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感情の制禦について深い関係があるユダヤ哲学についての宮台ツイートのまとめ

今朝僕がツイートしたのは、感情の制禦についてでした。この感情の制禦についての問題は、分かる人には分かると思いますが、ユダヤ哲学と深い関係があります。

ユダヤ哲学は極端な理性主義です。信仰絶対主義なのですが、それが絶対である理由は理性的選択だからという話になっています。

これは初期ギリシア哲学の影響によるもので、感情とはパトスつまり降りかかって来るもので、意思の自由の反対物だという発想になります。

感情の制禦について思想的に極めたい方は、初期ギリシア哲学と、ユダヤ哲学の、深い学習が必須だと思います。

数日前に、どんな書物がお勧めですかという質問に答える形で、ユダヤ哲学の本質について若干連投したので、まとめておきます。


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miyadai
2:09am, Mar 25 from HootSuite
ちょい難しいけど、村岡晋一『対話の哲学〜ドイツ・ユダヤ思想の隱れた系譜』講談社です。ユダヤ哲学理解は必須です。RT @kaoriiwai: あざーーすっ!ほんとに感謝します!けど、わがまま言わせてください!英語が得意じゃないっす!!日本語の本はありますか??涙  #miyadai

miyadai
2:14am, Mar 25 from HootSuite
一言いうとユダヤ哲学とは∀ではなく∃に、普遍主義でなく「あるとはどういうことか」に拘る哲学です。Diasporaにもかかわらずユダヤ民族が「ある」と言えるために戒律があります。最初に戒律があるのでなく、戒律がなければならない合理的理由があると考えるのです。@kaoriiwai

miyadai
2:22am, Mar 25 from HootSuite
どうもありがとう。もう少し付け加えると、ユダヤ哲学とは「単一である」とか「入れ替え不能である」とはどういうことかを考えるので、ポロック以降の現代アートを考える人には必須です@kaoriiwai 必ず読ませていただきまする。ちなみに「日本の難点」は即日読みましたよw#miyadai

miyadai
2:39am, Mar 25 from HootSuite
ちなみにSandelもユダヤ人です。だから自分自身の入れ替え不可能性を、埋め込まれ(負荷)に見出す、コミュニタリアンなの。固有名に関わる入れ替え不可能性とは何かを考えた『名指しと必然性』のクリプキもユダヤ系。日本人は意識しないようだけどね。@kaoriiwai #miyadai

miyadai
2:44am, Mar 25 from HootSuite
それが違うんだ。「存在してるんだから理由なんていらない」と[日本人的に]構えていられるのは、離散も分断もされずにtogetherでいられるからなの。だから国土が荒廃して共同体が空洞化すると自分探しの病み系になる。ユダヤ哲学の方が条件依存性が低いの。@toyokawah #miyadai

miyadai
9:23am, Mar 30 from HootSuite
#miyadai ユダヤ哲学について本質中の本質を学びたい方は、ユリウス・グッドマン『ユダヤ哲学』という大著をお読みください。堀内進之介氏に教えてもらった素晴らしい書籍です。


[ ]の中はこのプログに掲載するときに追加したものです。
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-30 - 08:59:31
カテゴリー:宮台の近況 - トラックバック(1)

僕がツイートした「一般永住外国人についての論点」をまとめろという声に応えて…


僕がツイートした「一般永住外国人についての論点」をまとめろという声に応えて、まとめます。「在日=強制連行」図式についての小学校時代の記憶についても触れています。

なお、「特別永住外国人についての論点」のまとめのエントリーも読んでください。ここでいう「強制連行図式」とは、8割が「一旗あげにやってきた人」なのに、あたかも全員が強制連行されたかのように伝えたり受け取ったりする(結果、政策が方向づけられる)ことで、強制連行された人がいなかったという話じゃありません。念のため。


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miyadai
4:41pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai 要点は特別永住者と違って一般永住者には、生活保護や社会福祉の受給権があるのに窓口で追い払われてるケースが大半。だから小学校に通えない子供が大量発生。RT @Minority20: 個人的には宮台氏が今回省略した「分厚い論点」の方に興味があるんだけどな。

miyadai
4:45pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai これはヤバイ。なぜか。どこの先進国でも、エスニックリソースを専ら頼る一世と違って、言葉も喋れ、移民先の国民とも関係性を築いた、二世三世が「国籍を与えろ。一般国民と同等に扱え」と言い出す。フランスも英国もそう。このルートが遮断されるから。

miyadai
4:48pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai じゃあどうヤバイか。移民と非移民が分断されたままになり、情報の非対称性や不完全情報ゆえに、ゆえなき差別が生じたり社会的軋轢が生じるから。どのみち、移民(永住者)とまでいかずとも長期滞在の外国人労働者を受け入れる以外ない以上、社会統合(同化ではない!)の支障に。

miyadai
4:52pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai ここでも、国民の多くに必要なのは、感情は感情として、どのみち10年20年後にどうなるかを考えてバックキャスティング的に今を思考するガバナンスの視座にそれなりに馴染むこと。単なる免疫化ということを越えて、外国人をメンバーとして含む共同体の構想につながります。

miyadai
5:03pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai このあたり、扱いを間違えると、参政権を与えたがゆえに反外国感情がかえって増進します。(1)永住権取得の容易化→(2)永住権者に受給権のフル行使を可能に→(3)日本社会とのコネクティビティを増進→(4)反外国人感情の緩和と自明性図式の変更→(5)参政権、の順序

miyadai
4:59pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai わかりにくいと思うけど、一般永住者の処遇がめちゃくちゃであること(知り合いの窓口担当の役人も「本当はまずいんですが」とこぼす)を直すのが先決問題なのに、参政権問題が目くらましになるからです。処遇の滅茶苦茶さゆえに、子供世代が言葉も喋れず、参政どころじゃない。

miyadai
5:06pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai つまり、一般永住者に参政権を与えることについては、長期的には必要だし不可避のことだと思っております。だからこそ、ガバナンス上の問題を生じやすい拙速な順序で地方参政権であれ国政参政権であれ付与してはいけないという論理です。アクセスでかなり詳細に議論した通りです。

miyadai
5:09pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai ちなみに、現在、ブラジル人や中国人などの一般永住者が置かれている「権利不充足状況」(権利剥奪状況ではない、なぜなら永住者としての権利を持つから)は、在日の三世四世五世の方々より、はるかにはるかに過酷です。これが、スパ!ならびにアクセスにおける僕のアジェンダ設定。

miyadai
5:13pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai ここ十年以上、特別永住者の数は、帰化によってコンスタントに減り、いま現在、一般永住者と数においてほぼ同等となりました。40万人+α。十年後には一般永住者が圧倒的な割合になります。一般永住者の権利充足による社会的な組み込み(同化ではない)が急務な所以であります。

miyadai
5:36pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai 追加情報。慰安婦問題と結合して強制連行をマスコミが吹聴したのが80年代。研究者や政治家が強制連行問題を俎上にあげたのは59年以降(朝日新聞記事)。だから僕の小学校時代の強制連行図式の教育がありました。神話は二段階で形成された。 帰国運動は59年から84年まで。

miyadai
5:40pm, Mar 29 from HootSuite
#miyadai あ、僕が生まれたのが59年。昭和34年。左翼的神話が歴史を捏造しはじめる時代なり。むろん戦争での振舞いを反省することは大切なり。僕は現に在日の方々は「むりやり連れてこられた」と1960年代を通じて教わった。これは歴史の捏造に基づく教育なり。

[補足:宮台の小学校入学1965年。共産市政&府政時代の京都で小学校時代の8割を送ったのもあるかも。

miyadai
5:44pm, Mar 29 from HootSuite
ただ問題は微妙なり。http://ow.ly/1s16X 参照。でも僕の論点は変わらず。RT @k5sm: 宮台真司が嫌いなのでざまぁと思ってエントリ読んでたら、あまりにもエントリ側が被害者妄想が酷くて。。。 どうして出稼ぎをミクロじゃなくてマクロ視点で語ると「強制移動」になるの
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-30 - 06:00:15
カテゴリー:宮台の近況 - トラックバック(0)

せっかくまとめていただいたので…


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Togetter--宮台真司による「永住外国人参政権論
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http://togetter.com/li/11533


それとやや恣意的な抜粋のきらいもあるけど

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外国人参政権について宮台真司miyadai vs.金明秀han_org
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http://anond.hatelabo.jp/20100329193356


おまとめいただき、ありがとうございます。
詳しくは(あるいは正確には)各各の発言のタイムラインを追っていただければ幸いです。


投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-29 - 19:49:47
カテゴリー:宮台の近況 - トラックバック(0)

ツイッターをプログにまとめろという要求がツイートされましたので…

ツイッターをプログにまとめろという要求がツイートされましたので、面倒ですが、送信ログをプログにアップすることにしました。



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おはようです。8時半から引っ越し二日目の荷ほどきが始まりした。昨日はバッキング作業中に6時間以上不在にしたため妻へのアフタケアーが大変。新築した建物はかなり実験的なもので、施行業者らから見本用撮影依頼があれこれ。隈研吾氏との対談でも言及対象になります。

昨日から在日の当事者の方が僕のブログで僕の永住外国人参政権論に反応してくださったのを契機にツイッターが一部で反響を寄せてくれています。当事者の反応は大歓迎です。が、論点にはいくつも穴があり、僕自身も普段であれば総務省官僚と同じく5秒でスルー。

複数の穴に一々応答するのも角が立つので、僕の論点を整理して、彼の論点と対比してください。ちなみに僕の論点はオリジナルではなく、在日の鄭大均氏(首都大学東京で同僚)と大差ない部分を「含みます」。含むというのは、僕の参政権論全体の中で在日問題は極く一部だからです。

