樹先生追悼イベント第Ⅰ部の宮台司会部分の抜粋です

まもなく、昨年行われた小室直樹先生の業績を回顧するトークイベントが、ミネルヴァ書房から書籍化されます。第Ⅰ部が理論編で、第Ⅱ部が実践編ですが、第Ⅰ部の司会を宮台が担当しました。宮台発言部分を抜粋させていただきます。
 
 
 【第Ⅰ部 前半】
 
 宮台 みなさん、おはようございます。これから「小室直樹博士記念シンポジウム――社会科学の復興を目指して」を開催させてさせていただきます。私は、小室ゼミナールに所属していたことのある、社会学者の宮台真司と申します。宜しくお願い致します。
 本日のシンポジウムは、第Ⅰ部と第Ⅱ部に分かれております。第Ⅰ部が理論編、第Ⅱ部が応用編ないし実践編。そうした構成になっております。壇上にお並び頂いているのでは、第Ⅰ部の登壇者の方々で、みなさん小室先生の薫陶を受けていらっしゃいます。それでは、みなさんの自己紹介を、短くて構わないのでお願い致します。橋爪さんからどうぞ。
 
 宮台 いま伊藤先生からお話があった社会学者ということですけれども、小室先生は晩年になりますと、実は社会学者を名乗っておられません。かわりに、政治学者といったような肩書きで仕事をしていらっしゃっいました。私はそこに社会学というものに対する、幾つかの意味での失望が隠れているのではないか、と考えております。
 モードの変化というお話がございましたが、1970年代に東大出版会のシリーズで出ました青井和夫編『社会学講座』の第一巻「理論社会学」に「構造-機能分析の論理と方法」という極めて理論的な論文を書かれておられたり(1974年)、その直前に川島武宣編『法社会学講座』の第四巻「法社会学の基礎2」に「規範社会学」という川島武宜の枠組みを理論的に洗練した論文を書いておられたり、遡りますと1968年から岩波の雑誌『思想』に3回に渡って「社会科学における行動理論の展開」という理論的な論文を書いておられました。
 その頃の小室先生は間違いなく理論社会学者という自己理解でおられただろうと思います。それが1976年にダイヤモンド社から上梓された『危機の構造』から一般人向けの書籍を書き始め、しばらくは学術論文のお仕事と並行される状態が続いたものの、1980年に光文社のカッパブックスから『ソビエト帝国の崩壊』を出された後は、学術論文から「卒業」されます。
 改めて申しますと、昨年(2010年)9月4日に小室先生はお亡くなりになりました。正確に申しますと、9月3日の23時頃に私が奥様に呼ばれ、様子が変だということで私が救急車や警察を手配をし、東大病院に搬送させていただきましたが、すでに心拍停止の状態で、しばらく蘇生の試みをしていただいた後、翌日午前1時3分に死亡確認をした次第でございます。
 そのあと霊安室で小室先生の御遺体と明け方まで御一緒申し上げたのですが、小室先生はとても安らかな御顏でございました。何かですね、空気を掴もうとでもするように、口を開けておられましたけれども、苦しみの跡のまったくない御顏であられました。なので亡くなる際に苦しまれたということはなかったのかもしれません。
 橋爪さんと私は、他のみなさんと思いを同じくして、小室先生の学問と業績を若い方々に伝えていくにはどうすればいいのかを考えて参りました。私個人は、今日のここにビデオ撮影をしているビデオニュース社のスタッフたちがいるわけですが、ビデオニュースが配信する「マル激トークオンデマンド」というネット番組で、小室先生がどんな学問業績を残したのかについて、橋爪さんをお招きして御逝去後の最初の追悼番組を流させて頂きました。
 それに先だって、この世界文明センター主催の記者会見を開催致しまして、小室先生の御逝去について、橋爪さんから公式のアナウンスをさせて頂いたということもございました。そうした経緯があって、いましがた紹介した橋爪さんと御一緒させて頂いたマル激トークオンデマンドの番組で、小室先生についてのシンポジウムを開催するとアナウンス致しました。
 そのシンポジウムが今日のこれでございます。ただし、小室先生の御望みをも推察しつつ、追悼集会というものではなく、小室先生の学問と業績を振り返るシンポジウム、それも単に偲ぶのではなく、場合によっては批判を含めて後に続く世代がどう小室先生を継承をしていくべきなのかを、みなさんと議論し合うシンポジウムを開催し、若い世代の方々に今後の礎ないしリソースを手渡していこうと思った次第でございます。
 私からの挨拶はこのぐらいに致しまして、さっそく第一部の登壇者の方々に、順番に御一人およそ10分ずつお話をして頂きたく存じます。最初の登壇者は、橋爪大三郎さんでいらっしゃいます。宜しくお願いします。
 
 宮台 橋爪先生、ありがとうございました。小室先生は大変質問されることが好きな方でした。プライベートでお会いしているときも、質問だらけですね。「宮台くん、近代経済学の仮定のなかで、現実的でないものはどれか」みたいに。この場合の答えは「生産期間ゼロの仮定」であるとか「生産要素の分割可能性」であるとか「外部性の無視」とか、要は社会的な摩擦抵抗の要素を考えに入れないという方向で、いろいろあるんですね。
 そこで、橋爪さんがおっしゃったように、経済学が採用するそうした非現実的な仮定が、経済学にどんなバイアスをかけるのかを、他の学問を使って究明する。小室先生はそのように構想しておられました。経済学だけでなく、どんな学問にも、デュルケームの「契約の前契約的な前提」に擬えれば、「社会学の前社会学的な前提」「法学の前法学的な前提」が、いわばスコトーマ(盲点)として存在するからです。
 続きまして、盛山和夫先生にご登壇いただきたいと存じますが、本日は公務がおありになるとのことで、会場にはいらっしゃれません。そのかわりに、皆さんに見て頂きたいということで、盛山先生からメビデオレターをお預かりしております。やはり10分程の時間です。それでは御覧ください。
 
 宮台 盛山先生からのメッセージをお伝えを致しました。私たち弟子にとっても大変思い出深いのですが、社会科学の数理化への情熱がとても旺盛だった1970年代のお話しでした。そうした私たちの情熱に、小室先生が火をつけてくださったことを思い出します。
 小室先生が教えて下さったのは、戦後のアメリカで華々しく展開したポール・サミュエルソンによる新古典派的総合です。これは、従来の価格決定理論すなわちミクロ経済学に加えて、ケインズの『一般理論』が切り開いたマクロ経済学をも含め、言葉でだけ記述されていた複雑な事態をも数式化して全体を整合させる流れです。
 こうした人文社会系の学問における数理化の流れは、チョムスキーの変形生成文法が切り開いた数理言語学、レヴィストロースの『親族の基本構造』が導入した群論数学など、1970年代に入るまでに、多様な分野に及んでいました。それで私たち小室ゼミのメンバーたちも夢を見たのでした。
 盛山先生が御指摘になったもう一つ重要なことは、ナショナリストないし保守主義者であることと、数理化を含めて近代主義者であることが、どう両立していたのかという問題です。これはまた後で出てくるに違いない論点です。
 アメリカで語られているように、保守主義には、草の根保守(反国家主義=中間集団主義)に加えて、レーガン政権以降は、経済保守(市場主義=規制緩和)と、宗教保守(原理主義=福音派)と、政治保守(国家主義=ネオコン)が、同床異夢的に含まれます。
 しかし、小室先生は、中間集団主義者でも、規制緩和派でも、原理主義的でも、国家主義的でもありません。その意味で、19世紀の有名なプロテスタント神学者シュライエルマッハが言う主意主義者としての右翼です。主意主義voluntarismは、主知主義intellectualismを否定して端的な意志を出発点とする立場で、そもそも初期ギリシア思想で花開いたものです。
 小室先生の出発点は敗戦の研究です。敗戦の悔しさから出発しておられる。二度と戦争に負けたくない。それで社会科学を勉強した。そもそも小室先生が京都大学に入られたのは原爆を作るためだったとご本人から伺いました。なぜ原爆を作りたいのか。そう。二度と戦争に負けたくないからです。
 そういう内発的な意志あるいは不条理な情動と、科学的な厳密さを徹底的に追求する合理的な思考が、表裏一体になっているというところに、小室先生の思考に見られる大きな特徴があるだろうと思います。
 それでは続きまして、とても重要な小室先生の前期と後期の転換点についてお話を下さる、三番目の志田基与師先生です。冒頭にも申し上げましたように、小室先生は1960年代を中心に学術論文を驚くべき生産力で量産したあと、1976年に最初の一般人向け書物を書き始め、1980年以降は一般人向けの書物だけに専念されるようになります。宜しくお願いいたします。
 
 宮台 志田先生、ありがとうございました。一部の方はご存知かもしれませんが、僕は今でも機能主義的なシステム理論の枠組みを使って社会を思考しています。その立場から少し補足します。社会システム理論に機能主義の枠組みを最初に組み込んだのが、1960年代を席巻したタルコット・パーソンズの構造機能分析です。
 以降、こうした思考には目的論の疑惑があるとして、懐疑の対象になり続けてきた歴史がございます。志田さんの業績に先立ちましても、科学哲学者のカール・グスタフ・ヘンペルや、サイバネティクス研究で知られる医学者のロス・アシュビーが、それぞれ独立に、機能主義的な説明モデルに加わる制約ないし不可能性を数学的に証明しました。
 要は、関数から出力された値のセットの許容非許容を評価して関数自体が変動する場合、変動を司る構造変動関数が、値のセットを均衡的に出力する過程均衡関数(構造)と独立であらねばならぬとするものです。しかし過程均衡関数と構造変動関数を分離した「接木モデル」でも、それを社会学に適用する場合には問題が生じるというのが志田さんの御指摘です。
 御指摘は二点に及びます。第一に、パーソンズ以降の社会学的機能主義において、社会の存続に必要な機能的条件はパーソンズのAGIL図式を含めて複数存在するものだと見立てられてきましたが、この見立てを採用すると構造変動関数の存在仮設が背理を招くということ。弱順序の順序合成の不可能性を証明した経済学者アローの不可能性定理を応用したものです。
 第二の指摘は、社会にとって許容的な値のセットを出力しない構造=過程均衡関数を、許容的なセットを出力する構造にシフトさせる構造変動関数の、恣意性です。つまり、与えられた構造変動に関して、社会が機能的に最低限許容できる変数の値のセットというハードルが高さがどれ位で、ハードルをどれ程の余裕でクリアしたのかを、どうとでも言えるのです。
 第二の指摘は、構造がもたらす値のセットを評価し、評価値次第で構造変動先を特定して変動するというモデルが、抽象的すぎるがゆえに具体的現象を説明的に特定できない―認識利得がない―という問題です。かくしてヘンペルやアシュビーの不可能性定理に触れないための、過程均衡関数と構造変動関数との「接木モデル」も、問題を解決困難だというのです。
 ところで、1962年までパーソンズの下に留学していたニクラス・ルーマンが、ヘンペルらの不可能性定理に応接して、機能主義から、制御モデルを取り除きます。制御モデルを取り除いた機能理論は、理論と名がつくものの、対象の一意的説明を放棄し、なにと代替可能なのかいう機能的等価領域をマートンの等価機能主義プログラムに即して示すというものです。
 私は1985年の論文でこれを追認し、「制御機能主義的な説明から、等価機能主義的な記述へ」ないし「機能的説明から機能的記述へ」のシフトを呼びかけました。それを含めて、志田先生がお話しされたことは、理論社会学者たらんとする者たちが1970年代のうちに直面した問題です。志田先生の御指摘どおり、小室先生がどのようにクリアされたのかが問題です。
 続きまして、橋爪さんと同じく、東工大の先生であられる今田高俊先生にご登壇をお願い致します。
 
 宮台 ありがとうございました。この第Ⅰ部は理論編なのですが、やはり話がやや難しくなっているかもしれません。要は小室先生も完成を目指しておられた構造機能理論がなぜ困難に直面したのかということなのですが、「素人」の方にも分かるように、できるだけ噛み砕いて1分以内でお話し致します。
 志田先生の御指摘は、「社会は複数の機能をある水準以上で満たさねばならない」という自然な仮定を置いた場合、複数の機能的課題をどう塩梅すれば、特定の機能的課題をエコひいきせずに「複数の機能をある水準以上で満たす」ということを達成できるのかを探求していたら、それが不可能であることがアローの一般不可能性定理で証明されたということです。
 ただし、どの特定の機能的課題をどうエコひいきするかを決める更に上位クラスの決定関数つまり制御装置があれば――過程均衡関数(構造)・の上階層の構造変動関数・の上階層の価値順序決定関数があれば――問題は一応解決できるように見えます。でもそれが根本的解決にならないだろうというのが、アシュビーやヘンペルの議論なのです。
 上階層による制御は、私たちが日常的に知っています。皆さんに分かりやすいのはキャノンのホメオスタシス仮説です。脳下垂体が血糖値をモニターし、血糖値次第でホルモン分泌を変えることで、血糖値を制御する、制御モデルの典型です。でもこのモデルは、脳下垂体による制御プログラムが別のプログラムに変化する可能性については説明できません。
 ところが、社会システムに関する包括的で一般的な説明理論に要求されるのは、そこなのです。つまり、こういうことです。Aの変化をコントロールタワーBが制御している。簡単です。コントロールタワーBの変化をどう説明するか。コントロールBの変化をメタコントロールタワーCが制御しているとすればいい。これも簡単です。
 では、メタコントロールタワーCの変化は? それはメタメタコントロールタワーDで。しかし、お分かりのように、こうした「永続的な接木モデル」では、最終コントロールタワー自体の変動は制御モデルでは説明できません。そして、社会には恒常的な最終コントロールタワーがあるという仮説自体が、全くもっともらしくない。これが問題の全体像なのです。
 アローの不可能性定理は社会的厚生関数の個人的選好からの合成に関わるだけで、個人的選好がどうあれ社会的決定関数が存在するというセンの可能性定理を使えばよい、とするアイディアもありそうです。でも、問題が社会的決定関数の恣意性にシフトされるだけで、やはり恒常的な最終コントロールタワーの存在を仮説しない限り、問題は解決しないのです。
 それでは続きまして、少し年がお若くなりますけれども、家族社会学者であり、パラサイト・シングルとか婚活とか、いろいろな言葉を発明されたことでも有名な山田昌弘先生に、御登壇願います。山田先生、それでは宜しくお願いします。
 
 宮台 山田先生、ありがとうございました。小室先生は破天荒な方でした。『ソビエト帝国の崩壊』でたくさんの印税収入が入った後、石神井のアパートよりも良い場所に転居しましょうということで、湯島のマンションを買われたのですが、やっぱり元の場所が良いということで、湯島のマンションが小室ゼミナールの会場として使われるようになりました。
  私が覚えているのは、ある日、小室先生が泥酔してお越しになって、ジェファーソンの独立宣言を英語で暗唱された後、玄関から出て柵から下に立小便を垂れたこと。柵の下は中庭で駐車場になっていたので、車の上に小便が降り注ぎました。橋爪先生が「こんな小室先生は嫌いだ」とおっしゃって、すたすたとお帰りになったと記憶をしております。
 大福帳つまり小遣帳と、経営規模や生産規模を維持するための操作を含意する複式簿記との違いは、新聞を読むときも大事です。新聞では新規国債が44兆円発行されたのに税収は42兆円だったとあります。差引2兆円だと勘違いする向きもありますが、44兆円は新規借金であり、借換債に財投債を含めると今年度は162兆円の借金で、それに対して税収42兆円です。
 山田先生のお話にありましたウェーバーのエートス概念。倫理と訳されることもあるけど、正しくは「簡単に変えられない行為態度」という意味です。ウェーバー研究で学位をとったパーソンズの、弟子に当たり、丸山真男の友人で日本研究でも有名なベラーの言葉で言えば、「心の習慣」に相当し、批判理論で有名なフロムの言葉では「社会的性格」に相当します。
 特定の「心の習慣」がある社会とない社会では、資本主義を達成できたりできなかったりするのです。つまり、資本主義を達成するための必要条件として特定の機能を果たす「心の習慣」が必要だといった思考を、ウェーバーやパーソンズを含めた社会学の先人たちも、小室先生も、山田先生も採られてきたわけです。これは明らかに機能的な記述です。
 先ほど申した通り、ルーマンが言うように、たとえ一意的説明としては無効でも機能的等価領域を指し示す機能的記述自体は絶えず行われ、それゆえに機能的等価領域の指し示し自体が巨大な認識利得だと考えざるを得ません。実際、後期の小室先生の歴史的記述においてもこうした機能的記述が維持されています。山田先生はこのことを暗示して下さいました。
 続きましてですね、山田先生と東大社会学科では同級生でいらっしゃった、私の1年先輩の大澤真幸先生にご登壇頂きたいと思います。それでは、大澤先生、宜しくお願いします。
 
 宮台 大澤先生、ありがとうございました。いよいよ出て参りました、宗教の話題。これは第Ⅱ部にもつながる重要な問題です。小室ゼミではウェーバーの『古代ユダヤ教』の読解がとても重要なプログラムでした。大澤さんのお話の中に、世界宗教の概念が出て参りました。これを理解するには、反対概念の民族主教を理解すれば良いでしょう。
 民族的な生活形式と厳密に結びついた宗教は、世界宗教になれません。例えばユダヤ教には、物語形式である聖書の矛盾する全体が指し示すトーラーと、それを履行可能な箇条書きに噛み砕いたとされるミツウァがありますが、ミツウァの履行に過剰に執るファリサイ派と呼ばれる立場には、ユダヤ的生活を送る共同体にしか近づくことができないのです。
 その意味で、特定場所での神殿祭儀に執るサドカイ派も世界宗教的ではありません。さてヤハウェ信仰は元々出エジプトに成功したヘブル語を喋るセム族の御利益信仰でしたが、ヤハウェが動いてくれないこと―具体的にはアッシリアによる北王国征服とそれに続くバビロニアによる南王国征服―に対応して罪概念が発達し、厳密な唯一神信仰に近づいていきます。
 ところが、相変わらず神が動いてくれないことから、罪のすすぎが救済をもたらすとするのも神との取引ではないかとの疑念が生まれ、なおかつ世界創造主が特定民族だけを見ているとするのも偉大さを傷つけるのではないかとの疑念も生まれて、紀元前後にはユダヤ教改革運動が活発になります。そうした改革運動の一つとして登場したのがイエスでした。
 現存するユダヤ教はファリサイ派の流れなので世界宗教から遠いのですが、微妙だった時代もあったということです。このように世界宗教と民族宗教に截然と分かたれるわけでなく、多様な生活形式を営む広い時代の人たちに開かれている度合に応じて、今日のキリスト教は世界宗教的で、仏教もイスラム教も今日のユダヤ教よりも世界宗教的だと言えるわけです。
 さて、ウェーバーや小室先生が宗教を重視するのは「心の習慣」をもたらすからです。ところが日本には社会全体を支配する宗教的教義がありません。そこに山本七平氏が見出すのが、教義ならざる空気に縛られるという「心の習慣」です。注意が必要なのは、何かに縛られるいう「心の習慣」と、縛らされるがゆえにもたらされる「心の習慣」との、区別です。
 一神教社会では、教義に縛られるという「心の習慣」(信仰)と、教義に縛られるがゆえの「心の習慣」(生活形式)を区別できます。教義内容は不変で、生活形式は可変です。日本にはこの区別がなく、不変の教義内容がない。山本氏によれば、神の目差しに照らして生活形式を反省する営みの相当物が日本になく、空気と生活形式が癒着したまま変化します。
 例えば日本には唯一神のかわりに妖怪たちがいます。アニミズムのあまたのアニマですね。神も神のメッセージも不変ですが、妖怪たちも妖怪たちのメッセージも可変です。その証拠に人々の生活形式が変化すると新しい妖怪が出てきます。学校制度が普及するとトイレの花子さんが出てきます。こうした現象は、都市伝説の生成プロセスとなだらかにつながります。
 不変の神に照らせば、自分たち人間がどこからどこへと変わったのかをモニターできます。これとは対照的に、可変の妖怪たちに照らしても、妖怪たち自体が変幻自在なので、自分たち人間がどこからどこへと変わったのかをモニターできません。この山本七平氏の驚くべき直感的洞察を、小室先生が分析的に追認しておられます。とても大切なポイントですよね。
 ところで小室先生は、制御モデル的な社会理論構想が通用すると考える根拠として、裁判官を自動機械と見す概念法学やそれに依拠した川島武宜流の法社会学を、構造機能理論の枠組にトランスレートできる事実を挙げておられた時期があります。要は法的世界が形式的にできているとの信念で、ウェーバーも近代の手続き合理主義として注目していました。
 そこで、その法学の世界で、伊藤塾という最も多くの司法試験合格者を出し続けてこられた学校の代表であられ、最近は「一人一票実現国民会議」などで理念的な社会活動家としても知られる伊藤真先生に、小室先生についてどのような評価をお持ちであるかをおうかがいしたいと思います。宜しくお願い致します。
 
 宮台 ありがとうございました。憲法とは市民が統治権力を制御するためのものだ。その意味で国民が国家を制御するためのものだ。「国民から国家への指令」が憲法で、その枠内での「国家から国民への指令」が法律だ。憲法が法律に優越するとは「国民から国家への指令」の枠内で「国家から国民への指令」が可能になることだ。小室先生が教えて下さった。
 小室先生は弟子たちにこういう質問をされました。「近代裁判で判事は誰を裁くのですか」「えっ?被告ではありませんか?」「検事を裁くのです」。検事による立証の可否を評価する、つまりデュー・プロセス・オブ・ロー(適正手続き)の枠内で立証したか、訴追が構成要件を満たすか、違法性の弁証が十分か、それだけが刑事裁判では問題だと言います。
 伊藤先生がご説明下さったように、法的真実は絶対的真実じゃありません。神から見た絶対的真実はしょせん人には分かりません。しかもそのことは問題でさえありません。それが近代裁判における推定無罪の原則です。小室先生の口癖では「たとえ百人の罪人を放免しようとも、一人の無辜の民を刑することなかれ」。それが憲法に実は書いてあるはずなんです。
 しかし同時に小室先生はこうも教えて下さいました。憲法と法律のもう一つの違いは、憲法の中身は立憲意志によって決まるが、法律は立法意志とは本質的に無関連だということ。統治権力がもたらした悲劇を共有した市民らが、統治権力をどう制約するかについての意志を表明したものが憲法だ。だから憲法による制御とは、立憲意志による制御と同じなのだと。
 しかも、立憲意志すなわち立憲に関わる国民意志は、そのときどきの国民の意志ではなく、悲劇を共有した祖先たちの立憲に際する意志・に対するそのときどきの国民の理解であるとも教わりました。だから合衆国が典型であるように、歴史を振り返って祖先たちの意志を確認する「心の習慣」を持つ社会だけが、憲法を存在させられます。日本はどうなのでしょう。
 伊藤先生のお話をうかがって小室先生のそうした問いかけを思い出したましたが、いよいよ第一部前半終了の正午まで残すところ6分。実は正午に今田先生と大澤先生が所用でお帰りになる予定となっております。登壇者の方々に一渡りお話をしていただいたところで、このお二人に何か言い残してお帰りいただきたいのですが、今田先生から宜しくお願いします。
 
 宮台 登壇された先生方、どうもありがとうございました。この後は討論に移ります。御手洗いを使われたい方や喉を潤したい方などがいらっしゃると存じますので、20分間の休憩をとらせていただきます。できれば、12時15分にこの部屋にお戻りいただくことを目途にしてください。それでは、また後ほどお目にかかります。
 
 【第Ⅰ部 後半】
 
 宮台 第Ⅰ部の基調報告パートに続く討論パートを始めます。みなさんに提題をいただいたことを踏まえて、主に三つのセクションを設けたいと存じます。第1は、構造機能主義というパーソンズのフレームを、小室先生の業績を踏まえた上で、今日どのように捉えるべきかということ。これは第Ⅰ部からの比較的自然な流れです。
 第二はエートス概念についてです。第Ⅰ部からすでに近代化という概念が触れられていますが、近代化にせよ近代社会にせよ一定のエートスすなわち「心の習慣」抜きにはあり得ないというウェーバーの枠組を踏まえた小室先生の教説がございますが、これを今日どのように理解し、評価するべきかという話です。
 第三はグローバル化についてです。二十年余り前に冷戦体制が終り、入れ替わりにグローバル化=資本移動自由化が進展した結果、構造機能分析など社会学の一般理論が前提としてきた「国民国家に関わる社会現象を説明する」という設定が疑問に晒される中、小室先生だったら今後グローバル化についてどんなメッセージを発せられるだろうか、という話です。
 まず志田先生。第一の問題についてですが、志田先生が、小室先生のリファインドバージョンとしての構造機能理論が成り立たないことをアローの定理を使って証明したことで、小室先生が前半の活動に一まず終止符を打ったという理解をするとして、志田先生による小室版構造機能理論の不可能性の証明が、なぜそれほど重要な意味を持ったんでしょうか。
 別の言い方をすれば、例えばルーマンのように、機能主義の枠組自体を根本的に刷新してしまう可能性もありえたのではないでしょうか。吉田民人先生もそうした方向を模索しておられ、最適化原理ならざるサイモン流の満足化ないし許容化原理を採用した上、ユニークエクスプラネーション(一意の説明)を放棄したらどうかとおっしゃっていたこともあります。
 
 宮台 志田さんと恒松直幸さんとの共同論文を量産して、まさに「息の根を止める」のに貢献をされたと思われる橋爪さんなのですが、志田先生の御意見を踏まえて、小室版の構造機能理論がうまくいかなくなったことに対する小室先生の構え方―志田先生のおっしゃる「断念」―をどうご覧になっていらっしゃるでしょうか。
 
 宮台 今田先生と大澤先生が退席されてメンツ足りなくなりましたので、私も僭越ながら意見を述べさせていただきます。先ほど紹介いたしましたとおり、吉田先生がこうおっしゃっておられるのです。複機能要件論を「複数の順序を合成して全ての社会状態に一貫した順序をつけて順位を指定する」というふうに理解するのをやめばいいのではないか、と。
 こんなイメージです。社会状態の全体集合を、機能Aについて許容域に落ちる状態集合と、非許容域に落ちる状態集合とに、分割できます。機能Bについても、機能Cについても、同じです。であれば、全体集合内に、機能AでもBでもCでも許容域に入るような社会状態群が見つかった場合、そのどれか一つの社会状態が実現する、という具合にすれば良いのだと。
 この吉田プログラムはまだ対象の説明に傾斜していますが、先ほど紹介したように、ルーマンは、説明自体を機能主義から除去し、かわりに対象が何と代替可能なのかという機能的等価領域を指し示すだけで十分な認識利得があるとします。ルーマンは「可能性の開示」という言葉をよく使いますが、他であり得る可能性を開示する等価機能主義で十分なのだ、と。
 一般的にはこういう図式です。何かの対象が与えられているとき、その対象「を」可能にしたものと、その対象「が」可能にするものと、両方向に探索できます。対象「を」可能にするものの一つに、別の対象から由来する機能的要求があり、対象「が」可能にするものの一つに、その対象に由来する機能的要求があります。実はこれがルーマンの発想なのですね。
 こうした吉田プログラムやルーマンプログラムを、志田先生はどうご覧になりますか。
 
 宮台 山田先生はそもそも一般理論を目指そうとしておられなかったので、この問題に正面から向き合うというアンラッキーを免れられたかもしれません。でも「なぜ存在するかというと役に立つからだ」という機能的説明は中範囲領域であっても社会学者が普段から使いがちである以上、山田先生も無縁ではないと拝察しますが、機能的説明をどう思われますか。
 
 宮台 山田先生、それゆえに機能的思考に基づいて家族概念を縮小できないかというのがパーソンズの構想だったと思います。山田先生もおっしゃったように家族と呼ばれるものは包括的な機能を果たしてきましたが、マードック流の核家族論の影響を受けたパーソンズは、多様な機能を市場や行政にアウトソーシングすれば、家族概念を縮小できると考えました。
 具体的には、子供のプライマリー(第一次的)な社会化機能の提供と、大人の情緒的回復機能の提供の、二つを果たすユニットであれば、形はどうあれ家族と見せ、という今日的には極めてリベラルな発想です。形で家族を定義しようとすれば、形を踏襲できない人や集団が排除されてしまいますが、機能で家族を定義すれば、逆に何でもありになるからです。
 
 宮台 家族がどんなに店じまいをしようとしても、社会化機能と情緒的回復機能の二つだけは負わねばならない、とパーソンズが言う背後には、何か強固な前提があるだろうとおっしゃるわけですね。たぶんそれが、パーソンズがウェーバーから引き継いだエートス論につながる部分です。エートスは、心の習慣、変わりにくい行為態度、社会的性格とも呼べます。
 パーソンズはこれを、価値体系がもたらす価値セットと表現します。彼の『社会体系』に従えば、価値セットの内面化としての社会化抜きに、社会システムは回りません。この発想は、山之内靖先生の受け売りになりますが、ジョン・デューイと大きく重なります。要は世界恐慌以降のルーズベルト大統領のニューディール政策を正当化するイデオロギーなのです。
 アダム・スミスが『国富論』で述べた市場における「神の見えざる手」は、彼が『道徳感情論』で述べた同感能力―他者たちの感情を取得した上で無視しないこと―を前提として初めて働くのですが、パーソンズも同じ論理構成を採ります。近代経済学の枠組を使って記述すると以下のようになります。
 市場の価格決定点つまり需給均衡点はパレート最適点です。他の誰かの満足を下げずには誰の満足も上げられない。その意味では資源利用効率の最適点です。しかしパレート最適点は公平配分という意味での社会的な「良い状態」を意味しません。なぜなら、パレート最適点は、市場参加者らの、初期手持量と、選好構造次第で、どうとでも変わり得るからです。
 そこで、市場の帰結として初期手持量の偏りが生じるなら、政治が介入して次のラウンドにおける初期手持量が公平になるように再配分しようというのが、ニューディール政策にも含まれる福祉国家政策の側面です。ところがパーソンズはそこから遥かに先に進んで、市場参加者らの選好構造、つまり内面化された価値セットの、変更可能性に照準したのですね。
 この部分に、民主党以外に投票したことがないというパーソンズの、リベラルなパターナナズムの極致を見い出せると同時に、キリスト教者や学園闘争にシンパサイズする社会学者などから「ファシズム的だ」「統合主義的だ」と批判される所以を見出すこともできます。しかしパーソンズによれば、妥当な価値セット=エートスなくして、社会は回らないのです。
 しかも、この妥当な価値セットの内面化、つまり社会化は、市場メカニズムだけでは調達しようがないという意味で、市場の外部性をなしているというのが、パーソンズの考えです。そして「妥当なエートスに向けた社会化なくしては社会が回らない」というパーソンズのリベラルなパターナリズムと、同じ思考枠組を、小室先生もまた採用しておられました。
 市場の帰結が破綻や革命につながりそうであれは市場の前提(外部性)に相当する価値セットがより妥当な市場の帰結を導くものに変わるはずだ――いや変わらねばならない――という規範命題が、パーソンズの構造機能主義に含まれています。実はそのようにして構造機能主義とエートス論がつながっているわけです。それを踏まえてみなさんに質問があります。
 私の考えでは、小室先生の場合もパーソンズと同じです。つまり構造機能主義の立場取りにエートス論に絡む規範命題が関わっています。だから、小室先生は、構造機能理論を断念された後でも、しかしエートス論に絡む規範命題は放棄しておられず、現に後期の一般人向けの書物でエートス論に絡む規範命題を反復しておられた。この見方でよろしいでしょうか。
 
 宮台 なるほど。橋爪先生と志田先生のお話をうかがいますと、やはり小室先生の中では、エートス論的な規範命題へのコミットと、構造機能理論的な科学主義へのコミットとが、ソーシャルインテグレーションを最終目標として車の両輪のようになっているのだ、という確信めいた思いが、ますます深くなりました。
 妥当なエートスの社会化なくしては近代資本制社会は持続しない。しかし資本制社会を持続させるための目的合理的な手段主義の立場から価値セットを注入するという政策は不遜だとの批判を免れない。ところがそこに宗教があれば、「さもなければ社会が回らない」などと思わなくてもエートスが涵養される。それがウェーバー=パーソンズ流の考えなのですね。
 山本七平氏によれば、一神教的な教義学と日本教的な空気との決定的な違いは、すでに紹介したように再帰的観察の可能性にあります。前者の場合、自分たちが満足していても「もしや罪を犯していないか、神の意志に背いていないか」と自己観察して、軌道修正できます。後者の場合、空気に乗っかって皆が満足してしまえば、自己観察と軌道修正はあり得ません。
 でも日本社会が持続可能であるためにはこれではいけないと山本氏は言います。住民投票アクティビストとしての私の言葉では、〈引き受けて考える〉ならざる〈任せて文句垂れる〉という「心の習慣」と、〈合理を尊重する〉ならざる〈空気に縛られる〉という「心の習慣」は、戦争であれ原発であれ〈巨大なフィクションの繭〉に社会を閉じ込めるからです。
 とすれば、これは第II部の話題でしょうが、小室先生は日本社会をどう手当てすれば近代資本制社会と折り合っていけると考えていらっしゃったのでしょうか。質問が大きすぎるでしょうが、どうお考えになりますか。当然ながらエートスは「べき論」では変えられません。先ほどの不遜さもあるし、社会の全てとマッチしたエートスをそこだけ変えるのは無理です。
 小室先生は、やはりある種の宗教が必要だとお考えになっていらっしゃったと思います。小室先生が三島由紀夫的な枠組に従って天皇への非合理的コミットメントを合理的に推奨しておられた時期があった事実とも符合しますし、私に対して個人的に「人が徹底的に合理的たらんする場合、背後には非合理的な衝動がある」とおっしゃった事実とも符合します。
 繰り返すと、徹底的に合理的に思考しようとする動機自体は合理的でも自然でもありません。徹底的に合理を極めようとする非合理な動機をどこから調達するか。宗教から調達する場合もある。小室先生御自身のように敗戦の屈辱から調達する場合もある。山本七平氏が参照を求める北条泰時のように合理を極めんとする自己陶冶のゲームから調達する場合もある。
 
 宮台 いま橋爪先生がおっしゃったオリエンテーション(構え)を、私は「実践としての社会理論」と呼んでいます。私が指導する大学院ゼミのタイトルもこれです。こうした構えはプラトンにまで遡れますが、社会学の伝統ではウェーバーが最初です。『職業としての学問』『職業としての政治』などの講演集で、彼は自身の学問目的や動機を開陳しています。
 ウェーバーの動機は、学問を通じた国民の科学化です。同時代は独裁者ビスマルクをいただくプロイセン帝国。ウェーバーはビスマルクの存在を不可欠だと理解します。ただし時限付きです。手続主義的な―合理的な―行政官僚制は非合理な自己運動を示す。それを制御するには強力な政治が必要だ。英仏は国民がそれを提供する。プロイセンは無理だから独裁者。
 しかし独裁者がたまたまビスマルクだから良かったものの今後は不安定。ゆえに国民が強力な政治を提供し、行政官僚制を操縦するしかない。それには国民が科学化されて「損して得取れ」のごとき目的合理的な戦略行動がとれなければならない。そしてかかる目的合理性に帰依する動機は、プロイセンに貢献するという最終目的の価値合理性なのである、と。
 アクティビストとしての伊藤先生におうかがいいたします。ウェーバーは「救国のための学問」つまり「実践としての社会理論」を実践しました。ウェーバー研究から出発したパーソンズも、パーソンズの弟子だった小室先生もそうです。そうして、こうしたビジョンをお持ちでないと活動が続けられない立場にいらっしゃる伊藤先生ではないかと拝察いたします。
 そうした伊藤先生からご覧になって、エートス、心の習慣、変えにくい行為態度、社会的性格に、これほどにまでこだわる小室先生の学問について、どのように評価されますか。
 
 宮台 志田先生、どうぞ。
 
 宮台 山田先生、どうぞ。
 
 宮台:話が収斂してきたようでございます。何が理に適っているかを徹底的に見極め、それが分かったら理にかなった仕方で振る舞う。そうした行為態度がなければ、個人も共同体も国家も持続可能ではいられない。それが近代社会であるとした場合、実践の現場におられる伊藤先生の感触として、そうした行為態度を日本で育った成人に内面化できるでしょうか。
 
 宮台 人を少しずつ養成するのでは焼け石に水。それは分かります。だから制度を作らねばならない。よく分かります。しかし制度を作るのもまた人です。かつて私が小室先生に「もう日本社会はダメですね」と申したら、こうおっしゃいました。「宮台君、社会がダメになると人が輝く。昔からそうだから安心したまえ」と。単なる気休めではなかったと思います。
 人を作るのが制度。制度を作るのが人。鶏と卵の堂々巡りを見るにつけ、どこから手を付ければ良いのか途方に暮れます。するとやはり伊藤先生のように―小室ゼミのように―学校や私塾の形でできるところからやるしかないとも思います。山本七平氏が、空気は、現前するものの臨在感で一変すると言います。ならば例外的事例の現前を創り出そうと思うのです。
 残り15分になりました。グローバル化の問題が残っております。小室先生の後期の業績を見ても、1971年にニクソンショックつまりドル金交換停止でブレトンウッズ体制が終焉して、1972年から為替が変動相場制への移行を皮切りに資本移動自由化の初期段階が始まってから、国民国家の枠組やそれを前提にした社会がどうなるのかが、明示的に主題化されていません。
 とはいえ、小室先生の業績にそうした問題に役立つ部分がないかと意識して読むと、それなりにあるのではないかとも思えるのです。そこで、構造機能理論の枠組が、パーソンズにおいてはニューディール政策というドメスティックポリシーを正当化する意図に基づくのだった事実に由来する限界がないか、あるとすればどんな限界かが、知りたくなって参ります。
 これはパーソンズの限界如何の問題であると同時に、パーソンズに倣って一般理論を構想しようと企図された小室直樹先生やニクラス・ルーマンといった方々の思考ないし問題設定の限界如何の問題でもあります。この問題について、小室先生の思考の中に、ブレイクスルーの萌芽が存在したか否かについて、みなさんは、どうお考えでいらっしゃるでしょうか。
 
 宮台 まさにそのような人的移動のグローバル化が必然であるがゆえに、必ず露呈する日本の弱点がある。そのように小室先生は考えておられたというのが私の仮説です。小室先生がお書きになったものから推測できます。家族親族の広範囲に及ぶネットワークに強くコミットする血縁主義が、中国や韓国にありますが、そのことの意味についての考察ですね。
 私の周囲にいる中国のインテリには、共産党政府は嫌いだが中国社会は好きという人が多いのですが、たいていチャイニーズネットワークの血縁主義的な堅固さを指しています。小室先生は、中国人がたとえ異国の地で見知らぬ中国人と出会っても、同じ血縁集団に所属することが分かった途端、ウチでご飯を食べなさいから始まる相互扶助が起動すると言います。
 一年前にハーバード大学の学部に日本人が一人しか入らなかったことがありますが、その一人は私のゼミや私塾に出入りする一橋大学のが学生でした。彼も述懐していましたが、日本人が海外留学する場合は丸腰で渡米するのに対し、中国人や韓国人はすでにアメリカに存在する血縁ネットワークのリソースを頼って渡米してくるから、全く勝負にならないのです。
 血縁集団に、埋め込まれているがゆえに背負い、背負うがゆえに貢献し、貢献するがゆえに帰tる場所を持つこと。つまり、出撃基地であり帰還場所でもあるようなホームベース(本拠地)を持つこと。見知らぬ異国の地で資本主義のゲームを戦う場合、こうしたホームベースを持つ者は、動機づけにおいても、使えるリソースにおいても、圧倒的に強いのですね。
 実際、グーグルやヤフーの経営陣に中国系が大勢いることが象徴的ですが、中国系はユダヤ系と同じく、グローバル化状況における勝者です。これに比べて、日本人の昨今のように、個人個人に分断されて丸裸になった上、当てに出来たはずの前提が当てに出来ないアノミーに陥った状態では、資本主義のゲームに勝てない。小室先生はそう思っておられました。
 その一方で、韓国の資本主義を分析をする際は、韓国の財閥企業体が血縁主義的ネットワークに留まることを危惧しておられ、韓国は長くもたないだろうと分析をしておられました。実際には、1997年以降のIMF支援化以降の韓国は、急速な経済成長を遂げ、DRAMも1位と2位も韓国、液晶パネルも1位と2位は韓国、携帯電話もリチウムイオン電池も1位は韓国。
 財閥寡頭支配を逆手にとって26財閥を四分の一に減らし、フィリピンの英会話学校を買い占めて英語化を進め、ウォン安の恩恵を利用し尽くしてGDPの二割がサムソン関連になったと言われるほど選択と集中を進めた結果です。でも、中山間地の限界集落は放棄され、食料自給率は二割を切り、格差化が極端です。サムソンが倒れれば全てが倒れる脆弱な体制です。
 いずれにしても、小室先生は、妥当なエートス=心の習慣の、インプリメント(実装)に失敗した国や民族は、グローバルな資本主義のゲームで勝利を続けられないと考えておられました。ご存命であられれば、昨今の日本を見る限り、かつては資本主義化に適合的に見えたエートスの優位性を、すでに失っていると診断されたのではないかと思うわけです。
 例えば、MBAブームで海外に資格を取得しに行ったところで、日本には血縁主義がないので「さるもの日々に疎し」で本国と分断され、帰ってくる場所が公的にも私的にもなくなりがちです。これが沖縄であれば、血縁主義があるので、留学だろうが移民だろうが外国に移り住めば日本と外国との間で絶えず行き来するようになる。小室先生も書いておられました。
 山田先生、そうしたことを考えると、国内にいると実力は発揮できないから海外で実力を発揮しようという動機はアッパレだと小室先生もおっしゃるだろうとは思いますが、それだけでは中国や韓国と違って、個人が丸腰で戦うのでゲームに負け、たとえ戦いに勝っても日本社会のリソースに貢献することにならないと、小室先生はお考えになったと思うのですが。
 
 宮台 終了時刻が迫って参りました。志田先生が、僕が申し上げたかったことを代弁してくださいました。社会全体の構造変動を機能理論で説明できるかどうかを横に置いて、マートンのいう中範囲的領域で機能的等価物を模索する思考こそ「実践としての社会理論」に求められていると思います。小室ゼミの薫陶を受けた者は、そう思考する他はありません。
 小室先生であれば、かつて機能したエートスがパラメータ(周辺条件)の変化で機能しなくなったのであれば、かつて機能したエートスの、パラメータの変化にもかかわらず働く機能的等価物として、新たなエートスや、エートスならざる制度的な仕組を模索されたはずです。そのためにも、かつて機能したエートスのどこが優位だったのかがポイントになります。
 超越的目差しから再帰的反省を反復するヘブライズム的エートスと違い、誰が最強ゲバルトを動かせるかを互いの共通前提にする中国的エートスとも違い、日本には誰もが空気に縛られることを共通前提にする空気エートスがあります。中国人から見れば、空気の内容がどこに由来するのか不明なのも謎だし、ゲバルトを持たない天皇が空気を変えるのも謎です。
 しかし、維新以降の和魂洋才が典型ですが、ヘブライズム的エートスであれば神の意向への裏切りになるとして躊躇され、中国的エートスであれば最強ゲバルト保有者の意向への裏切りになるとして躊躇されるような、節操もない様式変更や態度変更が、空気エートスに覆われた日本では、撃って一丸となって国民的に目指されるということが、可能になりました。
 その意味で、空気エートスは、立場なき立場、ないし節操なき立場を、積極的に可能にするという意味で、特殊なエートスです。ひとくちで言えば、内容を欠いた空虚な形式にすぎないという点で、奇妙なエートスです。この奇妙さは、ロラン・バルトが指摘した天皇の奇妙さと、構造的に同型です。むろん日本でも和辻哲郎がこのことに古くから注目しています。
 小室先生がここにいらっしゃったなら、もはやそれではダメだとおっしゃるはずです。横のものを縦にするという言い方がありますが、空虚な形式が有効に機能するのは、形式に盛られるべき内容が外から到来するからです。古くは大陸や半島であり、近くは欧米列強です。もはや今日ではそうした外からの内容の到来はあり得ません。最大のパラメータの変化です。
 このパラメータの変化に注目した上で、もはや機能しなくなった空気エートスに代わる機能的等価物として、エートスであれ制度的仕組であれ何が求められるのかを、小室先生は考えておられたと思うのです。ところが「簡単に変えられない行為態度」であるエートスは、定義的にも簡単に変えられない。これを変えられるのは宗教社会学的な条件だけになります。
 とすれば、少なくとも短中期的に模索可能なのは、狙った機能を確実に果たす理に適った制度となります。ところが、ここにまたもや鶏卵問題が立ちはだかります。理に適った制度を作るには、私の言葉で言えば〈合理を尊重する作法〉を妨害する〈空気に縛られる作法〉を克服せねばなりません。空気を克服する制度を作るには空気を克服せねばならないのです。
 とはいえ、私たちは今のところ国民国家の枠組を生き、国民国家規模でステアリングやシフトレバーを操る政治的コミュニケーションがまだ辛うじて存在する段階にあります。この最後の頼みの綱を踏まえ、私自身は、原発都民投票条例の制定を求める住民直接請求の請求代表人として活動して法定署名数を達成し、そのノウハウを各地に拡める活動をしています。
 第I部の最後に、グローバル化が急速に進展しつつある今日、小室先生の学問的な業績の、どの部分をうまく活かせるというふうにお思いになっておられるのかを、各先生方から、お一人1分ずつ、お話をいただきまして、とりあえずの締めくくりとさせていただくことといたします。橋爪先生からお願いいたします。
 
 
 宮台 最後は伊藤先生でございます。私自身の「住民投票」の社会的活動とは別のところで、アクティビストとして「一人一票」の社会的活動を行なっていらっしゃる伊藤先生のお立場から見て、小室先生が残された業績の、どんな部分が、どのように役に立ちうるのかについて、お話下さればと思います。よろしくお願い申し上げます。
 
 宮台 第Ⅱ部につながる話を少しさせていただきます。小室先生には微妙な逆説と言うか、通常は隠された決定不能点があります。小室先生は国家道具説を支持されました。国家は目的ではなくて道具だと。近代社会はそう考えるのだと。ゆえに天皇主権説でなく天皇機関説こそ正しいという立場を貫かれました。その一方、小室先生は昭和天皇に心酔しておられました。
 この矛盾が何を意味するのかです。いみじくも山田先生がおっしゃられたように、国家が道具に過ぎないのなら、役に立たない道具を捨て、役に立つ道具に持ち替えれば良い。安心安全便利快適に劣る国家なら、安心安全便利快適に優る国家に、移住すれば良い。実際、そうした動機で定年退職後に海外に移住される団塊世代の方が、知り合いにも複数おられます。
 国家道具説に立たれる小室先生は、しかしこれはあり得ないと考えておられました。日本国民ならば日本国家を道具として使うべし。日本国民への価値合理的コミットメントが日本国家への目的合理的コミットメントを支える、というネイションステイト(国民国家)の図式そのものです。すると問題は「日本国民への価値コミットメントがあり得るか否か」です。
 日本国民をかけがえのない「我々」として意識することがあり得るのか。絶対王政を打倒すべく、宗教的抑圧を打破すべく、差別的税制を撤廃すべく、多くの血を流した挙句ようやく掴みとった、「我々」が操縦する統治権力。これが国民国家を支える物語=憲法意志です。そうした物語を欠いた日本にあり得る国民国家化ないし国民化の、数少ない道筋は何なのか。
 このことについて小室先生は滅多に語りませんでしたが、80年代半ば、田中角栄擁護論を主張された直後、昭和天皇論や三島由紀夫論を通じて短期間明示的に語られました。グローバル化が進むほど、道具主義ゆえにこそ国家へのコミットメントはありそうもなくなります。だからこそ、国民へのコミットメントが主題化されざるを得ない。小室先生の思考図式です。
 以上が、第Ⅰ部理論編でございました。先生方、どうもありがとうございました。聴衆の皆さま、お疲れさまでございました。14時40分まで昼休みとさせていただき、そのあと、橋爪大三郎先生の司会により、第Ⅱ部実践編のセッションに入らせていただきます。聴衆の皆さまもお疲れとは存じますが、ぜひご出席を賜りたく存じます。ありがとうございました。
投稿者:miyadai
投稿日時:2013-04-25 - 21:56:59
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橋爪大三郎教授と、共通の師匠である小室直樹博士について語り合いました

橋爪大三郎教授と、共通の師匠である小室直樹博士について語り合いましたので、宮台発言の一部だけ、抜粋いたします。
この対談をごく一部として含む全体は、昨年の追悼イベントの記録と合わせて、ミネルヴァ書房からまもなく刊行されます。


1 終生貫いた想い


出発点にある動機
宮台:小室先生にとって、学問は大きな目的に対する手段という関係にあると思います。大きな目的あるいは出発点にある動機は、日本は戦争に負けたので、二度と戦争に負けたくない、もういちど戦争するのであれば、是非勝ちたい、という非常に強い想いだと思います。
 そうした大目的に従った「失敗学」ないし「失敗の研究」として、近代の理念型から、日本的近代の非合理性や、日本人の近代に対する無理解を、徹底して照射されたのだと思います。そこは、かつて丸山眞男ゼミに出入りされていたこともあって、丸山眞男のスタンスと似ています。いわば「愛国の手段としての学問」です。

合理を徹底することで露わになる非合理
宮台:とはいえ、この出発点の動機がどれほどの強度と射程なのかについて、諸説ありうるだろうと思います。僕自身はゲーデルの不完全性定理を引き合いに出すのがいいと思います。ちまたでは「世界には理屈では片付かないところがある」とか、「合理では割り切れないものがある」などと語られがちですが、これは問題です。
 そういう言い方はナイーヴな神秘主義や非合理主義に結び付きがちだからです。クルト・ゲーデルは、橋爪さんもよく御存じのヒルベルトプログラムを完成しようと形式化を徹底的に推し進めた結果、「意図せざる結果」として、形式化つまり無矛盾化の徹底が、真偽を判断できない命題を導いてしまう事実を、発見します。
 つまり、合理を徹底して追求する結果、あえて誤解を与えやすい言い方をすれば、非合理なるものの必然性が露わになると言ってもいい。「非合理の存在が合理的思考の徹底によって証明される」んですね。合理的思考を途中でやめるのでなく徹底しつくすことによってしか非合理の存在が明らかにならない、とも言えるでしょう。
 別の角度から言うとこうなります。90年代半ばからアメリカ政治哲学のブームが起こり、昨年(2012年)のマイケル・サンデル『白熱教室』ブームにつながります。僕の私塾やゼミではそれ以前からアメリカ政治哲学を学んできて、2010年にも日本語訳がなかったサンデルの『民主主義の不満』を、みんなで英語で読みきりました。
 そこでも確認できましたが、はっきりしているのはコミュニタリアリズムが「不可能性の思想」だという事実です。平たく言えばこう。かつてアメリカにはリバタリアニズムがありました。これは無政府主義=国家否定的な中間集団主義です。橋爪さんもよく御存じの、タウンシップをベースにしたトクヴィル主義的な枠組です。
 サンデルの『民主主義の不満 Democracy’s Discontent』を読むと、このアメリカ的リバタリアニズムがもはや不可能だとの意識を出発点にしているのが分かります。例えば、かつてアメリカ的リバタリアニズムは、中間集団同士は相克的関係にあっても、中間集団内部はリベラルで、その意味で「排除と包摂」が同時にありました。
 ところが、主として20世紀の歴史を通じて、前半の「民主党の世紀」に対する反発から、1970年代以降は経済学のシカゴ学派の影響もあって「市場原理主義」として理解されがちな似非リバタリアニズムと、国家再配分主義として理解されがちなリベラリズムとに、分化してしまうのです。これがdiscontent(不全)の正体です。
 似非リバタリアニズムと区別されたリバタリアニズムは、タウンシップという概念が象徴するように、中間集団主義=共同体主義です。この共同体は信仰共同体です。生まれついた集団でないのでアソシエーションと呼ばれたりもしますが、「結社」という訳が伝統的になされてきたように、自発的共同体と考えるのが適切です。
 こうした自発的共同体が社会的流動性を背景に不可能になったので、市場原理主義=似非リバタリアニズムと、国家再配分主義=リベラリズムに分化しました。こうした不可能性を承知の上で、共同体主義を――国家を否定しないという意味でも不可能性を刻印された共同体主義を――憧憬するのが、コミュニタリアニズムです。
 簡単に言えば、リバタリアニズムの末裔がコミュニタリアニズムです。しかしリバタリアニズムが「可能性の思想」だとすると、コミュニタリアニズムは「不可能性の思想」なんです。そのことは、トックヴィル主義の枠組が自明なアメリカでは、あえて言及されません。言語ゲーム論的にいえば、自明すぎて言及されないのです。
 それを書籍版『白熱教室』の帯で書いたら、ある政治学者が異論を述べていたけど、ゼミの教え子の朝日新聞記者でサンデルなど思想家インタビューを紙面に載せている高久潤という若干27歳の男がいまして、数々のアメリカの政治学者を回って「自分の先生がこう言うのだが」と尋ねたら「当たり前だ」で終了だったそうです。
 ちなみに、当たり前なことが言及されないという事実は、『逆説の日本史』シリーずで有名な井沢元彦さんが、シリーズ第一巻の序論で書いておられることです。彼によれば、当たり前のものは記録されず、当たり前との間に差異がある事柄だけが記録されるので、実証主義的歴史学は誤りやすいのだとおっしゃっておられます。

三島的なるものへの帰依
宮台:アメリカの思想的営みには、アメリカでは当たり前の暗黙の前提があります。日本でもそう。どんなステートメントも社会的文脈を前提として遂行的意味を持ち、その社会的文脈も別の社会的文脈を前提として意味を持つので、前提を遡れば、初発的前提が見出されようが、前提循環が見出されようが、必ず端的な事実性に至る。
 端的な事実性は論理や根拠によっては意味を与えられません。小室先生は論理を突き詰めた結果そこに思い至られました。小室先生に先立ってモダニストの三島由紀夫も同じことに思い至りました。だから小室先生は、『三島由紀夫が復活する』(85)で三島への帰依を表明したんです。三島も小室先生も端点に天皇を見出します。
 橋爪さんもご存知の通り、三島は徹底したモダニストですから、右翼からは右翼だと思われておらず、腹を切ったので初めて神棚に祀られました。山縣有朋による上野の西郷隆盛像のように、日本ではよくあること。いずれにせよ、論理を駆使して日本人が右翼たらざるを得ない必然性を証明しようとする、奇妙な思想家でした。
 東大全共闘との駒場キャンパス900番教室での討論会でも「世直しをするにしてもなぜ日本でするのか、なぜ別の場所で世直ししないのか」を三島は問題にしていました。僕は三島の小説以外の文章を、仕事で一挙に全て読んだことがあるんですが、前提や文脈を遡る思考法は、近代思想の典型である社会学と似ていると感じました。
 前提を遡った結果、三島は天皇を見出します。そして、日本的なもの全てに意味が与えられるには、天皇が機能しなければならないと結論します。これは矛盾です。橋川文三が気づいて「君は天皇を絶対的だと言うくせに、天皇が絶対的であらねばならぬ機能的理由を説明する、つまり天皇を手段として扱っている」と指摘します。
 三島はさすがに頭がいいので「橋川文三先生のおっしゃる通り」と兜を脱ぎます。そして結局、自分は事実として帰依しているのだと、情念の問題にズラすのですね。小室先生もやはり同じだと僕は感じています。機能的記述つまり手段的有効性を指摘しつつ、同じ1985年の『奇蹟の今上天皇』で自らの深い情念を記しておられます。
 小室先生ご自身、私的な会話で、戦争に負けたことが悔しくてならなかったと何度もお話しされておられました。昭和天皇を強烈に尊崇しておられたこと。敗戦を小国民世代ならではの激烈な悔しさで迎えられたこと。しかし先の二冊を除いては、端的な情念を記すことなく、三島的なロジックを用いたこと。それが、印象的です。
 その意味で僕が帰依した廣松渉先生に似ます。小室先生は学問的「真理の言説」を大目的のための手段として用いつつも、その大目的たるや、情念を現に抱いているという事実性に支えられていました。要は出発点に敗戦の悔しさがあり、それを晴らす手段として学問がある。ただ、目的と手段のマッチングには疑問があります。
 シンポジウムで僕がしゃべりたかったのはそういうことです。小室先生は僕に「人が凄まじく合理的であろうとする動機が合理的であるはずがない」とおっしゃったことがあります。小室先生は社会学者でただ一人、僕の援助交際研究を全面支持して下さったけど、僕に不条理な動機が強烈に存在することを理解して下さいました。
 こうした議論は、山ノ内靖氏が指摘するようにニーチェの強い影響を受けたウェーバーが、目的合理性(目的に対する手段としての合理性)における目的手段系列を目的方向に辿っていくと、端点に、目的合理性に還元できない価値合理性(価値コミットメントだけが正当化事由になること)が見つかると述べたことと同じです。

2 狭間に耐えるための学問

狭間の苦しみの産物
宮台:(橋爪さんの発言を受けて)そう思います。パーソンズも実は同じ苦しみを苦しみぬいた社会学者だと思います。パーソンズといえば社会システム理論の初期提唱者ですが、社会学者の間でさえ知られていないものの、第2次大戦後、アメリカによるドイツ占領や日本占領のあるべき姿について、政府にいろんなレポートを提出している人なんですね。
 非常にパターナリスティックな論者なのです。これは、1960年代の公民権闘争の時代にパーソンズが統合主義的だ全体主義だと批判された事実に関連します。僕も若い頃は理解していなかったのですが、やがてパーソンズをそのようには切って捨てられない、橋爪さんのおっしゃった狭間の苦しみの産物だと思うようになります。
 そのことは『おどろきの中国』で一部話しました。パーソンズは1929年大恐慌を少年時代に体験していて、これが動機づけになって、大恐慌に象徴される資本主義の弱点を社会主義を採ることなく回避できないか、という重大な問題設定をします。そこで構想されたのが、社会化概念やAGIL図式で有名な彼の社会システム理論です。
 市場の価格決定点=需給均衡点は、パレート最適点つまり「他の誰かの効用を悪化させない限りどの人の効用も改善できない状態」です。よく知られるように、パレート最適点は、公平な配分という「良さ」を意味せず、市場にとっての外部性である(1)各主体の初期手持量と(2)各主体の選好構造を前提としたものに過ぎません。
 つまり(1)初期手持量の配分と(2)選好構造の配置次第で、市場の均衡点は、「良い」社会状態も「悪い」社会状態も帰結できます。「悪い」社会状態の典型が大恐慌。これを回避するには、市場の需給均衡が「悪い」社会状態を帰結しないように、(1)初期手持量の配分と(2)選好構造の配置を、制御する必要があることになります。
 1933年からのルーズベルト大統領によるニューディール(トランプゲームの仕切り直し)は、消費市場の面では、(1)初期手持量の配分に、政府が介入するものです。一般には所得再配分政策と呼ばれますが、以降は「民主党の時代」となって、1940年代以降のフォード主義や1960年代以降の福祉国家政策につながっていくわけです。
 パーソンズは、元々ウェーバーについての学位論文が出発点だったこともあって、もう一つの可能性である、(2)選好構造の配置変更に注目します。選好構造の配置とは、人々がどんな価値観内面化しているか、つまりエートスということです。資本主義が存続するには、人々の価値観が適切でなければならない、と彼は考えます。
 資本主義的市場経済の存続に必要な、最低限の「良い」社会状態を、保つために必要な選好構造すなわち価値セットの配置を、市場メカニズム自体が作り出し持続可能にすることができないというのであれば、そうした価値セットを社会システムが人々に内面化させることが――社会化が――必要だとパーソンズは考えたのです。
 社会化においては、価値を内面化させる主体は、人ではなく社会です。その点で教育とは違います。教育は人がなすもので教育意図を伴います。教育意図の貫徹に成功すれば教育の成功です。でも社会化は意図せざる帰結に注目します。例えば教育意図の挫折こそが、社会存続に資する人材の養成を帰結することが、あり得ます。
 その意味で社会化は教育を含みます。ただし教育意図の貫徹や挫折に一喜一憂する教員や親を景色の一部に含む成育環境の全体が、社会化だとします。そうした成育環境の全体性に注目するのが社会化概念です。全体性なので社会化を見渡そうとしてもスコトゥーマ(盲点)を伴います。それゆえ社会化を意図しても失敗します。
 パーソンズは重々承知です。にもかかわらず彼は、前代から後代への価値セットの受け渡しが不可欠だとします。すなわち価値セットの受け渡しが崩壊したから資本主義体制の存続に必要な選好構造の配置が失われた。だから社会化を立て直す。でも社会化は意図通りの操縦が原理的にできません。不可能なものの不可避性です。
 パーソンズのこうした主張には、全体性を先取りした計画の不可能性を指摘しつつ、それゆえにピースミール・ソーシャル・エンジニアリングを提唱した、パーソンズよりも上の世代に属するカール・ポッパーの、インクリメンタリズムの発想が、影響しています。不可能なものの不可避性に対処するための、永久修正主義ですね。

パターナリズムの盲点
宮台:小室先生がパーソンズの下で学んだ理由も、橋爪さんがおっしゃった、端的動機と厳密学問的手法の「狭間に耐える」学問を、小室先生がパーソンズの社会学に見出したからと思います。敗戦が悔しかった小室先生は、勝ったアメリカを盗もうとして、数学から経済学を経て、「狭間に耐える」社会学を見出したのですね。
 パーソンズの端的動機と、小室先生の端的動機は、当然異なります。でも、社会の存続可能性をエートス――価値セット――にまで遡って探索する理論的手つきは、全く同一です。そのことが、戦争に二度と負けない日本にするぞという端的動機と、 厳密学問的手法との間の結びつきが、元々困難であることを示していると思います。
 例えば、社会存続に必要な価値セットを社会成員に実装するというパーソンズのプログラムは、アメリカのキリスト教者の大きな反発を招きました。そんなことをしたら、アメリカはアメリカでなくなってしまう。同じことです。小室=パーソンズ的なパターナリズムが日本で成功した場合、日本の同一性は一体どうなるのか。
 先に述べた通り、橋川文三が三島由紀夫の絶対性を入替可能な相対性に過ぎないと批判した問題に関連します。同じく江藤淳が欧米近代から見た未熟さを日本人が完全克服したらそれは日本人と言えるのかと指摘した問題にも関連します。或いは、保田與重郎が「恥ずかしい日本」たるがゆえに日本を肯定した問題にも関連します。
 一つの解決策は戦前の亜細亜主義者が考えていたようなエリート主義です。橋爪さんや大澤真幸さんと訪ねた中国の王輝先生も同じことをおっしゃっておられた。要は、日本人は日本人のままでいい、中国人は中国人のままでいい、ただし国の内外のインターフェイスとなるスーパーエリートの存在が条件になるということです。
 ただし、これは単なる問題の移転だとも言えます。そうしたスーパーエリートを養成できるのか。つまり、驚くべき能力と驚くべき民族的コミットメントの双方を兼ね備えた存在を、公的に正当化できるような公正な手段で作り出せるのか。実は、小室先生がおやりになっていた「小室ゼミ」は、そうした実践だとも見てとれます。
 でも、当然かもしれませんが、小室先生は民族的コミットメント、例えば天皇主義的な志向を、ゼミ生に伝達されようとしませんでした。ただ個人的には、僕が天皇主義や亜細亜主義に共感していることを肯定しておられました。ことほどさように、「狭間に耐える」構えは、不要になることがないまま、死ぬまで続いたのです。
 さきほど申したように、価値コミットメントには、正当化ができない出発点が伴います。つまり「現にそれ(コミットメント)がある」という事実性です。パターナリズムにスコトゥーマ(盲点)があるのも、同じ理由です。三島由紀夫や田中角栄や三島由紀夫が存在したのも、「現にそれがあった」という偶発性に過ぎません。
 そうした強いコミットメントを有する存在を、簡単には作り出せません。愛国教育のごときもので作り出せると見る向きもありますが、三島自身が強く反対しています。我こそは愛国者なりとしゃしゃり出る浅ましき優等生病(竹内好)や一番病(鶴見俊輔)の患者を生み出すだけだから、というのが三島の反対理由になります。
 社会化は意図通りの操縦が原理的にできないものの、社会化ぬきに社会が存続できない、という不可能なものの不可避性は、こうした形をとります。僕は、父方の祖父が居合道九段の極右だったり、母方の祖父が昭和天皇に動物学を御進講申し上げる立場で受勲した学者だったりしたのもあり、一時期天皇主義者を名乗りました。
 優等生病や一番病を回避して自然な形でコミットメントを生み出す装置として、有効だと思ったからです。もちろんご多分に漏れず、そこには絶対主義を手段的に推奨する相対主義という矛盾があります。加えて天皇主義的なものは、万世一系に象徴される、ゲバルト史を抑圧した虚構史を前提とするので、やはり脆弱なんです。
 橋爪さんや大澤さんと中国を旅行して痛感しました。誰がゲバルト的に最強かという想定を共有する範囲が中国を定義し、空気を想定して「みんな」に縛られる範囲が日本を定義します。中国には、激烈なゲバルトの歴史ゆえに財産よりも血縁を頼る血縁主義があるのに対し、日本には近隣の者とうまくやる空気主義があります。
 昨今のようにグローバル化によって社会的流動性が高まると、流動性に抗うために存在する血縁主義がますます真価を発揮して中国人もユダヤ人も勝ち残れますが、空気主義の場合は近隣を定義できなくなるので、日本人は頼れるものを失って右往左往しがちです。空気を信じるための虚構は社会的流動性によって失われるんです。
 虚構の近接性―橋爪さんの言葉ではトゥギャザネス―を作り出す装置が天皇です。こうした社会的装置に依存する社会システムは持続可能性が乏しいけれど、そうした装置を消去した日本は日本なのか。言い換えると、そうした装置を消去しても、あえて日本にコミットする動機づけが得られるのか。小室先生が残された問いです。

3 小室直樹が背負った逆説

明治維新と戦後的なるものの同一性
宮台:(橋爪さんの発言を受けて)なるほど。行政官僚制でもないし、教育でもないし、アカデミズムでもないし、共産党でもない、大衆に準拠するというと、思い出すことがあります。僕は坂口安吾が好きなんですが、安吾は、戦中も戦後も行動が変わらない大衆に絶望しながら、逆にそれゆえにこそ大衆に潜在な憧憬を抱いたいうことで、知られています。
 吉本隆明氏の「大衆」ならざる「大衆の原像」という概念にも、安吾的な二重性を見出せます。大衆の対概念は知識人ですが、僕は「大衆の原像」概念を、現に存在する大衆とは無関連に、知識人ではない存在を指すと思っています。マックス・ウェーバーは、知識人を、僕の言葉でいえば〈超越系〉の実存において定義します。
 毎日が幸せであれば〈幸せ〉になれる存在が〈内在系〉で、それだけでは〈幸せ〉になれない存在が〈超越系〉。ハイデガー的にいえば、理性的であるがゆえに「ここ」ならざる「ここではないどこか」を脱自的に憧憬する存在が、知識人です。だからこそ知識人は共産党や教育やアカデミズムや帝国官僚へと向かおうとします。
 しかし日本には「ここではないどこか」などない。「どこかに行けそうで結局どこにも行けない」のが日本です。ユダヤ=キリスト教文化圏の如き超越神の表象を、持たないからだとも言えるし、そうした社会空間ならば直進できるはずの理念的な言説が、近接性―トゥギャザネス―の引力で屈曲してしまうからだとも言えます。
 だから、日本の知識人は信用ならず、知識人でない存在しか信用できない、となります。近接ならざる遠隔の事柄を考える場合も、拙速に「ここではないどこか」を持ち出す〈超越系〉の知識人は信用できず、等身大の「ここ」を生きる際の苦しみの淵源を辿ることで遠隔に至る〈内在系〉の大衆こそ信用できる、となるんです。
 僕は、日本の知識人を信用しない知識人の系譜というものがあるんだと思います。坂口安吾も吉本隆明氏も小室直樹氏もこの系譜の上にあります。日本では長らく、知識人と言えば共産党員ないしシンパのアカデミシャンのことでしたから、知識人を信用しないと公言する彼らが、左翼系大学人から孤立するのは、当然のことです。
 さて、橋爪さんが、小室先生の考える維新の密教的本義は「単なる開国」ならざる「攘夷のための開国」なのだと指摘されました。これを「単なる対米従属」ならざる「抗米のための対米従属」という風にパラフレーズすれば、直ちに吉田茂=白洲次郎図式になります。基地を貸して日本を守ってもらう安保体制への自覚です。
 自覚の中身は戦略的対米従属です。戦略的とは条件付きということです。具体的には二つの条件です。一つは、国力が衰えて軍事と経済の二兎を追えないから、仕方なく軍事を米国に任せて経済復興に傾注するということ。つまり、経済成長を遂げた暁には対米従属的な安保体制から脱することもあるのだという含みがあります。
 もう一つは、東西冷戦体制下では、米国は西側を共産主義の脅威から守るという公共性を帯びた立場に立てるから、対米追従にも正当性が与えられるが、冷戦体制が終焉した暁には、かかる正当化図式が通用しなくなるから、いずれはやはり、対米従属的な安保体制を見直さざるを得ないときが来るのだ、という含みもあります。
 小室先生は「攘夷のための開国」に似た「抗米のための親米」という二重性について『アメリカの逆襲』(1980年)と『田中角栄の呪い』(1983年)で言及しています。経済復興を遂げたのになぜ対米追従を続けるのかと角栄は考えたが、今後冷戦体制が終われば日本は米国の仮想敵国になるが、それでも対米従属を続けるのかと。
 僕は小室先生の議論を弁えていたので、91年に東西冷戦体制が終わった後、96年の2プラス2の日米安保見直し協議を経た97年の日米安保共同声明で、対米追従から離脱するのかと思いきや、逆に有事の際に自衛隊は米軍の後方支援つまり兵站提供に回るのだとする驚きべき図式が提示されたので、驚愕して腰を抜かしました。
 その後、99年の通常国会で、米国の要求に従う形で盗聴法案や周辺事態法案や国旗国歌法案や憲法調査会設置法案が上程されたことから、僕はそれまでの若者論や性愛論から国家や権力の問題に戻ります。児ポ法がらみで出来た国会議員との繋がりも活かして、神保哲夫氏とインターネットでニュース解説動画番組も始めました。
 そこで僕が繰り返し強調していたのは、盗聴法案や周辺事態法案や国旗国歌法案や憲法調査会設置法案の類は、左翼が言うような国家権力の横暴でなく、国家権力の弱体化を背景に、霞ヶ関の行政官僚らが対米追従の永続を前提にした権益と地位の獲得合戦に乗り出したのだということです。すべては小室先生の影響によります。

学問とは何か
宮台:次に、橋爪さんが指摘された、小室先生にとっての日本的アカデミズムの問題です。小室先生にとって、日本のアカデミズムは悪い意味での共同体的馴れ合いです。共同体内部での相互承認が最優先になっていて、相手がボスであれ同僚であれ徹底的な批判はしないかわりに、自らも徹底した批判に晒されないで済みます。
 加えて小室先生は、学問の同一性を方法ではなく対象に求める愚昧も、度々指摘しておられました。学問の同一性を方法に求める場合は、対象の任意性が拡がり、研究競争が激化します。学問の同一性を対象に求める場合は、対象の任意性が大幅に縮減される一方、方法にはさして多様性がないので、研究コストが下がります。
 僕が1993年に朝日新聞の論説を皮切りに援助交際研究を公表し始めたところ、そのような対象を社会学が扱うべきではない、社会学の品位が落ちるなどといった批判が噴出し、中には絶好を通告する手紙を寄越す人もいましたが、それを知った小室先生と奥様が、僕を食事に誘って、挫けるべきじゃないと励まして下さいました。
 1996年の段階では、断固支持を表明して下さったのは、実は小室先生だけでした。「宮台君。日本社会を分析する非常に貴重な実証研究だ。君にしかできない。周りからいろいろと言う愚か者がいるだろうが、決してへこたれてはいけない」と。小室先生が引合いに出したのが、第一次大戦前に超能力研究をした福来友吉博士です。
 福来博士は催眠術研究で博士号取得後、東京帝大助教授として直ちに各地で自称他称「超能力者」を発掘、念写や透視の実験をしますが、教授会で退職勧告が決議され追放されます。小室先生は「驚くべきことに、その理由は、対象が学問的でないというものだったんだ。学問の同一性は方法にあるというのに」と語られました。
 学問の対象が超能力であっても神秘現象であっても全く構わないのと同じで、対象が売買春だろうが援交だろうが全く構わない。とりわけ君の場合、通念と異なる動機を広汎に見出したのだから、これを社会学者として世に問いかけることは、不都合どころか、社会が自分自身を反省する貴重な機会になる、とおっしゃいました。
 僕が端緒をつけたので多くの後継者が続くことを予想しました。でも実際には沖縄大学の圓田浩二氏以外、後続する社会学者はいませんでした。一時期は高校によってはクラスの3分の1の生徒が援交に関わる程で、アカデミズムが想定する社会的リアリティから乖離したリアリティが拡がっていたのに、学会はスルーしました。

吉本隆明の書物が理解されにくくなった理由
宮台:吉本隆明氏についてつけ加えますと、ゼミで、吉本さんをずっと継続的に読んできたんですが、実は吉本さんの著作は若い人には通じにくいんです。日本的アカデミズムの馴れ合い共同体とは異なる前提に立つからという面もあるけど、日本の大衆なら踏まえているはずの暗黙知を高度に前提にするからという面もあります。
 そのことは学問的なユニバーサリティ(万人のアクセス可能性)から見ると逸脱的に見えます。それを欠点だと指摘する人もいます。でも僕自身が高校紛争直後の高校生のときに吉本さんの著作に深く傾倒したのは、言表できない当時の社会的文脈―時代の気分―に高度に依存したハイコンテクストさゆえではないかと思います。
 小室先生の場合は、文体的なハイコンテクストさはなく、むしろ学問的なユニバーサリティに満ちていると見えます。でも、実際には、情念と論理との「狭間に耐える学問」であるというハイコンテクストさを抱えていて、それゆえに深く深く傾倒するようになりました。それは、哲学者の廣松渉先生に傾倒した理由と同じです。
 そして、小室先生も廣松先生も同じように、学問の世界では孤立しておられる。これは、両氏の博覧強記さもさることながら、廣松先生についての評伝『廣松渉―近代の超克』(2007年)を書かれた小林敏明氏が廣松先生について述べておられるように、自身の生い立ちと結びついたハイコンテクストさによる部分もあります。
 ハイコンスクストさゆえに、自らの前提を自ら構築する必要に迫られるからでしょうが、体系の構築につながります。これは小室先生も廣松渉先生も吉本さんも同じです。吉本さんは詩人でもいらっしゃるから他のお二方に比べて文体的なユニバーサリティが乏しいのもの、お三方ともハイコンテクストゆえに孤立しています。
 その意味では、ソローキンやマッキーバーなど戦間期のアメリカ社会学に見られる第一次大戦への反省に基づくハイコンテクストさを引き継いだパーソンズも、それに大恐慌への反省を累加したハイコンクストさを帯びているし、ヒトラーユーゲントだったルーマンもナチスへの徹反省に基づくハイコンテストさを帯びています。
 そのことが、カルト的なマニアを生み出すものの、学会的には程なく孤高の存在になってしまう事情に間違いなく関係しているでしょう。動機づけの強烈さが体系を生み出すのですが、体系の難解さはもとより体系に向かわせる動機づけのフォローが難しいことが、結局は孤立を生み出すではないかと、僕は想像しています。
 ハイコンテクストさゆえに深い傾倒者を生み出しつつも秘教的に閉じがちという性質は、読者が若い世代になるほど読解の敷居を高くします。僕のゼミには一時期一水会や戦旗派の幹部の方も出席していましたが、年長世代がかつてどんな社会的文脈ゆえにどんな読み方をしたのか話していただくと、読解が凄く容易になります。
 吉本さんにせよ廣松先生にせよ小室先生にせよ、日本的アカデミズムの慣習的な前提の内部にいらっしゃったなら、慣れ合い的な前提は昔も今も変わらなので、若い世代にとって読解が難しくなることはなかったでしょう。ですが情念の強さと才能の凄さゆえに前提を破られるので、社会的文脈への依存度が上がってしまいます。
 その意味で、小室先生も、吉本さんや廣松先生と同じように、継承線を途切れないようにすることが、年々難しくなりつつあります。だから、今回のこの本のように、小室先生が生きた歴史的社会的な文脈を補うことで、時代を経た若い世代にも容易にアクセスできるようなユニバーサリティを確保することが、大切でしょうね。

4 引き継ぐべき問い

徹底して合理的に思考することの意味
宮台:小室先生や廣松先生に限らず、あるいは日本だけでなく戦後から1970年頃までに活躍した哲学者や社会理論家の業績を、余すところなく理解するためにどうしても必要だということで、戦間期を振り返る作業を、ゼミや私塾でしています。先日は教え子の吉田耕平君が戦間期アメリカ社会学研究で博士号をとりました。
 戦期間は前期の20年代は後期の30年代に分けられます。20年代の列強は「カオスの時代」で、日本だと浅草が花開いたエログロナンセンスの時代で、アメリカだとアル・カポネの禁酒法的時代です。ところが30年代になると、世界恐慌の後遺症と全体主義の勃興を背景に、連合国でさえ統合主義・全体主義的な傾向が高まります。
 20年代というと、学問の世界では、初期ヴィトゲンシュタインに代表される論理実証主義が勃興した時代です。社会学では、従来の理論研究とは区別されたシカゴ学派的な実証研究が勃興した時代です。どちらも、最終戦争である第一次大戦を防げなかった、19世紀的な思想や哲学や全体理論に、幻滅した結果だとされています。
 ちなみに19世紀の思想はフランス革命以降の「意図せざる帰結」への応接から生まれた「反啓蒙主義」が基調です。バーク流の保守主義、然り。バクーニンやクロポトキン流の無政府主義=国家否定的中間集団主義、然り。マルクス&エンゲルス流の共産主義、然り。デュルケム流の社会学主義=国家肯定的中間集団主義、然り。
 これらは社会学を含めて思想的構えを前提としますが、国家総動員体制的戦争を防遏に役立たなかったとの失望から、1920年代の実証主義に繋がるとされます。しかし吉田耕平の文献研究で判ったのは、この時代には理論と実証の対立がなく、「社会的実践のための科学(理論と実証)」という構えだけがあった、という事実です。
 「社会的実践のための科学」の構えは、大恐慌と全体主義の危機ゆえに科学的手順という迂回路を断念する30年代を経て―論理実証主義も終焉します―、第二次大戦後にパーソンズによって改めて引き継がれます。「実践としての社会理論」という構えです。申し上げた通り、小室先生も「実践としての社会理論」に向かいます。
 「実践としての社会理論」は、社会的実践ですから、社会的文脈を前提にします。ここに、社会理論が普遍を志向するのに、社会理論の背後にある社会的文脈が特殊だ、という矛盾があります。1970年のハーバーマス・ルーマン論争でも「普遍理論への志向の特殊性(を説明する普遍理論への志向の特殊性…)」が主題になります。
 このように思想史的ないし知識社会学的に文脈を補ってみると、「社会的文脈に拘束された動機づけの強烈さゆえに壮大な普遍理論が構想されるものの、逆に社会的文脈に拘束された動機づけの強烈さゆえにカルト的に閉じてしまう」という逆説の普遍性が明らかになり、小室先生や廣松先生の立論も諒解できるようになります。
 小室先生にとっては、初期の社会指標研究を見ても分かるように、「実践としての社会理論」であると同時に「実践としての社会調査」なんですね。この構えは、第一次大戦直後の戦間期前期、そして第二次大戦直後の戦後復興期、加えて言えば、公民権闘争と学園闘争の時代に、反復的に立ち上がり、反復的に忘却されました。
 その歴史的事実を踏まえると、小室先生が「人が徹底的に合理的であろうとするときは非合理な情念に支配されている」というおっしゃる意味が、特殊ならざる普遍のものになり、私的ならざる公的なものになります。同時にパーソンズが、価値コミットメントなしには資本制社会が存続しないと述べた意味も、よく分かります。
 僕は、社会的文脈に拘束された特殊な動機で普遍の枠組を志向する「実践としての社会理論」を引き継ぎたいと思います。「実践としての社会理論」が壮大ながらカルト的に閉じるという両義性を帯びざるを得ない普遍的理由を語り継ぎたいと思います。それが、小室先生御逝去後の僕自身の個人的な思いということになります。

我々はなぜ近代化するべきなのか
宮台:僕が長らく亜細亜主義に関心を持つのも、小室先生が旧会津藩の出身だと橋爪さんがおっしゃっるときに示唆しておられる「明示されない手段主義」なんです。思い出すのは、横浜居留地育ちで英語が堪能だった岡倉天心。アメリカ社交界ではモテモテ。ところがアメリカではどこに出かけるにも羽織袴で通し切ったんです。
 当然、弟子が真似をしようとする。ところが天心は、お前たちは十年早いと諌めるんです。アメリカ人よりもアメリカのことがよく理解できるようになった暁に初めて羽織袴の着用を許す、と。近代を理解できない土人だから羽織袴なんだと理解されないようにしろ、近代を誰よりも理解するから羽織袴なんだと思わせろ、と。
 これは、小室先生がおっしゃった維新の志士らの「攘夷のための開国」や、僕がよく引き合いに出す吉田茂=白洲次郎の「将来的自立のための対米従属」と、同形式の意味論です。映画『ラストサムライ』で描かれる西郷隆盛は、大久保利通の単純欧化主義を、手段の目的化だ見し、途中から大久保一派と袂を分かちます。
 そう。欧化や近代化は、日本が日本であり続けるという目的ための手段なんです。欧化や近代化という手段が、自己目的化してしまえば、たとえ国が生き残れたと見えても、所詮はどことでも入れ替え可能な頽落した場所に留まってしまいます。最初の亜細亜主義者である天心と西郷の発想は、共に「明示されない手段主義」です。
 この「明示されない手段主義」―歴史学者黒田俊雄の言葉で言えば顕密体制的なもの―は、満州事変首謀者の石原莞爾関東軍作戦参謀主任や、上海事変首謀者の重藤千秋陸軍大佐や、童話で有名な宮沢賢治らが、深く傾倒していた國柱會主催者である田中智學の日蓮主義にも、典型的に見てとれるものです。
 智學は、天皇絶対主義を唱えるものの飽くまで手段主義的で、国民全体が天皇に帰依した暁に天皇を日蓮宗に改宗させて国立戒壇を樹立し、以て日蓮大元帥の下で国民を率いる賢王として世界革命を成し遂げせさるところに、最終目標があるとします。こうした手段主義的な絶対主義は、明治維新にも三島由紀夫にも見られます。
 「日本が日本であり続けるための手段主義的な◯◯」なるものは、しかしいつもミイラ取りがミイラになるが如く頽落してしまいます。手段主義的欧化主義は、思考停止的欧化主義に頽落し、手段主義的天皇絶対主義は、思考停止的天皇絶対主義に頽落し、手段主義的対米追従主義は、思考停止的対米追従主義に頽落してしまう。
 思考停止的◯◯主義に陥らずに、手段主義的◯◯主義に踏み留まるためには、初発的な動機づけの強烈さが不可欠です。そう。またもや動機づけ問題です。初発の動機づけが弱ければ、或いは動機づけの継承に失敗すれば、手段主義的◯◯主義は思考停止的◯◯主義に頽落してしまいます。現に頽落の歴史が反復しているんです。
 後発近代化国における保守とは何だろうとしばしば考えます。僕の考えでは、手段主義的◯◯主義が、思考停止的◯◯主義に頽落しないように、初発の動機づけを共同的に―憲法意志ないし一般意志的に――確認し、「日本が日本であるために」を述べ伝えていくための、ありとあらゆる工夫を行なう存在。それが後発国における保守ではないか。
 京都学派の「世界史の哲学」にしても同じ構造があります。日本が日本であるためにこそ、実体にではなく観念にこそ事物の同一性があるとするドイツ観念論哲学を徹底して学ぶ。同じく京都学派の影響を明らかに受けている廣松先生が、実体論と観念論の二元図式こそが観念論だとして唯物論(協働聯関論)を対置するんです。
 協働聯関論は事実上社会理論ですから廣松先生は「実践としての社会理論」をまさに実践されました。1960年安保闘争以降は市民派を自称する丸山真男も、戦前の助手論文では、江戸時代の荻生徂徠を持ち出しつつ、福沢諭吉のマキャベリスティックな近代主義を擁護します。ここでも近代主義は手段主義的な意味を持ちます。
 諭吉のスタンスは脱亜論に象徴されます。読んでみると亜細亜主義をハナから否定しておらず、欧米列強に抗う亜細亜解放の大義には同感するが、亜細亜解放に拘っていれば折角独立を確保した日本の存続が危ういとしています。要は、助けてやりたいのはやまやまだが、こちらもたいへんなので足手まといだ、とする論理です。
 目的への価値コミットメントの強さゆえに手段として有効でない振舞いに及ぶことを警戒しているという意味で手段主義的です。丸山も、福澤に倣って、列強近代に伍して一国独立を維持するために、近代的なものであれ前近代的なものであれ使えるものは全て使うしかないというスタンスを、1962年の箱根会議で強調します。
 これはアメリカの研究者たちを集めた会議ですが、直前の安保闘争で丸山が日本人市民相手に述べた市民主義と矛盾するように見えます。でも丸山に即して言えば、国民運動の盛り上がりを見て、列強に伍して日本が日本であり続けるという大目的のために、むしろ市民主義こそが手段主義的な意味で役立つ、と考えたわけですね。
 それが中野敏男氏などから総動員体制的だと批判されていますが、僕に言わせれば、総動員体制的なパターナリズムに基づく手段主義において市民主義を擁護するからこそ、丸山を信用できるんです。ただしここでもミイラとりがミイラになる類で、公式には市民主義が最終目的化したので、中野氏の如き批判が出てくるんです。
 僕の丸山に対する不満は公式市民主義にあります。小室先生は、丸山が密教化した福澤諭吉的な本義つまり手段主義を、「実践としての社会理論」を実践されることで、遂行的に明らかにされたのだと思っています。その意味で、明治維新的な「目に見えない手段主義」を目にみえるように継承した真の保守だと、僕は思うんです。

小室直樹の狙い
宮台:そうです。マイケル・サンデル『白熱教室』があれだけ話題になったので、あえて蛇足を加えると、かつてのタウンシップ的なコミュナリティを憧憬しつつも、もはや戻れないとする、「不可能性の思想」としてのコミュニタリアニズムも、小室先生の一貫した構えと、高度にシンクロするものだと、僕自身は考えています。
 『正義論』で普遍的リベラリズムを唱えたことで知られるロールズは、1993年の『政治的リベラリズム』で普遍的リベラリズムを放棄し、非普遍主義的リベラリズムにシフトします。かかるシフトを動機づけたのがサンデルらによる批判です。サンデルは、普遍を唱えるロールズに、特殊なアメリカ的負荷が掛っていると見ます。
 つまりリベラリズムはコミュニタリアニズムの一つだと見るわけです。ちなみに、サンデルの主張は、政治思想学会では今では常識になっています。リベラリズム対コミュニタリアニズムという対立に意味を認める人がいなくなって、かわりにコミュタリアニズム対コスモポリタニズムという対立こそが先鋭になっているんですね。
 アメリカのコミュナルな社会を背景に、「負荷なき自己the unencumbered self」ならざる特殊な「社会に置かれた自己the situated self」を実存的に抱えるからこそ、「負荷なき自己」を前提とする普遍主義的リベラリズムを唱えるのだ、とするサンデルに、ロールズが同意した。小室先生の普遍主義に対する僕らの理解と同じです。
 普遍を説く理論の特殊な前提を指摘することは、ハーバーマスに対してそれを指摘したルーマンが被ったように、かつては社会的実践の意欲を挫くという批判を浴びました。でも、ハーバーマスが程なくルーマンの指摘を受け入れたのは、特殊な前提に言及した方が、普遍に向けた活動を鼓舞できるとの見立てがあったからです。
 リバタリアニズムつまりトックヴィル的中間集団主義―国家否定的中間集団主義とう意味でアナキズムと同じ構え(現に同義で使われた)―の、衣鉢を継ぐコミュタリアニズムは、「可能性の思想」であるリバタリアニズムと違って「不可能性の思想」であるからこそ、ロマン主義的な意味で普遍に向けた意欲をもたらすんです。
 その意味で、小室先生や廣松先生と同じで、絶望を共有しないと馬鹿力が出てこない。僕は、小室先生が80年代半ば限りで三島や天皇について語るのをやめたとき、それに気付きました。ちなみに「不可能性の思想」こそが生存の美学を通じて生きる力をもたらすとするのがストア派で、ストア派にコミットしたのがフーコーです。左翼の理解は誤りです。(おわり)
投稿者:miyadai
投稿日時:2013-04-17 - 13:50:23
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2月23日、宮台による朝カル見田関連レクチャーの前半部分についての、ツイート再現



2月23日土曜日の朝日カルチャーセンター新宿で行なった、宮台真司による見田宗介全集刊行記念の講義について、何人かの方々のご要望に答える形で、以下にその前半部分のみをテープ起こしをベースに再現します。後半は「宮沢賢治に見る右翼の真髄とは何か」をめぐる込み入った議論に。別の機会に。


見田宗介先生は当初、公刊された修論『価値意識の理論』の如く日本人の価値意識を実証&理論的に探る仕事をした。社会意識論(社会構造が社会意識を規定するというマルクス的上部構造論に依拠した枠組)に相当。南博ばりに「社会心理学者」を名乗ることも。上部下部構造論は今も捨てられていない。

「社会心理学者・見田宗介」という構えは60年代末2年間のメキシコ留学を経てが変更された。象徴的なのが、コミューンに言及する真木悠介の筆名と、七三分け&瓶底眼鏡から眼鏡を外したイケメン風への外見チェンジ。宮台が大学に入った70年代半ばには見田ゼミは絶大人気。多くの信者がいた。

そう。当時の宮台は「見田ゼミ信者」という言葉を揶揄的に使っていた。見田ゼミに出入りする女子はふわっとした花柄スカートに白ブラウスといった具合。見た目が大いにダサかった。ゼミでは見田宗介への否定的コメントはほぼ絶無。そうした暗黙規範に従わない宮台は当初から完全に「浮いて」いた。

ところが程なく、かかるゼミの佇いが見田宗介の「立場変更」と密接に関連することを発見した。コミューンを主題化するからコミューン憧憬者が集まるのもある。だがより本質的事情が見通せる。その事情とは、メキシコ留学後の「立場変更」が個人的なものというより時代的なものだったことに関係する。

宮台定番用語を使う。60年代後半の〈政治の季節〉。人々は「ここではないどこか」を現実に探した。70年前後の挫折を経て〈アングラの季節〉へ。人々は「ここではないどこか」を現実でなく、虚構に探した。巷間の誤解と違い寺山や唐やATGのピークは70年代前半。見田=真木はこの時代にシンクロした。

当時の宮台の見立てはこう。〈政治の季節〉の世直しは敗北した。今は革命を企図しても詮ない。ゆえに雌伏の時期。即ち我々にとっての現実ならざる社会を構想する想像力を育む段⋯。まさに「ここではないどこか」を現実ならざる虚構に探す〈アングラの季節〉に同期する認識。そこが見田人気の背景だと。

だからこそ宮台はシニカルになった。見田ゼミでは現実ならざる虚構の構想が重視されるが、〈癒し宗教〉の背理ではないか?〈癒し宗教〉は〈世直し宗教〉をこう批判する。革命家が天下取り後に残酷な独裁者になるのはよくある話。そうなれば世直しに加担した宗教は倫理問題を問われて存続不能になる。

ラツィンガー(ベネディクト16世)が、救済の神学を擁護する穏健派教授から、バチカン入りして保守派の異端審問官に変じたのは、ハーバマスによればかかる〈世直し宗教〉の背理に想到したから。だが、〈癒し宗教〉も、〈世直し宗教〉の側から「現体制を擁護する阿片に過ぎぬ」と批判されてきた。

つまり社会心理学の帰属理論的問題。宗教が〈癒し〉に成功すれば、本来〈世直し〉されるべき問題が放置され、悪辣な現世権力が補完される。マルクスが「宗教は阿片」の物言いで止目するのもそこ。そう。革命をしばし断念して「ここではないどこか」を夢想する見田ゼミ系もソレだ、と宮台は思った。

酷薄な現実に打ちひしがれた上、革命構想も断念せざるを得ず、悶々とする、そんな人たちに、見田ゼミは「週末のシャワー」を提供する。現実の中で汚れきった身を、週末のシャワーで洗い流し、「回復」した後、再び現実の中に帰る。これが現実の補完物でなくて何なのか。見田ゼミ生は単なる馬鹿だ…。

この疑問を見田宗介にぶつけたことがある。だが彼は百も承知だった。実際かかる認識を69年の廣松涉先生との対談でも吐露していた(見田宗介にそれを読めと言われた)。実際に見田宗介はそれ以降宮台に真木用語で語ることは一切なかった。彼が僕に語る時は専らシステム理論の用語系の枠内だった。

さて70年代後半当時の宮台は見田ゼミを体制補完の「週末シャワー」と見した。だが15年余り経て宮台は認識を変えた。確かに「週末シャワー」の機能があった。見田宗介はそれを百も承知だった。だが95年刊行『現代社会の理論』を読んで仰天した。見田宗介は資本主義の廃絶を希求してなかったのだ。

見田=真木の初期業績を振り返ろう。『気流の鳴る音』や「旅のノートから」に代表される著作群。そこに頻繁に登場するのが〈狂気としての近代社会〉という言葉。そう。当初から見田宗介は、社会構造よりも感覚フレームを--宮台用語で言えば〈世界体験〉の枠組を--専ら問題にしていた。感覚の変革へ!

