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マル激で11年目を総括しました。まなもく全体がサイゾーに掲載されます

例によって、宮台発言の一部を抜粋して掲載します。全体は『サイゾー』5月18日発売号をご覧下さい。


〜〜〜
宮台:[再稼働問題に見る原発対応の出鱈目についての]第一の説明は、電力会社の法外な収益へのタカリ。地域独占供給体制(競争排除)と総括原価方式(高額料金)による収益に、どの地域も経済的、政治的、文化的に依存します。経済面では、地方マスコミから地元優良企業まで電力会社が大株主で、地元経済団体のボスは電力会社。政治面でも、自民党の集票母体は電力会社で、民主党の集票母体も電力労組。文化面でも、交響楽団から各種文化展まで電力会社が後援。最近一部商事会社が最高益をあげたけど、電力会社があり得ない価格で燃料を購入するからです。
 第二の説明は、自明性への依存。地方選挙では投票率3割が通常ですが、〈引き受けて考える作法〉ならざる〈任せてブー垂れる作法〉が政治文化だから。慣れ親しんだものに異論を唱えるのはKY(空気が読めないヤツ)で、贈収賄などがあった場合だけお灸をすえるべく自民党支持者が共産党に投票する。
 ちなみに日本以外の先進国はどこも電力会社と電源の組み合せを選べます。安いものを組み合わせても自然エネルギーだけ組み合わせても良い。需給調整に関するデマンドレスポンス(需要者側の調整協力)が常識で、需給調整特約(電力使用時刻をずらすと価格割引)を睨みながら電力使用時間を選ぶ。独占的電力会社にお任せじゃありません。ちなみに家庭用電力料金が日本より高い国があるという経産省のデータは、炭素税や消費税を上乗せした価格の比較で、単に嘘。また地域独占供給体制だから停電が少ないというのも、ドイツでは電力会社も電源を選べるけど停電時間は日本と同じで、嘘。嘘だらけです。

宮台: キーワードは〈戦略的思考〉と〈公的貢献心〉。まず〈戦略的思考〉から。民主主義の基本は多数決でなく〈引き受けて考える作法〉ですが、日本では〈空気に縛られる作法〉。最近始まったのではなく、江戸時代以降400年の歴史があります。かつては農村社会で、労働集約的共同作業で協調的に振る舞うほど多くの富をシェアできました。自治がありそうで実は武士にガバナンスを任せてきたがゆえの「協調性の成果」です。農民は武士の統治に依存し、自治の根幹を負担免除された状態で、労働集約的共同作業を行った。

宮台: そう。次に〈公的貢献心〉。僕の師匠、小室直樹先生は会津出身。貧しい母子家庭で育ち、近所に金銭的に支えられて学校に通いました。昔の日本では普通でした。村に神童がいる。カネがなくて進学できない。だから周囲が援助する。小室先生はカネだけでなく勉強部屋も与えられて会津高校で学び、京都大学に進み、渡米してMITとハーバードの大学院に入る。そんな先生が大衆に愚民感を抱くか。「この人たちが自分を支えてくれた、何か恩返しをしなければ」と考えるのが当然です。それが柳田國男によれば血縁主義や超越神信仰を欠いた日本的エリートの貢献心の源でした。今の日本はこうした報恩メカニズムが崩れ、「エリート」が公的貢献動機を持たないばかりか、大衆を愚民視します。
 ちなみに中国やユダヤは血縁主義で、大規模な親族が共有財をシェアします。「真司君は何になりたいの?弁護士になるなら彼を、医者になるなら彼女を、実業家になるなら私を頼りなさい」という具合。他方ユダヤキリスト教文化圏は「人が見ていなくても神は見ている」という超越神がいて、カトリックの祈りは「神よ、私が皆(共同体)を裏切らぬよう、見ていて下さい」が基本。個人の祈り=共同体の祈りです。今日まで存続する社会は公的貢献心の供給メカニズムがあります。日本社会はそれが壊れて、存続が難しい。

宮台: 共同体成員が神童を支えて中央に送り出し、そこで近代を学んでエリートになった神童は、共同体への報恩を動機付けられた。そうした共同体想いのエリートを掲げた共同体同士が競争的に切磋琢磨する…柳田が目指した自治の方向性です。ある時期までの日本では現実的でしたが、日露戦争勝利から大東亜戦争敗北までの間にこのメカニズムが壊れました。敗戦後は「冷戦体制&右肩あがり」を背景とした米国依存(的政府依存)が、報恩メカニズムの空洞を埋め合わせてきたけど、今はもう米国依存が全く機能しません

宮台: 戦後自民党は農村の余剰人口を都市部に移転、都市化&工業化で得た利益を農村に還元しました。つまり農村票に支えられた〈農村政党〉でしたが、農業人口の縮小を後押しする〈反農業政党〉でした。結果、戦前は六割の農業人口が二%になります。自民党は農村票を支える農村自体を空洞化させてきたのです。だから九〇年代以降農村基礎票を一貫して減らし、民主党政権への交代が起こりました。こうした構造変化を見れば自民党の長期政権復帰は不可能です
 入れ替わりに、都市住民の自治マインドを支えとした政権が立ち上がることを期待したけど、駄目でした。民主党初代首相の鳩山由紀夫は〈公的貢献心〉がありましたが、〈戦略的思考〉を欠き、やがて霞が関に翻弄されるようになって今やこの体たらく。民主党批判だけじゃ済まない問題で、永田町にも霞が関にも〈公的貢献心〉と〈戦略的思考〉を備えたエリートが乏しすぎるのです。畢竟〈社会の存続維持に必要な人材の選別&動機付け〉という意味での教育に失敗し続けています。日本人の考える教育は「幸せになるための教育」で「人を幸せにするための教育」ではない。日教組的な馬鹿サヨクの後遺症です。

宮台: 昔そう[人より制度が肝心だと]考えていたけど、今は違います。僕は文科省の寺脇研を支援する形で「ゆとり教育」化に関わって失敗しました。ゆとりが〈体験を通じた成長としての学び〉の時間増大の意味だったのに、日米構造協議を背景に労働時間短縮と結びついて週休二日化に象徴される時間数減少の意味に変じたのもあります。でも最も重大なのは教員人材の頽落。校長権限を強化し、校長次第ではクラスをなくすことも教員免状のない人が教壇に立つことも自由自在にしたのに、この新制度を利用し尽くしたのは盟友・藤原和博が日本発の民間人校長となった杉並区立和田中学校だけ。制度変更は〈心の習慣〉の変更を伴わない限り効果を発揮せず、逆に〈心の習慣〉の変更があれば制度がそのままでも結構いけます。
 カリスマ政治家が一旦は制度改革を成し遂げても、彼がいる間は人々の〈心の習慣〉が感染で変わったように見えて新制度が輝きますが、彼が退くと、変わったはずの〈心の習慣〉が復元し、制度は御利益を失う。〈心の習慣〉の変更はカリスマ感染だけでは足りず、ジョン・デューイが真の教育として定義した〈体験を通じた成長〉に抜きにあり得ません