まず、一般永住外国人(在日以外ということ)への参政権付与には反対です。これについては分厚い論点がありますが、今回はあまり関係ないのでスルーします。問題は、一般永住外国人に参政権を与えないのに、特別永住外国人に参政権を与える合理性があるか否か。この1点です。

つまり、特別永住外国人(在日の方々)を一般永住外国人(非在日)と区別して参政権を与えるべき合理的な理由があるかどうかだけ議論してます。ここを取りのがした議論は、僕を相手にした議論にはなりません。

この1点を議論するにはさして知識は必要ありません。1950年代後半から「在日=強制連行」図式が拡がり、これをベースに北朝鮮への「帰国運動」が自民党さえも巻き込むという文脈の中で、在日政策が固められていきます。しかし「在日=強制連行」図式は単なる虚偽でした。

8割(それ以上という説もありますが厳密には検証不能)の在日が「強制連行」ではなく「一旗あげにきた人々」である以上「在日=強制連行」図式は不正確というより事実上虚偽です。でも僕の小学校時代(1960年代)6つの小学校に通ったけど、とこでも在日=強制連行と教わりました。

図式が虚偽である以上、虚偽を前提にした政策の妥当性に疑問があります。これを疑問に付すことなく、一般永住者からとりわけ区別して特別永住者を処遇して参政権を与えねばならないと議論しても、まったく通用しません。

「一旗あげにきた人々」の大半が、占領地の環境悪化で移住を余儀なくされた「強制移動」だという議論は、無意味です。なぜなら、日本の在日政策が、そうした理路に基づいていないからです。「在日=強制連行」図式にかえて「在日=強制移動」図式を政策的前提とする必要があります。

そうした図式を前提にするように頑張っていただいて結構です。朝鮮半島の人口のごく一部が日本に「一旗あげに行った」に過ぎない以上(実際だから韓国では在日に対する関心が低いのです)、その多くが強制移動なのだとする議論は嘲笑されるか、単なる水掛け論で終るでしょう。

ちなみに僕は1997年に在日のアダルトビデオ男優花岡じったと一緒にソウル近辺に百軒以上も立地するようになったテレクラを長期取材しにいきました。僕がハングルを喋れないからです。そのときにいろんな韓国人に「在日」をどう思うかを尋ねてまわった記憶があるのです。

水掛け論を論拠にしても政策は成り立ちませんが、似た水掛け論(つまり政策に結びつけるべきではない議論)が他にもあります。「国籍と民族アイデンティティの差異」問題です。国籍が民族アイデンティティになっているケースがある。当たり前です。それが民族国家の定義です。

問題は(1)OECD加盟国ないし先進各国の、(2)マイノリティーにおいて、どうかです。ほぼすべての国で「インド系●●人」「中国系●●人」「ユダヤ系●●人」という在り方が自明です。つまり参政権を取得したいならば、インド人から「インド系●●人」になるのが普通です。

そうした国の「多く」では二重国籍制度を持つとの反論があり得ます。であれば、二重国籍制度を持たないでも「インド系●●人」という在り方が珍しくない理由を説明すべきです。そもそも論証する暇があったら「参政権がほしいので二重国籍を許容せよ」と運動すべきですが、してますか。

鄭大均さんは、「一般永住者に比べれば特別永住者の帰化は極めて容易ですよ。現に自分の場合そうでしたから」とおっしゃいます。そう仰言る方は僕の周囲に複数いますが、ただ「年長の家族親族を説得するほうがずっと大変ですよ」と共通におっしゃいます。いや、大変なんだ、は水掛け論。

一般永住者を含めた手続簡素化論を展開するなら道理が通ります。僕も原則賛成です。でも、「帰化がとてもメンドーだ。国籍が取得しにくい。だから参政権がない。だったら国籍化なくても参政権を与えろ」などという馬鹿げた理屈はありえません。それこそ、ミソとクソを一緒にする議論。

宮台の議論は在日の差別や苦難を踏まえていないという反論もあり得ます。それはありません。「在日=強制連行」を前提にして差別や苦難を論じるのと、それを外して論じる場合では、議論の帰趨が異なります。在特会が、この論点をベースに感情的に反発していることを無視すべきでない。

特別永住者に一般永住者と区別して参政権を与えるのは不合理だと主張するのに、三世四世になったら在日差別がなくなったとか緩和したなどと証明する必要はありません。差別はなくなっていません。だからといって「在日=強制連行」図式を前提にした政策を継続するべき理由にもなりません。

当事者の方々との議論のやりとりは歓迎ですが、けんか腰は浅ましく感じられて不利になります。穴だらけの論点も在特会やそのシンパの方々の餌食になります。特に、誰が無知だのどーのこーの噴き上る頭の悪い日本人を味方につけるのは、在日の方々にとって不利になります。

ちなみに、「在日=強制連行」という虚偽図式を吹聴したのは、在日ではなく日本の左翼です。在日は「どうせ日本は悪いことやったんだから」という感じで、強制移動だったかどうかは別にして左翼の虚偽図式に乗っかりました。心情的にはこの政治的のっかりを理解しています。

なので、この問題の淵源は、在日の方々ではなく、日本の馬鹿左翼にあるのだというのが、僕の持論です。しかし、冒頭に申しましたとおり、今回の参政権をめぐる政治的主題は、中国人とブラジル人を中心とする一般永住者の参政権をめぐる問題だったことを忘れないように。

投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-29 - 13:26:05
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マル激トーク・オン・ディマンド更新しました。


http://www.videonews.com

■マル激トーク・オン・ディマンド 第467回(2010年03月27日)
霞ヶ関文学入門
ゲスト:岸博幸氏(慶應義塾大学大学院教授)

<プレビュー>
http://www.videonews.com/asx/marugeki_backnumber_pre/marugeki_467_pre.asx

 民主党政権が目指す「政治主導」がどうも思わしくない。公務員制度改革関連法案では肝心の天下り規制や人件費の2割削減が先送りされてしまったし、地球温暖化対策基本法案も民主党の選挙公約から大きく後退してしまった。一見政治主導を装いながら、どうも鳩山内閣の政務三役が、霞ヶ関官僚に手玉に取られている感が否めない。
 そこで今週のマル激では、民主党が唱える脱官僚・政治主導が実現できない原因の一つとして、官僚が政治や立法過程をコントロールするために駆使する霞ヶ関の伝統芸とも呼ぶべき「霞ヶ関文学」に注目してみた。
 霞ヶ関文学とは、法案や公文書作成における官僚特有の作文技術のことで、文章表現を微妙に書き換えることで別の意味に解釈できる余地を残したり、中身を骨抜きにするなど、近代統治の基本とも言うべき「言葉」を通じて政治をコントロールする霞ヶ関官僚の伝統芸と言われるもののことだ。
 霞ヶ関文学では、たとえば特殊な用語の挿入や、「てにをは」一つ、句読点の打ち方一つで法律の意味をガラリと変えてしまうことも可能になる。また、特定の用語や表現について世間一般の常識とは全く異なる解釈がなされていても、霞ヶ関ではそれが「常識」であったりする。若手官僚は入省後約10年かけて徹底的にこのノウハウを叩き込まれるというが、明確なマニュアルは存在しない。ペーパーの作成経験を通じて自然と身につけるものだといわれるが、あまりに独特なものであるため、政治家はもちろん、政策に通じた学者でも見抜けないものが多いとも言われる。
 通産官僚として約20年間霞ヶ関文学を駆使し、その後竹中平蔵大臣の政策秘書官として、官僚の霞ヶ関文学を見抜く役割を果たしてきた岸博幸慶應義塾大学大学院教授は、そもそも霞ヶ関文学の出発点は日本語を正確に定義して書くという、行政官僚に本来求められるごく当然のスキルに過ぎないと説明する。しかし、法律や大臣の国会答弁の文章を明確に書き過ぎると、自分たちの裁量が狭められたり、官僚が何よりも重んじる省益を損なう内容になる場合に、官僚の持つそのスキルが、本来の趣旨とは異なる目的で使われるようになってしまった。そして、そのような意図的な書き換えを繰り返すうち、法案や大臣の国会答弁で使われる単語や表現の意味が、一般常識とはかけ離れたものになってしまったと言うのだ。
 ほんの一例をあげれば、道路公団や郵政改革でよく耳にする民営化という言葉があるが、「完全民営化」と「完全に民営化」とが、霞ヶ関文学では全く別の物を意味すると言う。「完全民営化」は株式と経営がともに民間企業に譲渡される、文字通りの民営化を指すが、「完全に民営化」になると、法律上3パターンほどあり得る民営化のどれか一つを「完全」に実現すればいいという意味になるというのだ。つまり、「完全に民営化」では、一定の政府の関与が残る民間法人化や特殊法人化でも良いことになるという。しかも驚いたことに、霞ヶ関ではそれが曲解やこじつけではなく、ごくごく当たり前の常識だと言うのだ。
 岸氏が竹中大臣の補佐官として政府系金融機関改革に取り組んでいたとき、官僚が滑り込ませてきた、この「に」の一文字に気づき、法案を突き返したことが実際にあったという。政府系金融機関が「完全民営化」されることで天下り先を失うのを嫌った官僚が、政治決定の段階では入っていなかった「に」の一文字を、法案の中に潜り込ませてきたのだ。
 他にも、全く同じ文章でも、句読点を打つ場所を変えることで意味が変わったり、単語の後に「等」をつけることで、事実上何でも入れられるようにしてしまうなど、確かに霞ヶ関文学は伝統芸と呼ばれるだけのものはある。
 そして、霞ヶ関文学はそれを熟知した官僚もしくは元官僚にしか見破ることができないが、現在の民主党政権にはそうしたノウハウを熟知した上で官僚を使いこなせる閣僚が少ないため、官僚に取り込まれるか、あるいは無闇に官僚と対立する結果行政の停滞を招くなど、間違った政治主導になっていると、岸氏は苦言を呈する。
 自民党時代の官僚政治を支えてきた霞ヶ関文学の実例を挙げながら、権力の行使において言葉が持つ重要性や、政治主導の実現のために何をすべきかを岸氏とともに議論した。



<今週のニュース・コメンタリー>

・google中国撤退で追い詰められた中国
 解説・佐々木俊尚氏(ジャーナリスト)
・北朝鮮最新情勢とよど号犯人の今
 報告・青木理氏(ジャーナリスト)
・憲政史上初のオープン首相会見の中身



<関連番組>

■ニュース・コメンタリー (2010年03月06日)
温暖化対策基本法案に見る霞ヶ関文学の功罪
http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/001380.php

■マル激トーク・オン・ディマンド 第407回(2009年01月24日)
無法地帯化する霞ヶ関
ゲスト:高橋洋一氏(東洋大学教授)
http://www.videonews.com/on-demand/0401410/000827.php

■プレスクラブ (2010年03月26日)
鳩山内閣総理大臣記者会見
http://www.videonews.com/press-club/0804/001395.php

投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-28 - 08:13:47
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幻冬舎の雑誌『パピルス』での連載の最新記事はあの鈴木陽司さんについてです!