有名な「まなざしの地獄」NN論。都市的存在たること=表層性(外見や属性)による規定を生きること。これはシステム的帰結で、個人は如何ともし難い(一人一人は「他人を構う余裕はない」)。かかる都市的疎外が連続発砲へ…。若松&足立の風景論(どこかに行けそうで、どこへも行けない)と対立する解釈だ。

都市論的疎外⇔風景論的疎外。風景論:近代=「ここではないどこか」の憧憬と二重の挫折。(1)60年代の挫折=「こんなはずじゃなかった感」。それ故の「ここではないどこか(キューバや中共)」追求。(2)かかる〈政治の季節〉再挫折=「こんなはずじゃなかった」。⇒どこかに行けそうでどこにも行けない!

実はこれが二十年後への伏線だった。都市論的疎外からの回復構想は容易(⇒実際に情報化消費化構想へ)/風景論的疎外からの回復構想は困難(⇒ハイデガー的困難[退屈しのぎの背理]と宮沢賢治的困難[世直しの背理])。宮台の先取的疑問:真の問題は都市論的疎外でなく、風景論的疎外ではないか?

もとい。見田的構想は、社会意識を規定してくる社会構造を問題にするのとは違っていた。革命で体制を変えても、〈世界体験〉の枠組が変わぬのなら、所詮スターリニズムの如きに堕して終わるとの認識。そこが慧眼。つまり〈近代の狂気〉を徹底問題視しない左翼革命を否定した。その妥当性を歴史が証明した。

逆に言えば、ここには「体制を変革せずに、感覚革命をなし得る可能性」への認識が、懷胎されている。むろん体制(社会構造)は感覚フレーム(社会意識)を規定する。だが規定の仕方は「常に既に」必然ではない。パラメータ(外生変数)が変われば、同じ社会構造の上でも社会意識は別様となり得る。

「体制を変革せずに、感覚革命をなし得る可能性」を直接追求したのが95年『現代社会の理論』。資本主義を廃絶せず、現行の情報化消費化社会の流れの果てに、市場の限界・資源の限界・環境の限界に対処し、持続可能な資本主義社会を達成する構想。共同態⇒相克態(旧資本制)⇒相乗態(新資本制)。

復習する。市場の限界とはマルクスの枠組:生産性上昇⇒市場の飽和⇒価格低下⇒生産設備稼働率低下⇒融資返済停滞⇒金融恐慌という回路。フォードモデルからGMモデルへの転換:些細なモデルチェンジで、まだ使える商品を廃棄させ、新たな商品を購入させる。資本主義が「市場の限界」に対処可能に。

資源&環境の限界は70年代ローマクラブ的枠組。95年朝日新聞で論壇時評担当の宮台は流行の「たまごっち」に触れて説明した。《大食らいのペットは資源負荷と環境負荷が大きいが、たまごっちは同等な享受可能性を保ちつつ資源負荷と環境負荷が小さい。所詮我々の〈世界体験〉は差異の享受=情報的》。

そこで宮台の疑問。小疑問:情報化消費化段階の前の重化学工業化段階をスキップするための構想は?始点と終点を繋ぐ過程論が不十分だ。大疑問:〈狂気としての近代社会〉の体験枠組の自明性--相克的感受性--は、ゲームが物的世界から情報的世界にシフトした程度では変わらないのではないのか?

大疑問を前提にすると、持続可能性の乏しい物的世界から、資源・環境の限界の克服ゆえに持続可能性に満ちた情報的世界へのシフトは、むしろ〈狂気としての近代社会〉の永続、即ち地獄を意味する。実はここに、先の述べた[都市論的疎外/風景論的疎外]の差異が孕む問題がコピーされていると分かる。

小括。見田=真木は、一貫して体制革命ならざる感覚革命を追求してきた。当初は、近代社会で失われた〈世界〉の接触(という〈世界体験〉)が希求されたが、二十年後になると、感覚革命の射程が「物ゲームから情報ゲームへ」と切り縮められた結果、むしろ「終わりなき日常」の永続が構想された。

補足。『現代社会の理論』以降の見田は、雑誌・新聞取材で、物の消費から情報の消費へのシフトを、審美的ないし耽美的なアートの享受に代表させる。だが、情報の消費がアート的なものになる保証は、見田の議論にない。仮想空間での戦争や出世競争や性愛争奪が消費対象(相克!)にならない保証がない。

以上は講義の前半。後半を予告する。95年『現代社会の理論』では〈世界体験〉の質の議論が脱落した。見田宗介は気づいていないか。否。直前の『宮沢賢治論』(存在の祭りの中へ!)や『自我の起源』(多様なるものの流れの結節!)で、『気流』『旅の』的な感受性に更に明確な輪郭を与えている。

戦略の分化だ:(1)社会持続=『現代社会の理論』。(2)感覚革命=『自我』『宮沢』。OK?No!「感覚革命の成功」が「社会持続の不能」を招く可能性が未検討。「感覚革命の成功」と「社会持続の成功」の結合は非必然的。國柱會的日蓮主義信者宮沢賢治はこの非必然性を主題化。だが見田は意図的にスルー。


宮台による朝カル見田関連レクチャーの、時間的な前半部分についての、ツイート再現は以上です。レクチャーを聴かれた方で、ここが落ちてる、というのがあれば、教えてください。よろしくお願いいたします。

一部は見田先生やゼミっ子だった方々に失礼な言い回しがありますが、そこは大学生時代の20歳頃の僕がそう思ったという過去の話の紹介ですから、ご寛恕いただければ幸いです。むしろ昔の大学生にはそういうことを考えるヤツもいたんだなという具合に、一つの資料としてお読みいただきたいと思います。
投稿者:miyadai
投稿日時:2013-03-05 - 12:28:50
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エリート論に関連してパターナリズム論を書きました。

今日パターナリズム研究が重要な理由
〜グローバル化と民主制の両立不能性〜



目次
【グローバル化による困難と、日本であるがゆえの困難】
【グローバル化による困難:リスクの配分と感情の政治】
【日本であるがゆえの困難:エリート層と非エリート層】
【今日も全く変わらぬ日本の状況:尖閣諸島と北方領土】
【日本的状況の進展の歴史:クレージークレーマー問題】
【共同体空洞化に見舞われた日本を追いかける先進各国】
【共同体は全体主義のインキュベーターかストッパーか】
【自立的/依存的個人と、自立的/依存的共同体の関係】
【実践論へ:住民投票とワークショップの組合せの意味】
【民主制の条件が不十分ならばパターナリズムは不可避】



【グローバル化による困難と、日本であるがゆえの困難】
■今日パターナリズム研究が重要な理由は二つある。二つとも学の外側からつきつけられた要求である。第一は、グローバル化即ち〈資本移動の自由化〉への妥当な政治的対処と、民主主義の政治体制(民主制)とが、両立しがたくなっていることだ。
■グローバル化がもたらす不安ゆえに、民主制が悪い意味での〈感情の政治〉に陥りがちで、グローバル化への妥当な対処を導く政治的決定が困難になりつつある事実を指す。これは今日、各国で「ポピュリズムの危険」として意識される様々な動きに関連する。
■第二は、日本が民主制にとって必要な社会的条件を満たさないということである。丸山真男によれば(1)、日本には自立的主体がない。だが、そんな日本が近代の要件を備えるかと問うても意味がない。自立すべしと説いても所詮は祈りに過ぎず、何の効力もない。
■丸山は、日本が持つ既存リソースを組み合わせて社会を制御することで、欧米近代に伍して生き延びる他ないとした。これは佐藤誠三郎が批判したように(2)六〇年安保の国民運動以降示した市民に期待を寄せる啓蒙派的立場とは相容れないパターナリズムである。
■欧米的な近代の要件--主体の自立--を具備せずとも、日本社会を欧米近代に伍する力を持つようにする以外ない。それには欧米近代には既に不要な「有効な民主制を導く方策」と「不完全な民主制を補完する方策」が必要だ…それが丸山の考えていたことであった。

  (1)丸山眞男 1968「個人析出のさまざまのパターン」、
    『丸山眞男集・第九巻』岩波書店。
  (2)佐藤誠三郎 1996「丸山眞男論」、『中央公論』1996年12月号、
   190-208頁。




【グローバル化による困難:リスクの配分と感情の政治】
■第一の問題、即ち〈グローバル化への妥当な対処と民主制の両立し難さ〉は昨今の欧州信用不安に如実である。グローバル化の本質は先進国にとっては新興国との競争だ。新興国との競争では多くの場合、労働分配率切下げ競争が不可避で、中流層が貧困化する。
■その結果、税収減少と、社会保障や財政出動へのニーズ上昇が、同時に生じる。でも無い袖は振れぬ。グローバル化の下では先進国政府が借金を抱えがちで、融資元からの信用を獲得するためにも、緊縮財政政策(小さな政府)は、政策というより不可避な選択だ。
■だが貧困化による格差拡大を背景に、緊縮財政が抑鬱感と将来不安を惹起し、人は〈感情の政治〉に釣られ易くなる。実際、ポピュリズムが機能し、緊縮策を批判する大統領や与党が誕生した。かくて政府に借金返済意志がないと見され、国債と通貨が売られた。
■かくて財政は破綻。政府に貸す(国債を買う)他国の銀行を巻き込んだ欧州信用不安が拡がった。グローバル化対応に必要な施策を採ると、グローバル化で不安を募らせた人々が感情的に噴出する。こうした噴出に迎合したポピュリズムが、全てを台なしにする。
■抽象的に言えば、民主制は、右肩上がりの社会で〈富を配分〉する際には妥当に機能しても、右肩下がりの社会で〈不利益を配分〉する---リスクを配分する---する際には、不安がポピュリズムを惹起するので妥当な機能が妨げられる。謂わば〈民主制の限界〉だ。
■グローバル化状況下で不可避な緊縮策を、一方で感情的噴出を招かないようにうまく説得しつつ、他方で不安を過剰に惹起しないように馴致しつつ遂行するしかない。〈民主制の限界〉を克服するのに必要なのは、こうしたパターナリズム以外にあり得ない。
■実際、欧州危機の中で選出されたフランス大統領オランドはそう考えているに違いないというのがフランス論壇の専らな見方だ(3)。危機への妥当な対処には政策的選択肢が殆どなく、中身はサルコジと大差ない政策を、感情的噴出を馴致しつつ遂行する他ない…。

  (3)山田文比古 2012『オランドが追求、財政・政調の二兎
    〜仏大統領選挙を読む』時事通信社web




【日本であるがゆえの困難:エリート層と非エリート層】
■第二の問題。丸山は、日本的ファシズムの駆動因を、非エリート層については〈共同体空洞化を背景に噴き上りがちな付和雷同層〉に見た。彼に従えば政治的無関心層には隠遁層と付和雷同層がある。後者は、社会的に恵まれないと自覚し、知的ネットワークから孤立した、鬱屈した存在だ。
■この存在は、元々政治や社会や歴史に関心がなく、知識もないがゆえに、軍事や外交など〈感情の政治〉の釣針に釣り上げられやすい。こうした亜インテリ層を狙ったマスコミ(朝日新聞など)の煽りが、更にこの層を分厚くし、戦争の合理的制御が不可能になった。
■他方で、丸山はエリート層については、政策決定部署が現状分析部署の報告を無視して権益のみを参照して政策を決め、現状分析部署がそれに従って現状分析を書き換えるという〈現状を見ずに権益だけを見る出鱈目な政策立案〉という大問題を見出した。
■これと対になる非エリート層の作法が、今述べた〈共同体空洞化を背景にした噴き上り〉だ。我々は、福島原発事故以降〈現状を見ずに権益だけを見る出鱈目な政策立案〉〈共同体空洞化を背景にした噴き上り〉を如実に目撃した。何も変わっていないだ。
■丸山の言う〈共同体空洞化を背景にした噴き上り〉は「ネトウヨ」を含めた〈釣られ層〉を想起させる。社会にも歴史にも関心がなく知識もないがゆえに、軍事外交分野で〈感情の政治〉の釣針に釣り上げられて噴き上る付和雷同層。むろん今も大問題だ。(4)

   (4)宮台真司 2009「「小さな国家と大きな社会」へ」、
     神保哲生・宮台真司他 2012『格差社会という不幸』春秋社。




【今日も全く変わらぬ日本の状況:尖閣諸島と北方領土】
■例えば尖閣問題。元外務省国際情報局長孫崎享が言うように(5)、田中・周恩来協定(日中共同声明)、大平・鄧小平協定(鄧小平声明)、日中漁業協定を通じ、(1)主権棚上げ、(2)日本の実効支配、(3)共同開発が合意されてきた。これは日本に有利な協定だった。
■それに基づき、中国漁船が実効支配領域に侵入したら①停船でなく退去を要請し、②退去しない場合は停船させるが、逮捕&起訴でなく拿捕&強制送還で対処すはずだった。だが当時の前原国交大臣が国内法適用(逮捕&起訴)を宣言し、コンフリクトが生じた。
■孫崎によれば、相手国への説明責任は日本側にあり、かつ元々は周恩来の大幅譲歩から始まった日本に有利な協定を破棄したことについて国内への説明責任が政府にある。協定なき主権の争いとなれば、憲法九条下で戦争せざるを得ない日本には圧倒的に不利だ。
■また北方領土問題。元々はサンフランシスコ平和条約で日本が千島を放棄した。日本政府は国後と択捉は千島に含まれないとするが、放棄当時この両島は南千島と呼ばれ、外務省条約局長も両島が千島に含まれると確認していた以上、日本政府の主張は無理がある。
■現に五五年の日ソ平和条約に向けた交渉でフルシチョフは、千島に含まれないからこそ歯舞・色丹を返還する意向を示し、五六年の日ソ共同宣言では平和条約締結後の歯舞・色丹二島返還を明記した。ところが日ソ接近を嫌う米国が、これに突然横槍を入れてきた。
■二島返還で合意すれば米国は沖縄と小笠原を返還しないと脅してきたのだ。慌てた外務省は、米国の要求通り放棄した千島のうち、新たな米国の要求通り南千島の国後・択捉だけは日本の領土だと主張を豹変させ、歯舞・色丹を合わせて「北方領土」と呼び始めた。
■こうした経緯ゆえに「歯舞・色丹の先行返還と国後・択捉の継続交渉」という日ソ共同声明段階---米国の横槍が入る前の段階---に戻り、着実な漸次返還を実現しようとしたのが二〇〇〇年頃の日ソ交渉だった(検察特捜部の出鱈目な国策捜査で頓挫)。五五年段階で領土返還を妨害したのは米国だったのだ。
■外交交渉の帰趨---いわば手打ちの可能性---は、元々固有の領土だという主張の当否よりも、むしろ外交交渉の歴史の積み上げにこそある。尖閣問題も北方領土問題も同じだ。かかる交渉履歴を知らない〈釣られ層〉が、情緒的に噴き上れば、外交交渉の足手纏いだ。
■第二の問題に関わる丸山の議論は、吉本隆明が批判するように、俺たちは駄目だとの罪責感を引き起こしがちだが(5a)、米国や欧州の各国が〈民主制の限界〉を露呈するようになった昨今、民主制の手本だったそれらの国がむしろ日本に近づいてきたように見える。

  (5)孫崎享 2011『日本の国境問題〜尖閣・竹島・北方領土
    (ちくま新書905)』筑摩書房。
  (5a)小熊英二 2002「第14章「公」の解体―吉本隆明」『〈民主〉と〈愛国〉
    ―戦後日本のナショナリズムと公共性』新曜社。




【日本的状況の進展の歴史:クレージークレーマー問題】
■日本に近づいてきたと述べた。日本の状況を詳しく見よう。最近私が世田谷区の行政に関わる中で直面する問題を切口に描写したい。その問題とは〈全体を見ない新住民的な排除の論理〉だ。典型的には〈クレージークレーマー(以下CC)〉問題として現れる(6)。
■一九七七年に三重県で「隣人訴訟」が提起された。隣家に子供を預けて出かけた夫婦が、その間に子供が池で溺れ死んだ件で、隣家の夫婦を訴えたものだ。全国から訴えた側に批難が集中し、控訴を取り下げた結果、八三年に一審判決で確定した。有名な事件だ。
■判決内容は隣家や事業者や行政にさしたる責任はないとするものだった。だが世の中の動きはこの間に逆転。何かというと設置者責任や管理者責任を問う訴訟が陸続した結果、屋上や放課後校庭のロックアウト、小川暗渠化、遊具除去の動きが八〇年代に進展した。
■丸山図式を使えば、こうした〈CC〉は地域共同体が空洞化した帰結だ。空洞化がなけれは、第一に〈CC〉の声は地域の総意に囲い込まれて効力を失い、第二に〈CC〉を生む孤立と抑欝が包摂によって緩和され得る。可能性に過ぎないとはいえ重要な可能性だ。
■地域空洞化は、八五年施行の風営法改正と、新風営法対策として八五年に始まったテレクラにも見出された。テレクラの全国拡大は地域との縁がさして深くない新住民の分厚さを前提とした。実際、同時代はワンルームマンション化とコンビニ化のラッシュだった。
■程なく、地域の組事務所をどけろ、エロ本自販機をどけろ、店舗風俗をどけろ…といった動きが全国化した。そうした流れの延長線上に九二年の暴対法施行があった。〈見たくないものを排除せよ〉は権利の一つであり得ても、社会全体を見ないことに繋がり易い。
■九五年には、若者が踊るために集うクラブを、風営法の終夜営業違反で摘発せよとの声があがる。当時の私はNHKのETV特集枠で、クラブが「良い子」の居場所になっている事実を描くドキュメンタリー『シブヤ・音楽・世紀末』に関わり、摘発の動きを抑止した。
■ところが同じ頃にピークを迎える援助交際への反発から、九六年の岐阜県議会の動きを皮切りに青少年条例改正(テレクラ排除、未成年との交渉の厳罰化等)が進み、九九年の児童ポルノ法や再改正風営法(営業地域限定化、年齢確認厳格化等)の施行に繋がった。
■その流れ上に今世紀に入ると都を皮切りに店舗風俗の取り潰しの動きが全国化。各地でちょんの間街が消え、派遣風俗(デリヘル)化の動きが加速した。地回りのケツ持ちがないので、働く女性が生本番競争による性感染症と暴力の危険に晒されるようになった。
■こうした七七年以降の動きの延長線上に、昨今の暴排条例全国化がある。これら〈見たくないものを排除せよ〉の流れは、確かに警察利権の拡大をもたらしたが、警察の謀略というより、新住民化=地域空洞化こそが最大の原因だ。警察はそれに悪ノリしただけだ。
■加えて、〈見たくないものを排除せよ〉の流れが、「世界のどこより安心・安全・便利・快適で、どこより幸福度が低い」逆説的事態を生み出した。日本人の幸福度は世界で七五位〜九六位を低迷。英国四倍の高自殺率。孤独死や無縁死や乳幼児虐待放置を誇る。
■社会全体を見ようとしない〈見たくないものを排除せよ〉の流れは、異質に見えるものの神経過敏的排除を通じて、裁量行政を背景とした警察権益拡大をもたらす一方、行政依存による地域空洞化を加速し、〈安心と安全〉と引換えに〈幸福と尊厳〉を手放した(7)。
■グローバル化=資本移動自由化を背景に人は不安になる。不安から逃れたいからますます悪者探しにかまける。不安なのは、中国人がいるから・風俗があるから・組事務所があるから…。〈CC〉が激増し、上っ面と引換えに行政依存が拡大、不安が増大してきた。

  (6)宮台真司&モーリー・ロバートソン 2012「         」、
    磯辺涼編『踊ってはいけない国、日本』河出書房新社。
  (7)宮台真司 2012「ヤクザがいいのか、マフィアがいいのか」、
    亀井静香 宮崎学 又市征治編『排除社会の現場と
    暴対法の行方』同時代社。




【共同体空洞化に見舞われた日本を追いかける先進各国】
■グローバル化が先進各国に引き起こした中間層没落が、社会的に恵まれていないと自覚し、知的ネットワークから孤立した鬱屈した存在を、〈共同体空洞化を背景に噴き上りがちな付和雷同層〉として増殖させる。かくして手本だった欧米諸国が日本に似てくる。
■社会学は“剥き出しの個人は危険”と考える伝統がある。20世紀半ば、米国の社会学者ラザースフェルドがコミュニケーションの二段の流れ仮説を提唱、マスコミ情報は個人を直接ヒットせず、小集団のオピニオンリーダーの解釈を介し伝播されるとした(8)。
■それに先立ち、クラッパーが限定効果説(selective exposure theory)を提唱した(9)。暴力的・性的コンテンツが直接に暴力や性を煽るとする強力効果説は誤りで、本人要因(資質)と環境要因(対人ネットワーク)次第で影響が変わるとし、悪影響を気にするなら受容環境を制御せよと述べた。
■悪影響をy、コンテンツ要因をc、本人要因をp、環境要因をeとすると、強力効果説はy=f(c)、限定効果説はy=f(c,p,e)だ。後代の効果研究を見ると、p要因とe要因の詳細化の方向に進展したものの、一部で言われるような限定効果説の乗り越えがあった訳ではない。
■対人ネットワークとは子供がコンテンツを誰と一緒に観たか。家族と?友人と?知らない人と?濃密な関係の中で観るほどコンテンツの影響は中和され、一人ぼっちで観るとリスクが高まる。彼によれば、悪影響を気にするならこうした受容環境の制御こそが肝だ。
■逆に言えば、孤独な受容環境でコンテンツに接する者は、ささいな感情のフックで噴き上り易い。その意味で確かに“剥き出しの個人は危険”である。ラザースフェルトと同時期、リースマンがマスコミに右往左往する剥き出しの個人を「孤独な群衆」と呼んだ。
■地域、家族、あるいは信仰共同体が、個人を集団に包摂し直し、暴発囲い込みと感情的安全の調達を果たして安堵する必要がある。だが、一旦大衆社会論的な分断化が進んでしまったら、個人を集団に包摂し直す試みは、パターナリスティックにならざるを得ない。
■なぜなら、どんな集団にどう包摂するのかという恣意性が可視化されてしまうからだ。昔から皆がそうして来たという自明性が頼れなくなれば、この非自明性を機能的な尤もらしさで埋め合わせる他ない。だがどんな機能が必要なのかに合意するのは容易ではない。

  (8)Katz, E., Lazarsfeld, P.F. 1955 Personal Influence:
    the Part Played by People in the Flow of Mass Communications,
    Free Press.
  (9)Klapper, Joseph T. 1960 The Effects of Mass Communication,
    Free Press.
  (10)Riesman, David 1950 The Lonely Crowd: A Study of the Changing
    American Character, Yale University Press.




【共同体は全体主義のインキュベーターかストッパーか】
■米国でのこうした議論には、社会学的思考伝統の影響に加え、個人の自立の背後に信仰共同体を含めたアソシエーションを見出すトックビル主義的思考伝統の影響がある。日本にはむろんそうした伝統はない。とすれば中間集団の正機能を過大視するのは危険だ。
■先日(二〇一二年七月)山口県知事選挙の現場を見た。従来自民党候補が楽勝してきた中、脱原発立県を掲げた非組織候補が立候補した。選挙運動の現場で「物言えば唇寒し」ないし「面従腹背」の実情を多数目撃した。実は山口県で何度も目撃してきたことだ。
■某市の講演会で講師を務めた際、事前に質疑応答タイムの設定を要求したところ、主催者が「事前に依頼しておかないと質問は絶対に出ない」として質問者を準備してくれたのだが、いざ当日になると、依頼していたはずの五人がなぜか一人も質問に立たなかった。
■事後彼らに尋ねると、こう答えた---いざとなると恐くなりました。ここは肉屋で牛肉を買うと数時間後には、××さんの家はスキヤキだと近所に噂が拡がる場所です。講演会に出るだけじゃなく質問までしたとなると、どんな噂になるやら。それを思うと恐くて……。
■今回も同じだ。非組織候補のポスターを店に貼ったり、フェイスブックにツーショット写真を載せたりした人々に---それどころかこの候補の選対に事務所スペースを貸した不動産屋にまで---「明日から生きていけると思うなよ」の類の圧力がかけられたのだった。
■同じ二〇一二年七月、大津市いじめ自殺事件で、いじめ首謀者の親がPTA会長だったことをマスコミが話題にしている。これも九〇年代末の少年犯罪フィールドワークをした際に各地で目撃した。親の力関係が子供の力関係に反映し、かつ周囲の親や子が黙るのだ。
■いじめを研究する社会学者内藤朝雄がこれを〈中間集団全体主義〉と名付けた(11)。私もそれ以前から、『制服少女たちの選択』(1994年)『まぼろしの郊外』(1997年)などの拙著で「理不尽な同調圧力をもたらす共同体主義を却けよ」と繰り返し述べてきた(12)。
■一体全体、中間集団は望ましいものなのか。共同体は望ましいものなのか。このことに関し、私はかねて「伝統の空洞化が伝統主義をもたらす」「共同体空洞化が愚昧な共同体主義をもたらす」「中間集団空洞化が〈中間集団全体主義〉をもたらす」と答えてきた。
■こうも述べてきた。明治5年学制改革以降の統治戦略は、小学校区を用いた自然村の行政村への置換に見られるように、それが小学校区であろうが町内会であろうが隣組であろうが、共同体を行政依存的に再構成した上、統治の出先機関として用いることだったと。
■私自身の従前の記述を踏まえた上で、旧枢軸国に見るように中間集団は全体主義のインキュベータなのか、それとも旧連合国に見るように中間集団は全体主義へのストッパーなのか、という問いについて、暫定的ながらも、纏まった回答を残しておきたいと思う。

  (11)内藤朝雄 2001『いじめの社会理論』柏書房。
  (12)宮台真司 1994『制服少女たちの選択』講談社。
  (13)宮台真司 1997『まぼろしの郊外』朝日新聞社。




【自立的/依存的個人と、自立的/依存的共同体の関係】
■丸山は前掲論文で、〈妥当な民主制〉〈自立した個人〉を必要とし、〈自立した個人〉〈自立した共同体〉を必要とする、との図式を残した。言うまでもなくこれはトックビル主義の図式で、〈自立した共同体〉の自立とは、国家からの自立の謂いである(14)。
■その場合、〈自立した共同体〉(としてのステイツ)同士が、信仰共同体の保全という共同利害の共同防衛のために、道具的観点から国家権力を樹立した、というアソシエーショニズムの意味論が強調されるならば、米国の独自性という色合いが強調される。
■とはいえ、私が各所で述べてきた通り、欧州連合の基本原則でもある欧州伝統の補完性の原則も、国家形成の歴史物語としてはいざ知らず、絶対主義やファシズムという〈悲劇の共有〉を前提とした知恵として、基礎自治体の自立を説く赴きであるのが実情だ。
■抽象化すれば、中間集団と国家の間の関係づけにおいて、米国のトックビル主義と、欧州の補完性の原則とは、機能的に等価である。この等価性の地平を私は従前〈国家を否定しない中間集団主義〉と述べてきた(14a)。ここでは〈広義のトックビル主義〉と呼ぶ(以下では単にトックビル主義と記述する)。
■他方、こうした丸山(ないしトックビル)図式を裏返すと、国家にぶら下がる〈依存的な共同体〉は、〈依存的な個人〉をもたらし、〈依存的な個人〉〈デタラメな民主制〉をもたらすという図式になる。〈デタラメな民主制〉は実質的にファシズムを帰結する。
■もはや言うまでもなく、〈中間集団全体主義〉とは、〈依存的な共同体〉〈依存的な個人〉の間に成立するものである。なぜなら、〈依存的な共同体〉は、国家に異議申立てをする〈自立した個人〉を、国家の手先よろしく、必ず抑圧しようとするからである。
■付和雷同的個人を囲い込み、包摂するような共同体。或いは、出撃基地であり、かつ帰還場所であるような共同体。そうした〈自立した個人〉を可能にする〈自立した共同体〉を模索する営みこそが、〈あるべき共同体主義〉である、と暫定的に言うことができる。
〈自立した共同体〉では〈引き受けて考える作法〉〈合理を尊重する作法〉が奨励されるのに対し、〈依存的な共同体〉では〈任せて文句埀れる作法〉〈空気に縛られる作法〉が奨励される。グローバル化への妥当な対処を導くのは、論理的に前者のみである。
■冒頭に述べたように、丸山はトックビル主義的なものを先進性だと見し、全体主義的なものを後進性だと見していた。そうした後進性にもかかわらず、先進的な欧米列強に伍して生き残るにはどうしたら良いか、と問うのが、丸山的な問題設定だったと言える。
■だが〈資本移動自由化〉がもたらした先進社会の過剰流動性と過剰格差化によって中間層の没落が生じ、実存の〈不安化〉とコミュニケーションの〈不信化〉が深まり、国家への依存が進んだ結果、事実上かつての全体主義社会と似た事態が生じるに至っている(14b)。
■その結果、問題への直面に関しては、後進的だったはずの日本がむしろ先駆するように見えるという、皮肉な事態になっている。それは、二十年前には後進性の表れと見された、金融機関への税金投入(金融の国家依存)先進各国がなぞる事態にも、象徴される。
■或いは、とりわけ米国のゲイテッド・コミュニティ化や英国におけるクリミナル・ジャスティス・アクト(15)化に象徴されるような9.11同時多発テロ(2001年)以降の〈セキュリティヒステリー〉が、日本の〈クレージークレイマー〉現象を後追いする事態に象徴される。
■とすれば、〈デタラメな民主制〉〈妥当な民主制〉へと立て直すために必要な、〈依存的な共同体〉から〈自立した共同体〉へのシフトにおいて、遥か以前から日本が直面してきた困難の少なくとも一部を、これらの国々が後追い的に経験することが予想できる。
■とりわけ重大な困難は、〈資本移動自由化〉が帰結した〈依存的な共同体〉を、〈自立した共同体〉へと再活性化するプロセスでは、論理的に〈自立した共同体〉を当てに出来ないがゆえに、〈中間集団全体主義〉へとますます頽落しがちになるという恐れである。

  (14)Tocqueville, Alexis de 1835 De la démocratie en Amérique 1.
    1835 De la démocratie en Amérique 2. →岩永健吉郎・松本礼二訳、
    1972『アメリカにおけるデモクラシー(研究社選書)』研究社。
  (14a)宮台真司 2004「戦後家族の空洞化への、抜本的な処方箋を、
    徹底的に思考する」、『わしズム』2004年11月号。  
  (14b)宮台真司 2004「「ブッシュの悪」で「アメリカの悪」を覆い隠すな」、
    金子勝 藤原帰一 宮台真司 2004『不安の正体!
    -メディア政治とイラク戦後の世界』筑摩書房。
  (15) The National Archives (UK) “Criminal Justice and Public Order Act1994”
    http://www.legislation.gov.uk/ukpga/1994/33/contents




【実践論へ:住民投票とワークショップの組合せの意味】
■考えてみれば当然なのだが、〈自立した個人〉が支える〈妥当な民主制〉なるものが、丸山が強調するように歴史的に形成された社会的文脈を前提として初めて成り立つ以上、そうした社会的文脈が自明でない場合には、論理必然的にパターナリズムが要請される。
■だが、そこで呼び出されたパターナリズムが、現実に妥当な働きをするか否かは、当該のパターナリズム自体によっては、論理的に保障されようがない。従って、当該パターナリズム自体がたえず俎上に上り得るようなアーキテクチャを設定する以外にないだろう。
■ここから先は実践論にならざるを得ない。私自身は如上の問題設定に基づき、〈住民投票とワークショップの組合せ〉を推奨し、現に二〇一二年前半を原発都民投票条例の制定を求める住民直接請求の請求代表人として、法定数の署名を集める活動をしてきた。
■二〇一二年七月現在、原発新潟県民投票条例や原発静岡県民投票条例の制定を求める直接請求のための署名活動に、協力している。そこで私がとりわけ重大視しているのは、この論文で述べてきたような問題意識を、できるだけ多くの人に理解して貰うことである。
■私はこう説明してきた。原発住民投票に二つ誤解がある。これを正す。第一に反原発条例ではない。脱原発であれ原発推進であれ原発についての住民意志の表明を目的とする。現に私は二年前まで原発推進を表明してきた。それをやめたのは第二の誤解に関連する。
■第二に世論調査に基づく政治的決定ではない。そうした誤解の上でポピュリズムによる衆愚政治を危惧する向きがある。むしろ逆だ。〈資本移動自由化〉の下で進む〈不安化&不信化〉によってポピュリズムに陥りがちな議会政治を正すためにこそ住民投票がある。
■どう正すのか。数ヶ月後に実施される住民投票に向けての公開討論会やワークショップを通じてだ。一部は法令に基づき国や自治体に情報を公開させ、企業や研究者からも情報を出させた上、論点毎に対立的立場の専門家を呼び、住民が意見聴取と質疑応答を行う。
■その上で最後は専門家を廃して当事者たる住民が住民投票で決める。この理念は医療におけるインフォームドコンセントとセカンドオピニオンの組合せに酷似する。患者が医師に任せることなく、複数の医師から違う意見を聞き、最後は患者自身が決めるのである。
■その意味で住民投票の本体は討論会やワークショップにある。だからこそ討論会やワークショップのやり方が問題だ(16)。私はデンマークで考案されたコンセンサス会議という方法を推奨してきた。理由は、審議会等と違い、会議の正統性を絶えず問う仕組みだからだ
■会議は、対立的専門家から成る専門家パネルと、市民パネルの二段階だ。市民パネル成員は公募抽選で選ぶ。専門家パネル成員は市民からなる常設独立機関と市民パネル成員が長時間協議して選ぶ。専門家パネルの目的は〈科学の民主化〉つまり専門知のシェアだ。

  (16)宮台真司 2012「まなびとワークショップの社会学」
    苅宿俊文・佐伯胖・高木光太郎編『ワークショップと学び 第一巻』
    東大出版会。




【民主制の条件が不十分ならばパターナリズムは不可避】
〈住民投票とワークショップの組合せ〉は大目的のための手段に過ぎない。大目的は二つある。第一は〈巨大なフィクションの繭を破ること〉。第二は〈分断された住民を知識社会に包摂すること〉。かかる大目的に照らし絶えず機能がチェックされねばならない。
■第一の〈巨大なフィクションの繭を破ること〉とは例えば、追加的安全対策を阻んだ、日本にだけ存在する「原発絶対安全神話」や、原発電源は安いという嘘を可能にした、日本にだけ存在する「いつかは回る核燃料サイクル神話」だ。他にも枚挙に暇がなかろう。
■第二の〈分断された住民の知識社会への包摂〉とは次のことだ。我々が提示した都民投票条例案では住民投票資格を「16歳以上の住民」「永住外国人を含む住民」としたが、趣旨の力点は、投票資格というよりも、公開討論会やワークショップへの参加資格にある。
■かかる参加を通じて極めて効果的な公民教育が可能になり、かつ「最近の若者ときたら…」「大人なんて結局…」「中国人たちの陰謀が…」といった経験に裏打ちされない思い込みを顔を合わせた討論を通じて解除し、かつ討論実績を通じて信頼醸成を行うのだ。
■これは冒頭に述べた〈ファシズムを駆動する孤独で無知な付和雷同層〉の囲い込みと包摂にも繋がる。〈クレージークレーマー〉〈釣られ層〉が政治と行政に影響を与えないようにするのが囲い込みであり、彼らを生む知的ネットワークからの排除と孤独を緩和するのが包摂である。
〈巨大なフィクションの繭〉〈知識社会から排除され分断された住民〉を放置したままでは、原発について妥当な〈技術の社会的制御〉ができない。かつて日本は、零戦を作る技術はあっても戦争を合理的にマネージするノウハウを欠いたが、同じ理由に基づく。
■日本は昔も今も〈技術の社会的制御〉面については〈ブレーキのない車〉だ。二年半前までは(1)再生可能エネルギーの不安定さを吸収できるベース電源たり得て(2)二酸化炭素を出さないとの理由で原発推進を唱えた私が、「日本ではダメだ」と判断を変えた所以だ。
■つまり私が〈住民投票とワークショップの組合せ〉を推奨するのは、それを通じて〈依存的な共同体〉〈自立的な共同体〉へとシフトし、〈デタラメな民主制〉〈妥当な民主制〉へと立て直すことで、〈原発をやめられない社会をやめること〉を大目的とする。
■繰返す。〈自立した個人〉が支える〈妥当な民主制〉なるものが、出撃基地と帰還場所と貢献動機を個人に提供する〈自立した共同体〉を前提として初めて成り立つ以上、かかる社会的文脈が自明でないなら、論理必然的にパターナリズムが要請されざるを得ない。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-10-13 - 20:12:02
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「エリート」とは何か(ある場所に書いた記事です)

 語源は「選ばれた者」を意味するラテン語。社会の指導的地位を独占する特別に優秀な能力を持つ人または集団を指す。寡頭制概念はローマ時代の古来よりあるが、とりわけエリート概念を用いる場合、19世紀末以降の大衆社会現象を踏まえることが一般的である。
 政治とは、集合的意志決定(集合体成員全員を拘束する決定)を生み出す機能を指す。その意味での政治研究は、初期ギリシアにおいて、ソクラテスによるポリスと市民の関係への問いに始まり、プラトンの哲人君主論やアリストテレスの政体比較論に受け継がれた。
 これらの議論はポリスにおける市民のあり方を説く倫理学でもあったが、中世を挟んでルネサンス期になると、国民国家の秩序を維持する手段の合理性に議論の焦点が移動する。マキャベリは君主の権謀術数を、ボダンは国家主権を、グロティウスは国際法を重視した。
 他方、市民(ブルジョアジー)の浮上を背景に、ホッブズ,ロック,ルソーらが自然権や自然状態の概念を用いた社会契約思想を説いた。かくして政治(集合的意志決定)は合意による秩序形成とされ、「立憲」と「人権(政治からの自由)」と「参加(政治への自由)」の概念が重要化した。
 そこでは、市民の理性が合理的な社会秩序を導くとして称揚された。だがフランス革命以降、百数十年続いた社会の予期せざる展開(ギロチン政治やナポレオン帝政やボナパルティズム)の間に、啓蒙思想への巨大なバックラッシュが生じた。主に4つの思想があった。
 第1はフランス革命直後に展開されたバークの保守主義。第2は19世紀前半を席巻した無政府主義=国家否定的な中間集団主義。第3は19世紀半ば以降のマルクス主義=市場無政府性批判。第4は19世紀末からのデュルケム流の社会学主義=国家肯定的な中間集団主義。
 これら欧州思想のどれも、社会を、市民の理性を越えた「得体の知れないもの」だと見していた。他方、19世紀を通じて、フランス革命の失敗から市民懐疑に向かった欧州思想と、独立革命の成功から国家懐疑(市民への信頼)に向かった米国思想が、分岐した。
 実は社会を「得体の知れないもの」と見す所から、社会学的な「社会」概念が生まれた。その意味で、社会学的思考伝統は欧州思想の産物だった。例えば、ウェーバーの正統性概念は、内容的正しさと無関連な自発的服従契機という「得体の知れなさ」に照準した。
 同様に、デュルケムの社会的事実概念は、ヒトが作り出したものなのに自然物であるかの如く現われるという「得体の知れなさ」に照準した。ジンメルの三人関係概念は、「自分以外のみんな」という表象が動機付けを与える「得体の知れなさ」に照準した。
 ところが、19世紀末以降にマスコミ化と共に先進国に拡がった大衆社会化現象が、米国思想をも含め、社会を「得体の知れないもの」と見る思考を再上昇させた。他方で、見えないものが見えるものを駆動するという〈潜在性の思考〉も、19世紀後半以降に拡がった。
 〈潜在性の思考〉を代表するのが、マルクスの「イデオロギー」概念やフロイトの「無意識」概念だった。ちなみに20世紀後半から拡がったのが、ヴィトゲンシュタインの言語ゲーム論やルーマンのシステム理論など、根拠のなさを称揚する〈自己言及の思考〉である。
 大衆社会化現象と述べたが、大衆概念は公衆概念と対比される。タルドがいう公衆は、マスコミによる世論形成の担い手となる理性的かつ合理的な存在だが、新聞やラジオの普及と共に実際に浮上したのは、マスコミに動員される非理性的で被暗示的な大衆の姿だった。
 こうした大衆社会化の流れを背景に、19世紀末以降、エリート概念の相当物が繰り返し提示されてきた。ウェーバーの「少数支配の原則」、ミヘルスの「寡頭制の鉄則」、パレートの「エリートの周流」、モスカの「組織論的エリート主義」が、代表的な例である。
 モスカは、組織化が容易な少数者が、組織化が困難な多数者を支配するのは必然的だとした(『支配階級』1896年)。ウェーバーは、少数者が物理的実力(ゲバルト)を独占することで多数者を支配することに、政治権力の本質を見た(『経済と社会』1910年)。
 モスカの影響を受けたミヘルスは、民主主義に伴う政党政治が、組織効率(力とリソースとの条件づけ合い)と人間心理(権力維持への固執)の二要因を背景に、政党指導者に権力を集中させ、寡頭制を導くとした(『現代民主主義における政党社会学』1911年)。
 パレートは、階級闘争が終焉しても、結合本能が「知のエリート」を、集合体維持本能が「力のエリート」を生むので、エリートと非エリートの分化が続くとし、エリート層と非エリート層の間の階層的流動性を社会的均衡の条件とした(『一般社会学大綱』1916年)。
 同時代には、先に〈潜在性の思考〉としてあげた、イデオロギー概念を押し出すマルクス主義や、無意識概念を押し出すフロイト主義が、政治心理学を発展させた。他方で、エートス(心の習慣)概念を押し出すウェーバーが、政治文化論の発展を促すことになった。
 とりわけ戦間期には、イタリアのムッソリーニが率いるファシズムや、ドイツのヒトラーが率いるナチズムなど、巧妙な政治宣伝を背景にした「大衆的な独裁待望」現象が民主主義を墓穴へと導き、市民理性を信頼する啓蒙思想的な構えを最終的に木っ端微塵にした。
 この間の事情を観察したマンハイムは、公正な官僚たちが経済や教育や福祉の計画化を進める「自由のための計画化」により、公衆の再組織化を実現しようとした(『変革期における人間と社会』1935年)。これは大衆社会化を背景としたエリート主義の推奨である。
 同じく戦間期には、マスコミが流布するステレオタイプが戦争動員や選挙動員を果たす有り様を、米国人ジャーナリストのリップマンが描き出し(『世論』1922年)、続いて1930年代にはシカゴ学派が、統計手法とフロイト流精神分析を、政治現象の分析に取り入れた。
 第二次大戦後の米国では、ドイツからの亡命ユダヤ人による大衆社会論的なナチス分析の目覚しさもあり、再び大衆社会論とそれを踏まえたエリート論が隆盛になる。代表的論者がリースマン(『孤独な群衆』1950年)とミルズ(『パワーエリート』1956年)である。
 50年代前半の米国ではマッカーシー(赤狩り)旋風が吹き荒れたが、大衆社会論(を踏まえたエリート論)はマルクス主義への明白なアンチテーゼだった。現に、50年代の米国では、マルクス主義が説く絶対的窮乏化と逆に、中間層が急速に分厚くなりつつあった。
 巨大化する中間層は、政治的無知を背景とした伝統型無関心ではなく、教育による政治的知識を有し選挙による政治的参加機会を有するにもかかわらず、政治に冷淡で流行やスキャンダルに関心を持つような現代型無関心を蔓延させる…そう説いたのがリースマンである。
 かかる大衆の政治的無関心を背景に、政治・経済・軍事の各分野のトップ層が、権力構造維持がもたらす利益の一致ゆえに、協力して大衆を操縦する…そう説いたのがミルズである。この議論も、巨大中間層と非経済一元性を前提とする点で、反マルクス主義的だった。
 さて、冷戦終焉後の1990年代に拡がったグローバル化=資本移動自由化は、1950年代とは逆に、先進国の中間層を格差化によって崩壊させた。かかる動きがもたらす不安と鬱屈を背景に、議会制民主主義がポピュリズムに堕し、グローバル化への妥当な対処を阻みつつある。
 欧州では「大きな政府」を標榜する与党や大統領の誕生が、欧州全土に跨がる信用不安をもたらす。米国では「小さな政府」原理主義者が社会保険制度改革に反発し、四千万人以上の無保険者を放置しかねない状況にある。この事実が新たなエリートを要求している。
 トクヴィルに従えば、民主主義は自立的個人を要し、自立的個人は自立的共同体を要する。だが昨今のグローバル化が中間層崩壊によって自立的共同体を脅かす。かくて依存的共同体が依存的個人をもたらし、依存的個人が民主主義を全体主義化しかねない状況にある。
 民主主義の健全な作動は多くの社会的前提を要求する。かかる社会的前提が調達困難になった昨今、健全に機能しない民主主義の枠内で、民主主義に必要な社会的前提を再構築するのは、論理的・現実的に難しい。パターナリスティックなエリートが要求される所以だ。
(3400文字)
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-10-11 - 00:42:32
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「一般システム理論」とは何か(ある場所に書いた記事です)

 1942年の脳抑制会議に参加した神経生理学者と、44年の目的論学会に参加した数学者や工学者に、社会科学者や精神病理学者を加えて45年春に学際的な「生物学と社会科学におけるフィードバック機構と因果的循環システムに関する会議(メイシー会議)」が開かれた。
 ノーバート・ウィーナー(情報学)、フォン・ノイマン(数学)、レナード・サベッジ(統計学)、ケネス・ボールディング(経済学)、マーガレット・ミード(人類学)、グレゴリー・ベイトソン(生物学)、ウォーレン・マカロック(神経学)、エリク・エリクソン(心理学)、ローマン・ヤコブソン(言語学)など戦後米国の自然科学や社会科学の流れを作った者たちが参加していた。
 理論生物学者として参加していたのが、オーストリアのルートヴィヒ・フォン・ベルタランフィだった。彼は『理論生物学』(原著1932年)で生命の特質は流動平衡と階層構造(後述)を特質とすると述べていたが、会議ではサイバネティクスが共通のキー概念だった。
 戦中のメイシー会議は、科学の国家動員の趣があったが、学者を以下の二軸で分類できた。第1に、通信工学や弾道理論などアナログ方向(ウィーナーやベイトソン)と、計算機研究や神経研究などデジタル方向(ノイマンやマカロック)。後に後者が隆盛となっていった。
 第2に、会議が扱う学際知識の延長で社会を制御できるとする楽観方向(ウィーナーやノイマン)と、悲観方向(ベイトソンやマカロック)。前者にはマルクス主義に対抗する意趣があり、後者には合理的な社会制御に対する懐疑があったが、後に前者が隆盛となっていった。
 要は、「デジタル&社会制御楽観」派が米国政府や産業界の意をも受けて後に本流となり、「アナログ&社会制御懐疑」派が傍流となっていく。ハーバードの社会学に見るように、情報による社会制御方向での人文学問の自然科学化が資金や人材の動員を容易にした。
 メイシー会議後、一般システム理論の語自体は54年にスタンフォード大学高等行動科学センターで作られ、56年にアナトール・ラポポート、ラルフ・ガラード、ケネス・ボールディングに、ベルタランフィを加えて、一般システム協会が設立された。
 その後ベルタランフィは各種論文を経て『一般システム理論』(原著1968年)を著した。それによれば「一般システム」と称する場合のシステムとは「相互作用する諸要素の複合体」を意味する。これだと単なる相互連関モデルが想起されるが、概念の意図は異なる。
 彼は、一般システム理論は次の仮説の上に立つとした。①システムとは相互連関する要素からなる。②システムを部分に還元できない。③システムは目的に向かって動く。④システムは複数の下位システムを分出し得る。⑤複数の下位システムは相互連関して全体をなす。
 これら仮説的命題は、機械と比べた場合の生命の以下のような特質に照準する。(1)機械は自然内で発生しないのに生命は自然内で発生する。(2)生命は予期せぬ撹乱要因に対して免疫の如く自己調整機能を発揮する。(3)生命は構成部品を自ら産出して自己を維持する。
 こうした生命の特質から、ベルタランフィは、当時の統計熱力学やサイバネティクスの概念系や踏まえ、生命を、物質とエネルギーの代謝を伴う開放システムだと見し、そうした代謝を通じて情報の取り込みを行うことで低エントロピー状態を維持するものと想定した。
 ベルタランフィの目的は、生命の本質を剔抉することに加え、それを基に縦割化しがちな諸学を統合する点にあった。この点でメイシー会議の問題意識を継承していた。ただし彼の思考は、諸学を同型的構造が階層を構成するものとして統一できると考えた点で独特だった。
 諸学を物理学なら物理学という同一地平に基礎づける還元主義に対し、諸学を同型的構造の階層的構成として編成できるとする発想を彼は「遠近法主義(パースペクティズム)」と呼んだ。むろんこうした同型的構造の階層的反復という発想は彼の理論生物学に由来した。
 かかる同型性の発想は50年代にハーバードの社会学者タルコット・パーソンズに継承される一方(AGIL図式)、具体的モデル化は後のオートポエシス理論などに譲るとはいえ、統計熱力学的=エントロピー的発想は60年代半ば以降のニクラス・ルーマンに継承された。
 パーソンズの社会システム理論は、ニューディール政策のイデオロギー的後押しだったことに明らかなように反マルクス主義で、かつ社会制御に楽観的だったが、ルーマンのそれは、東側の政治肥大を批判する点は同じでも、社会制御(設計)に原理的に悲観的だった。
 ことほどさようにベルタランフィの一般システム理論は、サイバネティクスによる諸学統合を目指したメイシー会議が皮肉にも内包した多様な分岐方向を、いささか未規定な形ながらも包摂する趣きがあった。実際、諸学の数理化方向と教養主義的方向を双方備えていた。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-10-08 - 15:57:12
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「社会システム理論」とは何か(ある場所に書いた記事です)

 システム概念の要諦を「全体が部分の総和以上のもの」と見すところに求めるなら、そのルーツはアリストテレスの『政治学』第一巻にまで遡れる。そこで彼は、手足が体全体から切り離されたら意味をなさないことを例に、全体が部分和に優越するのだと述べた。
 理論としては、生物現象に見られる特異性についての共通の認識枠組としてベルタランフィが1940年代に提唱して以来の歴史しかないが、統計熱力学の発展と相俟って1960年代には一般的な用語系を築きあげた(ベルタランフィ『一般システム理論』原著1968)。
 まず、環境との相互作用がない場合を「孤立システム」という。均衡(平衡)概念は、初期状態設定後は孤立する場合にだけ適用できる。連立常微分方程式を用いた質点力学の枠組や、これを応用した経済学の一般均衡理論の枠組は、孤立システムに関するものである。
 また、環境との間でエネルギー移動があっても物質移動のない場合を「閉鎖システム」、加えて物質移動がある場合を「開放システム」、両方併せて「非孤立システム」という(なお前二者を“開放システム”、後者を“閉鎖システム”と誤称する者が跡を絶たない)。
 ビーカーを熱した際に見られる対流の秩序は、閉鎖システムの例である。川の水流の秩序や、炎の形に見られる秩序は、開放システムの例だ。ベルタランフィが注目を促すように、生物に見られる秩序は、エネルギー移動と物質移動を伴う開放システムに関わるものだ。
 孤立システムの理論枠組は、初期状態に外的インパクトが加わってから無限時間後の釣り合いを説明するが、非孤立システムの理論枠組は、システムと環境との不断のエネルギーや物質の出入りが秩序(低エントロピー状態=定常状態)を維持する仕方を説明するものだ。
 ベルタランフィ段階では、孤立システムの釣り合いを記述する連立常微分方程式が知られていたが、非孤立システム(閉鎖システムと開放システム)の秩序を記述する図式は未発見だった。前者の枠組を「均衡システム理論」、後者の枠組を「定常システム理論」と呼ぶ。
 非均衡システムを扱うのが定常システム理論だ。これについてベルタランフィは次の課題を挙げた。(1)生命が機械と違い自然内で発生するメカニズム。(2)生命が免疫など外的撹乱に自己調整機能を働かせるメカニズム。(3)生命が構成部品を自ら算出維持するメカニズム。
 課題に応じる形で、60年代にはサイバネティクスの影響を受けた制御理論によって定常システム理論を構成する動きがあったが(第二世代システム理論)、ヘンペルやアシュビーによる困難の指摘もあり、オートポエシスモデルへと代替された(第三世代システム理論)。
 数理的には、ハーケンのハイパーサイクル論やプリゴジンの散逸構造論を受けて非線型自己触媒モデルが模索され、概念的には、環境との不断の接触と内部作動の因果的循環により要素再生産と全体再生産(環境より低い複雑性の維持)が達成される仕組が注目された。
 パーソンズの社会システム理論は、ベルタランフィ段階で構築されたため、一般均衡理論(連立常微分方程式モデル)と制御理論(サイバネティクスモデル)のご都合主義的な貼り合わせに過ぎず、理論的洗練の可能性を欠いていた(パーソンズ『社会体系論』1953年)。
 これに対し、ルーマンの社会システム理論は1960年代半ばから、システムと環境との不断のエネルギーや物質の出入りが秩序(環境より「複雑性」が低い状態)を維持する仕方を説明する統計熱力学の概念を用いることで、事実上、定常システム理論を提案してきた。
 「複雑性」とは、与えられたマクロ状態(全体)に含まれる、ミクロ状態(要素)の配列からなる場合の数で、エントロピー概念に近い。場合の数(複雑性)が小さい(低エントロピー)ほど確率論的に「ありそうもなく」、相対的に「秩序化の度合が高い」と言える。
 オートポエシスとはマツラーナとヴァレラが提唱した概念だが、この概念は一方で、要素間の交互的条件づけのループからなるユニット・の間の交互的条件づけのループからなるメタユニット・の間の…という関係性によって、要素再生産による全体再生産を記述している。
 他方、メタユニットの間の交互的条件づけ(による環境構成)なくしてユニット間の交互的条件づけ(システム)がなく、ユニット間の交互的条件づけ(による環境構成)なくして要素間の交互的条件づけ(システム)がない。全体再生産による要素再生産の記述にもなっている。
 つまり「部分が全体を可能にし、全体が部分を可能にする」とも称される「全体と部分の循環」こそが、非孤立システム、特に開放システムにおける定常性の正体だというのが、オートポエシス概念の要諦である。70年代半ば以降のルーマンはこれを積極的に導入した。
 こうしたルーマンの議論は、19世紀末のユクスキュル以降のドイツ哲学的人間学の流れにも連なってもいた。ユクスキュルは、ミミズにはミミズの環境、人間には人間の環境があるという具合に、システムが未規定な〈環境〉を規定された環境に変換する、と見した。
 これを踏まえてシェーラーは、ミミズにとっての環境が、ミミズであることで生得的に決定されるという世界緊縛性を持つのに対し、人間にとっての環境が、人間であることでむしろ未決のまま開かれるという世界開在性を持つとし、これが人間的な自由の根拠だとした。
 さらにポルトマンは、動物は本能で環境を確定するが、幼体成熟(ネオテニー)の人間は文化で環境を確定するとした。文化を制度に置き換えればゲーレンの図式になるが、彼は、未規定性を除去する制度は自由への「拘束」でなく、自由のための「負担免除」だとした。
 制度をシステムに置き換えればルーマンの図式になる。ゲーレンから「負担免除」の概念を導入したルーマンは、予期の制度的配置が行為(や体験)に前提を供給し、具体的に生じた行為(や体験)が予期の制度的配置に前提を供給する、という動学的循環を付け加えた。
 ドイツ哲学的人間学の伝統は未規定性を人間的本質に据えたが、その延長上にルーマンは、たまたま存在する偶発的な社会システムが与える、予期と行為の間の、そして行為と行為の間の動学的循環が、別様であり得るとの体験と共に未規定性を規定化するのだとした。
 かかる論理に従えば、あらゆるコミュニケーションの全体としての〈社会〉の、外に拡がる、あらゆる全体としての〈世界〉は、いつも未規定である。またそれゆえに、〈社会〉も、〈社会〉に浮かぶ「現にある社会」としての日本も、過剰な偶発性に晒されている。(2700文字)
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-10-01 - 18:24:13
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社会学における「機能主義」とは何か?(ある場所に書いた記事です)

 ある事象を、その事象以外の事象に対する、またはその事象自身を含む全体に対する、何らかの貢献的または逆貢献的な作用によって、把握する立場一般を言う。ちなみに貢献的な作用を正機能、逆貢献的な作用を逆機能と呼ぶ。
 その思考伝統は紀元前四世紀のアリストテレスによる、作用因(因果性による原因)と区別された目的因(目的による原因)の区別に遡る。そこでは、世界(ありとあらゆる全体)を、第一原因に関係づける思考と、究極目的に関係づける思考とが、結びつけられた。
 社会学的機能主義のルーツは人類学的機能主義だとされる。マリノフスキーによれば、未開社会が法律も法実務家も欠くからと言って、法がないとは言えない。一見すると我々が馴染んだ法制度とかけ離れていても、等価な機能を果たす一連の営みが未開社会にある。
 例えば、トロブリアントにおける紛争に際する自殺や、中国における衆目を集める中での罵倒が、そうした営みの例だ。近代の法制度もこれら未開社会の習俗も、「公的に承認された手打ち」を供給する点で機能的に等価で、この機能に即して法を認めることができる。
 ラドクリフブラウンも、宗教を、共同体の危機に際して儀礼による統合機能を供給する装置として、捉えている。重要なのは、人類学的機能主義においては、機能を原因(目的因)として持ち出して存在を説明する目的論的な思考が、採られていなかったことである。
 だが人類学的機能主義から社会学的機能主義へと展開するに際し、1950年代のパーソンズが目的論的な思考を導入した。彼は近代経済学の一般均衡モデル(連立常微分方程式を用いた説明)が究極目標だとしつつ、対象の計量困難などで次善の策を採る他ないとした。
 彼は、社会を構成する諸要素を、変動しやすいもの(過程)と変動しにくいもの(構造)に分割し、前者の値を後者の存続に対する貢献機能で説明しようとした。構造に対する機能によって過程を説明するこうした図式は、一般に構造機能分析と呼ばれている。
 パーソンズが提案した構造機能分析は、小室直樹によれば、一般均衡分析がカバーできない部分を、制御モデルで埋め合わせるものであった。1960年代後半の日本では小室直樹、富永健一、吉田民人らが、パーソンズの構造概念の翻案を通じて、制御モデルを洗練した。
 彼らに従えば、与えられた条件(構造)の下で各変数(過程)の値のセットが、一般均衡モデルがいう意味での均衡によっ決まる。次に、この値のセットの、社会にとっての貢献度を評価する評価関数が、社会にとってこのセットが許容可能か許容不可能かを、判断する。
 社会にとって許容可能なら、過程を構成する値のセットを均衡的にもたらす構造は、不変のままに留まる。社会にとって許容不可能なら、過程を構成する値のセットを均衡的にもたらす構造は、許容可能な値のセットを均衡的にもらたす構造へと、構造変動を遂げる。
 がかる洗練は、パーソンズの「過程が構造にとって好都合なものに変動する」という説明が、過程に関する目的論的説明に堕する事態を、回避するべく、過程と構造を、均衡分析的な変数と関数の関係と見立て、構造の変動についてだけ工学的な制御モデルを導入したものだ。
 その背景には、関数から出力される値のセットの許容非許容を評価して関数自体が変動する場合、その変動を司る構造変動関数が、値のセットを均衡的に出力する過程均衡関数と、完全に独立でなければならないとする、ヘンペルやアシュビーによる証明も、確実にあった。
 ところが、こうした日本の機能主義者による、過程均衡関数と構造変動関数の対(つい)を用いた改訂版構造機能分析が、新たな背理に見舞われざるを得ないことを、1970年代後半に志田基与師や橋爪大三郎を中心とする当時の若手社会学者が、指摘するようになった。
 指摘は主に二点に及んだ。第一に、パーソンズ以降の社会学的機能主義において、社会の存続に必要な機能的条件(これを機能要件と呼ぶ)は、パーソンズのAGIL図式を嚆矢として複数存在する(複機能要件)と見立てられてきたが、これが背理を招くのである。
 弱順序からなる順序付けが複数ある場合、それを合理的に合成(順序合成という)することが不可能であることを、経済学者アローが数学的に証明したが、所謂コンドルセのパラドクスを特殊ケースとして含むこの証明を、志田は複機能要件の合成に応用してみせた。
 複機能要件モデルを前提とした構造変動関数が存在しないというこの証明に加えて、第二の指摘がなされた。社会にとって許容的な値のセットを出力しない構造(過程均衡関数)を、許容的なセットを出力する構造へとシフトさせる構造変動関数の、過剰な恣意性だ。
 要はこういうことだ。社会にとってクリアが求められる、変数の値のセットのハードルがあるとして、当初クリアできなかったそのハードルの高さがどれくらいで、そのハードルを新たにどれくらいの余裕でクリアすれば良いのか、どうとでも言えてしまうのである。
 この第二の指摘は従来あまり注目されて来なかったが、(1)構造がもたらす値のセットを評価して、(2)その評価値次第では構造変動先を特定して変動させる、というモデルが過剰に抽象的で、具体的現象を説明的に特定するのが困難だ、という問題を言い換えたものだ。
 かくして、ヘンペルやアシュビーの不可能性定理に触れないための、過程均衡関数(構造)と構造変動関数とを別立てにする―つまり相互連関モデルに制御モデルを接木する―という洗練も、社会への具体的的適用をめぐって重大な困難に見舞われることが判明した。
 日本における社会学的機能主義が、パーソンズが先鞭をつけた過剰な数理化志向によって、実りのない理論的営みへと頽落したのと引き換えに、ドイツでは行政官僚から社会学者に転じたルーマンが、社会学的機能主義を説明的営みから引き剥がす「復古」を行った。
 ルーマンが引照するように、人類学的機能主義は、存在を機能によって説明していない。なのに、未開社会における一見異様な営みが我々にとっての法的営みと機能的に等価だ、とする分析も、宗教儀礼が危機の際に統合機能を果たす、とする分析も、高い認識利得を与える。
 ルーマンによれば、与えられた課題に対する解決が、一つではなく多様にあり得るのに、実際は一つだけ解決が選ばれている、という偶発性の認識へと道を開くからこそ、かかる認識利得がある。そこにおいては「課題が、解決の複数性を領域開示している」と言える。
 クリアすべき課題が複数あれば、課題aが複数の解決策からなる領域Aを開示し、課題bが複数の解決策からなる領域Bを開示し、課題cが複数の解決策からなる領域Cを開示し…となり、与えられた現象は、領域AとBとCが重なりあう領域の中に存在することになる。
 ルーマンに従えば、流動的に変動する環境の中で、紆余曲折の末に進化を遂げてきたシステムが、単一ないし少数の原因から説明されることもあり得ないし、そのシステムが対処している課題も極めて多岐に及ぶので単一ないし少数の機能を論じて足りるはずもない。
 一意の指定を与える因果的ないし機能的説明から、他であり得る等価領域を与える機能的記述へのシフトは、同一性を無時間的均衡で維持する均衡システムのモデルから、同一性を物質やエネルギーの流れの中で維持する定常システムのモデルへのシフトと相即する。
 つまり、一意の機能的説明を与えるパーソンズ的な構造機能主義から、偶発的な等価領域についての機能的記述を与えるルーマン的な機能構造主義への1960年代のシフトは、システムのモデル化に際する、均衡システムから定常システムへのシフトが要求したものだ。
 彼は、社会を定常システムとしてモデル化する際の枠組として、マツラーナやヴァレラなど1960年代から70年代にかけての免疫学や神経学におけるシステムの概念化を参照するが、これら領域では一意の結果を導く説明はもはや全くあり得なくなっていたのだった。
 加えてルーマンの枠組には、規定不能性をめぐる諸科学のパラダイムシフトも反映する。19世紀末のユクスキュル以降のドイツ哲学的人間学では、ミミズにはミミズの環境が、人間には人間の環境があるという具合に、システムが〈環境〉を環境に変換すると見す。
 システムによって変換される以前の〈環境〉は、物理的なetwas(何か)ではあっても、何であるかを規定できない。ルーマンは、システムが環境の規定不能性を規定可能性に変換すると表現した。規定不能性と規定可能性の間には懸隔があり、もとより一意の対応はない。
 この事実は、機能を論じる際の機能的準拠枠組を、決定論的に正当化できないことを意味する。言い換えれば、現に存在するシステムの作動と無関連に、環境が客観的に要求してくる機能要件はない。機能要件が作動をもたらすのでなく、作動が機能要件を生むのだ。
 それゆえに、システムの全体は、システムの部分品や部分的生成物を参照せずしては観察できず、システムの部分品や部分的生成物は、システムの全体を参照せずしては観察できない。こうした循環の無限性が指し示す何かとしてのみ、システムの全体性は存在する。
 批判理論第一世代のベンヤミンは、全体性を、砕け散った瓦礫に一瞬浮かぶ星座だと見し、いわば第四世代に当たるボルツは、全体性を、相対一次に対する相対二次・を相対一次とする相対二次・…という無限反復が織りなす観照的地平=サードオーダーと見す。
 かつては形式論理の無矛盾性の内側に世界の全体性を収納しようという営みがあったが、ゲーデルの不完全性定理によってその不可能性が証明されて以降、世界は循環の中で辛うじて像を結ぶ規定不能な何かになった。その循環が言語ゲームであり、ルーマン的システムだ。
 プレスナーによれば、ドイツのロマン主義的思考伝統は、宗教改革を帰結した「宗教的超越の不全」や、フランス革命がドイツに突きつけた「啓蒙的超越の不全」を、規定可能な全体としての普遍に対する懐疑的思考―未規定な全体という思考―によって埋め合せる営みの反復だ。
 批判理論の系列が引き継いで来た未規定な全体という思考を、ルーマン的システム理論とそれに結びついた等価機能主義もまた反復している。その意味で、彼の機能主義は、意外にも、生物学的システム理論の高度な達成と、ドイツのロマン主義的思考伝統が、交わるところにある。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-08-31 - 01:36:17
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自治創造学会シンポジウム(2012年5月11日)での宮台発言です。

宮台 日本には国際標準的な意味での自治がありません。自治は自治体の営みではないんですね。僕は今、世田谷区基本構想審議会座長代理と、厚生労働省の社会保障教育に関する検討会の委員をやっております。それとは別にグリーンアクティブというワークショップを中心とした自治のプラットホームの発起人をやっています。また昨日マスコミが話題にしていたように、「原発都民投票条例の制定を求める住民直接請求」の請求代表人として署名活動をしてきました。これらの活動はすべて同一の目的を目指したものです。つまり日本に、従来存在しなかった自治を、歴史上はじめて存在させるという目的です。

 なぜ自治を考えるのか。3.11の福島第1原発事故がヒントです。この人災事故でわれわれは自分たちが〈原発を止められない社会〉にいることが分かりました。〈原発を止められない社会〉である本質的な理由は何か。〈巨大なフィクションの繭〉のせいです。例えば日本にしかない「100%原発安全神話」。そのせいで津波対策やフィルタードベントなどの追加的安全対策が、技術はあるのに採用されなかった。また例えば日本にしかない「いつかは回る核燃サイクル神話」。そのせいで中間貯蔵施設の使用済核燃料が日本でだけ資産計上されている始末。真実を認めた瞬間に最終処分コストを負債計上せざるを得ないので地域独占電力会社のバランスシートが暗転して幾つかは確実につぶれるのですが、それに目をつぶって「原発は安い神話」を鼓舞してきました。

 3.11後は東京近辺で計画停電がなされましたが、計画停電には意味が無いと世界中から嘲笑されています。供給余力がある午前中や夜間に節電しても意味がない。ピークシフトのためのピークマネジメントにだけ意味がある。具体的には、第一に、市場を通じた需給調整システム、すなわち緊急時調整特約を含めた受給調整特約を、構築すれば良いだけです。第二に、欧州ならばどこの国でもやっている系統融通システムを、九つの地域独占電力会社の間に構築すればよいだけです。夜中に街路灯を消して交通事故が誘発されていましたが、全くの思考停止で、ナンセンスそのものです。こうした出鱈目が、マスコミや政府や自治体によって奨励されていました。

 これらが〈巨大なフィクションの繭〉の中で、何もものを見ないで出鱈目な決定を連発してきているのが、日本の政治です。これは戦前から変わっていません。日本には、零式艦上戦闘機を作る技術的能力はあっても、戦争を合理的にマネージする社会的能力がありませんでした。同じで、日本には原子力発電所を作る技術的能力はあっても、原発政策を合理的にマネージする社会的能力がありません。この社会的無能力が、地方自治の体質に由来するのだというのが、僕の考えです。地方自治の民度があきれるほど低い。その例を住民投票問題に見ることができます。そのことを原発住民投票条例に関わる二つの日本的誤解を解きながら説明します。

 原発住民投票条例の制定を求める動きは、原発都民投票条例を皮切りに、新潟原発県民投票条例、静岡原発県民投票条例へと拡がっています。第一の誤解を解きます。原発住民投票条例は脱原発条例ではありません。原発反対であれ原発推進であれ自らの意志を住民投票を通じて表明することを可能とする条例です。国際標準では自治体条例は(1)市長提案(2)議員提案(3)市民提案の3つのルートで制定できます。(3)が直接請求で、そのために法定署名数を集めねばなりません。ところが日本ほど直接請求のハードルが高い国はない。子細は省きますが、署名が有効であるために数限りない法的制約を突破せねばならない。

 幸い東京都については法定署名数21万筆を10万以上超えた32万筆が集まりました。署名いただいた方がここにもいらっしゃるかも知れませんが感謝いたしております。さて第一の誤解について繰り返すと、「脱原発であれ原発推進であれ住民が決めることが重要」ということです。なぜ住民が決めることが重要か。政治哲学的に謂えば、民主主義の基本は、妥当な決定が生まれるか否かにかかわらず、民主主義的に決めること自体に価値があるという価値観です。この価値観を改めて繰り返すのはやめ、ここでは、妥当な決定が生まれるか否かを、民主主義的な〈参加と包摂〉が極めて大きく作用することを述べます。そのことが、原発住民投票条例に関わる第二の誤解に直接関わります。 

 住民投票と言うと、いまだに「ポピュリズムだ」「衆愚政治だ」というふうに批判する向きがありますが、先進各国では三十年以上前に問題外になった愚論です。住民投票は「世論調査に基づく政治的決定」ではありません。数ヶ月後の住民投票に向けて、公開討論会やワークショップ等を繰り返し、一部は法令を通じて行政や企業や学者などに情報を出させます。加えて、主要な論点ごとに対立的な立場の専門家を呼んで、市民が意見を聴取し、市民が質疑応答します。そして最後に専門家を排除して当事者である住民たちが決めます。つまり住民投票はワークショップや公開討論会の組み合わせで考えられるべきものです。これが国際常識です。

 日本では馴染みがない考え方に見えますが、医療におけるインフォームドコンセントとセカンドオピニオンの制度を考えれば意味が分かるでしょう。昔だったら担当医が手術すると言えば手術を受ける他なかったですが、今では担当医がセカンドオピニオンをとってくるように患者に要請します。患者は幾人かの医者を回ってオピニオンを聞きます。ある医者は手術は要らないといい、別の医者は手術は必要だが今すぐにではないといいます。これらを踏まえて、非専門家である患者当事者が手術の如何を決めます。こうしたやり方が〈巨大なフィクションの繭〉を破るのに役立つ理由はもうお分かりでしょう。専門家に任せきりにするのとは違い、どんな問題があるのかを非専門家である当事者自身が観察し、評価し、判断するからです。

 日本に住民投票制度が根付いていれば「目から鱗」的なことだらけでしょう。「絶対安全神話」も「いつかは回る核燃サイクル神話」も「電力が足りないから計画停電」もあり得ないことが一瞬で判ります。〈事実〉だけでなく〈価値〉についても「目から鱗」だらけでしょう。昨今話題の大飯原発再稼働を巡る「大規模停電か原発再稼働かの二者択一」もあり得ないことが一瞬で判ります。国際標準の議論はこうです。大規模停電は「規定可能なリスク」つまり対処が可能であり、原発事故は「規定不能なリスク」つまり予測不能・計測不能・収拾不能です。たとえ民主的手続きを経た決定であれ、停電と再稼働を二者択一にして再稼働を選ぶことは、非倫理的で許されない。ドイツのメルケル首相が招集した原子力倫理委員会は現にこうした結論を出し、原発にブレーキをかけたのでした。

 原発住民投票に先立つ公開討論会やワークショップでは以下の3点が焦点になるでしょう。第一点は短期的問題で「原発を止めたらこの夏は乗り切れない」は本当か。第二点は中期的問題で「原発停止の穴を再生可能エネルギー等では補えない」は本当か。第三点は長期的問題で「原発停止で日本経済はダメになる」は本当か。第一点については、市場調整や系統融通の可能性が隠蔽されてきた事実を既に述べました。第二点については、再生可能エネルギーの不安定さを吸収するベース電源として地熱の可能性が隠蔽されてきた事実や、ドイツや北欧で普及しているコジェネ(熱を電気に変換せずに熱のまま利用する地域循環システム)の可能性が隠蔽されてきた事実が問題になるでしょう。

 第三点については、ドイツが過去十年間CO2排出量もエネルギー使用量も減らしつつ日本を遙かに凌ぐ経済成長を遂げた事実や、北欧諸国における「我慢の節電」ならざる「喜びの節電」という共同体自治の事実や、「電力使用の抑制(発電所停止)」ならざる「ネガワットの発電(節電所建設)」という節電イノベーションの発想が各国に行き渡っている事実が問題になります。特に問題なのは経済成長の思考です。グローバル化の下では、どのみち新興国に追い付かれる既存産業領域で労働分配率低下競争を勝ち抜いて生き残る成長戦略---格差拡大的成長戦略---と、新興国が簡単には発信できない価値に基づいて新たな市場を切り開く成長戦略---格差縮小的成長戦略---とが区別されるべきです。前者から後者へのシフトが産業構造改革に当たる。産業構造改革を起爆する再生可能エネルギーは「日本経済に悪い」のでなく「既得権益産業に悪い」だけという事実が問題になります。

 住民投票に伴うワークショップや公開討論会で破れる〈巨大なフィクションの繭〉は他にも細かいものが多数あります。日本以外の先進国は、市民や事業者や自治体が、どんな電力会社からどんな電源をどう組み合わせて購入するのか、自由に選べます。そのために、電力網と情報網を結合したスマートメーターを使って、リアルタイムでのデマンドレスポンス型の需給調整をします。こうした事実が知られずに、いまだに電力会社一社からしか電気が買えなくて当たり前だと思われてきました。僕が行政に関わっている世田谷区では逸早く特定規模電力事業者(PPS)が参加する競争入札制度を導入しました。これによって年間4000万円以上の予算を浮かせられます。ところがここにも巨大な妨害がある。

 地域独占電力会社と中央行政の結託による妨害です。第一は「託送料金による妨害」。送電線網を利用する際に地域独占電力会社に払う「託送料金」が欧米に比べて三倍以上高く、算定根拠が情報公開されていません。第二は「送電線網の恣意的独占による妨害」。震災直後の計画停電時、PPSと大手企業の自家発電の発電能力は6000万kWを超えていましたが、東電が送電網を使わずに「計画停電」を実行しました。第三は「30 分同時同量規制による妨害」。送電網利用に際しPPSは需要と供給を30分毎に誤差3%以内に合わせないと高額のペナルティ料を科します。足りない場合は地域独占電力会社から通常の三倍以上の価格で買わねばならず、余った場合は地域独占電力会社にタダで召し上げられます。

 こうした市場妨害に加えて内部移転があります。地域独占電力会社は収益の9割を独占市場の家庭用電力からあげ、事業者用電力からは1割だけ。なぜなら今紹介したような市場妨害をした上で、なおかつPPSが参入できる事業者用電力について不当な安値で電力を供給するからです。これが不当なのは、事業者向けの安値での供給を、家庭用向けの独占高額供給による膨大な収益で支える、内部移転を行うからです。内部移転とは、政府が保護する非競争部門であげた巨大収益を、競争部門に移転することで価格競争を勝ち抜くこと。こうした内部移転は、電力部門以外にも、放送部門(放送網独占者が番組供給)や、通信部門(通信網独占者が携帯電話供給)でも行われ、「垂直統合」と呼ばれます。

 日本以外の先進国では内部移転は違法ですが、日本の公正取引委員会はほぼ完全にスルー。理由は、内部移転を可能にする垂直統合によって巨大収益を上げる企業群こそが、霞が関の最も重要な天下り先になっているからです。そして、クロスオーナーシップが許容されて新聞社が放送局を持ったり放送局が新聞社を持ったりできる日本では、放送部門の垂直統合による内部移転を、マスコミが問題にすることが永久にあり得ません。つまり、こうした「権益もたれあい」による〈巨大なフィクションの繭〉の維持が行われているのです。権益だけを参照して、現実を参照しない、という〈心の習慣〉は、実は丸山眞男によって徹底的に分析されています。