宮台: [今の日本は]制度依存症です。〈心の習慣〉は丸山真男の盟友でもあるロバート・ベラーの言葉です。元はベラーの師匠タルコット・パーソンズが研究したマックス・ウェーバーの〈エートス〉つまり〈簡単に変えられない行為態度〉に由来します。
 ウェーバーによれば政治家には固有の〈エートス〉が必要です。例えば、行政官僚は既存プラットフォームの上での予算と人事をめぐる最適化を企図します。さもなければ淘汰されます。他方、政治家は、社会存続の桎梏となった既存プラットフォームの改変を企図しなければいけない。さもないと社会が淘汰されます。官僚と政治家は利害が衝突します。
 また一般市民は、命を失うことを恐れ、法を尊重しない者を糾弾します。でも政治家は、法を守ることに意味がある社会自体の存続のために、必要ならば法の外に出ることを辞さぬ存在でなければならない。法の外に出ることで社会に益する所が少なければ政治家は血祭りにあげられますが、政治家にその覚悟がなければ、社会が淘汰されます。
 つまり、合理的であることに意味がある社会の存続には、合理性の枠外で振る舞える存在が必要で、それが政治家だというのがウェーバーの主張でした。人が重要だということ。

宮台: 農村宗教の立正佼成会と対照的な、都市宗教の創価学会=公明党。機関決定絶対服従の共産党。これらは等身大の人間的視座を超える価値を基盤にしたコミュニケーションで成り立つ組織で、空気に抗う力を持ちやすい。ただ組織外部に対してであって、組織内部は「物言えば唇寒し」で〈空気に縛られる作法〉が支配します。ウェーバーによれば、内部道徳と外部道徳とが異なる二重規範状態が前近代的共同体の特徴です。


宮台: 空気の縛りを破るのは生々しい現前性だから、目に見える形で〈参加と自治〉の成果を示すことが第一です。そのためにも〈参加と自治〉を欠いた自治体や企業が生き残れないアーキテクチャを作ることが第二です。〈引き受けて考える作法〉と〈合理を尊重する作法〉を大切にすべきだと「べき論」を言っても、「べき論」が通用しないのが〈任せて文句垂れる作法〉と〈空気に縛られる作法〉の支配だから無理。ならば、これらの作法に従う共同体や結社を淘汰すべく〈補助金が欲しくて行政に従う社会〉から〈儲けるために善いことをする社会〉にシフトさせる。つまり補助金行政から政策的市場へのシフトです。このシフトがない限り、どのみち財政破綻するので、しばらく待てば良いだけです。
 第三に〈参加と自治〉を現実化するために、住民投票とコンセンサス会議の組合せを提案します。住民投票は「世論調査に基づく政治的決定」じゃない。半年後の投票に向け、ポピュリズムの批判に耐えるように住民同士が討論会やワークショップを繰り返し、民度を上げる。民度が上がると、行政が「専門家による決定」という形で特殊権益を温存したり、議会が「専門家不在ゆえの手打ち」の形で行政決定を丸呑みできなくなる。それが目的です。コンセンサス会議はワークショップの特定形式で、希望者から参加者を抽選、立場の違う専門家らの意見を聴取した上、専門家を排して参加者が最終決定します。医療におけるインフォームドコンセント&セカンドオピニオンと同じで、専門家に決めさせないことにポイントがある。行政が専門家を人選した段階でシナリオが決まっているからです。
 第四に「安全、安心、便利、快適」といった行政の御託を真に受けない。日本はどの国より「安全、安心、便利、快適」だけど幸福度は世界80位以下。自殺率はイギリスの4倍。高齢者所在不明問題、乳幼児虐待放置問題、孤独死、無縁死が蔓延します。十年以上前に浅草仲見世通りのファサードが統一されたけど、最悪でした。未規定なものや規定不能なものがないと人はソレを〈世界〉だと感じられないのです。人の幸福と尊厳は〈世界〉の規定不能性と表裏一体で、アジア的バラックを単なる整備対象と考えてはなりません。
 第五に、合理的(合法的)であることに意味がある社会を守るには、合理性(合法性)の枠外に出る営みが必要な場合があることを理解し、政治家に役人と同じこと(潔癖さ)を期待しない。
 繰り返すと、第一に〈参加と自治〉の成果。第二に「べき論」から「淘汰」へのシフト。第三に専門家に決めさせない仕組みへのシフト。第四に「便利&快適」が「幸福&尊厳」を意味しないことを理解させる教育と啓蒙。第五に合法性と合理性をめぐる背理を理解させる教育と啓蒙。総じて「〈世界〉の未規定性」への深い理解に結びついた処方箋です。

宮台: 「合理性の枠内に留まると、合理的であることに意味がある社会を守れない場合、どうするか?」というウェーバー的な政治倫理問題の先に、「どのみち社会が滅びると分かっている場合、どうするか?」というフーコー的な美学問題があります。後者は別名ストア派問題で、フーコーは精神の平穏を保つべく「不可能と知りつつ前に乗り出すこと」を奨励します。ストア派の時代に、ギリシア都市国家が単なる都市に頽落していたように、自治の母体が既に消滅している場合、かかる美学的免疫化を踏まえた上で、97年のアジア通貨危機におけるIMF支援体制化以降の韓国のごとく、財閥を24から6に減らし、中山間地を完全に放棄するといった、強力な「選択と集中」が不可欠になります。身軽になって英気を養った暁に、放棄したものを再選択する--例えば再入植する--というビジョン。このビジョンを、強制ではなく自己決定的なものとなし得るかどうかが、ポイントになります。

宮台: そう。でも、僕が申し上げたプロセスを日本全国が辿るのは無理な話。少数であれ、今申し上げてきたプロセスを辿れる自治的共同体を生み出せるか否が、ポイントです。