ごく一部のみ抜粋します。
本当に面白いところは雑誌を読んでください。


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昭和の終わりのパラダイス
連載第4回:鈴木陽司
「ふわっとした感じのフィーバー感に覆われていた時代だった」
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[ごく一部を抜粋。本文は全体としては対談構成ではなく、僕の地の文です。ところどころに対談部分が入ります]

宮台 八五年からテレクラがはじまったんですが、使ったことありました?
鈴木 僕は使ってないけど、SKIP軍団にテレクラ好きの「サトウのかっちゃん」がいて、話はいっぱい聞きました。僕はああいうのが逆に難しい。声かけたほうが早い。今でもネットでやる人多いんですが、手順がかったるい。サッといってサッみたいじゃないとダメ。
宮台 ナンパ写真家のドキュメンタリー撮ったとき、三人の登場人物の一人が福永ケージさん。彼に隠しマイクを仕込んで、ビルの屋上から望遠レンズがついたテレビカメラで撮影しました。本当に勝負早く、声かけて本当に一〇分後には駐車場で大また開きなんです。
 後で、話をしてもOKという女の子に、僕が「どこに行く予定だったんですか」と訊くと「就職活動で、三〇分後に面接で」とか言う。実際スーツ姿で、大学名を尋ねると、いい大学だったりするんですよ。あの頃は、どうしてそんなことがあり得たんですかね?
鈴木 確かにひどい話です(笑)。新宿とかだと空きビルみたいなところで一〇分後にハメていたり。その娘はハメられにきたんじゃなく、別の用事があったんですね。声かけたとき、よく「これから面接に行く」とか言うんですよ。「時間かかりますか?」みたいな。
宮台 今の時代はそれがありません。当時の女の子のはじけ方は、僕もよく分かりません。「トゥナイト」とか見て「素人性風俗があるのか」って思っても、オールナイターズに憧れたにしても、面接に行く途中でナンパされて直後にハメられるって、繋がりませんよ。
 昔は互いに無防備だったんです。僕も平気でエッチした女の子にバカスカ名刺を渡してましたもん。数年後には援交番組で僕がテレビに出るようになって「あっ」て思った娘が何人もいるはずです。僕のサイン会で「覚えてますか」みたいのが何回かあったし(笑)。
鈴木 僕も普通に名刺も渡していた。で「また、明日撮ろうよ」なんて、そういうパターンが僕は多かった。僕が気付いたのは、確かに十年くらい前から街が変化し始めて、ナンパしてどこでも撮れたのが、ビルに入るとカメラがついていて、すぐ誰かが飛んできたり。
宮台 確かに。以前は屋上とか非常階段にあがれたけど、屋上にも非常階段にも下から上がれないようにロックされているね。雑居ビルなんかでも、店舗がつぶれた後の空きフロアとか、ナンパした後のインスタントエッチで、よく使いましたよね。
鈴木 はい、そんなところばかり撮っていました。夕方からしか人がこないビルの階段とか。いっぱいキープしてあって。
宮台 僕も同じです。ここは非常階段あがれるとか、屋上に上がれるとか、三階は店舗が空いていて空きフロアになっていて人が来ないとか。西新宿ならこの辺とか、渋谷ならこの辺とかって、各街で。
鈴木 各街で、何でですか(笑)、テレクラ用ですか、プライベート用ですか。テレクラでもそういう流れはあるんですか? すぐ、その辺で、みたいな? ホテル行くんじゃなくて? テレクラの人はみんなホテル行くんだと思っていた。
宮台 両方ですね。恋人用とテレクラ用と。テレクラだとそういう「なしくずし」のケースは、やっぱり人妻さんが多かったです。以心伝心と言いますか、相手の波長に合わせて不満や鬱屈を引き出してあげれば、対策の立てやすさもあって、簡単に行けました。
鈴木 結構エロですね、人妻がその辺の階段でひそかに(笑)。こそこそっていうのはすごいやらしいじゃないですか。僕たちの時代はまだオープンじゃなかったですから。今は大分違うと思うんですよ。AVの影響とかもあって、若い子がすごく即物的になっていて。
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-24 - 16:30:19
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映画『ソラニン』について書きました⇒撤収します

うっかりミスで、媒体に掲載される前に、アップロードしてしまいました。
執筆したのがずいぶん前なので、勘違いしてしまいました。

撤収いたしますので、あしからずご了承ねがいます。
twitterで言及されまくっているので残念ですが、仕方ありません。

投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-24 - 16:20:12
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奉納靖国神社夜桜能の火入れ式で火入れを行なわせていただきます。

http://www.fujitv.co.jp/events/stage/yozakura10/index.html

3月31日(水)から4月2日(金)まで靖国神社に奉納する夜桜能がとりおこなわれます。一昨年このプログで奉納靖国神社夜桜能について書かせて戴きました。

さて初日3月31日の火入れ式におきまして、おそれながら火入れの役を仰せつかりました。僕は既に公務員ではないので躊躇なく引き受けさせていただきました。

小学生時代を京都で育ったこともあり、神社への奉納儀式に長らく親しんで参りました。神社に奉納するお神楽を今でも地元で毎年欠かさず愉しんでいるところです。

今回の奉納儀式が通常の神社でのそれとは異なること、靖国神社の歴史が通常の神社のそれとは異なることは、誰よりもよく承知いたしております。

この神社をめぐる数多の困難の解決されんことをも祈念しつつ、文脈はどうあれこの神社に祀られんと死んでいった方々への万感の思いを胸に役目を行なわせていただきます。

ちなみに僕は天皇主義者で、天皇主義が実存としてのみならず社会的にも(一定の文脈で)妥当だった所以を、出席者の限られた学問的講義で紹介して參りました。

一言付け加えれば、今回の役目を引き受けさせていただいたのは、僕が小室直樹師匠から多大な影響を受けた天皇主義者であることとは、直接の関係はありません。

(但し天皇主義者とは元来世直し主義者の別名であり、革命勢力が例外なく鳥羽伏見の戦の如く錦旗を立てんとしたことを御想起いただいたいとは念います。)

飽くまで身代わりとなって死んでいかれた方々(もちろん講和上の図式で処刑されたA級戦犯も含めて)に対する筆舌に尽くし難き思いを秘めてのものであります。

例えばどの新聞よりも強力に戦争翼賛の旗を振った朝日新聞如きに、天皇と国民の免責のために犠牲になったA級戦犯被処刑者を批判する資格などあろう筈もない。

いずれといたしましても、まさしく天蓋をなす満開の桜の下で幽玄なる夜桜能を堪能することは、皆さまの内にまさにこの世ならぬ体験を生じさせるでありましょう。

なお僕の天皇主義に関する文章のうちで公開されたものは僅かで、『援交から天皇へ』における、鈴木邦男氏に寄せた長い文章と、故見沢知廉氏に寄せた長い文章に限られます。

投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-24 - 09:41:53
カテゴリー:イベントなどの告知 - トラックバック(0)

Twitter効果でしょうか?



10日ほど前からTwitterでやや頻繁につぶやくようになってから、ミヤダイ・ドットコムの来訪者が1日3000人前後だったのが、3500〜4000人になりました。Twitterのフォロワーも、4000人だったのが、12000人近くに増えました。

10日で8000人も増えるという増加率自体が目下のTwitterの伝播機能の一端を示すでしょう。Twitterの機能については、いろいろ観察しながら分析しているところなので、いずれまとまった話ができるようになるでしょう。
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-22 - 12:19:06
カテゴリー:宮台の近況 - トラックバック(0)

「右翼の本質」と「保守の本質」の差異を、中島岳志さん相手に語りました。

ほどなく、中島岳志さんと僕が「右翼の本質」と「保守の本質」の差異について語り合った長い対談が、中島さんを軸とした対談集に収録されます。事前宣伝にかえて、宮台の一発言だけ抜粋します。