 政治学者の丸山眞男は、戦前の陸軍参謀本部と海軍軍令部に関して興味深い分析をしています。丸山によれば、陸軍参謀本部にも海軍軍令部にも現状分析部署と政策立案部署があり、背後に利権ネットワークを抱える政策立案部署が「えらい」とされましたが、政策立案部署が、現状分析部署を無視して専ら権益だけ参照して政策シナリオを作り、それに合わせて現状分析部署が現状分析を書き替えました。つまり日本では、現状にマッチした政策を策定できず、まず利権に基づく政策シナリオありきで、それを成立させるために現状認識の歪曲がなされるのです。昨今のエネルギー問題を見ても〈巨大なフィクションの繭〉の中で決定が行われるこの構図は変わりません。

 丸山はここに日本的組織の出鱈目を見ます。権益だけを見て政策を作り、政策にとって「見たくないもの」を見ない〈心の習慣〉です。丸山は、個人的能力の欠落よりも文化に属する問題だとします。実際、武器弾薬どころか水も食料の補給も欠いた出鱈目な作戦立案について、東京裁判ではA級戦犯全員が、一般には権原問題と呼ばれるように、「内心忸怩たる思いはあったが、自分にはどうしようもなかった、空気に抗えなかった、やめられないと思った」と証言したわけです。ナチスのように「狂気の大ボスに率いられたナラズ者集団の暴走」ならば問題を属人的に処理できるのですが、日本のように「大ボス不在のエリート集団の暴走」は問題を組織や人に帰属できず、文化の手当てという困難な問題に直面します。原発事故で明らかなように、日本の行政官僚組織の文化は今も不変です。

 〈巨大なフィクションの繭〉問題はかくも根深い日本的な組織文化の問題です。文化そのものを一朝一夕に変えることはできません。文化(心の習慣)が行為の配置をもたらし、行為の配置に対する適応が文化(心の習慣)をもたらす、という循環が回っているからです。でも、逆にいえば、文化(心の習慣)はこうした循環の回り方を変えることで---例えば適応対象となる行為の配置を変えることで---変えられます。だから僕は、人々が前提とする行為の配置を変えるべく、住民投票と公開討論会ないしワークショップの組み合わせを提案しているわけです。これは、愚昧な論壇誌にあるような「日本も組織文化を変えるべきだ」といった単なる「祈り」とは異なる、具体的な処方箋になります。

 こうした提案に対して必ず出てくる批判の、第一が「住民投票は議会軽視だ」で、第二が「住民投票は国策になじまない」という批判です。欧州でもかつてそうした議論がありましたが、いまや馬鹿げた議論です。第一の批判に反論すると、福島第一原発の双葉町議会も福島県議会も現に〈巨大なフィクションの繭〉を破れず、「絶対安全神話」や「核燃サイクル神話」を信じ込んで、国内外に恥を晒しました。議会がこうした赤っ恥を晒さずに済むように、むしろ住民投票と公開討論会ないしワークショップの組合せが議会をアシストするのです。例えば住民投票に先立つ公開討論会やワークショップで行政や事業者や専門家から引き出された数多の情報は、議会での討論がそのまま引き継げるものです。

 第二の国策云々という批判も、所詮は「国策を決定するのは国の議会(国会)だ」という発想です。昨今の国会の体たらくは見るも無惨ですが、それを横に置いても、双葉町議会や福島県議会と同じく、国会もまた〈巨大なフィクションの繭〉を破れませんでした。僕は憲法改正をして一足飛びに国民投票に向かうことには反対ですが、各自治体における住民投票と公開討論会ないしワークショップの反復を通じて地方レベルから〈巨大なフィクションの繭〉を破る動きが積み重なれば、必ず国会での議決にプラスになります。それによって、「絶対安全神話」や「核燃サイクル神話」の如き日本にしかない馬鹿げた神話の上で国会運営を続けてきたという国際的な恥晒しを、回避することができます。

 以前から僕は、一部の方々がご存じのように、(1)〈任せて文句埀れる社会〉から〈引き受けて考える社会〉へ、(2)〈空気に縛られる社会〉から〈合理を尊重する社会〉へ、という二つのスローガンを掲げてきました。これだけでは単なる「べき論」すなわち意味のない「祈り」に過ぎません。そこで、こうした「〜から〜へ」のシフトを実現するべく、二つの制度の導入を提案します。第一が、今申しあげた〈官僚シナリオに基づく有識者会議とその結論を鵜呑みにする議会の決定〉から〈公開討論会ないしワークショップを経た住民投票による決定〉へ、です。第二が、既に様々な著作で申しあげてきた、〈補助金行政〉から〈政策的市場〉へ、です。

 詳しく言えば、〈補助金目当で行政に従う社会〉から〈善いことをすると儲かる社会〉へ。巨大なシフトなので単なる「べき論」に見えますが、このシフトがない限り国であれ自治体であれどのみち財政破綻するので、待っていればいい。日本は先進国のどこよりも全就労者に占める公務員割合が小さく、予算に占める社会保障費割合も小さいのに、先進国のどこより国の借金(国債残高)が大きい。理由は、いまだに補助金行政が主軸だからです。国と地方の借金は、国民の貯蓄を原資とした銀行からの貸付。貯蓄率が1%余りしかないので、間もなく原資が枯渇する。ところが、補助金行政は、特措法を作り、特別会計を確保し、配分のための特殊法人を作り天下り先を確保し、配分先の業界にも天下り先を確保するもので、カネを大きく回すほど利権が大きくなるのでコスト圧縮動機が働かず予算効率が悪くなり、イノベーション動機が働かず技術効率も悪くなります。

 昨年暮れに新聞が風力発電の大半が赤字事業だと報じました。赤字は全て行政が事業をやっていた所です。役人には(1)ビジネスノウハウがなく(2)ビジネスネットワークがなく(3)ビジネス動機がなく(4)ノウハウの継承がなく、破綻して当然です。環境行政の国際標準は(a)フィード・イン・タリフ(固定価格買取制)(b)炭素税(c)排出量取引ですが、これらは、行政がルールメイカーとなって、従来と違った環境保全的な振舞いをしないと儲からない市場環境を作るものです。行政のなすべきことは、善いことをしないと儲からない政策的市場の設営と維持。プレイヤーは民間事業者。かくて(1)~(4)の弊害を越えられ、行政は「事業をする」のでなく「ルールを作る」ので意味のないカネを回す必要もなくなる。

 問題は行政がどんなルールを作って管理するのかです。うまく行っていないのがアメリカです。ここは上下両院で三万人のロビイストがいて、巨大企業や巨大NPOからカネをもらって議員にロビイをかけ、巨大企業や巨大NPOに有利なルールメイクをさせます。かくしてウィナー・テイクス・オール的に勝者が自分に有利なルールを作る結果、今やアメリカのNPOにはかつての草の根の匂いが消え、NPOの分布が社会的ニーズと対応しなくなってきました。ことほどさように政策的市場すなわち〈善いことをすると儲かる社会〉を実現するにはルールメイク過程に注意が必要です。僕の考えでは、ルールメイク過程に〈公開討論会ないしワークショップを経た住民投票による決定〉を導入するべきです。

 〈補助金目当で行政に従う社会〉の変形バージョンに〈交付金目当で中央に従う地方〉があります。機関委任事務など霞が関の出店として振る舞うと地方自治体にカネが落ちる仕組。これもやめるべきです。これも単なる「べき論」じゃない。やめないなら程なく地方が社会的かつ経済的に空洞化するだけです。国レベル同様、自治体レベルでも、政策的市場で〈善いことをすると儲かる社会〉を作るしかありません。従来の分権化は「地方自治体化」でしかありませんでした。国家公務員が地方公務員に置き換わるだけで〈任せて文句埀れる社会〉も〈空気に縛られる社会〉も不変です。住民投票と政策的市場を用いて〈引き受けて考える社会〉と〈合理を尊重する社会〉にシフトさせることを提案します。

 最後に、〈任せて文句埀れる社会〉も〈空気に縛られる社会〉も、日本人の大半が民主主義の本質を理解していないことに関連していることを確認し、教育への視座を提供したいと思います。初期ギリシアに遡る民主主義の本質は、市民集団の〈依存〉ならざる〈自立〉の奨励にあります。今日で言えば、民主主義の本質は、市民らの「参加と包摂」にあるということです。ところが日本ではこれが誤って教えられてきました。日本では民主主義を多数派政治(多数決)に力点を置いて教えます。日本国憲法施行直後に文部省が配布した『新しい憲法のはなし』にも民主主義とは多数の意見に従うことであり、多数の意見は少数の意見よりも間違うことが少ないとあります。とんでもない間違いです。

 民主主義の本質は、多数派政治でなく〈参加と包摂〉です。これを平たく言うと〈引き受けて考える社会〉と〈合理を尊重する社会〉になります。日本はそうでなく〈任せて文句埀れる社会〉でありかつ〈空気に縛られる社会〉です。〈任せて文句埀れる社会〉と〈空気に縛られる社会〉は「多数決」と両立しますが、「参加と包摂」とは両立しません。民主主義を多数決だと思い込んでいる時点で、実は民主主義の本義である〈自立〉を全く理解していないことになります。「参加と包摂」は巨大な国家規模では無理です。基礎自治体規模の〈共同体自治〉でなければなりません。3つの観点があります。第一は安全保障の観点。第二は正統性の観点。第三は実存の観点です。

 第一の安全保障論を説明します。日本では昨年の参院選挙に見るように未だに「市場(自己決定)か、国家(再配分)か」の二項図式が機能します。これは先進各国から二〇年以上遅れた図式です。今日ではとりわけグローバル化を背景に、市場であれ国家であれ巨大システムに依存しすぎるのは危ないとの認識が拡がった結果、「共同体の自立か、システムへの依存か」の二項図式--正確には連続的な物差し--が用いられるようになりました。70年代の福祉国家政策破綻による「小さな政府」化を背景にしています。アングロサクソン国家群では「小さな政府」が新自由主義的(市場主義的)なニュアンスになったのに対し、ラテン国家群では比較的共同体主義的なニュアンスになりました。エマニュエル・トッドに従えばアングロサクソン的伝統では家族親族ユニットが小さいのでラテン的伝統では家族親族的相互扶助に委ねる領域が市場化されるからです。

 でもアングロサクソン国家であるイギリスでも97年のブレア労働党政権誕生以降、ブレインの社会学者アンソニー・ギデンスが「第三の道」を提唱し、79年のサッチャー政権誕生時にダグラス・ハード大臣が提唱した「新自由主義」の初心に戻る形で、「小さな政府」の目標が、財政破綻への対処のみならず、共同体空洞化への対処でもあることが確認されました。今の保守党キャメロン政権もそれを継承して「大きな社会」を提唱します。もう一つのアングロサクソン国家アメリカでは、ブッシュJr政権以降、市場主義的自由を掲げる共和党の支持母体にエヴァンジェリカルズ(福音諸派)が加わるようになった結果、以前に増して信仰共同体(宗教的アソシエーション)における相互扶助が強調されるようになりました。ロバート・ニール・ベラーが言うようにアメリカの「小さな政府」は建国当初から数多の信仰共同体の活動(市民宗教)を前提としてきたのです。

 僕が言う共同体自治とはコミュニティとアソシエーションの区別(目的共有的契約の有無)を前提にしたものでなく、信仰共同体(宗教的アソシエーション)をも含めた概念です。生活空間と生活時間の共有による共通前提の大きさ(同じモノを同じように体験する可能性)に注目して共同体の言葉を使うからです。この言葉遣いを前提とすれば米欧の別を問わず共同体自治は市場や国家など巨大システムへの過剰依存を抑止する装置です。とりわけ90年前後の冷戦体制崩壊の後は急速な資本移動自由化の拡大で市場と国家がかつてのように機能できなくなりました。

 市場では、経済成長が所得を約束しなくなります。どのみち新興国に追いつかれる産業領域では利潤率均等化法則に従って新興国並みに労働分配率を切り下げた企業しか生き残れないからです。国家では、資本流出に備えて減税政策が採られ、労働分配率低下で課税収入も減って、再配分の原資がますます減ります。かくして欧州では「補完性の原則」、米国では「共和制の原則」という言葉で、改めて「自分たちでできることは自分たちでやり、それができない場合に行政をできるだけ小さな単位から呼び出す」という〈共同体的自治〉の重要性が再認識されるようになります。ここでは不透明な巨大システムに依存する危険が安全保障の視座から主題化されています。昨今のアメリカでのティーパーティー運動もウォール街占拠運動もこの点で機能的に等価です。

 第二の決定正統性問題。原発の立地の是非は合理的な行動計算にそぐわない問題です。一〇〇〇年に一度しか起こらない事故だけど、いったん起これば隕石落下の如く予測不能・計測不能・収拾不能になるとします。合理的な行動計算は、事象利得に生起確率をかけて全事象分を足すことで得られる期待利得を、行動ごとに比較することでなされるので(ベイズ統計)、予測不能・計測不能・収拾不能な事象については計算不可能です。こうした問題についての政策的決定は合理性を証明できません。合理性を証明できない問題についての決定を統治権力に委ねることは無理です。無理に決定すれば統治権力が正統性問題を抱え込むことになります。だからこそ、自治で決める必要があるのです。むろん自治で決めても決定の内容的合理性は証明できません。だからこそ「自分たちで」引き受けて結論を出したもの以外は納得できないということになります。

 第三の実存問題。〈引き受けて考える社会〉〈合理を尊重する社会〉は〈任せて文句埀れる社会〉〈空気に縛られる社会〉より面倒です。人任せ&空気任せは「便利で快適」。そんな「便利で快適」な日本が幸福度調査で75位以上に来ず、英国の4倍の自殺率。不透明な巨大システムに過剰依存する結果、自分が何をしているのか、自分が何者なのかも分からない。「便利と快適」より「幸福と尊厳」が大切です。それには自分たちで自分たちを操縦する自治が不可欠です。全てに共通します。60年代にはモノが輝きました。当時に比べれば今の車は性能も安全性も快適さも上ですが、高級車でさえ輝かない。できすぎていて〈依存〉するしかない。ラジオの分解と同じく、かつての車はいじり倒せた。

 三つの問題をまとめます。今回の原発災害で僕らは安全を国家に依存することの「安全保障」的限界を知りました。国家は原発について何も知らずに推進するだけ。何も知らない政治家や官僚に未来を委ねる営みには何の「正統性」もありません。そんな生き方をする僕らはイギリスの4倍の自殺率、超高齢者所在不明、乳幼児虐待放置、孤独死、無縁死など先進国にあり得ない「実存」問題を抱えます。ならば自分たちのことを自分たちで決める営みに乗り出すしかない。〈共同体自治〉つまり〈参加と包摂〉の民主主義。これは国民大の多数派政治じゃない。僕が要求する住民投票制度も、多数派政治つまりポピュリズムを回避し、〈参加と包摂〉に基礎付けられた〈共同体自治〉に向かうものです。

 補足します。〈参加と包摂〉と言いましたが、包摂面を述べませんでした。住民投票と討論会ないしワークショップの組合せが包摂機能をも目指したものであることを述べて説明にかえます。これらの活動の第一目的が〈巨大なフィクションの繭を破ること〉だと述べましたが、第二目的は〈分断された住民を知識社会に包摂すること〉です。後者を説明します。僕らが提示した都民投票条例案では住民投票資格を「16歳以上の住民」「永住外国人を含む住民」としました。力点は投票資格より公開討論会やワークショップへの参加資格にあります。かかる参加を通じて効果的な公民教育が可能になり、かつ「最近の若者ときたら…」「大人なんて結局…」「中国人たちの陰謀が…」といった経験に裏打ちされない思い込みを討論実績を通じて解除して信頼醸成を行えます。参加は包摂への道です。



宮台 民主主義の本義は〈依存から自立へ〉です。この本義に沿って〈国から地方へ〉があると言いました。だからこそ〈制度から人へ〉が大切になることを述べます。制度は大切ですが、制度への依存はいけません。山中さん(松坂市長)がおっしゃる通り。僕はあることで懲りたのがきっかけでそう思うようになりました。僕はかつて文科省の寺脇研を後押しして「ゆとり教育」の旗を振りました。「ゆとり教育」は元々「体験を通じた成長に時間を使え」という意味。カリキュラムを緩くしろという話じゃない。ところが年次改革要望書でアメリカが長時間労働を非関税障壁として取沙汰し、公務員の勤務時間からということで政治決定として学校週休2日制導入が決まり、それが「ゆとり」という話になりました。

 加えてもっと重大な問題がありました。90年代前半、文科省は校長権限を強化し、カリキュラムを自在に編成できるようにした結果、クラスをなくすこともできるし、教員免状を持っていない人が教壇に立てるようにしました。でもそれを利用した校長は皆無に近かった。唯一の例外が僕の盟友である藤原和博氏が民間人校長を初めて務めた杉並区の和田中学。子どもたちはグループ学習を中心とするワークショップを繰り返すことで、普通の公立校なのに、国際学力比較調査PISAと同等の調査で、1位フィンランドと並ぶ学力を身に付けるまでになりました。申し上げたいのはこういうことです。制度を変えても〈心の習慣〉が変わらない限り何も変わらない。

 逆に言えば、現行制度の下でも、松坂市がそうですが、〈心の習慣〉を打破し自明性を打ち破る人が出てくれば凄いことができます。「国が制度を変えないからどうにもならない」と〈文句埀れ〉ている限りどうにもならない。国の中枢を見て下さい。霞が関や永田町に分布する人材がどの程度か皆さんにはもうお分かりになったはず。あんな連中に〈任せて〉もどうにかなりますか。とりわけ霞が関のキャリア官僚の多くは国民を愚民視します。これも教育の失敗です。柳田国男が言うような「ムラが神童を支えるがゆえに神童が長じてムラに恩を返す」共同体の枠組を壊し、補完しなかった結果です。補完欠如の背景に、教育目的を社会貢献に置かず子供の幸せに置いた日教組教育の出鱈目があります。



宮台 中沢新一さんやマエキタマヤコさんらとグリーンアクティブというコンセンサス会議のプラットフォームを立ち上げました。コンセンサス会議を「対話の会議」と呼ぶことにしていますが、元々はデンマークで生まれの、数々の実績を積んだワークショップ形式の会議をするアイディアです。論点毎に立場の異なる専門家たちを呼んで対論や質疑応答をする「専門家パネル」と、その後に市民だけで事実認識や価値評価の合意を探る「市民パネル」から成り立ちますが、こうした仕組の意味も、先ほど申したように、これも医療におけるインフォームドコンセントとセカンドオピニオンの類比で理解できます。〈巨大なフィクションの繭を破ること〉と〈対話を通じた包摂による共同体活性化〉が目的です。

 山中さんがおっしゃったことに関係します。日本での会議は、所属陣営ないし価値観が決まった者が単なる数合わせをするだけの、多数決上の結論が予め決まった場になりがちです。ネット上の議論も、所属陣営ないし価値観が決まった者たちが陣営対立と誹謗中傷を繰り広げるだけの場になりがちです。事実についても価値についても気付きが得られる対話---ドイツではアクセル・ホネットに倣って「地平を切り開く対話」と言います---が重要です。さもないと〈フィクションの繭破り〉も〈対話を通じた包摂〉も不可能です。論点についても相手についても元々持っていた思い込みが解きほぐされ、知らないことに気付いていける話し合いを「熟議」と呼びます。単に長時間話し合うことではありません。

 僕に関わる例を挙げます。僕は「代官山すてきな町づくり協議会」に協力をして連続シンポジュウムに関わりました。代官山は東京でも例が無いほど町づくりに成功した場所です。(1)巨大地主朝倉家の大旦那ぶりと、(2)建築家の槙文彦氏の見識と、(3)地域住民の知識社会化の、絶妙な組合せが成功の秘密です。内容的に言えば〈住民ニーズに応える街づくり〉の拒絶が秘密です。ここでもポイントは気づきです。クレージークレーマーが常態化した日本では〈住民ニーズに応える街づくり〉=〈安心・安全・便利・快適〉となります。しかし日本は国民生活選好度調査的には世界のどこよりも〈安心・安全・便利・快適〉ですが、世界のどこよりも幸福度が低く、孤独死や無縁死が蔓延する場所なのです。

 戦間期の京都学派に強い影響を受けた環境倫理学者べアード・キャリコットは、街づくりを含めた環境開発が失敗するのは、功利主義の立場に立つにせよカント的義務論の立場に立つにせよ、人間を主体として考えるからだとします。そうではなく、人や動物や植物や岩石や山や川などを含めた全体としての場所を主体として考えない限り、逆説的な話ですがそこに住まう人の尊厳が奪われるのだとします。つまり、場所全体を一つの生き物と見したとき、その生き物としての場所にとって自然ならば開発すれば良いし、不自然ならば開発しない方が良い。個別の人間は所詮、生き物としての場所へのパラサイト(寄生物)に過ぎないという視座を採用したときにのみ、人間の幸福と尊厳が保たれるのです。

 「代官山すてきな町づくり協議会」は江戸時代には職人街だった七曲りの大木---日照も悪くなるし落ち葉の掃除が大変でウロにはボウフラがわく---についても、事実上キャリコットの視座を採用し、初発の住民ニーズには応じずに、切らない決定をしました。そこでもワークショップ的な活動を通じた気づきが大切で、元々代官山という場所がどういう生き物なのかを歴史をたどってシェアすることで、付近の住民たちが初発のニーズを放棄したわけです。この反対が十数年前に防災上良いとか何とかいう出鱈目り理由でファサードを揃えた浅草の仲見世通りです。その結果、完全にクソみたいな場所になりました。

 これが、都市工学というエセ科学に裏打ちされた日本の環境開発や街づくりの現実です。ファサードが揃えられる前の仲見世と現在の仲見世とどっちがいいですかとスライドを見せて学生たちに尋ねれば、100人が100人、一人の例外もなく昔がいいと答えます。考えるまでもなく当たり前。皆さん、子ども時分を思い出して下さい。〈安心、安全、便利、快適〉なんてクソと同じだったでしょ。僕が育った京都の山科盆地でも、運河(疎水)には暗渠どころか手すりさえなく、子供がよく死にました。随所にまむしがいる小川があり、子供がよく噛まれました。工事現場や非常階段や屋上が子供の秘密基地になっていたし、打上花火を水平撃ちして戦争ごっこをしていた。まさに〈輝く場所〉でした。

 欧州の都市を見て下さい。小川や運河には暗渠どころか手すりさえなく、街路にはガードレールもない。もちろん時にはクレージークレーマーが出てきます。でも地域が空洞化していないので、生き物としての町に意識的な地域住民らが囲い込んでしまいます。あるいは地域の人間関係資本の空洞化を回避するので、人間関係資本から排除されて不幸で孤独だからこそ噴き上がるクレージークレーマーが、出てきにくいのもあります。〈安心・安全・便利・快適〉は大切な価値でしょうが、何よりも大切な価値でしょうか。そのように問いかけ合う営みを組み込むことで、素朴な住民ニーズに応じるがゆえに街づくりが出鱈目なる愚昧を避けられます。代官山のような街づくりをしている所が他にありますか。



宮台 おっしゃる通り。〈人を越えた視座〉で街づくりをすることができません。背景には〈人を越えた視座〉の大切さを教える教育がないことがあります。例えば戦後教育。近代の教育学には二つの立場があります。第一がパーソンシステムに準拠する視座。教育目的を「子供の幸い」に置きます。第二が社会システムに準拠する視座。教育目的を「良き社会の存続」に置きます。日本の学会は、前者が教育学会で、後者が教育社会学会です。日本の戦後教育は明らかに前者に偏っています。戦前が後者に偏っていたことへの反省が契機です。ですが過ぎたるは猶及ばざるが如し。特にエリート教育に必要なのは「良き社会の存続」にとって必要な人材とは何かですが、戦後の日本にはこの視座がありません。

 マックス・ウェーバーは言います。政治倫理は市民倫理と異なります。市民倫理の基本は法令遵守。市民はそれで良い。政治家は平時は法令遵守で良いが、非常時には違う。法令順守に意味があるような社会が、法令の枠内で守れないなら、後に血祭りにあげられる覚悟で、枠外に出ねばなりません。枠外に出てもうまく行かなかったら文字通り血祭り。政治家が政治家個人の幸いを目標にするなら政治は割に合わない商売です。戦前の帝国議会にはそれでもウェーバーが言う意味で政治家らしい政治家がいました。昨今は全くいない。行政官僚と大差ない政治家しかいない。自分の幸いよりも社会の幸いを優先する人材の養成に失敗すれば政治家が枯渇して当然です。現に枯渇してしまいました。

 ウェーバーは、社会を沈没させないために身を捨てるような、自分の幸いを望む観点からは非合理的な行動に命をかける存在が必要だとしました。ところがそれでは終わらない。たとえ身を捨てても社会の沈没が必定であるような場合はどうか。それでも「だったら後は野となれ山となれ、俺様が生きている間は酒池肉林だ」とならず、社会を良きものとして維持することに命をかける非合理的な存在が必要です。ギリシア没落期のストア派の哲学者たちがそう考え、そうした存在を美学的だと観じました。昨今ではフーコーがアドルノを通じてこうした美学を称揚する立場を公言します。ウェーバー的な政治倫理やストア派的な美学的構えを日教組的な教育で生み出すことは全く不可能です。

 〈人を越えた視座〉なくして街づくりはできないし、統治もできません。そこに教育の瑕疵があると言いました。でもそれだけじゃない。〈安心・安全・便利・快適〉を金科玉条とする〈クレイジークレイマー〉が溢れるのはなぜか。〈道徳の釣り針〉に釣られて政治家の法令遵守に噴き上がる〈ネット釣られ層〉が溢れるのはなぜか。総じて〈合成の誤謬〉に無頓着な〈亜インテリ〉が溢れるのはなぜか。一つにはこうした馬鹿を囲い込めなくした共同体空洞化現象があります。もう一つ〈人を越えた視座〉を与える絶対神の不在があります。絶対神が不在でもかつての日本には森と農があったた。種と共に冬を越し鳥と共に春を歌うような共同生活が、我々に〈人を越えた視座〉を与えました。今はない。



宮台 マスコミに対する危惧に同感します。民主党政権になって記者クラブだけに開かれて会見が万人に開かれる方向で推移しました。良いことです。3.11以前に多くの記者会見がその意味でで開かれたものになりました。ところが3.11以降のマスコミを見るとどうか。少なくとも3月中にマスコミが報じていた炉心情報は全てが出鱈目でした。翌日までに炉心溶融していたのに御用学者が雁首揃えて「収束しつつある」とか「ただちに健康には影響しない」とか出鱈目放題。インターネットは違いました。僕らがやっているインターネット放送「マル激トークオンデマンド」を含めて炉心は確実に溶融しているとする情報がありました。確かにネットは玉石混淆でしたが、マスコミは本当に石だけでした。

 炉心溶融状況も、放射能飛散状況も、「マル激」が伝えていた通りでした。僕もツイッターでそうした情報をリツイートしていました。「マル激」や僕のツイートを含めてインターネットを見ていたお母様方は、僕自身がそうであるように子供や近所の子供を連れて疎開できました。三月中旬においてこうした疎開は妥当でしたが、僕のツイートをデマ扱いしていた人はかわいそうなことになりました。同じ問題は今も続いています。除染問題もそうだし、ガレキ処理問題もそう。除染の効果は不確かで、そうである以上は原発近隣の市町村に多くの住民が戻らず、戻らない以上は八百屋であろうが床屋であろうがかつての商売はもうできず、できない以上は生活再建できません。マスコミが全く報じません。

 ガレキ処理も同じです。ガレキの多くが海に流れた結果、ガレキを広域に拡散して処理する必要は皆無になりました。それでも広域に拡散したのが、ガレキ処理が各地方の土木利権だからです。「マル激」が繰り返し述べてきたように、青息吐息の各地の土木屋に一息つかせるためにガレキ処理を利用したのです。それは今となっては自明ですが、マスコミが全く報じません。除染とガレキは酷似します。政治家の人気取り問題なのです。僕は二つの問題に共通する解は、「20キロ圏内は半永久的に住民は戻れない」と宣言した上、放射能汚染の恐れがあるガレキを全て福島第一原発の近辺に集約することだと、昨年段階から強調して来ました。でも不人気と怒りを恐れる政治家もマスコミも言えないのです。

 そう。かつてなら「依らしむべし、知らしむべからず」で良かったでしょう。今は政治家やマスコミが伝えなくても「マル激」のようなインターネットを通じて、ポール・ラザースフェルトのいうオピニオンリーダー層に事実情報や評価情報が伝えられ、オピニオンリーダーをコアとする小集団が政治家やマスコミを信じずにネット情報を参照しながら行動するようになっています。過去十年で新聞の広告費が半減したこともありますが、今申し上げた本質的理由ゆえに今日のようなマスコミにはもう未来がありません。一流大学出の社員が大半の新聞社。社員の多くはそのことを知っています。でも若手が改革を提案すると「俺はあと五年で定年だ、それまでは余計なことをするな」みたいな感じです。

 大阪の橋下市政についてのマスコミ報道も機能していません。橋下さんと番組を御一緒したことがありますが、彼にはイデオロギー色が皆無です。大阪市民が知るように、国歌斉唱処分問題は、組合利権への切り込みであり、清掃局の刺青職員処分問題は、同和利権への切り込みです。こうした利権は凄まじく、京都市バス運転手の年俸は500万円台なのに、大阪市バス職員の運転手は1000万円以上でした。手法の是非はともかく、目的が利権切り込みあることを、マスコミは全く報じません。正確に言えば、全国紙でも大阪地元面がそれに言及していましたが、全国面では扱いませんでした。でもインターネットには僕が申し上げたことが出ています。だから真実を知りたい者はマスコミをスルーします。

 さて、マスコミは〜するべきだという主張は意味がありません。とりわけ日本社会は「べき論」では全く変わりません。〈淘汰と選別〉しかありません。僕が先に紹介したように、〈補助金行政から政策的市場〉へ---〈補助金目当で行政に従う社会〉から〈善いことをすると儲かる社会〉へ----主張するのは、政策的市場では〈淘汰と選別〉の働きによってコスト圧縮動機とイノベーション動機が働くからです。補助金行政はコストを圧縮すべきだとかイノベートすべきだなどと「べき論」をホザいても全く意味がありません。大丈夫です。マスコミはどのみち〈淘汰と選別〉によって現在のものは大半がコケるでしょう。ざまあ見ろということでいいんじゃないでしょうか。



宮台 重要なことを山中さん(松坂市長)がおっしゃっています。現在知られる科学的データは山中さんのおっしゃるとおりですが、炉心溶融状況についても放射能飛散状況についても政府は初動でウソをついたので、国民が信用しなくなってしまったんです。だから政府が不検出だと言っても信用しない。これは単に「ピーターとオオカミ」の話じゃなく、信じないのが合理的行動なんです。なぜならリスクマネジメントのコアは「最悪状態の最小化」だからです。あり得る最悪の事態を想定してそれを回避行動することです。その意味で政府が再度ウソをついている事態を想定して回避行動するのは合理的です。ただその意味では山中さんがおっしゃるように政府も合理的行動をしている面があります。

 僕は政権中枢に電話できる立場にいました。そこで一部閣僚に内部被曝に関わる低線量データをリアルタイムで出すように言いました。こう言われました。「宮台さん、そんなデータを出したら、記者会見で『危険なんですか、安全なんですか』って聞かれます。でも専門家だって答えられません。でも、そこで『分かりません』なんて言ったら、マスコミが大騒ぎして、政権はアウトです」と。情けないことにたぶんそうでしょう。でも本来ならばこう言うべきです。「低線量データを事実情報として出します。危険か安全か。低線量被曝については学会にも定説がなく専門家にも分からない。まして政府に分かる道理もない。だから皆さんは御自身で評価情報を収集し、御自身で判断してほしい」と。

 そこに議員や議会の出番があります。本来ならばあるはずです。かつてある詐欺師に言われました。「素人が詐欺師に対応するのは無理だ。詐欺師は一日中騙し方を考えている。君らはマスコミ報道があったときだけ考えているだけ。だから太刀打ちできない」と。僕は何かにつけこの言葉を思い出します。そう。議員というのはこの詐欺師のような四六時中〜のことを考える存在であるべきじゃないか。誤解を塞ぐと、任せられる議員になってくれと申し上げているんじゃなぽ。議員に任せるのでなく、市民は随時自分たちに引き取って考える存在でなくてはいけない。でも激烈に考えてきた方々が、そうでない方々に影響を与えるのは当然のこと。議員や議会はそうした影響力を目標にしてほしい。



宮台 民主主義の基本は、多数決や多数派政治でなく〈参加と包摂〉です。参加については、〈任せて文句垂れる作法〉でなく〈引き受けて考える作法〉ことが必要で、〈空気に縛られる作法〉でなく〈合理を尊重する作法〉ことが必要です。包摂については、〈単なる数合わせ〉〈陣営対立と誹謗中傷〉だけのインチキ対話でなく、事実情報についても価値評価についても気付きを得る〈地平を切り開く対話〉が必要です。〈引き受けて考える作法〉〈合理を尊重する作法〉〈地平を切り開く対話〉を可能にする文化ないし〈心の習慣〉がないのは、それがなくても淘汰されないでいられるだけの、地政学的なラッキーやとりわけ江戸時代の統治権力の優秀さがあったからでしょう。

 逆に言えば、今後は、〈引き受けて考える作法〉〈合理を尊重する作法〉によって〈巨大なフィクションの繭破り〉を可能にし、かつ〈地平を切り開く対話〉によって〈包摂による共同体活性化〉を可能にすることができないような、空洞化した自治的共同体は、間違いなく〈淘汰と選別〉によって消滅していきますから、生態学的思考に従って長期的に考えれば、心配はありません。問題は、皆さん御自身が淘汰される自治的共同体に属するのではないかという危惧ですが、危惧があるのであれば御自身が自らの自治的共同体にコミットして〈参加と包摂〉を実現する他ありません。そして議会を構成する議員は地域の誰よりもそのことについて考えてきた者たちである他ありません。さもなくば淘汰です。



宮台 最近の若い人たちの政治的無関心が拡大しています。若年層の自殺も増えて二十代の第一死因は自殺です。政治的無関心と自殺には共通の背景があります。双方とも包摂ならざる排除の帰結だということです。自殺念慮を抱く者を糾弾しても自殺するだけで無効なのと同じく、政治的無関心層---そこから出てくる〈クレージークレイマー〉---を糾弾しても仕方ありません。〈社会からの排除〉のみならず、双方ともに「現実はもう変わらない」「この現実が永久に続くんだ」という〈未来からの排除〉も重大です。それがルーチンへの埋没ゆえの抑鬱(ゆえの噴き上がりや絶望)を招きがちだからです。だから民主主義のルネサンス=〈参加と包摂〉による自治的共同体のルネサンス。これが必要です。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-08-13 - 15:53:30
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「リオ+20」について議論しました。宮台発言の抜粋です

ブラジルのリオデジャネイロで行われた「リオ+20」(国連持続可能な開発会議)というサミットについて、マル激で議論しました。宮台発言の一部を抜粋します。詳細は『サイゾー』8月16日発売号で。



〜〜〜〜
宮台◇ 冷戦体制下では、巨額の軍事費でパワーバランスを保っていたため、ガバナンスコストが相当にかかりました。冷戦体制の終焉後、軍事コストをかけなくて済むようになると思われたので、当時はそれを「平和の配当」と呼びました。配当とは「武力に用いていた資金を、これからは新しい課題--例えば貧困撲滅---に向けて使える」という意味です。

 冷戦終焉は89年から91年にかけてです。冷戦終焉後の東側の西側への組込みを駆動因の一つとして資本移動自由化が爆発します。でもリオ地球サミットが開かれたのが直後の92年だったので当時は資本移動自由化はさほどではありませんでした。20年後の今は資本移動自由化が進み、「BRICs(ブリックス)」など数々の新興国が現れています。どのみち新興国に追いつかれる産業領域で先進国が頑張ろうとすると、利潤率均等化法則ないし生産要素価格均等化法則どおり労働分配率を下げる他ないので、貧困化と格差化が生じます。

 その結果、税収減が進むにもかかわらず再配分要求が高まります。むろん税収減で緊縮財政以外の選択肢はありません。グローバル化対応には「小さな政府」しかないのです。でも、緊縮化の痛みや不安ゆえに「大きな政府」を主張するポピュリストが大統領になったり与党を形成したりします。すると政府と国民に財政健全化の意欲がないと見され、国債と通貨が売られます。国債を買ってくれていた外国の銀行なども痛手を負って倒産するので、地獄に吸い込まれるように全体が沈んでいく---。これが欧州信用不安の本質です。

 一口で言えば、グローバル化の進展で〈グローバル化対応と民主主義の両立困難〉が浮上したのです。「富の配分」が課題とされた昔は「平和の配当」つまり貧困撲滅などを意識できました。でも「不利益の配分」「リスクの配分」が課題とされる今は、先進国の内部でさえ不利益のツケ回しで紛糾する有様。地球規模の貧困撲滅どころじゃありません。先進国の首脳や与党がそんなことを主張したら確実に選挙でしっぺ返しを食らいます。それが、リオ+20がトーンダウンした理由です。


宮台◇ 20年前は「新興国」というポジションがなく、「第1世界=西側」「第2世界=東側」を踏まえた「第3世界」、ないし「途上国」という括りでした。ところが冷戦終焉後、「第3世界」から「新興国」が台頭してくると、ガチンコで競争して労働分配率切り下げ競争になるのを回避するため、先進国は「グリーン・エコノミー」という新たな市場を作る産業構造改革に向かいます。これは地球環境問題というパブリックな目標が関わりますが、経済的生き残りというエゴセントリックな目標とも関わります。「新興国」の中国はそれを見抜き、一挙に太陽光パネルと風力発電塔の市場に雪崩れ込むことで、かつて首位だったドイツのパネルメーカーQセルズを倒産させるまでに至りました。そんな中、「新興国」にも取り残された「第3世界」は「グリーン・エコノミーは富んだ国を富ませるだけ」「貧しい国には環境よりも切羽詰まった問題がある」と主張するしかありません。

宮台◇ しかし先進国にすれば、環境よりも軍事に資本を投入する強い合理性があります。例えばアメリカは軍事技術については圧倒的な比較優位です。他の分野より国際貿易で強い競争力があります。軍事技術のイノベーションは専らアメリカで起ります。「新興国」に追いつかれる可能性が小さく、産業構造改革の動機がありません。しかも、この最も競争力がありかつ裾野の広い分野に、米国政府が税金で発注をかけます。だから国内的には大規模な公共事業でもあります。現に膨大な雇用が生まれると同時に億万長者も生まれます。彼らが政治家に対して極大の影響力を持つわけですから、「戦争がなくなったので軍縮し、その分の資本を環境に回しましょう」とは参りません。

宮台◇ 政治学的な問題です。日本は、敗戦後の政治過程が、〈創造〉ならざる〈適応〉一辺倒になり、〈価値発信〉ならざる〈調整〉一辺倒になりました。既にある環境への〈適応〉のための〈調整〉があるばかりで、環境を変える〈創造〉に必要な〈価値発信〉がありません。アメリカの戦後統治が〈創造〉ならざる〈適応〉優位を強化してしまいました。

 ちなみに僕と神保さんの出会いに関係します。99年の第145回通常国会では、国旗国歌法・盗聴法・周辺事態法・憲法調査会設置法など様々な法律ができました。盗聴法問題では神保さんと共闘しつつ、「一連の立法は左翼が言う『国家権力の肥大化』でなく『国家権力の弱体化』だ」と神保さんと語り合いました。半永久的にアメリカのケツをなめることを前提とした権益争いだからです。

 加えて神保さんと意見が揃ったのは、アメリカがアメやムチの手練手管を使って日本を手なずけているというより、日本の組織的行動原理が〈創造〉ならざる〈適応〉優位で、アメリカのような「外部基準」がないとまともに成り立たないという事実についてでした。


宮台◇ 国の枠組みを超えた連帯と言えば、僕が繰り返し主張してきた、〈食の共同体自治〉や〈エネルギーの共同体自治〉を核に据えた〈共同体自治の共和と共栄〉です。これについてはマル激で繰り返し述べてきたので、繰り返しを避けて、今のようなやり方が今後通用しにくい理由を再確認することにしましょう。

 マル激が始まったのは9.11の直前です。9.11直後の番組では「事件の背景は第二次大戦後の国際関係の中で蓄積されてきた怨念だ」「怨念を振りまく主体はアメリカだ」と繰り返し強調しました。中東政策などが典型です。イランでは、米国石油資本を追放して原油採掘事業の国有化を断行したモサデク政権をCIAが倒し、傀儡パーレビ国王政権を誕生させます。その下で拡がった格差化と貧困化で政治的怨念が蓄積し、それが宗教的表出に結びついたのがイラン革命です。アメリカは経緯を覆い隠すべく「イスラム原理主義」のレッテルを貼り、イラクのサダム・フセインを支援してイラン・イラク戦争を煽りました。ちなみにソ連のアフガン侵攻に抗うべくアメリカが養成したネットワークが、アルカイダの母体ですね。

 ことほどさように、何かにつけ「宗教的狂信」のラベルを貼るアメリカですが、これはアメリカのせいで蓄積した政治的怨念を、巧妙に覆い隠すための情報戦略です。これには、「宗教的狂信」による「テロの脅威」を喧伝するとセキュリティ利権とミリタリー利権を大規模に拡張できるという付随利益もあります。こうしたアメリカの動きの御蔭ではっきりしてきたことがあります。テクノロジーが「第3世界」を含めた全てのエリアに浸透する中、先進国や新興国が怨念を蓄積しながらエゴセントリックに生き残る戦略を、今後も続けていけるのかということです。

 テロや暴動のリスクに備えたり、発生したテロや暴動を収拾したりするためにかかる膨大なコストを、〈不安のポピュリズム〉による政治的動員つまり票取りや、〈不安のマーケティング〉による経済的動員つまり収益確保の容易さだけで、正当化できるのでしょうか。できないのであれば、「怨念を蓄積しない政治こそが、国外的にも国内的にも賢明だ」と考える政治家が、先進国や新興国の国民たちに支持されるかどうかが、最大のポイントです。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-08-03 - 09:30:27
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6月半ばの街作りについての講演の、概要をまとめました。

イベント:街づくりの仲間たち
講師:宮台真司
主題:街作りは住民のニーズに応じてはならない
日時;6月17日(日)14:30〜16:00
場所;キャロットタワー5F セミナールーム


■人間を中心にして、人間のニーズに応える「安全・安心・便利・快適」で街を評価するような功利主義的な発想では街や環境を保全できない。街づくりが住民ニーズに応えてきた結果「満足度は高いが幸福度は低い国」になった。どこよりも「安全・安心・便利・快適」で、どこよりも不幸せな国、日本。
■ベアード・キャリコット(環境倫理学者)は、人ではなく「場所」を主体にせよという。人間は、場所に寄生(パラサイト)するもの。街の全体性-いわば「街」という生き物-にとって自然なことかどうかで適切さを判断することがとても大切だという。
■彼にによれば、「場所」は単なる空間ではなく、人の営みやコミュニケーションや内側から生きられた感覚地理を含むもの。そうした複合体としての「場所」の時間的展開を明らかにすることで、何が「場所」という生き物にとって自然なことなのかがわかる。
■人間のニーズを中心にした「安全・安心・便利・快適」のまちづくりは、必ず人間の尊厳を脅かすものになる。人と場所の関係、人と人の関係が、入れ替え可能なものになってしまうから……というのがキャリコットの議論である。

〜〜〜
■なぜ人々のニーズに応じると街は出鱈目になるのか。いくつか解答が試みられてきた。第一に、街がよい街になるために必要な積み重ねの時間尺度は、人生の尺度の何十倍。街のよさを支える視座と、生活上のニーズの視座とは、スパンがまったく違うこと。
■第二に、人は、規定されたものの中にいる限り、〈世界〉を〈世界〉として感じないという根本的な問題がある。規定不可能なもの、カオス的なもの、計算不可能なものに囲まれて、人は初めて〈世界〉の中に生きていると感じる存在である(キャリコットが影響を受けた京都学派の発想)。
■こうした発想は、超越神の宗教が根づいた社会では自明である。「人の視座」を越える「神の視座」を想定するからである。日本人の神は取引可能な「友達」で(例えば妖怪)人を越える視座を与えない。
■ただし、鎮守の森のように、かつては森を得体の知れないものと見す発想があった。今は森と共に生きる生活はない。人を越える視座を与える宗教的生活があれば、人間は自らを愚かだと見し、暴走しない。
■ニーズに応じた街づくりが出鱈目になる理由は言葉にするのが難しい。だからキャリコットも「場所を生き物として捉えないと、我々の尊厳は保てない」と比喩を用いる。「場所を生き物として捉える」とは、学知というより、経験知の言葉だ。
■だが、我々の尊厳を保つ街を言葉にしにくいのに比べ、「安心・安全・便利・快適な街」は言葉にしやすいので、言葉にならない暗黙知に謙虚になる習慣を失った我々は、学知ならざる経験知の言葉であれ言葉を手にしないと、出鱈目から抜けられない。
■理由を言語化できないがゆえに、尊厳が、つまり自分がここにいることの価値が、奪われてしまうこと。街という「場所」をどんな生き物として捉えるのかは、社会の歴史や成り立ちに依存するものだ。日本人ならでは、各地域ならではの、街という生きものの捉え方があるだろう。

〜〜〜
■民主主義には主題化が困難な事柄がある。「損して得とれ」的問題の多くがそうだ。例えば昨今の欧州では、グローバル化対応と民主主義的決定が両立しない。民主主義的決定は大きな政府を要求するが、国民が巨額債務に向き合う意図がないと見され、国債が暴落して一挙にデフォルト化する。
■人々の民主主義的決定が全てを台無しにすることがある。ことほどさように社会は「未規定性を抱えたもの」としてある。それをわかって街を設計する否かで雲泥の差だ。わかった人の設計は未規定性を残す。かつての(!)浅草仲見世通りのように、カオスなのに統一性を感じさせるようにする。
■かくて社会学では「計算不可能性を設計する」(講師の著書名)ことの大切さが理解されるようになった。「計算不可能性を設計する」必要があるのはなぜか。我々の尊厳を保つためだ。口実は何であろうが(テロ?)全てを計算可能化する営みは、我々を不安に陥れ、最終的に尊厳を破壊する。
■「安全・安心・便利・快適」はむろん大切だ。だが何よりも大切な価値か否かは吟味されなければならない。ニーズの実現がもたらす副作用にどこまで敏感になれるか。どこまで副作用を小さくできるかがポイントだ。そこには是々非々の懸命な努力の積み重ねがあるだけだ。
■怪我をしても文句を言わない者だけが遊ぶ資格を持つ羽根木プレーパーク。「安心・安全・便利・快適な街」と「子どもにとって輝く街」は異なる。「輝き」や「ときめき」は行政用語になりにくいが、明らかに幸せと関係している。「便利&快適」から「尊厳&幸福」へのシフトが必要だ。
■ニーズに応じたら街づくりが出鱈目になる。民主主義的決定が全てを台無しにしうる。だからこそ「自分の視座を越えるために」ワークショップ(WS)が有効だ。あらかじめの利害やイデオロギーに縛られた数合わせの多数決のための討議から、気づきの体験を通じて成長するための討議へ。
■WSは、方法の吟味が大切だ。例えばデンマーク発のコンセンサス会議。論点毎に対照的立場の専門家らがバトルし、最後に専門家を廃して当事者住民が決める。医療のインフォームドコンセント&セカンドオピニオンと同じだ。
■都民投票条例の制定を求める直接請求の請求代表人である僕は「住民投票の極意はWSにある」と述べてきたが、WSの適正規模を聞かれて20人と答えると、投票日までに間に合わないと批判される。だがニコ生やUストリームなど動画ライブ配信テクノロジーを使えば、いろいろなことが可能だ。

〜〜〜
■今回の原発事故は「技術の社会的制御」の問題を提起した。工学者が技術的十分さを主張するだけでは話にならない。高度技術(原子力!)にはそれに応じた社会的制御が必要だ。だが工学者は社会的制御のテクネーについて素人に過ぎず、「安全だから採用せよ」という資格はない。
■技術者がなすべきことは、技術的高度さに応じた社会的制御のテクネーの模索に資するべく条件プログラムの伝達。つまりif-then文(もし◯◯なら△△となる)集積を伝えるのが責務。だが、社会的制御は条件プログラムに還元できず、人々が何を望むかという目的プログラム(価値)が最大問題となる。
■その意味で、科学者や技術者と呼ばれる専門家が、if-then文の提出を越えて、だから社会は採用すべきだなどと「専門家の威を借りて」提案するのは、越権行為に過ぎない。日本が「原発を止められない社会」だというのは、技術の社会的制御に問題を抱えるということだ。
■その意味で、「安心・安全・便利・快適」なるものは本来、幸福(輝きやときめき)の実現という目的プログラムの追求に際して、副作用を計測し緩和するための条件プログラムにすぎない。条件プログラムにすぎないものが、目的プログラムのツラをする所に、日本的な街づくりの出鱈目がある。
■条件プログラムは、目的プログラムの遂行に伴う適正手段の選択を支援してくれる。目的と手段の関係は線形に延長し、目的を実現するための手段・を実現するための手段・を実現するための…という具合にブレイクダウンされる。(目的プログラム、条件プログラムは、第2回基本構想審議会でのご発言中のことば)
■幸福(輝きやときめき)の実現という目的に資する手段の選択に際して、どんな手段が有効なのかの吟味に使える条件プログラムのリサーチは難度が高い。だからこそキャリコットは「場所を生き物として扱うならば…となる」という比喩的if-then文を使った。難度が高くても次善の策で行くべきである。


質疑応答(Aは宮台)
Q:宗教の話。戦後の日本人がとってきたのは、戦後の復興。神と思ってきた経済がだめになったときに、視座として何があるか。
A:記憶が大事。冷戦終焉ないしバブル崩壊と同時に始まったノスタルジーブーム。記憶がない人たちが『懐かしい』と述懐するのが特徴。理由は十分解明されていないが、懐かしさの正体はたぶん「濃密さ」。人間関係が濃密だから紛争も殺人も多かった。豊かなのに濃密さを欠いた社会よりも、豊かでなくても濃密な社会へ。それがブームの志向ではないか。そこにヒントがある。

Q:基本構想は、区政の憲法だといわれた。現行の構想をどうお考えになるか。シャドー審議会も考えているが。
A:異論を唱えにくい内容よりも、参加や自治を惹起しうる形式に注目した方がよい。WSの形式を吟味し尽くすことに、実は大きな鍵がある。

Q:現在の基本構想は?
A:参加と自治を推奨する理念(目的プログラム)はよい。だが理念だけではどうしようもない。実践過程(条件プログラム)を通じて方向性を指し示せるかどうかだ。デンマークのコンセンサス会議を紹介したのは、有効な条件プログラムだからだ。

Q:安全・安心・便利・快適、孫たちにとっていいように、と長期的には考えている。
A:目的(幸福)にせよ、手段(安全・安心…)にせよ、機能的に思考することが必要だ。例えば空洞化しつつある家族。「古い家族を取り戻せ」と言うと排除的になる。必要なリソースを持つ者が限られるからだ。そうでなく「家族的機能を果たす者は全て家族だ」と機能的に思考する。社会学では家族の最低限の機能として(1)人口学的・感情的な労働力再生産、(2)子供のプライマリーな社会化に注目する。この2機能を満たす集合体を全て「家族」と見して行政的に支援すべきである。

Q:税が高くて相続できなくて、土地を手放すと、マッチ箱ハウスが林立するのが問題。
A:措置は簡単。建ぺい率を下げれば良い。小さな土地に家を建てられなくなり、土地を過剰に小分けして売却できなくなる。だが、そうすると土地が売りにくくなり、不動産市場の流動性が下がる。そうなると、相続税が払えない人が苦境に陥る。結論。建ぺい率低下と相続税軽減措置を同時に。

Q:京王線が立体化されると世田谷区のボディが決まってしまう。そういう議論をやるようなWSをやっていかないと。
A:賛成だ。路地が入り組んで車が入れないから人が滞留する。人の滞留を前提にした下北沢の街。列島改造論で失ったものを想起する。
 日本の旧市街は鉄道城下町。60年代からモータリゼーション。列島改造論でバイパス建設ラッシュ。新市街が出来るかわりに旧市街は閑古鳥。新市街も「国道16号線的風景」でどこも似た風景。スーパー、パチンコ屋、家電量販店、消費者金融……。
 似た話が日米構造協議での米国産木材輸入解禁と2×4化。90年代に和風軸組建築集落がなくなる。井戸端、縁側……といった動線が変化し、コミュニケーションが阻害され、地域共同体空洞化が加速。
 何をしたらどうなるか(車道整備で人の滞留を阻害したらどうなるか、バイパスで新市街化したらどうなるか)をWSを通じて徹底的にシミュレーションし、WSを通じて「幸せ」の目的プログラムに照らして評価すべきだ。
 開発計画が一部始まっているので、三軒茶屋再開発のように、エリア分けの手打ちが必要になる可能性がある。三軒茶屋ではかえって古い屋台的な飲食街が残った。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-06-30 - 17:31:51
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ワークショップを社会学的に論じる文章を書きました

ワークショップの社会学
―越えられない壁を「越える」ために―

【「社会化」と「エトス」】
 社会学が教育を扱う仕方は常識とは二点で異なる。第一に、教育を子供が幸せな大人になるためのものだと理解する向きが多いが、社会学では「動機づけと選別」を通じて社会システムの再生産に必要な、分業編成に応じた人材養成を行う営みだと理解する。
 謂わばパースンシステムでなく社会システムに準拠するこの種の理解は、例えばライオンが谷底に突き落として這い上がってきた子だけを育てるといった初期ギリシア以来の寓話として知られる。社会のために子供を不幸にしても良いとする構えである。
 第二に、教育の成功を教育する側の教育意図の貫徹には求めない。つまり学校や教室が適切な環境であるがゆえに授業が円滑に行われることに意味を見出さない。むしろ「荒れた」教室や学校で育つことで、社会システムが必要とする人材が供給されると見る。
 一九七一年に私が麻布中に進学した途端、中高紛争で数ヶ月間ロックアウトとなり、以降も全校集会や学年集会の繰返し。授業中にとラーメンの出前が来る有様で、教員らはこの学年はダメだと見放したが、意外にも歴代東大進学数2位(通常の1.5倍)だった。
 社会学はこれを、意図貫徹を期する親や教員の存在を含めた環境全体から子供が学ぶからだと説明する。関連命題を言えば、教育を知識や価値の伝達モデルで理解してはならない。社会学はそもそもコミュニケーションには伝達という現象が存在しないと見る。
 百年も経たずに社会成員の全体が入れ替わるのに「社会がその社会であり続ける」―意味はどうあれ「日本が日本であり続ける」―のは、考えればありそうもない。この奇跡を可能にする機制を理解するために社会学が採るのが、今述べた二点の視座である。
 今日の社会システム理論はこれらの視座を幾分難解な理論に組み込む。ここではニクラス・ルーマンを始めとするそれらを紹介するのは目的外なのでやめ、諸理論の前提となる社会学的思考伝統における二つの重要概念―「社会化」と「エトス」―を紹介する。

【パーソンズの「社会化」概念】
 近代経済学を学び、ドイツ留学後、マックス・ウェーバー論で学位論文を書いたタルコット・パーソンズは、社会システム理論の始祖として知られる。だが、巷に頻見するが、その理論を時代背景抜きに理解しようとすれば、最も重要な含意を取り落とす。
 一九二九年に始まった世界恐慌を受け、三三年にフランクリン・ルーズベルト米国大統領が就任、ニューディール政策が始まった。ニューディールとはトランプゲームの仕切り直しだが、仕切り直しのイデオロギーを提供することがパーソンズの目的だった。
 アダム・スミスは一八世紀半ばの『国富論』で「神の見えざる手」の言葉を残し、自由放任思想に先鞭をつけたとされる。だがその十七年前の『道徳感情論』では「見えざる手」が秩序を導くには、成員相互の同感(sympathy)可能性が前提になるとした。
 ウェーバーは二〇世紀初頭の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、マルクス主義的な下部構造決定論を意識しつつ、特殊な宗教的営みが導くエトスが近代資本主義を生んだとした。エトスは倫理と訳されがちだが、行為態度と訳されるべきだ。
 パーソンズはこれらを踏まえ、恐慌は市場プレイヤーの「欲望の構造」に原因があると考えた。市場の価格決定点(需給均衡点)が初期手持量と選好構造(欲望の構造)で決まる以上、初期手持量の制御(再配分)に加え、選好構造の制御が必要になると見た。
 平たく言えば、専ら利己的人間が参加する市場と、専ら利他的人間が参加する市場では、市場の帰結が異なるということ。つまり資本主義の存続には一定枠内での「欲望の構造」の再生産が必要で、それには一定の価値セットの埋め込みが必要だと考えたのだ。
 価値セットの埋め込み(彼の言葉では内面化)を実現する社会システムの働きが社会化だ。注目すべきは社会化の主体が人(パーソンシステム)でなく社会システムだと見されていることだ。教育したがる人の存在を含めた環境が価値セットを埋め込むのだ。
 彼の論議を踏まえ、一部論者は教育を「人為的社会化」と呼び、人為的社会化と非人為的社会化を合わせて社会化全体になるとするが、概念的混同だ。準拠システムが違う以上、教育意図に基く人為の社会システム上の帰結は人の前には姿を現さないからだ。
 とはいえ、パーソンズはかかる図式の提示を通じて、本質的には不可能だとされる人為的社会化を、事実上呼び掛けている。これらを踏まえれば、社会学にとって教育とは、本質的には不可能な、社会化の人為的操縦の営みのうち、子供に関わる部分だと言える。
 彼の発想は同時代の教育哲学者ジョン・デューイに似る。共に成員の社会への関わりの型--ロバート・ニール・ベラーの「心の習慣」--を世界恐慌に関わる決定的な制御因子だとする。だがパーソンズには「教育の不可能性」の示唆が含まれる点が、多少異なる。

【教育の不可能性と「エトス」】
 既に述べたが「教育の不可能性」は人から社会の全体性が見通せないところに由来する。言い換えると人が社会の全体性を見渡そうとした場合にスコトゥーマ(盲点)が不可避なことに由来する。社会の全体性を把捉したがる社会学者でさえ、それを免れない。
 こうした命題の実践的意義をエトスから眺めよう。私の師匠でもあった社会学者の小室直樹は一九八三年の著書『田中角栄の呪い』で今日を先取りする特捜検察批判をした。そこから当時のロッキード副社長コーチャンの嘱託尋問調書に関する記述を一瞥しよう。
 ロッキード事件の審理でこの嘱託尋問調書を検察側が証拠請求して裁判所が認めたが、二点で出鱈目だ。第一に、米国の嘱託尋問制度は免責特権を前提にするが、日本にこの制度がない。第二に、尋問は反対尋問を前提とするが、反対尋問権が封殺されている。
 証拠請求する特捜検察も出鱈目なら、証拠採用した裁判所も出鱈目だが、小室によればこの出鱈目は、エトスと一体になって初めて機能する制度なのに、仏作って魂入れずさながらに、近代法の制度的枠組だけ導入してエトスを蔑ろにしていることに由来する。
 小室の研究は先の敗戦に関わる「失敗学」を動機としていた。レイテ戦やインパール作戦では死者の大半が餓死と病死だが、武器弾薬はおろか水や食料についても兵站を欠き、作戦失敗が当然だったが、短期決戦なれば勝機ありとの理屈で作戦が押し通された。
 開戦直前に今でいうシンクタンクである総力戦研究所が日米開戦した場合の勝利確率を0%と算出し、陸軍参謀本部と海軍軍令部に上げられたのに、やはり短期決戦なれば勝機ありとの理屈で日米開戦がなされた。ところが東京裁判で驚愕の事態が起こった。
 作戦決定の当事者だったいわゆるA級戦犯の全員が「空気に抗えなかった」「今更やめられないと思った」「自分には決定権限がなかった」と証言したのだ。ここにあるのは、共同体そのものというより、共同体への埋没(による自己決定の不在)だと言える。
 小室によれば、敗戦理由を唯一つ挙げろと言われれば「近代的エトスの不在」を措いて他にない。先の敗戦だけではない。二〇一一年三月の大震災に伴う原発人災に関連した私のリサーチにおいても、原子力ムラにおける同様な事態があったと推定されている。
 また同書で小室は、法務大臣の指揮権発動がなされるべきだったとする。彼はウェーバーの『職業としての政治』に依拠してこう言う。第一に、政治倫理は市民倫理と異なる。法律を守ることは市民倫理の一部だが、政治倫理は違う。それが分かっていないと。
 法律を守っていたら法律を支える社会自体が滅びるが如き可能性のある場合、政治家は適宜法律の枠外に出て振舞わねばならない。目的とする社会存続のために、しかし法律を超えた振舞いが何の役にも立たなかった事実が判明した場合、当然血祭りで宜しい。
 小室は田中角栄が咎に当たらないとした。七二年に首相になった田中は敗戦後初めて対中国外交と対中東外交において自立外交の方向に踏出し、米国の逆鱗に触れた。事件が謀略か否かは横に置いても、田中有罪で今後数十年、独自外交が不可能になるは必定。
 第二に、小室は、ウェーバーが金権政治の中に「金のための政治」と「金による政治」を峻別、後者を政治的理念に基づくマキャベリズムとして擁護したことを紹介する。小室によれば、田中の金権政治は「金による政治」そのもので、擁護されるべきものだ。
 こうした重要政治家を愚昧な特捜検察が訴追した以上は直ちに指揮権発動によって訴追を取り止めさせる。それが近代政治のイロハのイだ。なのに検察も司法もマスコミもジャーナリストも学者も分かっていない。これまた近代的エトスの不在が原因だ、と。
 小室が挙げた各種の「近代的エトスの不在」は、福島第一原発事故を見ても、大阪地検特捜部の障害者郵便制度悪用事件証拠改竄を見ても、敗戦前から変わらず続く。その限りで戦後教育は無意味だが、近代的エトスの不在が教育界にも及ぶことに由来しよう。

【「エトス」を無視した日本の教育】
 原発災害や特捜暴走以外にも「近代的エトスの不在」問題を示唆する事例は枚挙に暇がない。直近では現・野田内閣が目指す消費増税だ。現段階では消費増税が二年間の時間稼ぎにしかない「焼け石に水」で、かつ景気をさらに冷え込ませることが確実である。
 日本は他先進国と比べて社会保障費の割合が最小で、公務員の人口比も最小だ。にもかかわらず他の先進国のどこよりも国家の借金(国債発行残高)が大きい。理由は政治家歳費でも公務員数でも消費税率でもない。先進国唯一のデフレと、補助金行政である。
 アジア通貨危機以来一五年間、名目成長率でEU諸国は2%、米国は4%前後で推移してきた。日本の名目成長率は一貫してマイナスで、物価下落を補正した実質でも0%前後。リフレ派は日銀金融政策の失敗に、構造改革派は産業構造改革の失敗に帰属する。
 次に補助金行政。国家の総支出は220兆円だが、国会で予算審議にかかるのは一般会計95兆円分。重複分を除き120兆円の特別会計がブラックボックスのままで、[特別措置法制定⇒特別会計確保⇒特殊法人樹立(天下り先)⇒業界配分(天下り先)]の原資だ。
 一瞬で蒸発する消費増税に意味はないどころか、最重要のデフレ政策と矛盾する。デフレ対策に必要なのは、産業構造改革と結びついた金融政策で、どのみち新興国に追いつかれる既得権益産業を身軽にするだけの金融緩和や雇用機制緩和は貧困化を助長する。
 補助金行政については、七〇年代の福祉国家財政破綻を機に先進国は〈行政に従ってオカネを貰う社会=補助金行政〉から〈善いことをしないと儲からない社会=政策的市場〉に転換。政治&行政は、ルールメイカー&管理者となり、民が事業主体となった。
 日本でだけこうした動きが生じなかった。小泉構造改革は「既得権益を身軽にする規制緩和」に過ぎず、資本移動自由化(グローバル化)の中で新興国興隆にもかかわらず国民に相当の労働分配率を保障するための産業構造改革に必要なルールメイクを怠った。
 九七年の京都議定書以来一五年間、先進国の環境政策は固定価格買取制と炭素税と排出量取引を三本柱としてきた。これらは全てルール変更によって市場均衡点を移動させる試みで、特に固定価格買取制の御蔭で多くの国が環境市場のトップランナーとなった。
 市場の自由か規制かという日本的二元論は無意味だ。だが二〇一〇年の参院選では都市部では「市場の自由」を主張するみんなの党、農村部では「規制」を主張する旧自民党が躍進した。相変わらず小泉改革的な「自由か規制か」的二元論が跋扈する有様だ。
 こうした出鱈目ぶりに教育界が責任を持たないはずがない。日本の教育界は「近代的エトスの不在」問題をどうするかという問題設定を全く欠く。ただし私は日本国民全員に近代的エトスを埋め込めと主張していない。たとえば柳田国男は別のプランを抱いた。
 近代的エトスを十分に持つエリートと、近代的エトスとは比較的無縁な大衆の組合せ。その際、エリートが愚民観の代わりに大衆貢献動機を持つように行為態度=心の習慣の埋め込みが必要になる。それには一定の共同体的な生活形式が必要になると彼は考えた。
 教育学者の藤田英典が明らかにしたように、国際学力比較調査の上位国がかつての日本のようにグループ学習を重視する一方、グループ学習から能力別編成へとシフトした日本は順位が転落したが、私見では貢献動機のエリートへの埋め込みに関連する問題だ。

【「近代的エトスの不在」克服とワークショップ】
 近代的エトスは多側面で語れるが、前述の政治システム関連で言えば、第一に〈任せて文句を言う社会〉から〈引き受けて考える社会〉へ、第二に〈空気に縛られる社会〉から〈合理を尊重する社会へ〉への転換が必要だ。敗戦後六十余年間言われ続けてきた。
 代表的論者は、敗戦に関わる「失敗の研究」から近代的啓蒙を志した丸山真男だが、丸山への強力な批判者で知られる先日(二〇一二年三月)逝去した吉本隆明も、反スターリニズムの立場から「自立」を称揚することで事実上は同一の転換を呼び掛けていた。
 だが先に述べたように、我々の社会は〈任せて文句を言う社会〉においても〈空気に縛られる社会〉においても全く変わっていない。非エリートどころかエリートにおいても変わっていないのだ。「近代的エトスの不在」は論壇の営み程度では変わらないのだ。
 教育の営みが期待される段だが、生徒にでなく社会に準拠する「社会化」概念や、知識よりも価値に準拠する「エトス」概念など、社会学的思考伝統に無頓着であったため、〈任せて文句を言う社会〉〈空気に縛られる社会〉を再生産してきた。何が足りないか。
 原発都民投票条例の制定を求める直接請求の請求代表人として署名活動をし、グリーンという価値に関心を寄せる人々が党派を越えて公開討論を行うためのプラットフォーム作りを目的とするグリーンアクティブを中沢新一らと立ち上げた私は、ワークショップに注目する。
 私が深く関わる住民投票問題に頻繁に見られる誤解とワークショップが関連しているから、それを切口としよう。住民投票は「世論調査による政治決定」の如きポピュリズムではない。住民の民度を上げることによる代議制民主主義の弊害の除去を目的とする。
 我が国でも巻町の原発住民投票における実績があるが、半年後なら半年後の住民投票に向けてワークショップと公開討論会を繰り返し、行政と企業に情報を出させ、立場の異なる専門家を次々に呼び、住民たちが「本当のところどうなのか」を見極める営みだ。
 その際ポイントが二つある。(1)専門家に決めさせないこと、(2)議会での手打ちを許さないこと。これらを一口で言えば[有識者会議の答申⇒行政的決定(法案の行政提案)⇒政治的決定(議会での立法)]という手順に潜む反民主的な出鱈目に照準するものだ。
 (1)を説明する。専門家は研究資金を要するがゆえに必然的に権益網の中にいる。ゆえに有識者会議の専門家メンバーを行政官僚が選んだ時点で(日本でも最終的な決済は大臣だが大抵は官僚提案の丸呑み)、シナリオは完成しており、会議の中身に意味はない。
 (2)を説明する。有識者会議の答申を内容的正当性の源泉とする法案条例案の行政提案を議会で審議し採決する。だが議員たちには専門知の共有がなく、大抵の議員たちは行政官僚の「御説明」に丸め込まれる。これを拒絶すると巧妙なサボタージュにさえ遭う。
 住民投票はこれらの回避を目的とする。そのため、住民投票&ワークショップという組合せで考える。欧州ではデンマークで開発されたコンセンサス会議という、ワークショップを通じた決定方法が広く採用される。その肝は「科学の民主化」にあると言える。
 ワークショップで扱うべき複数の論点がある。論点毎に異なるコーディネイターをワークショップ成員から選ぶ。各コーディネイターは論点に関して立場の異なる専門家を複数呼ぶ。成員は立場の異なる専門知を共有し、最後は専門家を排して合意形成に至る。
 これは医療におけるインフォームド・コンセント&セカンド・オピニオンに似る。患者は複数の医者から互いに異なる治療方針の説明を受け、最後は患者自身が決める。専門家の権威による誘導を排し、専門知をシェアした当事者や家族が相談して決定する。
 つまり住民投票の結果如何は最終目的ではない。住民投票に向けたワークショップの反復を通じて「本当のところはどうか」を見極めようとする営み。これがもたらす「気づき」による民度上昇で、行政官僚の誘導と議会での手打ちを牽制する。これが目的だ。
 当然ながら行政官僚と議員は嫌がる。現に都議会自民党は議会軽視を理由に原発都民投票条例の制定を求める直接請求の署名活動への非協力を呼びかけた。それでいい。住民たちはこうした動きを直ちに落選運動などにつなげていけば良いというだけの話だ。
 民主主義の本質は多数派政治にはない。「参加&自治」ならびにそれを支える「科学的態度&少数者尊重」の構えにある。皆で話し合ってどの立場が多数派かを見出すのではなく、参加&自治(科学的態度&少数者尊重)を通じて新たな気づきを獲得すること。
 住民投票とワークショップの組合せには、依存よりも自立を尊重する価値=目的プログラムと、依存から自立へ向かうための手順=条件プログラムが、ある。単に皆で話し合って決めれば良いという自堕落さから距離を取るための意志と工夫が要求されるのだ。

【ワークショップが可能にする「依存から自立へ」】
 我々はどこよりも安全で治安の良い国に暮らしている。それは警察統計が示している。どこよりも便利で快適な国に暮らしている。それは国民生活選好度調査が示している。だが日本の自殺は英国の四倍に及び、孤独死や無縁死が蔓延し、幸福度は八〇位以下だ。
 この逆説は〈任せて文句を言う社会〉〈空気に縛られる社会〉〈行政に従ってオカネを貰う社会〉に象徴される「依存」に関係する。〈引き受けて考える社会〉〈合理を尊重する社会〉〈儲けるべく善い事をする社会〉への―「自立」への―転換が必要である。
 参加&自治(科学的態度&少数者尊重)による共同体自治が必要だ。因みに学問的最前線では、共同体自治は、(1)安全保障(アンソニ・ギデンズ)、(2)決定正当性(ウルリヒ・ベック)、(3)実存的充実(スコット・ラッシュ)の、凡そ三側面で推奨されている。
 (1)は、食の安全保障・資源の安全保障・エネルギーの安全保障・技術の安全保障・文化の安全保障の多岐に渉る。(2)は、原発など高度技術の規定不能な―予測不能・計測不能・収拾不能な―リスクに関わる。(3)は、便利&快適と区別された幸福&尊厳に関わる。
 (3)について環境倫理学者ベアード・キャリコットを紹介する。彼によれば環境開発の失敗は人間を主体と考える思考(によるニーズの尊重)に由来する。人間ではなく場所を主体として―生き物として―考えねばならない。そうすれば逆に、尊厳を回復できる。
 関連して、沖縄に私とつながりがある若手建築家集団Crotonがある。彼らは、欧州の建築家や都市計画家では常識であるように、施主のニーズに直接対応せず、ワークショップを繰り返すことで、生き物としての場所性についての気づきをもたらそうとする。
 またしてもワークショップだ。私が関わる世田谷区基本構想委員会では、安全&安心、便利&快適は素晴らしいと認めた上、それが全てに優先する価値なのかを、怪我を容認するプレイパークの例などを基に議論、住民ワークショップにつなげようとしている。
 機能で記述される空間が尊厳を与えず、生き物として記述される場所が尊厳を与える。それを我々は日々の生活で良く知っている。例えばどちらの町が良いかと写真を示せば誰もが然るべく答えるだろう。だがその理由は言語化が難しく、ニーズとして現れない。
 だから我々住民は言語化できるものをニーズとして市場や行政に要求し、要求に応えた度合が国民生活選好度調査で「満足度」として計測され、ニーズに応えるシステムが放置されることで、自殺と孤独死と無縁死が蔓延する、幸福度が極度に低い社会になる。
 ニーズと尊厳のギャップへの「気づき」には手順が必要だ。「気づき」への手順としてワークショップがとても有効だ。それは前述したグリーンアクティブのワークショップを私自身がファシリテイトする中で実感する。以上は全て大人を対象とした例である。
 子供の場合はどうか。(株)リクルートの元フェロー藤原和博と私は一九九六年に『人生の教科書[よのなか]』を共著し、後に杉並区立和田中学校の民間人校長となった藤原はそこで書かれたプログラムを用いたワークショップ形式の[よのなか]科を設けた。
 私も自殺のワークショップにファシリテイタ役で関わった。生徒たちに二人ペアを組ませ、片方は自殺役、もう片方場自殺をとめる役として、ロールプレイする。それを通じて子供たちは自動的に幾つかの気づきを得る。そのうちの重要な三つだけを記そう。
 第一に、将来いいこともあるなどと自殺すべきでない理由を示す説得が逆効果だと気づく。自殺すべき理由がますます確かになって後に引けなくなる。第二に、君が死んだら自分は悲しいという言葉が効果的だと気づく。だが日頃の感情的な絆が必要だと判る。
 第三に、お腹が空いただろう、自殺は後にして取り敢えずご飯を食べよう、といった誘いが効果的だと気づく。誘いに乗れば大きな蓋然性で気分が変わるからだ。そのことは藤井誠二による練炭集団自殺のフィールドワークを通じて事実証明されていることだ。
 人の命は大切だという言葉は誰でも言える。だからそこに籠められた価値はルーチン化によりスルーされがちだ。自殺ワークショップにはルーチン化に抗って価値を再定立する機能がある。ここでは、救命という価値=目的プログラムが、強く意識されている。
 加えて、子供たちが前述した三点に「自動的に」気づくには、有効な手順=条件プログラム(if-then文の条件分岐図)に従ったファシリテイションが不可欠だ。これら両プログラムがマッチしたとき、御為ごかしを超えた実践的構えを得て、子供は自立しよう。
 多くのワークショップをファシリテイトした私の経験から言うと、参加者が大人か子供ではワークショップに本質的差異を与えない。人口学的属性・階層的属性・人格的属性を勘案した目的プログラムと条件プログラムのマッチングが、全ての場合で鍵になる。

【ワークショップのスコトゥーマ】
 ワークショップは巷間言われる通り、体験による気づきを通じた成長こそが教育というデューイの理念の現実化だが、今述べたように、皆で話し合えば気づきが得られるとか、皆で一緒に作業すれば気づきが得られるといった楽天性を徹底排除する必要がある。
 その意味で誰がファシリテイタ役になるかが重要だ。日本的稟議は根回しが鍵になるとすれば、ワークショップは根回しならざる仕込みが鍵だ。要はパターナリズム(父性的温情主義)を回避できない。ゆえに参加者から見たスコトゥーマ(盲点)が必ずある。
 今日の企業研修などで用いられるワークショップではコーチングの訓練を受けたファシリテータが立つ。コーチングのルーツはアウェアネストレーニング。日本で自己啓発と呼ばれてきたものだ。自己啓発のルーツにベトナム戦争を背景とした社会問題がある。
 海兵隊員は映画『フルメタル・ジャケット』の如き地獄の特訓を経て戦地に送られる。特訓目的は戦闘技術の習得よりもむしろ、変性意識下での日常的フレームの書き換えだ。米国は硫黄島決戦の調査からその必要を学んだ。謂わば殺人マシンを作るための洗脳だ。
 そのことがベトナム戦争からの帰還兵に問題を生じさせた。期間後に多くが麻薬や重犯罪に手を染めたのだ。書き換えられた潜在意識のフレームを再び日常生活に向いたフレームに書き戻す必要がある。そこで変性意識下での書き戻しプログラムが開発された。
 フロイト派精神医学などもベースにエンカウンターを経、ゲシュタルト療法、交流分析などが開発され、八〇年代に神経言語プログラミングが開発された。ストーリー、スクリプト、プログラム…言葉は違えど「変性意識下での潜在的枠組の書換え」が目的だ。
 これらが発展する過程でやがて企業研修に入ってきた。当初はエグゼクティブ(上級社員)向けだった。一口で言えば、通常なら欲望を制御するための意志力が強調されるが、意志力は多大なコストを要するので欲望そのものを書き換えてしまおうというのだ。
 私自身、七〇年代末に入ってきたばかりの自己啓発セミナーでハードな訓練を受けた。ハードさの余りパニック障害や統合失調を発症する場合さえあった。九二年頃に「成長した証拠に勧誘して来い」といった手法を手始めにバッシングを浴び、社会から消えた。
 というか、正確に言えば企業研修専門家や専門会社に衣替えして生き残った。だが企業研修に形を変えても―むしろ変えればこそ―問題が消えない。「欲望を克服すべく意志力を用いる代わりに欲望を書き換えよう」という欲望自体がどこに由来するかである。
 それを問わない限りアウェアネストレーニングは社畜を大量生産するための低コストのメソッドとなる。映画『ファイト・クラブ』や『ジェイソン・ボーン』シリーズに見られるように、米国社会ではこの危険に対する意識が、ある程度大衆的に拡がっている。
 九〇年代半ばまでは私自身がゼミナールでアウェアネストレーニングの手法を用いてワークショップをしてきた。だがあるとき学生の一人からそのことを見抜かれて危険を指摘された。以降は手法と機能を全て明らかにしてから、手法を用いることにしている。
 ことほどさようにワークショップがファシリテイタを要求するがゆえに論理必然的にスコトゥーマを伴う事実が、参加者全員に意識されねばならない。効果的なワークショップである程、自発性を越える内発性を用いた、しかし巧妙な洗脳手法であり得るのだ。
 ちなみに、損得勘定を計算した合理的選択は自発性に基づくものだが、損得勘定を超えた端的な欲望に従った場合によって不合理な選択は内発性に基づく。アウェアネストレーニングとは内発性の構造を変えることを目的とし、一部でエトスを変えると言える。

【導師がいるワークショップの意味】
 一部でエトスを変えると述べた。エトス(行為態度)は認知や評価や行動の構造で、認知や評価や行動自体にとっての「越えられない壁」をなす。潜在意識の構造(スクリプト、プログラム…)も意識にとっての「越えられない壁」をなす。両者は一部重なる。
 ただしエトスと言う場合は社会システムに準拠し、潜在意識という場合はパーソンシステムに準拠する違いがある。いずれにせよ「越えられない壁」を越えようとする営みは、それ自体「越えられない壁」に規定されるので、スコトゥーマからは逃れられない。
 にもかかわらず、パーソンシステムに準拠するとはいえ「越えられない壁」を越えようと企図するアウェアネストレーニングがそれなりに有効なのは、観察自体を規定するがゆえに観察できなかったものを、スコトゥーマはあっても観察する手順を含むからだ。
 アウェアネストレーニングの手法は、二〇世紀初頭に通過儀礼の概念を提唱したファン・ヘネップの記述に忠実である。ファン・ヘネップが世界各地の宗教儀礼に見出す、彼が通過儀礼と呼ぶ共通の形式は、離陸⇒混沌⇒着陸という三ステージを必ず内蔵する。
 混沌の段階は、後にビクター・ターナーがコムニタスの概念で記述するように、トランス即ち変性意識が優位となるステージで、ここで構造の書き換えが行われる。混沌を中間に挟んだ離陸と着陸は、それぞれ通常意識と変性意識の間の入口と出口に相当する。
 先にロールプレイを用いた中学校のワークショップを紹介したが、ロールプレイとは通常とは異なる役割の演劇的再現なので非日常感を伴い、参加者は変性意識に接近する。なお変性意識とは「通常ありそうもない意識状態」というだけで、相対的な概念である。
 さて、パーソンシステムにおける変性意識下での潜在意識の書換えと、社会システムにおけるカリスマの機能が近接する。ウェーバーによれば金銭やゲバルトに還元できない非日常的資質がカリスマだが、人々に広汎に変性意識をもたらす能力だと考えられる。
 ウェーバーは伝統的支配に伴う枠組はカリスマ的支配によってしか変えられないが、そのカリスマに伴う新しい枠組はやがて日常化して伝統的支配に回帰する。ビフォア&アフターでは伝統的支配に伴う枠組が変わっている。これは通過儀礼図式と等価である。
 その意味でウェーバーは社会の始原に集合的な変性意識状態を置く。この発想は同時代のエミール・デュルケムにも共通する。アナキズム(国家を否定する中間集団主義)に対し、彼は国家を否定しない中間集団主義を称揚し、国家の起源に集合的沸騰を置く。
 ワークショップが多かれ少なかれスコトゥーマと変性意識を伴う(ゆえに危険がある)ことを述べたが、同じことはカリスマにも集合的沸騰にも言える。それを踏まえた上で、凄い人物がもたらすミメーシス(感染的模倣)とワークショップの関係を述べる。
 既に述べた通りワークショップには多少なりとも変性意識が不可欠だ。変性意識―非日常的意識状態―をもたらす手段が複数ある。中でもアウェーネストレーニングにはグルとでも呼ぶべきカリスマを帯びたファシリテイタがつきものだ。その意味を考察する。
 ミメーシスを肯定する文書を残したのは紀元前五世紀後半に活躍したプラトンだが、ペロポネソス戦争敗北以降のアテネが貨幣経済化と階層分化で「重装歩兵の武器を買えない市民が奴隷から借金する」など混乱が進み共通感覚が壊れるにつれ、立場を変えた。
 具体的には、初期プラトンは凄い人物のそばに行くと優れたものが「感染する」過程を重視したが、敗戦を挟んで中期以降は、ミメーシスから距離をとる意志力と、イデー(普遍的真理)を見通す知恵を持つ、哲人王の必要を(不可能と知りつつ)説き始める。
 後続アリストテレスの用語に従えば、初期ギリシアの万物学(自然学と訳されるが不適切)から、メタ万物学(形而上学と訳されるが不適切)が分出した瞬間である。エリック・ハヴロックによれば、これはエクリチュール(書かれたもの)の一般化による。
 起源前六世紀以前に神官が用いていた文字が、アテネ市民に普及したのは、紀元前五世紀半ば以降のこと。それ以前の無文字段階では、教育においても説教においても娯楽(演劇)においても、韻律を伴う朗誦と、リズムを伴う舞踊が、広く用いられてきた。
 理由は二つだ。第一は、無文字社会において記憶を刻むための便法として有効だからだ。第二は、ミメーシス(模倣的感染)によって記述の伝達のみならず動機づけの伝達も行われるからだ。だが朗誦と舞踊による伝達は、共同身体性を伴う共通感覚を要する。
 それらが失われ、代わりにエクリチュールが普及する。ミメーシスがありそうもないことになるにつれ、逆に文字を用いた記憶の外部化が進む。そこでプラトンは、書記言語を眼光紙背に徹して読み解き普遍的真理を発見する構えを、統治の必要として見出す。
 だが中期以降のプラトンを読めば事柄は微妙だ。哲人王とは、常人がとらわれがちなミメーシス(感染的模倣)を越える―「越えられない壁」を越える―存在であることでミメーシスを引き起こす。ミメーシスを越え屹立することでミメーシスを起こす存在だ。
 哲人をどう育成できるのか。プラトンが作った学校「アカデメイア」における導師(グル)と弟子の長期の関係を通じてである。そこでは哲人の知恵は単に言葉で伝えられる知識を越えた、ある種の構え--「越えられない壁」を越える構え―だと考えられている。
 前述のように私も参加経験のある和田中学校での藤原和博校長(当時)のワークショップでは、藤原校長が教師を超えた導師としてファシリテイトしていて、彼が連れて来るホームレスやニューハーフなどの「極端」が、変性意識のフックとして機能していた。
 彼がファシリテイトしたワークショップの数々は極めて有効なものだが、これらはスコトゥーマを伴うパターナリズムを意識的に利用した「導師のいるワークショップ」で、ミメーシスをめぐる哲人王的な非対称性が前提となる。有効性と危険は表裏一体である。