宮台: マル激の最初の書籍化が『漂流するメディア政治』で、そこで議論していた「見たくないものを見ないで済ませる傾向」が未解決です。原発が典型です。マル激がやってきたのは「どのみち誰もが気づく問題を先んじて言うこと」。つまり「見たくないものを見ないで済ませる」のでなく「目を開けてよく見ろ」と突きつけること。これは今後も僕らの役割です。11年前と変わったのは「見たくなくても見ざるを得ない問題」が増えたこと。当然「見たくないものを見て絶望する」向きが増える。でも絶望こそが必要です。そこで気力をなくすか否かを決めるのが価値です。希望がなければ先に進めない人には退場してもらう。絶望の淵に立っても価値に従って行動ができるか否か。そこがポイントです。

宮台:『噂の眞層』元編集長の川端幹人さんの話は貴重でした。彼が利害計算を越えてタブーに切り込めたのは「価値によって支えられた構え」を持っていたから。マル激も最近では「価値の話」に及ばざるを得なくなりました。「価値の話」をする上で、どんな素材をどう扱えばいいか。皆さんからもご提案いただきたいです。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-05-04 - 12:14:07
カテゴリー:お仕事で書いた文章 - トラックバック(0)

マル激で11年目を総括しました。まなもく全体がサイゾーに掲載されます

例によって、宮台発言の一部を抜粋して掲載します。全体は『サイゾー』5月18日発売号をご覧下さい。


〜〜〜
宮台:[再稼働問題に見る原発対応の出鱈目についての]第一の説明は、電力会社の法外な収益へのタカリ。地域独占供給体制(競争排除)と総括原価方式(高額料金)による収益に、どの地域も経済的、政治的、文化的に依存します。経済面では、地方マスコミから地元優良企業まで電力会社が大株主で、地元経済団体のボスは電力会社。政治面でも、自民党の集票母体は電力会社で、民主党の集票母体も電力労組。文化面でも、交響楽団から各種文化展まで電力会社が後援。最近一部商事会社が最高益をあげたけど、電力会社があり得ない価格で燃料を購入するからです。
 第二の説明は、自明性への依存。地方選挙では投票率3割が通常ですが、〈引き受けて考える作法〉ならざる〈任せてブー垂れる作法〉が政治文化だから。慣れ親しんだものに異論を唱えるのはKY(空気が読めないヤツ)で、贈収賄などがあった場合だけお灸をすえるべく自民党支持者が共産党に投票する。
 ちなみに日本以外の先進国はどこも電力会社と電源の組み合せを選べます。安いものを組み合わせても自然エネルギーだけ組み合わせても良い。需給調整に関するデマンドレスポンス(需要者側の調整協力)が常識で、需給調整特約(電力使用時刻をずらすと価格割引)を睨みながら電力使用時間を選ぶ。独占的電力会社にお任せじゃありません。ちなみに家庭用電力料金が日本より高い国があるという経産省のデータは、炭素税や消費税を上乗せした価格の比較で、単に嘘。また地域独占供給体制だから停電が少ないというのも、ドイツでは電力会社も電源を選べるけど停電時間は日本と同じで、嘘。嘘だらけです。

宮台: キーワードは〈戦略的思考〉と〈公的貢献心〉。まず〈戦略的思考〉から。民主主義の基本は多数決でなく〈引き受けて考える作法〉ですが、日本では〈空気に縛られる作法〉。最近始まったのではなく、江戸時代以降400年の歴史があります。かつては農村社会で、労働集約的共同作業で協調的に振る舞うほど多くの富をシェアできました。自治がありそうで実は武士にガバナンスを任せてきたがゆえの「協調性の成果」です。農民は武士の統治に依存し、自治の根幹を負担免除された状態で、労働集約的共同作業を行った。

宮台: そう。次に〈公的貢献心〉。僕の師匠、小室直樹先生は会津出身。貧しい母子家庭で育ち、近所に金銭的に支えられて学校に通いました。昔の日本では普通でした。村に神童がいる。カネがなくて進学できない。だから周囲が援助する。小室先生はカネだけでなく勉強部屋も与えられて会津高校で学び、京都大学に進み、渡米してMITとハーバードの大学院に入る。そんな先生が大衆に愚民感を抱くか。「この人たちが自分を支えてくれた、何か恩返しをしなければ」と考えるのが当然です。それが柳田國男によれば血縁主義や超越神信仰を欠いた日本的エリートの貢献心の源でした。今の日本はこうした報恩メカニズムが崩れ、「エリート」が公的貢献動機を持たないばかりか、大衆を愚民視します。
 ちなみに中国やユダヤは血縁主義で、大規模な親族が共有財をシェアします。「真司君は何になりたいの?弁護士になるなら彼を、医者になるなら彼女を、実業家になるなら私を頼りなさい」という具合。他方ユダヤキリスト教文化圏は「人が見ていなくても神は見ている」という超越神がいて、カトリックの祈りは「神よ、私が皆(共同体)を裏切らぬよう、見ていて下さい」が基本。個人の祈り=共同体の祈りです。今日まで存続する社会は公的貢献心の供給メカニズムがあります。日本社会はそれが壊れて、存続が難しい。

宮台: 共同体成員が神童を支えて中央に送り出し、そこで近代を学んでエリートになった神童は、共同体への報恩を動機付けられた。そうした共同体想いのエリートを掲げた共同体同士が競争的に切磋琢磨する…柳田が目指した自治の方向性です。ある時期までの日本では現実的でしたが、日露戦争勝利から大東亜戦争敗北までの間にこのメカニズムが壊れました。敗戦後は「冷戦体制&右肩あがり」を背景とした米国依存(的政府依存)が、報恩メカニズムの空洞を埋め合わせてきたけど、今はもう米国依存が全く機能しません

宮台: 戦後自民党は農村の余剰人口を都市部に移転、都市化&工業化で得た利益を農村に還元しました。つまり農村票に支えられた〈農村政党〉でしたが、農業人口の縮小を後押しする〈反農業政党〉でした。結果、戦前は六割の農業人口が二%になります。自民党は農村票を支える農村自体を空洞化させてきたのです。だから九〇年代以降農村基礎票を一貫して減らし、民主党政権への交代が起こりました。こうした構造変化を見れば自民党の長期政権復帰は不可能です
 入れ替わりに、都市住民の自治マインドを支えとした政権が立ち上がることを期待したけど、駄目でした。民主党初代首相の鳩山由紀夫は〈公的貢献心〉がありましたが、〈戦略的思考〉を欠き、やがて霞が関に翻弄されるようになって今やこの体たらく。民主党批判だけじゃ済まない問題で、永田町にも霞が関にも〈公的貢献心〉と〈戦略的思考〉を備えたエリートが乏しすぎるのです。畢竟〈社会の存続維持に必要な人材の選別&動機付け〉という意味での教育に失敗し続けています。日本人の考える教育は「幸せになるための教育」で「人を幸せにするための教育」ではない。日教組的な馬鹿サヨクの後遺症です。

神保: 長らく学歴社会と言われ、「東大や京大、早慶の出身者は選ばれた人間だ」という理屈が通用する時代もあったかもしれない。しかし、現在では「彼らは確かに偏差値が高く、要領はいいかもしれないが、実際にはあまり使えない場合が多い」ということが周知されています。つまり、今後は学歴以外の部分で人材の選別を行わなければならない。新しい制度設計が必要だということでしょうか?