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宮台 これも重い話ですが、九五年から九六年にかけて日米安保見直し協議と日米安保共同声明があり、周辺事態法&有事法制スキームが出てきたんですが、なぜ右翼がこれに反対しないのかが不可解でした。「何が起こっているのかわかってねえのかよ」と思いました。でも当時のぼくは援交少女のフィールドワークの最中でしたし、ぼくが発言せずとも誰かが声を上げるだろうと傍観していました。
 ところが、九九年の第一四五回通常国会で、国旗国歌保安や盗聴法案や周辺事態法案などが出てきたとき、左翼が「国家権力の肥大化だ」などと言い出したので、さすがに仰天したんです。「馬鹿をほざくな、これは国家権力の弱体化なんだよ」と。
 昔の亜細亜主義者がみれば、政治家・官僚・民間企業を含めて「亡国の徒」がペンペン草も生えないぐらいにまで国をむしり取ろうとしている状況が生まれていたんです。具体的に云えば、「いざとなったら米国に守ってもらうしかないので、対米追従しかない」という口実を使って、自らの権益を最大化しようとする売国奴が跋扈していたわけです。
 これは国家を簒奪するゲームですから、これを国家権力の肥大だの横暴だのと言う奴は、本当のトンマだと思ったんです。そうした鬱屈感情が九九年に爆発して、左翼の集会などに出かけて「トンチンカンなこと言ってるんじゃない」って話をするんですが、通じない(笑)。こりゃ相当まずいなと思ったわけです。
 ちなみに、知らない人のために言うと、ぼくが二八歳のときに書いた博士論文『権力の予期理論』(勁草書房)は、国家権力構造の数理的記述という壮大な目標を掲げたもので、ぼくの研究の出発点は、国家研究や権力研究だったんです。その後、サブカルチャー研究から性愛フィールドワークに転じたので、ぼくが転向したように思う方が多いようですね。
 話を戻すと、当時の妻だった速水由紀子氏が、鬱屈したぼくの姿を見て、一〇年以上後に書く予定だった宗教の話を書いたほうがいいと勧めてきました。たぶん「社会に投企する理由は、社会自体にはない」という僕の感覚が、宗教的だと思ったんだと思います。ぼくは早すぎるとは思いましたが、学術的な話はせずに、ぼく自身の体験をベースにして語るならばいいだろうと思いました。
 学術的な話はしないものの、折口信夫や三島由紀夫や保田與重郎が強い関心を寄せた初期ギリシアの感受性や行為態度を、初期ギリシアという言葉や、ディオゲネスとかアリスティッポスという人名を出さずに、ちゃんと説明できるかどうかチャレンジしようと考えました。というのは、現代哲学者が、哲学史や哲学者を持ち出すから逆に伝わらなくなるんじゃないかと思ったからです。
 ぼくの考えでは、右翼の本質は主意主義です。初期ギリシアの思想は主意主義の出発点で、スコラ神学を通じて社会思想へと継承されました。初期ギリシアの思想が理解できないということは、右翼の本質が分からないということを意味します。実は「初期ギリシア」という名称に意味があるのでなく、「セム族的な唯一絶対神信仰に対抗するべく、絶対神を否定してパンテオンを持ち出す立場」という構造的対立に意味があるんですよ。
 「絶対神を否定してパンテオンを持ち出す立場」は紀元前8世紀のホメロス叙事詩の時代以前の「暗黒の四百年」を語り継ぐべくあるもので、「絶対神への依存」にかえて「不条理への開かれ」と「凄い者への感染」を持ち出します。社会意識論的には、この立場は、当時の都市国家における重装歩兵の集団密集戦法(ファランクス)と整合するものです。
 この考えへの感染は、ぼくが二十歳代でアウェアネス・トレーニングに関心を寄せていた時代からのもので、個人的な実存からいうと「情動の連鎖」や「根源的衝動」に関係します。一つのきっかけは、鈴木邦男氏の『腹腹時計と〈狼〉』(三一新書、一九七五年)を刊行後四、五年たって(八〇年ごろに)読んだことで、この人は本当の右翼だなと思ったんですね。
 鈴木邦男氏自身も「情動の連鎖」という言葉を使っていました。よど号ハイジャック事件に触発されて三島由紀夫が決起し、三島の決起にうながされて反日武装戦線〈狼〉が決起し、反日武装戦線〈狼〉の決起にうながされて野村秋介が経団連襲撃に決起して、という風にピンポンするありさまを「情動の連鎖」と呼んだんです。意気に感じることですよ。
 鈴木邦男氏が書いていることこそ初期ギリシア的な構えの本質です。ここにこそ右翼の本質があります。ところが彼が書いたことに誰も注目しない。右翼も古代ギリシア研究者も注目しない。おかしいでしょう。だからぼくはのちに、この本の新装版の解説を書いたんです。これは『援交から天皇へ』(朝日文庫)という拙著に収録されています。
 ぼくに言わせれば、こうしたことは思想的常識に属すると思います。資本主義を肯定するか否かは左右対立に関係ない。戦前右翼はほぼ例外なく資本主義を否定していました。再配分を肯定するか否かも左右対立に関係ない。北一輝や石原莞爾は再配分主義者でした。天皇主義か否かも左右対立に関係ない。昭和ファシズムを駆動した日蓮主義者は天皇を道具として使おうとする者でした。資本主義とか再配分とか天皇とかとは関係ないんです。
 こういう思想的常識を弁えない者が、自称他称で右だ左だのというのは、単なる馬鹿のタワゴトです。ミメーシス(感染的摸倣=情動の連鎖)ならびに、ミメーシスを可能ならしめる社会的文脈の保全に、強くコミットメントする、自身がミメーシスによって駆動される存在が、真の右翼です。これを思想史に言及せずに書くと『サイファ』になります。
 ただ『サイファ』を書いた2000年の段階だと、思想史に言及して「真の右翼」について語ると、誤解されて危険なんじゃないかと思っていました。今思えば、書き方がわかっていなかったのが大きい。相手(速水)の問いに答える形でなら、辛うじて書けるんじゃないかと思っていました。「やむにやまれず」とか「意気に感じて」とか、昔のヤクザ映画好きなら一瞬で痺れてしまう大衆芸能的なモチーフを、もう少し高尚な形で(笑)もっともらしく推奨できるんじゃないかと思ったんです。
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-22 - 11:38:53
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マル激トーク・オン・ディマンド更新しました。



http://www.videonews.com

■マル激トーク・オン・ディマンド 第466回(2010年03月20日)
なぜわれわれは社会の敵を求めるのか
ゲスト:弘中惇一郎氏(弁護士)

<プレビュー>
http://www.videonews.com/asx/marugeki_backnumber_pre/marugeki_466_pre.asx

 ロス疑惑の三浦和義、薬害エイズの安部英、鈴木宗男から加藤紘一、村上正邦、そして武富士の武井保雄から中森明菜、野村沙知代、叶姉妹、堀江貴文、そして今注目を集めている厚生省の村木厚子元局長。いずれも世間を賑わした著名な事件の主人公ばかりだが、この錚々たるメンバーの代理人を務める一人の弁護士がいる。カミソリ弘中との異名をとる弘中惇一郎氏だ。しかも弘中氏は、あたかも検察とメディアがタッグを組み、社会全体からのバッシングに晒された、いわば「社会の敵(パブリック・エネミー)」のような存在となった彼らに、多くの無罪判決や勝訴をもたらしているのだ。
 現在、弘中氏が弁護人を務める人物の一人が、厚労省が絡む郵便制度悪用事件で逮捕・起訴された村木厚子元厚生労働省雇用均等・児童家庭局長である。人望もあり、事務次官候補の呼び声が高かった村木氏は、健康保険福祉部の企画課長だった2004年、実態のない障害者団体に対して郵便割引制度の適用団体と認める偽の証明書を部下に命じてつくらせたとして、虚偽有印公文書作成・同行使の罪に問われている。
 しかし、この公判では、村木氏から指示を受けたとされる部下をはじめ、出廷した証人が次々と捜査段階の供述を覆し、村木氏の事件との関わりを否定するという異例の展開となっている。弘中氏は、村木氏にはそのような不正を働く動機がなく、まことしやかに報じられた政治家からの働きかけも公判で否定されていることを指摘した上で、この事件はそもそも検察が描いた構図に最初から無理があると言い切る。
 そもそも今回の事件は、障害者郵便割引制度を悪用し大量のダイレクトメールを発送して不正な利益を得た企業や団体関係者が逮捕・起訴された郵便法違反事件に端を発する。しかし、郵便法違反ではたかだか罰金刑で終わることを面白くないと見た大阪地検特捜部が、政治家と官僚トップを巻き込み、最初からシナリオありきでつくられた事件ではないかと弘中氏は見る。その背景には東京地検特捜部に対するライバル意識、特捜という看板を掲げるが故に、常に特別な事件をあげなければならないという気負いがあるとも指摘する。
 しかし、「事件をつくる」のは何も検察に限ったことではない。ロス銃撃事件も薬害エイズ事件もメディア報道が先行し、世論が感情的に吹き上がり、それらに後押しされた捜査当局が追随した事件だった。海外を自由に往来し、ブランド品に高級外車などバブルを先取ったような派手な生活を送る三浦氏、血友病の権威であり、特異な話しぶりや振るまいが高圧的に映る安部氏、聖域とされたマスメディア企業の買収に手を染め、社会規範に対する挑発的な言動がエスタブリッシュメントの反感を買った堀江氏。彼らはいずれも、マスコミや世間から容赦のないバッシングを受けつづけた挙げ句に、刑事訴追まで受けるという経過を辿っている。
 特に薬害エイズ事件に関しては、エイズという得体の知れない怖い病気で実際に多くの被害者が出ているという時期に、社会の不安を拭い去るためには、誰かを悪者にして、そこに原因を帰属させることで安心感を得たいという空気が社会全体を覆っていたと弘中氏は言う。
 しかし、現実には血液製剤による薬害エイズ問題は世界各国で起きており、海外では誰一人として臨床医の刑事責任など問われていないと弘中氏は言う。日本で安部氏がマスコミ報道や世間から叩かれて起訴されたのは、まさに人々の不安を静めるためのスケープゴートにされたに過ぎないと弘中氏は主張するのだ。
 しかし、それにしても最近の日本は、社会の共通の敵を見つけることに甚だ熱心のように見える。まずマスメディアがその先導役を務め、どこからか感情のフックを備えたネタを見つけてくる。そして、さんざん祭を盛り上げた上で、最後は真打ち登場とばかりに検察が現れ、悪者を退治して社会正義を貫徹する。それによって社会は溜飲を下げると同時に安堵感を得る。自由人権協会の代表幹事も務めた弘中氏の戦歴は、単に著名な刑事被告人を弁護してきたというだけでなく、著名人でありなおかつ目立つ存在であるが故に、社会が安心を得るための道具に使われた個人の人権を守ってきた歴史でもある。
 その弘中氏は、そうした正義の貫徹にやたらと検察や司直が入ってくる原因として、立法府や政治の機能不全を挙げる。社会の変化に立法システムが対応できず、人々の不全感や不安感が高まる中で、司法が本来の領域を超えて、それを手当する役割まで担うようになっている、あるいはそれを担わざるを得なくなっているというのだ。しかし、本来は立法が果たすべき機能を、逮捕権や公訴権を持った検察や警察が担うようになれば、無理な刑事捜査や人権侵害のリスクを招くことが避けられない。昨今の検察批判は同時に、政治の機能不全にも向けられなければならないということになる。
 「社会の敵」を弁護し、有罪率99.9%といわれる日本の刑事裁判において無罪を勝ち取ることで、検察の行き過ぎをチェックしてきた辣腕弁護士の弘中氏と、検察、司法、メディア、そしてそれらを取り巻く社会状況について議論した。