【ワークショップとプラグマティズム】
 だが「導師のいるワークショップ」は、それが如何に危険であれ、適宜用いられる必要がある。ここでは導師が全体性を指し示せる、日常を俯瞰する特権的存在として在る。まさに哲人王である。なぜ全体性と俯瞰なのか。「ロールズの転向」に仮託してみよう。
 一九九二年の冷戦体制終焉直後、ジョン・ロールズが『政治的リベラリズム』(一九九三年)を著し、物議を醸す。そこでは一九七一年の『正義論』以降主張されてきた「正義の普遍的構想」が遺棄され、代わりに「正義の政治的構想」が採用されていたからだ。
 『正義論』は周知のように、無知のベール(どこのポジションに生まれ変われるか情報がない状態で社会に生まれ変わる場合にどんな社会を望むか)と反照的均衡(理論と感覚の間に乖離があれば理論を感覚に近づけるべく改鋳する)を方法的な柱としていた。
 そこでは社会成員がゲーム理論で言うマクシミン戦略―最悪事態の最小化―に基づき社会を評価すると仮定された。だが基本財の選定から価値の重み付けに至るまで文化的負荷抜きの中立的主体を構想できないとするコミュニタリアンらの批判に晒されてきた。
 これら批判は、普遍主義を標榜するロールズ的リベラリズムが、所詮米国のローカル価値を前提にしたコミュニタリアニズムに過ぎないとの主張だが、ロールズはこれに折れた。二〇一一年にワンチュク国王の来日で話題になったブータン王国を例にとろう。
 政治学に従えばブータンは独裁的神政政治だ。ワンチュク国王の地位を見れば『正義論』第一原理(平等な基本的自由)と、第二原理のうち機会均等原理に反するのは明らかだが、第二原理のうち格差原理(不平等は弱者のため)を満たす。これはNGなのか。
 普遍主義的リベラリズムを標榜する『正義論』に従えばNGだが、政治的リベラリズムを標榜する『政治的リベラリズム』に従えばOKとなる。この転換は、公正を評価するに際して、規範性に対する事実性の重みを、相対的に高く見積もるものだと言える。
 別の角度から言えば、事実上米国一国における諸個人の公正な共生から、世界大における諸共同体の公正な共生へと、相対的に力点をシフトしたものだ。こうしたシフトを全面的に支持する立場が、リチャード・ローティが自称するプラグマティズムである。
 ローティは述べる。人権とは何かという問いは米国独立やフランス革命に遡れば二百年以上の歴史を持つ。だが一九六〇年代半ばに至るまで黒人と女性は一人前の人間として認められなかったので人権が制限された。人間とは何かという問いこそ重要でないか。
 ここで彼は重要な提起をする。人間とは何かとの問いは、人権とは何かとの問いと違い、独立宣言に遡れば見出されるが如き原理でなく、実践的に再生産される境界線に関わる。例えば、人間とはコレコレと知識を得ても、人種差別的な認識は変えられない。
 処方箋として彼が提示するのは、幼少期から男女や多人種がごちゃごちゃに混ざって遊び学ぶという感情教育の実践だ。これを彼はプラトン主義的探求に抗うプラグマティズムだと述べ、自らはジョン・デューイの後継者であると自認する。意味は明瞭だろう。
 そもそもプラグマティズムを実用主義と訳すのは誤りだ。プラグマティズムは、ルーツがニーチェも影響を受けた米国超越論的哲学の鼻祖ラルフ・ワルド・エマソンに遡るように、エマソンならば「内なる光」と表現する内発性の宿しや変更を最終目的とする。
 先に反復した比喩を援用すれば、「越えられない壁」の何たるかを探求するに留らず、「越えられない壁」を越える方法と動機付けを調達する実践がプラグマティズムである。私見では、ロールズはプラグマティックな観点から「普遍主義的」構想を遺棄したのだ。
 米国一国主義の謗りを浴びる『正義論』の「普遍主義的」構想に拘っていては、公正な世界社会の建設に向けた実践を調達できず、「越えられない壁」の前で頓挫する。であれば敢えて「普遍主義」を捨てることで「越えられない壁」を越えようではないかと。
 単に規範をイデーとして主張するのでなく、実践を通じて感情的境界線のシフトを事実的にもたらそうとするローティ的な感情教育の企図は、学びとは「経験を通じた成長」だと主張したデューイの企図と重なる。ロールズの転向はこの観点から擁護できる。
 先にワークショップの目標は「経験を通じた成長」にあると述べたが、ローティ的に言い直せば「実践による気づきを通じて感情的境界線のシフトを事実的にもたらす営み」となる。冒頭に紹介したパーソンズに倣えば「価値セットの更新」に当たるだろう。
 「感情的境界線のシフト」や「価値セットの更新」は、三択問題で正解を答えられるようになるのとは異なる。複雑な社会システムにおける教育では答えの出ない問題が重要だ―藤原和博の言葉では「正解よりも納得解が重要だ」―というのはこれに関連する。
 巷間誤解されがちなように「事実が複雑で探求がまだ不十分だ」という意味ではない。感情や価値の問題であるがゆえに「どんな感情的枠組や価値的枠組に依拠するかで最適解や許容解(満足解)が変わることを理解しなければならない」ということなのである。
 感情的枠組や価値的枠組は、知識と違って「分かりましたか?」「分かりました」で済まない。口では何とでも言えるのが感情や価値の問題だ。だがその場で内面を隠して言葉を取り繕っても、彼や彼女の実践に感情と価値が刻印される。簡単に変えられない。
 「実践による気づきを通じて感情的境界線のシフトを事実的にもたらす営み」であるプラグマティズムから見て、有効なワークショップに導師が欠かせない。そもそも〈世界〉とは何かという全体性イメージの刷新こそ境界線のシフトを有効にもたらすからだ。
 宗教的表現を控えるべきだが、部分でなく全体を、全体は全体でも〈社会〉よりも〈世界〉のそれを体現するように見える人がいる。控え目に言えば自分より遥かに〈世界〉の全体性を弁えていると思える人がいて、ワークショップの有効性を幾重にも増幅する。
 だから藤原和博の[よのなか]科のような「導師のいるワークショップ」は不可欠だ。それは、ブータン王国が幸福度一位であることと、ワンチュク国王なる導師がいることが、切っても切れない関係にあることを見れば、思い半ばに過ぎる。両者は似た問題だ。

【「越えられない壁」を越えるためのワークショップ】
 危険を承知で「導師のいるワークショップ」に触れたのは意図がある。一口で言えば、「人々が所謂合理性の枠内で行動する場合、合理的に行動することに意味があるような社会が崩壊するしかない」という逆説が人々の目にますます可視的になってきたからだ。
 これは「政治家が合法性の枠内で行動する場合、合法的に行動することに意味があるような社会が崩壊する場合がある」というウェーバー的命題のコロラリーだ。普通に考えば、企図が失敗すれば脱法者として血祭りにあげられる政治家の、なり手がいない。
 むろん、なり手がいなければ社会は崩壊するだろう。だがもっと深い問題は、たとえなり手がいても社会が崩壊することが確実な場合、どんな社会的な振舞いが推奨されるかだ。これに向きあったのが、晩年にストア派を称揚したミシェル・フーコーであった。
 アテネの最盛期がパルテノン神殿建設期(紀元前五世紀前半)とすると、ストア派はそれから一五〇年経った紀元前四世紀末から紀元前三世紀にかけてのものだ。都市国家はマケドニア帝国の単なる都市へと落ちぶれ、かつての栄光は見る影もなかった時代だ。
 今日との通底を考えて言えば、不可能性を刻印された時代ということになろう。そこでは精神の平穏が重視され、アパタイア(感情からの解放)が称揚された。フーコーはこれを社会からの退却としては捉えず、逆に美学的な実践の称揚として捉えたのだった。
 不可能と知りつつ前に進む美学的な実践のみが、人を不安な感情から解放し、精神の平穏をもたらす。目標実現の可能不可能に一喜一憂しない、しかも自暴自棄から遠く離れた沈着冷静な実践の推奨。かかる構えは確かに人にミメーシスをもたらすはずである。
 不可能と知りつつ前に進む。こうした観点からポリテース(ポリス的存在)よりもコスモポリテース(コスモポリタン的存在)が称揚された。だが、アイザイア・バーリンは、こうした構えは、追い詰められた者が余儀なくされた精神的勝利法だと言い切った。
 この批判は一般にバーリンによるロマン主義批判として知られる。だがよく読むと、これは、不可能性を忘却した営みを批判している。不可能性を意識する初期ロマン派と、不可能性を忘却する後期ロマン派の対比は有名だが、後期ロマン派を批判しているのだ。
 ストア派はポリスの不可能性に直面したが、ヘルムト・プレスナーによれば初期ロマン派はフランス革命の不可能性と一神教の不可能性の双方に直面した。そこで不可能な全体性を希求するロマン派が生まれたが、程なく可能な全体性(民族精神)に短絡した。
 二〇世紀半ばのバーリンが反ナチズムならびに反スターリニズムの立場から、可能な全体性を追求する構えを、単なる欠落の埋合せ―追い詰められた者の精神的勝利法―として批判したのは当然のことだ。だがストア派も初期ロマン派もそうしたものではない。
 冷戦体制の終焉当初は、ロールズ転向に見るように、「越えられない壁」を越えるべく、普遍主義というローカリズムの克服が課題となり、プラグマティズムが称揚された。だが続いて新世紀への変わり目前後から近代的なものの不可能性の意識が高まってきた。
 これは単なる反近代主義ではない。近代的なものの不可避性と不可能性が同時に意識されるのだ。具体的には先進各国におけるグローバル化対応と民主政治の両立不可能の問題として―典型的には不安を背景としたポピュリズムとして―現象するようになった。
 我々には民主主義しかあり得ないが、民主主義ではどうにもならない問題が浮上つつあるとの意識は、ジョルジュ・アガンペンなど多くの論者に共有される。不合理な選択肢を敢えて採る構えや、不可能性を意識しつつ前に進む構えが、必要になっているのだ。
 そこでは「越えられない壁」を越えることがますますありそうもないこととして意識されている。こうした意識にもかかわらず社会(社会システム)と実存(パーソンシステム)を適切に維持するには、内在と超越の関係についての超越論的視座が欠かせない。
 神秘体験の存在は神秘現象の存在を意味しないというカール・グスタフ・ユングの有名な言葉が示すように、我々に与えられるのは〈世界〉でなく〈世界体験〉にすぎない。〈世界〉を〈世界体験〉へと変換する函数が、社会システムとパーソンシステムである。
 だからユングは〈世界体験〉の型としてのアーキタイプに注目した。彼はそれを社会でもパーソンでもなく、集合無意識―社会システムとパーソンシステムの合成函数―に帰属させた。だからこそ社会と人格に再帰的に関わることで〈世界体験〉が姿を変える。
 前述のエマソン、今のユング、シュタイナー教育で有名なルドルフ・シュタイナーは、私見ではこうした見方をシェアしている。彼らは神秘主義者として扱われがちだが、実践を通じて感情的境界線のシフトを事実的にもたらそうとするプラグマティストである。
 シュタイナーによれば、我々が〈世界〉をどう体験するか―どんなイメージと感情を経験するか―は育ち方で変わる。だから臨界年齢が大切だ。字の読み書きや計算の能力は比較的後でも取り返せるが、〈世界〉を感情的に触知する能力は臨界年齢が早いのだ。
 後から取り返せるものより、取り返せしにくいものを優先するのが、シュタイナーだ。さもないと〈世界体験〉の深度が浅くなり、可能性が可能性として、不可能性が不可能性としてしか見えなくなって、「越えられない壁」を越えようとする企図が消えるのだ。
 臨界年齢の概念はジャン・ピアジェやローレンス・コールバーグを通じて知られるが、シュタイナーはこれを〈世界体験〉の深度に結びつけ、体験を通じた成長としての学びにとって、適切な時期に適切な刺激に触れさせるパターナリズムが不可欠だとしたのだ。
 その意味で、体験を通じた成長としての学びの場を周到にデザインしたワークショップが大切になる。有能なファシリテイタが必要となる所以だ。シュタイナー教育でも森の体験が重要視されるが、最後に、私的実践にも触れつつ森とエトスの関係を一瞥する。

【宗教の欠落をカバーするためのワークショップ】
 先に、太平洋戦争の日米開戦やインパール作戦における「短期決戦なれば勝機あり」が、空気に縛られる者たちの認知の歪みであることを指摘した。別角度から言えば、ここには「見たくないものを見ないで済ませる」というエトス=心の習慣が明らかにある。
 「見たくないものを見ない」悪弊は今日も続く。原発絶対安全神話を支えたシミュレーションは、初めから絶対安全の結論が出るようなパラメータを選んだ結果だった。原発政策を支える有識者会議も原発権益の中にいる専門家が多数になるよう選んだ結果だ。
 福島原発事故で原発災害が広域に及んだにもかかわらず、政府が原発再稼働に際して事前説明で合意を得る地元を半径10キロ圏とする方針を固めた(二〇一二年三月)のも、原発の補助金利権が及ぶ範囲だけを選んで、地元と称した結果だ。全てが同型的である。
 それだけでない。私が請求代表者として関わる原発都民投票条例の直接請求のための署名活動は、政府による二〇一一年一二月一六日の終息宣言以降、逆風に見舞われた。東京近辺では「まだ放射能とか言ってるの?もう忘れたい」という空気が拡がったのだ。
 総じて「見たくないものを見ない」作法が蔓延するが、宗教社会学的背景がある。原初的な神表象は「見る神」で、「誰も見てなくても神が見ている」という観念を伴うことを宗教学が明らかにした。ユダヤ・キリスト・イスラム教の絶対神も「見る神」だ。
 旧約聖書の創世記に見る箱舟伝承も、大洪水が、人が忘れても神が忘れないことに由来するというふうに述べる。だから「人が忘れない」ようにする。他方、数十年に一度は大震災が襲う日本を見ると、喉元過ぎれば…で容易に「人が忘れて」しまうのである。
 ユダヤ・キリスト教的絶対神がいない以上、人の視座を越える視座を持たないのは仕方ないとされる。だがこれは間違っている。例えば沖縄の信仰史を見ると、鎮守の森が消えると人々が御嶽(うたき)から離れるのが分かる。本土も基本的には同じであった。
 私はしばしば子供と日暮れ時まで森で遊ぶ。暗闇が迫った森では鳥や獣たちが騒ぎ、先程までとは打って変わって「得体の知れないもの」として立ち現れ、子供を恐れさせる。だが以降の子供は自信を失うどころか、逆に翌日から堂々とした佇まいに成長する。
 我々が森と共に在ったとき、「誰が見てなくても森(の妖怪ら)が見ている」という観念の御蔭で、我々は人の視座を越える視座を持てた。だが多くの場所で森が消滅した。ワークショップで体験を通じた成長を組織する者は、そのことに敏感たらざるを得ない。
 森の体験を組織できないのなら、どんな体験がその機能的等価物たり得るのか。人の視座を越えた視座への敏感さを、どんな体験がもたらしてくれるか。これらの問いを、体験を通じた成長を企図するワークショップが、射程に収めずにいられるわけがない。
 本を読んでもドリルをやっても「越えられない壁」がある。エトス(ウェーバー)や価値セット(パーソンズ)や心の習慣(ベラー)がもたらす制約のせいだ。これに挑戦して制約を刷新することが、体験を通じた成長を企図するワークショップの目的である。
 従前自分を制約してきたエトスや価値セットや心の習慣から、人為的セッションを通じて自由になるという意味で、それは「まなびほぐし」だ。まなびほぐしを通じて自由になり、知識の習得が手段的に貢献する最終目的(を支える最終価値)が刷新される…。
 好むと好まざるとにかかわらず、先に紹介した理由から、遠からず日本では従来の経済ゲームも政治ゲームも社会ゲームも不可能になろう。そのときに備えた免疫化という意味だけでも「まなびほぐし」が必要になる。ワークショップが注目されるべき所以だ。

参考文献表  膨大なので割愛します。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-04-09 - 10:46:32
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園子温『ヒミズ』と塚本晋也『KOTOKO』について批評しました

関連する2本の映画批評原稿を書きました。
園子温『ヒミズ』と塚本晋也『KOTOKO』についてです。

【第一原稿】
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「震災後のポストモダン」試論 〜園子温『ヒミズ』〜
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【アントニオーニ『欲望』と鈴木清順『殺しの烙印』】
■先日、私が主催する私塾において、二本の映画--ミケランジェロ・アントニオーニ『欲望』(1966)と鈴木清順『殺しの烙印』(1967)--を見て表現と時代の間の関係を探るという企画を立て、朝から夜まで議論した。なお参加者は大多数が二〇歳台前半である。
■選んだ理由は二本の映画に共通するものにある。一口で言えば〈社会〉についての告げ知らせということになろう。『欲望』の原題は"Blow Up"(引き伸ばし)。若い世代のために言うと、ネガフィルムを透過した光を印画紙に拡大投影して焼き付ける作業のこと。
■そこには「見えたという体験」が何を意味するのかという主題がある。この主題はアントニオーニ監督が、ロベルト・ロッセリーニ監督などに代表されるイタリアン・ネオリアリスモの流れから出自したことに関連する極めてラディカルな自己批判と言えるものだ。
■詳しくは拙著『サブカルチャー神話解体』(1993)に記したが、敗戦後とりわけ1950年代に、戦後復興と呼ばれる市民社会的なものの回復(見えるもの)によって覆い隠された戦後混乱期的なものの痕跡(見えないもの)に注意を集中しようという動きがあった。
■拙著ではそれを「表/裏」コードに従った表現と呼んだ。ちなみに1960年代になるとこうした表現は遺棄され、市民社会的なものの自明性を前提にした上で、社会には抑圧する強者と抑圧される弱者がいるとする「強者/弱者」コードに従った表現へと道を譲る。
■さらに1960年代末になると「強者/弱者」コードは「大人/若者」ないし「非本来/本来」コードへと道を譲る。日本では武智鉄二監督の作品群に代表される初期ピンク(土方的なもの)から、若松孝二監督の作品群に代表される後期ピンク(予備校生的なもの)への変化に相当しよう。
■さて、イタリアン・ネオリアリスモ作品はパンフォーカスとズームを多用する。前景に『ローマの休日』の如き観光文化主義的風景が見えるとして、パンフォーカスないしズームアップ(引き伸ばし)をすると、瘡蓋を捲ると出血するかの如く「真実」が噴き出す。
■『欲望』もパンフォーカスを多用する。また主人公がネガフィルムを何度も引き伸ばす。「見えなかったもの」を「見える」ようにするためだ。そして主人公(観客)は確かに見えたと思う。だが「見えたこと(体験)」は「在ること(存在)」を意味しない。
■このモチーフはカール・グスタフ・ユングの「神秘体験の存在は、神秘現象の存在を意味しない」という有名な命題の単なる反復に過ぎないと見える。だが映画を仔細に見ればそこには、見かけの向こう側にある現象の有無自体を問うことへの徒労感が満ちている。
■この徒労感を日本で初めて明示したのは、やはりネオリアリスモの影響を強く受けた写真家中平卓馬の論説である。「見えること」をもたらす権力に抗い、権力に歪曲される以前のヴィジョンを獲得した…と「見えた」ところが、それ自体権力の産物だった…云々。
■それは、中平的な「ブレボケ」的ないし"provoke"的な作品が評判になるや、直ちに『アサヒカメラ』などの写真誌が「ブレボケ」的ないし"provoke"的な作品すなわち中平的な作品で一色になってしまう現象に象徴される。もはや構造的に権力以前のビジョンはない。
■実は『欲望』と同時代の1966年、ミッシェル・フーコーとジャン・ポール・サルトルが有名な誌上論争を展開した。主体の投企を顕揚するサルトルに対し、フーコーが主体概念(システムの外という観念)自体がシステムの生成物に過ぎないと喝破したのである。
■これに対して、インタビュアーが、主体の言説はシステムの生成物に過ぎないという貴兄の言説もまたシステムの生成物に過ぎないのか、だとすれば貴兄は何をしていることになるのかと問うているが、フーコーは影踏みの如き営みとして自己記述をしてみせた。
■思想の世界ではこの論争でのフーコーの勝利を以てポストモダンの開始と見す。根拠を問う・外部を問う・実在を問うといったモダンな営みが、たとえ「根拠」「外部」「実在」を見出せたにせよ、それ自体がシステムの生成物という「内部」に過ぎない…云々。
■社会学(社会システム論)の界隈でも1970年に同型の論争が起こった。ユルゲン・ハーバマスがシステムの外部として生活世界を持ちだしたのに対し、ニクラス・ルーマンがかかる「システム/生活世界」の境界設定自体がシステムの作動の帰結であるとしたのだ。
■言論の先端領域で1966年から徐々に拡っていったポストモダニティに関わる認識は、1970年のジャン・ボードリヤール『消費社会の神話と構造』に至り漸く大衆化した。だが映画の世界では逸早く1966年の段階でこうした世界了解が明示されていたのである。
■鈴木清順『殺しの烙印』は翌年の作品だが、「まぼろしの(=本当に実在するのか否か定かではない)殺し屋ナンバーワン」を目指すナンバースリーの主人公がたった数秒間だけナンバーワンになった「と思えた」という結末も、やはり徒労感に満ち満ちている。
■殺し屋ランキング・システムの頂点に立つことでシステムを制覇するというヴィジョンを抱くことそのものがむしろシステムに制覇されていることを証するという逆説。究極の能動こそがむしろ究極の受動であるとする逆説。『欲望』とのシンクロ率は極めて高い。
■実際、双方を見比べると、十分に頂点に立っている主人公ら(片や一流カメラマン、片や一流の殺し屋)の「故なき苛立ち」が反復して描かれる点も、マネキンを飾った深夜のショウウィンドウの如き「ガランドウ感」が反復して描かれる点も、見事に共通する。
■そう。二作品に共通するのは、敢えて言えば「我々が生きているのはこういう〈社会〉だ」という再帰的な意識である。それは、「ここではないどこか」を希求させる〈社会〉から逃れられないという「『ここではないどこか』の不可能性」の自覚という形を取る。
■私が書いた最初の映画評は東大駒場キャンパス誌『恒河沙』に載せた『欲望』論だった(1978年)。また今まで反復して観た回数が最も多いのが『殺しの烙印』だった(140回余り)。これらを通して私は、自分たちが営む社会というゲームへの自覚を迫られた。

【園子温と塚本晋也の抵抗】
■震災後に見直すべき映画というと、人情ものや絆ものを挙げる向きが多いだろうと予想する。だが私には、それらの映画を敢えて「見直す」べきだとは思わない。それらの作品群には〈社会〉の全体性に肉薄しようという強迫的とも言うべき意欲を感じないからだ。
■翻って昨今の日本映画を見ると、かかる社会的全体性への再帰的意識を伴う作品が皆無に近い。寺脇研氏の言い方を借りれば、自分たちが営むゲームがどんな前提に支えられるのか、それら前提は更にどんな前提に支えられるのか、といった探求への志向がない。
■こうした「前提を遡る探求の志向」の果てには、社会的全体性が、たとえそれが想像的=虚数的であるにせよ、姿を現す。それが想像的=虚数的である程、敢えて言えば、言葉でなく、直感によって先取りされる他なくなる。先の二作品はそうした映画の典型だ。
■昨今の邦画を見ると、かかる全体性への志向は絶無に近い。そんな中、稀有な例外を園子温監督と塚本晋也監督の作品群に見出せる。洗脳する側の悪ならざる洗脳される側の日常的空虚を、嗤う園作品。自己解放を希求するがゆえの自己破壊を、称揚する塚本作品。
■園作品は、日常の空虚を見て見ない振りをし続ける自己欺瞞--多くの場合は父のモチーフに象徴される--を軽侮し、観客に不快な思いをさせる。塚本作品は、自己解放を敢えて忘れた振りをして瀰漫的な快楽に耽る自己欺瞞を軽侮し、観客に不快な思いをさせる。
■この二人が、3・11の災害--というより原発人災を含む「事変」--を重要なモチーフとする作品(園子温『ヒミズ』2012年1月公開、塚本晋也監督『KOTOKO』2012年4月公開予定)を撮り上げ、とりわけ海外で高い評価を獲得していることは、むろん偶然でない。
■紙幅も限られているので『ヒミズ』にだけ触れる。原作は古谷実の連載漫画(2002〜2003年)。園監督にとって初の原作モノだ。園監督は震災前に脱稿したシナリオを、震災を機に大幅に書き直した。舞台を被災地に設定し、原作に登場するバケモノを消去した。
■バケモノは原初的宗教につきものの「見る神」。古来「見る神」は自分としての自分から区別された視座を与える。自分は大丈夫と思っても神にとっては大丈夫じゃない。バケモノは主人公の体験(善/悪、快/不快…)を「本当にそうか」と保留する機能を果す。
■園監督がバケモノを消した理由。それは震災ないし原発事変それ自体が我々の日常的な体験枠組(善/悪、快/不快…)を「本当にそうか」と保留させるからだ。実際、我々は、日常の中に非日常が島宇宙の如く浮かび、やがて日常に飲み込まれると感じてきた。
■だが二〇世紀史を振り返ると、少なくとも先進各国においては、「日常の中に非日常が(アブノーマリティとして)浮かぶ」という体験枠組と「非日常の中に日常が(ありそうもないものとして)浮かぶ」という体験枠組が「代わり番こ」になってきた事実が判る。
■園子温の映画版『ヒミズ』は、「見る神」の視座を「バケモノからの眼差し」から「事変からの眼差し」へと置き換えることで、私たちが再び「非日常の中に日常が(ありそうもないものとして)浮かぶ」という枠組にシフトしたことをアナウンスするかに見える。
■前述した園的モチーフからすれば、「日常の中に非日常が(アブノーマリティとして)浮かぶ」とする脳天気な発想は、日常の空虚を見て見ぬ振りをし続ける自己欺瞞(をもたらす洗脳)の帰結に過ぎない。園的モチーフはやはり一貫していると言えることになる。
■だがこの作品は、監督自身による自己理解に反して、「もはや終わりなき日常は終わった」とする巷によくある欺瞞的な宣言を、全く反復していない。なぜなら映画自体が「日常の中の非日常」から「非日常の中の日常」へのシフトに少しも留っていないからだ。
■今回の事変を「戦後」に倣って「災後」と呼ばせる既視感に象徴されるように、前述した「代わり番こ」が永久に終わらないことを我々は既に知っている。「もはや戦後は終わった」(1956年経済白書)も「もはや終わりなき日常は終わった」も、永久反復する。
■システム外部に見えるものはシステムが作り出したビジョンに過ぎないという認識に始まったポストモダンだが、ポストモダンの語義とも言える“「根拠」「外部」「実在」の脱臼”ゆえに、我々は今やノルベルト・ボルツの言う「サードオーダー」へと立ち至った。
■ファーストオーダー(相対一次)とセカンドオーダー(相対二次)を区別するサイバネティクスをもじる「サードオーダー」とは、セカンドオーダーを相対一次とする相対二次ではない。永久に相対一次/相対二次の区別が続くことへの鑑照的構え(テオリア)だ。
■そう。その意味で「もはや終わりなき日常は永久に終わらない」のであり、どんな大災害や戦争があろうが、ポストモダンがモダンへと回帰することは永久にない。そのことが突きつけられるからこそ、ラストシーンの「住田、がんばれ!」の連呼に落涙するのだ。
■映画はテレビよりも高頻度で、我々が営む社会的ゲームの自明性への疑いを突きつける働きをしてきた。初期ロマン派がアート(芸術)の機能として見出したものだ。だが我々はもう永久に社会的ゲームの自明性に回帰できない。それが「終わりなき日常」なのだ。
■そんな中で、アートの可能性を信じることも、信じないと敢えて「言挙げ」することも、もはや存在しないはずのアートを延命させる「芸術の陰謀」(ボードリヤール)に過ぎない。にも拘わらず映画は〈社会〉の自画像を提供し続けられるだろうと確信できる。


【第二原稿】
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震災に直接応答し、福音を描き切った作品 〜塚本晋也『KOTOKO』〜
――――――――――――――――――――――――――――――

【作品の変遷にみる、塚本晋也の成長】
■不覚にも大泣きだ。『バレット・バレエ』(1998年)以来の経験だ。そう。この映画は『バレット・バレエ』『六月の蛇』(2002年)と構造が似る。共通して“「疲れた男」が「聖なる娼婦」に救済される”というモチーフの反復があるからだ。塚本晋也の十八番だ。
■このモチーフは日活ロマンポルノや古くは今村昌平監督『赤い殺意』(1964年)にまで遡る伝統的なものだ。「聖なる娼婦」は「ここではないどこか」の隠喩だ。そう。かつては誰もが「ここではないどこか」を希求した。だから映画には「聖なる娼婦」が溢れた。
■「ここではないどこか」は1970年代半ばまでに終った。以降は「ここの読み替え」が專らになった。トルコ風呂街だった渋谷職安通りを「公園通り」として読み替えるシャレが出発点となった。やがて職安通りの過去は忘却され、そしてシャレがオシャレになった。
■薄汚れた東京もウォークマンでYMOを聴きながら歩けばTOKIOに早変わり。東京をTOKIOに読み替えるというのもむろんシャレだった。渋谷職安通りが初めから「公園通り」だった薄汚れた東京を知らない若い世代にとってはこのシャレもオシャレになった。
■「聖なる娼婦」に真の無垢を見出す営みは廃れ、娼婦と少女を区別した上で非娼婦の少女に無垢を見出す営みへと代替された。汚れても汚れない存在ではなく、汚れとは無縁な存在を憧憬する時代になった。そこでは「ここの読み替え」すら忘却されてしまった。
■かくして映画から「聖なる娼婦」が消えた。ただし塚本作品は例外だ。理由は明白だ。他の映画は「聖なる娼婦=ここではないどこか」の不在ゆえに挫折したが、塚本作品はこの不在ゆえの自己破壊(を通じた逆説的自己解放)が主題なので、一層輝いたのだった。
■塚本晋也においては“「聖なる娼婦」に救済される”というモチーフが換骨奪胎される。「聖なる娼婦」が救済するのでなく、「聖なる娼婦」の不在ゆえの自己破壊が救済する。換言すれば、「自己回復による救済」でなく「自己破壊による救済」が推奨されるのだ。
■「自己回復でなく自己破壊による救済」。〈世界〉から隔絶された薄汚れた〈社会〉に閉じ込められた男は、自己破壊によって自己もろとも〈社会〉を爆砕することで〈世界〉に接触、救済される。そう。『鉄男』(1989年)以来の塚本作品に一貫したモチーフだ。
■塚本の正しさは1990年代半ば以降明らかになったと見える。1997年のアジア通貨危機による平成不況の深刻化以降、「ここの読み替え」が所詮幻想に過ぎないことが瞭然となった。否。幻想として思い描くことすら不可能となり、アキバ系が全域を席巻した。
■シブヤ系の「現実の虚構化(演出化)」からアキバ系の「虚構の現実化(異世界化)」へ。「ここの読み替え」が不可能なるがゆえの「繭ごもり」へ。塚本の「自己もろともの爆砕」に比して瀰漫的であるとはいえ、「都市における救済」は塚本同様に断念された。
■…と言いたいところだが不可思議なことが起こった。「自己回復でなく自己破壊による救済」をモチーフとした筈の塚本作品が「自己回復」の福音を告げ知らせるように―それもますます大きな鐘の音を以て告げ知らせるように―変わってきた。実際に一瞥しよう。
■かつて『六月の蛇』論で示したように、『バレット・バレエ』はそれ以前の作品よりも“明るく”、『六月の蛇』は『バレット・バレエ』よりも“明るい”。『バレット・バレエ』でも『六月の蛇』でも、男と女の間に「壊れた」者同士の絆が最後の一瞬結ばれた。
■だが『バレット・バレエ』では、ラストで男と女が正反対の方向に走り出すことに象徴されるように、「壊れた」者同士の絆は想像的=虚数的なものに過ぎないが、『六月の蛇』では、ラストでの男と女の激しい情交が示すように、現実的なものになっている。
■その意味で、『六月の蛇』において、「死」の闇に満ち満ちた作品群に初めて「生」の光が差し込んだ。その感覚は『ヴィタール』(2004年)にでいや増す。前述したように、塚本作品では「自己回復ならざる自己破壊による救済」に「聖なる娼婦」が下属する。
■『ヴィタール』に「聖なる娼婦」は登場しないが、「聖なる娼婦」は「自己破壊による救済」の契機に過ぎないから驚きはない。驚きは、従来なら「最後の一瞬」に象徴される不可能性として描かれた筈の「自己破壊による救済」が、可能性として描かれたことだ。
■自己回復を遂げんとする者を自己破壊に導く他ない筈の人工物(鉄!)に溢れたこの都市で、人を自己回復へと導く「〈世界〉接触の回路」が、「ここではないどこか」ならざる「今ここ」における人体解剖という、紛うことなき現実の営みに見出されたのである。
■「ここではないどこか」を切望するのでなく、自分の居るこの場所をひたすら真下に掘り続けることで、突如、地球の裏側という「ここではないどこか」へは突き抜ける驚き。実際、突き抜けた先には「女が踊る、沖縄の海」という神話的空間が拡がっていたのだ。

【なぜ田中が消えるのか、それが問題だ】
■そして「女が踊る、沖縄の海」が尻取の如く本作『KOTOKO』(2012年)に繋がる。そこでは再び『バレット・バレエ』以来の“「聖なる娼婦」を求める「疲れた男」”が登場する。子供を溺愛するがゆえに壊れたKOTOKOと、彼女のために全て投げ打つ小説家。
■だが小説家はどうでもいいことになる。芥川賞(?)を受賞した著名な小説家なのに、小説をやめてKOTOKO(COCCO)を愛することを職業にしようとする男(塚本晋也)。だが男は消滅する。男は彼女の妄想か。いずれにせよもはや男の救済は問題ではなくなっている。
■否、正確には違う。「映画の中の女にミメーシス(感染)して救済される映画の中の男」に自らを重ねるという塚本晋也のナルチシズムが消えた代わりに、現実の女COCCOに現実の男塚本晋也がミメーシスして救済されている。何と塚本自身が救済されている!
■『バレット・バレエ』⇒『六月の蛇』⇒『ヴィタール』⇒『KOTOKO』。一連の塚本作品は、今紹介したように、「不可能性の意味論」から「可能性の意味論」への軌跡を描く。つまりこの四作は『KOTOKO』をラストシーンとする一つのストーリーなのである。
■そしてこの作品は園子温監督『ヒミズ』と並んで直接に震災と原発人災に直接応答した数少ないチャレンジの一つでもある。劇中では一瞬「ガンバレ ニッポン!」が登場するだけじゃないか、と言うなかれ。子供を心配する母親が登場するからか、などと言うなかれ。
■そんなことはどうでもいいのだ。園子温監督は、誰も見ていなくても見ている「見る神」である原作の化物を、災後の風景に置き換え、かつ学校的人間関係の困難を、家族的人間関係の困難に置き換えた上、ラストの自死を「住田、ガンバレ!」へと置き換えた。
■茶沢さんが叫ぶ「住田、ガンバレ!」がやがて住田自身の「住田、ガンバレ!」の科白へと感染する。その一瞬、観客は住田が自分であることを告げ知らされる。そう。震災の遥か以前から〈社会〉は地獄だった。震災で「終わりなき日常が終わった」のではない。
■何たる奇蹟か。否、稀有な敏感さがもたらした当然のシンクロか。震災の遥か以前からKOTOKO(COCCO)には人間が二重に見えていた、つまり〈社会〉は地獄だった。〈社会〉が二重に見える彼女が異常か。違う。それが普通に一重に見える我々が異常なのだ。
■そのことが判るただ一人の男が小説家の田中。否、塚本晋也自身だ。彼の前でKOTOKO(COCCO)が『ヴィタール』ラストの再現の如く歌い踊る。歌い踊る瞬間、彼女の前から腐りきった〈社会〉が消え、〈世界〉が現れて来る。つまり一重に見えるようになる。
■小説家の田中、否、塚本晋也自身には、観客や私と同じく、歌い踊ることで〈世界〉を召喚する奇蹟の力なんてない。だがKOTOKO、否、COCCOが「恩寵の扉」だ。COCCOを通じて〈世界〉からの福音が訪れる。田中が途中で消える理由はもはや明らかだろう。
■田中が途中で消えるのは、田中が塚本晋也になるからだ。田中を介することなく塚本自身が直接COCCOに向き合って感染するようになるからだ。その証拠に、田中の消滅直前、塚本の手持カメラの前でKOTOKOが激しく踊り、KOTOKOがCOCCOになるだろう。
■震災で「終わりなき日常は終わった」だと? 震災で日常が非日常に変じただと? 笑わせてくれる輩が多すぎる。終わりなき日常とは、地獄の非日常の日常化だ。辛うじてそれをやり過ごす知恵があるに過ぎぬ。昔も今も変わらない。震災があろうがなかろうが。
■昔も今も地獄を生きるしかない私たち。ガンバッてもどうにもならない私たち。「住田、ガンバレ!」はそんな私たちへのエールだったから、涙が出た。絶望に寄り添ってくれたから思わず泣けてしまったのだ。だが、『KOTOKO』の涙は少し、いや全然違う。
■ここには確かな福音がある。KOTOKOならざるCOCCOの存在という福音が。〈社会〉に生きることができないがゆえに歌い踊るCOCCO。COCCOという存在自身が〈世界〉からの訪れなのだ。COCCOに感染する塚本晋也が私自身だからこそ涙が止まらないのだ。
■塚本が述懐した。あのラストは、アイディアAに固執するCOCCOと、アイディアBに固執する塚本晋也の、両論併記なのだと。AとBが何を意味するかは明瞭だろう。この話がまた泣けてくる。〈社会〉を突き抜けるCOCCO。それを見てるしかない塚本=私たち…。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-04-01 - 08:47:00
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アメリカがかかえる逆説について渡辺靖氏とトークしました

『アメリカン・デモクラシーの逆説』という名著をお書きになった慶応大学の渡辺靖先生とトークいたしました。
宮台発言の一部を抜粋します。
全体は次号の『サイゾー』に掲載されます。



宮台◇ 対中問題は、米国を考える上での良い切り口になると思います。大統領が誰であれ、中国の台頭には現実的に対処するしかありません。ところが、特に米国の場合、現実主義的な路線を選択しようとすると––選択するしかないのですが––国民の間で理想主義という名の感情的表出が生じ、結果として国内の分裂が広がってしまう。渡辺さんの本のタイトルにもあるとおり、これまでもそうした「逆説」が繰り返されてきましたが、それが今後ますますひどくなるのかと思うと、滅入ります。
〜〜〜

宮台◇ 僕には、米国民の「コモンセンスに対する信頼」が失われているとの懸念があります。「銃のせいで凶悪犯罪が増え、それに対する防衛意識で、ますます銃が売れる」という悪循環のせいで、非合理的な水準にまで社会がセキュリティ化し、コミュニティ分断化・相互不透明化・疑心暗鬼化が進んでいます。それが格差放置と犯罪増加につながり、ますます防衛意識が拡がって先の悪循環が強化されます。こうしてコモンセンスが崩れます。崩れれば「昔のアメリカはこうじゃなかった」との思いからティーパーティー的表出に拍車がかかります。
〜〜〜

宮台◇ 現状への不満や抑鬱が、政策的な手当の有無という現実主義的問題ではなく、〈最終目標〉たる建国理念への理解無理解という理想主義的問題に、意味加工されちゃう。これでは現実主義的態度が疑心暗鬼の対象になって当たり前です。
 米国の法哲学者ロナルド・ドウォーキンも指摘しますが、オバマ政権の政策は国民一人ひとりの利益を増進させるもので、全体として理に適っているのに、理に適った政策が激烈な対立を生み、オバマ政権への否定的感情を広げています。客観的には理に適った政策でも、主観的には感情的憤激を招き、理に適った政策手救済されるはずの弱者が、政権に敵対する、という逆説です。
 日本でも05年総選挙で同じことが起きました。「政府を小さく、社会を大きく」という新自由主義への、誤解に基づく小泉政権の市場原理主義政策で、最も苦しむことになる都市的弱者が、既得権益構造の一掃という一点でカタルシスを得て、小泉政権に熱狂します。「弱者が、感情的表出を、自らの首を絞める政治に結びつける」といった馬鹿げた事態が多くの先進国で起こっています。コモンセンスが空洞化し、不満が不安と結びついた結果、理に適うか否かへの関心よりも、表出機能の有無にばかり関心が集中するようになります。
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宮台◇ 欧州にはフランス革命後の悲劇から「自由こそが社会の〈最終目標〉なのか」を巡って自由主義と保守主義の対立があります。米国は最初から自由が〈最終目標〉で、この意味での保守主義はありません。かわりに自由主義の内部に、「自由になるために必要な前提を整備するのが政府の役割で、政府は自由実現に不可欠」とするリベラルと、「政府に依存する自由は真の自由でなく、個人の内発性を支えとするものだけが自由だ」とするリバタリアンが分岐します。後者は所有物や家族などの近接性以外を信じないので、旧欧州のアナキズムに似ますが、米国と違って政府を懐疑せずに政策を議論する欧州ではアナキズムは傍流です。自由懐疑が議論され、国家を疑わない(アナキズムを切除した)欧州と、国家懐疑が論争され、自由を疑わない(保守主義を切除した)米国との、対比です。
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宮台◇ 理に適ったものより感情の表出が尊重されるのはなぜか。参考になるのはデビッド・フィンチャー監督の映画『ソーシャル・ネットワーク』です。フェイスブック創業のエピソードですが、ハーバード大が舞台で「ボストンのバラモン」と呼ばれるリベラルな上層の人たちがいかにクソであるかが描かれます。「理に適ったことに従うと、実存の輝きが失われる」という構えは、映画を観るとよく分かります。つまり「理に適うかどうかより、気持ちのままに」の志向を、抑鬱によるヒステリーとばかりは言えないんです。
 フランス革命以降百年の「意図せざる結果」ゆえにアナキズム––国家を信じず近接性を信じる思考––が広がり、対抗思想としてマルクス主義と社会学が定着します。アナキズムは「国家を否定する中間集団主義」、マルクス主義は「市場を否定する行政官僚制主義」、社会学は「国家を否定しない中間集団主義」です。アナキズムは現実制度を生み出さなかったけれど、中間集団主義の国家肯定版である社会学が近接性志向を継承し、社会主義国家が消えた1990年代以降「補完性の原則」としてEU統合につながります。
 自由主義/保守主義/社会主義の図式と対応させると、アングロサクソンの英国は二大政党制で保守主義概念が残ったけど、それ以外では自由懐疑が「市場は、近接性の敵か味方か」という図式に変異し、最終的には市場には警戒的であれとの合意につながります。欧州全土に広がるスローライフが象徴的です。国家は、中間集団のせめぎあいの調停者として正当化され、同時に、EU統合の中で国家がせめぎあう必要として正当化されました。それが「補完性の原則」で、欧州では国家の存在は理に適っている「から」OKなのです。
 米国には国家がせめぎあう発想がなく、合衆国が一世界です。国家への依存か自立かの対立が先鋭すぎて、理に適ったものの尊重が国家依存を意味して否定されちゃう。欧州では理に適ったものの尊重は肯定的なことですが、「そのせいで欧州は遠い昔に死んだ土地になり、内発性を持て余した者は米国で活躍する」という発想が欧米に広がります。米国は欧州と違って“微熱”に覆われ、『ソーシャル・ネットワーク』を見るとそれが伝わります。中国映画『スプリング・フィーバー』(ロウ・イエ監督)を見ると、中国社会も“微熱”に覆われています。これらを目の当たりにすると、理に適ったものを重視する欧州やボストンのバラモンは確かに死んで見えます。「俺たちは理に適っていないが、元気だ!」という感覚が米国映画と中国映画の両方から伝わってきます。日本も遠い昔はそうでした。
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宮台◇ 渡辺さんのご著書を読むと、僕らは米国を一枚岩だと考えてはならず、内部のダイナミズムを見極めなければならないという思いを強くします。これは米国や日本が、中国を見極める上でも重要です。
 日本は尖閣問題で中国を一枚岩だと見して感情的に噴き上がりました。実際には共産党と人民解放軍の相克が伝統的にあり、中国海軍は無線を切って示威行動を展開した実績もあります。日本に親近感を抱く胡錦濤が「このままじゃ中国海軍を抑えられない」との懸念を背景に日本に一生懸命にシグナルを送ったのに、前原国交大臣・仙谷官房長官が完全にスルーしました。米国は、日本の失敗を他山の石とし、中国国内の「共産党・軍・国民」のパワーバランスを見つつ、その都度どのボタンを押すかを熟慮する必要があります。
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宮台☆ コモンセンスが信頼できなくなると、信頼できる範囲でコミュニケーションをとろうとして「内向き化」するか、コモンセンスが通じない相手に対して「暴走化」するか、の二方向が生じます。これは日本国内でも見られます。若者たちが腹を割らないコミュニケーションで「内向き化」する一方、モンスターペアレンツが「暴走化」しています。共通前提が信頼できなくなったとき、「内向き化/暴走化」はどこでも反復される形式です。
 僕らが、他でもない米国に「内向き化/暴走化」の傾向を見出してしまう事実は、それだけ米国で信頼できる共通前提が希薄化したことを示し、そのぶん米国に信頼を置けなくなったことを意味します。昔は共通前提の存在ゆえに、たとえ対立があっても米国を一枚岩として見ることにリアリティがありました。それも今は昔。共通前提空洞化に怯える米国に、理に適った行動を求めるのは難しくなりました。これまでは不要だった「米国の身になって考える」ことをしなければならない時代になったようです。
投稿者:miyadai
投稿日時:2011-02-04 - 11:16:12
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真の勇者・伊勢崎賢治氏と阿佐谷ロフトでトークしました。宮台発言抜粋

かつてアフガン武装解除に成功し、東チモールで知事の経験もされた、真の牛若丸・伊勢崎賢治氏と、阿佐谷ロフトでトークしました。テーマは「ソフトボーダー」。つまり、シロとクロではなくグレーに耐えること。その文字起こし(宮台発言の一部のみ)です。

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宮台■尖閣沖の事件が起こったとき、民主党が、前政権ならびに外務省から、必要な知識と情報を引き継いでいないんじゃないかと思いました。とくにチャイナスクールと呼ばれる中国の専門の外交官や、中国の日本大使館元大使からの、知識や情報です。
 尖閣諸島のことをおさらいしておくと、一八九五年の閣議決定で日本は尖閣諸島を正式に領土に編入します。これは日清戦争終結の下関条約締結より前のこと。じつは中国共産党の内部文書の中でも、下関条約の際に尖閣諸島が日本に帰属することを認めています。
 そしてこれも周知のことですが、中国は一九七一年までは尖閣諸島領有権を主張したことはありません。ところが、そのあたりの時期を境に、尖閣諸島周辺の海底に石油やガスが眠っているらしいというので、中国と台湾が排他的な所有権を主張し始めたんですね。
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宮台■もちろんそうでしょう。敗戦後の台湾返還についても、尖閣は除外することが明記されているわけですからね。そのことを踏まえてのことだと思いますが、七八年に鄧小平さんが来日したときに、有名なせりふを残して帰ります。
 彼が言ったのは「主権問題は棚上げして共同開発しよう。次の世代にはわれわれよりももっといい知恵があるに違いない」という内容です。かみ砕くと、(1)主権棚上げ、(2)実効支配は日本(パトロールは今までどおり日本がやる)、(3)共同開発、の3本柱です。
 鄧小平さんはいまでも絶対の権威がある人なので、彼がそう述べたということは、日本が異を唱えずに鄧小平の枠組みにそって振る舞う場合、中国が日本にそういう外交的な協定を締結するよう呼びかけ、日本が応じたことを、事実上意味します。
 実際、それ以降の日本も、鄧小平の枠組み、つまり、主権棚上げ・日本の実効支配・共同開発という三本柱です。だから、二〇〇四年十二月に尖閣諸島に中国の民間人が上陸したときも、小泉さんは事実上法務大臣に指揮権を発動させて、強制送還をしたのです。
 記者会見でも小泉さんは自分が命じて強制送還させたと言います。首相が法務大臣に命じて指揮権を発動させたのと等価です。「主権は棚上げするが、日本が実効支配する」というのは、具体的には「逮捕+起訴」でなく「拿捕+強制送還」ということです。
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宮台■そして長期間勾留した。勾留は、普通は二十四時間ですが、その後二日の延長ができて、さらに十日と十日で、計二十三日間も勾留できます。今回は最後の十日延長を決めたことで、フルに勾留する、つまり起訴するという意志まで示してしまったわけです。
 中国政府も船長の方からぶつけたわけだから、従来のように拿捕後「即」強制送還というわけに行かないだろうと思っていた。だから二日の拘留延長になっても、加えて十日延長になっても動いていません。この計十三日で釈放されると思っていたんですね。
 実際、中国政府は計十三日の間に日本に向けてシグナルを二つ送りました。一つは九・一八。この日は満州事変の発端となる柳条湖事件の日。大東亜戦争を含む十五年戦争の勃発日で、しばしば反日暴動が起きます。二〇〇五年がとくにひどいことになりました。
 今回、中国共産党はそれを完全に抑え込んだ。つまり、中国はそういう形で、「“協定”を守る意思があるぞ」とシグナルを送ってきました。もう一つ、親日家として知られる胡錦濤国家主席が「共同開発がなくなるぞ」と脅しをかけてきたことです。
 この発言は「主権棚上げ・共同開発」がワンセットであることを背景とします。「日本が主権を主張するなら、日本が“協定”を廃棄したと見し、共同開発はやめるぞ」つまり「ちゃんと“協定”を守れよ」というシグナルです。このシグナルを受け取り損ねました。
 最後のプラス十日の拘留延長の際に仙谷官房長官が記者会見で「船長以外は全員帰したからボールは中国にある」と言うと、中国の外務報道官が「中国はこの間あらゆるシグナルを送ってきた。ボールは終始日本のコートにある」と応答したのは、それが背景です。
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宮台■伊勢崎さんの話は非常に重要です。中国は従来どおり日本の実効支配を認める構えでしたが、それは軍隊ではなく警察に準じるコーストガード(海上保安庁)がパトロールするという意味でして、自衛隊という軍隊が出てきたら大変なことになってしまいます。
 だから先に申したことをまとめると、今回の尖閣問題で、中国は「ここは、従来通り、主権棚上げのソフトボーダーにしよう」とシグナルを送ったのに、日本がそれに反応せず、「ここを、主権と主権が接するハードボーダーとする」と主張したということです。
 前原国交大臣が「国内法に従って手続きを粛々と進める」などと言っていましたが、このセリフが「ソフトボーダーを日本の一方的判断でハードボーダーへと変更することにする」という意味になることを自覚していなかったんです。外交感覚ゼロで、おそろしい。
 では、話を一歩進めましょうか。いま、なぜソフトボーダーなのか。とりわけ冷戦体制終焉後、政治学の世界では、主権を杓子定規に言い出すことに関する謙抑的態度が奨励されるようになります。分かりやすい例はEU統合の背後にある「主権移譲の原則」です。
 「主権移譲の原則」の前提が、「自分たちでできることは自分たちでやり、どうしても無理なとき、行政をできるだけ下の単位から呼び出す」という「補完性の原則」です。下の単位で無理なら、より上の単位を呼び出すのですが、国家が最上位ではないのです。
 つまり、従来は国家が持つ主権的な行動可能性の一部を譲り渡して、国家連合に任せますというもの。これは、町村が持つ主権的な行動可能性の一部を、道州に任せますとか、道州が持つ主権的な行動可能性の一部を、国家に任せますとかと、相似形になります。
 その意味で、日本でもさかんに「地域主権」が叫ばれるけれど、実際には、「地域の相対的な自立」ぐらいの意味でなければなりません。実際に僕は「地域主権」という言葉が嫌いなので、「地域の自立」という言葉を使います。この言葉の方が理に適っています。
 政治学の教科書的に言えば、主権sovereigntyとは元来、最高性とか頂点という意味だから、排他性を含意します。排他的だから、領土で主権を主張したら、他者たちの主権を一切否定したことになります。地域主権を真に受ければ、国家は否定されてしまいます。
 「補完性の原則」は「広義の主権移譲の原則」です。それを踏まえれば、地域は国家を通常的に呼び出せるし、国家は一部地域に介入できます。同じ意味で、国家が国家連合に属する場合も、国家が相対的に自立しながら通常的に国家連合を頼れるということです。
 分かりやすくいえば、ゆるく主権を考えるということです。EU統合の理念に見られるように、ゆるく主権を考えようという発想は、突飛じゃありません。ちなみにアメリカでは、合衆国という共和主義の理念が、「広義の主権移譲の原則」を体現しています。
 ゆるく主権を考えるのが、まさしくソフトボーダーの発想です。簡単にいえば、それがどっちの持ち物かという帰属問題は横に置き、とりあえずここで仲良く一緒にやりましょうと。資源を一緒に開発しましょうとか、一緒に動物を保護しましょうとか。
 こうしてトゥギャザネスの実積を積めば、自動的にコモンズ(共有財)と自明性が育ち上がり、実利の問題としても気持ちの問題としても、主権(排他性)を声高に言う必要はないし、声高にいえば有害な結果になるかもしれないという了解になっていきます。
 ヨーロッパでは「補完性の原則」の伝統があり、アメリカではその機能的等価物にあたる「共和主義の原則」の伝統があって、こうした原則を国外に拡張する形で「主権移譲の原則」を想像可能になります。日本政府の人々は、このあたりが分かっていないのです。
 たぶん、ドメスティックに国家のポジションが強すぎて「相対的な自治と、行政による補完」すなわち「自治と補完」という図式の中で国家を考えたことがないんです。つまり「心の習慣(ベラー)」ないし「エートス(ウェーバー)」の問題があるのでしょうね。
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宮台■尖閣諸島も日本の失策でハードボーダーになるところでした。というのは、元々中国の人民解放軍は共産党に服さずに、勝手に振る舞う伝統があります。現中国海軍もその遺伝子を受け継いでいて、共産党からの無線を切断して恣意行動をした実積もあります。
 尖閣でも同じことが起きかけました。海軍は「主権棚上げ・共同開発・実効支配日本の図式を日本から破った以上、全ては日本に責任があるし、憲法九条ゆえに日本は国際紛争に武力で臨めない以上、中国が尖閣を実効支配してしまえば終了」と理解したからです。
 実際、共産党は胡錦涛ラインで、海軍は江沢民ラインですから危なかった。胡錦涛がよく抑えました。だからあれだけシグナルを送ってきたんです。それを日本がスルーした以上、海軍を抑えるためにも、外見上を強硬に見える態度をとるしかなかったわけです。
 胡錦濤の後継と目される習近平は、必ずしも親日ではない––むしろ教科書問題で極めて強硬な態度をとった––江沢民ラインなので、再び同様な事態にあったら、海軍は思い通りに振る舞う可能性大です。その意味で、今回は、たまたまラッキーだったと言えます。
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宮台■Google検索ワード検閲での印象とは違って、共産党政府はインターネットに対して開放的です。新聞や雑誌に対する抑圧に比べるとゆるい。理由は、抑鬱感のガス抜きと、外交ツールとしての利用可能性です。ここには操縦されたナショナリズムがあります。
 ネットナショナリズムはどこの国でも必ず国策よりもラディカルになります。アメリカでも、ヨーロッパでも、日本でも同じですね。情緒的な噴き上がりの場になるからです。だか内政的不満のガス抜き装置になりますが、加えて、有効な外交ツールになります。
 ある程度民主化された国家では、二国間外交のプレイヤーはA国政府・A国国民・B国政府・B国国民の4者です。A国政府がB国国民を激昂させればB国政府は自国民の突き上げで強硬策へと促されますが、これをうまく抑えればB国政府はA国政府に恩を売れます。
 パブリックディプロマシーというと外交への国民参加という良さげな印象があるけど、実際にはB国政府のように自国民をなだめてA国政府に恩を売ってゲインを引き出したり、逆に自国民を激昂させてA国政府に強硬な要求を通したりする戦略の応酬が基本です。
 その意味で、憤激しやすいネット世論を敢えて放置することで、「このままじゃ国民が納得しない」と強硬策を日本に突きつけたり、「憤激する国民を必死でなだめたのだ」と日本から妥協を引き出したりと、外交リソースが増えるんですね。
 つまり、自由なネット環境の放置は、第一に、内政的不満を外交的憤激によって吸収するガス抜き装置という意味ではガバナンス・ツールになるし、第二に、ネット上での国民 的憤激が政府にとって有効な外交ツールになるということです。
 ただし、こうした意味で操縦されたナショナリズムはしばしば操縦困難になります。実際、2005年の反日暴動も反政府暴動に転化しました。もともと内政的不満がベースにあるからです。今回も共産党政府は反政府暴動への転化を恐れて監視と介入を続けました。
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宮台■そうです。反日感情の安全な噴き上がりが続く限りは、中国政府としてはできるだけ問題を長引かせることで、「ここが紛争地域だ」という国際的アピールを効果的なものにできるという機能的な側面もあります。こうした多機能の総体に目を配るべきです。
 それにしても、胡錦濤が親日だからこの程度で収まったのですよ。二年後に習近平が次の国家主席になりますが、彼の政策は未知数です。未知数で実績がない分、なおさら、国内統合ツールならびに外交ツールとして、ナショナリズムを利用するでしょう。
 その意味でも、いま現在は、胡錦濤の顔が立つように、実績をどんどん積まなきゃいけない時期なんです。ところがその胡錦濤の顔を、尖閣問題で日本がつぶしたんですね。当然ながら胡錦濤の立場は弱くなってしまったのです。日本の国益は損なわれました。
 大切なことは、中国大使経験者や、外務省の中国スクール現役官僚やOBたちは、いま申し上げてきたことを熟知していたということです。政治主導をはき違えた民主党政権が、こうした情報を官僚たちやその周辺から吸い上げる作業を怠っていたことが、問題です。
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宮台■そのことは私の師匠だった小室直樹先生が国際関係論の基本中の基本として、あるいは憲法学上の基本中の基本として、力説していたことです。民法で事情変更の原則というものがありますが、この種の原則が、憲法と外交条約や協定には利かないのです。
 なぜか。事情変更の原則とは、契約が有効であっても、契約時の社会的文脈が失われたから大きく変わった場合にば、契約を同じ効力を持ち続けるものとは見さないという原則です。これが憲法と外交条約に適用されないのは、適用されたら大変だからです。
 例えば政権が変わり、新政権が次々と新たな国内法を作っていくとします。このとき、社会的文脈が変わったので外交協定はなかったことにしますと言えるか。無理です。相手国は、そんなのはオマエの国内事情だろう、ふざけるな、というふうに反応します。
 にもかかわらず、なかったことにしますという態度を貫けば、その国にはもはや外交条約や協定を結ぶ力はなくなります。可能なのは「事情が変わったので、ご勘弁願います、この埋め合わせはきっとしますので」と平身低頭で懇願するくらいのことでしょう。
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宮台■新聞記者の中にも事情を知る人がいるけれど、ネット世論が盛り上がるとマスコミは不人気を恐れてネットに迎合的になります。ただでさえ可処分時間がインターネット利用に食われて新聞やテレビが退潮しつつありますから。今回は迎合が特に目立ちました。
 新聞もテレビも、「尖閣諸島で中国がひどいことをしたため、国民が憤激している。この憤激する世論にどう応えるかが、菅内閣の課題だ」みたいに、本質的課題とは関係ないことを書く。実際には、日本の失策で、中国海軍が実効支配する危険があったというのに。
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宮台■七八年の鄧小平宣言以来の“協定”の存在と、その運用についての実績を知っていたら、従来どおり「拿捕+強制送還」図式の応用、例えば三日の逮捕拘留で強制送還というふうにできたはず。密約でも何でもないのだから、知らなかったというんじゃ愚かです。
 メディアのポピュリズムで国策が歪むのは昨今では日常茶飯です。例えば重罰化世論がそう。昨今は少年犯罪が激増し、凶悪化した云々。愚かです。昭和三十年代は強盗・殺人・強姦・放火のどれをとっても今の三倍から六倍ほど認知されていたのですからね。
 現在は犯罪が激減しています。けれども犯罪が減り過ぎると困るのは、部署の存続が関わる警察と検察とマスコミです。だから警察は今世紀に入って従来軽犯罪の扱いだった自転車泥棒を窃盗扱いにして件数増加を演出したし、特捜は国策捜査オンパレードです。
 あるいは、検挙率低下を予算や人員増大の口実にするのが警察ですが、不適切です。地域共同体の空洞化が進んでいるのだから、「知らない人を見ませんでしたか」といった足で稼ぐ従来型の捜査方法では歩留まりが悪くなって当然。手法の改善こそが必要です。
 この手法改善は小手先では済みません。家族親族や地域の共同性が分厚かったことを前提に、刑罰は軽かったし、刑訴法248条による起訴猶予処分が専らで、逮捕された人の2割しか刑務所に入らなかったし、密室取調べでの裏司法取り引きもうまく機能しました。
 その結果、刑事裁判有罪率は99.9%を超え、裁判所は検察の検面調書を手本に最小の手間で判決文が書き、先進各国よりも少ない裁判所の数や弁護士の数でやって来ました。捜査手法の改変は、単にプロファイリングの導入でなく、これら総体をいじる必要がある。
 マスコミも同じです。これからもどのみち長期低落の道を進むしかないマスコミは、「知らない人を見ませんでしたか」「いや、もともと知らない人ばかり」といった地域空洞化を背景とした不安をベースに、「もしかしたら隣人が…」といった煽りを加えてきます。
 不安ゆえにマスコミに接して煽られ、煽られるがゆえにますます不安になってマスコミに接して煽られる、という悪循環が回ります。こうした悪循環ゆえに視聴率や購読部数が伸びます。その結果、実態とはかけ離れた「体感治安の悪さ」が醸成されるわけですね。
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宮台■ソフトボーダーはまさにグレーに耐える振舞いですが、「グレーはイヤだ、白黒つけろ」という世論が高まっているように見えます。でも、実際そうした世論がどれほどのものなのか注意するべきです。1980年前後の日本における法化社会化を例にとります。
 1979年に奈良県で隣人訴訟が起こります。隣家に子供を預けて親が出かけたら、その間に子供が近所の工事現場の池で溺死したので、隣家を訴えました。当初は訴えた側への避難が爆発し、1983年の判決でも責任は殆ど認められませんでした。
 ところがこの事件を境に、何かというと遊具の設置者責任を問い、校門開閉の管理責任を問い、預かった人の管理者責任を問う、といった「法化社会」の傾向が高まります。減点主義の行政官僚たちは屋上や放課後の校庭を閉鎖、箱ブランコを撤去、暗渠化します。
 この頃にティーンエイジャーだった人たちを対象に調べてみましたが、実は多くの人が70年代に打上花火の水平撃ちでの戦争ごっこをはじめ、危険なことをやりまくっていましたことが分かりました。そうした「法化社会」への世論は一見みつかりませんでした。
 要はこういうことです。たとえ少数者からであれ、「子供が死んでもいいというのか!」「子供の目がつぶれてもいいというのか!」「子供の将来がどうなってもいいというのか!」といった“正論”が声高に語られると、反論に手間がかかるので大方が沈黙します。
 こうしてグレーな空間はクロということになって撤去・抹消され、地域社会はノイズレスになります。こうしたノイズレスな空間で育ちあがる後続世代は、グレーを体験していないので、シロかクロかが当たり前になる。そんなふうに世論が“作られた”んですね。
 インターネットでの強硬な噴き上がりをみると、こうした過程を思い出します。シロかクロかで噴き上がるネット世論は、実際にはグレーに耐えることができる多くの人々を隠蔽した「上げ底」に過ぎず、しかも不安に煽られがちなヘタレが専らコミットしがちです。
 誰だって「弱腰だ!」って言われたくないじゃないですか。それは政府だって同じです。「ちょっとヤリ過ぎだ」って言われるよりダメージがあるわけです。しかも「弱腰だ!」っていうのはヘタレな傍観者にも言いやすいから、不安なヘタレの結束にも役立ちます。
 その意味で、僕はこうした「上げ底」された強硬な世論を、長らく「2ちゃん系ウヨ豚」と呼んで嘲笑してきましたが、日本のマスコミは「俗情に媚び」て、ネットが煽ったことに関してはマスコミも煽るという図式になっています。悪貨を増殖させているんです。
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宮台■北方領土問題は、戦後の日本とソビエトが二島返還でまとまりかけたのを、米国ダレス国務長官に「沖縄を返さないぞ」と脅されて撤回、千島のソビエト帰属を認めてきた従来の語法だと南千島に含まれるので、政府が苦肉の策で北方領土の概念を作りました。
 その後、90年代半ば、社会主義体制を終えたロシアが経済的困窮状態にあったのを機に、鈴木宗男&佐藤優が「二島返還&共同開発」つまりソフトボーダー図式で問題を解決しかけたのを、省内勢力争いに後押しされた特捜の国策捜査が台無しにしてしまった。
 いまや経済的に飛躍したロシアには「二島返還&共同開発」に応じる一切の動機を持ちません。まして「四島返還」などヘソで茶を沸かす。国後島と択捉島にはロシア教会が建立されたし、歯舞島と色丹島は日本の助けなしに経済を回せるようになりました。
 ロシアは意外にも宗教国家で、教会が建立されれば聖地ですから、聖地の割譲はもはやあり得ません。ところが日本の外交力を見ると絶望的です。ロシアのメドベージェフ大統領が北方領土を訪問するというときに、政府が「許せない」と噴き上がるんですからね。
 日本政府がそのように噴き上がって、それで北方領土に行かなかったら、メドベージェフ大統領はロシア国内で、それこそ「弱腰大統領」の烙印を押されます。だったら、公式には非難しないで、裏で「やめてくれない? 取引きしようよ」と言うべきです。
 とりわけ対中国において重要なのですが、相手のメンツに関わるような抗議をしたら、相手はもう引っ込めないのです。僕らの痴話ゲンカだってそうじゃないですか。そっちがそうくるなら、こっちもこうだよとなって、お互いに引っ込みがつかなくなるわけです。
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宮台■当たり前ですよね。ガチンコで対決してたら、向こうは帰そうと思っても帰せない。たとえば、子ども同士がおもちゃを争って「これは私のだ」「いや、オレのだ」とかやるでしょう。この押し問答をしている間は、暴力抜きには絶対に決着しないわけです。
 だから、そういうときは「じゃあ今回はおまえの」「じゃあ次はあんたの」というふうにやるんですよ。つまりシェアするわけです。それは要するに関係を作るということです。こうして互酬の関係が作られれば、次のコミュニケーションが可能になります。
 北朝鮮ではどうすればいいか。幸いにしてというか不幸にしてというか、北朝鮮には核開発問題があります。核問題はどの国にとっても最優先課題。だから「核開発をやめて無力化してくれれば、これだけギフトをあげますよ」と正々堂々と言えます。
 その贈り物が十分であれば、核開発を本当にやめたかどうかは別にして、一応、やめたふりはします。これは一つの互酬の関係です。この関係ができれば「たくさんギフトをあげたから少しは話を聞いてくれるよね」「なぁに?」「帰してほしいんだ」と言えます。
 そうしたら、向こうも「また何かくれるのかな」とか期待するから、「じゃあ、またちょっとあげるよ」というふうにすれば、拉致被害者が帰ってくるだけじゃなく、さらに関係は進む。いまのガチンコ状態では「帰せ」「イヤだ」と永久に応酬し合うだけです。
 経済制裁もお笑いです。博士論文の『権力の予期理論』で詳述したけど、アメもムチも通常化すると相手が適応して意味がなくなります。ただしアメの場合はそれをやめることがムチになりますが、ムチに適応した相手にムチをやめてもアメになりません。
 具体的には、経済制裁前と比べると、日朝貿易は五分の一以下になりましたが、そのかわり中国とロシアとの貿易額が爆発的に増えましたので、北朝鮮にはもはや日本との貿易は必要ありません。全世界が経済封鎖しない限り、経済制裁に大した意味はないのです。
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宮台■そうです。外交はまさに「損して得取れ」。そのことを戦略的コミュニケーションと言います。自分の生活を振りかえれば誰もが必ず思い当たるでしょう。お互いに本音をストレートに言ったら関係が終わるから、あえて我慢して、関係から収穫を得るのです。
 あと、これも戦略的コミュニケーションに含まれますが、相手を一枚岩だと思った時点で敗北です。カエサルの分断統治が一つの例ですが、相手国の中の複数勢力の関係を利用しなければなりません。中国でいえば、国民と政府と軍を分けて考える必要があります。
 中国政府は国民と軍を押さえ込まなければなりません。そこで九・一八に国民を抑えたことを日本に「貸し」として認識してもらい、船長を帰してもらうことで軍を抑えるというふうにしたかった。このシグナルを前原国交大臣と仙谷官房長官がスルーしたんです。
 アメリカについても同じことです。普天間基地の辺野古移設を「アメリカが」求めているという杜撰な議論がある。この5年、議員たちにも軍関係者たちにもシンクタンクにも、海兵隊は北マリアナ諸島テニアン&グアムに移転するべきだという議論が有力です。
 ただ、思い遣り予算で贅沢できる便宜があるので、海兵隊としては沖縄を捨てがたく、また、アフガン&イラク戦争で海兵隊の負担が多大だったために、アメリカ国内での海兵隊の発言力が普段よりも大きい。そういったアメリカの国内事情があるわけです。
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宮台■僕は「サードポジション」が重要だと思います。サードボジションというのは、文字通り「第3の立場」です。中国の例でいうと、客家(はっか)ネットワークというものがあります。客家というのは、原住地から移動してきた漢民族のことです。
 客家は中国沿海部から台湾、沖縄、東南アジアまで広大なネットワークを展開している。政界や知的エリートにも客家のメンバーが多い。台湾と、メインランドである中国の大資本にも客家ネットワークは広がっているんですよね。
 だから昔からよく言われるのは、中台海峡で戦端が開かれる可能性は、海軍が暴走することを除くと、普通はあり得ない。上層部のネットワークが客家ネットワークでつながっているからです。中国の鄧小平も、台湾の李登輝も、客家ネットワークに属します。
 同じことは中台だけでなく、日中にも言えます。中国には中国の、日本には日本の統治権力があり、ガチンコでぶつかりがちですが、中国から沖縄にまでまたがる客家の人々が有力なコネクションを作っているので、彼らがうまく動けばガチンコを避けられます。
 沖縄もその意味ではサードポジションです。沖縄は、維新以降は琉球処分、一七世紀には薩摩の侵攻で、ヤマトによって蔑ろにされた場所です。敗戦後は昭和天皇によってアメリカに差し出された場所でもあります。日本人から徹底して差別されてきた場所です。
 たとえば韓国や中国との国際会議を沖縄で開催できれば、大きな意味があると思います。沖縄は、客家ネットワークを通じて中国や台湾とつながりながら、日本からマージナライズされた、サードポジションですが、中国や韓国の人は多くがそれを知りません。
 韓国の済州島出身の人と沖縄の人は、サードポジションという意味では同じです。韓国から差別されてきた済州島の人が、韓国と並んで沖縄に親近感を抱いたり、日本から差別さてきた沖縄の人が、日本と並んで済州島に親近感を抱いたりしても良いのです。
 こうしたサードポジションの人たちが、縁の下の力持ち的な仲裁者として動くことで、感情的な噴き上がりが緩和されるはずなのです。ちなみに沖縄は東アジアで唯一の南国リゾートです。中国にも台湾にも南国リゾートはありませんから、それもウリになります。
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宮台■樺太であろうが千島であろうが、もとはといえば日本人の場所じゃなくてアイヌの場所ですよね。北海道全体がそもそもは無人で、東アジア全域に拡がっていたアイヌの人たちが集結した場所なんですから。鈴木宗男さんはそのことをわかっていらっしゃった。
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宮台■おっしゃるとおり。先に述べたように、いわゆる「北方領土」は、一九五〇年代半ばまで二島返還で手を打つはずだったのが、冷戦を背景としたダレス国務長官の脅しに屈した形で四島返還図式になり、それで外務省が「北方領土」という言葉を捏造しました。
 鈴木宗男さんはそのプロセスをご存じだから、ソ連崩壊でロシアが困窮したのを機に元々の二島返還図式でやろうとされた。だから国後と択捉は横に置き、日本からの支援なくして生活できない歯舞と色丹という北海道に近接した小島でまず手を打とうとされた。
 その後、国後と択捉での手打ちを前提に相互交流の実績を積み、残りの国後と択捉をソフトボーダーつまり共同開発の拠点にしようとされました。日本もロシアも出資し、日本からもロシアからも人が行き、日本抜きでは考えられない繁栄の場所にしようとされた。
 それを誰が妨害したか。外務省の中で、二島返還派を追いやることで自分のポジションが上がると考えた四島返還派です。彼ら国賊官僚にとって大事なのは、イデオロギーじゃなく、ポジションです。右翼イデオロギーは、利用可能な道具でしかありませんでした。
 それが外務省という役所を象徴します。今回も尖閣問題の背景にも、アメリカスクールとチャイナスクールの間の対立があります。前原国交大臣や岡田外務大臣がアメリカスクールを重用するので、チャイナスクールからの情報が入らなかった。愚昧な話です。
 見てきたように、ソフトボーダーの理念は、ちょこちょこ動く国賊官僚さえいなければすんなり実現し、大幅に国益が増進したはずです。ところが今では、四島返還どころか二島返還さえ実現可能性が消えました。国賊官僚と『正論』の如き馬鹿論壇誌のせいです。
 でも、逆に言えば、一部の輩がソフトボーダー派を追い落とす策動をすれば、簡単にご破算にできちゃうんです。「なんだ、四島返還じゃなくて二島返還か、弱腰な!」と言えば、弱腰と言われて脊髄反射するような馬鹿が、簡単に動員されてしまうからですね。
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宮台■その通りですが、「ちんけな問題」が何度も反復される歴史があります。人々が「腰抜け」といった言葉に反応して「勇ましさ」競争をするのは、『自由からの逃走』のフロムによれば、社会の過剰流動性に由来する「社会的不安」のなせるわざです。
 過剰流動性に取り残されがちな年長者や、若年層の都市的弱者が、ウヨ論壇的なものに吸引されて、「腰抜け」という言葉に反応し、たかだか『正論』上や2ちゃん上で「勇ましさ」競争をする背景も、エーリッヒ・フロムのこの図式で記述できるように思います。
 問題は、一つは、不安の淵源となる社会の「過剰流動性」であり、もう一つは、社会の流動性によって実存的にヘタれる「実績のなさ」です。後者については伊勢崎さんのように実績を積んでおられることが大切ですが、前者についてのキーワードも「実績」です。
 近代国家というと、国民と並んで領土が重視されます。でもグローバル化つまり資本移動自由化が進むと、国民の境界線も領土の境界線も以前よりは意味を持たなくなります。それが、ソフトボーダー概念や主権移譲の原則によって指し示されていることです。
 その意味で国家のガバナンス能力が低下したとも言えますが、国家の役割が国際的規模のルールメーカーへと変化したとも言えるんです。外交ゲームは形式上であれ、主権国家同士がコミュニケーションをして、国際条約に合意するというプロセスを含むからです。
 でも、この国際合意は、かつての国連総会図式や国連安保理図式とは異なるものです。古い話だけど、九四年の京都会議にしろ、二年後から始まった地雷撤廃のオタワプロセスにしろ、まさにプロセスという言い方が示すように「この指止まれ」方式なんですね。
 どんどん拡がりつつある二国間のFTA(フリー・トレード・アグリーメント=自由貿易協定)にせよ、マルチラテラル版であるTPP(トランス・パシフィック・パートナーシップ=環太平洋連携協定)にしても、すべて「この指止まれ」方式です。なぜなのか。
 「この指止まれ」方式では、ルールメイキングの形式的なプレーヤーは、確かに主権国家ということになっていますが、実際には、顔の見えるぎりぎりの範囲である人口二万前後までの基礎自治体––社会学でいう中間集団の一種ですが––が重要な役割を担うんです。
 COP(カンファレンス・オブ・パーティーズ=気候変動枠組条約締約国会議)で言えば、各国内の基礎自治体やNGOがどんな取り組みをしているかという実績が、各国の約束意志が信用に値するかどうかを決め、ルールメーカーとしての影響力に直結します。
 その意味では、議定書が内包する国家を主体とする「この指止まれ」プロセスは、各国内内の基礎自治体やNPOを主体とする「この指止まれ」プロセスを前提とします。まさに「自立した自己決定的共同体・の共和から成り立つ国・の共和から成り立つ圏」です。
 だから、論理的必然として、各自己決定的共同体––基礎自治体やNPO––にとって、国家もさることながら、連携可能性のある国内・国外の各自己決定的共同体との関係が重要になります。これが「この指止まれ」方式の真の主体がいずれであるかを示しています。
 これからはそういう動きが一層加速します。「グローバル化が進む」とは、一方では経済面での「資本移動自由化によるトランスナショナルな資本の成立」ですが、他方では政治面での「自立的共同体・の共和から成り立つ国・の共和から成り立つ圏」の成立です。
 後者については、ネグリ&ハートのいう「マルチチュード」の動きを含みますが、シャンタル・ムフが激烈に批判するように、国際的なルールメイキングにおける「自立的共同体による国家の操縦」という契機を軽視する議論は、鈍感なユートピズムに過ぎません。
 そして、「この指止まれ」的なスフィア(圏)の成立にとって中間集団がますます重要になるグローバルな動きは、グローバル化=資本移動自由化によって、中央政府による財政的再配分––公共事業政策や福祉国家政策––が急速に困難になっていく動きと相即します。
 レオンチェフの投入産出分析に、一単位の産出に必要な投入量を示す資本係数の概念がありますが、資本移動自由化の下では、累進制強化や法人税増税そして解雇規制や非正規雇用規制など雇用規制は、全て資本係数上昇にカウントされ、資本が流出するからです。
 グローバル化が、集権的再配分を難しくする一方、先進国国民への労働分配率を低下させる事情もある。新興国が動機づけを持ちにくい環境産業などへの産業構造改革を遂げない限り、平均利潤率均等化法則で先進国の労働分配率が新興国に引きずられるからです。
 平均利潤率均等化問題のコロラリーですが、新興国の産業化で石化エネルギー価格が高止まりして、労働分配率を以前よりも大幅に下げない限り、先進国が利潤率を維持できない事情もあります。かくして国民が苦しくなるのに国家にできることは小さくなります。
 すると、顔の見える範囲の中間集団での自立的相互扶助––お上(福祉)を頼らない助け合い––が重要にならざるを得ません。論理必然的な問題です。すると自動的に、近接性(トゥギャザネス)がもたらす情動の傾きが重視されざるを得ず、道徳論が浮上します。
 道徳論とはこうした意味です。サンデルは白熱教室最終回で「老人が二人溺れている。一人は見知らぬ人。もう一人は君の親。さて君はどちらを助ける? そこで君はコイントスをする、ってな振舞いは馬鹿げていよう。リベラリズムがダメな理由だ」と述べます。
 この例は、白熱教室初回でのトロッコ問題「暴走するトロッコ。行く手には五人の男女が。さて君はどうする? 選択肢Aか選択肢Bか」と併せて、神経生物学者マーク・ハウザーの言う「情動」の超えられない壁が存在するという事実に、言及するものです。
 この「超えられない壁」は先験的なものでなく、社会的に形成されたものです。たとえそうであれ、我々は道徳(善)の問題とは無関係に正義(正しさ)を議論できるという空論から離脱しなければならない、とするのがサンデルのコミュニタリアン的な議論です。
 しかし、やはり白熱教室最終回で、彼は、共同体の伝統が、人種差別の文化を含む場合に言及し、これは共同体の共生という別種の価値に支えられなければならないことを暗示します。後期ロールズによれば、共同体の共生こそが、反省的均衡が指し示す価値です。
 実際、伊勢崎さんがコミットされた東チモールにせよ、パレスチナにおけるファタハとハマスにせよ、アフガンにおける軍閥とタリバンにせよ、部族間抗争を中心に、中間集団には中間集団の争いの伝統があります。単なるアナキズム=中間集団主義では済みません。
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宮台■中間集団どうしの共生については、世界各地に入会地の如き共有財(コモンズ)の伝統があります。抗争の伝統とコモンズの伝統が両方あるんですね。コモンズの伝統は、入会地のように土地を中心に見られるのですが、昨今の日本はここが徹底的にダメです。
 日本は明治時代に寄生地主ないし不在地主対策で土地売買を完全に自由化してしまいましたが、ヨーロッパでは土地売買は自由にできません。用途規制どころじゃなく高いハードルをクリアしないと売買自体ができない。土地売買の自由は近接性を空洞化させます。
 僕の近所である下北沢の都道52号線拡張問題が典型です。殆ど議論されないのが残念ですが、問題の背景に、茶沢通りを中心に、売買が自由なので不在地主化が進み、同じく売買が自由なので次々に行政に召し上げられていく事情があります。馬鹿げています。
 六本木や赤坂の風俗営業化の背景にも、まったく同じ事情があります。こちらでは外国人による所有が進んで、単位面積あたりの利益率次第でどんな用途の上物も許容するようになっています。これではコモンズとしての景観や地域文化の保全はまったく不可能です。
 でも、これを単に法制度の問題だと考えてはいけない。これも近接性に関わる価値観の問題です。自分たちの生活を支えるプラットフォームに対する再帰的な関わり––選択の前提をも選択の対象にするという再帰性––を抜きにして、法律や条令の立法もありません。
 欧州的感受性からいえば、自分たちの生活を支えるプラットフォームを自分たち仲間以外に売却することを、徹底的に警戒せねばなりません。共通感覚をシェアしていない蓋然性が高いからです。入会地をヨソ者が所有する事態は、安全保障上とても危険なんです。
 そういう感受性があるので、日本以外の先進国の多くでは、土地については所有者が主権を主張できないようにするのが当たり前です。先に述べたように、主権の定義要件には排他性が含まれるからです。主権の排他性は多くの場合、包摂とは両立しないんですね。
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宮台■同時に、実績を積まないといけません。「この国は俺のもの」「この土地は俺のもの」というとき、「まあ、それはそうだが、それはそれとして、お互い幸せになろうよ、そのためにこうしようよ」みたいに持っていけるか否かが、実践的な分岐点だからです。
 そのためには「ウィン・ウィン的にハッピーになるってのは、こんな感じだ」ということを想像できる必要があります。さもないと人は「そこ」に行こうと思わないからです。「そこ」が想像できるようになるためには、コミュニケーションの実績が必要なんです。
 もう一度申しますが、伊勢崎さんのおっしゃるソフトボーダーを、単に概念的に理解しても、エートス(簡単に変えられない行為態度)ないしモーレス(心の習慣)に至れません。それを何によって促すにせよ、コミュニケーションの実績を積むことが大切です。
 例えば、敵味方観念についてのモーレスが参考になります。敗戦後の日本統治を研究する集団のトップだったルース・ベネディクトが『菊と刀』で、狂信者だと教えられてきた日本人捕虜らが、飯と風呂を与えると極秘事項を喋りまくることに驚愕したと書きます。
 僕らには自然です。原理原則よりも近接性が優越する心の習慣を生きてきたからです。刑事ドラマの取調シーンで刑事が「カツ丼食うか」とカツ丼を食わせて喋らせる。「一宿一飯の恩義」という物言いが示す通り、僕たちはカツ丼的事実性––実績!––に弱いんです。
 一緒に飯を食うと「いい人かも」みたいになること。そういう心の習慣を意識して対外的に活用するべきです。実際、ルールへの合意よりも重視されるべき実績の事実性を、欧州ではCBM(コンフィデンス・ビルディング・メジャーズ=信頼醸成手段)と言います。
 別の言い方をすると、理に適ったことだけ主張する振舞いは理に適っていません。外交官や外務大臣は、筋論をちゃんと言えることも大事ですが、「筋論はそれとして世の中いろいろだよね」と言えることが、テロス(最終目的)の実現からみて理に適うんですね。■
投稿者:miyadai
投稿日時:2011-01-31 - 14:35:51
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今年の思潮を総括する座談会での宮台発言です

【宮台】朝日カルチャーセンターで十年教えてきましたが、数年前から政治哲学の原理的思考に対するニーズが上昇しました。知的要求の上昇と言い切っていい。僕は9・11(2001年)以降だと思います。
 従来は大学でゼミの希望者を篩い落とすべく政治哲学の難しい話をすると人が来なくなったのが、逆に増えるようになりました。理由は、現実が流動的になり、比較的動きにくいも––古典だったり原理的なものだったり––に対する要求が高まったことです。
 もう一つの理由は、サンデルにせよロールズにせよ「正義論」ブームの前提として、道徳に対する要求、あるいは道徳の拠ってきたる所以に対する理解への要求が、とても強くなってきたことでしょう。
 九三年、ロールズの俗に言う「転向」がありました。彼の言葉では「包括的リベラリズムから政治的リベラリズムへ」。日本では井上達夫氏を中心に、これを後退だと理解する向きが多いけど、政治哲学や社会学の最前線では多くが前進だと考えています。
 なぜか。まさに9・11がキーワード。一国内あるいは「我々」の内部での公正や正義について考える福祉国家政策的な段階から、グローバルないし「我々」の範囲を越えた者––異文化や異宗教の者––との共生の可能性を模索する段階へのシフトだからです。
 より現実的に緊要な問題に前進したと言えるし、普遍主義というローカリズム--ウォーラーステインの言う「欧州的な普遍主義」--を超えて「普遍的な普遍主義」へと前進したとも言えます。ローティはこれを「プラトニズムからプラグマティズムへ」と言う。
 「ロールズ転向」を契機に、古典的自由主義寄りのリベラリズム理解が、サンデルを含めたリベラル・コミュニタリアン的なリベラリズム理解へとシフトします。「かつてのロールズは一国主義という意味で所詮コミュニタリアンだ」との皮肉な理解が典型です。
 コミュニタリアンを「共同性の押しつけ」とみる誤解も解け、自称コミュニタリアンが殆どいない理由も理解されてきました。実際、規範的説教というより、近接性(仲間とトゥギャザであること)が選好構造を変えると見す事実的論議をする訳です
 さらに、近接性を重視するアナーキズムや、それを重要な源流の一つとするリバタリアニズムについて--或いはリバタリアニズムとは本来筋が違う帰結主義的なハイエクやミルトン・フリードマンについて--「市場原理主義だ」と名指す誤解もとけてきました。
 大学教員レベルでは相変わらずフリードマンを市場原理主義だと教える人も多いけど、彼の本を読めば序文レベルですらそうは書いてない。実際は逆。むしろ教育と医療についてはふんだんな財政的支出が必要だと繰り返し言って来ているのです。
 ただ彼が強調するのは、公共性の判断を誰がするのかという問題です。「たかが行政官僚如きに公共性を判断させていい訳がない。用途指定クーポン(バウチャー)とベーシックインカムを組み合わせ、市場での投票を通じて公共性を判断させよ」と言う。
 これは少なくとも間接的には、市民というあり方(シチズンシップ)についての規範的議論です。日本ではまだ左翼による市場原理主義うんぬんの類の誤解が流布するけど、学生の間ではフリードマンの議論についての真摯な関心も高まっています。