宮台: 昔そう[人より制度が肝心だと]考えていたけど、今は違います。僕は文科省の寺脇研を支援する形で「ゆとり教育」化に関わって失敗しました。ゆとりが〈体験を通じた成長としての学び〉の時間増大の意味だったのに、日米構造協議を背景に労働時間短縮と結びついて週休二日化に象徴される時間数減少の意味に変じたのもあります。でも最も重大なのは教員人材の頽落。校長権限を強化し、校長次第ではクラスをなくすことも教員免状のない人が教壇に立つことも自由自在にしたのに、この新制度を利用し尽くしたのは盟友・藤原和博が日本発の民間人校長となった杉並区立和田中学校だけ。制度変更は〈心の習慣〉の変更を伴わない限り効果を発揮せず、逆に〈心の習慣〉の変更があれば制度がそのままでも結構いけます。
 カリスマ政治家が一旦は制度改革を成し遂げても、彼がいる間は人々の〈心の習慣〉が感染で変わったように見えて新制度が輝きますが、彼が退くと、変わったはずの〈心の習慣〉が復元し、制度は御利益を失う。〈心の習慣〉の変更はカリスマ感染だけでは足りず、ジョン・デューイが真の教育として定義した〈体験を通じた成長〉に抜きにあり得ません

宮台: [今の日本は]制度依存症です。〈心の習慣〉は丸山真男の盟友でもあるロバート・ベラーの言葉です。元はベラーの師匠タルコット・パーソンズが研究したマックス・ウェーバーの〈エートス〉つまり〈簡単に変えられない行為態度〉に由来します。
 ウェーバーによれば政治家には固有の〈エートス〉が必要です。例えば、行政官僚は既存プラットフォームの上での予算と人事をめぐる最適化を企図します。さもなければ淘汰されます。他方、政治家は、社会存続の桎梏となった既存プラットフォームの改変を企図しなければいけない。さもないと社会が淘汰されます。官僚と政治家は利害が衝突します。
 また一般市民は、命を失うことを恐れ、法を尊重しない者を糾弾します。でも政治家は、法を守ることに意味がある社会自体の存続のために、必要ならば法の外に出ることを辞さぬ存在でなければならない。法の外に出ることで社会に益する所が少なければ政治家は血祭りにあげられますが、政治家にその覚悟がなければ、社会が淘汰されます。
 つまり、合理的であることに意味がある社会の存続には、合理性の枠外で振る舞える存在が必要で、それが政治家だというのがウェーバーの主張でした。人が重要だということ。

宮台: 農村宗教の立正佼成会と対照的な、都市宗教の創価学会=公明党。機関決定絶対服従の共産党。これらは等身大の人間的視座を超える価値を基盤にしたコミュニケーションで成り立つ組織で、空気に抗う力を持ちやすい。ただ組織外部に対してであって、組織内部は「物言えば唇寒し」で〈空気に縛られる作法〉が支配します。ウェーバーによれば、内部道徳と外部道徳とが異なる二重規範状態が前近代的共同体の特徴です。

神保: 日本の状況はさまざまな意味で絶望的ですが、そのなかでどう活路を見出していくか、という話もしたいと思います。僕ら自身が何をすべきか、という問題でもありますが、このあたりの大方針はありますか?

宮台: 空気の縛りを破るのは生々しい現前性だから、目に見える形で〈参加と自治〉の成果を示すことが第一です。そのためにも〈参加と自治〉を欠いた自治体や企業が生き残れないアーキテクチャを作ることが第二です。〈引き受けて考える作法〉と〈合理を尊重する作法〉を大切にすべきだと「べき論」を言っても、「べき論」が通用しないのが〈任せて文句垂れる作法〉と〈空気に縛られる作法〉の支配だから無理。ならば、これらの作法に従う共同体や結社を淘汰すべく〈補助金が欲しくて行政に従う社会〉から〈儲けるために善いことをする社会〉にシフトさせる。つまり補助金行政から政策的市場へのシフトです。このシフトがない限り、どのみち財政破綻するので、しばらく待てば良いだけです。
 第三に〈参加と自治〉を現実化するために、住民投票とコンセンサス会議の組合せを提案します。住民投票は「世論調査に基づく政治的決定」じゃない。半年後の投票に向け、ポピュリズムの批判に耐えるように住民同士が討論会やワークショップを繰り返し、民度を上げる。民度が上がると、行政が「専門家による決定」という形で特殊権益を温存したり、議会が「専門家不在ゆえの手打ち」の形で行政決定を丸呑みできなくなる。それが目的です。コンセンサス会議はワークショップの特定形式で、希望者から参加者を抽選、立場の違う専門家らの意見を聴取した上、専門家を排して参加者が最終決定します。医療におけるインフォームドコンセント&セカンドオピニオンと同じで、専門家に決めさせないことにポイントがある。行政が専門家を人選した段階でシナリオが決まっているからです。
 第四に「安全、安心、便利、快適」といった行政の御託を真に受けない。日本はどの国より「安全、安心、便利、快適」だけど幸福度は世界80位以下。自殺率はイギリスの4倍。高齢者所在不明問題、乳幼児虐待放置問題、孤独死、無縁死が蔓延します。十年以上前に浅草仲見世通りのファサードが統一されたけど、最悪でした。未規定なものや規定不能なものがないと人はソレを〈世界〉だと感じられないのです。人の幸福と尊厳は〈世界〉の規定不能性と表裏一体で、アジア的バラックを単なる整備対象と考えてはなりません。
 第五に、合理的(合法的)であることに意味がある社会を守るには、合理性(合法性)の枠外に出る営みが必要な場合があることを理解し、政治家に役人と同じこと(潔癖さ)を期待しない。
 繰り返すと、第一に〈参加と自治〉の成果。第二に「べき論」から「淘汰」へのシフト。第三に専門家に決めさせない仕組みへのシフト。第四に「便利&快適」が「幸福&尊厳」を意味しないことを理解させる教育と啓蒙。第五に合法性と合理性をめぐる背理を理解させる教育と啓蒙。総じて「〈世界〉の未規定性」への深い理解に結びついた処方箋です。