<今週のニュース・コメンタリー>

・東京都青少年健全育成条例が継続審議に
 なぜ「非実在青少年」の規制が無理筋なのか
・保坂展人氏の八ッ場ダム取材報告
 隠されたヒ素汚染と公共事業中止の対価



<関連番組>

■マル激トーク・オン・ディマンド 第458回(2010年01月23日)
検察の捜査について、これだけは言っておきたい
ゲスト:堀江貴文氏(株式会社ライブドア元代表取締役CEO)
http://www.videonews.com/on-demand/451460/001341.php

■マル激トーク・オン・ディマンド 第269回(2006年05月24日)
私が重大犯罪の被告を弁護しなければならない理由
ゲスト:安田好弘氏(弁護士)
http://www.videonews.com/on-demand/0261261270/000670.php

■マル激トーク・オン・ディマンド 第242回(2005年11月09日)
鈴木宗男は何と戦っているのか
ゲスト:鈴木宗男氏(衆議院議員)
http://www.videonews.com/on-demand/0241241250/000643.php

■マル激トーク・オン・ディマンド 第16回(2001年06月22日)
報道被害を生むものとは何か
ゲスト:三浦和義氏
http://www.videonews.com/on-demand/0011/000447.php


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投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-21 - 23:38:55
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高橋志臣さんがブログで、園子温監督『愛のむきだし』における僕の似非説教を文字起こししてくれました

高橋志臣さんがブログで、園子温監督『愛のむきだし』における僕の似非説教を文字起こししてくれました[句読点や区切りを一部かえました]。

GodandGolem,inc


映画本編では大幅に削られましたが、DVD版には特典映像として僕の「ゼロ教会神父」としての似非説教の全体(7分間)がアップされています。

実はこの説教、台本には「宮台さんが考える」となっていて、その場で台本を見て絶句しました(そんな台本ありかよ)。

園監督から「あなた方は選ばれた存在であるということを納得させるマインドコントロール的な説教をしてよ」とオーダーされておりました。

本番前に10分間時間を与えられ、即興で考えました。笑えるので読んでください。これは「〇〇〇シズム」によるユダヤ・キリスト教批判の典型です。

カンペはありません。僕のうさんくささの理由の一つはこういう即興能力にあります。こうした能力に必要な集中力はアウェアネス・トレーニングで磨きました(笘米地さん同様)。

だから、いろんな講演やスピーチや記者会見をやってきましたが、事前準備はまったくしません。直前10分間で考えます。そのほうが「良い話」ができるからです。

それでは、お楽しみください(笑)。

──────────────────────────

 あなた方は〈ケイヴ〉。地下洞窟に潜った状態です。

 かつてプラトンが、こういう比喩を述べています。

「われわれ人間達は、洞窟の中に居て、光を見ることがなく、光によって映し出された、壁面の影を見ているだけ」。

 みなさんも、まさしくそう言う、状態です。みなさん方の多くは、欲望のままに振る舞うことを、〈自由〉だという風に思っていらっしゃるかもしれません。欲望に近づくことが、欲望を、自由自在に叶えられることが、光に近づくことでしょうか。

 アリストテレスは、欲望や感情のことを、〈パトス〉と呼んでいます。〈パトス〉とは、これすなわち、「降りかかってくるもの」という意味です。

 雨や霰も降りかかってきます。さらに、目の前に木があったり、森があったり川があったり山があったりするということこれも〈パトス〉だという風に言います。モノも〈パトス〉。感情や欲望もパトスです。

 カントという人は、今のアリストテレスの、議論を踏まえた上で「欲望のままに振る舞う人間は、〈自由〉の対極にある存在、全き不自由な存在だという風に言います。なにゆえならば、欲望は、性欲は、さまざまな、金銭欲や物欲は、みなさまに、降りかかってくるものです。

欲望のままに振る舞えば、降りかかってくるもののままに、なってしまうということ、これすなわち、不自由そのものです。降りかかってくるものに負けるのではなく、降りかかってくるものにも関わらず、自分自身を自由自在にコントロールできること。これが、真の自由ということに、なるでしょう。

 それでは、真の自由を得たあなた方は、どこに向かえばいいのでしょうか。

 皆さんは旧約聖書その他で、ユダヤ教やキリスト教の、〈原罪〉の観念を学んでいるはずです。しかしこれは、旧約聖書の時代に、存在した、さまざまな宗教的な観念のごく一部にしか過ぎません。

 たとえば〈原罪〉とは何ですか? エデンの園で、ルシファーすなわち悪魔の唆しに応じて禁断の果実すなわち「智慧の実」を食べてしまったということ。これが〈原罪〉の源だという風に皆さんは教わって来たはず、です。

(遠くで車両が走る音。)

 しかし、旧約の外典、すなわち、旧約聖書として纏められた話の、そのまた別の話、によれば、まったく逆のことが語られています。

 ルシファーは、みなさん悪魔だという風に教わっていますが、これは「光の人」という意味です。

 たとえば、なんとかルクス、ていう風に言いますよね。明るさを示すために。ルクとかルシとかいうのは(luc)、「光」という意味です。ギリシャ語で言えば、プロメテウス。「火をもたらした人」という、そういう言葉とほとんど同じ意味になります。

 すなわち、旧約の外典によれば、ルシファーは、アダムとイヴをそそのかした悪魔ではなく、むしろ、エデンの園の管理人、主宰者、であるところの、ヤーウェ。このヤーウェのもとで、単なる動物的な存在に押しとどめられていた、彼らに、智慧を授け、自分たちの置かれている状態について自覚をさせ、ヤーウェよりももっと上にある、全知全能の神に近づくように、唆したというよりも、奨励した。励ました。そういう存在だという風に、語られています。

 みなさんが向かうべき光。それは、欲望を自由自在に、思う存分果たすという意味での自由、ということではありません。それは全き、不自由。皆さんは自らの主人となって、ルシファーすなわち光の人の、励ましに応えなければいけません。

 さらに。この教団にいらっしゃった皆さんは、世間の、普通の方々に比べれば、むしろ欲望を存分に果たしてきた人が多いでしょう。欲望を単に断念しただけの人間は、自分が、もし自由自在に欲望を果たせていればなあという風な、妄念を抱きがちです。

しかし、皆さんのように、ありとあらゆる邪悪な、あるいは猥褻で猥雑な、欲望にまみれた、人生を送ってきた方々は、むしろ、「気が済んでいる」というか、こんな状態が、こんな人生が、いつまで続くんだろう。こんな欲望や、煩悩にまみれた生活が、いつまで続くんだろうと、そういう風に思ってきた方々が多いはずです。

 そうしたあなた方こそまさに、光に向かうべき、資格を持っていると言う風に言えます。その意味で、みなさま方はまさに、「選ばれた存在」だと言えるでしょう。

投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-20 - 10:03:02
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東京都青少年健全育成条例に反対する漫画家たちの記者会見

さる3月15日月曜日、東京都庁舎にて、東京都青少年健全育成条例に反対する漫画家たちの記者会見がありました。議員会館で直前まで仕事があり、記者会見の前にあった都議会民主党総務会にとびこんで、記者会見が終了した後、再び議員会館方面に直帰しました。偶然、仕事時間のスキマに都議会民主党総務会と記者会見があって良かったです。実は前日まで出席が不可能な情勢だったのでした。

東京都青少年健全育成条例に反対する漫画家たちの記者会見

宮台からのアピール
http://www.ustream.tv/recorded/5465844
25分42秒から31分52秒(6分10秒)


投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-17 - 15:07:50
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「クール・ジャパノロジーの可能性」 第二日目:創造者たちのパネル

東京工業大学世界文明センター
国際シンポジウム「クール・ジャパノロジーの可能性」
第二日目:創造者たちのパネル

────────────────────────
第二日目の宮台真司プレゼンテーション
「『カワイイ』の本質:成熟しないまま性に乗り出すことの肯定」
in「Mar 6 part1」
http://www.ustream.tv/recorded/5222420
1時間46分10秒から2時間13分20秒まで(27分10秒)
────────────────────────

第二日目の宮台真司コメント(1)
「自分たちは贋物さという意識が消えたら、戯れは解放なのか」
in「Mar 6 part2」
http://www.ustream.tv/recorded/5225458
4分50秒から7分35秒(2分45秒)

第二日目の宮台真司コメント(2)
「解放のための読み替えメソッドが、強迫に結びついた歴史」
in「Mar 6 part2」
http://www.ustream.tv/recorded/5225458
08分55秒から10分40秒(1分45秒)