【宮台】そう思います。『ベオグラード1999』(金子遊監督)というドキュメンタリー映画があります。監督自身はニューレフトだけれど、元恋人が一水会に入っていたのが自殺して、映画は彼女の自殺までの経緯を追います。
 その過程で、金子監督は、一水会をなど新右翼の主張が、自分が思っていた「右翼」とは全く違うことに気づき、完全に合意しないまでも、政治をめぐる規範が、紋切り型の「あれか、これか」の議論ではありえないことに「気づき」を獲得します。
 監督自身の自伝的な「気づき」の描写が、今の精神風土を象徴します。安倍晋三政権時代--むろん小泉政権時代もそうでしたが--それこそ「あれか、これか」の「友敵図式」の中で、内容無関連に自分たちを鼓舞する形が専らでした。
 例えば「自己決定尊重と共同体尊重が対立する」云々。個人性も共同性もこうした低レベルでしか理解されなかった。それがやっと「自己決定を貫徹する共同性」というアレント的ないしサンデル的な--本来は初期ギリシア的な--理解にシフトしてきました。
 「戦後日本は個人主義化しすぎた」という安倍晋三的ないし自称「保守論壇」的な“頭の悪い議論”が衰退し、三島由紀夫が右翼を標榜しつつ徴兵制や愛国教育や核武装に反対した理由を一水会元代表の鈴木邦男氏が朝日新聞で論じる時代になりました。
 僕の師匠で先日他界した極右の小室直樹先生が、日本はもう駄目だと慨嘆する僕に、「いや、宮台君、社会が悪くなると人が輝くんだ、心配はいらない」と答えたのが15年前。まさしく小室先生の仰言った通りなのかもしれないと感じるこの頃です。
 昨今の道徳への関心は、「私」とは誰で「我々」とは誰なのかという原理的関心と表裏一体です。90年代後半の『エヴァンゲリオン』ブームまで一般的だった「私探し」が進展し、“村上春樹的に「井戸の底を堀っ」たら井戸じゃない場所に出た”感じです。
 思えば、1929年に始まる世界恐慌から、ケインズの「有効需要」論や、デューイの「体験を通じた成長としての教育」論や、パーソンズの「経済回って社会回らず(ゆえにやがて経済も回らず)を回避する社会化」論など生産的議論が生まれました。
 私が私であり続けることの非自明性。我々が我々であり続けることの非自明性。要は「社会というものの非自明性」がセセリ出すのが、社会が悪くなる時代。とすれば、政治哲学に関心を寄せる僕たちにとっては「いい時代」が訪れました。

【宮台】ハーバーマスに引きつければ、少し前まで近代社会哲学は、正当性(内容・善)よりも正統性(形式・正義)に関心を寄せてきたのが、正統性自体が一定の正当性=自明性に支えられてきたことが明確になってきた。それが「ロールズ転向」の本質です。
 ローティが1993年のアムネスティ講義で「世の中では人権の本質論が喧しいが、我々が1965年まで黒人を人間だと思わなかった事実を思えば愚昧千万。黒人を人間だと思う以外ないような自明性をもたらす感情教育の実践が大切だ」と述べたのも同趣です。
 関連しますが、カルチャーセンターでは今、最先端の思想でなく、古典を教えてくれという要求が専らです。僕の私塾(思想塾[朝日カルチャーセンターに吸収]と宮台特別ゼミ]もそう。受講生らに尋ねると「巷の理解が間違ってるようだから」と言う。
 例えば、学部学生向けに、古い本だけど福田歓一の『政治学史』を読んでいますが、最初におっしゃったホッブズについても、ブルータルなイメージが否定され、絶対王政の王権神授説に抗うための、徹底した合理主義の推奨だと書かれています。
 ブームになる前、サンデルの『民主制の不満』を英語で輪読しました。これも日本におけるコミュニタリアンの紹介に不満を覚える受講生からの要求です。米国における共和主義者という意味での右は、日本の右と全く違うので、本質的な意味を理解したいと。
 サンデルは共和主義者です。『民主主義の不満』も、個人の選択に過剰な負荷をかける狭義のリベラリズム--彼はボランタリズムと呼びます--から共和主義を擁護します。彼の言い方では「ハミルトニズムからのジェファソニズムの擁護」です。
 つまり米国の文脈ではサンデルは右です。しかしとりわけ日本では、コミュニタリアニズムというと左のニュアンスです。この種の誤認識が拡がる中、「先の中間選挙でのオバマ民主党の敗北は米国の右ぶれだ」などと言うのは爆笑ものです。
 共和主義の伝統からすると、オバマの国民健康保険にせよ、ロールズの相続税百%にせよ、州がやるのはOK。なぜか。ステイト(州)は宗教的アソシエーションで、ユナイテッドステイツは複数のアソシエーションのメイフラワー協約的な共生空間だから。
 実際、輸血を拒絶する「エホバの商人」の信者もいれば、モータリゼーションの時代までは病院を否定し、今でも教会を離脱しないと医者になれない「アーミッシュ」もいる[←ご指摘を受けて最小限の直しを入れました、ありがとうございました]。彼らにとっては「俺は医者に行かないのに、どうして医者に行く連中のためのカネを払うんだ」となる。誰もが同じ自明性の枠内にある日本とは違うのです。。
 米国の共和主義は、再配分主義への反対でもなく、行政官僚最小化のイデオロギーでもない。単に「州の仕事であっても、連邦政府の仕事ではない、それが合衆国憲法の立憲意志だ」と主張するだけ。つまり「共同体的自己決定主義」なのです。
 そのことは日本の報道に触れていたら分からない。残念ながらリベラル・コミュニタリアン論争を紹介する日本の政治哲学者の本を読んでも分からない。しかしサンデルの本を読み通せば完璧に分かる。それがギリシアに由来する思考であることも分かる。
 そういった「目から鱗」体験を予感しつつ、若い人たちが古典を教えてくださいと言ってくる。今何が起こっているのかを知りたければ古典的書物を繙かないと分からないという予感です。まさに僕たちの時代がやってきました(笑)。

【宮台】大切です。述べたように、米国には民間療法以外には関わらない連中が山ほどいて、彼らから保険料を徴収するのは普通に考えて自明ではないけれど、この非自明性が、個人の多様性よりも共同体の多様性に由来すると主張するのがサンデルです。
 とはいえ、かつてと違い、共同体の境界がぼやけ、個人が複数の共同体に多重帰属するのも普通です。その結果「お前は共同体を尊重せずに生きていけると思うのか」といった物言いが単にウザイものになりつつあるという事情が、米国にもあります。
 そんな感受性を活写したのがフェイスブックの創業者を描いたデビッド・フィンチャー監督『ソーシャル・ネットワーク』。そこで擁護されるのは「奔放な子供らしさ」で、批判されるのは「お前は…生きていけると思うのか」的な「ウザイ大人らしさ」です。
 感慨深いのは、人が政治哲学や社会哲学の学徒を志す動機が、多くの場合「ウザイ大人の否定」という意味でリバタリアン的構えだったのが、加齢すると「共同体ってものはな…」とコミュニタリアン的構えにシフトすること。僕を含めてです(笑)。
 でも『ソーシャル・ネットワーク』のリバタリアン的構えには、明白な近接性擁護がある。クリント・イーストウッドみたいにね。実際、リバタリアンもコミュニタリアンも、共にクロポトキン的な近接性擁護、つまりアナーキズムが出発点なのです。
 「僕を含めて仕方ない」と言いました。政治介入なしで近接性擁護が可能な時代が終ったからです。例えば親の役目を果たせない虐待親だらけ。親を掣肘する共同体もない。デューイ=パーソンズ=ローティ的な感情教育のパターナリズムが不可欠になった。
 でも近接性や共同体の境界線は不分明です。チャールズ・テイラーの言うように「地平の融合」さえある。だから、政治が共同体の境界線をフィンガーポイントすれば、そこに必ず恣意性を必然化する暴力が働く。ここに最大の今日的逆説があります。

【宮台】ティーパーティー的なものを理解する導きになるのは、クリント・イーストウッドです。彼は「草の根右翼」で、典型的な共和主義者です。でも硫黄島二部作が典型だけど、彼の撮った映画はどうみても反連邦政府です。
 それも「近接性(プロクシミティ)重視」に由来します。「顔の見えない範囲」の国家を信じる奴は馬鹿。人が戦争で鬪う理由は、国家ためでも、家族のためでさえもなく、戦場での友や仲間のために他ならないと。強烈です。近接性を欠いた一切を疑う。
 右翼の本質は反政府。超越(神・国家)への依存を批判する初期ギリシアの主意主義が出発点だからです。旧枢軸国の屈折は、旧連合国に追いつくべく動員を行う際、急な都市化と共同体空洞化でアノミー化した魂の受皿として、崇高な国家を持ち出したからです。
 共同体と国家の相克が旧枢軸国でだけ消去された。結果、「共同体に貫かれるがゆえにあらゆる理不尽にかかわらず前進する存在」を愛でる右が、「自分こそが愛国者だと優等生競争をする存在」を愛でる「エセ右」に頽落した。枢軸国的な病理でネトウヨ的です。
 話を戻すと、ここ十五年を振り返ると、道徳というかシビック・ヴァーチューがベースにないと資本主義は回らないとする感受性、ないし、資本主義の否定より資本主義が社会を滅ぼさない条件の肯定が大切だとする感受性が、定着してきました。
 経済回って社会回らず、であれば、やがては経済も回らなくなる。そのことをアダム・スミスも、スミスの影響を受けたウェーバーも、ウェーバーの影響を受けたパーソンズも繰り返し主張してきたけど、9.11とリーマンショックを経て漸く人口に膾炙しました。

【宮台】ただ微妙なのは、そこを強調すると、日本人には希望がないという話になります。

【宮台】そう。普遍宗教は極めて特殊です。ユダヤ教は普遍宗教でなく民族宗教ですが、ユダヤ教、キリスト教、イスラム教は同じザ・ゴッドを信奉し、メシア観が分岐するだけ。ちなみに分岐の結果、戒律があったりなかったり、宣教があったりなかったり。
 でも、そうした違いにもかかわらず重要な共通性があります。それは「自分たちの生活形式が神の意志を裏切っていないかどうか」を再帰的に観察する「心の習慣」(ロバート・ベラー)です。
 日本人は、絶対神がないかわりに八百万の神、分かりやすくいえば妖怪たちに囲まれています。でも妖怪は、環境が変わると種類が変わる。映画『学校の怪談』シリーズみたいに、学校が建てば「トイレの花子さん」が出現する(笑)。
 アニミズム的感受性は生活形式の同一性を支える眼差しを与えません。かつて日本には鎮守の森の観念がありました。沖縄でも森を失ったところから御嶽(うたき)が神降ろしに使えなくなってうち捨てられます。なのに「森を守れ」という規範が生まれない。
 生活形式への再帰的眼差しの欠如が障害になって「遅れ」が生じています。それは、今でも全政党が生産点での活動を重視すること。先進国では八〇年代に消費点での運動にシフトします。階級闘争から、環境運動・反核運動・ジェンダー運動にシフトしました。
 「新しい社会運動」と呼ばれます。これら消費点での運動の中に、共同体ないし中間集団の自立保全を訴えるものが含まれていました。スローフード運動、メディアリテラシー運動、アンチ・ウォルマート運動などです。でも日本にはありませんでした。
 これらは共同体的自己決定を重視する運動で、「個人か国家か」「市場か再配分か」といった二項図式を拒絶する。共同体が市場に依存しすぎても国家に依存しすぎても危険だという発想です。依存を回避し、共同体の自立をめざせと。日本にはありません。
 結果どうなったか。夏の参院選での、都市部が支えた「みんなの党」躍進、農村部での農協が支えた「自民党」躍進に見るように、未だに「個人か国家か」「市場か再配分か」の20年遅れの二項図式。都市でも地方でも共同体が崩壊している証拠です。
 共同体の崩壊こそが、英国の3倍、米国の2倍の自殺率をもたらし、今年話題になった超高齢者所在不明問題や乳幼児虐待放置問題をもたらした。日本のマスゴミは「国は何やってんだ」との論潮ですが、米国の雑誌は「日本は社会が腐っている」との論潮です。
 国が腐っているか、社会が腐っているか。答えは自明。社会が腐っている。だから国も腐るのです。つまり、シチズンシップやシビック・バーチューを、どこよりも真剣に論じ、感情教育の実践を通じて涵養すべきなのは、他ならぬ日本です。

【宮台】その点、柳田國男は問題の本質を理解していました。日本には普遍宗教がなく、「神の目」を経由した反省がないかわりに、「世間の目」を経由した反省があった。だからこそ無縁性を忌避する感覚がありました。
 ただ神と違い、産業化が進めば、世間は妖怪と一緒に消えます。神は、生活形式の変化に免疫があるけど、世間と妖怪は免疫がない。若い人のKY忌避にみるように仲間内の共同体的相互牽制が働いても、仲間(共同体)を断固維持するコミットメントがない。
 日本人は、生活形式の変化に再帰的眼差しを向ける宗教社会学的契機を欠きます。それゆえ、仲間の範囲が変わることにも、仲間の行動原理が変わることにも抵抗できない。まさに「長いものに巻かれて」適応していく。結果、無縁社会になりました。

【宮台】共同体が空洞化した空間で、再び共同体を再建する場合、「多数派の専制」が危険です。そこで思い出されるのが、フリードリヒ・ゴーガルテンの『我は三一の神を信ず』(新教出版社)という昭和十一年に刊行された本の復刻です。
 佐藤優氏の解説が秀逸です。要点を言います。なぜイエスを信仰するのか。ゴーガルテンは、イエスが自ら磔刑を選択した決断のありそうもなさゆえだとする。だから、真の信仰者はイエスと同様にありそうもない決断ができなければいけない。
 盟友バルトは、決断という人為的契機の強調は危険で、磔刑に至る丸一日のイエスの行動と佇まいのありそうもなさへの感染--バルトの言葉では受動的服従--こそが信仰の本義だとする。だからこそ磔刑直前に逃走離散した使徒たちが3日後に戻ってくる。
 ご存知のように、ゴーガルテンはドイツキリスト教者の会をヒトラー翼賛へと導いた張本人。その帰結を我々は知っているので、バルトが予感した危険の意味がよく分かります。ゴーガルテンの主張は感動的ですが、その感動的な部分が危険なのです。
 僕は京都学派や日蓮主義者を調べていますが、京都学派は西田幾多郎を通じてゴーガルテンの影響を受け、日蓮主義は宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』の古い編集バージョン(カムパネルラの死に直面してから銀河鉄道に乗る)が示すように感動的決断を擁護します。
 京都学派も日蓮主義者も、東洋的ないし日本的な共同体護持に強くコミットするけど、その手法はともに、「危機神学」ならざる「ゴーガルテンの危機」と表裏一体です。神の言葉を知り得ない(=危機)ように決断の正否も知り得ない(=危機)のです。
 「人々の本当の幸い」を願う者は、誰にもなしえない決断ができなければいけないのか。違う。決断であってはいけない。「良きサマリア人」がそうだったように、気がつくと体が動いているような感染でなければ…。そう、初期ギリシア的思考です。
 ローティが、プラトニズムと形而上学を批判し、プラグマディズムとエマソン(内なる光)を擁護するのも、同じ文脈です。でも、もはや共同体は風前の灯。内なる光の受け渡しは少しも自明でない。だからこそ感情教育が必要だと言うのです。
 でも、ありそうもない決断の推奨が人為なら、感染を通じて感染可能性を確保する感情教育も人為。コミュタリアンの多くがコミュニタリアンを自称しない本質的理由がここにあります。共同性に貫かれてあることは重要だ。しかしどれが「その」共同性か。
 だからこそ、サンデルが合衆国の共同性を名指し、テイラーがケベック州の共同性を名指しても、誰がどんな権利で「その」共同性に含まれていると言えるか明言を避け、ガダマーを借りて「地平の融合」のような概念を唱える訳です。
 我々は厳密な意味で過去の文脈を知らないから過去人は分からないし、異文化の文脈を知らないから異文化人は分からない。でも「君は文脈が分かっていないね、こういう文脈だよ」というコミュニケーションが常に既に存在する。それはなぜか。
 現在の文脈から過去を解釈(相対化)する我々が過去の文脈によって解釈(相対化)され、自文化の文脈から異文化を解釈(相対化)する我々が異文化の文脈によって解釈(相対化)される。そんな解釈学的循環が現に随所で様々な規模で起こるからです。

【宮台】国際政治のプラットフォームが本当に変わりました。現象としては、ごく数人のアソシエーションと数千万人のシンパサイザーからなる、アソシアティブな運動です。それが国家の誕生よりも大きな力を果たしました。
 何が変わったか。今後はウィキリークスのようなサイトは止まらない。すると大量破壊兵器の存在を理由にしたイラク攻撃の如きデマよる大量動員はできなくなる。マクシミンを原則とするリスクマネジメントの観点から言って、バレたら政権が倒れるからです。
 もうひとつ。アメリカは通常二五年、外交機密なら五〇年経てば情報公開します。趣旨は、国民の利益のために政治家が国民に嘘をつかねばならない場合があるにせよ、嘘や隠蔽を背景にした政策遂行が合理的だったのか、事後的に検証可能にするためです。
 マックス・ウェーバー的には、政治家は市民倫理的に許容されないことも共同体の利益を守る為にあえてやる必要がある。ところが実際ウィキリークスで暴露された機密をみると、米軍ヘリの娯楽的な民間人射殺を含め、こんなアホなことが、と憤りを覚えます。
 つまり、ヴェーバー的な理路を隠れ蓑に、統治権力が如何に出鱈目を反復するかが分かった。このことは今後の政治学的リアリティに少なからず影響を与えるでしょう。いざというとき手を汚すのが政治家だという類の擁護が、格段に難しくなった。

【宮台】アサンジ氏が様々な場所で自分を露出し、アジテートしてきたことが効いています。かつてなら遠い存在なのに、多くの人々がインターネットを介し--最近ではマスコミをも介し--自国の大統領や首相よりアサンジ氏を近接的な存在だと感じています。
 またもや近接性です。複雑性が信頼を脅かす場合、開拓時代の米国の如く、近接性をベースにした動員だけが効果的になります。従来ネグリ&ハートの「ザ・コモン」について懐疑的な向きもあったけど、アサンジはまさに「ザ・コモン」を見せつけました。
 ネット時代の近接性とは何か。答えば「共感能力」。苅部さんの発言に関係しますが、菅直人政権がなぜ駄目か。共感能力に疑念があるからです。人々の苦しみを「悲しみ」、その原因に対して「怒り」、原因を取り除く「希望を示す」という回路が回ってない。

【宮台】同感です。二〇〇八年の秋葉原事件で、通行人がケータイで撮った画像を、テレビが千円札で買いまくって流した。あれが画期でした。今回もマスコミは海保が編集したビデオを流しまくり、「ファーストニュースはマスコミ」どころじゃなかった。
 それについてマスコミからは自己理解や反省は聞かれない。従来は「ファーストニュースはマスコミで、セカンドニュースや評価はネットで」という話でしたが、今はマスコミが中抜きされ、極端に言えば最初から最後までネットで完結できます。

【宮台】すると日本のマスコミはもうダメでしょう。僕は神保哲夫氏とビデオニュース社の「マル激」に十年以上出演してきたけど、分析や解説のレベルは朝日や読売よりも遙かに上です。多くの人はマスコミの分析をマスゴミ扱いしています。
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-12-18 - 05:26:56
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マル激の書籍版の第八弾沖縄篇が11月沖縄県知事選前に発売されます。

まえがき

【自明性が破られた】
■昨年(2009年)9月に鳩山由紀夫政権が誕生してから、環境問題と地域主権と並んで鳩山的理念の柱だとされてきたのが「普天間基地移設問題」だ(括弧に括られるべき理由は「移設問題」という定義づけが既に価値含みだからなのだが、本論で詳述される)。
■翌年6月には鳩山総理辞任で、内閣は8ヶ月の短命に終った。その理由は、特捜検察が捏造しマスコミが援護した西松建設事件で再燃した「政治とカネの問題」と、注目を集めた「普天間基地の県外・国外移設」の方針が紆余曲折の上、竜頭蛇尾に終ったこと。
■巷では「初めから不可能なことだったから」との理解もあるが違う。従来の「米国がそんなことを許すはずがない」という忖度外交(を前提にした内政)の自明性が吹き飛び、保守派も含め親米の中味を再検討する機会を与えられた、とするのが正しい理解だ。
■詳しくは本論に譲るが、実際再検討した者には、米国内にも、少なくとも海兵隊についてはこれを沖縄に置き続けることについての異論が多いこと、沖縄の海兵隊を北マリアナ諸島テニアンやグアムに移設する計画があることなどが、実にあっさりと分かった。
■鳩山政権が普天間問題で迷走したのも「初めから不可能だったから」ではない。政治による「官僚の選別と制御」が出鱈目だったので、日米交渉の途中から、辺野古「移設」をうたう日米合意履行に利害を有する外務省アメリカスクールに、牛耳られたのだ。
■霞が関用語でいえば、サブ(サブスタンス:目標の内実)が良くても、ロジ(ロジスティクス:過程の制御)が手薄だった。後継の菅内閣も含めて「政治主導の履き違え」、つまり「官僚の選別と制御」をせず「政治家だけの背負い込み」に偏って挫折したのだ。

【新たに浮かんだ選択肢】
■「県外・国外移設など初めから不可能」という自明性は、しかし沖縄をも一部で浸してきた。だから「どうせ不可能なら、見返りをたっぷり貰おうじゃないか」という構えで、内地(本土)を相手に戦略的コミュニケーションを展開することが、合理的だった。
■これを以て狡猾さと見すべきではない。むしろ現時点でも沖縄県内に34ヶ所もの米軍専用施設を抱える実態が、そうした振舞いを強く動機づけるに余りある大きな負担であることにこそ、目を向けるべきだろう。だが、やはりそれだけでは話を終えられない。
■今や状況が変わった。既に述べたが、県外ならぬ国外移設こそ十分にあり得る選択肢だと分かってきた。従来の戦略的コミュニケーションが見直される時期に来たのだ。だから今回の県知事選での移設「容認派」と「反対派」の対立は新たな意味を帯びている。
■この段において「移設容認」を忖度される県民意志の表示が何らかの形でなされた場合、その意味は、日本政府にとっても米国政府にとっても沖縄県民自身にとっても、従来とは全く異なるものとなる。それに注目するが故にマル激の沖縄特集番組が組まれた。
■今年(2010年)3月上旬、神保哲生氏と私は一週間にわたって沖縄に滞在、私たちがキーパーソンだと考える沖縄の方々に出演していただき、「生放送」のマル激「沖縄特集」をインターネットで動画配信した。本書は、そのうちの一部を記録したものである。
■最終章では、3月以降の展開を踏まえ、神保氏と私の間で10月になされた長い対談を収録した。マル激では「放送」していない。今般の普天間基地をめぐる政治の動き、ならびにその背景に、どんな問題を見出すべきなのかを、あり得ないほど徹底的に論じた。

【沖縄自体の問題】
■敢えて言う。私たちは沖縄にイノセンス(無垢)を見出す者ではない。かといって先に述べた狡猾云々も関係ない。もっと深い話だ。戦前から日本人は沖縄に「失われたいにしえの美」を見出してきた。柳田國雄や折口信夫から昨今の移住者に至るまでそうだ。
■それら理解が学問的に正しいか否かに関係なく、政治的には大きな機能を果たしてきた。それはロマンティシズムを駆動し、沖縄問題にコミットする日本人を増やしたろう。またそれは観光文化主義的な視線を後押しし、県民所得の上昇にも今後寄与するだろう。
■しかし沖縄という集合的主体それ自体が問題を抱えることに目を向けるのを妨げがちになるだろう。私たちは昨今の沖縄に戦後の日本各地に拡がった依存癖の反復を見出す。「分かって敢えて依存してるんだ」と言いながらハマってしまう過程を含めてのことだ。
■そこに内地でも一般的な共同体的な同調圧力が働く。内地の共同体が空洞化し、沖縄の共同体的紐帯の強さが憧憬の対象にまでなるにつれて、逆に内地と比べて共同体的な同調圧力の強さが際立つようになる。だが皮肉にも憧憬ゆえに問題が覆い隠されるのだ。
■詳しくは本文に譲るが、内地の者は沖縄に「いにしえの日本の美や絆の残存」を見出して自慰に耽るよりも、逆に沖縄に「過去三〇年間の日本の愚昧の反復」を見出さねばならぬ(面が少なからずある)。むろん反復を後押ししてきた責任の過半は内地にある。
■私たち内地の者たちと同じ愚かさが沖縄で反復されるのを見るのはつらい。しかし先に述べたが、今後も海兵隊が沖縄に駐留するか否かについての自明性は不可逆的に壊れた。この反復を打ち止めにする稀有な機会が訪れようとしている。これは大きな希望だ。

【日本は「日本」か】
■私はゼロ年代の前半、文化庁の日韓文化交流アドバイザーとして、二度の日韓文化人会議に出席した。日韓の学者・劇作家・映画監督・作家・批評家らが日韓交流の問題点について意見を交わした。そのときの経験が、私が沖縄を見る目が変わる契機になった。
■会議の席上、私は、明治維新の立役者たる岩倉使節団系が天皇主義者ではなく天皇主義を利用した近代主義者だったこと、昭和ファシズムの立役者の多くが天皇絶対主義を世直しに利用しようとした日蓮主義者だったことなどを紹介した。それだけではない。
■天皇が体制側のシンボルだという通念に反し、日本では少なくとも南北朝時代にまで遡れば、弱者を奮起させるシンボルだったし、世直し側に正統性を与え得るシンボルだったことが分かるという話もしたし、右翼が語り継いだ明治天皇替玉説なども紹介した。
■日本はあなた方が思うよりも多様だし、いろんな日本人がいる。そのことを分かってほしいと述べた。韓国側の出席者は一様に驚愕していた。韓国では、学校教育のせいもあって日本人のイメージも天皇のイメージも一枚岩で平板だと、韓国側の一人が述べた。
■会議の席では述べなかったが、私はこういう会議が沖縄で開かれれば良いのにと思った。韓国には南国リゾートがないから、韓国人の多くは南国リゾートを知らず、むろん日本に南国リゾートがあることなど知らない。そのことだけでも彼らを驚かせるだろう。
■それを入口に、沖縄がかつて琉球王国で、二重冊封体制を生き延びた、日本とは別の歴史を持つ範域であることや、それゆえに敗戦後は米国「に差し出された」ことや、それを含めて内地による差別を受け続けてきたことを話せれば、どんなにいいかと思った。

【新たな総意へ】
■日韓会議は沖縄でやるべきだとのアイディアを、国際会議の日本側責任者だった寺脇研氏(当時は文化庁の文化部長)に話した。日本がアジア各国と二国間で鬩ぎ合う際、沖縄が日本でありつつサードポジションをとることでもたらし得る効用を縷々説明した。
■効用は日本側にもあるし沖縄側にもある。その詳細はこれをお読みの読者の方々が推定される通りのものだから説明するには及ばないだろう。確認したいのは、沖縄の新たな一歩が、沖縄にも日本にも利益をもたらすウィンウィン型のものであり得ることだ。
■基地を沖縄から内地へ移設せよという話は、筋が通っていてもゼロサムゲームに過ぎない。幸いにも幻に終わった徳之島移設の騒動をみながら、私はひたすら「貧しすぎる、あまりにも貧しすぎる」と呟いていた。鳩山内閣がやっていたゲームの貧しさのことだ。
■県外移設「でなく」国外移設の可能性もあるとした総理ではなかったか。県外移設はゼロサム。国外移設はプラスサム。国外移設先がそれを望んでいれば国外も含めプラスサム。総理は、米太平洋軍統合構想でゲームを変えられると思ったのではなかったのか。
■残念ながら鳩山内閣の後を受けた菅内閣は、国外移設どころか県外移設もすべて封印、日米合意順守という思考停止に舞い戻った。しかし沖縄県民の意思次第では日米合意の実現を阻める。詳しくは本文に譲るが、米国は沖縄の「総意」にもはや逆らえないのだ。
■それが実効的で実現可能な「総意」であるには、自律的依存から他律的依存に頽落した昨今の補助金交付金漬けゲームからも、筋が通っていてもザロサムたるがゆえにエゴがぶつかる国内移設ゲームからも脱し、沖縄の人々が新しいゲームに結集せねばならぬ。
■日本でありつつサードポジションたり得る沖縄は、リゾート観光においてのみならず、とりわけ様々な外交において対外的日本イメージを上書きすることで日本に利益をもたらし、そのことで沖縄に大きな利益をもたらす。そんな夢を抱きつつ今回の仕事をした。
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-10-24 - 11:22:54
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不思議な人形芝居について書いた文章です

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劇中劇、あるいは「平常という芝居空間」の部分品として上演される寺山芝居
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■昭和34年生まれの僕は人形劇を見て育った。テレビは人形劇だらけだったし、小学校でも人形劇一座がやって来たり、人形劇を見に遠足したりした。親も人形芝居に連れていってくれた。手遣い人形や指人形で遊ぶのは子供たちの基本だった。
■週日夕方のテレビはNHK人形劇。僕は1959年生れだが、『銀河少年隊』(63~65)『ひょっこりひょうたん島』(64~69)『空中都市008』(69~70)『ねこじゃら市の11人』(70~73)『新八犬伝』(73~75)を欠かさず見た。
■民放でも、ジェリー・アンダーソンとルー・グレイドのコンビによる『海底大戦争スティングレイ』(日本放映64~65)『サンダーバード』(放映66)、『キャプテンスカーレット』(日本放映68)が流れ、テレビの前に釘付けだった。
■民放では、影絵劇から出発した藤城清治の木馬座による『木馬座アワー』(66~70)が流れ、かぶり物のケロヨンが大人気。親にねだって、木馬座の公演に何度か連れて行って貰った。
■影絵劇時代の木馬座は、1952年のNHK試験放送開始から局専属となって名を馳せ、56年には影絵劇『銀河鉄道の夜』が多くの賞を受賞した。これを教育テレビで見た私は、原作を買って貰って賢治ファンになった。
■影絵劇『銀河鉄道の夜』の映像が記憶に残っていたお陰で、長じてブジェチスラフ・ポヤルの人形アニメ『飲み過ぎた一杯』(53)を見た際、あるシーンを見て「木馬座の銀河鉄道みたいだ」と小躍りし、以降チェコ人形アニメのファンになった。
■恋人に逢いに行く途中、立ち寄ったバーでの婚礼の宴に高揚して飲み過ぎた青年が、時間を取り戻すべくバイクを飛ばす。夜闇の中を蒸気機関車が牽引する列車と競争。踏切で列車の直前を横切ると、列車は夜の鉄橋をアーチを描いて渡る。このシーン。
■京都の自宅から山の斜面を昇ると、新幹線の高架橋が見えた。日没後の斜面に座り、夕闇を滑走する車窓の列を見るのが好きだった。木馬座の影絵みたいなことが出来ないかと、ボール紙を繰り抜いて幻灯機の前にかざした。
■当時の京都には戦前の名残があった。学校帰りには山科駅の裏手に出没する紙芝居屋に寄り道した。話は覚えていないが、ウエハーに毒々しい色のジャムが塗られたジャム煎餅を十円で買って、最前列で鑑賞した。
■祇園祭のような大きな祭りがあると、山科盆地から山を超えて京都盆地に連れて行ってもらった。夜の円山公園では、「蛇から生まれた蛇娘、親の因果が子に報い…」の口上も懐かしい出し物を、篝火に囲まれた見せ物小屋で見た。
■こうした成育環境の総体が、子供たちに人形劇リテラシーを与えた。つまり「物語ではない凄いもの」を「人間ではないモノ」が媒介する、という不思議な体験を可能にしていた。子供たちは、人形が乱舞する世界を、話が分からなくても、凄いと感じた。
■江戸糸操人形遣いの結城一糸氏は、人形の凄さを「闇の力」と呼ぶ。僕なりに翻訳すると、〈社会〉に由来するのが「横の力」(例えば物語の力)で、〈世界〉に由来するのが「縦の力」(例えば人形の力)とだ。なぜ人形に力が降りるのか。
■バタイユの影響を受けたリーチは、奇形などのシニフィアンの隙間を、未規定性の噴出口と見し、「境界の状態」と呼んだ。人形は「境界の状態」を呼び込む。だから社会関係とは独立の「縦の力」を人形が帯びる。

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■2006年7月31日、新宿のプーク人形劇場で平常の芝居『毛皮のマリー』を見た。江戸糸操人形「結城座」の芝居みたいに、ある時は黒子の人形遣いとして、ある時は人形と同格の役者として、それも男役として、女役として、彼は自由自在に立ち現れる。
■人形も、棒遣い人形、手遣い人形、指人形など色々。マネキンもこれら動く人形と同格に「見立て」られる。「見立て」のマジックは物にも及ぶ。コーヒーカップがバスタブに、古新聞がドレスになる。
■汗を噴出させながらこれら「見立て」のマジックをたった一人で立ち上げるべく孤軍奮闘する平常の存在自体が、一分のすきもなく鍛え上げられた肉体もあって、「一体この者は何者なのか」という未規定な「境界の状態」に直面させられる。
■たくさんの人形劇を見てきた僕にとっても、人形遣いが人形と同格の役者にもなるというレベルを超えて、異様な変幻自在ぶりを示す人形遣いの存在自身が、一つの見世物になるという体験は、初めてだった。
■確かに原初的祝祭の隠喩がある。男女が入れ替わり、主従が入れ替わり、物と人が入れ替わり、人と神が入れ替わる。かくして、男が男、女が女、主人が主人、従者が従者、物が物、人が人、神が神であるような「日常」が、ありそうもない奇蹟として現前する。
■だがそれに留まらず、何もかもがフラットになった僕たちのポストモダンな「日常」を、いかようにもありうる秩序の高々一つとして現前させようとして、孤軍奮闘している平常という存在そのものが、何だか、ありそうもない奇蹟として現前してしまうのだ。
■僕は、うまく規定できないものを見たなというフワッとした印象と共に帰路についた。僕にとっての日常と、平常にとっての日常は、どれほど違っているだろうと思いを巡らせた。すると「平常」という奇妙な表記自体が一つのアイロニーだと思えてきた。
■そうした印象のおかげで、あの寺山修司『毛皮のマリー』の世界は、一つの「劇中劇」みたいなものとして、疎隔されて立ち現れたのだった。「平常という芝居空間」の中で、芝居空間の部分品として上演される寺山芝居…。個人化の時代に相応しい隠喩だとも感じる。
■そのことが持つ意味を詳述する紙幅はない。ところで、僕と20歳以上も離れた1981年生まれの彼が、人形リテラシーを獲得する機会が乏しい世代に属するのに、どうしてかくも異形の存在たりうるのかという謎について、僕はいまだに分からないままだ。いつか本人に尋ねてみたい。
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-06-19 - 11:02:55
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中島岳志さんとのロング対談「右の論理」が収録された書籍が間もなく上梓!!

中島岳志『保守のヒント』 (単行本)
4861102278

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アマゾンの口上:混迷の日本をどう捉えればいいのか。保守と右翼の違い、マニフェスト選挙の問題点など、気鋭の学者が近代日本史をふまえつつ論じる。「右的なもの」の本質に迫る宮台真司氏とのロング対談を収録。
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例によって宮台発言を抜粋します。
以前この一部をアップロードしたことがありますが、その3倍ほどの分量をここにアップします。

中島岳志さんの発言は削除してありますが、彼とのスリリングなやりとりを知りたい方は、ぜひとも保守のヒント (単行本)をご購入ください。


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「右の論理」   (宮台真司発言抜粋)
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『サイファ覚醒せよ!』の衝撃
宮台 ぼくは保守というより右翼です。平時は保守だけど、非常時に右翼だという言い方でもいいです。右翼と保守とは一部重なるけど一部は異なる概念です。保守と右翼の違いにも関わるので、後で補足します。それはともかく、ぼくにとって右翼への最初の入口は廣松渉先生です。
 廣松先生は東大のブント委員長だった経歴もあり、左翼に分類されます。でも、ぼくは廣松の「疎外論から物象化論へ」というスローガンを当初から真に受けませんでした。「疎外論から物象化論へ」という場合の疎外論は本質疎外論です。「本来あるべき姿から遠ざかっている」ことで、ユダヤ・キリスト教的「失楽園譚」にまで遡れる思考伝統です。
 ところが疎外概念には別の使い方がある。「今ある現実とは別のあり方が可能なはずなのに、こうでしかありえない」つまり「現実化されているものは、数多の可能性のうちのごく一部」という意味での「受苦的疎外」です。この言葉は僕が東京外大の専任講師をしていたときの上司にあたる山之内靖先生から借り出しています。
 ぼくがこうした疎外概念を使うのは、学問系譜上はルーマンの影響が強い。ルーマンには「受苦的疎外」つまり「本質からの疎外ではなく、数多の他の可能性からの疎外」の発想があります。誰も着目しないルーマンのこの発想に着目するのは、ぼくが廣松先生の佇まいを通じて「、受苦的疎外」の概念を“知って”いたからです。
 廣松先生は学者である前にアクティヴィストです。公安のブラックリストに学生時代から載っています。上京して間もなく革命家になるからというのでパイプカットもした(笑)。「疎外論から物象化論へ」というスローガンは、そんな彼自身の過剰な内発性を全く説明しない。そこが「廣松=右翼」問題のキモに当たります。
 ぼくは、廣松先生のこういう姿に合理的な説明のつかない衝動を見出し、大学一年生のときに「感染」しました。当時東大で教えていらっしゃったんです。麻布高時代に、廣松先生の盟友松田政男氏の著作で廣松先生を知っていて、著作を読んでいませんでしたが強い興味を持っていました。
 大学院に入ってからは小室直樹先生―こちらは極右―にも同じようなものを見出し、「これだな」と意識しはじめます。つまり「感染」を自覚するようになります。でも「これだな」の内容は、エマソンのいう「内なる光」、スピノザのいう「根源的衝動」にあたるもので、当時はうまく言葉にできませんでした。
 言葉にできない何かであっても自覚できます。それはぼくにとって自分自身の衝動そのものなので、言葉にする必要がないものでした。廣松先生もそういう問題については著作や講義で一切言葉にしておられなかった。だから、ぼくは言葉にできないだけでなく、言葉にするべきではないものだと理解していたように思います。
 自らを物象化論者と規定するような廣松先生的な禁欲にこそ「感染」したわけです。具体的にいうと、人間の全き自由を追求するという目的のために、人間の行為や体験はアルゴリズムによって、主観と無関係に──というか主観それ自体でさえ──決定されているという理論的立場を、僕はあえて採るようになります。
 そこからぼくの社会システム理論家としての自己規定が始まる。「人間を疎外する奴がいる」みたいな初期マルクス的発想から、「資本主義に悪者はおらず、人々が資本主義のゲームに合理的に適応するだけで絶対的窮乏化が起こる」とする後期マルクスへのシフトを廣松先生が重視するのも、この禁欲と関係すると思いました。
 のちに自覚するのですが、こうした理解は完全に右翼的なものです。

右の真髄は「意気」
宮台 これも重い話ですが、九六年から九七年にかけて日米安保見直し協議と日米安保共同声明があり、周辺事態法&有事法制スキームが出てきたんですが、右翼がこれに反対しないのが不可解でした。「何が起こっているのかわかってないのか」と思いました。
 でも当時のぼくは援交フィールドワークの最中で、ぼくが発言せずとも誰かが声を上げるだろうと傍観していました。ところが九九年の第一四五回通常国会で国旗国歌保安や盗聴法案や周辺事態法案などが出てきて、左翼が「国家権力の肥大化だ」などと言い出したので仰天した。「馬鹿いえ、国家権力の弱体化だぞ」と。
 昔の亜細亜主義者がみれば、政治家・官僚・民間を含め、「亡国の徒」がペンペン草も生えないぐらいにまで国をむしり取ろうとしている状況というのが正しい。「いざとなったら米国に守ってもらうしかないので、対米追従しかない」という口実を使って、自らの権益を最大化しようとする売国奴が跋扈していたわけです。
 これは国家を簒奪するゲームだから、これを国家権力の肥大だの横暴だのと言う奴は、本当のトンマです。そうした鬱屈感情が九九年に爆発して、左翼の集会などに出かけて「トンチンカンなこと言ってるんじゃない」って話をするんですが、通じない(笑)。こりゃ相当まずいなと思った。
 知らない人のために言うと、ぼくが28歳のときに書いた博論『権力の予期理論』は、国家権力構造の数理的記述という壮大な目標を掲げたものです。ぼくの研究の出発点は、国家研究や権力研究なんですね。その後、サブカルチャー研究から性愛フィールドワークに転じたので、ぼくが転向したように思う方が多いようですが。
 99年に話を戻すと、当時の妻だった速水由紀子が、鬱屈したぼくの姿を見て、一〇年以上後に書く予定だった宗教の話を書いたほうがいいと勧めてきた。「社会に投企する理由は社会自体にはない」という僕の考えが、宗教的だと思ったんでしょう。早すぎると思いましたが、ぼく自身の体験をベースにして語ることにしました。
 ただし学術的な話はしない。折口信夫や三島由紀夫や保田與重郎が強い関心を寄せた初期ギリシアの感受性や行為態度を、初期ギリシアという言葉や、ディオゲネスとかアリスティッポスという人名を出さずに説明できるかどうかチャレンジしようと考えました。
 右翼の本質は主意主義です。主意主義の出発点初期ギリシア思想です。これはスコラ神学を通じて社会思想へと継承される。初期ギリシアの思想が理解できないと右翼の本質が分からない。実は「セム族的な唯一絶対神信仰に対抗するべく、絶対神を否定してパンテオンを持ち出す立場」に初期ギリシア思想の本質があります。
 「絶対神を否定してパンテオンを持ち出す立場」は紀元前8世紀のホメロス叙事詩の時代以前の「暗黒の四百年」を語り継ぐためのもの。「絶対神への依存」にかえて「不条理への開かれ」と「凄い者への感染」を持ち出す。この立場は、当時の都市国家における重装歩兵の集団密集戦法(ファランクス)と整合するものです。
 右翼への関心はぼくが二十歳代でアウェアネス・トレーニングに関心を寄せていた時代からです。一つのきっかけは鈴木邦男『腹腹時計と〈狼〉』(三一新書、一九七五年)を刊行五年後に読んだこと。「情動の連鎖」の概念に関心しました。
 よど号ハイジャック事件に触発されて三島由紀夫が決起し、三島の決起にうながされて反日武装戦線〈狼〉が決起し、反日武装戦線〈狼〉の決起にうながされて野村秋介が経団連襲撃に決起して、という風にピンポンするありさまを「情動の連鎖」と呼んだんです。「意気に感じること」とも表現しています。
 鈴木邦男氏が書く右翼の本質と初期ギリシア的な構えの本質は同じです。ところが彼が書いたことに誰も注目しない。右翼も古代ギリシア研究者も注目しない。おかしい。だからぼくはのちに、この本の新装版の解説を書いた。これは『援交から天皇へ』(朝日文庫)という拙著に収録されています。
 資本主義を肯定するか否かは左右対立に関係ない。戦前右翼は資本主義を否定しました。再配分を肯定するか否かも左右対立に関係ない。北一輝や石原莞爾は再配分主義者でした。天皇主義か否かも左右対立に関係ない。昭和ファシズムを駆動した日蓮主義者は天皇を道具として使おうとしました。
 こういう思想的常識を弁えない者が、自称他称で右だ左だのというのは困ります。ミメーシス(感染的摸倣)ならびにミメーシスを可能ならしめる社会的文脈の保全に、強くコミットメントするような、自分自身がミメーシスによって駆動される存在こそ、真の右翼です。これを思想史に言及せずに書くと『サイファ』になります。
 『サイファ』を書いた2000年の段階だと、思想史的に「真の右翼」について語ると、誤解されて危険だと思ってました。書き方がわかっていなかったんです。速水の問いに答える形でなら書けると思いました。「やむにやまれず」「意気に感じて」とかヤクザ映画好きが痺れるようなモチーフを、もっともらしく推奨できると。

廣松渉と全体性
宮台 田辺の「種の論理」よりも高山の「呼応の論理」のほうが廣松の議論に近いのは言うまでもない。実際「呼びかけ」と「応答」は彼の役割理論の基本概念でもあります。ただし詳しく読むと、廣松が一切な批判的言及を回避しているのは、最も若年でかつ唯一哲学者でなかった歴史学者の鈴木成高だったりする。
 それはともかく、高山をはじめ西田幾多郎の周辺の思考ってカール・バルト神学の思考と近いんです。カール・バルトの神学は危機神学の名前で知られます。自分たちには神の言葉を知ることができない。神は絶対者で、自分たちは相対的な存在だからです。人間がこれは神のメッセージだと僭称することは許されないとします。
 これは社会科学でいえば、全体性は存在するが、不可知、不可侵であるとする思考です。簡単に言うと「あることは確かだが、実態はわからない」という立場です。しかし分かろうとする営みには意味がある。人間同士が「お前は全体性を踏まえていない」「いや踏まえている」といった鍔迫合いはできる。
 抽象的図式として言えば、我々は全体性にたえずさらされてある以上、全体性を認識する必要があるのに、残念ながら全体性は永久にわからない、といった構造を、「危機」とバルトは呼ぶわけです。京都学派は全体としてバルト神学によく似ています。それとは別に、廣松の若い頃からの議論もバルト神学に似ているんです。
 冒頭の話に関係しますが、廣松は若い頃から失楽園譚的な本質疎外論を徹底拒絶します。これが全体だという措定を徹底拒絶するのと同じです。そのことを廣松は「世界が世界する」と称します。「世界が世界する」その一コマに人間たちの営為がある。でも僕たちには「世界がどう世界しているのか」は絶対に分からない。
 ところが廣松は「歴史の推転に棹させ」と推奨します。歴史の推転つまり「世界がどう世界しているのか」は絶対に分からないのに。廣松がなぜ京都学派に関心をもつのか。全体性は確かにあるが我々には触知できず、全体性はローカルなトポスにおいてある角度から切り取られたものとしてしか見えてこないからです。
 それが廣松の言い方では「エトヴァス・メール(etwas mehr:それ以上なにか)」となるわけです。いつも何かは「それ以上の何か」なのですが、「それ以上の何か」とは何かを認識しようにも、影踏みや逃げ水のように、常に既に逃げてしまう。それをローカルなトポスにおいて触知しようとする京都学派を評価するんです。
 冒頭に申し上げた「受苦的疎外」とは、「本質からの疎外」ではなく「別様のあり方からの疎外」だと申し上げましたが、これは構造的には「全体からの疎外」だと言っても同じです。廣松渉とは「受苦的疎外」の人ですが、いつも「別様のあり方からの疎外」=「全体からの疎外」に悩み、焦燥していた人だということです。

宮台 高山岩男、高坂正顕、西谷啓治の三名が哲学者でヘーゲル流の「世界史の哲学」を志向したのに対し、鈴木成高がランケ流の「世界史学」を志向していたという差異も重大です。「世界史の哲学」とは違って「世界史学」は、語りえないもの(全体性)については沈黙して、歴史自体に語らせる方法をとります。
 ちなみに鈴木成高は1938年にランケ『世界史概観』を翻訳していますが、ぼくの見るところ、廣松は鈴木成高を意識しつつ高山岩男を批判しようとしたというのが実態ではないかと思っています。なぜなら廣松は「言及できないことを言及すること」の問題を論じているからです。
 「言及できないことを言及せずに前提とする」という廣松の態度こそが、ぼくに言わせると「右的」です。それに対して「これが全体ではないかと言及する態度」は「左的」です。前者は主意主義に相当し、後者が主知主義に相当することは、もはや言うまでもない。高山ではなく鈴木成高だというところ、廣松は「右的」です。
 言い換えれば、「世界史の哲学」にとって全体性は(たとえ不可能であれ)言及するものですが、「世界史学」にとって全体性は刺し貫かれるものです。「刺し貫かれるもの」というとハナ・アレントの『イェルサレムのアイヒマン』(みすず書房、一九六九年)をめぐる、アレントとショーレムのコンフリクトを思い出します。
 ショーレムが、なぜお前はユダヤの娘なのにユダヤを冒涜するような軽薄な文章を書くのかと問う。アレントは、なんと奇妙な難詰かと応答する。自分がユダヤの娘である以上、どう振る舞おうが何を書こうが、つま先から髪の先まですべてユダヤ性に刺し貫かれていることは自明なことではないか、と反論する。
 言い換えればこうです。ユダヤ性は「ある」に決まっている。それが自分たちを「刺し貫いている」に決まっている。しかし、だからこそ、何がユダヤ性なのかを言及することなどできはしない、と。その意味で、ショーレムは、高山岩男、高坂正顕、西谷啓治に似て、アレントは、鈴木成高に似ます。
 廣松もアレント的=ランケ的=鈴木成高的な感受性を強くもっていたので、ぼくは評価しています。南京大学の記念集会で「廣松はそういう意味で明らかに右だ」って言ったら、荒岱介が「ふざけるな宮台、廣松はプロレタリア・インターナショナリズムだ」と。そうしたら廣松の奥さんが「廣松の口癖は尊王攘夷でした」と言ってすべてが決着したという事件もありました(笑)。

宮台 保守思想の源流はフランス革命の同時代に革命を批判的に考察したエドマンド・バークです。カール・マンハイムに言わせると、社会契約説などに始まる近代主義の最終形態として保守思想があり、これは素朴な伝統主義とは隔絶した、近代合理主義に基づく「再帰的な伝統主義」だと言うのです。
 またしてもキーワードは全体性なのですが、第一に、我々には社会的な全体性を知ることができない以上、社会的な全体を設計できないし、第二に、うまく回っている社会があるとして、なぜその社会がうまく回っているのかを我々はつまびらかにしきれないのから、それなりにうまく回る社会を軽々しくいじるな、となります。
 つまり、保守主義とは、我々の認識能力や行為能力の限界という当然のことを踏まえた上で、法実務でいう「不作為という作為」を推奨する。「あえていじる」よりも「あえていじらない」という選択をしたほうが合理的だろうというのです。だから、それはナイーヴな伝統主義--昔からの作法を単に尊重する性向--とは違います。
 つまり「理性に従って社会を設計することは、理性的に考えて限界がある」との認識です。これを「事実性の尊重」とも呼べます。うまく回る社会があるとすれば、うまく回っている事実の重さを尊重しろというわけです。ここには「我々は全体性に刺し貫かれているけれど、全体性は見えない」という認識があります。

美的と美学的
宮台 そうです。じゃあ右翼とは何なのか。さっき主意主義=右、主知主義=左、と整理していただきました。そこでいう右とは一義的に右翼のことです。保守主義は、マンハイムのいうように、合理性の限界を指摘するものの、再帰的伝統主義という近代合理主義の変種なので、左のようでも右のようでもあります。
 保守が「全体性の尊重」だとすれば、右翼は「美学への帰依です」。不可能な全体性への帰依を持ち出す点では保守もロマン主義的たりえますが、右翼のロマン主義との決定的な違いは、世直しや維新への帰依を積極的に肯定するかどうかです。右翼も不可能性を志向するのですが、世直しや維新をめぐってそれを志向します。
 だから、保守は平時ないし日常の思考で、右翼は戦時ないし非日常の思考だとも言えます。保守と右翼は、だから排他的概念ではない。例えば、うまく回ってきた社会が、外や内の敵によって危急存亡の淵に立っている場合、どうするか。保守は厳密にはインディファレントになりますが、右翼は世直しや維新や革命の旗を振る。
 だから、平時には保守と呼んでいただいて結構だが、戦時には右翼に転じるということがあり得ます。だから保守は感染(ミメーシス)をさして重視しないが、右翼は感染を重視するという違いがあります。右翼が感染を重視するがゆえに「美学への帰依」が見られるわけです。ただし「美学」は「美」とは異なります。
 美学の尊重は一八〇〇年頃の初期ロマン派のともので、美の尊重はそれから一〇〇年以上たって隆盛になる後期ロマン派のものです。初期ロマン派は不可能性に敏感ですが、後期ロマン派は鈍感です。だから初期ロマン派は全体性を表象不能だと見すのに、後期ロマン派は民族や民族精神や「魔の山」的風景に全体性を見出す。
 だから、後期ロマン派がナチズムを準備することになります。さきほど中島さんが説明された「右翼」は後期ロマン派的なものす。だから「政治と文学の一致」とか「全体性と行動の一致」が可能だと捉られてしまう。これはぼくに言わせれば「短絡した右翼思想」です。初期ロマン派的には「政治と文学の一致」は不可能です。
 でも「政治と文学の一致」など世迷いごとに過ぎぬとする廣松渉に、ぼくは美学を見出して心酔する。ぼくが廣松渉を右翼だと思うというのは、そういうことです。それでいえば、戦後右翼より戦前右翼のほうが初期ロマン派的で、戦前でも、国権派よりは国権派への転向以前の民権派の亜細亜主義者のほうが初期ロマン派的です。
 初期ロマン派は初期ギリシアを参照し、「見えない全体性が自分を刺し貫くが、全体性は見えない」と考えます。たとえ偶像崇拝を禁じて全体性の不可能性に言及しようと、唯一絶対神という表象を立てるようなセム族的宗教性は、初期ギリシアの人々には「不条理の只中に屹立する自立」でなく「絶対性に帰依する依存」です。
 そのような意味で、古代ギリシア文献学者のニーチェは、初期ロマン派の視座から、後期ロマン派に見えるワグナーを、批判するのですが、しかしそのニーチェはワグナーが何もかも分かっていながら「敢えて」やっているペテン師であることを弁えていて、そこに心酔してもいるわけです。オペラはそもそもペテンですからね。
 玄洋社や黒竜会の如き「国権派の扮技をした民権派」と同じで、「後期ロマン派の扮技をした初期ロマン派」という構図があり得ます。だからこそ「ネタからベタへ」の頽落が問題化する。初期ロマン派的な契機を欠いた者を真正右翼とは認めませんが、ぷっと思いながら「政治と文学の一致」を提唱する真正右翼はあり得ます。
 こうした意味で、後期ロマン派的な美と、初期ロマン派的な美学を、一応峻別するのが欧州的伝統です。アドルノもベンヤミンもアレントもフーコーも、初期ギリシャ的ないし初期ロマン派的な「不可能性の美学」に殉じようとします。その意味で、ベンヤミン的には、全体性はシンボル(美)でなく、アレゴリー(美学)です。
 「瓦礫の中の星座」とか「フラッパーな所作を刺し貫くユダヤ性」といった言い方それ自体も実はシンボルですから--だってアレゴリーという概念自体もシンボルですから--所詮は美と美学を截然とは峻別できません。しかしそれでも、世の自称他称右翼の大半は後期ロマン派な頽落に陷っていると言えます。

サフィックスをつけ、あえて言う
宮台 廣松渉は物象化を推奨して本質疎外論を否定しました。そこからどういう行動指針が得られるのかです。主体や疎外などの概念を立ててはいけないのかというと、違います。「人間は受苦的疎外--別様可能性や全体性からの疎外--に基づいて、ただひたすら前に進む存在である」と述べているように思います。
 彼はブントです。ブントは団Bundつまりスパルタクス団Spartakusbundをさします。第一次大戦期の社会民主党反党分子のローザ・ルクセンブルクとカール・リープクネヒトらが結成したわけですが、六全協以降の日本共産党反党分子である香山健一や森田実らが結成したのがブントということになります。
 両方ともに党独裁を否定して大衆蜂起に期待するわけですが、大衆蜂起に向けて放送や新聞などの資本主義的ツールを存分に利用し尽くせといった戦略論を持っていました。このあたりは、資本主義の客観情勢が革命の主体的条件を用意するというマルクス主義の公式見解に抗ったルカーチやグラムシと共通する部分があります。
 さて頭山満の座右の銘は西郷隆盛の「敬天愛人」ですが、「敬天」というサフィックス(接尾辞)に裏打ちされている場合であれば「愛人」つまり人を愛する振る舞いが許される。同じく、本質疎外論が物象化的錯視であることを踏まえている場合であれば、疎外概念--受苦的疎外概念--を立てることが許される。これが廣松です。
 人間など所詮は木端。価値などあろうはずがない。そういう思い込みは全て物象化的錯視だ。しかし、だからこそ「人間に価値がある」と言ってみないと、ただひたすら前に進むなんてことはできはしない。これも玄洋社や黒竜会が元来民権派だったと言われるのと同じです。彼らが近代主義者としての人権主義者のわけがない。
 全体にせよ人間にせよ、所詮は仮そめに過ぎない。仮象ないし物象化的形象に過ぎない。それを踏まえればこそ、全体性や人間性に向けて突き進むことができる。それが廣松。その意味で、廣松主義つまり戦前右翼的なものから出発したぼくが、自ら全体性を体得しているんだとばかりに社会設計に乗り出すのは、アリなのです。
 似た対立が一九七〇年のハーバーマス=ルーマン論争です。この時代、ハーバマスは素朴主体主義者・素朴近代主義者を演じ、ルーマンは終わり良ければ全て良しなれども人には終わりがどこか分からないというヘーゲル主義者を演じた。もちろん巷の見方は、ハーバマスが左翼で、ルーマンがテクノクラートだとするものです。
 廣松はぼくに二つのことを言いました。一つは論争はルーマンの圧倒的勝利だということ。もう一つはドイツの新左翼はルーマンの側に立っているということ。これは単なる客観的な診断ではなく、廣松のコミットメントを示すだろうと思います。「全てが仮象なのであれば何でもありだ」とした上での「革命」ということです。
 興味深いのはここからです。論争以降のハーバーマスは一挙にルーマンを吸収します。自分の言うことに全部サフィックスをつける。つまり、いわば、敬天を経由して愛人を語るようになるんですよ。廣松的にいえば、「進もうが退こうが物象化的錯視が不可避である以上、あえて進むしかない」という立場に進化するわけです。
 日本の右翼の源流にあたる人たちも、こうしたことをよくわかっていたように 思います。だから、民権派から国権派に転向することに躊躇がなかったのだと思います。あるいは大川周明のような猶存社的な設計主義が、あくまで道具的な関心のもとで、あり得たのではないかと思うです。

宮台 単に「愛人」ではなくて「敬天愛人」であること。西郷が「民主主義」でなく「儒教的民本主義」の立場をとることからこそ、「敬天愛人」にならざるを得ない。なぜなら、民本主義はパターナリズムですから、何が民にとって良いのかを「上から目線」で判断せざるを得ず、判断の正当性は不確かだからです。
 「民本主義=パターナリズム」と「敬天愛人=不可能な全体性の参照」との組み合わせ。あるいは“「パターナリズム&全体性参照」を「すべては仮象」という構えのもとで温存する”こと。こうした構えが猶存社にも継承されたのではないでしょうか。猶存社を設計主義的無謬主義だと断じるわけにはいかないだろうと思います。
 “「パターナリズム&全体性参照」を「すべては仮象」という構えのもとで温存する”発想をぼくは廣松物象化論から学びました。だからぼくは廣松が戦前右翼から連続していると考えるわけです。それを戦前の亜細亜主義に言及せずに、普遍主義的な仮象で正当化すべく、マルクス主義を持ち出しているのが、廣松ではないか、と。
 こうした立場に立つ者は「人を見て法を説く」やり方をせざるをえない。場合によっては主体主義者のように、また別の場合には実存主義者のように振る舞わざるを得ない。全体性があるという言い方をしたり、生活世界はあるという言い方をしたりする。ただし道具的関心に基づいて言うだけで、本当に思ってるわけじゃない。
 ぼくはそういう構えを救済したい。戦前右翼の世直しってそういうものだと言いたいんです。それが巷間語られる右か左かはどうでもいい。「敬天」すなわち「不可能な全体性の参照」のサフィックスがついているかどうかです。サフィックスがついているかどうか不可視で、わかる奴にしかわからない面があって危険ですが。

革新右翼と設計主義
宮台 微妙な問題だからどう答えていいか、迷いますね。率直に言うと、ぼくは彼らを戦前右翼の系列の王道だと捉えることにそれほど否定的ではありません。というのは、「超越的なものを参照する設計主義者」の極北に、亜細亜主義の最終形態としての日蓮主義があると思うからです。

宮台 国柱会の石原莞爾や宮沢賢治を見て思うことは、「超越的なものを参照する設計主義者」にとって、超越的なものは―それは天皇であったり日蓮であったりするわけですが―究極の価値合理性の源泉なのか、単なる目的合理的つまり道具的な手段にすぎないのかが、本質的な意味で決定不能であるということです。
 田中智学に従えば、日蓮主義者にとっては日蓮が大元帥。天皇は賢王つまり道具です。まずは国民に天皇絶対主義を説き、次段階で天皇を日蓮宗に改宗させれば、最終的に日本人全員が世界革命の戦士になれるという図式。でもこの図式における大元帥日蓮という概念がどの程度誠実な信仰の対象なのか、不明です。
 智学を読むと、天皇が道具だと観念される位だから、日蓮だって道具だと観念されているんじゃないとの疑惑を禁じ得ない。そう感じる理由は、ぼくの原体験に関係します。中学二年で読んだ高橋和巳『邪宗門』の影響です。ある種の信仰に殉じることそれ自体が当人自身にとって実は道具的でありうるという恐ろしい内容です。
 『邪宗門』の主人公千葉潔のように、最終的には、のたうち苦しんでいる人々を救うことこそが絶対的な目的としてあるんじゃないか。世直しこそが絶対的な目的としてあって、あとはマルクス主義だろうが宗教だろうが、有効であれば何でもいいという発想をしていた可能性があるのではないか。それが高橋和巳の見立てです。
 宮沢賢治にとっての法華経とか日蓮って何なんだ。あれほど初期ギリシア的な万物学的感受性に開かれていた賢治が、初期ギリシャの万物学者ならば批判するような超越的特異点を持ち出して本当にそれに帰依するなどということがあり得るのか。軽々にそうだと言えないのではないかと思うんです。
 いつもぼく自分の話を持ち出してしまって恐縮だけれども、ぼくもソーシャル・デザイナーを自称する設計主義者ですが、これは周到にやれば設計がうまくいくと信じているからではありません。むしろ設計はかならず失敗すると確信していますが、再帰性が貫徹する近代社会では、設計しないこともまた設計なのです。

宮台 何かするしかない。何もしないことも何かしていることと同じだからです。そんな泥沼の再帰性に耐えるために道具的価値をもつのが、超越性という仮象ではないか。と、ぼくは裏側から読んじゃう。北一輝にしろ大川周明にしろ、世界規模での世直しこそが絶対的関心ではないか。超越性への帰依があってそれ故に設計が正当化されるという理路は、石原莞爾においてすらないのではないか。

宮台真司の戦略
宮台 今まで述べてきたようなぼくのような立場は、中島さんのような立場からする警戒的監視があって、初めて機能すると思っているからです。ぼくがそう思うようになったのは、ルーマンとハーバーマスの論争を研究したからです。論争時の二人は、互いに相手があって初めて機能するような関係にあったのです。
 (1)ハーバーマスは生活世界があると言う。(2)ルーマンは生活世界は仮象だと言う。(3)だがルーマンの言う通りだと思う我々も、現実の生活においては生活世界の存在を前提にするしかない。つまり生活世界は「恣意的だが非任意的」です。だから先に述べたように、ハーバーマスは、ルーマンを吸収して一人何役も演じ始めます。
 実は、ハーバーマスは、のちに自分一人で何役も演じるためにこそ、あえて無名だったルーマンを論争に引きずり出して、あえて論争に負けたかのように演じたのではないか。論争に負けた後、しかし、実践的推奨を全く変えずに、ルーマンを取り込む。すると(1)~(3)の一人三役で、実践的推奨が、何倍も免疫化されるからです。
 ぼくが堀内進之介と共著した『幸福論』(NHKブックス、二〇〇七年)でも、堀内がハーバーマスのような立場をとり、ぼくがルーマンのような立場をとり、そのことで「ウロボロスの蛇」のような相互呑み込み構造を提示しようとしました。これは、ファシズムを擁護するぼくが危険を自覚して準備した防波堤なんです。
 全体性は触知できないので、設計は必ず間違えます。だから、設計は正しいのだ、現に皆がそう思ってるじゃないか、といった動員は根本的に間違っています。でも、地域であれ国家であれ、近代社会でそれ以外の世直しってありうるのでしょうか。パターナリズム(温情主義)を欠いた社会制度の推奨ってありうるのでしょうか。
 教育もパターナリズムです。子供には右も左も分からないからと、子供が選んだわけでもない恣意的な枠組をインストールする。これには厳密な意味での正当性はありません。単に俺もそう教わってきたし、皆もそう教わってきたという、非任意的な事実があるだけです。教育とは「恣意的だが非任意的な」パターナリズムです。
 つまり教育とは事実性を口実にして社会成員を束ねるファシズムの一形態です。そこから二方向ありえます。一つは、教育はファシズムだと自覚した上で教育を徹底的に利用する方向性。もう一つは、教育はファシズムで危険だから徹底的にウォッチして批判しよう方向。しかし、常に既に教育は行なわれ続けているわけです。
 常に既に教育が行なわれている以上(先ほどの(3))、教育はファシズムだと自覚した上で徹底利用を図る方向と、教育はファシズムで危険だから徹底批判しようとする方向とを、車の両輪にして前に進むしかないんですよ。それがぼくの立場です。それを一人でやるのは尤もらしくなく分かりにくい。だから批判者を必要とする。

危機のときにどう行動するか
宮台 いじわるな質問をします。コミュニタリアンは保守主義者です。マンハイムが言う意味での再帰的伝統主義者であって、パターナル(上から目線)です。コミュナルなものが我々のコミュニケーションを支えており、リベラルという感覚をも支えている。コミュナルなベースを人為的に再生産しようとします。
 ところがウォルツァーが、9・11以降のアメリカによるアフガン攻撃を全面擁護し、昨今ではイスラエルのガザ地区封鎖の全面擁護しました。そのロジックは、ウォルツァー自身は引用していませんが、マックス・ウェーバーの政治責任論そのものです。これは簡単に言うと「不可知論をベースにした行動の指南書」なんです。
 ウェーバーのロジックはこうです。政治家の責務は政治共同体の命運を確保すること。市民の法に従っていては政治共同体の運命を確保できない場合、どうするか。市民の法を逸脱し、政治共同体の将来を守るべく命をかけるべきだ。むろん市民の法を破ったかどで血祭りに上げられるかもしれない。だがそれは仕方ないのだと…。
 ウォルツァーはそれを「汚れた手」の概念で継承し、先制攻撃論を出してきます。反撃権が国際法で許容されている。だが核の時代、敵が核ミサイルのボタンを押せば数万人規模でこちらが死ぬ。だったら敵がボタンを押す寸前に敵の核基地を殲滅するのが正しい。どうせこちらがボタンを押すのが1~2分早まるだけの問題だと。
 たった1~2分間先にボタンを押すことが国際法に反するからとビビるような政治家は無責任だ。政治家は責務を果たすべきだ。ウォルツァーはそう言います。ところで、敵がボタンを押すだろうとの観測が勘違いだったことが、後で分かったらどうするか。その場合、勘違いを追認した政治家を血祭りにするしかないとします。
 ウォルツァーはコミュニタリアン左派と呼ばれますが、左派というよりコミュニタリアンの本質を示します。コミュニタリアンは再帰的伝統主義者なので、とりわけ非常時には、パターナルに共同体保全のための積極的施策を推奨します。国外では核基地殲滅になりますし、国内ではテロ分子殲滅になる。実にネオコン的です。
 つまり、ウェーバーからカール・シュミットを経て、コミュニタリアンのウォルツァーに、政治責任論における決断主義が継承されているんです。三者に共通して、その決断は、少なからぬ場合において誤りだから、その場合に血祭りに上げられる覚悟を持つということが政治倫理になるんだ、という話になっています。
 そこで、中島さんに質問です。平時に、設計主義の否定や世直しの否定などを通じて、良きものを保守しようとする保守主義者がいたとして、暴虐無人なナラズ者国家や狡猾なテロリストによって脅かされて危急存亡の瀬戸際を迎え、国際法や国内法を踏み越えないとどうしようもないとき、どうされるのですか?

宮台 さっき「ウロボロスの蛇」の喩えを出しましたが、保守主義とは他に決断主義者がいて無視できない勢力を持つという事態に、パラサイト(寄生)する思考です。全体主義者がいるからこそ保守主義者がいる。全体主義がなければ、あるいはフランス革命がなければ、保守思想はまったく意味をもたない思想です。
 より穏当かつ正確に言えば、人間の理性に対する理神論的な信仰さえなければ、保守主義なんて意味をもたないのです。だからこそ、実践論の面で言うと、保守主義者から「保守主義である以上、こうしなければいけない」みたいな行動指針が、ダイレクトに出てくることはあり得ない。だから保守主義は批判の思考なんです。
 保守主義=平時の思考、右翼=戦時の思考と分けましたが、これも正確に言えばこうなります。認識次元では、保守主義的に「人間の理性的判断でさえ誤りに満ちている」と冷えた頭で理解した上で、具体的な行動次元では、不可能性―何が不可能なのかさえ不確かですが―に殉じる形で右翼的=美学的なものを貫くしかないと。
 共同体の危急存亡に面してじっとしている保守主義者は、左脳的には、人為の誤りについての認識は適切で合理的に思考していますが、右脳的には、人間として鈍感で自己陶冶を遂げておらず、醜悪な不作為に加担していると言わざるを得ない。こう言うと、お前は戦前の頽落した亜細亜主義者と同じじゃないかと言われますが。
 昔からよく話だけど、田母神元幕僚長の如き輩が、大東亜戦争には亜細亜主義的な大義があったと言うでしょう。これは馬鹿の言うことで、誰もが知るべき常識は、「亜細亜主義には確かに大義はあったが、大義は簒奪され利用され、陸軍参謀本部や海軍軍令部の拡張主義につながった」ということです。
 「ライフラインを守る、ABCD包囲陣を打破する、そのためには対米開戦不可避なり」と。これも大義として正しい。しかし参謀本部や軍令部で、かかる大義ゆえに動機づけられていた者はむしろ少数で、大義を文字通り錦の御旗として、参謀本部と軍令部の間でセクショナリズムの鍔迫合いを続けていたというのが実態です。
 ウェーバーはこの種の頽落を「形式合理性による実質合理性の簒奪」と呼ぶ。形式合理性による実質合理性の簒奪が今の日本でも続いています。問題は、かかる簒奪された大義によって、大義なき戦争が開始された場合、どう振る舞うべきかです。この場面で、素朴に加担できるとするのも批判できるとするのも、明白に誤りです。
 「簒奪された大義による戦争開始」の如き差し迫った立場に置かれていない我々がなすべきことは、そうした「引くも地獄、進むも地獄」の如き逆説的状況がしばしばあり得る以上、そうした逆説的状況に人々を導くような社会的営み自体を回避するということです。逆説的状況下ではどのみち妥当な行動はないと知るべきです。
中島 そうですね。その点でいえば、私は竹内好のような態度は、わかる気

竹内好の実践的態度
宮台 中島さんがそのように正直におっしゃっていただければ、ぼくは中島さんの保守主義に信頼を置くことができます。実は、ぼくも竹内好、好きなんですよ。竹内好のあの行為態度は、マックス・ウェーバーの行為態度と基本的に同じです。ウェーバーは行政官僚制る対して示す行為態度は以下のようなものです。
 市場に任せれば絶対的窮乏化や周期的恐慌が訪れ、やがて社会が無茶苦茶になる。それに対抗するには、市場に介入する組織つまり官僚制を頼る他ない。だが官僚制は形式合理性により頽落する。頽落を押し止めんとすればビスマルク流の社会帝国主義しかない。だがこれ自体極めて危険で社会を破壊し得る。だがそれ以外あるか。
 我々の社会に引きつければこうなる。官僚はいつの時代も行動原則が同じです。どんなに官僚制批判を展開しようが不変です。縦割的で、セクショナリズムで、国益を無視して省益や省益を前提とした自己利益を追求する。どんなに縦割の弊害を乗り越えよと行政官僚らに呼びかけても、組織的にできないようになっている。
 であれは、官僚制批判もいいが、実際に必要なのは、官僚制がいつでもどこでもそのようにしか機能しないことを前提にした上で、それを上書きするような別の外部的な権力を以て介入するしかない。それが行政権力と区別された意味での政治権力であり、先の話でいえば、ビスマルクの独裁的な権力ということになります。
 ビスマルクを出すと独裁だから危険だという話に縮小あがちですが、そうではない。民主主義に基づく政治的決定であっても話は変わらない。行政官僚制への政治的介入が正しいなどという保証はどこにもない。官僚制打破の政治的大義があり、それが正しかったとしても、程なく行政官僚は大義を形式合理的に簒奪し始めます。
 これは平時に限った話じゃない。日本の場合、先の敗戦で滑稽な顛末を呈したので分かりやすいが、実は全ての戦争において起こっている。全ての戦争には大義がある。だが実際に組織的な近代戦が行われる現場では、そこで動く人々にとって大義は関係なくなる。程度の差はあれ必ず暴走や逸脱や私益追求の横車が登場します。
 これは帝国陸海軍がダメだったという話じゃない。米国においても、太平洋戦争で、ベトナム戦争で、イラク戦争で、同じことが必ず起こっています。その意味でこれは摂理なのです。ただ日本の場合、錦の御旗が登場すると、この摂理を忘れて、無警戒となり、賢明な振舞いを国民が相互に要求することができなくなるのです。
 陸軍や海軍による大義の簒奪を批判するのは大切です。丸山真男の言うように、公の大儀を簒奪して私を追求するような帝国陸海軍の振る舞いは許せない。その通りです。しかしこの種の簒奪は日本だけでなく常に既に全ての行政官僚制において多かれ少なかれ起こっていることです。そのことへの自覚と警戒が足りないのです。

宮台 北の思考回路はどうもいい加減な感じがします。右翼としても中途半端だし、ファシストとしても論理が成熟していない。マルクスを読み込んでいるかわりに、ウェーバーを知らないので、大義は必要だが必ず簒奪されるという「ファシズムの不可避性と不可能性」という逆説に鈍感です。

脳天気な時代の薄っぺらな保守論壇
宮台 回り道をしながら答えます。初期ギリシャ哲学やほぼ同時期のソポクレスに代表されるギリシャ悲劇に従えば、「世の摂理は人知を超える」。だが「世の摂理はが確かにある」。ベンヤミン的に言えば、摂理はシンボルによってこれとは名指せないが、砕け散った瓦礫の中に一瞬、星座のように浮かび上がります。
 ベンヤミンは、全体性とはシンボルでなくアレゴリーでしか示せないと考えます。これは初期ギリシア的思考そのものです。なぜならば、アレゴリーでしか示せないからギリシア神話があるからです。ギリシア神話の背後には、ドーリア人侵入に始まる紀元前一二世紀から八世紀までの「暗黒の四百年」の歴史があります。
 「暗黒の四百年」は悲劇の連続です。強盗・強姦・殺人・放火のオンパレード。だからこそパンテオン(神々の集まり)は血の海に浸されています。なぜか。「所詮、人間はこの程度のものでしかない」「所詮、この手の悲劇は繰り返されるしかない」と、理不尽や不条理に対する免役化のためにギリシア神話があるからです。
 人間はどんなに頑張っても「所詮」という言葉が冠せられるような摂理を越えられない。摂理とはある種の全体性ですから、「所詮」と言えるような摂理とはコレとコレとコレだと逐条的に数え上げることはできません。そこに困難があります。だから、それを名指し数え上げたい人々は、エジプト的な超越神を持ち出します。
 しかし、それは頽落だとするのが(初期プラトンによって描かれた)ソクラテスであり、遡れば初期ギリシアの万物学者らの思考です。それを受けて古代ギリシア文献学者のニーチェが唯一絶対神を頼る作法を、唾棄すべき弱者の営みだとするわけです。ニーチェは初期ギリシアの行為態度のルネサンスを図っていたわけです。
 シンボルを頼るエジプト的思考と、アレゴリーしか認めない初期ギリシア的思考。唯一神的宗教と万物学との対比です。しかしアレゴリーを利用する万物学的思考は、経験のベースがなければ機能しません。共同体が全体性を共有するには、共同体が経験のベースを共有する必要がある。だからニーチェは「悲劇の共有」を持ち出す。
 なぜ田母神や「新しい歴史教科書をつくる会」や「2ちゃん系ウヨ豚」のような輩が出て来るか。個人レベルでは、経験のベースが薄いヘタレが溢れるからであり、社会レベルでは、悲劇の共有がない脳天気な時代だからです。でも、社会がそういう輩で溢れるということは、悲劇の共有がない「平和な社会」だということです。
 初期ギリシアに既に主題化されていたように、田母神みたいな輩、古くは蓑田胸喜の如き輩は、いつの時代にもゴミのようにどこにでも溢れている。それこそニーチェの「永劫回帰」です。しかし、そうした輩の存在が許容されるような「脳天気でいられる社会」は「所詮」長くは続かない。であれば「述べ伝え」が必要です。
 「述べ伝え勢力」が手薄すぎるのが日本の問題です。そこはぼくら物書きの責任でもあります。これはすでに述べたように、ある種の行為態度の問題です。行為態度というのは、ウェーバーの「エートス」にぼくが当てた訳です。認識ではなく構えの問題です。だから右翼と保守の本質を、再認識してほしいと願っているのです。
 右翼と保守には、不可知の全体性を踏まえようとする志向が共通します。「表出の根」や「情動の連鎖」を支える共同体的な基盤を護持しようとする志向が共通します。ですが、そうした共同体的な基盤が風前の灯のとき、保守は行動についてインディファレントですが、右翼は行動を呼びかけます。非常時の思考たる所以です。
 今は平時でしょうか非常時でしょうか。平時であれば、ぼくも中島さんのように保守主義者を名乗ったかもしれない。でも、ぼくのみるところ、今は非常時です。共同体の基盤がまさしく風前の灯火です。保守主義の如き「再帰的伝統主義」だけで行動指針が得られるとは思わないということです。ぼくの判断にすぎませんが。
 ぼくは判断の是非を競いたいとは思っていません。ただ、悪い社会になればなるほど、人々は「貧しくても楽しい我が家」の如き感情的安全を求めるようになるのと同時に、尤もらしい理屈よりもスゴイ奴を目前にしたミメーシス(感染的摸倣)を求めるようになります。保守と右翼への志向が同時に高まると言って良いです。
 そのとき、世直しを志向するのかどうかです。世直しを志向せずに「貧しくても楽しい我が家」(の如きローカルな関係性)の護持を志向するということはあり得ます。でも、もはや世直ししかないと思うようになった場合はどうでしょうか。右翼への志向がせせり出してきます。僕はそうした時代に応接しているつもりです。
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-05-30 - 12:10:00
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「非日常の中に浮かんでいる日常」対「日常に登録されている非日常」ツイートまとめ

@TT65536 さんによる紹介に導かれる形で、昨日の内海信彦(画家・美学校講師) さんとの超満員トークイベントについてツイートしましたが、それをマトメました



miyadai
8:32am, May 05 from HootSuite
RT @TT65536: 宮台さんの子供時代「70年代」は、まだ「日常」はカンタンに壊れ「世界」が見えていた。今の中高生は相当キツいだろうなと。「社会」はしょせん作られたもので、「世界」はその外にあるけど、「日常社会」はどこまでも広がっている。

miyadai
8:32am, May 05 from HootSuite
RT @TT65536: また、壊れた芸術家の撮った「日常の風景」が「確かに日常だけど、非日常だった」という(ゴッホ的)お話も。密度が濃かったが、宮台氏の語りたかったことは「どうせウソである「システムの一部」じゃない「世界」に直に接するアート」を作れ、という激励だったんだと思う。

miyadai
8:33am, May 05 from HootSuite
RT @TT65536: 質疑応答で。女子大生「私ずっと、このキャラ(不思議ちゃん系)で来たけど、大学生になって、このキャラはKYだって言われて…」宮台「オレだってKY承知でやってるよ。批判されてるよー(笑)やめるのはつまらなくて、もっとやる。わざとやる、ってやってるよ(笑)」…

miyadai
8:33am, May 05 from HootSuite
RT @TT65536: …近代は「非日常」もまた「日常の一部」として、システム化(日常化)されている。それが強固な時代には、アートが「リラクゼーション」になる。しかし「世界体験(非日常=社会の外)」を呼び、元の自分に戻れなくするのがアートである。

miyadai
8:39am, May 05 from HootSuite
昨日は、アバンギャルドな画家で美学校講師であられる内海信彦さんと、神田神保町の三省堂の真裏にある文房堂ギャラリー4Fとトークしました。フロアが隅から隅まで立見で埋め尽くされ、ギャラリーによると歴代動員新記録だったそうです。二百人はいた。八十人くらいが打ち上げに。十五人が二次会に。

miyadai
8:50am, May 05 from HootSuite
会場には鈴木邦男さんや白虎社の大須賀勇さんも来ておられ、鈴木さんは打ち上げにまで参加してくださいました。内田輝(サックスプレーヤー)P.A.N.A project(サウンドクリエーター) のアバンギャルド・ジャズも、会場の雰囲気を弁えて、アンビエントの味付けもあるノイズで、最高!

miyadai
8:54am, May 05 from HootSuite
トークの前座として行われた(?!)中島晴矢のパフォーマンスで、チンコを見て目を丸くしていた少女たちと、完全に見慣れている僕との間の「落差」を前に、いろいろ考えた。なぜ、ロバート・フリップが言ったように、1968年と1969年の二年間には「恩寵の扉」が開き、神の光が降り注いだのか?

miyadai
8:58am, May 05 from HootSuite
その当時「非日常」の中に「日常」が浮かんでいた。〈世界〉の中に〈社会〉が浮かんでいた。だからヒョンなことで「日常」は「ウソ日常」として、「社会」は「ウソ社会」としての相貌を表した。ヒョンなことを提供するのがアートだった。それが「ウソ日常」「ウソ社会」と分かってしまったら戻れない。

miyadai
9:05am, May 05 from HootSuite
別の言い方をすると、「日常」や「社会」から成り立つ閉鎖系カプセルには、容易に亀裂が入り、亀裂に手を伸ばすことを通じ、僕たちは〈世界〉に接触できた。フリップの言う「恩寵の扉」とはそういうこと。今は「非日常」の中に「日常」が浮かぶどころか逆に、「日常」の中に「非日常」が登録されてる。

miyadai
9:12am, May 05 from HootSuite
:映画論二冊で述べたように、先進各国での急速な戦後復興&郊外化は、ポップカルチャーに刻印されるように「薔薇色の夢」を伴った分、1960年代半ばに到る頃には広範な「こんなハズじゃなかった感」をもたらしていた。この不全感が、頓挫した夢に変わる全体性(ここではないどこか)の希求を与えた

miyadai
9:16am, May 05 from HootSuite
映画論二冊ではそう書いてきたが、トークで述べたように、単に社会変化の速さもある。敗戦後から1960年代半ば(オリンピック)まで20年。この20年の変化は余りに激烈だ。「夢」を抱くと否とにかかわらず、日常や社会に疎隔感を抱いて当たり前。そう。僕はここにこうしていたのかという感覚だ。

miyadai
9:19am, May 05 from HootSuite
打ち上げのとき、僕の左横には16歳。右横には15歳と16歳の女子高生が座った。95年の震災もオウムも知らない。援交という言葉も知らないコがいた。僕「生まれてから社会に何かスゴイことが起こったっていう経験ある?」。女A「9.11かな」。女B「でも別の国だし他人事じゃん」。僕「…」。

miyadai
9:23am, May 05 from HootSuite
〈世界〉を告げ知らせることで〈社会〉を「今まで通りには」生きられなくする機能がアートだとすると、文学における受容理論に寄り添う形になるが、何かがアートであるか否かは--〈世界〉を告げ知らせるか否かは--受容文脈(社会的文脈)次第だということになる。僕の10代と今の10代の落差。

miyadai
9:28am, May 05 from HootSuite
トークでは微妙な問題を幾つか話した。(1)〈世界〉の告げ知らせは「作品」「表現」を経由する必要がない。前衛やシュルレアリストが作品や表現といった人称性にこだわる点、ロジェ・カイヨワが述べたように「モダンアートの自明性」にアート界が埋没していないか。僕らにとってはどーでもいいのに。

miyadai
9:31am, May 05 from HootSuite
(2)これもカイヨワが述べたことだが、〈世界〉からの告げ知らせを、「見えないものが見えるようになる」という19世紀的な「潜在性の思考」に引き寄せがちではないか。「植物図鑑」以降の中平卓馬がそうだったように、目の前の日常風景が「そのまま」圧倒的力を以て脳髄を打ち砕くゴッホ的経験は?