宮台: 「合理性の枠内に留まると、合理的であることに意味がある社会を守れない場合、どうするか?」というウェーバー的な政治倫理問題の先に、「どのみち社会が滅びると分かっている場合、どうするか?」というフーコー的な美学問題があります。後者は別名ストア派問題で、フーコーは精神の平穏を保つべく「不可能と知りつつ前に乗り出すこと」を奨励します。ストア派の時代に、ギリシア都市国家が単なる都市に頽落していたように、自治の母体が既に消滅している場合、かかる美学的免疫化を踏まえた上で、97年のアジア通貨危機におけるIMF支援体制化以降の韓国のごとく、財閥を24から6に減らし、中山間地を完全に放棄するといった、強力な「選択と集中」が不可欠になります。身軽になって英気を養った暁に、放棄したものを再選択する--例えば再入植する--というビジョン。このビジョンを、強制ではなく自己決定的なものとなし得るかどうかが、ポイントになります。

宮台: そう。でも、僕が申し上げたプロセスを日本全国が辿るのは無理な話。少数であれ、今申し上げてきたプロセスを辿れる自治的共同体を生み出せるか否が、ポイントです。

宮台: マル激の最初の書籍化が『漂流するメディア政治』で、そこで議論していた「見たくないものを見ないで済ませる傾向」が未解決です。原発が典型です。マル激がやってきたのは「どのみち誰もが気づく問題を先んじて言うこと」。つまり「見たくないものを見ないで済ませる」のでなく「目を開けてよく見ろ」と突きつけること。これは今後も僕らの役割です。11年前と変わったのは「見たくなくても見ざるを得ない問題」が増えたこと。当然「見たくないものを見て絶望する」向きが増える。でも絶望こそが必要です。そこで気力をなくすか否かを決めるのが価値です。希望がなければ先に進めない人には退場してもらう。絶望の淵に立っても価値に従って行動ができるか否か。そこがポイントです。

宮台:『噂の眞層』元編集長の川端幹人さんの話は貴重でした。彼が利害計算を越えてタブーに切り込めたのは「価値によって支えられた構え」を持っていたから。マル激も最近では「価値の話」に及ばざるを得なくなりました。「価値の話」をする上で、どんな素材をどう扱えばいいか。皆さんからもご提案いただきたいです。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-05-04 - 12:10:39
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ウェブマガジン「VOBO」に僕のインタビュー記事「泥沼のマスキュリニティ」が載っています

先日ツイートしたとおり、コアマガジンの真面目なウェブマガジン「VOBO」に僕のインタビュー記事が載っています。


コイトゥス再考 #24

宮台真司 泥沼のマスキュリニティ



投稿者:miyadai
投稿日時:2012-04-25 - 17:41:32
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麻布高校の氷上信廣校長に依頼された新体育館建設のための麻布OBへの寄付呼びかけ文

僕が母校麻布をどう捉えているのかが分かる文章を書きましたのでアップロードします。
ちなみに、本文中で《15年前の雑誌》というのは『東京ストリート・ニュース』のことです。

女子高生たちがなぜ麻布ナンパ師がイヤだったかというと「おれ、麻布だけど」と言うからだそう。
彼女たちは「だから何なんだょ、てめー」と思ったそうです、つか、耳がイタイような気もします。

また本文中で《40年前の新聞で》とあるのは、朝日新聞の連載のことです。
この連載で麻布は「魔のX校」として名前を伏せてはありましたが、高校野球地区予選でのダーティな応援ぶりや、万引きしまくる傍若無人ぶりが、徹底的に批判されていました。

〜〜〜
 僕の知る限り、麻布OBほど、自己形成にとって母校が持つ意味を強調する人たちはいない。また僕の知る限り、麻布OBほど自分が通った学校が奇妙だったと意識する人たちもいない(酷い学校はいろいろあっても大抵凡庸な型に収まるという意味で奇妙ではない)。
 麻布的自己形成には良い面(例えば自己決定的)と悪い面(例えば愚民観)がある。15年前の雑誌によると、渋谷の女子高生に聞く「ナンパしてくる男子の印象ワースト1」は麻布だ。何事もいいとこどりは難しく、多分この場合も良い面と悪い面は表裏一体だろう。
 「副作用を伴う効用」という意味で、麻布という教育環境というか成育環境は、日本では稀有な実験だったのだと、常々思う。そうした実験が可能だったのも一定の社会的文脈があったからだろうか、昨今では麻布もだんだん普通の進学校に近づいてきたとも聞く。
 次第に自己決定的でなくなると同時に、愚民観も40年前の新聞で激しく批判された程でなくなってきた。是非の意見はあろうが、僕は寂しく感じる。と同時に、普通の進学校にならないように、機会のある限り校長や教員の方々に意見を申し上げていきたいと思う。
 そのためにも、具申が母校への強い愛に基づくものであることを証(あかし)したい。そう、母校への愛を証する数少ない機会がめぐってきた。思い出のあの体育館が老朽化の限界に近づいてきたのだ。麻布の未来への希望を託し、今こそ麻布OBの愛を見せよう。
〜〜〜

投稿者:miyadai
投稿日時:2012-04-09 - 10:48:00
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ワークショップを社会学的に論じる文章を書きました

ワークショップの社会学
―越えられない壁を「越える」ために―

【「社会化」と「エトス」】
 社会学が教育を扱う仕方は常識とは二点で異なる。第一に、教育を子供が幸せな大人になるためのものだと理解する向きが多いが、社会学では「動機づけと選別」を通じて社会システムの再生産に必要な、分業編成に応じた人材養成を行う営みだと理解する。
 謂わばパースンシステムでなく社会システムに準拠するこの種の理解は、例えばライオンが谷底に突き落として這い上がってきた子だけを育てるといった初期ギリシア以来の寓話として知られる。社会のために子供を不幸にしても良いとする構えである。
 第二に、教育の成功を教育する側の教育意図の貫徹には求めない。つまり学校や教室が適切な環境であるがゆえに授業が円滑に行われることに意味を見出さない。むしろ「荒れた」教室や学校で育つことで、社会システムが必要とする人材が供給されると見る。
 一九七一年に私が麻布中に進学した途端、中高紛争で数ヶ月間ロックアウトとなり、以降も全校集会や学年集会の繰返し。授業中にとラーメンの出前が来る有様で、教員らはこの学年はダメだと見放したが、意外にも歴代東大進学数2位(通常の1.5倍)だった。
 社会学はこれを、意図貫徹を期する親や教員の存在を含めた環境全体から子供が学ぶからだと説明する。関連命題を言えば、教育を知識や価値の伝達モデルで理解してはならない。社会学はそもそもコミュニケーションには伝達という現象が存在しないと見る。
 百年も経たずに社会成員の全体が入れ替わるのに「社会がその社会であり続ける」―意味はどうあれ「日本が日本であり続ける」―のは、考えればありそうもない。この奇跡を可能にする機制を理解するために社会学が採るのが、今述べた二点の視座である。
 今日の社会システム理論はこれらの視座を幾分難解な理論に組み込む。ここではニクラス・ルーマンを始めとするそれらを紹介するのは目的外なのでやめ、諸理論の前提となる社会学的思考伝統における二つの重要概念―「社会化」と「エトス」―を紹介する。