第二日目の宮台真司コメント(3)
「オフビート感あふれるアニメ『戦場でワルツを』」
in「Mar 6 part2」
http://www.ustream.tv/recorded/5225458
23分55秒から27秒15分(3分10秒)

第二日目の宮台真司コメント(4)
「社会システムの中に登録されたコンテンポラリーアート」
in「Mar 6 part2」
http://www.ustream.tv/recorded/5225458
32分00秒から34秒10分(2分10秒)

第二日目の宮台真司コメント(5)
「村上隆氏の作品は欧米の文脈では批評として機能する」
in「Mar 6 part2」
http://www.ustream.tv/recorded/5225458
39分15秒から41分10秒(2分5秒)

第二日目の宮台真司コメント(6)
「現実から退却することによる現実批評としての黒沢清」
in「Mar 6 part2」
http://www.ustream.tv/recorded/5225458
48分55秒から51秒40秒(2分45秒)

第二日目の宮台真司コメント(7)
「繭にこもるからこそ現実に何でもありで乗り出せた」
&「戯れが強迫であるのはツライ、自由な戯れへ」
in「Mar 6 part2」
http://www.ustream.tv/recorded/5225458
1時間5分40秒から1時間9分50秒(4分10秒)

第二日目の宮台真司コメント(8)
「日本では厳密な意味でのカリスマは不可能である」
in「Mar 6 part2」
http://www.ustream.tv/recorded/5225458
1時間13分40秒から1時間15分00秒(1分20秒)
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-17 - 10:05:28
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「クール・ジャパノロジーの可能性」 第1日目の宮台発言抜粋(動画)

東京工業大学世界文明センター
国際シンポジウム「クール・ジャパノロジーの可能性」
第1日目:研究者たちのパネル

────────────────────────
第一日目の宮台真司プレゼンテーション
「かわいいによる社会的文脈の無関連化機能」
in「symposium Mar day1 part2」
http://www.ustream.tv/recorded/5200337
28分20秒から58分20秒まで(30分00秒)
────────────────────────

第一日目の宮台真司コメント(1)
「日本のワーキングプアの特殊性」
in「symposium Mar day1 part3」
http://www.ustream.tv/recorded/5201265
8分30秒から14分20秒(4分50秒)

第一日目の宮台真司コメント(2)
「動員のための実践知の意図せざる機能」
in「symposium Mar day1 part3」
http://www.ustream.tv/recorded/5201265
30分55秒から33分00秒(2分5秒)

第一日目の宮台真司コメント(3)
「形式への感染を内容への感染と勘違いする」
in「symposium Mar day1 part3」
http://www.ustream.tv/recorded/5201265
43分05秒から46分10秒(3分5秒)

第一日目の宮台真司コメント(4)
「動員のための実践知の意図せざる機能」
in「symposium Mar day1 part3」
http://www.ustream.tv/recorded/5201265
30分55秒から33分00秒(2分5秒)

第一日目の宮台真司コメント(5)
「カウンター動員としての日本ポップ文化」
in「symposium Mar day1 part3」
http://www.ustream.tv/recorded/5201265
51分15秒から53分35秒(2分20秒)

第一日目の宮台真司コメント(6)
「アイデンティティーポリティクスを回避できない以上、利用せよ」
in「symposium Mar day1 part3」
http://www.ustream.tv/recorded/5201265
1時間00分05秒から1時間01分45秒(1分40秒)

第一日目の宮台真司コメント(7)
「どんな人間たちが社会的文脈の無関連化機能を要求するか?」
in「symposium Mar day1 part3」
http://www.ustream.tv/recorded/5201265
1時間08分10秒から1時間10分00秒(1分50秒)
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-17 - 09:17:12
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東京都青少年健全育成条例改正についての意見書

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東京都青少年健全育成条例改正についての意見書
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                         2010年3月15日
                             宮台真司


 私は大学で社会学を教える東京在住の大学教員で、3歳と0歳の女児の父親でもある。映画批評や音楽批評や漫画批評に長らく関わってきた者として、今回の条例改正、とりわけ非実在青少年に関わる非罰則規定(第七条 二)について意見を申し上げたい。

第七条 二 年齢又は服装、所持品、学年、背景その他の人の年齢を想起させる事項の表示又は音声による描写から十八歳未満として表現されていると認識されるもの(以下「非実在青少年」という。)を相手方とする又は非実在青少年による性交類似行為に係る非実在青少年の姿態を視覚により認識することができる方法でみだりに性的対象として肯定的に描写することにより、青少年の性に関する健全な判断能力の形成を阻害し、青少年の健全な成長を阻害するおそれがあるもの

【個人的保護法益と無関連な表現規制】
 法律や条例(あわせて法的規制と呼ぶ)にはそれによって保護される利益(保護法益)がある。保護法益が明瞭でない法的規制は無意味であるだけでなく、運用の恣意性を招いたり社会成員の行動や態度の萎縮を招いたりしかねないので、認められない。
 保護法益には個人的法益と社会的法益がある。個人的法益は個人の人権を侵害するか否かに関わる。実在する青少年の性行為や性体験を描くことは、性交合意年齢以前である場合は因より、13歳以上18歳未満の青少年においても個人的法益の侵害を生みやすい。
 日本も批准している子供の権利条約に従って子供や青少年に自己決定権が認められるとしても、自己決定権の行使に必要な尊厳(自己価値)を保全すべく、尊厳を脅かしかねない危険な行為から子供や青少年を隔離することは、子供の権利条約の精神に反しない。
 実在青少年が映画やビデオやゲームなどに出演ないし登場して性行為や性体験をすることは、成人が同行為や体験を行う場合に比べて、後に本人の禍根を残すような錯誤である蓋然性が高いと推定されるのであり、これが規制されるのは合理的である。
 しかるに、非実在青少年の性行為や性体験の描写については、実在青少年とは違って、これによって尊厳を侵害されることを通じて自己決定権を脅かされるような当事者は、存在しない。その意味で、非実在青少年に関わる描写の規制は個人的法益とは無関係である。
 非実在青少年の性行為や性体験を描写した表現によって、衝撃を受けたり、不快を感じたりする蓋然性については、受け取り方の個人差が大きい以上、表現規制ではなく、ゾーニング規制によって対処すべきであり、非実在青少年に関わる表現規制は不要である。

【表現ではなく受容環境の問題】
 個人的法益とは別に社会的法益の概念がある。社会的法益については、これを社会成員間の人権実現の両立可能性や人権実現の共有財(共通の基盤)を保護することを旨とする人権内在説の立場と、人権に外在する秩序の利益があると見る外在説の立場とがある。
 近代社会が成熟するにつれ(上からの近代化が不要になるにつれ)、秩序の利益として人権実現の両立可能性や共通基盤に関わるものを焦点化するリベラルな社会に変化してきた。社会成員への暴力とは無関係な秩序の利益の提唱に慎重たらざるを得ない所以である。
 社会成員間の人権実現の両立可能性や共通基盤を保全するという意味での社会的法益から見た場合、非実在青少年に関わる表現規制が如何なる意味で社会的法益の保護に資するのかが不明瞭であり、社会的法益についての一定の思い込みがあると推定せざるを得ない。
 どんな思い込みがあるのかをさらに推定してみることにしよう。最もありそうな思い込みの一つは、実在青少年の性行為や性体験が望ましくないのだとして、非実在青少年の性体験や性行為を描いた表現がそれを奨励し誘発するのではないか、というものである。
 暴力・性表現が暴力・性行為を誘発するとの立場を、マスコミ効果研究で強力効果説という。これに対し、素因を持つ者の行為の引き金を引くに過ぎない、あるいは一定の社会関係に置かれた者に対する誘発機能を果たすに過ぎないとの立場を、限定効果説という。
 後者から見ると、対人ネットワークの有無が、マスコミ効果を左右することが知られる。具体的には、家族や仲間と一緒に受容する場合、また事後に家族や仲間と内容について話し合う場合、マスコミ効果が中和されることが知られる。このことの含意が重要である。
 その含意は、メディア表現自体を規制するのでなく、メディア表現に接触する機会自体を制御することを推奨するものである。即ち子供が単独でゲームやビデオに接触し、あるいは接触した後に誰ともそれについて話し合わないような環境を、問題視するものである。
 これを踏まえて前者について言えば、子供が対人ネットワークによって保護されないままメディアと直接的に向かい合うような環境の継続こそが、素因を形づくるのではないかと見做す。ここでも素因の制禦は、対人ネットワークに関係づけられている。
 今日では、モノではなく関係性を、即ち、表現自体ではなく表現の受容環境を、制御することの重要性が広く認識されている。受容環境の制御が困難であるがゆえの次善の策として表現規制を持ち出す道理があり得るが、今回の条例改正はかかる道理を採っていない。
 こうした次善の策が適切か否かは、実際に受容環境の制御に関わる行政的施策がどれだけとられているかによって異なる。次善ならざる最善の策についての施策を放置したまま、次善の策に飛びつくのであれば、これは行政的怠慢の尻拭いに過ぎないというべぎである。