miyadai
9:36am, May 05 from HootSuite
(3)非日常を日常として次々と登録する日常において、影踏みのように非日常を追いかける営みは、それ自身、ポストモダンどころかモダンの運動そのものなのではないか。日常と非日常という図柄を完全に放棄した上で〈社会〉と〈世界〉を考えるべきではないか。そこで僕が参考にするのが人形劇の世界。

miyadai
9:44am, May 05 from HootSuite
江戸糸操人形結城座の(現在アセファルの)結城一糸が二つのことを言った。第一。古典劇は反復だ。だがそれを支える「闇の力」が枯渇してくる。枯渇する力を備給すべくアバンギャルド劇をやる。リスキーだがうまくすると「闇の力」が復活する。「闇の力」は「実数の間」ならざる「虚数の間」を与える。

miyadai
9:50am, May 05 from HootSuite
第二。アバンギャルド劇がリスキーというのは、5回の連続公演で1回しか成功しなかったりすること。だがそのことを見極める「闇の力」リテラシーを持つ観客が数百人に一人であること。僕はそれを見極められるらしい。以前万人が褒める公演を、僕一人が駄目出ししたら、長文の手紙をいただいた。

miyadai
9:54am, May 05 from HootSuite
いわく、完全に失敗したことが分かっている芝居を、万人に褒められることほどツライことはない。僕から「これでは駄目だと思う」と伝えられたとき、実は本当に嬉しかったのだと。僕が思うに、このことはいろんなことを示唆する。⒜闇の力は見えないものではなく、見えるものに見える力として宿る亊。

miyadai
9:57am, May 05 from HootSuite
⒝しかし多くの人には見えないがゆえに、多くの人に見える範囲で芝居を作らねばならず、自分自身や闇の力リテラシーのある人を裏切る結果になりがちなこと。⒞多くの人には彼らの見える範囲で愉しんで貰い、闇の力リテラシーのある人には別次元を愉しんで貰う、それがアバンギャルド劇ならざる古典劇。

miyadai
9:59am, May 05 from HootSuite
やはりカイヨワがブルドンらシュルレアリストを批判したのが、〈世界〉の訪れを神秘的なものと見る通俗傾向。RT @wamiho: 宮台さんがアートについてツイート。日本で作家性とかいうとこういうアーティストに降りてきたものを神秘的なものとして扱いがちな気が。RT @miyadai …

miyadai
10:04am, May 05 from HootSuite
そこには、ユングが喝破したように、神秘体験は、神秘現象の存在を指し示すどころか、〈世界体験〉の1フェイズに過ぎないとの見しがある。むろんそうした見しも〈世界体験〉で、我々は〈世界体験〉の外には出られないが、たかだか個人の神秘体験にこだわるが如き主観主義は克服されねばならない…

miyadai
10:05am, May 05 from HootSuite
素晴しき纏め。RT @TT65536: 宮台先生のツイートを見ながら。昔は「非日常の中に、日常が浮かんでいた」から、そのことに気づかせる「アート」が意味を持った。今は「日常の中に、非日常が登録されている」つまり「時々行って帰るもの」になり、アートも「日常の一部」に吸収されている。

miyadai
10:10am, May 05 from HootSuite
類似への気づきの連鎖によって〈世界〉は確かにそうなっていると一瞬の気づきに到る(一瞬後にはどうなっていると思ったのか定かでなくなる)という、人称性に還元できない「全体性への気づき」を、ベンヤミンはアレゴリーと読んだが、同時代に仕事をしているカイヨワ(やや年少)と共鳴している。

ここで次のような質問&コメントが
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chimumu
榎本です。宮台さんの主張は、蓮實の「説話論的な磁場」、物語はかって知っている者が知らない者に向かって特権的に語りえたのに、いまや、誰もが知っていることを確認し合うために物語り、物語を通して知っているものしか知ろうとしない状況になった、ということと関係あり? RT @miyadai

chimumu
「非日常の中に日常が浮かんでいる」という感覚はラテンアメリカ文学などに顕著に表現されているような気がしますね。 RT @miyadai
about 6 hours ago ついっぷるから
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miyadai
10:20am, May 05 from HootSuite
蓮實の「説話論的な磁場」は僕の概念系では「〈世界体験〉の構造」に相当。蓮實の「物語」は「〈世界〉はこうなっているという主張」に相当。「〈世界〉はこうだという主張」として破綻していても「〈世界体験〉の構造」を掬い上げたものがあるのに、それに鈍感化しつつあります。@chimumu さん

miyadai
10:28am, May 05 from HootSuite
いや榎本さんと呼びましょう。おはようございます。『映芸』読みました。かつての討論を思い出しました。続けますね。「知っている者が語る」とは、「〈世界体験〉の反復される構造を熟知した者がテオリア的観点を保持したまま〈世界〉はこうだという物語を語る」に当たります。

miyadai
10:29am, May 05 from HootSuite
:榎本さんの仰言るのは、「〈世界体験〉の反復される構造に無知なまま口角泡を飛ばして〈世界〉はこうなってるんだぞという誰もが知っている話を反復する」という事態です。レイヤーがややずれるのですが確認すると、表層=説話論的磁場=〈世界体験〉の反復構造。深層=物語=〈世界〉についての主張。

miyadai
10:33am, May 05 from HootSuite
とすれば古典人形劇こそ〈世界体験〉の反復を逆利用して〈世界〉の訪れを導く営みです。RT @chimumu: そうです! RT @miyadai: 榎本さんの仰言るのは、「〈世界体験〉の反復される構造に無知なまま口角泡を飛ばして〈世界〉はこうなってるんだぞという誰もが知っている話…

miyadai
10:39am, May 05 from HootSuite
あっ。RT @syuukansyounen: 俺も昨日の宮台さんと内海さんのトークイベントを観に行った、宮台さん空手か柔道やってたからムキムキなんだと思っていたらお腹が出てらっしゃった。

miyadai
2:47pm, May 05 from HootSuite
家族一緒に世田谷公園にいって汽車ぽっぽに二回乗り、ファンゴでターキーサンドとバジルチキンサンドを食べ、その後は子供の広場公園に行って、例の不思議な遊具で遊んで、汗だらけになって帰ってきました(-。-;)。昨日、夜遅くまで二次会カラオケに付き合ったせいで、のどの調子がヘンです。

miyadai
2:56pm, May 05 from HootSuite
そして、死を意識しました。久しぶりに。娘たちが僕と同じ齢になる頃、僕は生きていない。それはいったい、どういうことなのだろう。その頃、娘たちは、僕について何を覚えているのだろう。僕はいま、こんなところで、何をしているのだろう…。

miyadai
3:09pm, May 05 from HootSuite
ありがとう。僕は死を怖いと思った記憶はないし、暗い場所を怖いと思うこともないのですが、明るい陽の光の下に出ると死を意識します。クセみたいなものです。RT @Atomium2011: 宮台さん。死を意識できるということは生きてるってことですよ。存分に死を意識しましょう。( ^^)

miyadai
3:15pm, May 05 from HootSuite
自分が若い頃から南の国々を旅行し、今も沖縄から離れられないのは、そのせいではないかと思います。沖縄でもネットウヨク(熱湯浴)のようなことがあると忘れていますが、死を意識するために沖縄に通い続けてきたことも思い出しました。僕は北ではなく南に逃げる種族です。ヤクザは南に、政治犯は北に。

miyadai
3:19pm, May 05 from HootSuite
@nanbashura さんのユングについての素晴らしい説明を読んでいたら、娘たちと一緒にいたとき、遊具で遊びながらずっと死を意識していたことを思い出したのです。妻との新婚旅行で波照間島の海辺に座っていたときにもとてもよく似た意識状態になりました。不安とは全く異なる平穏な状態です。

miyadai
3:35pm, May 05 from HootSuite
それはユング的な意味で蓋然的に反復可能です。RT @chimumu: なるほど。勉強します。僕にはその、〈世界〉の訪れを導く営み、そのものがある程度反復可能なのかということが最近気になっているのです。RT @miyadai: とすれば古典人形劇こそ〈世界体験〉の反復を逆利用して…





投稿者:miyadai
投稿日時:2010-05-05 - 15:53:43
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米国におけるリベラリズムとリバタリアニズムのルーツ

昨晩の連投ツイートは、米国におけるリベラリズムとリバタリアニズムのルーツに関わるものでした。その部分をまとめます。なお、これは、その前にまとめた「リバタリアニズム・リベラリズム・コミュニタリアニズムの関係についてのツイートまとめ」の続編です。

専門性が高いので退屈ではないかと怖れますが、面白かったとおっしゃっていただける方が多かったので、あえてここにまとめることにいたします。

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miyadai
2:13am, Apr 07 from HootSuite
米国思想史のさらに背景にある米国精神史の文脈を知りたければ、川本三郎『フィールド・オブ・イノセンス』もお勧めします。あまり知られていませんが、この本は傑作中の傑作です。米国映画を評価する場合に必要な最低限の知識も得られます。

miyadai
2:15am, Apr 07 from HootSuite
ありがとうございます。「思い出していただく」ことも僕の重要な目的です。RT @monmonbunbun: そういえば、宮台真司の最近のツイートが面白い、大学時代政治思想や法哲学をやってたこともあり非常に興味深く読んでいる。ちなみに学生の時はコミュニタリアニズムだったなー。…

miyadai
2:41am, Apr 07 from HootSuite
既にツイートしてある中に答えがあります。古典的自由主義に遡及すればスミスの「道徳感情」。古代ギリシアに遡及すれば「Virtue」。 http://ow.ly/1vdtd を参照。RT @typeA_ac: 少なくともこの発言について出典が知りたい。ここでいう"善性"とは…。

miyadai
3:00am, Apr 07 from HootSuite
米国独立革命の意義を「革命」に求めるか「独立」に求めるかの軸。米国成立を「移住時」に求めるか「共和政成立時」に求めるかの軸。2軸を掛け合わせ初期米国思想を記述するのがサンデル。「革命」に求める立場がリベラルの始祖。「独立」に求める立場がリバタリアニズム≒古典的自由主義の始祖。

miyadai
3:05am, Apr 07 from HootSuite
「革命」側は「革新主義⇒ニューレフト」と展開。両方とも米国成立を「共和政成立時」と見る。「独立」側は「ホイッグ学派⇒帝国学派⇒新保守主義学派」と展開。ホイッグ&帝国学派と違って米国成立を「移住時」に求める新保守主義学派は政府を極小評価し、リバタリアニズムと古典的自由主義を区別する。

miyadai
3:08am, Apr 07 from HootSuite
その意味で政治思想の立場によって「リバタリアニズム≒古典的自由主義」と「リバタリアニズム≠古典的自由主義」が岐れる。「リバタリアニズム≠古典的自由主義」という見解は比較的最近出てきたもので、思想史の流れから見れば「リバタリアニズム≒古典的自由主義」が妥当だと言える。

miyadai
3:12am, Apr 07 from HootSuite
その意味で、リバタリアニズムは「善性=道徳感情=市民的徳」を暗黙の前提にすると見るのが妥当だ。サンデルをやや翻案するとこんな感じだ。まぁ根拠を細かく問いただしてくる議論に対してはこういう風な応答になります。たいていのツイッターユーザーにはどうでもいい話。どうです?面白くないでしょ。

miyadai
3:20am, Apr 07 from HootSuite
共和主義は多義的な言葉です。いろんな国が共和国を名乗っているところを見れば分かるでしょう。僕はコミュニタリアンが使う意味で使っています。RT @katatemaru: …学部時代の先生はスミスを共和主義者の列に加えてもいた・・・

miyadai
3:37am, Apr 07 from HootSuite
sympathyは「同感」と訳されてきました。「道徳感情」とは「同感」そのものでなく「同感能力を駆使する意志」を含む。つまり再帰的な契機を含んでいます。そうした意志を意志するのはなぜかという所から、共同体へのコミットメントが導かれる。その意味で貴殿の先生はスミスを共和主義者と…。

miyadai
3:48am, Apr 07 from HootSuite
最後に一言。@katatemaru さんが「共同体なき資本主義時代」というとき、社会学者が使う狹い意味で使っています。生活時空の大半を共有するがゆえに同じ事物を同様に体験できることを期待し合える者たちの集団。コミュニタリアンが共同体という場合ずっと広い意味で使います。

miyadai
3:52am, Apr 07 from HootSuite
同じように、ポーコック・アレントが市民的徳という場合、強力な意味で使っていますが、サンデルが市民的徳という場合「自己陶冶への関心」という弱い意味になります。それはサンデルが、自由が端的に重要なのでなく、自己陶冶に役立つから重要だと見すのが、米国市民の一般的伝統だ、とするからです。

miyadai
3:56am, Apr 07 from HootSuite
つまり、@katatemaru さんがお使いになる「市民的徳」と、一連のツイートで僕が使った「市民的徳」とは、やや意味がずれています。ただ、ボーコック学派が米国的なものを正当化するためにギリシア的なもの(強力なもの)を持ち出しているという事実はあります。

miyadai
8:34am, Apr 07 from HootSuite
おはようございます。僕がリバタリアニズムの本流として理解しているものは何か。そう理解する理由は何か。これらについては既に昨日つぶやきました。RT @typeA_ac: それが現代のリバタリアニズム一般に連続しているかは議論の余地があるのでは?

miyadai
8:36am, Apr 07 from HootSuite
面白く思っていただけてうれしいです。RT @yuu_blog: @miyadai いいえ、自分を振り返る、自分の住む土地の歴史を振り返る、いい事だと思います。私のとこは根っからのリバタリアリズム。 …@miyadai(前略)たいていのツイッターユーザーにはどうでもいい話。

miyadai
8:42am, Apr 07 from HootSuite
@yuu_blog さん。ノージックの転向でも分かるように、今日ではアレント『イェルサレムのアイヒマン』じゃないが「常に既に」米国性に貫かれるがゆえに自明にリバタリアンである、ということはできず、自明性の空洞化ゆえにコミュニタリアン的パターナリズムにシフトするというのが僕の中核論点。

miyadai
8:47am, Apr 07 from HootSuite
その意味で、僕はサンデルの「市民的徳」論も、「再帰的リバタリアンとしてのパターナリズム」という文脈で読みます。かかる文脈は、彼の主著2冊が、「リベラリズムへの原理的批判」⇒「コミュニタリアニズムの歴史的正当化」という順序で書かれたところに瞭然だと考えます。米国史の中で読むのが大切。

miyadai
8:54am, Apr 07 from HootSuite
サンデル『民主主義の不全感』という大著の全体的構成も、こうした読み方の妥当性を示していると考えています。

miyadai
6:06pm, Apr 07 from HootSuite
自己決定の支えになる尊厳リソースや平等機会を国家が保証すべきだという枠組になります。RT @kshumpei: …最初の「共和主義」対「自由主義」の対比の説明が…ぴんとこなかった…。自由主義=リベラル…は政府介入を指向する思想だということと「個人的自己決定」という特徴付けがどう

miyadai
6:08pm, Apr 07 from HootSuite
公文先生にご質問いただいたことで、昨日のツイート連投の機会が与えられました。心より感謝申し上げます。ツイッターの凄さを弁える機会にもなりました。本当にありがとうございました。@kshumpei


投稿者:miyadai
投稿日時:2010-04-07 - 08:59:20
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ガバナンス視座と当事者視座の関係についての、宮台のツイートまとめ


miyadai
1:06pm, Mar 31 from HootSuite
@silly_fish さん拝見してます。貴女の仰言ることは貴女の立場では正しい。僕は社会学オリジンのガバナンス視座を貫いて別の「正しさ」に殉じます。さもなければ言葉が通じないロビイの世界があるからです。その場合もあなたの立場でのあなたの運動がロビイの参照点として重要になります。

miyadai
1:11pm, Mar 31 from HootSuite
[一般永住者の窮状について]かわってお答えします。例えば山梨県ではひどい事態です。小学校によって半数以上が「日系」ブラジル人ですが、生活保護が支給されずに小学校から脱落する子や最初から行けない子が多勢います。彼らはエスニックリソースを頼って暮しています。まずこれに手をつけろと。RT @cineeye

miyadai
1:14pm, Mar 31 from HootSuite
さもないと、参政権与えたけど生活保護云々についての声がさほどでもないという理由で、受給権不充足問題がスルーされる可能性があるからです。これは極めて重大なガバナンス上の問題です。エスニックリソースを頼るゆえに当事者の声がなくても、対処すべき問題です。@cineeye さん。

miyadai
1:17pm, Mar 31 from HootSuite
ちなみに僕は山梨県の「日系」ブラジル人の置かれた苦しい状況を扱った『サウダーヂ』という映画のために僕自身もいろんなリサーチをしました。シナリオにも意見を述べさせていただいています。映画の詳細はグーグルで。@cineeye さん。

miyadai
1:21pm, Mar 31 from HootSuite
それはそれは。その後、竹内好『「日本のアジア主義」精読』をお読みください。そのあと北一輝と大川周明を比較してください。RT @Hosh_: ご返答ありがとうございます!最近読んだ廣松渉先生の『「近代の超克」論』が大変面白く、この本を入り口に亜細亜主義について学んでいきたいと思っております。

miyadai
1:23pm, Mar 31 from HootSuite
最大の存在はモーゼス・メンデルスゾーンです。音楽家で有名なメンデルスゾーンの父親[祖父の間違い]です。あとはフランツ・ローゼンツヴァイクです。RT @thagy: @miyadai 横から失礼します。以下の「ユダヤ哲学」者とは具体的にどなたでしょうか?代表的な方、教えてください。

miyadai
1:30pm, Mar 31 from HootSuite
そうなのですが、ガバナンスの観点から言うと、2世3世がジャパニーズリソースを使わなくなったり日本語を喋らなくなることが重大な問題です。RT @cineeye: …何より生活がままならないというレベルの人もいるわけで、これはマイノリティがどうこうとかそういう理屈以前の問題ですよね?

miyadai
1:34pm, Mar 31 from HootSuite
ガバナンスの観点から問題になる点はいくつかあります。二つあげれば:これは労働生産性の観点からも問題になります。融和(≠同化)の観点からも問題になります。何よりも日本国の制度や慣習や人間たちをコモンズだと観じる永住者が少ないままだと、それ自体社会学でいう統合問題を招きます。@cineeye

miyadai
1:36pm, Mar 31 from HootSuite
アクティビスト西田君。いつもサンクス。RT @Ryosuke_Nishida: 神奈川県にも結構いますね。そして、行政よりも(というよりも外注で)、NPOが医療(通訳)、教育等でセーフティネットとなっている分野です。 RT @miyadai: かわってお答えします。例えば山梨県…。

miyadai
1:53pm, Mar 31 from HootSuite
その質問を実は待ってました。本当です。RT @cineeye: 宮台さんは在日外国人の問題に関して、あくまでガバナンスの問題として語っている、つまり「かわいそうな一般永住者」を代弁しているわけではない、とぼくは理解してきたのですがこれは間違いでしょうか?

miyadai
1:56pm, Mar 31 from HootSuite
その問題を理解していただくには高橋和巳「邪宗門」という大著をお読みいただくのが良い。非宗教的な革命家が、世直しの現実化のために、あえて教団教祖となって、世直し宗教運動を指導する。ガバナンスと関係ないように見えて、ガバナンス問題の一端を示しております。

miyadai
1:59pm, Mar 31 from HootSuite
抽象的にいえば「迂回路」ということです。「迂回路」についての学問的研究(をもとにしたパンフ)がウェーバーの政治責任論(職業としての政治)です。政治責任は、当事者の代弁によってでなく、結果によってだけ(正確には結果をもたらそうとする科学的分析と行動のみ)で評価されるとしています。

miyadai
2:02pm, Mar 31 from HootSuite
百年ほど前の議論ですが今でも通用します。またウェーバーのいう科学も重要。彼はビスマルク帝国下で未成熟なドイツ国民を国民化するために科学が必要だと考えます。巷ではドイツのために万歳突撃するような「当事者」がもてはやされていた時代です。ガバナンス視座の典型だといえるでしょう。

miyadai
2:06pm, Mar 31 from HootSuite
このウェーバーの議論のポイントは「当事者」も「ガバナンス視座」をとれるようにならないとドイツは終わりだと考えていたこと。実は僕のツイッター活動の目的の一つがそこにあります。「馬鹿がいるからここは要求を我慢しよう」と言える能力がない限り、果実を味わえない場合が多いことに関係します。

miyadai
2:09pm, Mar 31 from HootSuite
こういう議論をすべて利敵行為だと見す当事者はいつでもいるものです。それは仕方ないのですが、ウェーバーはそればかりでは当事者の集まり(ドイツ)は終わりだと考えました。僕がパーソンズにならって「表出/表現」つまり「カタルシス/実効性」を区別するのもウェーバーが源です。

miyadai
2:11pm, Mar 31 from HootSuite
ちなみにドイツ留学直後に執筆されたパーソンズの博士論文はウェーバー研究です。正確には、僕は、ウェーバーの影響をうけたパーソンズの影響をうけて再びウェーバーに戻りました。パーソンズのウェーバールーツというと、学問の世界では主意主義がどうのこうのとどうでもいい部分が問題にされますが。

miyadai
2:17pm, Mar 31 from HootSuite
学問の世界というのは凄いものです。僕たちが死ぬほど悩むような問題についての回答が百年前どころか二千五百年前に示されていることが珍しくない。しかし皮肉なことに、死ぬほどに悩むという体験を通過しないと、古典に解決策が書かれていることに気付くことができない。だから、学問には体験が必須です。

miyadai
2:21pm, Mar 31 from HootSuite
以前、朝カルでの連続講座を紹介したときに、社会学の思考伝統の源は、デュルケームにせよウェーバーにせよジンメルにせよ完全にガバナンス視座、つまり「迂回路」の思考なのに、60年代末から弱者の味方を標榜する低レベルの糞社会学が出てきたとと言いました。伝統を知らない輩が増えたということ。

miyadai
2:25pm, Mar 31 from HootSuite
僕はよく言うことですが、輩と呼んだけれどもとても「いい人」たちなんでしょう。でも、社会学の思考伝統では、「いい人」だけでは世直しを成功させられないという議論こそがオーソドクス。そういう観点から亜細亜主義の最終形態である日蓮主義を最大限評価してます。詳細は僕のブログを辿って下さい。

あ、亜細亜主義と日蓮主義についての僕のプログ記事はこれ。 http://ow.ly/1sXDi

投稿者:miyadai
投稿日時:2010-04-02 - 11:08:22
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東京都青少年健全育成条例改正についての意見書

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東京都青少年健全育成条例改正についての意見書
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                         2010年3月15日
                             宮台真司


 私は大学で社会学を教える東京在住の大学教員で、3歳と0歳の女児の父親でもある。映画批評や音楽批評や漫画批評に長らく関わってきた者として、今回の条例改正、とりわけ非実在青少年に関わる非罰則規定(第七条 二)について意見を申し上げたい。

第七条 二 年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交類似行為に係る非実在青少年の姿態を視覚により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの

【個人的保護法益と無関連な表現規制】
 法律や条例(あわせて法的規制と呼ぶ)にはそれによって保護される利益(保護法益)がある。保護法益が明瞭でない法的規制は無意味であるだけでなく、運用の恣意性を招いたり社会成員の行動や態度の萎縮を招いたりしかねないので、認められない。
 保護法益には個人的法益と社会的法益がある。個人的法益は個人の人権を侵害するか否かに関わる。実在する青少年の性行為や性体験を描くことは、性交合意年齢以前である場合は因より、13歳以上18歳未満の青少年においても個人的法益の侵害を生みやすい。
 日本も批准している子供の権利条約に従って子供や青少年に自己決定権が認められるとしても、自己決定権の行使に必要な尊厳(自己価値)を保全すべく、尊厳を脅かしかねない危険な行為から子供や青少年を隔離することは、子供の権利条約の精神に反しない。
 実在青少年が映画やビデオやゲームなどに出演ないし登場して性行為や性体験をすることは、成人が同行為や体験を行う場合に比べて、後に本人の禍根を残すような錯誤である蓋然性が高いと推定されるのであり、これが規制されるのは合理的である。
 しかるに、非実在青少年の性行為や性体験の描写については、実在青少年とは違って、これによって尊厳を侵害されることを通じて自己決定権を脅かされるような当事者は、存在しない。その意味で、非実在青少年に関わる描写の規制は個人的法益とは無関係である。
 非実在青少年の性行為や性体験を描写した表現によって、衝撃を受けたり、不快を感じたりする蓋然性については、受け取り方の個人差が大きい以上、表現規制ではなく、ゾーニング規制によって対処すべきであり、非実在青少年に関わる表現規制は不要である。

【表現ではなく受容環境の問題】
 個人的法益とは別に社会的法益の概念がある。社会的法益については、これを社会成員間の人権実現の両立可能性や人権実現の共有財(共通の基盤)を保護することを旨とする人権内在説の立場と、人権に外在する秩序の利益があると見る外在説の立場とがある。
 近代社会が成熟するにつれ(上からの近代化が不要になるにつれ)、秩序の利益として人権実現の両立可能性や共通基盤に関わるものを焦点化するリベラルな社会に変化してきた。社会成員への暴力とは無関係な秩序の利益の提唱に慎重たらざるを得ない所以である。
 社会成員間の人権実現の両立可能性や共通基盤を保全するという意味での社会的法益から見た場合、非実在青少年に関わる表現規制が如何なる意味で社会的法益の保護に資するのかが不明瞭であり、社会的法益についての一定の思い込みがあると推定せざるを得ない。
 どんな思い込みがあるのかをさらに推定してみることにしよう。最もありそうな思い込みの一つは、実在青少年の性行為や性体験が望ましくないのだとして、非実在青少年の性体験や性行為を描いた表現がそれを奨励し誘発するのではないか、というものである。
 暴力・性表現が暴力・性行為を誘発するとの立場を、マスコミ効果研究で強力効果説という。これに対し、素因を持つ者の行為の引き金を引くに過ぎない、あるいは一定の社会関係に置かれた者に対する誘発機能を果たすに過ぎないとの立場を、限定効果説という。
 後者から見ると、対人ネットワークの有無が、マスコミ効果を左右することが知られる。具体的には、家族や仲間と一緒に受容する場合、また事後に家族や仲間と内容について話し合う場合、マスコミ効果が中和されることが知られる。このことの含意が重要である。
 その含意は、メディア表現自体を規制するのでなく、メディア表現に接触する機会自体を制御することを推奨するものである。即ち子供が単独でゲームやビデオに接触し、あるいは接触した後に誰ともそれについて話し合わないような環境を、問題視するものである。
 これを踏まえて前者について言えば、子供が対人ネットワークによって保護されないままメディアと直接的に向かい合うような環境の継続こそが、素因を形づくるのではないかと見す。ここでも素因の制禦は、対人ネットワークに関係づけられている。
 今日では、モノではなく関係性を、即ち、表現自体ではなく表現の受容環境を、制御することの重要性が広く認識されている。受容環境の制御が困難であるがゆえの次善の策として表現規制を持ち出す道理があり得るが、今回の条例改正はかかる道理を採っていない。
 こうした次善の策が適切か否かは、実際に受容環境の制御に関わる行政的施策がどれだけとられているかによって異なる。次善ならざる最善の策についての施策を放置したまま、次善の策に飛びつくのであれば、これは行政的怠慢の尻拭いに過ぎないというべぎである。

【社会的意思表示機能を評価する場合のバランス】
 もう一つあり得る思い込みは、表現の登場人物が実在しようがしまいが、一定の行為や体験が許容されないことについての社会的意思表示として、そうした行為や体験を描いた表現を規制することが意味を持つのではないか、というものである。これについて述べる。
 法理学の世界では、刑事に関わる(刑事罰を伴う)法律や条例は複数の機能を果たすとされる。第一は抑止機能。第二は感情的回復機能。第三は社会的意思表示機能である。第一と第二はとばして第三について言えば、集合体全体としての規範的意思の表明にあたる。
 こうした集合的な規範的意思表明という点から見れば、非実在青少年を登場させる表現の規制は、表現の登場人物が実在しなくても、あるいは今回の条例改正案のように罰則規定がなくても、単に無意味だというわけにいかない。むしろ一定の合理性があるだろう。
 しかし話はそれでは済まない。複雑な社会システムにおける合理性は、その複雑さに應じて多様な物差しで測られるべきである。非実在青少年を登場させる(視覚的)性表現が許されないというのであれば、従来一流とされてきた漫画作品の多くが許容されなくなる。
 ここでは一流か否かに焦点があるのではない。非実在青少年を登場させる性表現を通じてしか描けない大人や社会についての批判的描写があり得るということである。そうした描写が村上春樹の最新小説には許されて、漫画作品には許されないのは、不合理であろう。
 ことほどさように、非実在青少年を登場させる性表現の規制は、社会的意思表示機能を果たす「だけでなく」、社会の文化的な豊かさを支える表現を不公正に萎縮させる機能「をも」果たす。この場合、社会的意思表示機能を担う代替的行為があるか否かが問題になる。
 青少年の性行為や性体験に関する社会的意思表示機能について言えば、ことさらに非実在青少年に関する表現を通じてしか社会的意思表示ができないわけでは因よりない。むしろ社会的意思表示は、条例を改正するまでもなく本条例において遂行されてきたと言える。
 あり得る反論の一つは、非実在青少年を登場させる露骨な性表現が許容されていること自体が期せずして社会的意思表示になりかねないとの危惧に関わるものだ。この危惧は故なしとしない。だがこの危惧への対処が、表現規制でなければならない必然性はなかろう。
 先に触れたが、表現規制でなく、厳格なゾーニング規制(表現に接触可能な人・時間・場所の制限)を施すこと自体によっても、こうした社会的意思表示の機能を果たし得る。であれば、表現規制がもたらし得る副作用を回避しつつ、果実を獲得できることになろう。

【表現規制が一般に伴う運用恣意性の危険】
 最後に、性に関する表現規制に伴いがちな運用恣意性に関する危惧について触れる。私はかねて猥褻物頒布を禁じる刑法175条に異論を唱え、この立場から国会や裁判所などで幾度も意見を述べてきた経緯がある。これを再説し、一部追加的な論点を記すことにする。
 社会学的にいえば猥褻なるものは物の属性や実体ではない。寝室でなされる夫婦の営みは猥褻行為ではないし、学会でスライド映写される局部は猥褻物ではない。猥褻物についていえば、それが猥褻物として機能するか否から社会的文脈次第だと言わねばならない。
 加えて、猥褻観念は、非性的であるべき空間や関係や対象に性的なものが持ち込まれ当てがわれる場合に生じる性的感情に関係するが、どんな社会的文脈がどんな性的感情を惹起するかは人それぞれであり、かつ感情それ自体が制御や裁きの対象になってはならない。
 それは東浩紀氏の意見書が述べる近代社会の原則そのもの--外形に現れる行為のみを裁くのであって内面は断かない--に関係する。かように重大な事柄であるがゆえに、近代国家の多くでは、猥褻規制という表現規制でなくゾーニング規制が採用されてきたのである。
 これは憲法上は幸福追求権に算入されることになったが、見たくないものを見せられないで済む権利(子供に見せたくないものを親が見せないで済む権利)、一言でいえば「不意打ちを食らわない権利」を実現するための方策が、ゾーニング規制だと考えられている。
 加えて、何が猥褻(物)であるか--劣情を催させるか否か--の判断が恣意性の危険を伴うことも、表現規制でなくゾーニング規制が推奨されるべき理由になる。ゾーニングにも同じ恣意性が伴うが、表現規制に比べれば明らかに副作用が少ないからである。
 表現規制の最大の危険は、何が表現規制の対象になったのかが、表現規制ゆえに市民によって検証できなくなるところにある。ゾーニング規制の恣意性は市民による検証(による異議申し立て)の対象になるが、表現規制はそうした回路を切断してしまうのである。

【描写対象が非実在青少年であることによる危険の増幅】
 以上のようなことはすでに各所で述べてきたところであるが、今回の条例改正案にある非実在青少年に関わる視覚表現の規制が固有にはらむ問題について若干補足しておく。実在青少年に比して、非実在青少年に関わる視覚表現は年齢判断の恣意性が極度に高まる。
 設定上は成人なのに青少年にしか見えない登場人物もあれば、青少年という設定で成人にしか見えない登場人物もある。これらの場合、設定がポイントであるのか、青少年に見えるかどうかがポイントであるのかが、判然としない。これは重大な疑義につながり得る。
 日本の漫画やアニメの文化が世界的に受容されてきた背景の一つは、欧米の漫画やアニメと違って、設定が成人か青少年かに関係なく、キャラクターが「未成熟でカワイイ」ところにある。かかる文化的特性ゆえに、非実在青少年に関わる規定は問題をはらみやすい。
 設定が問題だというのであれは、極端な話、漫画の冒頭部分に「これは成人の登場人物によるコスプレごっこです」と断り書きすれば済むことになり、因より意味をなさない。見え方が問題だというのであれば、成人の性を描いた作品の多くさえNGになってしまう。
 法律や条例の立法を考える場合、わかりやすいケースではなく、こうしたわかりにくいケースがもたらす行政的裁量の恣意性を問題にせねならない。とりわけ今回の非実在青少年に関わる規定においては、わかりにくいケースは例外的どころかむしろ通常的たりうる。
 行政的裁量の恣意性を市民が常々監視しやすい条件を整えておくことが肝要である以上、非実在青少年を登場させる表現についての表現規制は極めて危険なものだと言わねばならない。かかる危険を賭してまで非実在青少年を問題視すべき合理的理由は存在しない。






投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-17 - 07:51:00
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裁判所関係者向けの、最近の講演です。

若い世代のコミュニケーション
 ―その変化の背景そして処方箋―
 
                    宮 台 真 司
自己紹介

 宮台真司と申します。もともとは理論社会学で博士号を取りました。国家権力の構造を数理的に記述する研究です。そのあとサブカルチャー研究や若者研究にシフトし、みなさんのお目にふれるようになったと思います。
 宗教や性愛、特に売買春のフィールドワークを1980年代から90年代前半ぐらいにかけて全国的に展開をしました。1993年にブルセラ女子高生の存在を世に知らせる記事を朝日新聞に載せたことから、いろんな反響が起こりました。
 思春期の少女たちに対する思い込みがポンチ絵にすぎないことをはっきりさせるために、マスコミを使ってキャンペーンを展開したのですが、最近の僕は、出発点である国家権力の分析に戻りました。『日本の難点』もそうした方向性です。

問題設定の意味
 本題に入ります。御依頼いただいた主題が、「若い世代のコミュニケーションが、どういうふうに変化してきたのか」なので、「若い世代のコミュニケーション、その変化の背景と処方箋」というタイトルをつけました。
 まず、社会学の問題設定は、心理学との違いで言うと分かりやすいでしょう。心理学のようにミクロな問題をミクロな要因ので説明するのではなく、社会学はミクロな要因をマクロな要因から説き起こして説明するのです
 今回「社会の現状」として取り出すものは三つあります。動機不可解な少年犯罪の激増、解離化・鬱化する若者の激増、関係性が脱落した若者の激増、という三つの問題をお話ししたいと思います。

1 動機不可解な少年犯罪の激増
 動機不可解な少年犯罪の激増から申します。凶悪な少年犯罪が増えたとか、少年犯罪が激増したというのは誤りで、戦後、四つのピークがありましたが、強姦、放火、殺人については大体3分の1から5分の1に、ピークに比べて減りました。
 97年に酒鬼薔薇聖斗事件が起こったのがきっかけですけれども、少年犯罪が激増したというようなデマゴギーが人口に膾炙(かいしゃ)しました。その背景には、動機がよくわからないという不安があるでしょう。
 同じ問題が先進各国で生じています。60年代後半から行為障害の概念が大英帝国圏内で使われはじめ、70年代後半になると人格障害(パーソナリティー障害)という範疇が米国から世界中にひろがたます。
 これは「病気ではないけれど、感情の働きが普通でない人たち」という概念で、行政的要請から生まれたものです。ただ、何が標準的な感情なのか、何が壊れているのかは、社会的な物差しを参照した上で定義される社会的事柄に過ぎません。
 人格障害と精神障害は対立する概念ですが、現象を観察するときには混同されやすい。精神障害は「心の病気」です。何か犯罪を犯しても、罪は人ではなく病気にあると帰属処理できるのです。刑法39条1項「心神喪失」の概念が典型です。
 これに対して、人格障害は病気ではなく、その人の性格に問題があるとされるケースです。性格形成のプロセスは本人に責任がないとも言えますが、それを言っては人倫の世界が成り立たなくなります。
 「病気ではなく、健常な状態で犯罪を起こしたのであれば、その人が責任を負う」「性格上の問題は、本人が自己責任でカバーする」ことが、市民社会のルールになっているのです。だから人格障害は、精神障害とは違って、罰せられます。
 つまり「病気が悪いのか、性格が悪いのか」という区別があって、性格が悪い場合には、普通に罰せられる。性格が悪いということを、「感情の働きが普通でない」「感情プログラムのインストールに失敗した」と表現しているわけです。
 ところが昨今になればなるほど、何が標準的な感情プログラムなのか分からなくなります。社会成員が互いの感情を見通しにくくなり、勢い犯罪の多くは動機不可解になります。それで社会成員に不安が広がります。
 それとは別に、帰属処理を可能にする社会的意味論の崩壊もあります。「貧乏だから食うに困って犯罪を犯した」といった因果帰属が昔は一般的でした。こうした帰属処理が可能ならば「自分の家族は食うに困らないから大丈夫」と安心できます。
 でもそうした帰属処理が難しくなってきました。犯罪をした子が、普通の家の子で、普通に学校に通い、近所や教室での評判も悪くない。となると、切り離しによる安心ができず、「うちの子は大丈夫なのだろうか」と不安になるのです。
 すると、不安をあてこんで視聴率を獲得したがるマスコミが、人々を不安にする情報を出します。マスコミは「不安のステイクホルダー」です。人々が不安になるほどマスコミを頼りにするので、マスコミは不安をあおるように動機づけられます。
 感情の働きは習得的です。何が標準的な感情プログラムなのかを先験的には言えません。昭和34年生まれの僕はカブトムシやカエルに爆竹を結び付けて爆発させる遊びをしていました。今はそんなことをしたら大変。この子は性格異常だということになる。
 こんな具合に、感情の働きの正しさや適切さを判断する基準は社会的です。同じような意味で、人を殺してはいけないかどうかも先験的ではありません。現に、人を殺してはいけないというルールを持つ社会はありません。
 どんな社会も、戦争や処刑において「人を殺せ」と命令を発します。命令に背くと、逆に処罰されます。その意味で、「人を殺してはいけない」というルールを持つ社会はないと云えるのです。
 代わりにあるのは、「仲間を殺すな」というルールと「仲間のために人を殺せ」というルールです。この二つはどの社会にも存在します。死刑禁止は、ここ40年の動きに過ぎないので、人類史的には無視できます。
 感情プログラムはどういうふうにインストールされるのでしょう。普通の人は教育だと考えます。親や教員が何を教えるかが、子どもにインストールされる感情プログラムを決めるのだと考えがちです。
 その証拠に、道徳教育や、感情教育などの必要性が、声高に叫ばれます。しかし、社会学者の大半は、そうした考えかたについて懐疑的です。なぜなら、「教育意図の失敗による社会化の成功」があるからです。
 現に、僕がいた麻布中学と麻布高校は、中学高校紛争のあおりで、ほとんど授業がなかった。授業中に花札やマージャンをやったり、ラーメンの出前が来るなどいう状況で自己形成をしました。それが僕を「このように」育て上げました。
 社会学では、教育意図の失敗は、社会化つまり「社会がまともな感情をインストールする働き」の障害にならないと考えます。むしろ「教育意図の成功を以て教育の成功だと見す」ような甘えを警めるのが、社会学的思考です。
 家庭も学校も通過点です。学校や家庭で「いい子」であることが、社会をちゃんと生きられることを保障するわけがない。逆に、学校や家庭で数多のトラブルを経験して乗り越えた子のほうが、社会をちゃんと生きられることがあり得ます。
 感情プログラムについては別の論点もあります。社会をちゃんと生きるとはどういうことかということです。結論から言えば「社会をまともに生きる」ということから「社会をうまく生きる」という方向にシフトしました。
 社会が複雑になると、いろんな人がいるので、共通の前提を当てにしにくくなります。すると、社会成員たちは、共通の価値観を内蔵していることよりも、監視と処罰をちゃんと施すことを、頼りにするようになります。
 社会学では「価値コミットメントからアーキテクチャ(しくみ)へ」と云います。そういう方向に社会が進むほど、「ちゃんとした価値観を持った人から社会を構成しなければならない」という考え方が廃れます。
 そして「社会成員がココロ的にちゃんとしていなくても、いいかげんなことができないような監視と処罰のネットワークを張り巡らせろ」という方向に、変わっていきます。現に昨今の日本は、そうした方向に進んでいます。
 ここに「人々が殺してはいけないと思うから殺さない社会」と「殺してはいけないと思う人が一人もいなくても殺しが起こらない社会」とどっちがいいかという問いが潜在します。前者から後者へのシフトには、社会的流動性の増大という背景があります。
 グローバル化すなわち資本移動自由化が進み、金も人も国境を越えて移動するのが当たり前になれば、かつてのように共通前提をベースにして社会を回すのは難しくなります。だから、放っておけば、前者から後者へのシフトは不可避的です。
 そう考えると、動機不可解な犯罪が増えてきたのは、単に性格異常や人格障害が増えたという話でなく、社会的流動性の増大で、何が標準的な感情プログラムなのかが自明でなくなって、互いの動機が見通しがたくなった結果だと言えます。
 もう一度確認します。僕たちの社会が、標準的感情プログラムのインストールを前提としない、過剰流動的な社会システムへと変化すれば、動機不可解な犯罪が増えるのは不可避で、それに伴う重罰化感情が噴き上るのも不可避です。

2 解離化・鬱化する若者の激増
 次に「解離化・鬱化する若者」について話します。解離化とはディスアソシエーョンの訳。解離性同一性障害からきた言葉です。解離性同一性障害とは、一人の人間の中に複数の人格が存在して、記憶の共有がない状態です。
 この障害では、人格が変わると、元の人格が何をやっていたのかを知らないので、個々の犯罪について「その人間」が責任を取りうるのかどうかが微妙になります。ここ十数年、日本でも結構いることがわかってきました。
 精神鑑定において昨今は「解離的」という言葉がよく使われます。この場合は、リアリティーが連続していないとか、記憶の脱落がところどころに存在するという「弱い意味」です。その意味で「キレやすい」という言葉と緩く対応します。
 「キレる」とは、感情の継続性の中で喜怒哀楽の起伏があるというより、ばちっとキレた瞬間の前と後でリアリティーが違ってしまうので、キレた状態から回復すると「何で俺はあんなことをやってしまったのか」となるケースです。
 僕の考えでは、解離化は過剰流動的な社会への適応です。この社会は解離を奨励する社会です。そのことは、例えば、企業研修プログラムや就職活動マニュアルの中身が、ここ20年ぐらいでだんだん変わってきたところにも見出せます。
 かつては「理想的な自分を現実化するには、どうしたら良いか」という問題設定だったのが、「場に応じて最も適格な人格を使い分けるようにするには、どうしたら良いか」という問題設定ふうに変わりました。
 かつては「自己実現する」がキーワードでしたが、最近は「KYを回避する」つまり「場に応じて適切な振る舞いをする」ことが推奨されます。なぜか。理由は過剰流動性です。解離化は過剰流動的環境に非常に適合的なのです。
 過剰流動的環境は、人格システムに巨大な情報処理負荷をかけます。この負荷を、単一のCPUで処理するより、複数のCPUに処理を分散して緩やかに結合するほうが、情報処理能力があがります。それが「適合的だ」と云う所以です。
 次に、鬱化です。過去10数年間に、鬱という処方を受けて抗鬱剤とか抗精神薬を処方される人の数が30倍以上になったとも言われます。大きな背景の一つは、薬理療法化と行動療法化でしょう。
 かつては精神科医によるコミュニケーションや精神分析が重要だとされました。それが、薬を飲んだり一定の行動を反復すれば問題が改善するのなら、カウンセリングもコミュニケーションもいらないという発想が広がったことがあります。
 もう一つ背景は、ネットによる情報化。「この医者は簡単に薬を処方する」といった情報が一挙に拡がります。そこから先は悪循環。クライアント1人に5分以下の診療時間しか取れない状況で、詐病かどうか見分けられずに処方することになります。
 そうしたものも含めて鬱として処方を受けるので、30倍以上の数になった面もあります。ただ、実際問題として、鬱的になりやすい若い人がものすごい増えたことは、僕の経験からも間違いないと思います。
 鬱病はもともと内因性に分類されます。外因性つまり外から障害を受けて脳がおかしくなったのではないし、器質性でもない。内因性というのは心のダイナミックなメカニズムのどこかに故障が生じていると考えられるケースです。
 内因性の精神疾患については、基本的には社会ごとの比率がほぼ一定で変わらないと考えられてきました。それが、これだけ急激に変わるということは、内因性の「古典的な鬱」とは違う鬱が増えたことを意味します。
 そこで「軽症鬱病」「軽躁軽鬱」と呼ばれます。「古典的な鬱」は自罰傾向が強いのに対し、「軽症鬱病」は他罰傾向が強かったり、他罰傾向と自罰傾向を頻繁に交替します。自分を責めたと思うと他人を攻撃する人たちが増えています。
 「古典的な鬱」の場合、従来「自分について理想が高いから、理想の自分から自分が離れるのが怖くて、人とコミュニケーションできなくなったり表に出られくなるのだ」というふうに言われてきました。
 ところが「軽症鬱病」にそうした傾向はありません。非社交的どころか、むしろ社交的な若い人たちが「軽症鬱病」にかかりやすい。非常に社交的な人間が、ある時点を境に突然人前に出てこられなくなるわけです。
 こうした事実に僕が気づいたのは90年代半ばです。「ナンパ師」を集めたイベントで、5人集めたとすると、そのうちの1人か2人は「いま鬱です」と言って出て来られない。社交的どころか、モテまくっている連中が、そうなるわけです。
 これも僕に言わせると、過剰流動性社会への適応です。「ナンパ師の逆説」と言われるものがあります。ナンパ師は、ナンパの成功を喜ぶ裏側で、ナンパの成功ゆえに女性に対する不信を募らせます。それゆえに経験を重ねるほどナンパの喜びが減るわけです。
 似たことが性愛領域を越えて拡がっていると感じます。性愛に限定すると、モテるということの意味が以前とは随分違ってしまった。昔はつきあうチャンス自体がレアだったから、異性と食事をするだけでうれしかったわけです。
 過剰流動的になった今日では、女性が男性に「かわいい」とか「好き」とか言われても、「かわいい女性なんてゴマンといる。かわいければだれでもいいのか」というふうに思ってしまうわけです。。
 一般的に過剰流動的社会では、関係性の正当性を弁証し難くなります。「私でなければいけない理由」がどんどん希薄化します。それゆえに、社交的な人ほど、逆説的な状況に引き裂かれて、退却傾向に陥りやすくなると考えられます。
 過剰流動的な社会は、関係性をつまみ食いするようになるので、人格の「まともさ」を要求しなくなります。むしろ、場面に応じて最も合理的な振る舞いをすればそれでOK。自分や相手が何者なのかは問われません。
 つまり「うまく生きるために必要なこと」が「まともに生きるために必要なこと」から大きく乖離するのです。そうした社会では、「まともに生きよう」とするとかえって「うまく生きられなく」なります。
 だったら「まともに生きよう」というオリエンテーションを減らし、「うまく生きよう」というオリエンテーションに傾くことが合理的です。こうした状況が広範な適応現象を生んだことが、解離化と鬱化の双方の背景要因でしょう。

3 関係性が脱落した若者
 (1)「ケータイ小説的なもの」の拡がり
 次に「関係性が脱落した若者」という話をします。5年ぐらい前からケータイ小説が大人気です。読んでみると、1970年代や80年代の少女漫画などとは全く違っています。そこには関係性は描かれないで、事件ばかりが描かれるのです。
 似たような方向性は以前から見られました。僕が1990年前後に「15秒コマーシャル的なものの増大」と呼んでいたものです。「ユーミン(松任谷由実)的なものから、ドリカム(ドリームズ・カム・トゥルー)的なものへ」の変化です。
 ユーミン的な歌詞の世界は、自己同一性を有した主人公の物語です。そういう歌が1992年あたりを境にして消えていく。代わりに出てくるのが「それってある」的なシーンの羅列です。それをリアルだと見すような歌や漫画やドラマだらけになります。
 そうした流れの中で「トレンディードラマ・ブーム」も展開していきます。自己同一的な主体として完成されるという「自己形成」の観念は廃れました。「それってある」「気持ちはわかる」みたいなものだけで、モザイク的に世界が構成されていく方向です。

 (2)「彼女がいても非モテ」の拡がり
 それとは別に「彼女がいても心は非モテ」という現象が、2000年期に入る頃から目立つようになります。男の子たちの悩みの相談が、「セックスする相手がいない」というのから「関係が続かない」というものに大きくシフトしました。
 長続きがしない理由の最たるものは「ソクバッキー」つまり束縛現象です。携帯電話の着信記録やメールのログを盗み見た経験のある人の割合は、交際相手のいる二十歳代で7割近くいます。実際に『SPA!』という雑誌で調査してもらいました。
 盗み見れば、たいてい自分の知らない異性との交流の履歴が残っている。それがセックスを意味するかどうかは別として、疑心暗鬼が生じて自分も二股三股の保険をかけることになりがちです。こうして「たこ足化の悪循環」が回ります。
 悪循環の中で、些細なトラブルがあるたびにホッピングします。そうすると、交際した相手の数が増えても、関係の履歴が積み重ならない。また、いつでもホッピングできることを背景に、ちょっとしたことでキレて関係が終わりがちです。
 疑心暗鬼化の中で、「30分ごとにメールを送れ」とか「1時間ごとに写メールを送れ」みたいな、女性を束縛したがる男つまりソクバッキーも増えます。それらを背景に、「セックスはできるけど、関係性が得られない」という悩みが広がるのです。

 (3)「援交第一世代」から「第二・第三世代」へ
 次に援助交際についての記述です。僕は援助交際の世代を、第一世代、第二世代、第三世代と分けます。第一世代は、援助交際が始まる1992年からピークの1996年までの間の援交女子高校生です。
 第二世代は、96年のピークを過ぎて以降、2001年ぐらいまでの援交女子高校生です。第三世代は、2002年以降ぐらいから今日にいたるまで。それぞれメンタリティや行動形態が異なります。
 援交第一世代は、中森明夫の言うトンガリキッズが中心です。まわりのリスペクトを集める格好いい女の子たちが援助交際をしていたから広がりました。肯定的なロールモデルだったので、あっという間に全国に援助交際が広がりました。
 この子たちの特徴は、しゃべりたいことをいっぱい持っているということです。「どうして援助交際してるの?」と尋ねると、何時間でも喋りつづけるという感じ。96年以降に出現する第二世代は、聞いても何もしゃべりません。
 背景を言います。95年10月からエヴァンゲリオンブームが起こり、軌を一にしてアダルトチルドレンブームが起こります。“親の前で「いい子」を演じてきたので、思春期をうまくクリアできず、いまだに承認を得ようと右往左往しています”というタイプ。
 リストカッターや食べ吐きを含めた自傷系に多いタイプです。それで「援交はイタい子がやるんだ」というイメージが拡がって、コギャルがいっせいに援助交際から離脱します。援交現場に残ったのは「髪が黒くて肌が白い子」ばかりになりました。
 いずれにしても援助交際のイメージが96年を境にして悪いものに変わります。同じ96年から、デリカテッセンに象徴される中食化(なかしょくか)のブームが起こります。女子高生たちについては僕の言う「お部屋族化」が進みます。
 社交的な子が渋谷センター街みたいな繁華街や盛り場に出てくる動きがなくなるのです。一つは、渋谷センター街に出るのではなく、町田とか柏とか立川など地元の盛り場に集うようになる傾向です。
 もう一つは、若衆宿化した「24時間出入り自由なお友達の家」にタムロすることが当たり前になって街に出なくなる傾向です。面白いことに、96年の後半ぐらいから同時多発的に北海道から沖縄まで同じ現象が生じ始めます。
 2001年頃からまた変わります。この頃、携帯電話の所有率が半分を超えます。可処分所得ならびに可処分時間のかなりの部分が、携帯電話に使われるようになります。その結果、テレビの視聴率--正確にはセットインユース--が下がります。
 そのことと援交第三世代が関係します。携帯代を稼ぐ必要が出てくるのです。例えば月2万円以上というと小遣いを越えます。「だから援助交際をするんです」というケースが増えます。それまで常習援交が多かったのが、臨時援交が増えます。
 お財布代わりの援助交際です。消費者金融を使うよりも援助交際した方が、取立てが来ないので怖くないし、親に迷惑もかけないから安心というわけです。それで、臨時援交がものすごく増えました。
 取材者側から言うと、第一世代よりも第二世代が、第二世代よりも第三世代が、援交についての聞き取りが難しくなりました。第三世代の難しさとは、「暗いから喋らない」とか「コミュニケーションが苦手で喋らない」とかではありません。
 そうではなく、理由を聞かれても、「ケータイ代が払えないし…」と1秒回答で終わるということです。ただし昔のように貧乏な家の子がやっているのとは、全くイメージが違う。彼氏や親に迷惑をかけたくないというコミュニケーション的な理由です。

 (4)「プロフサイト」がもたらす疑心暗鬼
 最後にプロフサイトがもたらす疑心暗鬼です。援交する子を取材していて、最近になるほど、ラポールから恋愛感情を抱く子が出て来て危険になりました。親友にも喋らないことを僕に喋るがゆえの勘違い。そこで今は必ず親友と一緒に来てもらいます。
 A子がB子を連れて来たとます。するとA子がB子に「私、言っていなかったんだけど、本当はこんなことをしてたんだ」と言う。するとB子も「それを言うなら私も言っていなかったけど、こんなことをしてたの」と言う。「告白合戦」になるわけです。
 僕が驚いて「親友だったら、何で黙っていたの?」と尋ねると「親友だから言えないんですよ」と答えるのです。ここで親友とは、「何でも言える相手」ではなく、「何を言うべきかに一番気を遣う相手」に変わっています。
 僕たちの言う「友達」が、彼女たちの言う「親友」にあたり、僕たちの「親友」が、彼女たちの「まぶだち」にあたります。「まぶだち」という言葉には、実際には滅多にあり得ないけどという不可能性のニュアンスが含まれます。
 何もかも話せる「親友」がいなくなったのは、なぜか? あるいは「親友」に本当のことを喋れなくなったのは、なぜか? 必ず出てくるのが、プロフサイトの話です。援交してるなんで喋ると、プロフサイトの日記に書かれ、周囲にバレる。それが恐い。
 つまりブログやSNS(ソーシャル・ネットワーク・サービス)やプロフサイトを含めて、日記を不特定多数に公開するような「疑似プライベート空間」が拡がったことが、昔は親しくあり得た人間関係に、疑心暗鬼を持ち込んでいます。
 子どもだけではなく、親も同じようなプロセスで疑心暗鬼化しています。多くの人間が、「匿名メディア化による犯罪化傾向」を指摘していますが、のべ利用者の数から見ればささいな問題で、実態を知らない人間の言うことです。
 もっと重要なのは、携帯メールを含めたネット・コミュニケーションの拡がりによるデュアル・レイヤー化です。オフラインのリアル・コミュニケーションと、オンラインのバーチャル・コミュニケーションの、二層に分かれるのです。
 そうすると、オンラインでダダ漏れになることが恐くて、オフラインで喋りたいことが喋れなくなってしまう。これが「プロフサイトがもたらす疑心暗鬼」の典型面です。別に、意図的な悪口が書かれることだけが問題なわけじゃありません。
 こうした全体が示すのは、関係性を築くための前提が空洞化している現実です。日本人は、相手と前提を共有していると思えないとコミュニケーションを始められません。そう思えなくなると、突然コミュニケーションを進められなくなってしまう。
 その意味で、関係性の空洞化の背後にあるのは、共通前提の消滅です。共通前提が消滅したので、関係性を深められない。代わりに表層的なプロトコル、つまりコミュニケーション手順の形式ばかりが発達します。女子高生コトバが典型です。

背景
 ここまでに、動機不可解な少年犯罪の増加、解離化・鬱化する若者たちの増加、関係性が脱落する若者たちの増加について、「現状」をお話ししました。次に、それがどうしてもたらされたのか、背景をお話しします。

1 理論編:〈システム〉全域化による〈生活世界〉空洞化
 まず理論編の話をします。〈システム〉と〈生活世界〉とはどういう概念かを説明します。マックス・ウェーバーの言葉を使えば、物事を計算可能にする手続が一般化した領域が〈システム〉です。例えば役割&マニュアルが支配的になった領域です。
 それに対し、残余の領域が〈生活世界〉です。役割&マニュアルではなく、善意&自発性が支配的であるような行動領域です。〈システム〉ではマニュアルが支配するのに対し、〈生活世界〉では慣習やしきたりが支配します。
 〈システム〉と〈生活世界〉の決定的違いは、簡単に言えば以下の点にあります。〈システム〉は匿名的で、入替可能で、過剰流動的であるのに対し、〈生活世界〉は記名的で、入替不可能で、流動性が低いということです。
 役割をマニュアルどおり演じられれば誰でもかまわないのが〈システム〉です。デニーズ的なものが典型です。多人種構成の米国社会における人事やマネジメントから出てきたノウハウで、グローバル化に適しているので一挙に全世界化しました。
 〈生活世界〉は対照的で、ファミレスやコンビニとは違って、地元商店的なものです。店で立ち話が生じ、「この間まけてくれたんだから、もっとまけてよ」「持ってけ、どろぼう」みたいな世界です(笑)。
 デニーズ的なものに比べて計算不可能ですが、コミュニケーションが履歴によって形づくられた信頼に依存するので誰にでも開かれてはいません。しかしそのぶん感情的安全があります。デニーズ的なものは開かれていますが、感情的安全はありません。
 ウェーバーは〈生活世界〉が〈システム〉に置き換えられていく動きのことを「近代化」ないし「合理化」と呼びました。この意味での「近代化」が進むと、いずれは必ず「モダンからポストモダンへの変化」という逆説が起こります。
 どんな逆説なのか。〈生活世界〉が〈システム〉に置き換わっていくプロセスの当初においては、〈生活世界〉を生きる「我々」がより便利で豊かになるための適宜(手段)として〈システム〉を使うのだと、自己理解できます。
 ところが、〈システム〉がある程度以上に広がって〈生活世界〉が空洞化すると、もはや「我々」が〈システム〉を使っているとは言えなくなります。「我々」や〈生活世界〉というイメージすら〈システム〉の構築物だと理解する他なくなります。
 そこでは「主/従」「目的/手段」の図式が壊れます。学問的に言うとそれがポストモダンで、それが生じない状態がモダンです。モダン段階では〈生活世界〉を生きる「我々」が〈システム〉を使うと表現できますが、ポストモダン段階ではそうはいきません。
 こうした変化が何を意味しているかです。従来、共同体の自立的な相互扶助によってまかなわれていた便益が、市場サービスや行政サービスから調達されるようになることを、まずは意味します。ここで自立的とは、お上を頼らないという意味です。
 でも、単に便益の蛇口が変わったのではありません。公共性の観念が一変してしまうことがポイントです。「自分たちでできることは自分たちでやる(社会でできることは社会でやる)、それができない場合に国家を呼び出す」という図式が消えるのです。
 シヴィリアンという観念がなくなると言ってもいい。シヴィリアンは「民間の」と訳されますが、ニュアンスが伝わりません。シヴィリアンには、パブリックなニュアンスがあります。「市民的公共圏の」という言い方にあたるでしょう。
 つまり、パブリックが国家を意味するようになり、シヴィリアンがなくて、プライベート(私的・個人的)な領域がガチンコで国家に向き合うようになります。例えば、心細くなった個人は、相互扶助を頼らず、直ちに国家の呼出線を使うようになる。
 加えて、従来は「知らない人でも信頼できる」という前提だったのが、「知らない人は信頼できない」という前提に変わります。その結果、市場ではセキュリティ産業が隆盛になり、行政は監視カメラ化や警察官増員の方向に動くようになります。
 僕の言葉で云えば「不安のマーケティング」と「不安のポリティクス」が社会を覆います。社会のどこのかしこも、不安をベースにしたポピュリズム(人気主義)が支配するようになります。
 さらに、「世の中にいろんな人や共同体があっていい」という多様性に開かれた心が、「いろんな人や共同体があったら困る」という「多様性フォビア」に変わります。国家が命じたわけでもないのに相互監視が始まり、何かというと国家が呼び出されます。
 まとめると、(1)社会ベースから国家ベースへ、(2)信頼ベースから不安ベースへ、(3)多様性ベースから均質性ベースへ、と、人々のコミュニケーションの前提が変わります。その結果、社会が安全で安心できるものに変わるのか、というと逆です。
 一例を話します。旧住民よりもむしろ神経質な新住民の要求に、行政が応じて、店舗風俗が壊滅させられて、すべて派遣風俗にシフトした結果、ナマ本番競争で性感染症のリスクに晒されたり、客の暴力のリスクに晒される女性が増えました。
 それだけじゃない。店舗風俗が主流だった時代、店舗は警察に袖の下を渡すことで小さなことを見逃してもらうかわりに、警察は店舗からいろんな情報を入手するという、サブスタンシャルな(実質的に意味がある)プロセスがありましたが、縮みました。
 つまり、(1)社会から国家へ、(2)信頼から不安へ、(3)多様性から均質性へ、と人々のコミュニケーション・ベースが変化することで、新住民らによる行政へのお門違いの要求が増加し、結果として、リスクの配置と利権の配置が誰にも見えなくなりました。
 もう一つ申し上げれば、〈生活世界〉が空洞化して〈システム〉が全域化することは、従来の人間関係の距離空間が変わることを意味します。ひとつ屋根の下の家族よりも、出会い系でやりとりしている知らないおじさんの方が、よほど親しいという現象です。
 まとめますと、理論的には〈生活世界〉が空洞化して、それを〈システム〉が置き換える動きが生じ、それゆえに社会イメージが変わり、結果として、社会の中で我々がなすべきことのイメージや、国家がなすべきことについてのイメージが変わりました。
 まあ、一口で言えば「神経質化」が生じました。社会の全体がどう回ってるのかがわからないで、自分が見えるところだけをきれいにしようとする動きばかりが広がります。並行して、見えない部分に対する疑心暗鬼化がどんどん広がるということです。

2 歴史編:二段階の郊外化による〈生活世界〉空洞化
 次にそうした変化がどういう経緯で生まれてきたのかを、歴史的に追尾します。〈生活世界〉の空洞化=〈システム〉の全域化は、郊外化の動きと並行します。そして、郊外化は、第一次郊外化と、第二次郊外化という二段階で生じました。
 第一次郊外化とは、60年代の団地化です。第二次郊外化とは、主に80年代のニュータウン化です。第一次郊外化とは「地域の空洞化×家族への内閉化」によって特徴づけられます。地域が担っていた便益供給を、専業主婦が専一的に担うようになるのです。
 日本で専業主婦率が最も高いのは「団塊の世代」です。団塊の世代は、団地で育った最初の世代です。団地化は、農村の過剰労働人口が都市部に移転され、男はサラリーマンや工場労働者として、女はそれをサポートする専業主婦として働きました。
 第二次郊外化=ニュータウン化は、僕が「コンビニ&ファミレス化」あるいは「デニーズ化」などと名付けてきた過程です。この過程は「家族の空洞化×市場化&行政化」によって特徴づけられます。
 簡単に言えば、専業主婦化が緩和され、そのぶん市場サービスや行政サービスが利用されるようにな田つす。この動きは、男女雇用機会均等化とも連動して、生活形式の多様化をもたらしましたが、家族的な絆の希薄化という暗黒面を伴いました。
 それを示すのが「第四空間化」です。大人たちには便益調達の「市場化&行政化」として現れたものが、思春期の子たちには「第四空間化」として現れました。感情的安全のよすがが、家族のかわりに「第四空間」に求められるようになりました。
 「第四空間」には歴史的に三種類あります。一つは70年代末から広がる「仮想現実化」。アニメやゲームの拡大です。次に80年代半ばから拡がる「匿名メディア化」。1985年に誕生するテレクラ以降の出会い系の流れです。
 第三は、80年代末期から生じる「匿名ストリート化」です。ヤンキーと区別されるチーマー化の動きです。ヤンキーとは、暴走族が典型ですが地元の裏共同体です。若い頃はハネあがっていても、やがて「卒業」し、地域の祭りで神輿の擔ぎ手になります。
 これに対し、チーマーとは、センター街のようなストリートに集う、互いに本名を知らずにニックネームだけで呼び合う関係です。参入離脱は自由で「卒業の儀式」がないかわりに、絆と呼べるようなものはない。チーマーからコギャルが出てきました。
 「第四空間」とは、学校でも家でも地域でもない場所という意味です。以下のような過程で「第四空間化」が進みました。60年代に「モノの豊かさ」を達成すると、家族にとって何が良きことなのか分からなくなります。このアノミーを埋めたのが「学校化」です。
 正確には「日本的学校化」と呼ぶべきですが、子供も良い学校に入れさえすれば良いのだという発想が、山の手の家庭だけでなく、全階層に拡がりました。総務省統計では、75年から家計に占める教育費の割合や塾通いの比率が急増します。
 かつて学校と家と地域に別の原則がありました。学校で勉強ができなくても家業を継げりゃいいとか嫁に行けりゃいいとか。それがなくなって、子供から見ると、家でも成績のことをいわれ、地域でも進学実績の話しか評判にならない。
 これでは尊厳すなわち自己価値のリソースが不足します。この「学校化」ゆえの「尊厳のリソース不足」を背景に、「学校化されていない空間=第四空間」で「尊厳を奪われない居場所」を求めるという動きが拡がったのです。
 実際、仮想現実、匿名メディア、匿名ストリート、という3種類の「第四空間」には共通性があります。「名前を欠いた存在になることで自由になる」ということ。名前は、学校化された空間における否定的自己イメージと結びついていました。
 次に「第二次郊外化」と「第四空間化」の関連を象徴する82年から86年の間のエピソードをお話しします。82年、セブンイレブンがPOS(リアルタイムの在庫管理システム)を導入し始め、86年、全店POS化が完了します。
 かくして、コンビニで、宅配やDPEやチケットサービスや公共料金支払サービスを請け負うようになって、コンビニが地域の情報ターミナル化します。そして、この5年間でコンビニの数が、倍近くに増えます。
 同じく82年はワンルームマンション建設ラッシュの年。全国でワンルームマンション建設反対運動が起こります。翌年83年はレディースコミックの創刊ラッシュ、84年は投稿写真誌の創刊ラッシュです。両方ともコンビニ販売を前提にした媒体です。
 84年は、70年代半ばから少しずつ広がりつつあったダイクマとかロヂャースといったロードサイドショップが大爆発します。理由は、NIES諸国で作られた白黒テレビが2万円台、カラーテレビが4万円台で買えるようになったからです。
 おかげで一挙に84年からテレビが個室化します。その結果、お茶の間で家族がみんな揃ってみることを前提にしたクイズ番組と歌謡番組が廃れます。象徴的なのは1987年の『ザ・ベストテン』の打切りです。
 テレビの個室化に続いて、85年からは電話の個室化が進みます。この年、電電公社が民営化して、電話が買い取り制に移行。多機能電話が販売されはじます。その結果、子供部屋を含めた家族の個室に子機が置かれるのが当たり前になっていきます。
 くしくも85年の2月、風営法改正がなされます。これは81年から始まった大阪阿倍野や新宿歌舞伎町を皮切りとした「ニュー風俗」の展開に対応したものです。この法改正に対処して、電々民営化による多機能電話化を追い風にして誕生したのがテレクラです。
 テレクラ誕生には、もう一つ、「ニュー風俗」ブームの中で82年から「テレホンセックス産業」が拡がっていたという前提もあります。85年9月に花園神社横に世界発のテレクラが誕生して翌年には全国で数百店になりました。
 86年からはNTTが♯8301、♯8501の伝言ダイヤルサービスを始めます。89年からはダイヤルQ2サービスの試験を始めて、90年からサービスを本格化します。こうして一挙に「出会い系産業化」が拡がっていきました。
 85年に『ケイコさんのいなり寿司』篇というセブンイレブンのテレビCMが話題になります。『開いてて良かったシリーズ』の第一弾です。夜中にケイコさんがいなり寿司が食べたくなり、セブンイレブンに入っていなり寿司を買って「開いてて良かった」と言う。
 夜中にお腹が空く。セブンイレブンで稲荷寿司を買う。ついでにレディコミや投稿写真誌も買う。家で稲荷寿司を食べながらレディコミをめくる。そこにテレクラやQ2の広告がある。ふと手元も見るとコードレスホンが。ピッピッと電話すると1時間後には…。
 セブンイレブンのCMが象徴するのは、85年に突然、それまであり得なかった振舞いが、可能になったということです。それまでは、夜中にお腹が空いたから稲荷寿司を買いに外出する、という振舞いすらあり得なかったはずなのです。
 第一次郊外化=団地化=[地域空洞化×家族内閉化]と、第二次郊外化=ニュータウン化=[家族空洞化×市場化&行政化(第四空間化)]の、二段階のステップで、1985年に、それまであり得なかった振舞いが可能になる空間が突如出現したわけです。
 社会がそういう変化をしてきたことをみなさんが主題的に議論したことがあったでしょうか。そういう変化がどういう良いことと悪いことをもたらしたのか。利害得失表をきちんと議論していません。それがこれから申し上げる処方箋に絡む重要な問題です。

処方箋
 処方箋の話をいたします。欧州は、こうした変化が良いことか悪いことかを、ずっと議論してきました。その結果「便益の増大は良いことだが、絆の崩壊は悪いことだ、ゆえに、絆を守るために多少の便利さの犠牲は仕方ない」という話になりました。
 こうして「〈生活世界〉空洞化=〈システム〉全域化」がもたらす副作用への処方箋として、「〈システム〉全域化への制約」が選択されました。80年代半ばに北イタリアのコミュニティハウスから出発したスローフード運動がきっかけになりました。
 実は同じ時期、カナダでは「国境を接する米国マスコミを鵜呑みにするな」という趣旨でメディアリテラシー運動が始まり、「米国では巨大マーケットの出現による地元商店の衰退に反対する」という趣旨でアンチ・ウォルマート運動が始まります。
 そういう、〈システム〉全域化を懐疑する運動が、80年代後半に先進各国で拡がりました。でも日本だけはそれが拡がらず、逆に第二次竹下内閣での日米構造障壁協議を通じて、消費者利益の旗印で、思考停止的に大規模店舗規制法を緩和しました。
 それはともかく、全体として言えば、米国の方向は欧州とは違います。欧州が〈システム〉全域化を制約する方向なのに対し、米国は〈システム〉全域化をむしろ徹底すること(例えば監視社会化)によって、〈システム〉全域化の副作用を取り除く方向です。
 問題は日本です。日本は欧州的方向と米国的方向のどちらを選ぶのか。実際のところ、米国的な処方箋に思考停止的に追随した結果、米国社会とは文脈が全く違うがゆえに、米国では起こらなかったような混乱が日本で起こるようになりました。

1 欧州的処方箋
 〈システム〉全域化による副作用を手当てする処方箋ですが、申し上げたように、欧州は〈システム〉全域化を制約する方向です。典型的なのが先に触れたスローフード運動からスローライフ運動につながる流れです。
 ファストフードにスローフードを対置しています。つまり「速いうまい安い」も良いが、それによって失うものに敏感になろうという運動です。具体的には、地元商店、地元産業、地元文化、地元の絆などの複合体を守ろうというのです。
 日本でスローフードというと、オーガニックを食べることとか、トレーサビリティを確保することなどと勘違いされていますが、関係ありません。「便利をもたらさす〈システム〉化から、絆をもたらす〈生活世界〉を護持する」のが、本質です。
 〈システム〉全域化を制約する欧州的処方箋は、正確には〈システム〉の否定ではないし、単純な〈生活世界〉保全でもない。それを理解するには、ネオリベから、改良版ネオリベとしての「第三の道=新しい社民主義」へのシフトが、良い材料です。
 ネオリベとは「国家を小さく、社会を大きく」という発想です。単に財政破綻を回避するためでなく、社会の空洞化を回避するための「国家を小さく」でしたが、英国のサーチャー首相が「社会」を昔ながらの伝統社会と等置したので揶揄の対象になりました。
 そこで97年に誕生するブレア政権のブレインだった社会学者のアンソニー・ギデンズが、「国家を小さく、社会を大きく」はそのまま、「社会」を伝統社会に固執せずにオープンにイメージしようと呼びかけました。いわば「改良版ネオリベ」です。
 具体的には、「伝統家族を保全しよう」ですと、伝統家族の枠に収まらないものは排除の対象になります。そこでギデンズは、「伝統家族と同等な機能を果たすならば、みかけはともかく肯定しよう」という具合に「包摂」を心がけた立論をしました。
 ギデンズのような発想をする場合、伝統家族の維持や再興がいろんな意味で不可能ならば、同じ機能を果たすけれど見かけが異なる集団を各所にデザインしよう、それを〈生活世界〉としよう、という思考になります。
 その意味でも、〈生活世界〉は「手付かずの自然」みたいなものではなく、敢えて手をつけない人為としての自然であり、もしくは、手を付けないことが不可避なので「手をつけない状態と機能的に等価なもの」をあえて設計したものだ、となります。
 社会学や社会思想の世界では「前提もまた選択されたものだ」という性質を「再帰性」と呼びます。「手付かずの自然」も人為だというのが典型です。その意味で、自然は〈自然〉であるしかなく、生活世界も〈生活世界〉である他ありません。
 その意味で、〈システム〉全域化を制約する欧州的処方箋は、単なるシステムの否定と生活世界の保全ではなく、〈システム〉全域化の弊害を〈システム〉によって抑止する再帰的工夫の一つです。その意味で米国的処方箋と本質的に違わず、方向だけが違います。
 方向とは、設計されるべき〈システム〉の構造です。それは明言可能です。例えば「補完性の原則」がそうです。自分たちでできることは自分たちでやり、それが不可能な場合に行政を(できるだけ下の単位から)呼び出すというものです。
 この場合、最も大きな行政単位は国家ではなく、国家連合すなわちEUとなります。そこでは「補完性の原則は、主権移譲の原則を含む」という言い方がされます。こうした発想は、欧州独自のものというより、むしろ戦前の亜細亜主義に嚆矢を見るべきです。
 〈システム〉を欧州的にデザインするか米国的にデザインするかの方向性の違いがあるだけだと言い、補完性の原則の例を挙げました。これらの違いを一言でまとめてしまえば以下のようになります。
 社会が秩序立っている場合、「社会成員が監視と処罰を恐れて秩序立つ社会」と「社会成員が内発的な社会性を持つがゆえに秩序立つ社会」を区別できます。前者をホッブズ的秩序、後者をロック的秩序と呼べます。
 欧州的な〈システム〉設計は、前者を志向します。米国的な〈システム〉設計は、後者を志向します。どちらの秩序形式が良いのかを先験的に言えません。経験的に言えるだけです。経験的判断をする上で重要なのが宗教社会学的・家族社会学的な文脈です。
 米国は欧州と違って、建国以来現在に至るまで宗教社会です。社会にとって宗教は大切かという質問にイエスと答える割合は欧州各国の倍近くに及びます。なので米国は、感情的安全の多くを宗教に依存する分、〈生活世界〉に依存しない傾向があります。
 加えて、エマニュエル・トッドが言うような家族社会学的文脈も重要です。米英はアングロサクソン系で直系家族の伝統が強いので、非アングロサクソンで拡大家族の伝統が強い欧州の他国と比べて、社会的相互扶助を頼る度合が低いと言えます。
 米国(や英国)と社会的文脈が異なる欧州では、「成員がまともでなくても回る社会」よりも「成員がまともであることによって回る社会」を選好しがちです。そうした観点からしばしば米国的なものを自覚的に否定します。
 そうした違いは「テロとの戦い」において際立ちます。米国は、最低限のルールを守るという決意のエヴィデンス(証拠)を欲しがります。決意を示さない相手とは、交渉しないどころか、滅ぼしても良いのだという発想をしがちです。
 欧州は対照的です。CBM(confidence-building measures:信頼醸成措置)というのですが、最低限のルールを守るという決意を示す証文よりも、事実の積み重ねによる信頼醸成を重視します。日本で言う「一宿一飯の恩」に近い発想をするのです。
 どちらが包摂的でどちらが排除的なのかは文脈に依存します。一般には移民政策などをめぐって、「最低限ルールさえクリアすれば誰でも何でもあり」の米英流(アングロサクソン流)が包摂的だと言われてきました。
 でも、そう言えるのは、ルールが過剰に高いものを要求しない限りにおいてです。「テロとの戦い」を宣言して以降の米国は、敷居の高いルールのクリアを要求するので、逆に排除の機能を果たします。そこでは欧州流のCBMのほうが包摂的に見えます。

 2 アメリカ的処方箋
 すでに申しましたが、米国は〈システム〉全域化の副作用を、〈システム〉全域化の徹底によって処理しようとします。人間にまともさを要求するかわりに、人間がまともでなくても悪いことができなくなるようなアーキテクチャを要求します。
 つまり、人間のまともさよりも、アーキテクチュラル・パワーを要求します。アーキテクチャとは建築物、アーキテクトは建築家ですが、ここではもう少し広い意味です。アーキテクチャは仕組、アーキテクトは仕組をデザインする人、といった意味です。
 典型的には、マクドナルドなどの客の回転率の操縦に見られる発想です。照明の明るさ、BGMの大きさ、冷暖房の温度、いすの堅さ、家具や調度のアメニティー…。これらによって、客に自発性を妨害されたと感じさせないまま、回転率を操縦します。
 言い換えれば、命令や価値観に依存する制御でなく、快不快だけに依存する制御を行ないます。人々は、快不快を追求する自己決定を行なっているのですが、どこで快不快を与えるかをアーキテクト側がデザインしているわけです。
 まともな人間を作り出すべく規律訓練を施す社会環境を重視するのが、「フーコー的な主体形成の権力」です。まともな人間など一人もいなくても、快不快を感じる動物的な能力がありさえあればOKというのが、「ドゥルース的なアーキテクチュラルな権力」です。
 先ほど、役割&マニュアル優位のマネジメントが、多人種構成の米国社会ゆえの要請から出てきたと言いました。この同じ要請にとってアーキテクチュラルな権力は好都合です。なぜなら、価値観と違い、快不快は動物的つまり文脈自由な一般性を持つからです。
 繰り返すと、米国社会が、不安ベースの実存と、不信ベースのコミュニケーションで「もつ」のは、宗教社会だからです。さもなければ、感情的安全を維持するホームベースが失われ、社会はアノミーに陷ってしまいます。
 ちなみに、米国がとりわけ「小さな国家」でやっていこうとするのは、社会に対する市場のマイナスの影響を、宗教的な営みによって補完するのが当然だとする発想があるからです。その意味で、単純な市場原理主義じゃありません。
 米国のリバタリアニズム(自由至上主義)が市場原理主義と勘違いされがちなのは問題です。リバタリアニズムとは「米国人には宗教的心性が宿っているので、政府による市場の補完はそうした心性に基づく営みを阻害する」と考える思想です。
 リバタリアニズムとコミュニタリアニズムは近縁です。コミュニタリアニズムは「米国人の宗教的心性が空洞化してきたので、宗教的心性を回復しよう」と呼び掛けます。「心性がある」とするのか「心性が空洞化したので取り戻そう」とするのかの違いです。
 実際、現在の米国でも、市場の負の外部性(後遺症)を手当するべく、教会やキリスト教系のボランティア団体が「炊き出し」をはじめとする社会貢献活動をしています。富裕層による寄付は日本の何倍もあります。だから「小さな国家」でやれるのです。
 米国が不安ベース&不信ベースの宗教社会なのは、たえず移民が流入する過剰流動的な社会であることと関係します。宗教が感情的安全を提供するがゆえこそ、最低限のルールさえ踏まえれば何でもありという非同化政策的な過剰流動性に耐えられるのです。
 また、最低限のルールさえ踏まえれば何でもありという構えは、アソシエーショニズムと結びついています。生まれ落ちたコミュニティを尊重することよりも、目標を共有する人間がルールに合意して共に活動することが大切だと考える価値観です。
 米国では、宗教的結社のみならず、家族や地域でさえも、アソシエーション(結社)のアナロジー(類推)で考えます。もちろん幼児は産まれ落ちる家族を選べませんが、それであっても、コミュニティと呼ぶよりは非自発的アソシエーションと呼びたがります。

(下のエントリーに続く)
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-02-24 - 08:36:00
カテゴリー:お仕事で書いた文章 - トラックバック(0)

上のエントリーからの続きです。

3 日本の選択:米国的処方箋への無自覚な追随
 日本は、コンビニ&ファミレス的なものを、思考停止的に許容してきました。背景には日米安保体制があります。2009年の総選挙で、自民党が大敗して政権交代が起こった理由とも密接に関係します。自民党が大敗した理由は、二つあります。
 第一に、自民党が農村政党だったからです。農村政党というのは、農業政党ではなく、農村で集票する政党です。集票の動機づけは、農村過剰人口を都市部に移転して、重化学工業化を推進した後、果実を農村に公共事業を通じて再配分する図式によります。
 土木を通じた再配分で投票に向けて動機づけられる。これは時限装置です。なぜか。土木を通じた再配分は、1970年までの福祉国家政策時代の欧州と同じで、人々を中央政府に依存させるからです。結果、農業は衰退し、農業従事者も激減、農村人口も減ります。
 つまり、農村政党は、農村を依存的にさせることで空洞化させ、最終的には農村政党の支持母体を掘り崩すことになります。ですから、実際、92年から自民党の農村基礎票(絶対得票率)が下がっていくわけです。
 農村空洞化を触媒したのが、日米構造協議の図式です。グローバル化とは資本移動自由化です。グローバル化の出発点は1971年のドル金交換停止(ブレトンウッズ体制終焉)と1972年の変動相場制移行です。これを最大限利用したのが80年代日本の製造業グローバル化です。
 日本は、80年代に入ると、自動車や電気製品などの工場を中国などに移転して、非常に低コストで質の高い製品をたくさん出すようになりました。今日の中国や韓国の技術力はこの頃の日本企業から移植されたものです。
 米国は、日本の製造業グローバル化に完敗した結果、80年代後半から日本の扱いを変えるのです。簡単に言えば「日米安保体制へのただ乗りを許さない。日本にも応分の軍事負担をさせる。日本の経済的国力を削ぐべく必要な措置をこうじる」ということです。
 その結果、第二次竹下内閣の牛肉オレンジ交渉を境に、対米追従と国土保全が両立しなくなりました。「米国の言うことをきくと、国土が荒廃し、地域共同体が空洞化する」というふうになった。それが92年以降の自民党の一貫した低落をもたらした面もあります。
 それでも日本側が米国の要求を飮むのは「いざとなれば米国に守って貰うしかない以上、仕方ない」という理屈によります。でも、コロンビア大学の教授ジャラルド・カーチスが言うように、これは「米国によるゴリ押し」ではないのです。
 そうではなく、「いざとなれば米国に守って貰うしかない以上、要求を受け入れるしかない」という理屈で、米国の要求を「選択的に」受け入れることで、利権を拡張しようという国内勢力があっただけの話です。
 重要なことは「自民党が農村政党だったので、時限装置的に自壊したこと」と、「日米安保体制がある以上、米国に追従するしかない(という口実が通用する)こと」と結びつく形で、80年代半ば以降の第二次郊外化=コンビニ化&ファミレス化があるのです。

 (1)難点1:「アソシエーショニズム」の不在
 日本は米国と違ってアソシエーショニズムはありません。その意味で米国的な自己決定=自己責任主義はあり得ません。振込め詐欺で被害にあうおばあさんに「警戒心がないから、あんたがいけないんだよ。自己責任だね」というふうに言いますか?
 酷だと思うのが日本人の美徳です。そうではなく、「どうしておばあさんをだれかが守ってやれなかったんだ」ということを問題にするべきです。これは、アングロサクソンを除いた、拡大家族的な欧州の多くの地域でもそうです。
 つまり「自己決定的な主体が、個人的目的に従い、ルールに合意して、社会を営む」という発想。あるいは「どんなルールでゲームが行われているかを弁えずに失敗するのは、その人の責任」という発想。こうした発想が支配的になることはあり得ません。
 ただ僕たちは別の意味で自己決定的=自己責任的になる必要があります。日米構造協議で、米国は、生産性の低い内需産業を温存することは、消費者から非イノベーティブな生産者に、財を移転することだという理屈を使いましたが、この理屈は実は正しい。
 この理屈には二つの方向で対処できます。一つは、財の移転が、公的な社会貢献の一種、例えば税金みたいなものだ、と考える方向。もう一つは、だったら日本の内需産業の潜在的生産力を上昇させなければならない、と考える方向。
 現実にはこの二方向をミックスさせるべきです。内需産業の生産性がOECD標準に比べて低すぎる現実は変えるべきです。同時に、内需産業に、外需産業と比肩可能な生産性を要求するのも御門違いです。
 ところが日本の場合、地域の共同性を尊重することが、イノベーティビティを阻害する方向に働きやすい。「出る杭は打たれる」というやつです。共同体の絆を尊重することと、イノベーティビティが両立するような、「新しい絆」が必要です。
 ここでもキーワードは「包摂」になります。新住民の参加を排除するような絆であってはならず、また旧住民の間で「物言えば唇寒し」があってはならない。つまり、外側に対しても内側に対しても包摂的な絆に、シフトしないと、潜在的生産力は停滞します。