【パーソンズの「社会化」概念】
 近代経済学を学び、ドイツ留学後、マックス・ウェーバー論で学位論文を書いたタルコット・パーソンズは、社会システム理論の始祖として知られる。だが、巷に頻見するが、その理論を時代背景抜きに理解しようとすれば、最も重要な含意を取り落とす。
 一九二九年に始まった世界恐慌を受け、三三年にフランクリン・ルーズベルト米国大統領が就任、ニューディール政策が始まった。ニューディールとはトランプゲームの仕切り直しだが、仕切り直しのイデオロギーを提供することがパーソンズの目的だった。
 アダム・スミスは一八世紀半ばの『国富論』で「神の見えざる手」の言葉を残し、自由放任思想に先鞭をつけたとされる。だがその十七年前の『道徳感情論』では「見えざる手」が秩序を導くには、成員相互の同感(sympathy)可能性が前提になるとした。
 ウェーバーは二〇世紀初頭の『プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神』で、マルクス主義的な下部構造決定論を意識しつつ、特殊な宗教的営みが導くエトスが近代資本主義を生んだとした。エトスは倫理と訳されがちだが、行為態度と訳されるべきだ。
 パーソンズはこれらを踏まえ、恐慌は市場プレイヤーの「欲望の構造」に原因があると考えた。市場の価格決定点(需給均衡点)が初期手持量と選好構造(欲望の構造)で決まる以上、初期手持量の制御(再配分)に加え、選好構造の制御が必要になると見た。
 平たく言えば、専ら利己的人間が参加する市場と、専ら利他的人間が参加する市場では、市場の帰結が異なるということ。つまり資本主義の存続には一定枠内での「欲望の構造」の再生産が必要で、それには一定の価値セットの埋め込みが必要だと考えたのだ。
 価値セットの埋め込み(彼の言葉では内面化)を実現する社会システムの働きが社会化だ。注目すべきは社会化の主体が人(パーソンシステム)でなく社会システムだと見做されていることだ。教育したがる人の存在を含めた環境が価値セットを埋め込むのだ。
 彼の論議を踏まえ、一部論者は教育を「人為的社会化」と呼び、人為的社会化と非人為的社会化を合わせて社会化全体になるとするが、概念的混同だ。準拠システムが違う以上、教育意図に基く人為の社会システム上の帰結は人の前には姿を現さないからだ。
 とはいえ、パーソンズはかかる図式の提示を通じて、本質的には不可能だとされる人為的社会化を、事実上呼び掛けている。これらを踏まえれば、社会学にとって教育とは、本質的には不可能な、社会化の人為的操縦の営みのうち、子供に関わる部分だと言える。
 彼の発想は同時代の教育哲学者ジョン・デューイに似る。共に成員の社会への関わりの型--ロバート・ニール・ベラーの「心の習慣」--を世界恐慌に関わる決定的な制御因子だとする。だがパーソンズには「教育の不可能性」の示唆が含まれる点が、多少異なる。

【教育の不可能性と「エトス」】
 既に述べたが「教育の不可能性」は人から社会の全体性が見通せないところに由来する。言い換えると人が社会の全体性を見渡そうとした場合にスコトゥーマ(盲点)が不可避なことに由来する。社会の全体性を把捉したがる社会学者でさえ、それを免れない。
 こうした命題の実践的意義をエトスから眺めよう。私の師匠でもあった社会学者の小室直樹は一九八三年の著書『田中角栄の呪い』で今日を先取りする特捜検察批判をした。そこから当時のロッキード副社長コーチャンの嘱託尋問調書に関する記述を一瞥しよう。
 ロッキード事件の審理でこの嘱託尋問調書を検察側が証拠請求して裁判所が認めたが、二点で出鱈目だ。第一に、米国の嘱託尋問制度は免責特権を前提にするが、日本にこの制度がない。第二に、尋問は反対尋問を前提とするが、反対尋問権が封殺されている。
 証拠請求する特捜検察も出鱈目なら、証拠採用した裁判所も出鱈目だが、小室によればこの出鱈目は、エトスと一体になって初めて機能する制度なのに、仏作って魂入れずさながらに、近代法の制度的枠組だけ導入してエトスを蔑ろにしていることに由来する。
 小室の研究は先の敗戦に関わる「失敗学」を動機としていた。レイテ戦やインパール作戦では死者の大半が餓死と病死だが、武器弾薬はおろか水や食料についても兵站を欠き、作戦失敗が当然だったが、短期決戦なれば勝機ありとの理屈で作戦が押し通された。
 開戦直前に今でいうシンクタンクである総力戦研究所が日米開戦した場合の勝利確率を0%と算出し、陸軍参謀本部と海軍軍令部に上げられたのに、やはり短期決戦なれば勝機ありとの理屈で日米開戦がなされた。ところが東京裁判で驚愕の事態が起こった。
 作戦決定の当事者だったいわゆるA級戦犯の全員が「空気に抗えなかった」「今更やめられないと思った」「自分には決定権限がなかった」と証言したのだ。ここにあるのは、共同体そのものというより、共同体への埋没(による自己決定の不在)だと言える。
 小室によれば、敗戦理由を唯一つ挙げろと言われれば「近代的エトスの不在」を措いて他にない。先の敗戦だけではない。二〇一一年三月の大震災に伴う原発人災に関連した私のリサーチにおいても、原子力ムラにおける同様な事態があったと推定されている。
 また同書で小室は、法務大臣の指揮権発動がなされるべきだったとする。彼はウェーバーの『職業としての政治』に依拠してこう言う。第一に、政治倫理は市民倫理と異なる。法律を守ることは市民倫理の一部だが、政治倫理は違う。それが分かっていないと。
 法律を守っていたら法律を支える社会自体が滅びるが如き可能性のある場合、政治家は適宜法律の枠外に出て振舞わねばならない。目的とする社会存続のために、しかし法律を超えた振舞いが何の役にも立たなかった事実が判明した場合、当然血祭りで宜しい。
 小室は田中角栄が咎に当たらないとした。七二年に首相になった田中は敗戦後初めて対中国外交と対中東外交において自立外交の方向に踏出し、米国の逆鱗に触れた。事件が謀略か否かは横に置いても、田中有罪で今後数十年、独自外交が不可能になるは必定。
 第二に、小室は、ウェーバーが金権政治の中に「金のための政治」と「金による政治」を峻別、後者を政治的理念に基づくマキャベリズムとして擁護したことを紹介する。小室によれば、田中の金権政治は「金による政治」そのもので、擁護されるべきものだ。
 こうした重要政治家を愚昧な特捜検察が訴追した以上は直ちに指揮権発動によって訴追を取り止めさせる。それが近代政治のイロハのイだ。なのに検察も司法もマスコミもジャーナリストも学者も分かっていない。これまた近代的エトスの不在が原因だ、と。
 小室が挙げた各種の「近代的エトスの不在」は、福島第一原発事故を見ても、大阪地検特捜部の障害者郵便制度悪用事件証拠改竄を見ても、敗戦前から変わらず続く。その限りで戦後教育は無意味だが、近代的エトスの不在が教育界にも及ぶことに由来しよう。