【社会的意思表示機能を評価する場合のバランス】
 もう一つあり得る思い込みは、表現の登場人物が実在しようがしまいが、一定の行為や体験が許容されないことについての社会的意思表示として、そうした行為や体験を描いた表現を規制することが意味を持つのではないか、というものである。これについて述べる。
 法理学の世界では、刑事に関わる(刑事罰を伴う)法律や条例は複数の機能を果たすとされる。第一は抑止機能。第二は感情的回復機能。第三は社会的意思表示機能である。第一と第二はとばして第三について言えば、集合体全体としての規範的意思の表明にあたる。
 こうした集合的な規範的意思表明という点から見れば、非実在青少年を登場させる表現の規制は、表現の登場人物が実在しなくても、あるいは今回の条例改正案のように罰則規定がなくても、単に無意味だというわけにいかない。むしろ一定の合理性があるだろう。
 しかし話はそれでは済まない。複雑な社会システムにおける合理性は、その複雑さに應じて多様な物差しで測られるべきである。非実在青少年を登場させる(視覚的)性表現が許されないというのであれば、従来一流とされてきた漫画作品の多くが許容されなくなる。
 ここでは一流か否かに焦点があるのではない。非実在青少年を登場させる性表現を通じてしか描けない大人や社会についての批判的描写があり得るということである。そうした描写が村上春樹の最新小説には許されて、漫画作品には許されないのは、不合理であろう。
 ことほどさように、非実在青少年を登場させる性表現の規制は、社会的意思表示機能を果たす「だけでなく」、社会の文化的な豊かさを支える表現を不公正に萎縮させる機能「をも」果たす。この場合、社会的意思表示機能を担う代替的行為があるか否かが問題になる。
 青少年の性行為や性体験に関する社会的意思表示機能について言えば、ことさらに非実在青少年に関する表現を通じてしか社会的意思表示ができないわけでは因よりない。むしろ社会的意思表示は、条例を改正するまでもなく本条例において遂行されてきたと言える。
 あり得る反論の一つは、非実在青少年を登場させる露骨な性表現が許容されていること自体が期せずして社会的意思表示になりかねないとの危惧に関わるものだ。この危惧は故なしとしない。だがこの危惧への対処が、表現規制でなければならない必然性はなかろう。
 先に触れたが、表現規制でなく、厳格なゾーニング規制(表現に接触可能な人・時間・場所の制限)を施すこと自体によっても、こうした社会的意思表示の機能を果たし得る。であれば、表現規制がもたらし得る副作用を回避しつつ、果実を獲得できることになろう。

【表現規制が一般に伴う運用恣意性の危険】
 最後に、性に関する表現規制に伴いがちな運用恣意性に関する危惧について触れる。私はかねて猥褻物頒布を禁じる刑法175条に異論を唱え、この立場から国会や裁判所などで幾度も意見を述べてきた経緯がある。これを再説し、一部追加的な論点を記すことにする。
 社会学的にいえば猥褻なるものは物の属性や実体ではない。寝室でなされる夫婦の営みは猥褻行為ではないし、学会でスライド映写される局部は猥褻物ではない。猥褻物についていえば、それが猥褻物として機能するか否から社会的文脈次第だと言わねばならない。
 加えて、猥褻観念は、非性的であるべき空間や関係や対象に性的なものが持ち込まれ当てがわれる場合に生じる性的感情に関係するが、どんな社会的文脈がどんな性的感情を惹起するかは人それぞれであり、かつ感情それ自体が制御や裁きの対象になってはならない。
 それは東浩紀氏の意見書が述べる近代社会の原則そのもの--外形に現れる行為のみを裁くのであって内面は断かない--に関係する。かように重大な事柄であるがゆえに、近代国家の多くでは、猥褻規制という表現規制でなくゾーニング規制が採用されてきたのである。
 これは憲法上は幸福追求権に算入されることになったが、見たくないものを見せられないで済む権利(子供に見せたくないものを親が見せないで済む権利)、一言でいえば「不意打ちを食らわない権利」を実現するための方策が、ゾーニング規制だと考えられている。
 加えて、何が猥褻(物)であるか--劣情を催させるか否か--の判断が恣意性の危険を伴うことも、表現規制でなくゾーニング規制が推奨されるべき理由になる。ゾーニングにも同じ恣意性が伴うが、表現規制に比べれば明らかに副作用が少ないからである。
 表現規制の最大の危険は、何が表現規制の対象になったのかが、表現規制ゆえに市民によって検証できなくなるところにある。ゾーニング規制の恣意性は市民による検証(による異議申し立て)の対象になるが、表現規制はそうした回路を切断してしまうのである。

【描写対象が非実在青少年であることによる危険の増幅】
 以上のようなことはすでに各所で述べてきたところであるが、今回の条例改正案にある非実在青少年に関わる視覚表現の規制が固有にはらむ問題について若干補足しておく。実在青少年に比して、非実在青少年に関わる視覚表現は年齢判断の恣意性が極度に高まる。
 設定上は成人なのに青少年にしか見えない登場人物もあれば、青少年という設定で成人にしか見えない登場人物もある。これらの場合、設定がポイントであるのか、青少年に見えるかどうかがポイントであるのかが、判然としない。これは重大な疑義につながり得る。
 日本の漫画やアニメの文化が世界的に受容されてきた背景の一つは、欧米の漫画やアニメと違って、設定が成人か青少年かに関係なく、キャラクターが「未成熟でカワイイ」ところにある。かかる文化的特性ゆえに、非実在青少年に関わる規定は問題をはらみやすい。
 設定が問題だというのであれは、極端な話、漫画の冒頭部分に「これは成人の登場人物によるコスプレごっこです」と断り書きすれば済むことになり、因より意味をなさない。見え方が問題だというのであれば、成人の性を描いた作品の多くさえNGになってしまう。
 法律や条例の立法を考える場合、わかりやすいケースではなく、こうしたわかりにくいケースがもたらす行政的裁量の恣意性を問題にせねならない。とりわけ今回の非実在青少年に関わる規定においては、わかりにくいケースは例外的どころかむしろ通常的たりうる。
 行政的裁量の恣意性を市民が常々監視しやすい条件を整えておくことが肝要である以上、非実在青少年を登場させる表現についての表現規制は極めて危険なものだと言わねばならない。かかる危険を賭してまで非実在青少年を問題視すべき合理的理由は存在しない。






投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-17 - 07:51:00
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.review × TSUTATA TOKYO ROPPONGI連続トークイベント

「コミュニティの過去・未来・現在」第0回 3/25(木)20時~ @TSUTATA TOKYO ROPPONGI 入場料: 無料 
「現代のコミュニティとはなにか」
西田亮介 × 宮台真司


2010年代の重要なキーワードに「コミュニティ」がある。
それは、イノベーションや創造の源泉でもあり、従来承認や帰属意識、信頼関係を調達する場でもあった。
そのような機能を有するさまざまな中小規模の集団についての観察と分析は、人文・社会科学を中心に古くから行われてきた。
だが、インターネット技術とそれに下支えされたコミュニケーションの普及と変容は、それらの集合体であるコミュニティにも少なからず影響を与えている。
このような社会的環境の変化を前提とする現代のコミュニティは、従来型のコミュニティとどこが異なり、なにが共通しているのだろうか。
また、現代のコミュニティを分析するためのフレームワークは、従来のものと同じでよいのだろうか。
このような問題圏を、サブカルチャーや若者論にも詳しい社会学者宮台真司氏をお招きして徹底的に論じていく。
そして、この対話を、4月からの.review × TOKYO TSUTAYA ROPPONGI 連続トークイベント「コミュニティの過去・未来・現在」のイントロダクションとする。

西田亮介
1983年京都生まれ。慶應義塾大学政策・メディア研究科助教。同博士課程在籍中。専門は地方自治体、企業、非営利組織等の連携による地域活性化の分析と実践。『現代用語の基礎知識2010』『中央公論』『思想地図vol.2』などに論文を寄稿。専門の地域活性化や非営利組織論からメディア論、教育論も扱う論客として各メディアで活躍する一方で、新しい書き手の発掘とメディアのハブをつくるproject「.review」でも注目を集めている。
Tip.Blog: http://web.sfc.keio.ac.jp/~ryosuke/tippingpoint/
project「.review」: http://dotreview.jp/

.review × TSUTAYA TOKYO ROPPONGI 連続トークイベント
「コミュニティの過去・現在・未来」
project .review: http://dotreview.jp/
TSUTAYA TOKYO ROPPONGI: http://ameblo.jp/tsutaya-2000
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-17 - 06:21:00
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マル激トーク・オン・ディマンド更新しました〈沖縄スペシャル〉