 (2)難点2:「超越神の不在」
 さらに、日本には、不安であるがゆえに超越神にすがる--言い換えれば超越神の存在ゆえに不安に耐えられる--というタイプの宗教文化はありません。キリスト教徒の割合は3%に遠く及びません。
 そのくせ、血縁ネットワークでホームベースを作り出す血縁主義の文化もなく、階級ごとにハビトゥスが違う階級文化の伝統もない。あったのは、長い間いっしょにいると絆が出来上がるという事実性優位の文化だけでした。
 「住めば都」や「去る者日々に疎し」という言葉に象徴されます。ところが、廃藩置県以降の近代化は、ムラビトを引っ張り出して国民化するものでした。他の先進各国と違い、中間集団が国家権力のツールになりました。それで急速な近代化がなされました。
 その結果、感情的安全を脅かされると直ちに国家に縋るのが不自然でなくなりました。戦後復興からしばらくは、国家のかわりに会社に縋るようになりましたが、平成不況の深刻化で会社がダメになると、再び「何かというと国家に縋る」ようになりました。
 ヘルムート・プレスナーは、ナチズムをもたらした後期ロマン派的な発想が何に由来するかを議論して、領主に媚びるだけの教会の世俗化が、宗教的形象への依存を妨げた結果、世俗的形象(民族や国家)が神聖視されて依存の対象になったのだとしました。
 日本には、宗教改革以降のドイツと同じように、超越神に依存する作法はありません。他方、アングロサクソンのような直系家族的な自立と自己決定の伝統もない。その結果、国家という世俗物の神聖化が生じやすい。「ヘタレが依存する国家」という図式です。

 (3)難点3:「日本的近代化」問題
 さらに、「日本的近代化」問題が加わります。民主党政権ができましたが、僕は楽天視しません。今回の政権交代の歴史的意味は、自覚の有無にかかわらず、「(官僚に)任せる政治から(市民が)引き受ける政治へ」の転換に尽きます。
 しかし、その意味を自覚する人がどれだけいるでしょうか。選挙前には「民主党に任せられるか」という見出しが論壇誌上に躍っていましたし、選挙後も「お手並み拝見」といったような態度が広がっています。今の日本人は完全にアウトです。
 社会は「いいとこどり」が出来ません。絆コストを支払わずに、絆の与える感情的安全を享受できません。同じく、参加コストを支払わずに、包摂に預かることはできません。このあたり、昨今の日本人には勘違いが拡がっています。
 「いいとこどり」は検察批判に顕著です。警察も検察も司法も、日本では、物証主義でなく自白主義です。それを前提にして、調書絶対主義になっています。そして、調書絶対主義をべースにした司法裏取引がなされています。
 裏取引とは、「あいつが天の声を発したと証言すれば、お前の罪は見逃してやる」という具合に、弱みを握って証言させるものです。昨今の特捜検察が、この方法で多くの冤罪と自殺者を生み出しています。
 調書絶対主義とは、警察や検察が用意したテンプレートに母印を捺せば、裁判で「実は無実だったが、こういう取引を持ちかけられた」と証言をくつ返しても、単に無視されることを言います。だから取り調べ過程の透明化(録画)が叫ばれています。
 でも、そこだけを変えられません。自白主義から物証主義へ。つまり囮捜査の広範な合法化、盗聴の広範な合法化、司法取引の合法化といった捜査手法の拡大が必須です。かつ、権限拡大に伴うチェック措置として、代用監獄廃止、弁護士立会制度が必要です。
 もちろん米国がそうであるように、囮捜査の適切さや、盗聴の適切さを事後的に検証するための、完全な記録と、国民による記録の検証が必要です。行政に大きな権限を与えるかわりに、市民が参加して子細にチェックすることが必要なのです。
 そうした全体がワンパッケージです。今までの「お任せメンタリティ」のまま、取り調べ過程の不透明さが冤罪の温床だとして批判するのは、バランスを欠いています。昔の左翼のように「権力を批判してさえいりゃいい」というのは通用しません。
 欧州には補完性の原則があり、米国には共和制の原則があります。両方とも共同体的自己決定を推奨します。欧州の補完性の原則の背後には、統治権力はゲバルトで奪取されたものであるがゆえに、チェックしないと統治権力がゲバルトになるとの警戒があります。
 欧州には加えて、都市国家の伝統や、中世自治都市の伝統があります。なんとかタールというのは、谷が自治都市を形成した名残りです。ローゼンタールとか。ネアンデルタールのタールです。「風の谷のナウシカ」の谷もそうしたものでしたね。
 米国にはメイフラワー協約を出発点とする宗教的共和の伝統があります。新教で万人司祭主義(ルター)ですから教派が急速に分化するのが米国ですが、大きく言えばキリスト教という家族的類似ゆえに共和する(複数共同体を両立させる)ということです。
 人口の7割がモルモン教徒のユタ州が象徴的ですが、州ごとに政教分離の扱いを任せるのが1960年代までは連邦最高裁でした。合衆国憲法修正第二条の武装権も、連邦政府が共同体的自己決定を蔑ろにする場合に武装蜂起する権利を規定したものです。
 270余の藩が独立採算で自立していた江戸時代を見る限り、日本にも共同体的自己決定の伝統がありました。でも維新以降の近代化は、こうした伝統をむしろ破壊し、例えばムラを「小学校を中心とした疑似ムラ」に再編成し、中間集団を国家の手先にしました。
 それが成功モデルになったため、維新以降の近代化のみならず、戦後の再近代化も、各地域を、自立した経営事業体として尊重するよりも、集権的再配分によって支えるという図式になりました。引き受ける政治よりも任せる政治が、自明であり続けました。
 結果、地域に貢献する政治家とは、土木(公共事業)を通じて中央から金(補助金)を引っ張る人という固定観念になりました。かくして、農業人口は2%となり、農業従事者の年齢構成は五〇歳以上が9割いう体たらくになりました。
 学校のみならず、町内会も自治会も、すべて中央政府への依存を前提にした中間集団として機能しました。コミュニティ主義の欧州や、アソシエーション主義の米国のように、国家を、あくまで中間集団を補完するものとして位置づける枠組がありません。
 これからの国際社会は、先日のCOP15に象徴されるように、国連コンセンサス(前回一致)方式では回らなくなり、各地域の共同体的自己決定・の実績の集積をベースにした国民国家の影響力・をベースにした「この指とまれ方式」になります。
 例えば環境問題では、国連コンセンサス方式においては消極的に見える米国が、日本を圧倒する実績を積んでいます。そうしたことを考えると、共同体的自己決定の伝統を完全に壞してしまった日本社会と日本人は、大きなハンディを負っています。

 (4)難点4:「戦後日米関係」問題
 難点の4番目は、「戦後日米関係」問題です。先日、『voice』に連載された民主党鳩山論文問題が沸騰しました。この論文の「グローバル化批判」には問題があります。この論文の刺激的な部分が抜粋されて英訳されたのですが、元々の論文が間違っています。。
 グローバル化は良きことをたくさんもたらしました。中国やインドなどの新興国の近代化もグローバル化なしにはあり得ません。グローバル化は確かに先進国や新興国の国内格差を増大させますが、国と国の間の格差を埋める方向にも働きます。
 だから、豊かな国が、国内格差の増大を理由にグローバル化を悪と見すのは、明白にエゴイズムです。豊かな先進各国がなすべきことは、グローバル化によって個人が直撃されないように、社会の相互扶助と包摂性を分厚くすることです。
 EU統合のプロセスで、英仏が対立しました。フランスはグローバル化反対の立場をEUの主軸にしようとしました。イギリスは今僕が申し上げたロジックで対抗しました。結局イギリスのロジックが採用されました。EUはグローバル化に棹さす立場です。
 そうした理論的・歴史的な過程をすっとばして「日本やその他の国々の惨状がアメリカの市場原理主義者によって推進されたグローバル化によってもたらされたと」などと書くのは(英語版鳩山論文の冒頭)、今日の学問的水準では考えられません。
 僕たちは、「米国に守って貰っている以上、要求をきく以外ない」という自罰的な自己理解を排除するだけでなく、「米国発のグローバル化が世界をダメにした」という他罰的な自己理解をも排除しなければなりません。
 似た話ですが、僕たちは学問的に意味のない二項図式にとらわれがちです。例えば、「既得権を廃した市場主義か、既得権まみれの再配分主義か」という対立は無意味です。世界の流れは、「既得権を廃した再配分主義」にあります。
 また、「自由貿易主義か、保護貿易主義か」という二項図式も単純過ぎます。国際標準は、「政府による価格支持ならざる所得支持のもとでの自由貿易主義」です。フランスは農家の現金収入の8割が国家からの給付です。イギリスでは7割、米国では6割です。
 農業に土地利用した場合の生産性が、他の産業に利用した場合に比べて著しく低い以上、当然の措置です。所得支持(直接支払)のゲタを履かせた上で競争させ、敗北した者を退場させる。これは貿易だけみれば自由貿易ですが、政府の保護のもとにあります。
 同じく、日本の産業界が国際競争力をつけないとグローバル化に取り残されるというのも、単純な発想です。どこの国でも経済は重要ですが、単にGDPのような経済指標が好転すれば良いわけじゃない。「経済回って社会回らず」になっては元も子もないからです。
 要は、GDPが上がれば良いというより、それを上げる方法の選択が問われています。経済回って社会回らずではダメ。その意味では、どこの国も、外貨を稼ぐための外需部門と、社会を保全するための内需部門を、いったん分けて考える必要があります。
 というのは、グローバル化=資本移動自由化のもとでは、経済が外需部門に偏ることは、日本の労働者が中国やインドの労働者と競争することを意味しがちで、そうなれば労働分配率が下がって、社会が痩せ細ってしまうからです。
 内需部門は政策的に保護されねばなりません。しかし内需部門の生産性が他国より余りに低い場合、先に述べたように消費者がワリを食う話になります。生産性だけでなく、需要の中身が社会的包摂の空洞化を意味するものにならないということも大切です。
 経済が外需部門に偏るのが許されるのは、日本の労働者が中国やインドの労働者と、平均利潤率均等化のもとで競争させられることがないよう、比較優位な高付加価値産業で勝負し続ける場合だけです。
 「現時点で比較優位な産業部門」に投資が集中するのを回避せねばなりません。中国やインドに早晩追いつかれる産業分野でなく、こうした国が当分追いついてこれないような新しい産業分野に、既得権益を廃して投資していかねばなりません。
 日本は、内需部門においては低生産性に見舞われ、外需部門においては未来の比較優位産業への投資の薄さにがあります(環境部門)。対米追従の自明化によって、思考停止的な二項図式--規制緩和か規制か、内需か外需か--が蔓延することが背景にあります。
 そんな単純な話じゃなく、どんな規制緩和なのか、どんな規制なのか、どんな内需なのか、どんな外需なのかが問われているのです。日米安保に依存して「経済さえ回ればいい」などと脳天気に構えられた時代は終っています。
 経済は重要です。しかし、どんな経済かが問われています。社会を分厚くする内需なのか、未来を切り開く外需なのかが、問われているわけです。そうしたことを考えてこなかったからこそ、「金の切れ目が縁の切れ目」の社会になってしまっています。

 (5)難点5:「壊れた人間」問題
 最後に「壊れた人間」問題を話します。冒頭に「感情が壊れた人間」「感情プログラムのインストールに失敗した存在」の話をしました。しがし、何が壊れているのかということが社会相対的だという話もしました。
 何がまともな感情のプログラムなのか。まともな人間とはどういう人間なのか。これらを先験的には言えません。時代ごと、社会ごとの、経験的問題に過ぎません。そして、時代が変われば、社会もどんどん変わってしまい、まともさも変化します。
 ということは、社会設計なるものは、そもそも逆説を孕むことになります。未来になれば子々孫々の感受性が変わってしまうかもしれないのに、僕たちは今の感受性で未来社会のまともさを構想せざるを得ないからです。
 社会設計などと言わなくても、教育ひとつとってみれば分かります。僕たちは、良かれと思って子供たちを特定の仕方で教育しています。しかし、どのみち社会が変わる以上、それが本当に良いかどうかは誰にも分かりません。
 社会設計も教育も、内容的な正当性が疑わしいパターナリズム(温情主義)、つまり「おせっかい」です。でも、先に申し上げたポストモダンの再帰性ゆえに、何も設計しないこと、何も教育しないこともまた、「おせっかい」な選択になります。
 こうしたことを承知の上で、あえて言いましょう。僕たちから見て将来の社会成員の大半がまともでなくなれば、僕たちがいま特定の社会成員がまともではないとして議論していることの全てに、意味がなくなります。
 まともな人間がまだ数多く残っているうちに、まともでない人間たちを何とかしようというプログラムを走らせなければならない。手遅れになれば、その人たちを「まともでない人間だ」と認識する人間たちもいなくなるからです。
 とは言うものの、まともさの物差しの相対性を、僕たちは意識しつづけなければなりません。さもないと、根拠のない時代遅れの決めつけで、年少世代の尊厳を奪うことにもなりかねません。つまり、妥当であることが本質的に難しくなっているのです。
 そうである以上、「全体性は不可視である」ことを承知の上で「全体性をたえず参照しようとする」逆性的な態度が推奨される他ありません。当事者の視座とガバナンス(全体をどう回すか)の視座をたえず往復する必要があるとも表現できます。
 その意味で、社会を設計し、実現していくことは、みんなの意見を集約し、コンセンサス通りにしていくこととは違います。それだけでは「不可視の全体を回す」というガバナンスの視座が欠けています。
 日本人はこの点でもハンディがあります。戦後日本人は「みんなで決めたことは正しい」という信念を刷り込まれました。そうではない。「みんなで決めたことは間違ってるに決まってる」にもかかわらず「仕方なくみんなの決定に従う」のです。
 チャーチルが「民主主義は最悪の制度だ、ただし従来存在したどの制度よりもマシだが」と述べたのはそうした意味です。本来は、誰が優れているかが分かる優れた人たちが優れた人たちを選ぶという「寡頭政×制限選挙」が良いに決まっているのです。
 でも、社会的複雑性が増大すると、誰が優れているのかが必ずしも自明ではなくなるので、仕方なく「民主制×普通選挙」をとらざるをなくなるだけです。だからこそ「みんなで決めたことは間違いに決まっている」という構えが大切なのです。
 そして、だからこそ「みんなで決めたら終了」じゃなく、「みんなで決めた後も妥当性を絶えずチェックし続ける」が大切です。言い換えれば、みんなで決めたという出来事は、何かの解決なのではなく、将来解決されるべき問題の提起なのです。
 先に紹介したパターナリズムの逆説(何が良いか分からないのに良かれと思って…)は、“我々は実存の問題と社会の問題を混同しやすい”という問題とも結びつきます。社会なるものが時代と共に変わる以上、実存の問題と社会の問題を截然とは区別できません。
 ちなみに社会学と精神医学は元々仲が良くありません。というのは、悩みを解決してくれというクライアントの要求に応じることは、悩みをもたらす社会問題に目をつぶり、心理問題にすり替えることを意味しがちだ(と社会学者が考える)からです。
 生活を送れないほどの「悩み」の重荷は当然緩和されて然るべきだとしても、「悩み」が解決され切ってしまうことが、「帰属の宛先替え」による「問題の覆い隠し」に終らないように、たえずチェックするべきだというのが、社会学の立場になります。
 今日は「若い人たちのコミュニケーションの変化」を切り口にして、最後は「ガバナンスの問題」に抜けました。もし若い人たちのコミュニケーションの在り方を、みなさんが考える「まともさ」に近づけたいと思うなら、全体のガバナンスをいじるしかありません。
 ガバナンスを考えるために、戦後の日本を、社会面・経済面・政治面をすべて含み込んで理解する枠組を提案しました。こうしたトータルな社会把握の競争が起こるようになれば、僕たちはもう少し見通しの良い将来ビジョンを手にできます。ありがとうございました。
(みやだいしんじ首都大学東京教授)。
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-02-24 - 08:35:32
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『調査情報』2009年7-8月号(489号)に次著を予告する長文を掲載しました

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「昭和を知らない子供たち」へ
〜〜社会の記憶から消去された「昭和の終わり」〜〜
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■昭和から平成への改元は1989年。崩御の日に最初の著書『権力の予期理論』の後書を書き上げた。何ヶ月も続いた「自粛ブーム」や女子高生たちが大勢並んだ「ご記帳ブーム」のせいで、80年代のバブル的ないしポストモダン的な狂騒が何だったのか、よく分からなくなっていた。
■しかしそれは表層のこと。『権力の予期理論』の執筆時に私はテレクラ・フィールドワークに明け暮れていたのだが、テレクラの賑わいは「自粛ブーム」も何のその。こちらの方を見る限り、一旦外れたポストモダンの掛け金が決して元に戻ることがないことが、明白に告げられていた。
■抽象的な数理社会学を研究しながら性愛のフィールドワークをしていた(!)私にとって、昭和晩期から平成へのシフトは「ポストモダンの三段ロケットの三段目に火がついた」こととして記憶される。昭和の何が失われ、平成の何が新たに登場したか。私には朧気ながら見当がついた。

【ポストモダンの幕開け】
■ポストモダンがそれぞれの社会でいつから始まったのかは論争的だ。ポストモダンをどう定義するかにもよる。私の考えでは、ポストモダンの最有望の定義は「汎〈システム〉化による〈生活世界〉の空洞化」だ。「小さな物語の林立」や「再帰性」による定義はそこから派生できる。
■マックス・ウェーバーは近代化を「計算可能性をもたらす手続の一般化」によって定義した。ユルゲン・ハーバマスはこれを踏まえ、そうした手続が支配する領域を「システム」と呼び、そうした手続に支配されない領域を「生活世界」と呼んだ。だが、この定義はミスリーディングだ。
■なぜなら、「手つかずの自然」がまさしく「敢えて手をつけないという作為」(法律用語では不作為)の産物たり得るように、手つかずの「生活世界」に見えるものが実は「システム」の産出物であり得るからだ。それを明白に告知したのが、1966年のフーコー・サルトル論争だった。
■新聞紙上のインタビューで応酬のあったこの論争で、主体が批判の根拠たり得るとする実存主義者サルトルに対し、主体はシステムないし構造の産物に過ぎぬと喝破したのが「構造主義者」フーコーだった。ここでフーコーは、あなたの言説自体もシステムの産物か、と問われている。
■これに対してフーコーは、イエスと答える。それではあなたは何をしていることになるのか、という問いかけに対し、フーコーは影踏みのモチーフで答える。影を踏もうと前に出る。影はさらに前に移動する。だからさらに影を踏もうと前に出る。この繰り返ししかないのである、と。
■この論争は、しかし、人文科学の専門家だけが知っているもの(構造主義革命)だった。それはいまだその意義が十分に理解されていなかったとはいえ、先に紹介したハーバマスのような議論--システムが侵食していない領域が生活世界だ云々--を、直ちに木っ端微塵にするものだった。
■ちなみに私が〈システム〉〈生活世界〉という具合に山型括弧で括るのは、そのことを踏まえてのことだ。フーコーのような「気づき」があるか否かにかかわらず、資本利潤率ないし投資係数によって「開発」するか否かを決める資本主義において、生活世界は〈生活世界〉に過ぎない
■「主体にせよ生活世界にせよシステムの産物に過ぎない」という主張はやがて人口に膾炙する。私の見るところ、1970年上梓のジャン・ボードリヤール『消費社会の神話と構造』が先進各国で大衆的に読まれるようになったことが大きい(フランスでは当時ジャーナリストという扱い)。
■この本は、各人の行為目的が与える「使用価値」が消滅し、システム全体の中での位置(示差性)が与える「記号価値」だけが人々を商品に誘引するようになったと説く。正確には記号価値が使用価値を構成するようになったと記すべきだろうが、いずれにせよそこでは消費主体の特権性が剥奪された
■記号価値が使用価値になった商品においては、人々の行為目的(欲求)は自然でもなければ根底的でもない。欲求こそ「システム全体の中での商品の示差的位置」によって与えられるからだ。この議論は、「企業の広告が欲求を作り出す」というガルブレイスの「依存効果」論とは異なる。
■「依存効果」論においては、広告によって欲求を人為的に作り出す主体(の戦略)が前提されている。だがボードリヤールによれば、こうした戦略自体もまた「システム全体による示差的な決定」の産物である。記号価値が主導的になった消費社会では、もはや特権的主体は存在しない。
■最単純モデルとして車のカテゴリーを挙げる。ハイソカーというカテゴリーが独自の使用価値を指し示すのではない。コンパクトカー/ファミリーカー/ハイソカー/スポーツカー/SUVといった記号的なシステムの全体性が、ハイソカーというカテゴリーに記号価値を与えるのだ。
■だからこそ、A宅がB宅のSUVを見て「いったいどこにオフロードがあるってんだ」と嘲笑し、B宅がA宅のスポーツカーを見て「いったいどこにアウトバーンがあるってんだ」と嘲笑する。つまり「その意味」での使用価値はないのであり、問題なのは「全体」が与える記号価値なのだ。
■ボードリヤールの議論は、例えば日本においては、西武資本がパルコ出店に際して1973年に開発した「渋谷公園通り」的なものと、互いに手を携えるようにして人口に膾炙した。クリエーターも消費者もボードリヤール的言説を「知りつつ」いわば祝祭の如く消費生活を送りはじめた。
■その結果、当初は「〈生活世界〉を生きる我々が主体的に〈システム〉を利用するのだ」という観念があり得たが、やがて「〈生活世界〉や我々という観念自体が、〈システム〉による生成物に過ぎない」との観念が広く受け入れられた。そこには必ずしも否定的ニュアンスはなかった。

【本格的なポストモダンへ】
■だが私は、日本が本格的にポストモダン化したのは1980年代後半から末期にかけてだと思う。この本格的なポストモダン化の幕開けを告げたのが、まさしく、世界で最初の出会い系産業であるテレクラことテレホンクラブだった。テレクラの周辺には、巨大な社会的文脈の変化があった。
■82年にワンルームマンションブームが起こり、全国に建設反対運動が拡がった。82年にセブンイレブンのPOS化が始まり、86年に全店POS化を達成した。この間、コンビニ店数は倍増。公共料金支払、チケットサービス、宅配などの窓口となり、地域の情報ターミナル化となった。
■83年には女性向けエロ媒体である「レディスコミック」が、84年には男性向けエロ媒体である「投稿写真誌」が大爆発する。どちらもコンビニ販売を前提にしたもので、表紙を見る限りは、前者は普通の女性漫画誌に、後者は『BOMB!』のようなアイドル雑誌にしか、見えないものだ。
■84年には、首都圏近郊に出店しつつあったロヂャーズやダイクマといった「ロードサイドショップ」で、白黒テレビが二万円台、カラーテレビが四万円台という具合に、NIES諸国で作られたテレビが従来の半額以下で売られるようになって、一挙に「テレビの個室化」が進んだ。
■「テレビの個室化」のせいで、84年から87年にかけて、家族揃ってのお茶の間での視聴を前提としたクイズグランプリ、アップダウンクイズ、クイズ・タイムショックなどのクイズ番組や、夜のヒットスタジオ、歌のトップテン、ザ・ベストテンなどの歌謡番組が軒並み打ち切りとなる。
「テレビの個室化」に「電話の個室化」が続く。85年に日本電電公社が民営化されてNTTとなり、それまでは公社から貸与されてきた電話が、買切り制となったのを契機に、多機能電話がブームとなる。家族が各個室から他の家族に知られずに通話ができる時代が、突如訪れたのだ。
■さて同じ85年に、81年からのニュー風俗ブーム(のぞき部屋・ファッションマッサージ・デートクラブなど)を受け、新風営法が施行される。新風営法対策もあって、85年9月に新宿花園神社横にのぞき部屋を改装した世界初のテレクラ「アトリエキーホール」が誕生することになる。
■同年10月に新宿淀橋に初の個室テレクラ「東京12チャンネル」がオープンしたのを皮切りに、全国各地に一挙に個室テレクラが拡がる。85年中に新宿や渋谷や池袋などでは各駅10軒以上が出店し、首都圏では大宮・立川・町田・藤沢・本厚木・西船橋・柏などの郊外に続々と拡がった。
■家族と一つ屋根の下の疑似単身者が、夜中に稲荷寿司が食べたくなって深夜のコンビニを訪れ、ついでにレディスコミックや投稿写真誌を買い帰り、個室で稲荷寿司を食べながら頁をめくるとテレクラの広告があり、手元のコードレスホンからコールし、一時間後には見知らぬ者と性交…。
■見えにくい所で、こうしたかつてなら絶対にあり得なかった振舞が日本全国に大規模に展開するようになった。興味深く思った私は首都圏だけで50軒のテレクラの会員になり、北海道から沖縄までフィールドワークしはじめた。それで誰よりも全国のテレクラの歴史を知る者となった。
■このあたりの歴史を拙著『まぼろしの郊外』(1997)の第2章で詳述したが、この章は実は1995年に上梓予定だった『テレクラという日常』のために書かれたものだった。膨大な女性たちへのインタビューを中心に構成されるはずだったこの本は、しかし日の目を見ずに終わった。
■最大の理由は、この本のメインモチーフが、同年3月20日に起こった地下鉄サリン事件を皮切りとするオウム真理教事件を題材として緊急出版した『終わりなき日常を生きろ』(1995年)において表現され切ったと(少なくとも私には)思えたからだった。結局この本のためのデータは封印された。
■メインモチーフとは、豊かな郊外生活が、「にもかかわらず」どんなディスコンテント(不全感)を伴っているのかである。このモチーフに従って女性たちの証言が陳列されるはずであった。が、オウム事件後の緊急出版で私は、このモチーフを、オウム事件の背景要因として取り出した。
■仮に『テレクラという日常』が上梓されていれば、「日常」というタイトルの言葉が示すように、昭和の終わりとは「終わりなき日常」の完成であり、人々の課題は郊外における「終わりなき日常」の不全感をどうファインチューニングするかに収束してきた、という話になったはずだ。
■それが上梓されていれば、『終わりなき日常を生きろ』とモチーフが重なるものの、郊外における「終わりなき日常」の今日的な不全感がもたらされるに至る歴史的変遷を、それなりに微細に描き出すものとなっただろう。だが私は『終わりなき日常を生きろ』でガスが抜けてしまった。

【「昭和の終わり」というパラダイス】
■ところが『テレクラという日常』で利用する予定だったデータを使い、私がナンパカメラマンのドキュメンタリーなどで取材してきたナンパ師や、かつてのアダルトビデオ女優などへの取材を追加し、15年ぶりに『テレクラという日常』を上梓することに向けて動きはじめたところだ。
■『テレクラという日常』を上梓する予定だった90年代半ばに膨大な数の援交女子高生を取材していた私は、幾つかの理由から96年にフィールドワークをやめている。それから十数年経って、私の中で「昭和の終わり」についての当初抱いていたイメージが、随分変わったことがある。
■そのことを再確認する契機が富田克也監督『国道20号線』(2007)を見たことだった。このインディーズの傑作映画は、甲府の20号線沿線に立ち並ぶけケバケバしいパチコン屋や街金の看板を背景に、シンナー中毒で崩れていく男女が描かれる。ちょっと見では20号線沿線が廃墟として描かれる。
■だがそこに私はパラダイスを見出した。映画には明らかに浪漫と挫折が描かれているからだ。浪漫がなければ挫折もない。期待がなければ期待外れもない。ここには明白な廃墟が描かれているようであって、実は挫折や期待外れのドラマツルギーを揺籃する濃密な共同性の浪漫があった
■思えば私はかつて「16号線沿線的な風景」という言葉を多用した。『まぼろしの郊外』でもそうだ。私はこの言葉で当時、ある種の廃墟を指し示そうと思っていた。コミュニケーションの廃墟を、である。
■16号線沿線は当初からテレクラのメッカで、アダルトビデオ女優の供給源だった。田舎の共同体を前提とした青年団的な濃密さからも疎外され、都会の匿名性や流動性を前提としたナンパ・コンパ・紹介的なやりとりの濃密さからも疎外された「二重に奪われた場所=16号線沿線」。
■だが今振り返ると、80年代後半の16号線沿線は、映画『国道20号線』が描き出す世界と同じ意味でパラダイスだった。ちなみに『国道20号線』は監督たちによれば十年前という設定で撮られている。16号線とのタイムラグは、富田監督と脚本の相澤虎之助によって意識されていた。
■彼らによれば、当初は16号線沿線を舞台にするアイディアもあったらしい。しかし、取材とロケハンを重ねるにつれ、16号線沿線ではもはやドラマが描けないことに気づいたという。その意味で、『国道20号線』が消えつつあるパラダイスを描いているというのは正しいと答える。
■実際この映画はノスタルジックな印象を与える。ヤンキー文化の最後の煌めきを捉えていると感じられる。なぜ16号線でなく20号線にそれが残っていたのか。理由は甲府を舞台としたことにあろう。甲府は郊外というより地方であり、16号線よりもゆっくりと変化してきたのだろう。
ニューカマーには分からなくても、古くからその土地にいる者には分かる「消えゆくもの」がある。それは風景というよりも関係性である。映画には、地域共同体の存在を前提にした裏共同体としてのヤンキーの共同性が、地域の崩壊ゆえに徐々に空洞化していく有り様が描かれている。
■実は、首都圏や関西圏で「ヤンキー的なるもの」が「チーマー的なるもの」に代替されていくのは、多くの著作で述べてきた通り80年代後半のことだ。86年にはコンビニにヤンキーがウンコ座りすることが話題になったが、ヤンキーが話題を提供したのはせいぜいこの頃までである。
■89年には足立区綾瀬で女子高生コンクリート詰め殺人が起こる。事件は藤井誠二の『少年の街』が明らかにするように、昔だったらヤクザにケツモチされたはずのヤンキー集団が、年齢階梯制の空洞化で、地域から完全に孤立した存在になったことを背景に、引き起こされたものだ。
■ことほどさように、『国道20号線』に見出されるような地域差があるとはいえ、80年代後半は「ヤンキーからチーマーへ」の代替が生じる時期である。広く言って「古いものから新しいものへ」の代替が、必ずしも目には見えない関係性の次元で、大規模に生じる時期なのである。
■当時の16号線沿線が今から振り返って一種のパラダイスに思えるのは、なぜか。新規巻き直しの『テレクラという日常が意味したもの』(仮題)が検討しようとするのはこのことだ。「昭和の終わり」は単なる空虚ではなく、蝋燭の末期の煌めきのような観を呈していたということだ。

【光と闇の交差が織りなす濃密なドラマ】
■繰り返すと、「昭和の終わり」には「失われゆくもの」と「新たに来たるもの」とが交差したがゆえに、「浪漫と挫折」「期待と期待外れ」のドラマが渦巻いたのである。古きものの記憶を持つ者が、失われつつある古きものへのアンビバレンツに引き裂かれた時代だったとも言える。
■我々はかつて似たような時代が少なくとも二度あったのを知っている。第一は大正ないし昭和初期の「モダニズムの時代」。モダニズムは「近代主義」と訳すと間違う。一口で言うなら、近代化の眩しき光を希求しつつ、急速に失われゆく共同体の闇への執着に引き裂かれる心性を言う。
■具体的には泉鏡花的なもの、ないし『新青年』的なものすなわち江戸川乱歩や横溝正史に象徴される感覚だ。そこでは新旧の世界観がせめぎあう。都市建設の陰に妖怪がうごめき、国家建設に思いを託す帝大生の故郷には古い因習に囚われた家族がいる。まさに光と闇のコントラストだ。
■「失われつつあるもの」と「新たに来たるもの」の交差を、まさにそのものとして鮮やかに描いたのが、江戸川乱歩の短編「押繪と旅する男」だろう。そこには覗きカラクリの押繪の中にしか存在しなくなったものと共に居続けるために、押繪の中で生きることを決めた男が登場する。
■ここには、モダニズムの濃密さを構成する「光」と「闇」の二重性が、やがて「光」による「闇」の席巻で確実に失われることについての、乱歩の予期が描かれていよう。同時に、現実に「闇」が消えるのなら、虚構の中で「闇」と共に生きるしかないことへの、決意も描かれていよう。
■第二は1970年前後の「アングラの時代」。アングラ文化はまさにモダニズム的だった。例えば寺山修司。彼が反復する「記憶があっても不自由、記憶を失っても不自由」という両義的モチーフは、「闇への執着」と「闇からの解放」に引き裂かれた両義的な心性を、象徴していよう。
■寺山の短編フィルム『消しゴム』(1977)には、「記憶が人を不自由にしているから、消しゴムで消さなければならない」というモチーフと、「そうやって記憶を消してしまうと、自分は何者だかわかんなくなってしまう」というモチーフの、両義性が、実に鮮やかに活写されている。
■ちなみに「アングラの時代」は、1960年代の「政治の時代」が敗北してから、入れ替わりに、60年代末から登場して、77年の夏までに終わった。それと入れ替わりに、77年からは、ディスコブームや湘南ブームやテニスブームに色彩られた「性と舞台装置の時代」が始まるのである。
■「モダニズムの時代」も「アングラの時代」も共通してノスタルジックな回顧の対象になった。前者については、敗戦後、階級的上層のリベラル保守による回顧があった(拙著『サブカルチャー神話解体』)。後者については、アングラの時代は、現在も昭和30ー40年代ノスタルジーの一部として享受される
■80年代後半も「失われゆくもの」と「新たに来たるもの」の交差ゆえに、諦め切れない浪漫や両義的心性に由来する抑鬱感が渦巻いた。だがそのことがいまだノスタルジーの対象となった気配はない。例外的に当時の雰囲気を活写した著作が東ノボルによる『瞬間恋愛』(1994)だ。
■今日のテレクラや出会い系からは想像するスベもないが、「失われゆくもの」と「新たに来たるもの」の間で引き裂かれるがゆえの「浪漫と挫折」が、女性たちの口から言葉を溢れさせていた。お蔵入りにはなったが、私が声を録音した女性たちもとめどなく言葉を溢れさせたのだった。
身近な親や夫や兄弟にも決して語らないことを、初めて会った見ず知らずの男に、あたかも親しい間柄であるからのごとく悩みや鬱屈を語るという「匿名的な親密さ」は、むろん性行為にも及んだ。だから東ノボルは、このありそうもない不可能性の現実化を「瞬間恋愛」と呼んだのだ。
■繰り返す。「大正モダニズムの時代」と1970年前後の「アングラの時代」は、共通の形で後代にノスタルジーの対象になった。その理由を分析すると、「昭和の終わり」がノスタルジーの対象にならないことが、残念かつ不思議に思えてくる。私は「昭和の終わり」を蒸し返したい。

【ノスタルジーからこぼれた「昭和の終わり」】
■ノスタルジーの対象になってもよさそうなこの時期(80年代後半)が、しかしそうした対象にならない理由は明白に見える。テレクラといういかがわしいメディアが介在したがゆえに、のべ利用人数が膨大なものだったにもかかわらず、表立ったコミュニケーションがしにくいからだ。
■だが、たぶんそれだけではない。私が80年代後半の「16号線沿線」を長い間「廃墟」だと思い込んでいたように、当時ソレが「光と闇の織りなすパラダイス」だったことに同時代の誰もが気づかなかったからでもあろう。誰も気づかなかった理由は何か。これまた明白だろうと思う。
■例えば私自身についていえば、女性たちの口から語られるディスコンテント(不全感)やディプレッション(抑鬱感)にばかり注意が向いて、それが女性の口から見ず知らずの私に向けて語られているという「ありそうもなさ」に注意が向かなかった。それに気づいたのは96年だった。
■私は92年から始まるブルセラ&援交ブームをつぶさに追いかけてきたが、5年目の96年にフィールドワークを断念する。女性たちの口から見ず知らずの私に向けて何もかもが語られる(ように見える)という状況が、この年に終わり、従来の取材方法では立ちゆかなくなったからだ。
■後に『制服少女たちの選択--After Ten Years--』(2007)の後書で、96年まで援交していた子らを「援交第一世代」、96年から2001年までを「援交第二世代」、それ以降を「援交第三世代」と呼ぶ。私の見るところ、援交第一世代のコミュニケーション作法は、80年代後半から完全に連続していた。
■愚鈍にも私は、96年に第一世代が退場してから初めて、80年代後半の「16号線沿線」が一種のパラダイスだったことを思い知った。同時に、80年代後半のパラダイスこそが92年からのブルセラ&援交ブームを準備したことに気づく。もちろん80年代後半にはお金は絡まなかったが。
■私が『テレクラという日常とは何だったのか』を改めて上梓しなければならないと思った理由を語るべき段取りだ。80年代後半は性愛コミュニケーションの激変の時期だったが、そこで「新たに来たるもの」が何であり「失われゆくもの」が何であったのかを実存的に明らかにすること。
■実存的にというのは、社会的には既に明らかにしているからだ。『まぼろしの郊外』で記した「2段階の郊外化」論。60年代の団地化では「地域の空洞化×家族への内閉化(専業主婦化)」が生じ、80年代のニュータウン化では「家族の空洞化×市場化行政化(コンビニ化)」が生じた。
■市場化行政化とは、それまで専業主婦が担ってきた便益提供が市場や行政によって肩代わりされることを言う。これは折しも85年に成立する男女雇用機会均等法が目指す男女共同参画に資する生活形態の多様化を可能にした。これが明部だとすれば、語られにくい暗部が存在していた。
■この暗部を私は「第四空間化」と呼ぶ。家庭でも地域でも学校でもない空間にホームベースが移行することを言う。具体的には、70年代末から拡がる仮想現実(アニメやゲーム)、80年代半ばから拡がる匿名メディア(テレクラ・出会い系)、80年代末から拡がる匿名ストリートだ。
■当初「第四空間化」は華華しいものだった。テレクラでの出会い(匿名メディア)も、ビルの地下にあるクラブでの出会い(匿名ストリート)も、同じく「匿名的な親密さ」を提供できた。だが、やがて「匿名的な親密さ」は風化し、「第四空間」がホームベースを提供できなくなった。
■かくして不全感と抑鬱感が社会の全域をフラットに覆うようになった──私が社会的側面で明らかにできたのはここまでだ。だが、時間が経つにつれて私は、これだけでは足りないと思うようになった。理由は、これだけでは若い世代に過去がどんな時代だったのかが分からないからだ。
■もちろん過去は戻れない。「昔と同じような社会は戻らない」という意味と「さまざまな問題を抱えた昔の社会に戻るべきでない」という意味と二つある。だから新しい社会を作らねばならない。それは、過去の問題点を克服し、過去の良い点を継承するような方向に向かうべきである。
■だから若い世代に過去がどんな時代だったのかを知ってほしいと思う。そのために「失われゆくもの」と「新たに来たるもの」とが交差した直近の80年代後半--「昭和の終わり」--の、とりわけ実存の形式を若い世代に伝えたいと思った。これがテレクラ本を上梓したい理由なのだ。

【「彼女はいても心は非モテ」とは】
■このように思う背景に、拙著『日本の難点』(2009)や『14歳からの社会学』(2008)でも記した「彼女はいても心は非モテ」という状況がある。いくつかの理由があって、結論からいえば「セックスが蔓延して、濃密さが消えた」とでもいうべき状況が、拡がっているのだ。
■長年学生の相談に乗っているが、男子学生の相談傾向が「セックスする相手がいないんですけど」から「長続きしないんですけと」にだんだん変わってきた。それだけではない。1996年頃を境に「オタク系よりもナンパ系がカッコイイ」という観念が急速に廃れてきているのである。
■ちなみに96年頃から流行り出すガングロメイクは、異性関係よりもホモソーシャリティ(同性関係)を優位させるというシンボルだった。実際、ガングロメイクを苦手とする援交オヤジが多かったし、ガングロたちは色が白くて髮が黒い「男ウケするタイプ」を軒並み差別していた。
■何が起こっていたのかは明白だろう。生身の性愛に魅力がないと感じるようになったのである。98年だが、教え子にギャルゲーマニアが多いので、私が「生身の女とつきあえないからだな」というと、男子学生の一人が「つきあってもつまらないから、ギャルゲーなんです」と答えた
■若い人たちを調べてみると、生身の性愛に実りがないと(男女ともに)思うようになった理由は幾つかあるようだ。第一は、過剰流動性ゆえの疑心暗鬼。20歳代の男女を調べると、それぞれ半数以上が相手のケータイの着信記録やメールを盗み見たことがあるというデータが得られる。
■盗み見れば、自分が知らない異性(同性愛であれば同性)とのやりとりがあって当たり前。相手がタコ足ならば、リスクをヘッジしようと自分もタコ足化する。それが相手にも気づかれて、相手もタコ足化する--そうした悪循環が回りがちなのだ。それが様々な副作用をもたらしている。
■その一つは「ソクバッキー」現象である。過剰に束縛する男を言う。3時間ごとにメールを送れだの、1時間ごとにどこにいるのか写メ(ケータイ写真)を送れだのと言う輩が、溢れるのだ。女の側も問題で、同性間で「それって愛だよねー」「そーかなぁ」などという会話がなされる!!
■生身の性愛に実りがないと思うようになる第二の理由がある。「ダメなアナタ、でもそんなアナタが好き」と〈承認〉を与えてくれる女子を求める男子と、そんな男子に愛想を尽かし、心の奥底を打ちあけても〈理解〉してくれる男子を求める女子の、〈承認〉と〈理解〉のすれ違いだ。
■さらに第三の理由もある。かつてゲイが直面していたのと同じ種類の問題だ。すなわち、昔はセックスするまでに時間がかかったので関係性を構築できたのが、今はセックスまでの時間が短くなったので関係性を構築する前に「ガスが抜けて」しまう、という「身も蓋もない問題」だ。
■ここにも実は悪循環がある。関係性に実りが感じられないと性愛関係に対する期待値が下がるので、「そんなもんだ」と比較的低い敷居でセックスするようになる一方、低い敷居でセックスするようになるからこそ、実りがあるような関係性を構築できない、という悪循環が、それだ。
■結局(1)IT化をも背景とした過剰流動化や、(2)〈承認〉を求める男子の幼稚化や、(3)セックス自体の敷居の低下などが相俟って、生身の性愛関係にさして魅力がないと考える若い男女が増えてきた。そうしたプロセスを見ると、期待水準と願望水準の二重性という問題も見えてくる。
■現実に何が期待できるのかを「期待水準」、それとは別に自分か心の奥底で何を望んでいるのかが「願望水準」である。若い人たちの性交経験率が低かった頃--私が高3の頃は男は5%で女が3%程だったと記憶するが--は、期待水準も願望水準もともに高かった。現実がどの程度かを知らなかったからだ。
■性愛が自由になると、期待水準が現実に見合うものへと切り下げられていく。だが当初は「現実はそんなものだ」と分かっていても「自分としての自分の望みはこれだ」という具合に願望水準が高いままだった。時間が経つにつれて、願望水準が、期待水準に引きずられて下がっていく。
■以下のデータは東京都小・中・高等学校性教育研究会の3年毎の調査報告に基づく性交経験率の推移だ。93年から96年にかけて女子が男子を劇的に逆転した。女子は02年に4割台後半に達してからは頭打ち。男子は05年から08年にかけて急増し、女子に追いついていることが分かる。

    1993年 1996年 1999年 2002年 2005年 2008年
高3男 27.3% 28.6% 37.8% 37.3% 35.7% 47.3%
高3女 22.3% 34.0% 39.0% 45.6% 44.3% 46.5%

■私のフィールドワークとつきあわせると、93年から96年にかけての大逆転は、女子の期待水準が急速に現実に見合うものに切り下げられた「結果」を現していよう。期待水準の切り下げは、性交経験率の増加に数年先立つだろう。現実に合わせた期待水準の切り下げはいつから生じたか。
■少女漫画研究者としての私の推測では86年が境ではないか。というのは、少女漫画ブームが86年にピークを向かえた後、急速に退潮に向かうからだ。セックスまでに至らないものを含めたデートカルチャーの低年齢化が、現実に見合う期待水準の引き下げをもたらしたと思われる。
■とはいえ、援交ブームがピークを向かえる96年までは、援交する子たちの多く--私は「援交第一世代」と呼ぶ--は実に溢れんばかりに喋りたいことを持っていた。うまく水を向ければ、家族や彼氏に対する「満たされぬ思い」を縷々語った。彼女たちは高い願望水準を維持していた。
■ところが96年を境に、こうしたコミュニカティブな子はほぼ消滅した。取材が困難になったので私はフィールドワークをやめ、私にメールをくれる子だけを取材するようになった。友達の間で援交している事実を平気で喋っていたのが、よほど親しい間柄でも秘密にするようになった。
■私の推測はこうだ。若い女性は、デートカルチャーの低年齢化によって現実を学習するようになった結果、期待水準を切り下げた。だがそれまでの少女文化の惰性もあって、願望水準は維持されていた。やがて高いままの願望水準とのギャップゆえの抑鬱感が、援交ブームをもたらした。
■「彼氏に会ってもセックスするだけじゃん。やってらんないよ。それくらいならお金もらったほうがいい」。当時の女子高生から何度か聞いた科白だ。これはシニシズムに見えて、実は「会ってもセックスするだけ」じゃない性愛を願望する点で、むしろロマンティシズムの表れなのだ。
やがて期待水準と願望水準のギャップに耐えられず、次第に「自分としての自分が何を望んでいたのか」を忘れる。恋愛に夢を抱くからこそ「現実はこんなもの」に傷つく段階から、夢を抱かないので傷つかない段階にシフトする。女子の頭打ちと男子の再逆転はそのことを示すだろう。
■かくして本節の冒頭で述べたような「セックスが蔓延して、濃密さが消えた」という状況がもたらされたのではないかと思われる。言い換えれば、セックスはフラットな日常の中にフラットに組み込まれた。日常がつまらないのと同程度に、セックスもつまらないのが当たり前になった。

【サブカルチャーに見る「フラット化」】
■確認すると、現実を学習した結果として期待水準が下がり、ついでそれに引きずられる形で願望水準が下がった状態を、ここでは「フラット化」と呼んでいる。現実を願望しないがゆえに、期待もせず、従って現実がどうあってもさして傷つかないような状態が、「フラット化」である。
■こうした「フラット化」がサブカルチャーのシーンにどのように刻印されたのかを見てみよう。拙著『サブカルチャー神話解体』(1993)で述べたように、現実のコミュニケーションに於ける意味論的な変化は、必ずといっていい程サブカルチャーの意味論的な変化を随伴するからだ。
サブカルチャーの各シーンにおける「フラット化」は、これから述べるように、1992年に揃って生じた。音楽の享受形式、アダルトビデオの享受形式、エロ雑誌の享受形式、性風俗ないし売買春の享受形式の、ドラスティックな変化と、シンクロしていた。詳しく説明してみよう。
■その変化を一口でいえば「アウラの消失」となる。アウラとはむろんベンヤミンが複製技術がもたらす変化として言挙げしたもの。元々は神性降臨(advent)における降臨した神性(divinity)を指す。アウラが喪失するとは、およそ以下のような事態をさしているだろう。
■ベンヤミンによれば、彫刻は絵画よりアウラがあり、絵画は写真よりもアウラがあり、写真は映画よりアウラがあり、映画はテレビよりアウラがある。つまり、表現に降臨する実物性--別言すればソレが何かをsubstituteする表現だという性質--が生々しく感じられるということである。
■だがメディアの差異は必然的ではない。例えばソレが何か実物「についての」表現だという性質は、マスターベーションの場面で本質を現す。実物に興奮した自慰。実物「についての」メディアに興奮した自慰。そして最後に、実物「についての」表現はでないアニメに興奮した自慰…。
■むろんこの順でアウラが消失するのだが、重要なのは、こうしたアウラ度の差異に反応して実物に興奮する男と、アウラ度の区別抜きにフラット化した状態で--実物をアニメから区別せずに--実物に興奮する男との、差異だ。後者は、実物をアウラ抜きで「フラットに」享受している。
■まず音楽の享受形式から論じよう。1992年にカラオケボックスが大ブームになった。同時に、音楽の享受形式が大規模に変化した。それまでは、楽曲がそれ「について」表示する「シーン」や「関係性」に浸る没入的享受が一般的だった。それがカラオケブーム以降全く変わったのだ。
■カラオケはさして親しくない者同士をも盛り上げる社交ツールである。唄えば拍手・唄えば拍手の繰り返し。没入的な歌唱は意識的に回避され、誰もが知っている歌が唄われる。供給側もそれに適応した結果、CMとの、映画との、ドラマとのタイアップソングだらけになったのである。
■かくして、音楽が何か「についての」表現だという感覚は急速に薄れてしまった。かわりに「皆が知っているか否か」「気持ちいいか否か」だけが評価されるようになった。その意味で音楽はファッションや化粧品と同種の消費財になった。これがネット配信化にずっと先行したのである。
■音楽の領域ではこうした「脱表現化」に続いて「脱流行化」が生じた。ITMS(iTune's Music Store)に見られるアーカイブス化&ネット化と、享受者の「島宇宙化」を背景に、CDシングルを購入して新曲にアクセス(して話題に乗り遅れないように)する必要も、急速に消滅した。
■詳しくみれば、カラオケボックスブーム以降の「脱表現化」によって、表現の授受に必要とされる同時代的文脈への言及が免除されたことが、文脈抜きにアーカイブスを探索する「脱流行化」への道筋をつけたのだ、という具合に分析することができる。かくして「フラット化」した。
■次に、アダルトビデオの享受形式である。92年に「単体もの」から「企画もの」へのシフトが生じた。それまではピンをはれる女優が一本百万円で出演するのが相場だったが、顔にモザイクのついた素人が一本10~20万円で「アルバイト感覚」で出演するようになったのである。
■内容も、従来の物語性優位のものから、スカトロ系(うんこもの)、フェチ系(制服もの)、特殊状況系(痴漢もの)など、ピンポイントで性的嗜好に訴える--従ってマーケットの小さな--ものへと変化した。この「ピンポイント化」はインターネット化で加速されるようになった。
■アダルトビデオの、エロアニメ化も進んだ。これらに共通するのは、アダルトヒデオが、人気女優「についての」表現だったり、物語「についての」表現だったりする事態が終ったことである。女優に興奮するのでも物語に興奮するのでもなく、眼前のイメージに興奮するだけなのだ。
■加えて、エロ雑誌の享受形式も同じく変化した。「字モノ」から「絵モノ」へのシフトである。従来、エロ雑誌の本体はあくまで文章であって、イラストや写真が文章の説明(挿し絵)だった。それが新しいエロ雑誌では逆転し、文章がイラストや写真のキャプションへと降格したのである。
■活字を媒体として--まさに「媒体」として--文字の向こう側に何かを妄想するのでなく、エロ劇画やエロアニメの視覚的刺激自体に反応するようになったのだ。「字モノ」では文章が依り代に過ぎないから「アウラ」が宿るが、「絵モノ」は単に刺激物がそこにあるというだけである。
■最後が性売買における「ブルセラ化」である。女子高生がショップに下着や制服を卸し、ショップが男性客に販売する「ブルセラショップ」だが、本物の素人女子高生が下着や制服を売る現象は、正確に1992年から始まっている(それまでは実際には主婦やOLが下着を売っていた)。
■これを新聞記事を通じて社会に広めたのが私であり、「ブルセラ社会学者」の称号を賜った。「ブルセラブーム」には「援助交際ブーム」が後続した。94年のデートクラブブームの始まりから96年までが「援交ブーム」なのだが、これを取材して社会に広く紹介したのも、私だった。
■この二つのブームにおいても、「アウラの消失」が見られた。先に述べたように、アニメや漫画のキャラに興奮するのと同じように、実物の女子高生に興奮する。そうした事態を、拙著『制服少女たちの選択』(1994)で私は、「記号に興奮する」という言葉を使って表現している。
■その本で詳述したが、逆に女子高生の側も「ヘンなおじさん」「カワイイおじさん」といった記号を用いて、凹凸がある「現実」を「フラット化」していた。かくして男性客の側にも女子高生の側にも、「現実」を記号として捉える「フラット化」(現実の虚構化=演出化)が進んだ
■そこでは記号が「現実」を代表するのでも、記号が「現実」のかわりをするのでもない。「現実」自体が記号として消費されるのである。逆にいえば、記号自体が「現実」として消費された。記号の向こうに「現実」があるという「現実」の神性divinity即ち「アウラ」が、消失したのだ。
■こうして92年に「現実」から一挙に重みが消え「フラット化」する。そのことが96年頃からの「セカイ系」--「現実」と「虚構」とを自己のホメオスタシスの観点から等価に見す作法--の浮上を準備した。これ以降の展開については、本書のテーマを越えるので、別の機会に譲ろう。

【「昭和ノスタルジー」の真実】
■こうした「フラット化」--虚構と選ぶところのない現実の「非」生々しさ--を背景としつつ、90年代になる頃からノスタルジーブームが生じた。これを「昭和ノスタルジー」という。多くは、昭和30年代から40年代まで、具体的には55年体制の開始から大阪万博までが回顧される。
■「昭和ノスタルジー」の担い手は当時の記憶を持つ者たちに限られない。むしろ既に幾度も指摘されてきたように担い手は「昭和を知らない子供たち」だ。例えば大学での私の教え子たちも享受者である。「記憶なき者たち」が「記憶なき過去」を回顧する点のは、いったいなぜなのか。
■ちなみにコンテンツに注目する限り、最初の「昭和ノスタルジー」は押井守監督『機動警察パトレイバー the Movie』(1989)に見出される。刑事たちが暴走プログラムを仕組んだ容疑者の痕跡を辿って昭和の下町的な雰囲気の残る場所を経巡るシーンが極めて印象的な作品である。
■更に狭義のコンテンツを離れると、ゲームセンターからテーマパークへの展開に、より早い嚆矢を見出せる。85年以降のゲームセンターは体感ゲームのブームとなるが、ゲーム内容が高度化してギャラリー(見物人)がつきにくくなり、89年には既にカップルで行ける場でなくなる。
■私は当時ゲームセンターの業界誌で--或いは直接セガの開発部長に--再びコミュニカティブな場を取り戻すべくギャラリーがつく判りやすいゲームへの復帰を呼び掛けたことがある。セガは85年に新クレーンゲーム(UFOキャッチャー)を開発したが、90年頃からブームになり始めた。
■直接の契機は、景品がカプセルからぬいぐるみへと進化したので女子高生を中心とする若い女性たちが注目するようになり、デートスポットに組み入れられたことだった。平行してモグラ叩きや射的ゲームなどのローテクゲームが復活し、92年のナムコ・ワンダーエッグ開業に繋がる。
■こうした経緯はノスタルジーブームの基底の一つを示唆しよう。キー概念は「コミュニカティブ」だ。92年に大爆発するカラオケボックスブームも全く同じだ。即ちそこでは、異なる島宇宙に属する(そのままでは)コミュニケーション困難な者たちが、共通前提を獲得できるのだ。
■カラオケボックスでは自らが耽溺する歌を陶酔的に歌う振舞が回避され、誰もが知る(CM・ドラマ・映画の)タイアップソングと並んで昔のアニソン(アニメ主題化)が選好されたが、そこでは必ずしもノスタルジックな回顧が主題化されていた訳ではなかった。ゲームも同じだろう。
■即ち、細分化した島宇宙を便宜的にブリッジするものとして、単に機会主義的に選ばれたものだった。言い換えれば、島宇宙の細分化に伴う何らかのディスコンテント(不満足)が、カラオケボックス(でのアニソン)のブームと昭和的ローテクゲームのブームの、共通の基底だった。
こうした島宇宙間のブリッジ機能から出発して、やがて別の副次的機能が発見されるという展開で「昭和ノスタルジー」が拡がったというのが、私の推定である。別の副次的機能とは何か。これを検証すべく、「若い世代が記憶なき時代を懐かしむ理由」を先日学生たちにたずねてみた。
■四種類の回答があった。第一は地方出身者の多くからの回答だ。即ち、彼らが育つ地域社会に残っている微かに残った古き共同体の痕跡が、過去の文物を描いたコンテンツに見出され、「そういうことだったのか」といろんなことがひと繋がりに了解できるからだ、というものである。
■第二は、年長世代から「昔は良かった」という科白を繰り返し聞かされて、昔ってどんなもんだろうと思っていたところに、昔を描いたコンテンツを見て「そういうことだったのか」と了解できると同時に、そう言われてきたこともあって肯定的に捉えるからだ、というものである。
■第三は、ウェブの発達によるアーカイブス化によって、過去と現在のコンテンツがカタログ的に横並びになった結果、昔のもののほうが面白いことに気づくからだというもの。昔のほうが面白い理由は、同時代の島宇宙化したコンテンツに比べて濃密な文脈を想定しやすいからだという。
■この説は、アーカイブス化によって時間軸が無関連化されるので歴史感覚が消えるとする通説と矛盾すると見える。だが通説が意味するのは、現在のアイテムを享受する際に歴史的文脈を参照して付加価値化することができなくなるということだから、必ずしも矛盾するものではない。
■むしろ「現在のアイテムには島宇宙の細分化によって歴史的文脈を想定し難いので、かえって歴史的文脈を参照しやすい過去のアイテムが選好される」可能性を意味する。それほどまでに現在という同時代的文脈を想定することが難しい(ので享受が難しい)という現実を意味している。
■第四は、第三回答と関連するが、同時代的文脈を共有できたがゆえに「我々」意識--同じ舟に乗る者たちという意識--を持つことができた時代、それゆえにたとえ見ず知らずの者とさえ濃密なコミュニケーションが可能だった時代に、憧れるからというもの。これは私自身の説でもある。
■この説は拙著『絶望 断念 福音 映画』(2004年)で表明したが、どんな時代でも一定の時間が経てばノスタルジーの対象になるのか(例えば未来になれば「平成ノスタルジー」が来るのかどうか)について、かつて社会学者の若林幹夫氏と私との間で交わされた私的な論争にも関連していよう。
■私の考えでは、昨今の「昭和ノスタルジー」の本質は「誰もが同じ舟に乗っていると思えた時代の濃密さへの憧憬」だから、共通前提があり得ないことが共通前提になった平成以降の時代が、単なる個人的な思い出の回顧を越えてノスタルジーブームの対象となることは永久にないだろう。

【結語:「昭和の終わり」を取り戻す】
■先に述べたことを繰り返す。私にとって--私を中心とする幅広い世代の男女にとって--「昭和の終わり」即ち1980年代後半は「テレクラ的なもの=16号線沿線的なもの」がパラダイスをなした時代であり、後めたさを除去できさえすれば、ノスタルジーの対象となって然るべきものだ。
■この時期は、失われゆく「昭和的なるもの」と来たらんとする「平成的なるもの」とが交差し、「平成的なるもの」の光が「昭和的なるもの」の闇を屠り尽くさんとする最後の瞬間だった。光と闇の綾が織りなす濃密なドラマがあり、「郊外のディスコンテント」という共通前提があった。
■80年代後半の数年間--正確には85年から91年まで--に継続してテレクラのユーザーだった者は、男女を問わず、失われゆく「昭和的なるもの」が何であり、来たらんとする「平成的なるもの」が何であるのか、明確に意識できたはずだ。この私自身も極めて明確に意識していたと思う。
■ただ先にも述べたように、当時はそうした意識が単なる苦痛として感得され、この苦痛を持つ者同士の共通前提--まさしく最後の共通前提--が極めて濃密なドラマを生み出しているという「ありそうもない事実」が分からなかった。だがかつてのユーザーの大半も、今では気づいていよう。
■だからこそ、昨今の2ちゃんねるの一部の「板」で、かつてのテレクラを巡るコミュニケーションが如何に濃密なものだったのかが回顧されるのだろう。だが、やはり後ろめたさゆえに、議論はせいぜい2ちゃんねる止まり。映画や小説の背景をなしたことさえ(管見では)未だない。
■この時期は「皆が同じ舟に乗っていた時代への回顧」という意味でノスタルジーの対象となる資格を持つだけでなく、しばしばノスタルジー化される「大正モダニズムの時代」「1970年前後のアングラの時代」と同じく「光と闇の織りなす濃密さ」という強烈な共通体験を与えている。
■しかし、既に述べたような障害があって、記憶のあるものさえこの時期を回顧することがないし、まして記憶なき若い世代がこの時期について「皆が同じ舟に乗っていると思えた時代」として憧れることもない。その意味で「昭和の終わり」は巨大なブランクになっているように思う。
■見知らぬ者同士がどんな恋人より恋人らしく濃密な時間を過ごせた「瞬間恋愛」(東ノボル)がなぜ「昭和の終わり」にだけ可能だったのか。なぜ今それが不可能なのか。この可能性と不可能性が我々の人間関係の作り方にどんな方向づけを与えているのか。多くの人は知らないままだ。
■「昭和を知らない子供たち」というお題を与えられた瞬間に、この私は、物書きを含めた多くの人々が想起するだろう「昭和ノスタルジー」(昭和30-40年代回顧)ではなく、ノスタルジーの対象になることがなかった「昭和の終わり=16号線沿線的なもの」のパラダイスを想起した。
■こうした文章をしたためながら、しかし、どれだけの読者が実感を伴う想起をしていただけるのか、私には自信がない。私が、15年以上も前のテレクラユーザーだった女性たち、男性たちの音声データを聞き直しながら、この時代を書籍化しなければならないと決意する所以である。








投稿者:miyadai
投稿日時:2009-06-28 - 10:17:00
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まもなく幻冬舎新書から『日本の難点』刊行です(出荷開始は18日)

“一人で「日本の論点」をやってみました”というオビにある通りの内容です。
三百ページ近いので新書としては相当な分量です。

日本の難点


自民党や民主党の勉強会で過去2年ほどにわたって話してきたことも含まれています。
まえがきもあとがきも相当に長いのですが、まえがき(ウェブ版)のみ紹介しましょう。


まえがき (ただし新書収録のまえがきの元原稿になったものです)


【評価の物差しをどう作るか】

 僕は今年(2009年度)、サバティカル(長期休暇)を取る予定です。久しぶりにゆっくり、休養をとったり、インプットをしようと思っていました。でも、学生の熱心な要望で、「日本戦後思想と郊外論」「現代政治哲学最前線と米国論」の私塾を開講することにしました。
 月一回、朝から晩まで十時間の講座です。「日本戦後思想と郊外論」は前半五時間分の「学部生向け」講座。「現代政治哲学最前線と米国論」は後半五時間分の「大学院生向け」講座。なぜ、この前者が学部生向けで、後者が大学院生向けなのでしょうか。
 「学部生向け」が「日本戦後思想と郊外論」なのは、僕たちが日本人なので、「戦後日本思想と郊外論」を踏まえた方が、「現代政治哲学最前線と米国論」を評価する際の価値の物差しが得られるからです。何がいいのか悪いのかという評価なくして、米国論をなす意味はありません。
 これに関連して、政治哲学「最前線」と名づける理由は、政治哲学や社会思想の最前線では、一九九四年あたりから、政治--政治とは何なのかは後で論じます--を評価する価値の物差しが収束しはじめ、二〇〇一年の九月一一日以降は誰の目にもはっきりするようになりました。
 収束しつつある物差しは、論者によって「欧米的普遍主義から普遍的普遍主義へ」とか「リベラリズムの普遍的構想から政治的構想へ」とか「個別主義から個別主義的普遍主義へ」とか、いろんな呼ばれ方をしています。おおまかには二つの焦点があるように思います。
 第一の焦点は、左翼が推奨してきた多文化主義--近代の普遍主義もあまたある文化の一つに過ぎないとして普遍主義を相対化する立場--を徹底否定することです。残虐を見て見ぬ振りを許さぬためには、誰であれどこであれ(=普遍的に)それは許されないと主張できなければいけない。
 第二の焦点は、今の話と一見矛盾しますが、これこそが普遍的だと言えるものは永久にあり得ないという立場をとることです。せいぜいアレよりもコレの方が普遍的だという具合にその都度の相対的な主張が可能だ--正確に言えば多くの人々を説得できることがある--というに過ぎない。
 一口でいえば「普遍主義の不可能性と不可避性」ということになります。もっと詳しく言えば「普遍主義の理論的不可能性と実践的不可避性」となります。不可避性と不可能性のギャップをどう実践的=理論的に「橋渡し」するかが現代政治哲学の最前線の課題だと断言できるのです。
 そうした流れの駄目押しが、二〇〇八年九月以降の米国発の金融危機です。いずれサブプライム(=三流以下)向けローンが支える住宅バブルが炸けて金融危機が起こることは、素人を含めて誰もが確信していたので、金融危機が起こったこと自体については誰も驚いていないでしょう。
 金融危機が起こる前から、日本にも米国にも、どんなメカニズムが金融バブルを支え、どのようにそれが炸けるのかについて考察していた学者たちがいました(ラグラム・ラジャンなど)。にもかかわらず、なぜ今のような状況になってしまったのか? キーフレーズは「社会の底が抜けた」です。
 正確にいえば、どんな社会も「底が抜けて」います。つまり、社会がその形をとるべき必然性はありません。つまりは恣意的です。恣意性は消去できません。でも、恣意性を乗り越える、あるいはやり過ごす働きを、従来は多くの社会が内蔵してきました。それが壊れてしまったのです。
 僕がコミットしている社会システム理論では、どんな社会も「底が抜けて」いることを、システムの概念で記述します。それとは別に「底が抜けて」いることをやり過ごすメカニズムが壊れていく過程を、〈システム〉(の全域化による〈生活世界〉の空洞化)という概念で記述します。
 一九六〇年代半ばまでに、人文知の領域で“どんな社会も「底が抜けて」いること”が明らかになりました。それから五年ないし十年遅れて、普通の人たちの間で“社会の「底が抜けて」いること”が理解されました。つまり、やり過ごしや覆い隠しのメカニズムが壊れてしまったのです。
 分かりやすくいえば、社会の「底が抜けて」いるという事実と、その事実に気付いてしまうこととは、別のことです。「ポストモダン化」という場合、後者を意味します。すなわち、誰もが“社会の「底が抜けて」いること”に気付いてしまうことが、「ポストモダン」概念の肝なのです。
 なぜ、最初は人文知の学者たちが、そしてやがて誰もが、“社会の「底が抜けて」いること”に気付いてしまったのか。理由は「郊外化」です。「郊外化」とは図式的にいえば〈システム〉(コンビニ的なもの)が〈生活世界〉(地元商店的なもの)を全面的に席巻していく動きのことです。
 このあたりは僕が起草に関わった「東京都第二七期青少年問題協議会答申」や、準備中の別著を参照していただくとして、まず自分に身近な所で「郊外化」が何をもたらしたかを実感した上で、次にそれが日本の思想に--ひいては世界の思想に--何をもたらしたかを考えて欲しいのです。
 そうした思考系列の中に米国(的なもの)を置く。そうすると、かつての大恐慌と異なる今回の金融危機の意味を含めて、いろんなことが分かります。僕が“「日本戦後思想と郊外論」から「現代政治哲学最前線と米国論」”というプログラムを設定する理由は、そうした所にあります。


【恣意性からコミットメントへ】

 先に紹介した「収束しつつある物差し」が意味する所を一口でいえば「相対主義の時代の終わり」です。正確には相対主義の時代が終わっただけでなく、相対主義に対抗して「絶対的」なものへコミットメント(熱心な関わり)を推奨するような素朴な立場があり得た時代も終わりました。
 相対主義の否定が不可能だと知りつつ相対主義を「敢えて」否定するしかない--「普遍主義の不可能性と不可避性」とはそうしたことです。僕が今世紀に入ってから「ベタからネタへ」とアイロニズム(全体を部分に対応させつつ全体を志向すること)を推奨してきたのもそうした背景です。
 振り返ると、ポストモダン化を予兆して「境界線の恣意性」を問題にした二〇世紀的人文知(言語ゲーム論やシステム理論)から、一九九四年あたりから専門家に知られ二〇〇一年以降人口に膾炙した「コミットメントの恣意性」を問題にする二一世紀的人文知へと転回したことになります。
 「境界線の恣意性」とは、「みんなとは誰か」「我々とは誰か」「日本人とは誰か」という線引きが偶発的で便宜的なものに過ぎないという認識で、先に述べた相対主義にあたります。かつて流行した「社会構築主義」やら「脱アンデンティティ」といった物言いもこの系列に属します。
 「境界線の恣意性」はコミットメントの梯子外しをもたらします。これに対し、「コミットメントの恣意性」は、「境界線の恣意性」については百も承知の上で、如何にしてコミットメントが可能になるかを探求することが大切だという認識です。認識が逆方向を向いていることが大切です。
 分かりやすくいえば、「境界線の恣意性」を問題にする段階が「素朴に信じてはいけない」という否定的メッセージだとすると、「コミットメントの恣意性」を問題にする段階は、対照的に、こうした否定性への自制や自覚をもちつつ「コミットメントせよ」という肯定的メッセージです。
 「恣意性に敏感であれ!」という段階から「恣意性を自覚した上でコミットせよ!」という段階への変化がなぜ起ったか。それがとても重要です。先ほど一九九四年という年号を挙げましたが、こうした変化は、主体概念に疑義を呈したミッシェル・フーコーによって先取りされています。
 フーコーの先取りは日本ではちゃんと理解されていませんが、一口で「主体から美学へ」と名付けられます。さらに言えば、そのフーコーは、初期ギリシアを参照する初期ロマン派・を参照するニーチェや初期ロマン派・を参照するハイデガー・を参照するアドルノらを参照しています。
 こうした参照の系列を踏まえた上で、ポリスが急激に没落する時代のストア派(の美学)に思いを寄せるのがフーコーです。その意味で「恣意性からコミットメントへ」という転回は、実は幾度か繰り返されてきた反復です。だから、なぜ転回が起ったかという問いは二つに分解されます。
 第一の問いは、そうした反復がなぜあるのか。第二の問いは、反復の1サイクルがなぜ最近(一九九四年から数えてここ十五年、フーコーから数えてここ四十年)起ったのか。問いへの答えは別著に譲りますが、僕たち日本人が浸されている特別の事情についてだけ述べておきましょう。
 丸山眞男が述べた「作為の契機(人が作ったという自覚)の不在」がヒントです。戦後、日米の蜜月関係が「朝日が東から昇って西に沈む」のと同じように永久に続くと思われるようになり、コミットメントしなくても社会が自然のように続くと見す感覚が一般的になりました。
 ところが、911への杜撰な対応以降の米国の政治的凋落、そして直近の金融危機が象徴する米国の経済的凋落を契機として、米国が米国であることの自明性、米国が親日的であることの自明性(日米安保体制の自明性)、日本の存続可能性の自明性などが、一挙に崩れてきたわけです。
 踏み込んでいえば、「対米追従と国土保全とが両立しないこと」「日本社会の空洞化と米国的なものの拡がりの間に関係があること」が“自覚”されるようになりました。ただし、先のポストモダンの話に似ますが、実は“自覚”以前に、一九八八年頃から上記の命題が現実化しはじめたのです。
 その結果、我々は、国土保全(を通じた社会保全)という柳田国男的な課題を--すなわちコミットメントを通じた政治共同体の保全を--自覚せざるを得なくなりました。ほかならぬこの日本においても「恣意性からコミットメントへ」という課題が、広汎に浮上してくるようになりました。
 こうした形で、この日本で共有されつつある課題意識をより一層急速に共有化するべく--歴史の推転を早めるべく--この本が書かれることになりました。この課題意識を「現状→背景→処方箋」という3段ステップで理解していただくべく、以下のような5章だての構成になっています。
 一章・人間関係はどうなるのか?(コミュニケーション論・メディア論)、二章・教育をどうするのか?(若者論・教育論)、三章・幸福とはどういうことなのか?(幸福論)、四章・アメリカはどうなっているのか?(米国論)、五章・日本をどうするのか?(日本論)という順番です。
 ただし全ての問題を網羅的に論じるかわりに、必要不可欠な急所《ルビ:クリティカルポイント》だけを押さえることで、ほかならぬ「この社会」を--「この社会」を論じる最先端の枠組を--知るためのエッセンスが得られるように考えられています。
 だからといって、この本を順番どおりに読まなければならないということはありません。各項目ごとにできるだけわかりやすく凝縮してそれだけで完結するようになっているので、好きなところから読んでもらっても、物事を理解する上での筋道が得られるはずです。
 実は、この本は、そんなふうにどの項目から読んだとしても、一つひとつがストーリーのように読めますし、また、いくつかの項目を組み合わせたとしても、あるいはまた、全体を通して読んでも、大丈夫なようにつくってあります
 そんなふうに好きな形でこの本をお読みいただき、冒頭に述べたような、「この社会」を論じるための「評価の物差し」を持つための手がかりをつかんでもらえば、著者としてこれほどうれしいことはありません。
 前置きが長くなりました。僕と一緒に「この社会」を知るための旅に出かけることにしましよう。そう、この本で目ざされているのは、いったん「この社会」の直接性から離れた上で、再び「この社会」へと向かうための、いわば「往って、還ってくる」旅なのです。/
投稿者:miyadai
投稿日時:2009-04-12 - 15:14:36
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東大経済学部首席卒業(!)の小幡績さんとお話ししました


そういえば、東大法学部首席候補生が僕のゼミにもぐっています。
僕の知る限り、東大でも首席クラスになると、公共的なヤツばかりです。
昔、東大助手を4年やったあと、東大で5年間非常勤をやっていたとき、理Ⅲの連中を見ていて初めて気付きました。
「本当に凄いヤツ」になりたいと思うと、そうなるのかな。
利己的なヤツを相手に「本当に凄い」って感染することなんて、ないからな。
・・・・みたいなことを考えた記憶があります。

例によって宮台発言の一部のみ抜粋します。



宮台◇ (小幡さんの『すべての経済はバブルに通じる』は)素晴らしい本です。証券化とは何か、どんな証券化が何を意味するかを、こんな平明に説明した本はない。サブプライムショックの根本を、そもそもバブルが「仕方ない」現象であることを踏まえて、深い次元で解説しています。

宮台◇ ご著書に「売ろうとしても売れないという流動性リスクが債券の最大のリスク」とあります。「みんなが買えるがゆえにみんなに売れること」が価値なのだと。神保さんが「知る人ぞ知る」堅実な中小企業を運営していても、外国人投資家は目を向けない。神保さんの活動を一生懸命調べてリスクとリターンを算出して投資をできる人は極く少数。この場合、投資判断が間違っていなくても、急にキャッシュが必要になって債券を売ろうとしたとき、無名企業だから買い手がつかない。これが「みんなに売れない」リスクです。


宮台◇ 債券は元々きちんと探索すれば内容が見えます。でも探索しないと見えないし探索コストがかかるので、一般には“見える”状態にまでアクセスしにくい。証券市場では簡単な数字が提示されることで、ディープに観察すれば見えるものとは「違うものが見える」ようなります。リスクとリターンを誰もが分かるように格付けした時点で、見る人が見れば分かったものが抜け落ちるだけでなく、新しい何かが加わる。情報の量だけでなく質が変わる。「分かりやすくなる」というより「違うものが見える」。可視化の罠です。

宮台◇ なのに、未来への「みんなの期待」を先取りするがゆえの〈バブル化〉も、資本主義の外側が消えるがゆえの〈フロンティア消失〉も、両方とも回避できない。だから、金融資本主義化も、金融資本主義化の終焉も、必然だと小幡さんはおっしゃるわけです。

宮台◇ (小幡さんの公私混同こそが大切だとの指摘を踏まえて)公私混同とは面白い。アメリカのコミュニティバンクは伝統的に「儲かりそうだからカネを貸す」のでなく、何で儲けているのかを見て「地域に役立ちそうだから」「周りの人間が幸せになりそうだから」貸す。リスクやリターンの標準化された指標に留まらず、近くにいないと意味を持たない情報や社会的利得を評価します。これが公私混同だとすると、内容を精査せずに「コネがあるから貸す」新銀行東京も別の意味で公私混同です。むろん小幡さんが推奨されたのは前者。単に儲かるから貸すのでなく、活動がソーシャルだから貸す。でもソーシャルだからといって「みんながわかる」という意味でのパブリックじゃない。かといって「身びいき」でもない。新銀行東京が“泥棒”だとすると、コミュニティバンクは“共栄”的。むろん、身内だけの“共栄”こそ“泥棒”だから、右翼国際主義みたいに「諸パトリの共存」を目標とするかどうかです。

宮台◇ 小幡さんの公私混同はソーシャルコミットメントです。「自分としての自分」の外側にあるものも「自分の一種」であるかのように見して行動する。「他人の痛み」を「自分の痛み」と見す選好構造です。自分が末長く儲けるのに必要な他人との間のプラットフォーム(共有財)というだけじゃ小幡さんの指摘する「他人のカネだから(損しても)いいや」問題は克服できない。社会学者パーソンズも大恐慌から同じ教訓を引き出しました。彼は、価値コミットメントは生得的でなく社会環境が埋め込むものだと考え、社会環境全体の設計を企図するニューディーラーを擁護します。「社会成員が利他性を自然感情だと見すように刷り込むにはどうすればいいのか」を考えよということです。

宮台◇ 見込んだ通り小幡さんは面白い方です(笑)。確かに、日本は世界に先んじて色んな現象が起こります。「近代の否定ではなく、近代を相対化する近代主義が大切だ」という昨今の最先端思想も、元々は亜細亜主義がルーツです。日本が先んじるのはなぜか。地域性や宗教性や階級性の縛りがないからです。
 地域性からいうと、維新後の近代化は集権的再配分に基づきます。江戸時代のような独立採算ユニット(藩)を認めず、中央から資本主義を操縦しました。だから「世界で最も成功した社会主義国」と呼ばれてきました。でも縛りのなさは功罪あります。中央から再配分できなくなったとき、人々を包摂する地域性の不在はアノミーをもたらすからです。
 アメリカでは宗教的良心が、ヨーロッパでは階級的連帯が、中国では血縁的包摂が、縛りであると同時に、包摂のよすが。日本はこれら縛りがないので高速で大規模に近代化を遂げたけど、逆に地域的包摂も宗教的包摂も階級的包摂も血縁的包摂も効かないので「カネの切れ目が縁の切れ目」になりやすい。地域も宗教も階級も血縁も相続財産ですが、「善くも悪しくも」なのですね。相続財産を欠く日本は、空洞化しやすいが、実験もしやすい。
 僕が思うに「アジアという公私混同」が重要です。インドや中国は長期的に投資対象になりますが、彼らの経済成長がもたらす資源負荷や環境負荷はインド人や中国人だけでなく世界中を苦しめます。日本は環境対策技術でこそ欧州各国に抜かれたけど、エネルギー利用の効率化技術は世界最高水準。こうした技術はインドや中国に売れるだけでなく、インド人や中国人の利益になります。だから「同じ亜細亜じゃないか」という公私混同から出発する壮大な構想は「あり」です。
 いずれにせよ(1)資本主義に代わる枠組はない。(2)資本主義の市場均衡は人々の選好構造に依存する。人々が利己的ならば資本主義は「非社会的」均衡を、人々が利他的ならば「社会的」均衡をもたらす。(3)だから世界の存続は「いい人たちが営む資本主義」に移行できるかどうか次第。(4)それはパーソンズ的な意味での「埋め込み」が成功するか次第。というわけです。日本には「いい人」を埋め込むための文化的リソースはあるかもしれない。
投稿者:miyadai
投稿日時:2008-12-31 - 15:58:40
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裁判員制度の問題点を訴えておられる西野喜一氏のお話を斎藤貴男氏と宮台が伺いました

宮台発言のみ一部紹介しますが、12月中旬発売の『サイゾー』に全体が掲載されます。




宮台◇ [陪審なり参審なりで審理に「3日程度」という枠をつけている国がないということは]大変なことですね。審理の適正性よりも迅速性を上位に据えているかのようです。単に裁判員制度が回ればいいのか。そうした疑念を抱かせるだけでもこの制度には問題があります。


宮台◇ [なぜ最初から市民参加ありきの議論だったかというと]大雑把にはポストモダン化がもたらすポピュリズムの問題です。“〈生活世界〉を生きる「我々」が〈システム〉を便利だから利用する”と素朴に思えるのがモダン(近代過渡期)で、〈システム〉が全域化した結果“〈生活世界〉も「我々」も〈システム〉の生成物に過ぎない”という疑惑が拡がるのがポストモダン(近代成熟期)です。
 ポストモダンでは、第一に、社会の底が抜けた感覚のせいで不安が覆い、第二に、誰が主体でどこに権威の源泉があるのか合意しにくくなる正統性の危機が生じます。不安と正統性危機は「俺たちに決めさせろ」という市民参加や民主政への過剰要求を生みます。だから神保さんが言うように「右にも左にも意味がある」のです。体制側は危機に陷った正統性を補完でき、反体制側は市民参加で権力をチェックできるわけですから。でも抽象的には左右双方にとって(1)不安を抑え(2)正統性の新たな支えを築く機能は共通です。
 ところが人文知の重要な知見は、ポストモダン化が市民のイノセンス(無垢)を信頼できなくすることです。個人的見解では権威や正統性の劣化を市民の合意で補完するのは危ない。法哲学ではジョセフ・ラズは法生活において庶民感覚や生活感覚を当てにしてはいけないとし、その都度の状況に依存する感情的反応から比較的中立的な、長い歴史の蓄積で培われた知恵を使える専門家が必要だと言います。
 社会学のメインストリームである正統性論も同じ発想です。市民参加で正統性を補完しようにも、馬鹿マスコミの影響も含め、どのみち市民のイノセンスは信じられないから正統性の混乱はやみません。ならば権威の源泉の、補完ではなく建て直しを構想すべきです。


宮台◇ [とりわけ日本で裁判員制度を導入する際の障害は]日本では推定無罪の原則が理解されていないことです。神様の目から見たら本当はその人が罪を犯しているかもしれない。でも人間は有限であるゆえに間違う。裁判で有罪の者が無罪になったり、無罪の者が有罪になったりする。だからこそデュープロセス・オブ・ロー(適正手続)がある。法的真実は真実それ自体じゃないが、だからといって「何でもあり」は困る。立憲制国家では社会(に紛れた悪人)よりも国家(の権力濫用)の方が怖い。
 であれば、千人の罪人を放免するとも一人の無辜の民を刑することなかれ。本当は人を殺していても適正手続のもとで証拠不十分で無罪になるのは仕方ない。無実の人が不適正な手続で死刑になるよりはマシ。それが適切手続の意味なんですね。昨今は「悪い奴が無罪になるような法は無視してしまえ!」という世論が目立ちます。「法原則に対する感情原則の優越」が拡がっています。そうした背景があっての日本的な正統性危機です。正統性危機への対処が「感情原則の優越」への迎合を意味するなら言語道断です。


宮台◇ [公判前の論点整理手続の問題点をいうと]近代裁判の基礎は起訴状一本主義の対審制です。たとえ虚構であれ、裁判官は白紙の心情で裁判に臨み、検察側・弁護側の主張を初めて聞き、どちらの主張が真実かをジャッジする、つまり野球やテニスの審判と同じだという理念です。この理念に完全に反します。少年法改正の際に話題になった「起訴状一本主義の対審制でなく、大岡裁きの温情主義じゃないか」という議論はどこに行ったのか。そんなものを裁判と呼んで良いのでしょうか。


宮台◇ [法制度改正を評価する場合の基礎教養をいうと]原初的な社会では民衆が司法に参加していました。血讐原理といいます。自分の部族の者が殺されたら相手方の部族を殺し返すこと。これは権利であると同時に義務です。報復しないと、対抗意思を表明しなかったので権利を放棄したと見されるからです。こうした同害報復の血讐原理で人類は何万年もやってきました。
 ところが制服被征服や階層分化で社会が複雑化すると、人々が共通感覚を持たなくなって何がどこまで許されるのか分からなくなり、血讐原理では復讐の連鎖が起こります。そこで人類は「権威ある裁定者」を作り出します。新約聖書の山上の垂訓に「権威ある者の如く語った」とありますね。その人が喋れば誰もが従うということ。各人の感情は感情として裁定者に委ねるのです。
 でも元来は法的裁定をするだけで法的執行(処刑=復讐)は当事者に任されていました。ところがそれだと当事者に負担がかかって弱い者は泣き寝入り。なので近代社会では司法権力を内蔵した統治権力が、裁定だけでなく執行もすることになり、強力な物理的実力を保有します。かくして統治権力が危険な存在になったので、それを中和すべく推定無罪の原則が生まれました。同時に、英米法的な判例法主義にせよ大陸法的な成文法主義にせよ「法の発見」(もともと存在したものを見出す)というロジックが使われます。
 感情的納得と正統性(自発的服従契機)とが別物で、その典型が推定無罪であることなど、審議会の方々は議論したのですか。


宮台◇ [裁判員制度導入を答申した司法制度改革委員会の13人の委員のうち過半数の7名が完全な非専門家だったという事実は]神保さんが番組でも度々おっしゃっていることですが、審議会メンバーの選の段階で法務官僚に一定の意図があったと考えるほかありませんね。まさに茶番だったわけです。
投稿者:miyadai
投稿日時:2008-11-26 - 10:34:09
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『ダークナイト』でのジョーカーの輝きはヒース・レジャーの熱演が理由ではない