【「エトス」を無視した日本の教育】
 原発災害や特捜暴走以外にも「近代的エトスの不在」問題を示唆する事例は枚挙に暇がない。直近では現・野田内閣が目指す消費増税だ。現段階では消費増税が二年間の時間稼ぎにしかない「焼け石に水」で、かつ景気をさらに冷え込ませることが確実である。
 日本は他先進国と比べて社会保障費の割合が最小で、公務員の人口比も最小だ。にもかかわらず他の先進国のどこよりも国家の借金(国債発行残高)が大きい。理由は政治家歳費でも公務員数でも消費税率でもない。先進国唯一のデフレと、補助金行政である。
 アジア通貨危機以来一五年間、名目成長率でEU諸国は2%、米国は4%前後で推移してきた。日本の名目成長率は一貫してマイナスで、物価下落を補正した実質でも0%前後。リフレ派は日銀金融政策の失敗に、構造改革派は産業構造改革の失敗に帰属する。
 次に補助金行政。国家の総支出は220兆円だが、国会で予算審議にかかるのは一般会計95兆円分。重複分を除き120兆円の特別会計がブラックボックスのままで、[特別措置法制定⇒特別会計確保⇒特殊法人樹立(天下り先)⇒業界配分(天下り先)]の原資だ。
 一瞬で蒸発する消費増税に意味はないどころか、最重要のデフレ政策と矛盾する。デフレ対策に必要なのは、産業構造改革と結びついた金融政策で、どのみち新興国に追いつかれる既得権益産業を身軽にするだけの金融緩和や雇用機制緩和は貧困化を助長する。
 補助金行政については、七〇年代の福祉国家財政破綻を機に先進国は〈行政に従ってオカネを貰う社会=補助金行政〉から〈善いことをしないと儲からない社会=政策的市場〉に転換。政治&行政は、ルールメイカー&管理者となり、民が事業主体となった。
 日本でだけこうした動きが生じなかった。小泉構造改革は「既得権益を身軽にする規制緩和」に過ぎず、資本移動自由化(グローバル化)の中で新興国興隆にもかかわらず国民に相当の労働分配率を保障するための産業構造改革に必要なルールメイクを怠った。
 九七年の京都議定書以来一五年間、先進国の環境政策は固定価格買取制と炭素税と排出量取引を三本柱としてきた。これらは全てルール変更によって市場均衡点を移動させる試みで、特に固定価格買取制の御蔭で多くの国が環境市場のトップランナーとなった。
 市場の自由か規制かという日本的二元論は無意味だ。だが二〇一〇年の参院選では都市部では「市場の自由」を主張するみんなの党、農村部では「規制」を主張する旧自民党が躍進した。相変わらず小泉改革的な「自由か規制か」的二元論が跋扈する有様だ。
 こうした出鱈目ぶりに教育界が責任を持たないはずがない。日本の教育界は「近代的エトスの不在」問題をどうするかという問題設定を全く欠く。ただし私は日本国民全員に近代的エトスを埋め込めと主張していない。たとえば柳田国男は別のプランを抱いた。
 近代的エトスを十分に持つエリートと、近代的エトスとは比較的無縁な大衆の組合せ。その際、エリートが愚民観の代わりに大衆貢献動機を持つように行為態度=心の習慣の埋め込みが必要になる。それには一定の共同体的な生活形式が必要になると彼は考えた。
 教育学者の藤田英典が明らかにしたように、国際学力比較調査の上位国がかつての日本のようにグループ学習を重視する一方、グループ学習から能力別編成へとシフトした日本は順位が転落したが、私見では貢献動機のエリートへの埋め込みに関連する問題だ。