http://www.videonews.com

■マル激トーク・オン・ディマンド 第465回(2010年03月13日)
マル激スペシャルウィークin沖縄

http://www.videonews.com/on-demand/461470/001388.php

 今週のマル激トーク・オン・ディマンドは、マル激スペシャルin沖縄と称して、神保、宮台の両キャスターが沖縄を訪れ、現地のキーパーソンたちとシリーズで「普天間基地移設問題」を始めとする沖縄をめぐる様々な論点を議論した。
 まず、トップバッターとして、神保、宮台両キャスターは沖縄出身の民主党衆議院議員の玉城デニー氏を、沖縄市に訪ねた。一年生議員ながら、名護市長選の結果を「斟酌」する必要は無いと発言した平野官房長官に噛みつくなど、物申す沖縄選出議員として知られる玉城氏は、沖縄からみた「東京政治」のおかしさを厳しく指摘した。
 米兵と日本人女性の間に生まれ、父親を知らずに育ったという自身の出自にも触れながら、政府が沖縄に基地負担を求めるのであれば、それがどのような安全保障論に基づくものなのかをはっきりさせることが必要だと主張する。さしたる明確なビジョンもないまま、単に負担だけを沖縄に強いる現在の米軍基地のあり方が沖縄からいかに不合理なものに見えるかを、玉城氏の歯に衣着せぬ発言が浮き彫りにする。
 次に、マル激は、建築家ながら平和運動家として長年にわたり独自の活動を続けてきた真喜志好一氏の那覇の事務所を訪れた。真喜志氏は辺野古に新たな海兵隊の基地が建設された時、米軍はそこにオスプレイという新型の航空機を配備する計画があることを、独自の調査で突き止めた。しかし、真喜志氏がその事実を明らかにした直後に、その情報は米国防総省のホームページから削除され、実際には今日にいたるまで、米側からも日本政府側からも、オスプレイの配備計画は発表もされていないし、確認もされていない。しかし、オスプレイはこれまで事故が多く、騒音も従来のヘリコプターよりも大幅に大きくなるため、オスプレイ配備が事前に明らかになれば、沖縄で大反対運動が起きることは必至だ。そうした重大な事実を隠したまま、今も続く「普天間の代替地探し」の虚構に、沖縄の人々はとうに気づいていると真喜志は言う。
 真喜志氏はまた、米国防総省は既に1960年代から辺野古に軍港を含む大型の基地を建設する計画を持っており、この「普天間基地移設計画」は、米側から見れば、老朽化した普天間をかねてから希望していた辺野古の新しい基地へと差し替える良い機会に過ぎない、と指摘する。にもかかわらず、日本政府はこれを、危険な普天間基地の返還を実現するためのやむを得ない代償として国民に説明してきた。
 真喜志氏は更に、沖縄本島北部の東村高江で進められている米軍ヘリパッド建設も、オスプレイの練習施設になることを、豊富な資料をもとに説明する。
 その後マル激は、元『噂の真相』の編集長で、6年前に同誌を休刊させた後、沖縄に移り住んだ岡留安則氏を、岡留氏が沖縄で居城としている那覇の居酒屋「瓦屋」に訪ねた。沖縄移住以来、ゴルフ三昧の悠々自適な生活を送っているという岡留氏だが、今や伝説の雑誌となった噂の真相亡き後、メディアの劣化が更に進み、いよいよタブーに挑戦するメディアが一つも無くなったと嘆く。
 その後インターネットやツイッターなど新しいツールの登場で、噂の真相と同じようなことが、遙かに安価にできるようになったことを指摘する岡留氏は、いずれ何らかの形で噂の真相を復活させる計画にも触れる。
 続いて神保、宮台両キャスターは、今回の基地移設問題の発端となった普天間基地を抱える宜野湾市に伊波洋一市長を訪ねた。伊波氏は独自の調査で、アメリカが沖縄駐留中の海兵隊をほぼ丸々グアムに移す計画を持っていることを、アメリカの様々な公文書を通じて明らかにしている。普天間の海兵隊を移す先として辺野古に基地が必要とする日米両政府の主張は、実は中身が空っぽなのではないかというのが、伊波氏の主張だ。実は伊波氏はそのことを民主党政権の中枢に伝えるために、12月に上京しており、その際にビデオニュースでも短い緊急インタビューを行っているが、このたびその話をより詳しく聞いた。
 真喜志氏の話と伊波氏の話を併せて聞くことで、現在の「普天間基地移設問題」がいかに虚構に満ちているかが、次第に明らかになっていった。
 同じ日の夜、われわれは沖縄音楽をベースに世界に向けて新しい音楽を発信し続けるりんけんバンドのリーダー照屋林賢氏を北谷の林賢氏のスタジオ「アジマー」に訪ねた。照屋氏が語る沖縄音楽とそのルーツへの熱い思いに、自分たちの音楽と共同体を守り通して来た沖縄への誇りと、それをとうの昔に失ってしまった本土が様々な不合理な要求を突きつけている構図の背後にある憧憬と差別の混じった感情を感じ取らずにはいられなかった。
 佳境を迎えた沖縄取材は、少女暴行事件に端を発する沖縄の激しい怒りを背景に、当時の橋本政権がアメリカから普天間基地の返還の合意を取り付けた当時の沖縄県知事大田昌秀氏を氏の那覇の事務所に訪ねた。
 知事時代、米軍用地の強制収容の代理署名を拒否して沖縄の意思を明確に示した大田昌秀氏は、普天間返還が決まったその瞬間から、政府はその代替基地を提供することを念頭に置いていたのではないかと推測する。大田氏の懸念は的中し、その後普天間返還問題は辺野古への代替施設建設問題へと大きくシフトし、大田氏の知事選落選によって沖縄県が新基地計画を受け入れた結果、今日に至っている。
 大田氏は歴代の自民党政権は、最初から普天間に変わる海兵隊の基地を提供するつもりだったとの見方を示す。そして、アメリカ側は既に沖縄に兵力を置いておく必要性が無くなっているが、日本側がそれを強く望んでいるために、まだ一定の勢力が沖縄に残っているのではないかと主張する。それが思いやり予算であり、辺野古への新基地建設だと言うのだ。
 大田氏に知事時代に遡り、普天間移設問題が辺野古新基地建設問題にすり替わっていった経緯を聞いた。
 沖縄取材を締めくくる最後に、いわゆる沖縄密約の存在を裏付ける文書を米公文書館で発見した我部政明教授を那覇の琉球大学に訪ねた。
 奇しくもその2日前、日米密約問題に関する外務省有識者委員会の調査報告書が9日に公表され、4つの密約のうち3つが「密約」と認定されたところだったが、我部教授は密約が必要だった理由として、当時の日本政府の二枚舌外交を指摘する。つまり、日本はアメリカの軍事力にはすがりたいが、日本の世論がそれを許さないため、その間に齟齬ができる。そこを密約という形で、アメリカには「どうぞやってください」と言う一方で、日本国民に対しては「それはできないことになっている」と説明する、そんなことを繰り返してきたというわけだ。
 しかし、結局それは嘘をいかに隠すかということに他ならない。我部氏は、外務官僚が「国民をいかに騙すか」の一点にその能力を傾注してきたことに、怒りを隠さない。そして、その嘘をつき通す大前提に「最後は全部沖縄に押しつければいい」とする安直な考えがあったのではないか。
 我部氏に密約問題が露わにする日本外交の暗部と、沖縄問題との接点を聞いた。



<今週のニュース・コメンタリー>

・マル激スペシャルin沖縄から見えてきたもの
・密約が露わにした日本の二枚舌外交の限界
・温対法、痛み分けのなぜ?
 官僚、産業界、組合のどれにも弱い民主党政権の限




<関連番組>

マル激トーク・オン・ディマンド 第459回(2010年01月30日)
なぜ普天間問題がこじれるのか
ゲスト:鈴木宗男氏(衆議院外務委員長)
http://www.videonews.com/on-demand/451460/001351.php

マル激トーク・オン・ディマンド 第246回(2005年12月07日)
アメリカ依存から卒業するためにも憲法改正は必要
ゲスト:石破茂氏(元防衛庁長官)
http://www.videonews.com/on-demand/0241241250/000647.php

マル激トーク・オン・ディマンド 第156回(2004年03月19日)
『噂の真相』的ジャーナリズム論と日本メディアの衰退
ゲスト:岡留安則さん (『噂の真相』編集長)
http://www.videonews.com/on-demand/0151151160/000555.php

永田町コンフィデンシャル 第10回(2007年08月07日)
沖縄の声は、未だ届かない
ゲスト:下地幹郎氏(衆議院議員)
http://www.videonews.com/nagata/001010/000303.php

ニュース・コメンタリー (2010年02月27日)
保坂展人リポート 普天間移設問題は普天間移設問題に非ず
http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/001372.php

ニュース・コメンタリー (2009年12月12日)
アメリカは本当に怒っているのか
普天間移転問題で抜け落ちている論点
http://www.videonews.com/news-commentary/0001_3/001334.php

投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-14 - 08:14:52
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マル激トーク・オン・ディマンド、無料放送、沖縄編

 今週のマル激トーク・オン・ディマンドは、『マル激スペシャルウィークin沖縄』
と題して、神保・宮台両キャスターが沖縄にさまざまなゲストを訪ね、その対談の
模様を現地よりお送りします。(一部生中継予定)
 また今週のニュース・コメンタリーで一週間の沖縄取材を振り返ります。

沖縄から帰って參りました。
本来ならば一週間前に告知すべきところでしたが、ツイッターで代行させていただきました。

マル激のホームページhttp://www.videonews.com/から、全ての沖縄収録を見られます。
よろしくお願いします。


────────────────────────
http://www.videonews.com/


<沖縄での出演者>

・玉城デニー氏(衆議院議員)
・真喜志好一氏(建築家) 3月9日16:30~生放送
・岡留安則氏(元『噂の真相』編集長) 3月9日20:00~生放送
・伊波洋一氏(宜野湾市長)
・照屋林賢氏(りんけんバンド・リーダー) 3月10日17:00~生放送
・大田昌秀氏(元沖縄県知事) 3月11日11:30~生放送
・我部政明氏(琉球大学法文学部教授)

メールマガジンはWebサイト左上にて無料で登録可能です。

投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-13 - 10:27:10
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「クール・ジャパノロジーの可能性」昨日1日目はキャンセル待ちの全員が入場できました

国際シンポジウム「クール・ジャパノロジーの可能性」3月5日開催1日目は、600名定員が予約段階で満員でしたが、当日200名近いお客さんが来場しなかったので、約150名のキャンセル待ちの方々はすべて入場できました。

本日の3月6日2日目、14時からのシンポも、同じような事態になるかもしれません。キャンセル待ちをしても無理じゃないかと思っていらっしゃる方々にお伝えいたします。僕が責任を持つことは一切できませんが、もしかすると会場前でキャンセル待ちされれば入れる「かもしれません」。

東工大世界文明センターのウェブサイトはこちらです。
http://www.cswc.jp/
投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-06 - 11:15:43
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眠れてますか?




疲れているのに2週間以上十分眠れていないのは“うつ”のサインかもしれません。


内閣府「自殺対策 睡眠キャンペーン」
http://www8.cao.go.jp/jisatsutaisaku/suimin/index.html

NPO法人 自殺対策支援センター ライフリンク 清水康之代表のツイッター
http://twitter.com/yasushimizu



投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-01 - 17:52:12
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ウェブマガジン『B-plus』上での連載が更新されました




ウェブマガジン『B-plus』でのビジネスコラムの連載(インタビュー連載)、今月公開分がアップロードされました。以下のリンクからご覧ください。

http://www.business-plus.net/business/1003/114401.shtml



投稿者:miyadai
投稿日時:2010-03-01 - 17:42:50
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