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『ダークナイト』でのジョーカーの輝きはヒース・レジャーの熱演が理由ではない
〜ヘブライズム(神義論)とヘレニズム(逆神義論)の反復する対立と西洋的なもの
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■クリストファー・ノーラン監督『ダークナイト(闇の騎士)』(08)のエンドロールに、映画でジョーカー役を演じた後にオーバードーズで急逝したヒース・レジャーと、同じく急逝した特殊効果技師のコンウェイ・ウィックリフに捧げられていることが記されている。
■巷での評判通り、この映画で最も強い印象を残すのは、クリスチャン・ベール演じるバットマンではなく、むしろジョーカーである。弔意の意味もあってか、その理由をヒース・レジャーの熱演に帰する向きが多い。半ば同意しつつも、半ば保留せずにはいられない。
■急逝の時期が微妙だったのもあり、クスリを服用した動機には二説ある。一つは(かつてジョーカーを演じたジャック・ニコルソンが言うように)ジョーカーを演じるのに必要なテンションが高すぎるがゆえに、クスリを必要としたのではないか、というものである。
■もう一つは、彼がジョーカーに感染して、日常に戻れなくなったからではないか、というものである。優秀な俳優の多くは、2500年前のギリシア悲劇の演者がそうだったように、観客にミメーシス(感染的摸倣)を惹起すべく、自らもまたミメーシスによって演じ切る。
■私は後者ではないかと思う。というのは、実際に映画を観た後、ヒース・レジャー演じるジョーカーに感染した私は、しばらくの間、身体挙動から世界観まで──冗談ではなく──ジョーカー的になった。私が「お祭り体質」なのもあるが、もっと奥深い理由もある。
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■ヒース・レジャーは、ジョーカーを演じるにあたり、人知を越える世の摂理──神や真理にどうにも帰することができない不条理──をギリシア悲劇の演者の如くミメーシスを以て演じようとし、結果的に、人知の世界(社会)に着地できなくなったのかもしれない。
■結論に半ば踏み込んだが、『ダークナイト』のジョーカーが極めて強い印象を残すのは、ヒース・レジャーの功績による所が大きいとはいえ、ヒース・レジャーが──ノーラン兄弟(兄が監督、弟が脚本)が──表現しようとした「世の摂理」を無視する訳にいかない。
■人知を超える摂理だから、プラトンの詩論の言うが如くミメーシスを以て――或いはベンヤミンの言うが如くアレゴリー(瓦礫に一瞬浮び上る星座)を以て、アドルノの言うが如く「散漫の知覚」を以て――表現される他ないものを、敢えて言葉にする暴挙を試みる。
■ヒースのジョーカーは相手から視線をそらさない。なぜか。この問いを切り口にしよう。答えは、『ダークナイト』でのジョーカーは、シリーズに倣って「挑発する者」であるに留まらず、「悪を唆す者」だからだ。正確にいえば「善人が崩れるのを楽しむ者」なのだ。
■本人が悪を犯すというよりも、人に悪を犯させる(ために自分も悪を犯す)存在。ジョーカーがこうしたモチーフを体現する事実は、愚かな人間どもの裏切りの連鎖を現実化する冒頭の銀行強盗のシーンにおいてあからさまだ。それが映画の主題を高らかに告知する。
■「悪を犯させる存在」というモチーフは直ちに、エデンの園でアダムとイヴを唆した堕天使ルシファーを想起させる。この「堕天使」という所も重要で、後で述べる通り、ジョーカーは巷間語られる「絶対悪」──私の言葉では「脱社会的存在」──ではあり得ない。
■ジョーカーからヒース・レジャーへと感染し、ヒースから観客へと感染するのは、取り敢えずはこの「悪」だ。言い換えれば、ミメーシスは「悪の感染」という形で現象する。「一緒に狂っちまおうぜ」といわんばかりに、私たちを引き摺り降ろすミメーシスである。
■だが、私たちが──少なくとも私が──引き摺り降ろされてしまうのは、言葉で形容しがたいヒース・レジャーの佇まいによるだけではない。そこには明確に構造化された意味論(概念と命題の体系)がある。意味論の持つ力こそが私たちを屈服させてしまうのだ。
■ただし、この意味論の持つ力は、神義論を逆転させる所に由来する。神義論の伝統は、一般には「超越神」の形象を持つ一神教、とりわけキリスト教のものだと考えられてきた。とすると、意味論の持つ力は、こうした宗教社会学的な文脈に依存する可能性があろう。
■言い換えると、こうした文脈には比較的無縁な日本人がこの映画を観た場合、ヒース・レジャー演じるジョーカーにミメーシスを引き起こすのはいいとして、かかるミメーシスを通じてアレゴリカルに開示される「世の摂理」に、まとにも反応できない可能性がある。
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■神義論は弁神論ともいう。「神が全能であるなら世界に悪(不条理)があるのはなぜか」という問いに答えて、神の全能を弁護するための議論だからだ。この問いは「悪(不条理)の存在にもかかわらず神が支配していると言えるのはなぜか」とも言い換えられる。
■有名な話だから復習もかねていえば、弁神論Theodicyの言葉を作ったライプニッツ『弁神論』(1721年)は、人間の不完全性ゆえに課せられる試練(神が用意した学校)として悪(不条理)を捉える。とするなら、悪は「神の計画」であり、真の意味での悪ではない。
■シュライエルマッハの整理を踏まえていえば、「神の計画」を持ち出して合理性によって悪を説明する立場は「主知主義」につながり、神は端的に何でも意思できるがゆえに悪もあるのだとする立場は「主意主義」につながる。『ダークナイト』はこれらを踏まえる。
■『ダークナイト』は全ての神義論を逆転させた「逆神義論」の形をとる。説明しよう。神義論は全て、「善の存在」ではなく「悪(不条理)の存在」を説明したがる。そこには、「悪(不条理)の存在」を通常ならざる事態(非・通常態)だと見す自明性が横たわる。
■「暗黒の四百年」を踏まえた初期ギリシアが否定したがるのは、この自明性だ。だから、「悪に抗って屹立する善」を、ありそうもない振舞いとして賞揚した。『ダークナイト』はこれに連なる。即ち、超越神の不在を前提として、「なぜ善が存在し得るのか」を問う。
■因みに、「なぜ反秩序(例えば犯罪)が存在するのか」という常識的な問いを逆転させて、「なぜ秩序が存在するのか」を問うのが、社会学の思考伝統である。即ち、秩序が通常で反秩序が異常なのではなく、逆に反秩序が通常で秩序こそが異常だと見すのである。
■ホッブズはいみじくも人々が殺し合うのが自然状態だと喝破した。むしろ社会状態(秩序)こそが、卵が立つが如き、ありそうもない事態だ。デュルケムも、自殺や殺人の存在を「常態」と見し、神義論に注目するウェーバーも、受難の存在を「常態」と見した。
■「説明されるべきは反秩序ではなくむしろ秩序である」「説明されるべきは悪ではなくむしろ善である」という発想は、学問世界に限っては古典的で、必ずしも細くない流れを形づくる。だが、少なくともキリスト教的な慣れ親しみからは、やはり乖離した発想だ。
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■誤解されやすいが、この発想は、人は(善だが)悪に染まりやすいというキリスト教的な一般論を言うのではない。そうではなく、「〈世界〉が(よって〈社会〉が)出鱈目である以上、人はそもそも悪であるのが自然だ」とする性悪説に類似した発想のことを言う。
■なお、〈世界〉とはありとあらゆる全体のことで、〈社会〉とはあらゆるコミュニケーションの全体のことだ。さて「人はそもそも悪であるのが自然だ」とすれば、なぜ、社会はそれなりに秩序立ち、かつ人々がそれなりに善意に満ちているように見えるのだろうか。
■「統治権力のゲバルトを恐れるから」というのがホッブズの回答だが、『ダークナイト』は別の社会学的回答を用意する。ジョーカーは「悪を唆す存在」だが、唆しは挑発という手段でなされる。正確には、人々を挑発することで、彼らに予期の地平を破壊させる。
■予期の地平とは何か。ケインズは『雇用・利子および貨幣の一般理論』で「株式投資は、投票者が100枚の写真の中から最も美しいと思う6人の女性を選び、その選択が投票者全体の平均的な好みに最も近かった者に商品が与えられるという美人投票に似る」と喝破した。
■そこでは人は「皆がそう思うだろう」と自分が思うものに投票する。その結果、誰一人として「自分としての自分はそう思わない」ものが、投票で選ばれる可能性が出てこよう。ジョーカーが展開するのは、ケインズ的「美人投票」ロジックの展開型だと言えるだろう。
■即ち人が善なる振舞いをするのは、自分が善人だからではなく、他者たちがおおむね善人だとの想定(予期)ゆえに、善なる振舞いをしても損しないと見込むからであり、ゆえに、この予期の地平が破れれば、損したくないので善なる振舞いをやめるはずだと見す。
■所詮は誰もが「自分だけがカワイイ」エゴイスト。それでも社会が秩序立つのは「他人たちがおおむね善人だろう」と見込むからに過ぎない。だがこの見込みは、所詮ははかなき幻想である。幻想であることが露呈すれば、人はこぞって悪の馬脚を現すであろう――。
■ジョーカーとは「挑発する(相手の反発を引き出す)ことで悪を唆す」存在だと述べた。だが単に人間の心底に潜む悪を引き出すことを意味しない。そうした心理学的関心よりも、予期の地平が崩れれば社会が一挙に崩れるのを確証しようとする社会学的関心が、優位だ。
■無神論者は、神などという確証しがたい幻影を頼る者を軽蔑する。合理的に考えれば「神は現に存在しない」。ジョーカーは、社会などという確証しがたい幻影を頼る者を軽蔑する。合理的に考えれば「社会(秩序だった現にある〈社会〉)は現には存在しない」――。
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■無神論者の多くは信仰者に敵対せずに、共存するだけだ。だがジョーカーは「信仰者」――ケインズ美人投票的な予期の地平を信仰する者――に敵対する。多くの者はそこにジョーカーのルサンチマンを見出す。ジョーカーの背景が不明なことを却って証左と見す。
■だが、ジョーカーにトラウマの痛々しさを見出すこうした解釈とは別の解釈もあり得る。ジョーカーは自らの裂けた口(の笑い顔)の由来について毎回違うデマカセの説明をする。トラウマから来る怨念といった帰属処理(をもたらす心の理解)を、嘲笑するかのように。
■ジョーカーはルサンチマンを表出する者であるより、幻想にすがるがゆえに傷つく者を救い、そうした者たちが生まれないよう企図する、むしろ倫理的存在であると感じられる。それは彼が「一事が万事」というアレゴリー(寓話性)の具現化を試みる事実と符合する。
■911以降露呈した米国の政治的失敗と経済的失敗の背後に、「自由が万人を幸せにする」という騙し(実際に初期手持量の差異による構造的貧困)と「才覚に基づく投資利益」という騙し(実際には債務不履行補填保険の売却利益)があるのは、既に周知である。
■それぞれの騙しは、偽りの約束をする類でなく、社会(現にある〈社会〉)はこういうものだという社会イメージの吹聴だ。だがこの吹聴を徹底批判すると批判者は墓穴を掘る。社会が回るとすれば、どのみち美人投票的な社会イメージが前提となっているからである。
■その意味でなら、ジョーカーはケインズ美人投票的な社会イメージを徹底批判する。徹底ぶりが倫理を感じさせるのだ。徹底批判を回避し、どこかで批判をやめるなら、必然的に恣意性――許容される幻想と許容されない幻想の勝手な区別――が含意されるからである。
■むろん徹底批判すれば、社会を回すのに必要な社会イメージが枯渇する。それが批判者自身を脅かす。だから「墓穴を掘る」と述べた。だがジョーカーはそれを恐れない。社会が回らなければ皆が墜ちる。その方が、幻想の不平等な恩恵よりマシだとでもいうように。
■神を信じぬ「無神論者」に単に留まらず、神を信じることで傷つく者たちを救済するのがツァラツストラ(ニーチェ)だった。同様に、社会を支える幻想を信じぬ「脱社会的存在」に単に留まらず、幻想を信じることで傷つく者たちを救済するのがジョーカーなのだ。
■ワグナーに対するアンビバレントな嫉妬感情に見るようにニーチェはルサンチマンの塊だが、それでも表現は十分に公共的かつ倫理的だ。ジョーカーもまたルサンチマンの塊であることを想像させ、ある意味で痛々しいが、それでも表現は十分に公共的かつ倫理的だ。
■その意味で、ジョーカーは脱社会的でなく、かつて社会に傷つけれたがゆえに怨念に満ちた反社会的存在だとするのは妥当だが、それだけでは私的存在へと矮小化しすぎる。私的経緯はどうあれ、ケインズ美人投票的な社会イメージの反公共性を撃つ姿勢は公共的だ。
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■二隻のフェリーの乗客たちに相手方の船を爆破する起爆装置を渡し、深夜零時までにどちらかがどちらかを爆破しないならジョーカーが両方を爆破するという「ゲーム」は、乗客の善意とバットマンの活躍にゆえに、頓挫した。だがよく見れば単なる、偶然の帰結だ。
■むしろ私たちは、ジョーカーが提示する二者択一のどれもが、私たちが両立可能だと思っている崇高な価値――愛と正義、法と正義、正義と人命――が、「普通は両立可能ではない」ことを示すデモンストレーションになっている事実に、注目する必要があるだろう。
■デモンストレーションの成否は本質的でない。本質はジョーカーの意味論だ。ジョーカーが輝き、バットマンが輝かないのも、この意味論に由来する。ありそうなことにコミットするジョーカーに対し、ありそうもないことにコミットするバットマンは分が悪いのだ。
■ジョーカーが喝破する如く、バットマンはジョーカーの意味論に同意している。だから「法の外に随時出ることで自由な社会を守る」という公安思想を私的に体現する。自由な社会を守る法が、必然的に社会を破壊する自由をも守る以上、脱法的正義貫徹も仕方ない。
■バットマンは「合法性の貫徹した自由な社会」が寝言なのを知っている。自由と合法という崇高な価値同士が両立しないのを知っている。この両立不能性に気づく者をジョーカーはフリークス(奇形)と呼び、「俺もお前も奴ら(社会)にとっちゃ奇形だ」と述べる。
■911以降の米国――私のいう「頭の悪いネオコン」――はフリークスを公然化してしまった。だからジョーカーやバットマンだけでなく私たちの多くが「自由と合法は両立しない」など崇高な価値同士の両立不能に気づいている。『ダークナイト』が寓意的な所以だ。
■「闇の騎士」バットマンが「光の騎士」と呼ぶ地方検事ハービー・デントは、ジョーカーの唆しに乗り、愛と正義の両立不能性に膝を屈した。バットマンがデントを「光の騎士」と呼び、デントの堕天使ぶりを隠蔽してバットマン自ら全ての罪を被るのは、なぜか。
■二つある。一つは、ジョーカーが暴く美人投票的メカニズム――誰もが他人を概ね善人だと予期できなくなれば直ちに善行を振り捨てる悪人に過ぎない事実――に抗い、他人が全て悪人でも只一人善人として屹立する存在があり得ることを啓示するシンボルが、デントだからだ。
■もう一つは、デントがそうした屹立を通じて、崇高な価値の全てが両立し得るという社会イメージを――実際にはそれがあり得ないことに抗って――啓示するシンボルとして機能するからだ。バットマンは「虚構の社会イメージ」を護持するべく、捨て石になるのだ。
■そこに911以降の米国的なもの――フリークスの公然化――に対する批評を見出せよう。その批評は「嘘をついてでも隠してでも、美人投票的な予期の地平を守れ。崇高な価値は両立可能だとのイメージを守れ」との処方箋につながる。それはエリート主義を含意する。
■「規定不能性を引き受けた上で隠せ」というエリート主義の推奨だ。バットマンことブルース・ウェインが超エリートである事実と符合する。そこには、規定不能性に身を晒せという叙事詩と、分の良し悪しに拘らず意志せよという意志論がある。初期ギリシア的だ。
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■全体を救うために捨て石になる――ここにはイエスの贖罪の暗喩がある。捨て石になったことの意味(復活譚)を極く少数(警部補親子)しか知らぬことも含めてである。だが、十二使徒は宣べ伝えることを促され、警部補親子は宣べ伝えることを堅く禁じられている。
■この差異が意味する所は見通し難いほど深い。元々ユダヤ教に発するキリスト教は原罪譚をベースとする。即ち「本来は善こそがありそうもない」ことを知るイエスが、贖罪を騙って意味論を逆転し、「なぜ悪(理不尽)があるのか」という神義論に道を開いたのだ。
■だが、贖罪による意味論の逆転は、今や効力を失った。先に述べた「フリークスの公然化」も手伝い、学問世界でだけ語り継がれてきた「なぜ善があるのか(否、ありそうもない)」という逆神義論が人口に膾炙しつつある。あたかも贖罪しきれなかったかのように。
■豊かな先進国でさえ、神義論――神がいるのに悪などあり得るのか――ではなく、逆神義論――神がいないのに善などあり得るのか――こそがリアルになりつつある現在、『ダークナイト』が、規定不能性を前提とした叙事詩と意志論を語ることは、強い印象を残す。
■そこに私は、エジプト的なものと初期ギリシアとの対立、キリスト教的なものとニーチェとの対立、近代哲学(形而上学)と現代哲学(反形而上学)との対立など、ヘブライズムとヘレニズムの「野合」から生まれた「西洋的なるもの」の反復を、見ずにいられない。
投稿者:miyadai
投稿日時:2008-10-13 - 11:09:15
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まもなく「丸激・教育本」が春秋社からでます。

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まえがき:原理的に決着不可能な問題に開かれること
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【大分県教員採用汚職事件の顛末】
■2008年9月1日現在、巷では大分県教員採用汚職・校長教頭昇任汚職・教委登用人事汚職が尾を引いている。8月30日には2008年度に不正合格した21人が採用取り消しとなり、県教委行政改革担当プロジェクトチームが、幾つかの改善案を含む調査報告書を公表した。
■報告書は、事件の背景に(1)選考の恣意的運用、(2)色濃い身内意識、(3)教委のチェック機能不全があるとする。(1)は、「地元出身者の確保が必要」などの公共的理由が隠れ蓑になって、選考が身内や仲間からの働きかけに応じやすくなってしまう実態を指している。
■(2)についてはこう記される。《教員は学校中心の社会で生活し、仲間から外れることを特に心配している。教員の社会では移動・昇進に際したお祝い・お礼の慣習が根強く残る。…法令遵守や公務員倫理徹底を呼掛けても、「趣旨が分からない」との意見もでている》。
■(3)については、県教委職員がいずれ学校などに戻る腰掛け仕事であるところから前例踏襲が通常のあり方で、互いの仕事に干渉しない学校の作法が持ち込まれていたため、採用選考を特定職員が担って不正がチェックされない体制になっていたのではないか、と分析する。
■要は、共同体的な低流動性を背景とした「教育の利権化」があり、共同体的な「贈答の慣習」や「ことなかれ主義」があったということだ。これらは私も『学校を救済せよ』(尾木直樹と共著)『学校が自由になる日』(藤井誠二・内藤朝雄と共著)で何度も指摘してきた。
■いわゆる「教員世襲制」に象徴されるこうした傾向は大分県だけのものではないということだ。その意味で「たまたま悪い人がいたから起った」という類いの偶発的な事件ではない。こうした根深さに照らすと、報告書が提案する改善策は単なる弥縫策の域を出るものでない。
■改善策は、(1)については、採用にせよ昇任にせよ、一次選考の客観化と二次選考の「人物重視化」を推し進めるとのことだが、これだけでは「人物重視化」に入り込む恣意を制御できない。「誰が」選考するのかという問題の本質を、わざと回避したとの印象を否めない。
■(2)については、教職員人事評価システムの形式化と、研修の充実化と、(せいぜい学校、教委、県行政の間での)人事交流の促進化と、民間人校長化を推奨している。つまり、管理の合理化を唱うに過ぎない。ここでも「誰が」評価するのかという本質的問題が回避される。
■(3)については、権力分立的な牽制を働かせるべく、選考事務と人事事務を分けるとか、選考・人事・予算・政策立案に関わる「総務管理部門」と、指導・支援に関わる「教育指導部門」を分けるなどが提案されるが、単なる行政官僚制内部の切り分けに過ぎない。ここでも、行政ならざるものによって行政をチェックするという牽制システムの王道が看過される。
■総じて、従来的な権益共同体を温存したまま「我々の内部」でやり方を変える、という域を出ていない。「我々」でない者たちが随時出入りする可能性や「我々」の範囲が予見不可能なほど防縮する可能性に、開かれていない。要は「お手盛り」の余地が塞がれてはいない。
■共同体がいけないのではない。ポストモダン化やグローバル化(ともに本文で詳述)で個人が過剰流動性に晒されがちになる中、流動性の低い相互扶助的な共同体が個人を包摂するのは必要なことだ。但し条件がある。共同体が「再帰的」でなければならないということだ。

【「教育の失敗」は〈教育〉の失敗を意味しない】
■社会学者タルコット・パーソンズの発想に従えば、教育とは「人為的な社会化」である。社会化とは、社会を回すのに必要な行為態度を個人に埋め込むことを言う。誰が埋め込むのか。社会が埋め込む。社会を回すのに必要な条件を、社会が個人に埋め込むのが、社会化だ。
■パーソンズは良き秩序とは何かを考えた。人々が統治権力のゲバルトを恐れて成り立つホッブズ的な秩序。人々に生来埋め込まれた社会性ゆえに成り立つロック的な秩序。どちらが良いか。パーソンズは後者だとした。但し人が生まれつき社会的だと考えるのは非科学的だ。
■それならば、社会性を個人に埋め込めればいい。ちなみに彼がこうした発想を思いついたのは、大恐慌(資本主義の暴走)への反省からだった。パーソンズの同時代人で、プラグマティズムを提唱した教育哲学者ジョン・デューイは、埋め込みの営みが「教育」だと考えた。
■デューイの場合、埋め込む主体は人間だ。これでは素朴すぎる。例えば、人間が社会を作るという発想に近づく。そう考えたパーソンズは、教育しようとする人間たちの存在も含めた社会環境の全体が、個人に社会性を埋め込むのだとした。それが社会化という概念である。
■社会化の概念は教育の概念を相対化する。教育は人のなす埋め込みだ。埋め込もうとしても意図通りに行かない場合がある。それが「教育の失敗」だ。だがそれが「社会化の失敗」を意味する訳ではない。「教育の失敗」によって、逆に「社会化に成功」することさえある。
■私が常々「学校は通過点に過ぎない」と言ってきたのもそれに関係する。学校が秩序立っていることによって意図通り教育できるという「教育の成功」が「社会化の成功」を意味する訳ではない。むしろ学校への抱え込みが、社会的に脆弱な人間を生み出す可能性さえある。
■終わり良ければ全て良し。学校教育の成功不成功は、学校がちゃんとしているかどうかでなく、学校を通過した人間が最終的にどんな能力や行為態度を身に付けたか(に対する評価)で決まる。だから教育の成功不成功は、意図する者の自己理解に縮小されてはならない。
■私は中学高校紛争であれた中学高校に通った。紛争のさなかに理事長が背任横領で逮捕された。生徒によるレポで世界史の教員が内ゲバにあって頭蓋骨陥没の重症を負った。入学してから数ヶ月は理事会によるロックアウトで授業がなかった。授業が始まっても荒れていた。
■直すはじから窓が割られ、ロッカーが壊された。授業中に弁当を食べるどころか教室の後方では花札やブリッジをしていた。信じられないかもしれないが、「授業中の出前」や「鉄げたの着用」や「廊下を走るバイク」が当たり前。教員もしばしば生徒の暴力にあっていた。
■私たちの学年が「荒れた学校」のダメージを最も大きく喰らった。だから親や教員からは「この学年はもうダメだ」と言われていた。だが皮肉なことに私たちの学年は歴代で最も多い百人以上の東大合格者(一学年三百人)を出し、卒業後に「大物」になった者が目立つ。
■私たちの学年には「教育の失敗」による「社会化に成功」が見られた。言いたいのは「教育の失敗」が本当に〈教育〉の失敗を意味しているのかということだ。その意味で、大分県の「教育の失敗」が、社会化の成功という意味での〈教育〉の成功をもたらす可能性がある。

【教育と「全体主義的リベラリズム」の表裏一体性】
■社会化という概念の背後にあるのは「社会を回す」という発想だ。これは「経済を回す」とは違う。社会をグローバル化に対して無防備に開けば、「経済回って社会回らず」の帰結をもたらす。その結果、労働力再生産に失敗し、やがて「経済を回す」のも不可能になる。
■「社会を回す」という発想は、「個人(生徒)を幸せにする」とも違う。ある世代の者たちが目立って資源を浪費して幸せになったとして、ツケを回された子孫はどうなるか。「社会を回す」という発想からは、幸せという観念の中身自体が、検証と改造の対象になるのだ。
■社会化という社会学的発想から教育を見れば、個人の幸せも、個人の成功も、「社会を回す」営みを支える行為態度に向けて社会成員を動員するための、道具──エサ──に過ぎない。逆に言えば、個人の不幸も失敗も、絶対に回避されるべき何事かだとは、見されない。
■だが、当然の反論を予想していえば、「社会を回す」という概念は過剰に抽象的だ。何を以て「社会が回る」とするかが自明ではない。例えば「終わり良ければ全て良し」だとして、どの時点を以て「終わり」と見すのか。「良し」とは一体、誰にとっての「良し」なのか。
■こうした問題は、そもそも原理的に決着をつけることができない。しかし、これは社会化という概念の欠点を意味しない。逆である。教育の営みが、そもそも原理的に決着をつけることができない問題へと開かれていることに、自覚的・反省的であるための、橋頭堡になる。
■「社会を回す」という概念の非自明性は、共同体概念の非自明性と表裏一体だ。共同体が何をベースにして正当化されるのかが、自明ではないのだ。そのことに徹底的に自覚的・反省的であるがゆえに、境界線を絶えず見直す態度が、先に述べた共同体の「再帰性」である。
■パーソンズが明確に意識するように、どんなに自己決定を尊重するという旗を掲げようとも、教育からパターナリズム(温情主義)を除去できない。たまたま先に生まれたというだけで先行世代が後続世代に行為態度の埋め込みを図る教育は、パターナリズムそのものだ。
■自己決定の尊重も、非尊重にかえて尊重を選ぶ振る舞いにおいてパターナル。だったらというわけで教育の営みを放棄するのも、作為にかえて不作為を選択するという作為においてパターナル。前提の自明性が失われた後期近代では教育のパターナリズムから逃れられない。
■先ほどの問題に引きつけていえば、「社会を回す」という概念の過剰な抽象性や、共同体概念の非自明性にもかかわらず、常に既に教育はなされてしまう。常に既に「見切り発車」がなされている。「見切り発車」するかしないかを選ぶことができない。それが教育である。
■常に既に「見切り発車」がなされていることに自覚的たれと奨励するのが、ナチスの御用学者だった国法学者カール・シュミットの「決断主義」である。巷で誤解されているのとは違い、「見切り発車」しないことを選ぶことはできない。「非決定もまた決定」なのである。
■だから、教育とは、意図するとしないとにかかわらす、常に既に「全体主義的リベラリズム」と表裏一体だ。「全体主義的リベラリズム」とは、社会的全体性の観点からソレを良しとするリベラルなパターナリズムをいう。「ゆえに」教育は常に既に誤謬に見舞われている。
■同じ意味で、今日の社会では、リバタリアニズム(自由放任主義)もまた「全体主義的リベラリズム」というパターナリズムの一種であることを、論理的に逃れられない。こうした問題構制の全体を見定めた上で、教育に関するあらゆる問題を論じ尽くすことが必要である。
■こうした観点から時事的な問題を縦横無尽にからめて教育を論じた書物は、残念ながら本書以外には存在しない。ゆえに本書は、素朴な正義感や潔癖主義とも無縁だし、当事者主義とも感情主義とも無縁だし、特定のイデオロギーとも無縁な、貴重な書物に仕上がっている。
■本書は、インターネットでニュース解説を動画配信する番組「丸激トーク・オン・デマンド」の、教育に関連する回だけをピックアップした上、テープ起こしを編集したものだ。膨大な編集作業は、ひとえに春秋社の小林公ニ氏の貢献による。深く感謝申し上げる次第だ。

2008年9月1日 宮台真司
投稿者:miyadai
投稿日時:2008-09-03 - 10:42:48
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公共機関のために準備中の文章です。誤りのご指摘やご意見をお待ちします。第1部


■近年「ニート」(NEET、not in education, employment and training、学生でないのに就業せず職業訓練も受けない成人)という英国政府が用い始めた言葉によって、我が国でも若者が社会性を失う現象--非社会性--が名指され、社会問題になっている。国レベルでも自治体レベルでも、政治や行政が「ニート対策」に取り組み始めている。
■だが、我が国における問題化のされ方と他国のそれとはかなり異なる。我が国では「自立」できない若者への「自立支援」という問題の立て方が専らだが、「ニート」という言葉を生み出した英国では、「個人の不全」personal imperfectionの問題より「社会の不全」social imperfectionの問題として議論され、各国の政策に大きな影響を与えてきた。
■ニート概念は、英国政府の社会的排除局の報告書『ギャップを埋める:教育・雇用・職業訓練に参加しない16-18歳の若者に対する新しい機会』の題名に由来する。社会的排除局はブレア政権発足直後97年に設置されたが、自治体レベルでは以前から社会的排除対策が議論されてきたものだ(サウスグラモーガン州職業訓練企業会議の94年報告書なと)。
■社会的排除social exclusionの概念自体は、フランスのルネ・ルノアールの著書『排除』(1974年)で初登場するが、今日では社会的排除の解消は欧州各国政府の共通政策となっており、97年のEU基本条約(アムステルダム条約)や2000年のニース条約に政策的重要性がすでに明記されている。後述する通り、日本ではこのことが殆ど理解されていない。
■社会的排除局の報告書によれば、働く気も訓練を受ける気も教育を受ける気もなくにブラブラする若者は、貧困の悪循環をもたらす社会的排除の結果だ。これを解消せずして積極的是正措置などで動機づけ支援を打ち出しても、効果が乏しい。貧困の悪循環とは、動機づけが乏しいので貧しくなり、貧しい育ちなので動機づけが乏しくなることを言う。
■かくして報告書は、悪循環を解消するには社会的包摂social inclusionの回復こそが必要だと結論づける。一口でいえば、「個人に問題が生じているので政治や行政が個人を支援せよ」ではなく、「個人に問題が生じているのは、社会的包摂が失われているのが原因だから、社会が包摂性を回復できるように政治や行政が支援せよ」という図式なのである。
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■日本でニート概念が誤解され、「社会の問題」というより「若者の問題」として理解された背景に、二つの要因を指摘できよう。第一は、日本においてはニート問題が議論される直前まで、フリーター問題がいわば「怠業批判」として議論されていたこと。第二は、「近代社会として望ましい社会の在り方」という観念が我が国に乏しいことである。
■英国がニートを問題化した背景には、新自由主義政策で知られるサッチャー政権の時代から人口に膾炙した「能動的市民社会性」active citizenshipの概念がある。今日のグローバル化をもたらした市場原理主義の、元凶として批判されがちな新自由主義だが、新自由主義はそもそも市場原理主義では全くない。能動的市民社会性の概念を軸に説明しよう。
■今日の欧州では、能動的市民社会性が社会的包摂と表裏一体だと解される。加えて、グローバル化の副作用を中和するには社会的包摂が不可欠だとも解される。新自由主義者の提起した能動的市民社会性は、社会的排除解消=社会的包摂がEUの共通理念である事実に象徴される通り、グローバル化時代における最も重要な政策理念の一つとなっている。
■能動的市民社会性の概念は、サッチャー政権とメイジャー政権で大臣を歴任した保守党のダグラス・ハードが、第3次サッチャー政権で内相を務めた際に提起する。政府外で活動する地域・家族・結社の相互扶助を「国家からの社会の自立」として擁護したものだ。サッチャー首相によって性別役割分業の擁護などと重ねられて、誤解されがちになった。
■ハードは能動的市民社会性を「過保護国家」nanny stateと対比する。これは第一に、財政を圧迫する福祉国家体制を批判して「小さな政府」を推奨し、第二に、能動的市民社会性をビクトリア朝的なボランタリズムに遡る社会的相続財産だと見すものだ。日本で新自由主義というと専ら前者が注目されるだが、偏った理解だろう。
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■能動的市民社会性の概念は、労働党に近い政治思想家デビッド・グリーンや保守党に近い政治思想家バーナード・クリックらによって彫琢され、労働党ブレア政権下のブレインを勤めた社会学者アンソニー・ギデンズにおいても中核的な政策目標に据えられた。能動的市民社会性への動機形成と期待形成を支えることこそが政治の役割だというのである。
■就任後の所信表明演説でブレア首相が「一に教育、二に教育、三に教育」と述べたのは有名だ。これは「社会を国家に依存させるのでなく、逆に社会を国家から自立させるためにこそ、国家が社会を支援する」という政策目標を噛み砕いたものだ。こうした政策目標を、ギデンズが「社会投資国家」social investiment stateという言葉で表現している。
■ここにはグローバル化の下では国家が社会を支えない限り社会が空洞化するとの問題意識がある。これはEUの基本理念「補完性原理」the principle of subsediarityに合致する。大切なのは社会で、国家は社会を補完する装置だとする観念だ。ここに、グローバル化に耐える厚みのある社会を支えることが政治や行政の機能だとする共通の見識がある。
■ブレア政権下で社会的排除局がニート対策を打ち出したのも、能動的市民社会性の維持・回復にこそ主眼がある。家族・地域・結社など社会の相互扶助メカニズムからこぼれ落ちた者が、そのことで社会の相互扶助メカニズムに能動的に関わる動機づけを持たず、それゆえ社会の相互扶助メカニズムがますます空洞化するという「悪循環」に照準する。
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■我が国の「ニート対策」を見ると、国レベル・自治体レベルの双方ともこうした問題意識に乏しい。それは「自立支援」という言葉に象徴される。若者が個人として経済的に自立できればそれで良いか。経済的に自立した若者が、自立したがゆえに社会的な相互扶助を軽視するなら、社会は分厚さを失い、個人がグローバル化に直接に晒されがちになる。
■国家予算80兆円のうち、20兆円が利払いを含めた借金返済、20兆円が自治体への配分、20兆円が社会保障費に充てられる。残り20兆円で、教育、防衛、公共事業を、人件費を含めて賄う。だが税収は40兆円。毎年40兆円の借金が増える。グローバル化の下で個人が酷薄な環境に晒される事態が増えても、福祉国家体制や公共事業体制に戻れない。
■福祉国家体制の時代に比した「小さな政府」は、グローバル化によって、単なる一イデオロギーであることを越えて、中長期的には選択の余地のない現実となった。困窮した個人を政治や行政が直接助けることは、短期の緊急避難的措置として当然だが、中長期的には、個人が社会に包摂されるがゆえに困窮しないで済むような社会投資しかあり得なくなった。。
■ニート問題へのかかる理解は、単に先進国の標準であるに留まらず、福祉国家体制によって始まりグローバル化によって加速された「社会の空洞化=社会的包摂の崩壊」に、政治や行政として如何に対処すべきか、という政策課題に結びついている。本質的な問題は、個人の自立ではなく、社会の自立を、政治や行政が如何に支援できるか、なのだ。


■英国の社会的排除局が着目した「ニート」も含めて、「従来の社会システムが明に暗に前提としてきた社会性を、社会成員が持っていない事態」を、「非社会性」non-socialityという言葉で指し示すことにしよう。加えて、社会成員がそうした状態に立ちいたる過程を、「脱社会化」de-socializationという言葉で指し示すことにしよう。
■社会システムが前提とする社会性を社会成員が持たない事態は多様な仕方で現れる。働く意欲を持たない現象。就職しても短期離職が膨大な割合に及ぶ現象。家族外で社会関係を構築できない現象。長期の性愛関係や友人関係を構築しにくい現象。社会関係の維持に不可欠な感情の制御ができない現象。社会関係の維持に不可欠な感情が働かない現象…。
■非社会性を示す各種の現象の共通項は「反社会性」anti-socialityという概念との対比で明らかになる。反社会的な犯罪が社会への怨念や敵意を背景にすると解されるのに対し、非社会的な犯罪はそうした感情を背景せず、「動機不可解な犯罪」として現れる。80年代以降の先進国で「人格障害」の概念が受容されたのも、そうした犯罪の拡がりが背景だ。
■人格障害とは、精神障害(心の病気)でも発達障害(脳障害)でもないのに周囲や本人がまともな社会生活を送れないと訴えるケースに適用されるカテゴリーである。かつて性格異常と呼ばれていたケースに重なる。ただし「まともな性格」と「異常な性格」を先験的に分けることはできない。「何がまともか」は時代や文化ごとに変動するからである。
■むしろ非社会性の問題は以下のように解される。社会成員には、連続的な肉体的年齢とは別に、不連続な社会的年齢があてがわれる。乳児期、幼児期、学童期、青少年期といった区別がそうである。社会的年齢を同じくする者には、それなりに均質な社会的期待がなされ、おおむね社会的期待に見合う社会成員が育ち上がることが通常的な事態であった。
■だが福祉国家体制化やグローバル化を背景として(具体的には後述の「2段階の郊外化」を経て)、地域や家族や結社(会社を含む)の相互扶助メカニズムの崩壊(後述の〈生活世界〉の空洞化)により、社会成員の心理的発達に大きな個人差が生じ始めたのである。その結果、年齢に応じた社会的期待に応えられない子供や若者が増えたのだろう。
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■フロイトやエリクソン以来、人間のパーソナリティ(性格傾向の組合せ)が段階的に発達することは通説となった。加えてピアジェやコールバーグの発達的構造化仮説以降、現段階から次の段階に進むためには現段階での欲求や課題が概ね満たされる必要があることも通説化した。およそ社会は成育環境を通じて欲求満足や課題満足を与えてきている。
■だが社会の相互扶助メカニズムが空洞化すると、かかる欲求満足や課題満足を与える成育環境が保証されなくなる。すると肉体的・社会的年齢が同じでも心理的年齢がばらばらの子供や若者が育ち上がらざるを得ない。にもかかわらず、現行では肉体的・社会的年齢に照準するばかりで、心理的年齢--発達的構造化段階--に応じた育児や教育が不足する。
■その結果、「社会化の不全」imperfection of socializationが蔓延する。社会化とは何か。非社会性や脱社会化という概念のベースにもなっている社会化の概念は、1930年代に社会学者タルコット・パーソンズによって提唱された。彼は大恐慌の混乱を目撃したことが契機で、人間が社会的存在になるには一定の条件が必要だと見すようになった。
■社会の秩序は如何にして可能か。ゲバルトへの恐れ(への期待)による秩序維持を答えとするホッブズ的秩序と、人々に宿る内発性(への期待)による秩序維持を答えとするロック的秩序があるとパーソンズは考える。だが、人間が生まれつき社会的だとするロックの議論は科学的に却けられざるを得ない。ならば、内発性を社会が埋め込むしかない。
■同時代の教育学者ジョン・デューイは、内発性を埋め込む営みが「教育」だとした。だが社会学者パーソンズは、そうした「教育」を試みる教員や親の存在を含めた成育環境の全体が、社会成員に内発性を埋め込むのだと考えた。それが、彼の「価値の内面化としての社会化」socializaton as internalization of valuesという中核的概念の意味である。
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■価値や規範の伝達を試みる道徳教育が推奨されるのではない。そうした道徳教師の存在を含めた多要素から成り立つ社会環境の全体が、感情や意志の働きを方向づける事態が注目されている。こうした議論を踏まえて、デューイの後継者を自称するリチャード・ローティは、そうした方向づけの全体を「感情教育」sentimental educationと呼んでいる。
■ローティは、民主制を健全に機能させるには、誰を「仲間」だと感じられるかを巡る感情教育が不可欠だと見す。先に紹介した社会学者ギデンズも、社会成員の感情に左右されがちな民主政治を健全化するには「感情の民主化」--非社会的な存在として育ち上がらないこと--が必要だと見す。同種の議論が学問の最前線では90年代以降目立ち始める。
■これは先に紹介したパーソンズに似る。パーソンズによれば、かつては社会に感情教育を含めた社会化の機能が内蔵されると信じられたので、国家の介入は最小限にして社会に任せよというリバタリニズム(自由至上主義)やアナキズム(無政府主義)があり得た。だが大恐慌が示すのは、もはやそういう時代ではなくなったということだということだ。
■だから彼は、いわゆる「教育」を越え、社会環境の全体を大規模に作り変えることを企図するニューディール政策を支持した。それゆえに彼の議論は全体主義的だと批判された。ところが、90年代以降の政治思想や、現実のEU的な政治理念の流れは、「社会を放っておけば包摂性を失う」との危機意識において、大恐慌後のパーソンズと響き合う。
■ただし全体主義的なパーソンズや福祉国家体制を築いたニューディーラーへの反省もあって、「社会が社会らしくあるために国家が投資する」「国家が社会を支援するのは社会が国家から自立するため」といった社会投資国家の観念や、「民主主義の目的は合意ではなく合意への異議申立てだ」とするラディカルデモクラシーの観念が拡がった。
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■ベトナム戦争後の米国で用いられ始めた脱社会化の概念は、いったん社会化を達成した存在が社会性を脱落させることを意味する。地上戦に社会性を持ち込んだら戦えない。だから変性意識下での潜在意識の書き換えで、いったん達成された社会化をキャンセルする。そうした存在が米国社会に帰還すれば、軋轢や問題を引き起こさざるを得ない。
■そこで、いったん社会化された後に脱社会化されてしまった人々を「再社会化」re-socializationするプログラムの開発に、政府の資金が用いられた。こうした動き(ヒューマン・ポテンシャル・ムーブメント)から、エンカウンター、ゲシュタルト療法、交流分析、神経言語プログラミングなど「アウェアネス・トレーニング」の手法が生まれた。
■企業研修や自己啓発やコーチングに今日広く用いられるこれらの手法は、元々「書き換えられた潜在意識を書き戻す」という目的を共有する。そこでは「社会化⇒脱社会化⇒再社会化」という手順が想定されている。今日の非社会性を考える際重要なのは、戦時の書き換えがないのに、「普通に」育つだけで脱社会化する過程があるように見えることだ。
■変性意識下での潜在意識の書き換えには、海兵隊の「地獄の特訓」において意図的になされただけでなく、ジャングルでのサバイバルを通じて非意図的にもなされ得る。すなわち心的外傷が脱社会化をもたらす事態も想定される。PTSD(心的外傷後ストレス障害)の概念がベトナム戦争後に人口に膾炙した背景には、そうした事情が存在した。
■そうした意味で、今日的な非社会性の概念は、戦時における意図的な潜在意識への書き込みや戦場体験による心的外傷が存在しないにもかかわらず、社会性が欠落する、という現象に注目していると言える。だが、分娩後の母子別室化や不適切な早期教育などを含め、平時におけるトラウマチックな過程が存在するのではないかと主張する論者もいる。
■こうした議論に決着をつけるだけの材料には乏しいが、非社会性をもたらす要因群が乳幼児期にまで遡る可能性については、十分に注目しておく必要があろう。自立できない20歳代の若者をサポートするといった行政的施策では到底覆えないような、しかし具体的施策によって比較的短期に改善できる問題領域が存在する可能性があるのである。


■「従来の社会システムが明に暗に前提としてきた社会性を、社会成員が持たない」という事態を「非社会性」の言葉で名指すと述べた。ここに価値観が絡む微妙な問題がある。一般に、現代の社会システムは、社会成員がかつてほどは「まとも」ではなくても滞りなく回るように変化しつつある。学問の世界ではこれを「主体化から管理化へ」と呼ぶ。
■「主体化」とは哲学者フーコーの概念で、強制抜きでも内発的に秩序行動を生み出すように規律訓練によって主体を整型することを言う。パーソンズの「社会化」に重なろう。「管理化」とは哲学者ドゥルーズの概念で、行動記録のデータベースを用いた環境制御によって、主体化が不十分でも強制抜きに秩序行動を生み出すように誘導することを言う。
■「主体化から管理化へ」は、人事管理の領域で「人作り」のコスト削減をもたらすことに象徴されるように--実際それゆえにグローバル化のベースになる「マネジメントの輸出」が可能になったのだが--統治行為や経営行動のコストを下げる意味合いがある。だから政治学では「ガバメントからガバナンスへ」というスローガンで呼ばれたりもする。
■「主体化」の概念は、人がまともであることによって秩序立つ社会を示唆する。「管理化」の概念は、人がまともでなくても秩序立つ社会を示唆する。どちらが良いのかは価値観が絡む微妙な問題だ。例えば「社会成員がまともであることで殺人が少ない社会」と「社会成員がまともでなくても管理技術によって殺人が少ない社会」という対比である。
■むろん現実には、程度の差はあれ、「社会成員がまともであることで殺人が少ない社会」をめざしつつ、綻びを「社会成員がまともでなくても管理技術によって殺人が少ない社会」の手法で補完するということになろう。だがその場合も、「社会成員がまともではない」ことをどれだけ嘆くのか--管理技術をどれだけ頼るのか--は価値観の問題になる。
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■現実には非社会性は程度問題だ。社会性と非社会性を截然と分割できる訳ではなく、社会性を測る物差しも社会によって変わる。だから、どんな社会性をどの程度要求するのかは恣意的な問題となる。恣意的だというのは、「社会システム次第で、必要な社会性が変わる」と同時に、「社会性への要求次第で、必要な社会システムの形が変わる」からだ。
■どんな社会性と社会システムの型の組合せを選ぶべきか。これは価値観の問題だ。先に「国家が社会を支援するのは、社会を国家に依存させるのでなく、社会を国家から自立させるためだ」と述べた。自立した社会とは、相互扶助メカニズムゆえに包摂的な社会を言う。そうした社会的包摂がどの程度「まともな個人」を必要とするのかも、社会次第だ。
■自己決定的な強い個人を「まともな個人」として要求するような社会的包摂のメカニズムもあるし、共同体同調的な弱い個人を「まともな個人」として要求するような社会的包摂のメカニズムもある。日本社会は長らく後者だったが、それが国家への依存を深化させる重大要因でもあった。かつてよりも強い個人--個人の自立--が要求されるのは確かだ。
■どんな社会性をどの程度要求するのかは、どんな社会を良い社会だと見すのかに応じて変わる。「ニート問題」の源流は「社会の自立」をめざすものだったが、「社会の自立」が「個人の自立」をどの程度要求するのかは、どんなタイプの「社会の自立」を良きものと見すかで変わる。ニート対策を「個人の自立」に直結する訳にいかない所以だ。



■社会システムが前提とする社会性を社会成員が持たないという非社会的な事態が、多様な現れを見せると述べた。非社会性を示す各種の現象の共通項は「反社会性」という概念との対比で明らかになるとも述べた。多様な現れについては幾つか例示したが、ここで、反社会的行動との対比で、非社会的行動の多様な現れ方について、一瞥しておきたい。
■非社会性と対比される意味での反社会性という概念は、当事者に怨念や憤激などの反社会的感情が存在することを指す。例えば反社会的行為は「悪いと分かっている状態で」遂行される。これに対し、非社会性という概念は、当事者にこうした反社会的感情が存在しないことを指す。例えば非社会的行為は「悪いと分かっていない状態で」遂行される。
■非社会的行為には、所属集団的要因(世代的環境や仲間的環境)に帰属できるものと、パーソナリティ的要因に帰属できるものがある。そうしたパーソナリティを有する者が多数輩出される場合にはその社会的背景を論じ得る。所属集団的要因による非社会的行為とパーソナリティ的要因による非社会的行為とは、混同されやすいので注意を必要とする。
■所属集団的要因による非社会的行為には、公共空間で地べた座りしたり、電車内で化粧したり、公衆の面前でディープキスをしたり、金のために下着を脱いで売ったり(ブルセラないし生セラ)する振舞いが含まれる。これにも、所属集団特有の規範内容に関わるものと、視線を気にできる仲間の範囲が狭くなるなど行動制御要因に関わるものとがある。
■所属集団的要因による非社会的行為は、シカゴ学派の社会学者らが「サブカルチャー」(下位文化)と名付けた小集団的行動に含まれる。年長者が「最近の若者は…」と嘆く場合、問題とされる振舞いの大半は所属集団的要因--例えば世代集団的要因--に帰属される。これ自体はそれこそ古代社会から存在するもので、今日的であるとは全く言えない。
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■こうしたものと、パーソナリティ的要因に帰属される非社会性とは区別される。今日的な問題はこちらにある。パーソナリティ的要因とは、喜怒哀楽など感情の働きに関わる。動機不可解な犯罪に限らず、傍若無人だとか恥知らずだという批判の範囲を超えて「動機が理解できない」と受け取られる非社会的行為が、パーソナリティ的要因に帰属される。
■例えば、長続きする感情的紐帯を作れないので恋人形成や家族形成から退却するという振舞いは、所属集団の文化的作法というよりも「そうしようとしても出来ない」というパーソナリティ上の問題だろう。働く意欲が持てないことや、解職される訳でもないのに職場で長続きできないことも、同様な理由によってパーソナリティ上の問題であり得る。
■誰でも良いから人を殺したかったとの理由での殺人行為も、普通なら働くはずの感情が働かないという意味でパーソナリティ的要因が大きい。見知らぬ者同士が楽に死ねる手段を共有して集団自殺するネット心中は、自殺サイトに慣れ親しむという所属集団的要因と、死ぬべき強い理由がないのに生きられないというパーソナリティ的要因が両方絡む。
■どんな社会システムも、社会成員に一定枠内の感情プログラムがインストールされていることを前提とする。何らかの理由で、適合的な感情プログラムのインストールに失敗した場合、その社会システムにおける家族生活も就業生活も、友人関係も性愛関係も、継続的に営むことが困難となる。この困難さが社会成員を追い詰めていくことにもなり得る。
■こうして非社会性ゆえに追い詰められた社会成員が、反社会的な逸脱行動に及ぶケースも増えつつあると思われる。集団ネット自殺や動機不可解な殺人などの少なくないケースが該当すると推定される。パーソナリティ的要因による非社会性ゆえに追い詰められる状態--当事者の生きにくさ--を解消すべく、公的関与が要求されざるを得ない所以である。
投稿者:miyadai
投稿日時:2008-06-19 - 08:21:00
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先日、フォーラム「新・地球学の世紀」で亜細亜主義と日蓮主義についてお話ししました。

(テープ起こしを「である」調にしました)


■私が亜細亜主義について語ろうと思った契機は二つある。1997年の日米安保共同声明と1999年のWTOシアトル総会だ。前者は冷戦終焉後「にもかかわらず」米国追従を続けることの意味、後者はグローバル化に歯止めをかけないことの意味が、問われる問題だった。
■だが国内では議論が盛り上がらなかった。援助交際や新興宗教や少年犯罪の取材を続けつつ、これはマズイと思った私は、「昔とった杵柄」で亜細亜主義や天皇制の今日的意味を積極的に語るようになった。因みに私は権力現象の数理的記述で博士号を取得している。
■オルターグローバライゼーションという概念がある。グローバル化に真向から抗うのが難しい以上--どの国も外貨を稼がねばならぬ以上はグローバル化に多少なりとも適応する以外ない--グローバル化に「棹さしつつ抗う」構えを奨励する、左翼ルーツの概念である。
■「棹さしつつ抗う」とは如何なる営みか。グローバル化はIT化や人口学的流動化と表裏一体だ。IT化や人口学的流動化は国境や民族や階級をぶち抜く連携を可能にする。とすればこうした連携を利用した脱国境的活動でグローバル化の後遺症を手当てせよ…云々。
■パブリックセクターを政府に独占させずに市民活動に割り当てるA・ネグリに代表されるかかる議論は、国の内外という違いがあるとはいえR・ベラーの市民宗教論と論理的に同型であり、C・ムフによって「補完が悪質な秩序を延命させる」として批判されてきた。
■ベラーは、統制派への皇道派の対抗に見られる天皇を軸としたオルターバブリックの樹立を以て、天皇教こそ市民宗教の機能的等価物とした。更に天皇教と関係浅からぬ亜細亜主義とはそもそも、列強の帝国主義化に「棹さしつつ抗う」オルタナティブな近代思想だ。
■国境を超えたオルタナティブな公共性を提案するために天皇を使い[矛盾1]、それを通じて「帝国主義化に抗うために棹さす=東洋原理を守るために西洋原理を使う」[矛盾2]、というアクロバティックな構想を描いた者こそが、まさに亜細亜主義者だったのだ。
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■オルターグローバリゼーションはS・ジョージの言葉だが、グローバル化が引き起こす国内の疲弊はかつて彼女が提示した構造的貧困問題--国内繁栄のための外貨獲得・のためのモノカルチャー化・による国際貿易での買叩き・による不可逆な貧困化--と似ている。
■今日グローバル化に棹さすことはオフショア化で労働分配率切下げ競争に乗り出すことを意味する。冷戦下では財界こそが革命や正当性喪失を恐れ社会保全に関心を持った。制度派経済学やケインズ派経済学がそうした時代の産物だ。だがグローバル化が全て変えた。
■労働分配率低下で国内が疲弊すればBRICs諸国にオフショア化し、BRICs諸国が疲弊すれば更に新興国にオフショア化する。いわば焼畑化。財界エリートが社会保全への関心を失うのは合理的だ。「エリートの反逆」の概念でそれを喝破したのがC・ラッシュだった。
■15年前頃から東大法学部の成績優秀者が霞が関に行かなくなってきた。彼らはこう言う。「腐った日本に貢献することのどこが公共的なのですか」「格差拡大と言うけど、BRICsなど国外との格差は縮まっていますよ。こうした事態を社会学で「公共性の危機」と呼ぶ。
■20世紀後半の人文社会諸科学は「境界線の恣意性」を主題化してきた。言語ゲーム論然り。システム理論然り。暗黙知の理論然り。「想像の共同体」論も然り。こうした主題化はコミットメントを相対化する所に目標があった。今世紀に入って流れが反転しつつある。
■即ち「境界線の恣意性」から「コミットメントの恣意性」へのシフトだ。このシフトは、コミットメントの相対化よりもむしろ調達を目標とする。とすると、俄然注目されるのが、20世紀前半のデューイ流のプラグマティズムと、パーソンズ流の社会システム理論なのだ。
■彼らは大恐慌を受けて功利主義が社会を滅ぼす可能性に直面した後、問題を克服すべく、ホッブズ流のゲバルト集中による秩序形成でなく、ロック流・エマソン流の内発性(内なる光!)による秩序形成を構想した。だが内なる光が人に生来宿ると考える訳に行かない。
■とすれば内なる光を埋め込むしかない。埋め込む営みをデューイは教育と呼び、彼の正統な後継を自称するR・ローティはルソーに倣い感情教育と呼ぶ。パーソンズはより科学的観点から、教育を含めた社会環境全体による埋込みを構想し、社会化=内面化と呼んだ。
■単純には「社会が人を作り、人が社会を作る」という交互的条件付けだが、両者ともこの循環への意識的参入を推奨する点、まさにニューディール政策のイデオロギーだ。人称性の消去を念頭に置くパーソンズのそれは「全体主義的リベラリズム」と呼ぶに相応しい。
■そのパーソンズの最重要概念の一つがコミットメント(熱心な関わり)だった。米国社会や日本社会へのコミットメントは、生来でもなければ合理的にも正当化できない。いわば「端的な意志」に過ぎぬ。端的な意志の埋込みを構想するのが彼流の「主意主義的理論」だった。
■周知の通り亜細亜主義者の謂う亜細亜は、名目上は地理的概念だが、線引は論者毎に恣意的で、内容的正当性も空虚だった。それは亜細亜主義が前述の如く列強支配への対抗思想だったからで、思想と呼ぶに値する「コミットメント調達機能」に傾斜していたからだ。
■パーソンズの「全体主義的リベラリズム」は、文化体系という概念が象徴するように文化防衛論的ニュアンスを含む。文化防衛論といえば三島由紀雄の十八番だが、近代主義的思想としては南洲翁と並ぶ亜細亜主義の祖岡倉天心の(力の文明ならぬ)美の文明に遡る。
■それが動員のための「意図を隠した方便」たる点で、亜細亜を--力の文明ならぬ美の文明を(天心)・欲望国家ならぬ道義国家を(莞爾)・二元論的文化ならぬ脱二元論的文化を(周明)--護持せよと主唱する亜細亜主義も亦「全体主義的リベラリズム」に近接する。
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■合意よりも合意形成の前提となるものの埋込みを画策するネオコンは、ニューヨークトロツキストを核としたニューディーラーの成れの果てである。リベラルな理想主義に燃えた(手段選択における)現実主義者である点で「全体主義的リベラリズム」に近接しよう。
■因みに拙著(堀内進之介・鈴木弘輝との共著)『幸福論』で述べた通り私の立場はパーソンズのそれに連なるものだ。従って「全体主義的リベラリズム」やその変種たるジョセフ・ラズ流の「卓越主義的リベリスズム」を否定しない。だからこそ私はネオコンを軽々に否定できないと各所で述べてきた。
■帰結的には亜細亜主義もネオコンも失敗し、多くの犠牲を出した。ニューディーラー流の「全体主義的リベラリズム」は、理想主義とは裏腹に--否、理想主義的たるがゆえに--危険な思考なのだ。危険の在処と回避策を学ぶべく、私は亜細亜主義再考を提案してきた。
■こうした学習目標から見た場合、最も合理的なのは田中智學を代表とする国柱会が提唱した日蓮主義を学ぶことだ。日蓮主義は亜細亜主義の最晩期の形態であると同時に、極めて洗練された合理的思考に縁取られる。であるがゆえに長所も弱点も如実になるのである。
■石原莞爾が企てた満州事変(昭和6年9月18日〜)。日本青年同志会(重藤千春)が引鉄をひく上海事変(昭和7年1月28日〜)。井上日召が企てた血盟団事件(同年2月9日&3月5日)。梵語の旗のみはためく満州国建国会議(同年2月16日)。共通性は一体何だろうか。
■田中智學の日蓮主義に帰依する者が企てたということだ。因みに建国会議の2月16日は日蓮生誕日。むろん作為的だ。日蓮主義ではないものの、桜会の三月事件&十月事件、そして二二六の「背後」にいた北一輝は、周知の通り法華経が暗唱できると嘯く法華の信徒だ。
■これは何を意味するか。我々は(変な言葉だが)昭和ファシズムは国粋主義者や天皇主義者によってもたらされたと習った。だが実際には国策を主導したスーパーエリートらは、国粋主義者や天皇主義者というより--或いはそれ以前に--日蓮主義者だったということだ。
■昭和ファシズムは日蓮主義者らが国家神道(天皇制)を手段として利用することでもたらされた。目的は何か。世界革命だ。日蓮主義とは(1)仏教的政教一致を手段として日本を統一し、(2)統一された日本を手段として世界統一を達成することを目標とする宗教思想だ。
■仏教的政教一致とは日蓮の言う立正安国に向けた王仏冥合即ち国立戒壇樹立を意味する。国民全体の絶対的帰依の対象たる天皇が改宗することで国民全体を法華宗信徒となすこと。智學によれば日蓮は世界統一の元帥。日本人は世界統一の天兵。天皇は天兵を導く賢王だ。
■世界統一を日本書紀から文言を拾って八紘一宇と呼ぶ。そのスペシャルケースが日蓮主義者莞爾の言う満州国の五族協和だ。智學によれば賢王に率いられた天兵による侵略は最高の折伏だ。但し天皇が改宗することで日本が「事後的に」道義国家たることが証される。
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■思想的特徴は二つある。第一は独特の聖俗一致・聖軍一致思想。ネオコン的な聖戦思想(M・ウォルツァ)と似る。第二は日蓮の天皇相対主義(天照の釈迦牟尼への下属)を反転した天皇絶対主義。但しその意義は手段的で、ネオコンによる福音派の操縦と良く似る。
■即ちここにあるのは非合理な神秘主義というより近代合理主義的な改鋳である。その合理性を二面で指摘できる。第一は帝国憲法に於ける政教分離とのマッチング。第二は維新以降の所謂顕密体制とのマッチング。双方とも日蓮主義が戦略的な思考であることを示す。
■帝国憲法は独特の政教分離を敷いた。全ての宗教を私的領域に配当し、神道のみを公的領域に配当したのだ。神道は風俗習慣であって宗教ではないとのロジックが使われた。宗教に世直し宗教(現世信仰)と癒し宗教(来世信仰)があることを見抜いたガバナンスだ。
■一口で言えば維新政府は世直し宗教を禁圧して癒し宗教を奨励した。背景には岩倉使節団系が欧州視察で学んだローマ正統教会における双剣論的な政教分離がある。周知の通り法華系は現世信仰を、真宗系は来世信仰を、旨とする。当然法華宗には立つ瀬がなくなる。
■となれば法華宗信徒が正統に公的領域--世直しの営為--に参入するには論理的に考えて神道の上に宗教(法華経)を置くしかない。それが国立戒壇=天皇改宗という度肝を抜く観念であり、日蓮主義が日蓮絶対主義と天皇絶対主義の合理主義的な合体装置たる所以だ。
■次に合体装置の中身を見るに戦前的な顕密体制との同型性が際立つ。因より岩倉使節団系は元々天皇に帰依していない。「田吾作の言うことを聞かぬ田吾作」に対処すべく、田吾作の命令を天皇の命令であるかの如く扮技させる正統性装置として天皇が持ち出された。
■だからこそ十五年戦争期までは天皇機関説が圧倒的に主流であり、民権派の流れを汲む亜細亜主義者の間で「孝明天皇暗殺説」や「大室寅之祐替玉説」が語り伝えられて来た。因みに、内容の正しさを意味する正当性とは違い、正統性とは自発的服従契機を意味する。
■エリート層は自らは天皇機関説に立ちつつ国民には天皇への絶対的帰依を要求する。国民の絶対的帰依なくして天皇は機関として機能しない。こうした二重規範を用いたガバナンスストラテジーを顕教密教の別に擬え「顕密体制」と呼ぶ。まさに日蓮主義と同型的だ。
■日蓮主義に於ては、日蓮のアマテラス下属論即ち法華経絶対主義を密教としつつ、衆生には天皇絶対主義(的国粋主義)を顕教として説く。両者を止揚するのが国立戒壇論だが、そこで導入された時間軸--最終段階での天皇改宗--はエリートのみ知るところなのである。
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■天心や南洲翁(隆盛)から数えるにせよ、元来民権派右翼たる玄洋社から数えるにせよ、それなりに長い歴史を持つ亜細亜主義が、最終段階において日蓮主義へと流れ込むに至る(歴史的経緯というよりは)意味論的な合理性について、一瞥しておくべき段取りである。
■前述の通り宗教には「現世信仰=社会的救済=世直し宗教」の方向と「来世信仰=霊的救済=癒し宗教」の方向と二つある。因より教団や宗派を二分するものではない。どんな宗教にも両方向が混在するのが通例だが、宗教同士を較べる場合には傾向性を論じ得よう。
■それを踏まえれば(宗教学というより)宗教社会学的には霊的救済系・社会的救済系それぞれに生存戦略的ないし意味論的な合理性が認められる。霊的救済系の合理性は、独カトリックのナチ協力を反省したカール・バルトによる「利用被利用反転論」に如実である。
■たとえ世直しの企図に基づくにせよ世俗権力に肩入れした結果がこれだ。これでは宗教が生き延びることはできない。せいぜいがパウロが組織防衛論的な観点から顕揚した隣人愛(カリタス)の教説に従い、統治権力と無関係な社会的活動に勤しむより他に手はない。
■社会的救済系はこうした立場に断固反対する。霊的救済系は帰結として現世からの脱コミットメントを招き、問題ある統治権力を補完する。前述したムフの批判と同型だが、統治権力と無関係な社会的活動に勤しむ場合も、問題ある統治権力の瑕疵を補完してしまう。
■日蓮は念仏宗教は世を滅ぼすとして北条時頼を恫喝したが、法華経の神秘主義的解釈に基づくところが大きいとはいえ、念仏宗教が現世救済を放棄することで社会的害悪の放置を帰結する事態を念頭に置いていた可能性を否定できない。これはこれで十分に合理的だ。
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■続いて世直し宗教の中身を見るに必ずしも「一国の」世俗権力への対抗が必然的だとは言えない。伝統を一瞥すれば、(国という言葉を無定義で使うが)国内革命を企図するがゆえに反国家となる宗教と、世界革命を企図するがゆえに親国家となる宗教を識別できる。
■一般に世直し宗教と言えば前者だが、ナチスを翼賛した独カトリック、ネオコンを翼賛した米エヴァンジェリカルズ(福音諸派)、天皇主義的国粋主義を翼賛した日蓮主義など、道義国家を用いて非道義国家を打ち倒し、世直しを達成することを目指す宗教宗派もある。
■日蓮主義者や法華宗信徒に限らず大川周明や中野正剛のような亜細亜主義者もまた石原莞爾の「道義国家」に類する観念を用いた。少くとも「道義」の言葉を国家に用いた。国家による正義の体現と言えばやはりネオコンを髣髴させるが、そこに回答のヒントがある。
■イラク紛争に面した米国の国論は、脱二元論・脱因果論的なユダヤエリートたるネオコンが、二元論(善と悪!)・因果論(千年王国!)的な南部高卒白人(福音諸派)を扇動した疑惑を拭えないが、ことほどさように国家の大義を信仰が与えることがあり得るのだ。
■亜細亜主義者の特徴は、クニの範囲を--藩だろうが国家だろうが国家連合だろうが--恣意的だと見したこと、それゆえ亜細亜という地域的参照が名目に過ぎなかったこと、それゆえ国家をすら手段的に理解した所にある。とすれば日蓮主義への流入は必定であった。
■但書を付せば、日蓮主義者(の一部)において日蓮主義が敢えて--ネタとして--選択されたと主張する者では因よりない。個人の主観において日蓮への帰依が絶対的であったとしても、認知的均衡理論が説明する通り道具的国家観のなせる業ということがあり得よう。
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■亜細亜主義者が口を揃える「西洋原理からの東洋原理の(西洋原理を用いた〕護持」を今日真に受けることは出来まい。亜細亜主義者の大きな影響を受けた我が師匠廣松渉においては明白に「西洋的実体主義から東洋的関係主義へ」は政治的動員戦略上のネタだった。
■だが、真に受けることができないことを以て単に排斥することはできない。どのみち、恣意的な境界線の内部に対する恣意的なコミットメントを調達することなくして--内なる光を埋め込むことなくして--、どのような範囲であれ世直しを正当化することはできない。
■「真に受けることができないのは単に計略が稚拙だからだ」「大方が真に受けるような、あるいはレイヤーごとに真に受け方を区分するような--人を見て法を説く--、周到な戦略が必要だ」。今日のニューディーラー=全体主義的リベラルは、そう考えるより他はない。
■今日の優秀な左翼(出自)の論者はラクラウ&ムフを含めてグラムシ流のヘゲモニー論を採用する。だがカルスタの如きとは全く動機が異なり、文化的文物の自明性批判に淫するより文化的文物の自明性を用いた政治闘争を推奨する。これまたパーソンズ的であろう。
■周知の通りルカーチは革命の主観的条件の非自明性をついた。誰もが所属組織や所属国家に関わる特殊利害と共同利害の二重性を生きる。だから「企業が(国家が)潰れれば困るのは労働者だぞ」といった恫喝には一定の合理性がある。廣松渉も繰り返し述べていた。
■だからルカーチは主観的条件の成熟にオルグ活動が不可欠と見した。オルグが通用するのは特殊利害と共同利害の捩れが最も先鋭な者逹。それこそがプロレタリアートだと話を逆転した。グラムシは「オルグへ」を「(組織戦から)陣地戦へ」と戦略的に展開した。
■私は中学高校時代にヘゲモニー論--当時の言い方では構造改革派--の影響を強く受けた。現に構造改革派の松田政男(四トロ=第四トロキスト同盟、のちに映画批評家)を通じて廣松渉を知った(二人は無二の親友、そして私は二人をよく知る)。ブルセラ&援交に関わるメディア活動も主観的には構造改革派のプログラムに沿ったまでのことである。
■私の活動が何をもたらしたのか、私にもよく分からない。様々な批判を浴び、贖罪のためにロビイ活動もした。そのロビイングが何をもたらしたのかもよく分からない。そうした個人的経験を通じて私は「全体主義的リベラリズム」の危険をよく弁えているつもりだ。
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■そろそろ総括の段。最も合理的な世直し宗教の代表例として「世界革命のために国家を利用する」--その意味でネオコンと同型的な--日蓮主義を紹介した。亜細亜主義が近代合理主義的思考の一種であるのが分かる。だからこそ我々にとって極めて教訓的であるのだ。
■「世界革命のために国家を利用する」者はしかし実は(私を含めて)国家をよく知らない。だから計算違いを含めて様々な犠牲が生じる。だが翻って言えば全て世直しが構造的に孕む問題だ。だからこそM・ウェーバーは政治倫理の何たるかを説かざるを得なかった。
■ウェーバーの政治倫理は帰結主義的発想だとされる。だが彼の政治倫理=結果倫理を「終わり良ければ全て良し」と誤解する人が多い。彼の政治倫理は「帰結へのコミットメント」を推奨する。帰結を考えぬ者が偶々素晴らしい帰結を招いても政治倫理に悖るのだ。
■だが社会は偶発的な関係性の複合体である。因より誰であれ帰結の偶発性を操縦し切れない。だから帰結にコミットすることを推奨する帰結主義は論理的に決断主義の推奨を含意せざるを得ない。だからウェーバーの申し子としてカール・シュミットが生まれたのだ。
■境界線が恣意的であることに驚くどころか、恣意的な境界線の内側への恣意的なコミットメントを調達した上で決断主義的な意志決定をせずしては、世直しがままならないこと。このことが孕む危険に対処するための思想は、そもそも宗教において提示されてきている。
■今回は詳述できないが、ユダヤ教では、原罪譚を通じて脱二元論・脱因果論が推奨される。法華経では、述べ伝えてはいけない真理という概念が示される(方便品)。方便濫用に対処すべく大日経においては、細分された手段と目的の同型性(曼陀羅)が推奨される。
■ローマ教皇ベネディクト16世は、密かなエールを送りつつ世直し神父(怒れる神父)を破門する異端審問官を演じる。(因みに私がコミットするラディカルデモクラシーも「“みな友達”の禁止」「抹殺の禁止」という両立し難い2つの意味で「敵の抹消」を禁じる)
■こうした「処方箋」にどのような共通性や異質性があるのか。現在執筆中の宗教社会学の書物で詳しく展開する予定であるが、一言だけ謎めいたフレーズを残して置く。「不可能性の思考」。この言葉の意味を徹底して理解するところに辛うじて道が開けるであろう。
投稿者:miyadai
投稿日時:2008-04-24 - 10:01:00
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『靖国 YASUKUNI』騒動を巡る巷の議論は、本質を全く捉えていない.

『靖国 YASUKUNI』騒動を巡る巷の議論は、本質を全く捉えていない
──靖国議員も自称右翼も映画館も悪くない、であれば何が問題か──


■李纓(リ・イン)監督監督の映画『靖国 YASUKUNI』を巡る混乱が続いている。昨年の話だが、この映画については寺脇研氏・荒井晴彦氏らとの座談会で、私も内容的な論評をしたことがある。今回は内容的な論評ではなく、この騒動を巡る議論を検証したい。
■議論の前提となる限りで内容に触れる。1960年代から周知となったドキュメンタリー技法を用いた佳作だと感じる。その手法とは、Aという立場に寄り添って感情移入やミメーシス(感染的摸倣)を招き、次にアンチAの立場に寄り添って同じことを試みる。
■パレスチナ・サイドに立つドキュメンタリーを見て涙したり激怒したりした直後に、ユダヤ・サイドに立つドキュメンタリーを見て涙したり激怒したりする、という複合的体験を与える手法だ。手法の狙いは「今日的な真実性」を明らかにするところにあろう。
■真実性という言い方は言葉の綾だ。今日ではW・リップマンやD・ブーアスチンの時代とは違う。疑似現実が現実を覆い隠すという図式は採れない。立場-文字通りカメラの立ち位置--に依存する複数のリアリティがあるだけ。それが60年代に明らかになった。
■社会学者P・バーガーはこれを「多元的現実」と称した。J・ボードリヤールはオリジナル/コピーの二元図式が崩れ「シュミラクル」の乱舞が覆うようになったと述べた。抽象的には、誰もが乗っかる共通前提を当てにできなくなったポストモダンに対応する。
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■60年代に明らかになったと述べた。昔は隠されていた多元的現実やシミュラクルの乱舞が突如明らかになったのではない。そうでなく60年代から70年代への変わり目あたりで、近代社会がモダン(近代過渡期)からポストモダン(近代成熟期)に変化したのだ。
■要は「期待の地平が変わった」のだ。自明な〈生活世界〉を生きる者達が「我々」の便益のために〈システム〉を利用するようになる--これを「近代化」という。やがて〈システム〉が全域化して〈生活世界〉が空洞化する--これを「ポストモダン化」と呼ぶ。
■ポストモダン化すれば、自明な「我々」の輪郭が崩れ、誰もがそう思う筈だ(と皆が思う筈)という期待の地平が縮む。すると「そういう見方もあるが、ああいう見方もある」という風になる。相対「主義」者になるのではない。事物が相対的になるのである。
■だがそうなれば、複数の立ち位置によって分岐する多元的現実の束を提示することで、緩やかな「メタ真実」を示唆できる。分かりやすく言えば「そのような多元的現実に分岐した社会」「そのようなシミュラクルの乱舞がある社会」を示唆できるということだ。
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■誤解を塞ぐと、複数の立ち位置とそこからの見え方を精査して多元的現実を正確に記述すれば「メタ真実」が得られる訳ではない。そうした「メタ真実」の抽出が可能であれば、そもそも社会は、ボードリヤールのいう「シミュラクルの乱舞」には当たらない。
■彼の議論は真実がメタであれオブジェクトであれ基底を持たなくなったことに照準する。全てが文脈に依存する部分的真実でしかあり得ない。ベンヤミンの言葉を借りれば、「真実」がシンボル水準なのに対し、「メタ真実」はアレゴリー水準にしかあり得ない。
■アレゴリー(寓意)とは「〈世界〉(ありとあらゆる全体)は確かに“そう”なっている」という納得だ。“そう”が“どう”なのかを明示できない。明示した途端、全体性が部分化するからだ。だからベンヤミンはアレゴリーを「瓦礫が一瞬形づくる星座」と述べた。
■李纓監督の狙いアレゴリーにある。身を清めて居合抜きをする刀匠・刈谷直治に寄り添ってミメーシスを起し、祖霊を返せと宮司に詰め寄る台湾原住民チワス・アリ(漢名・高金素梅)にミメーシスを起す。そこでは言葉より空気感と歴史感が立ちこめている。
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■巷間誤解されがちだが、Aという立場を紹介し、続いてアンチAの立場を紹介することで「どちらにも尤もな言い分がある」と中和すること。そこに李纓監督の狙いはない。「ああ、〈世界〉は確かにそうなっているのだ」と思わせるところにだけ、狙いがある。
■そこに醸し出されるアレゴリカルな効果は、刀匠や台湾原住民の個別性を越え、〈世界〉の全体性に関わる印象--「人のなすナショナリズムの営為が、儚くも尊きもの、尊くも儚きものだ」という感慨--を与えよう。従ってそこには明確な政治性が存在している。
■社会システム理論の枠組では、政治とは、集合的決定--社会成員全員を拘束する決定--をもたらす機能である。それに影響を与えようとする動員の試みは、直ちに政治的である。李纓の映画『靖国』に明確な政治的メッセージが存在することを忘れてはならない。
■映画には固有の主張がある。「ナショナリズムがもたらす悲劇を越えるには、いずれかの立場からのナショナリズムにコミットするだけでは解決しないにせよ、ナショナリステックなコミットメントを単に相対化するだけも解決しない」とパラフレーズできる。
■そこには、ナショナリズムの営為が「儚くも尊きもの、尊くも儚きもの」であることを弁えねば--「当事者を承認しつつも距離をとり、距離をとりながらも深く承認する」という態度なくして--ナショナリスティックな紛争を超克できない、とのメッセージがある。
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■「ナショナリスティックな紛争を超克するには、ナショナリズムの否定でなく、むしろ肯定から始めよ」という明晰なメッセージは、日本の自称左翼への批判になっている。そのことを自称右翼はもとより自称左翼すら掴めずに左翼的に礼賛するのは滑稽千万だ。
■こうしたメッセージは国内的には右翼国際主義(民族派右翼)を標榜する一水会の元代表鈴木邦男氏の持論に近い。因みに私自身の立場にも極く近い。国際的にはC・ムフのラディカルデモクラシーやJ・ラズの卓越主義的リベラリズム等、政治哲学の最前線の思考に近い。
■自称右翼・自称左翼の別を問わず、こうした政治性に適切に反応できないところに、はからずも民度の低さが露呈している。だがそれはそれとして、この映画はさして質が高いものでもない(せいぜい佳作)という「実際の問題」もしっかり見据えておきたい。
■自称左翼は刀匠のシーンが長すぎると揶揄し、自称右翼は台湾原住民や境内での紛争のシーンが長すぎると揶揄する。だが逆である。もっと長くて良い。その分、後半のどうでも良い資料映像を--自称右翼が問題視する映像も含め--大幅に刈り込むべきである。
■なぜ長くするべきなのか。刀匠や原住民の政治的立場の伝達よりもミメーシス(感染的摸倣)が狙いだからだ。刀匠にも原住民にも単一の側面からのみ密着するから、ダラダラして退屈だ。刀匠にも原住民にも存在するだろう万華鏡ぶりを掬い取るべきなのだ。
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■『靖国 YASUKUNI』(以下『靖国』)を巡る昨今のマスメディア報道に根本的な誤りがある。そのことが本来あり得ない筈の「混乱」をもたらしているだろう。「混乱」と記した。映画に対する抗議も映画館の自粛も混乱ではない。それが私の議論の出発点だ。
■問題がどう把握されるべきで、どこに問題があるか。それが連載第一回の主題である。「何を言うか、表現の自由の問題じゃないか」と憤激する向きもあろう。間違いだ。表現の自由は憲法規定で、憲法規定は国民ではなく国家(統治権力)への命令だからだ。
■交際を申し込まれた女が創価学会員は嫌いだと断った。憲法違反か。否。女は働かずに嫁に行けと父親が娘を諭す。憲法違反か。否だ。信教の自由や両性の平等という憲法規定の名宛人(命令の宛先)は国民ではないからだ。これを分かっていない者達が多い。
■であれば、かつての顕密体制ではないが、日本は末端では立憲国家とは言えない。立憲国家とは憲法が法律に優越する政治体制だ。憲法が法律に優越するとは、国民から国家への命令の枠内で国家は国民に命令できるということ。法治(法の支配)の一類型だ。
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■今回は文科省が『靖国』に750万円の助成金を出していた。むしろ国家は『靖国』を支援していたのだ。いや、稲田朋美議員が公開前の段階で自分に映画を見せろ(試写せよ)というのは事前検閲、まさに表現の自由への侵害だ、と憤慨する向きもあるだろう。
■残念だが間違いだ。私もしばしば御世話になる外国人特派員協会の会見「映画『靖国』をめぐる問題点」(3月28日)での稲田議員の言い分は合理的だ。映画の中立性ならびに日本映画であるか否かに疑義があるので、国会議員の責務として問題視したと語る。
■二つの疑義が妥当か否かは本質ではない。疑義があれば行政官僚の行為を問題視するのが議員の責務だからだ。いや、それが目に見えない圧力になる、或いは自称右翼を刺激するのだ、とする反論もあろう。だがそれは、統治権力でなく、市民社会の問題だ。
■だから、たとえ公開前に試写せよとの要求があったにせよ、要求された試写の対象が稲田議員とシンパに限定されていたにせよ、そこには糾弾に値する瑕疵はない。真の問題は「なぜそれを圧力だと感じるか、感じたとしてなぜはね除けられないのか」にある。
■ちなみに配給宣伝のアルゴピクチャーズが全国会議員と議員秘書に試写の範囲を拡げたのは妥当だ。だが稲田側の要求が理不尽だからではなく、試写を特定の立場の議員達に限るより多様な立場の議員達に拡げた方が助成の妥当性論議が適正化するからである。
■その適正性とは憲法規定(表現の自由)に従うか否かという統治権力側の正しさの問題でなく、政治的決定(助成)の是非に関する議論により多くの立場の者達が参加できる[ことを要求する]か否かという市民社会側の正しさの問題だ。ここにヒントがある。
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■3月22日以降「銀座シネパトス」で自称右翼(複数)の街宣や来訪や電話があり、3月26日にシネパトス側が公開中止を決めた。続いて31日に「渋谷Q-AXシネマ」「シネマート六本木」「シネマート心斎橋」が自称右翼からの抗議がないのに同様に決定した。
■報じられた限りでは『靖国』を見ていない段階で抗議をしたとされる。巷間そのことが問題視される。見る前に文句を言うとは何事か。皆で見てから議論せよ云々。むろん、市民間でかかる応酬があるのは民主主義(民主制ではない)の観点から極めて望ましい。
■だがそれも市民社会の健全性を巡る相対的な問題だ。かかる批判は自称右翼に対する決定的な異議申立にはならない。彼らの行動前提が『週刊新潮』(昨年12月20日号)が「反日映画『靖国』は日本の助成金750万円で作られた」と報じたことにあるからだ。
■同誌報道と、この報道を前提とする稲田議員の行動(に関する報道)が、自称右翼を促した。「見る前に抗議するな」との批判は尤もだが、「巷間反日映画とされる作品の公開を黙視すれば右翼の名が廃る」という立場にも合理性がある。つまりは、仕方ない。
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■政治家の行動も自称右翼の行動も決定的批判の対象にならないとすれば、批判されるべきは映画館ないし興行側の対応か。巷間「暴力に到らない抗議で中止するとは何ごとか」「まして抗議もないのに自粛するとは何ごとか」という映画館側への批判が溢れる。
■むろん市民間でこうした応酬があるのは、先程と同じく、民主主義すなわち「社会的な決め事には多様な市民の参加が望ましい」とする市民社会側の(あるべき)価値観からして望ましい。だが映画館批判の内容が妥当かどうかは別だ。私は妥当でないと思う。
■無頼漢の侵入を完全抑止はできない。来場客の持物チェックは未だ常識化していない。客に被害が出れば民事訴訟の対象になり得る。かつてのようにスクリーンを斬られれば百万円を超える損害が出る。抗議団体の街宣行動が近隣住民に迷惑になる可能性もある。
■映画館側の決定には合理性がある。プリンスホテルが日教組への大会会場提供をキャンセルした問題と同型的だ。公開告知を信じた客や一旦契約した客への信義違反だとの批判は尤もだが、対処しきれないと判断するホテルや映画館が出てくるのは、仕方ない。
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■「仕方ない」がキーワードだ。映画の見方は人それぞれ。『靖国』を反日的だと感じる者もいる。そうした記事が出るのは仕方ない。靖国を看板にする議員が記事を読んで『靖国』助成金に疑念を持ち、未見だから映画を見せろと要求するとしても、仕方ない。
■世の中的に反日映画ということになっていれば、そんな映画を公開するのかと抗議する自称右翼が出てくるのも仕方ない。たとえ自分で見てそれ程でもないと感じたにせよ、反日映画だという予期の地平が既成化していれば、抗議は象徴闘争として合理的なのだ。
■そうした抗議があれば、抗議対象となったイベントをホテルや映画館がキャンセルするのも合理的だ。自館に抗議がなくても他館に抗議がある以上仕方ない。組織成員はいざしらず、触発されたメンヘル男(頭のおかしな奴)が電波を受けて暴れるかもしれぬ。
■近隣住民が、抗議団体の街宣活動を怖がったりウルサがったりするのも仕方ない。病気の老親がいるから、妊婦や乳幼児がいるから、少しでもトラブルの可能性があれば回避したい。回避してほしいと願う。責める資格がある者がいるのか。やはり、仕方ない。
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■そう。何もかも仕方ない。とすれば指をくわえて成行に任せる他ないのか。実はそこにだけ論じられべきポイントがあるのだ。先程、これは統治権力を批判すべき表現の自由の問題でも、映画館や興行側を批判すべき信義違反や腰抜けの問題でもないと述べた。
■結論的にはこれは市民社会の成熟の問題だ。19世紀半ば『悪の華』が風紀紊乱だと起訴され、若くして夭折した悲劇の詩人ボードレールの(鈴木邦男氏も好む)台詞がある。「僕は君の思想は気に入らぬが、誰かが君を脅かすなら、僕は命をかけて君を守る」。
■仕方なさにかまければ、映画『靖国』のように、特定の感じ方や考え方をする人間たちの意見表明の機会が奪われる。仕方なさは個人的な行為合理性の問題だが、多様な感性や思想を持つ人々を包摂できるか否かは個人の個別行為を越えた社会の正しさである。
■社会学的な言い方では「行為へのコミットメントではなく行為を支えるプラットフォームへのコミットメントの問題だ」ということだ。倫理学的な言い方では「自由の基底性より正義の基底性が優越するという問題だ」(井上達夫)ということになるだろう。
■政治哲学者ジョン・グレイならば「古典的自由主義から価値多元主義へ」と言う。条件付で功利主義的にも記述できる。与えられたゲームを等閑視したままどんなプレイが得かを追求するのでなく、そもそもそのゲームを続けるのが得かを追求するべきなのだ。
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■最後に紹介した功利主義の枠組を「行為功利主義から規則功利主義へ」と言う。市民倫理(正義だ!)を持ち出すより功利主義(得だ!)を持ち出す方が間口が広い。社会的な価値観にコミットするより、快不快のあり方にコミットする方が敷居が低いからだ。
■この功利主義的な言い方を私は十年程前から日米関係に用いてきた。産経新聞ないし『正論』的な「与えられたリソースの配置においては日本はアメリカについていくのが国益上一番だ」という物言いがある。政治哲学の基礎中の基礎を知らぬ馬鹿な物言いだ。
■米国の外交には建国神話に依存する三つの原則がある。第一は「俺も放って置くから、俺を放っておいてくれ」という孤立主義。第二は「敵の結束を恐れる」がゆえの二国間外交への分断主義。第三は「米国についていくのが一番」と思わせる非軍事化的な戦略。
■単な