【「近代的エトスの不在」克服とワークショップ】
 近代的エトスは多側面で語れるが、前述の政治システム関連で言えば、第一に〈任せて文句を言う社会〉から〈引き受けて考える社会〉へ、第二に〈空気に縛られる社会〉から〈合理を尊重する社会へ〉への転換が必要だ。敗戦後六十余年間言われ続けてきた。
 代表的論者は、敗戦に関わる「失敗の研究」から近代的啓蒙を志した丸山真男だが、丸山への強力な批判者で知られる先日(二〇一二年三月)逝去した吉本隆明も、反スターリニズムの立場から「自立」を称揚することで事実上は同一の転換を呼び掛けていた。
 だが先に述べたように、我々の社会は〈任せて文句を言う社会〉においても〈空気に縛られる社会〉においても全く変わっていない。非エリートどころかエリートにおいても変わっていないのだ。「近代的エトスの不在」は論壇の営み程度では変わらないのだ。
 教育の営みが期待される段だが、生徒にでなく社会に準拠する「社会化」概念や、知識よりも価値に準拠する「エトス」概念など、社会学的思考伝統に無頓着であったため、〈任せて文句を言う社会〉〈空気に縛られる社会〉を再生産してきた。何が足りないか。
 原発都民投票条例の制定を求める直接請求の請求代表人として署名活動をし、グリーンという価値に関心を寄せる人々が党派を越えて公開討論を行うためのプラットフォーム作りを目的とするグリーンアクティブを中沢新一らと立ち上げた私は、ワークショップに注目する。
 私が深く関わる住民投票問題に頻繁に見られる誤解とワークショップが関連しているから、それを切口としよう。住民投票は「世論調査による政治決定」の如きポピュリズムではない。住民の民度を上げることによる代議制民主主義の弊害の除去を目的とする。
 我が国でも巻町の原発住民投票における実績があるが、半年後なら半年後の住民投票に向けてワークショップと公開討論会を繰り返し、行政と企業に情報を出させ、立場の異なる専門家を次々に呼び、住民たちが「本当のところどうなのか」を見極める営みだ。
 その際ポイントが二つある。(1)専門家に決めさせないこと、(2)議会での手打ちを許さないこと。これらを一口で言えば[有識者会議の答申⇒行政的決定(法案の行政提案)⇒政治的決定(議会での立法)]という手順に潜む反民主的な出鱈目に照準するものだ。
 (1)を説明する。専門家は研究資金を要するがゆえに必然的に権益網の中にいる。ゆえに有識者会議の専門家メンバーを行政官僚が選んだ時点で(日本でも最終的な決済は大臣だが大抵は官僚提案の丸呑み)、シナリオは完成しており、会議の中身に意味はない。
 (2)を説明する。有識者会議の答申を内容的正当性の源泉とする法案条例案の行政提案を議会で審議し採決する。だが議員たちには専門知の共有がなく、大抵の議員たちは行政官僚の「御説明」に丸め込まれる。これを拒絶すると巧妙なサボタージュにさえ遭う。
 住民投票はこれらの回避を目的とする。そのため、住民投票&ワークショップという組合せで考える。欧州ではデンマークで開発されたコンセンサス会議という、ワークショップを通じた決定方法が広く採用される。その肝は「科学の民主化」にあると言える。
 ワークショップで扱うべき複数の論点がある。論点毎に異なるコーディネイターをワークショップ成員から選ぶ。各コーディネイターは論点に関して立場の異なる専門家を複数呼ぶ。成員は立場の異なる専門知を共有し、最後は専門家を排して合意形成に至る。
 これは医療におけるインフォームド・コンセント&セカンド・オピニオンに似る。患者は複数の医者から互いに異なる治療方針の説明を受け、最後は患者自身が決める。専門家の権威による誘導を排し、専門知をシェアした当事者や家族が相談して決定する。
 つまり住民投票の結果如何は最終目的ではない。住民投票に向けたワークショップの反復を通じて「本当のところはどうか」を見極めようとする営み。これがもたらす「気づき」による民度上昇で、行政官僚の誘導と議会での手打ちを牽制する。これが目的だ。
 当然ながら行政官僚と議員は嫌がる。現に都議会自民党は議会軽視を理由に原発都民投票条例の制定を求める直接請求の署名活動への非協力を呼びかけた。それでいい。住民たちはこうした動きを直ちに落選運動などにつなげていけば良いというだけの話だ。
 民主主義の本質は多数派政治にはない。「参加&自治」ならびにそれを支える「科学的態度&少数者尊重」の構えにある。皆で話し合ってどの立場が多数派かを見出すのではなく、参加&自治(科学的態度&少数者尊重)を通じて新たな気づきを獲得すること。
 住民投票とワークショップの組合せには、依存よりも自立を尊重する価値=目的プログラムと、依存から自立へ向かうための手順=条件プログラムが、ある。単に皆で話し合って決めれば良いという自堕落さから距離を取るための意志と工夫が要求されるのだ。

【ワークショップが可能にする「依存から自立へ」】
 我々はどこよりも安全で治安の良い国に暮らしている。それは警察統計が示している。どこよりも便利で快適な国に暮らしている。それは国民生活選好度調査が示している。だが日本の自殺は英国の四倍に及び、孤独死や無縁死が蔓延し、幸福度は八〇位以下だ。
 この逆説は〈任せて文句を言う社会〉〈空気に縛られる社会〉〈行政に従ってオカネを貰う社会〉に象徴される「依存」に関係する。〈引き受けて考える社会〉〈合理を尊重する社会〉〈儲けるべく善い事をする社会〉への―「自立」への―転換が必要である。
 参加&自治(科学的態度&少数者尊重)による共同体自治が必要だ。因みに学問的最前線では、共同体自治は、(1)安全保障(アンソニ・ギデンズ)、(2)決定正当性(ウルリヒ・ベック)、(3)実存的充実(スコット・ラッシュ)の、凡そ三側面で推奨されている。
 (1)は、食の安全保障・資源の安全保障・エネルギーの安全保障・技術の安全保障・文化の安全保障の多岐に渉る。(2)は、原発など高度技術の規定不能な―予測不能・計測不能・収拾不能な―リスクに関わる。(3)は、便利&快適と区別された幸福&尊厳に関わる。
 (3)について環境倫理学者ベアード・キャリコットを紹介する。彼によれば環境開発の失敗は人間を主体と考える思考(によるニーズの尊重)に由来する。人間ではなく場所を主体として―生き物として―考えねばならない。そうすれば逆に、尊厳を回復できる。
 関連して、沖縄に私とつながりがある若手建築家集団Crotonがある。彼らは、欧州の建築家や都市計画家では常識であるように、施主のニーズに直接対応せず、ワークショップを繰り返すことで、生き物としての場所性についての気づきをもたらそうとする。
 またしてもワークショップだ。私が関わる世田谷区基本構想委員会では、安全&安心、便利&快適は素晴らしいと認めた上、それが全てに優先する価値なのかを、怪我を容認するプレイパークの例などを基に議論、住民ワークショップにつなげようとしている。
 機能で記述される空間が尊厳を与えず、生き物として記述される場所が尊厳を与える。それを我々は日々の生活で良く知っている。例えばどちらの町が良いかと写真を示せば誰もが然るべく答えるだろう。だがその理由は言語化が難しく、ニーズとして現れない。
 だから我々住民は言語化できるものをニーズとして市場や行政に要求し、要求に応えた度合が国民生活選好度調査で「満足度」として計測され、ニーズに応えるシステムが放置されることで、自殺と孤独死と無縁死が蔓延する、幸福度が極度に低い社会になる。
 ニーズと尊厳のギャップへの「気づき」には手順が必要だ。「気づき」への手順としてワークショップがとても有効だ。それは前述したグリーンアクティブのワークショップを私自身がファシリテイトする中で実感する。以上は全て大人を対象とした例である。
 子供の場合はどうか。(株)リクルートの元フェロー藤原和博と私は一九九六年に『人生の教科書[よのなか]』を共著し、後に杉並区立和田中学校の民間人校長となった藤原はそこで書かれたプログラムを用いたワークショップ形式の[よのなか]科を設けた。
 私も自殺のワークショップにファシリテイタ役で関わった。生徒たちに二人ペアを組ませ、片方は自殺役、もう片方場自殺をとめる役として、ロールプレイする。それを通じて子供たちは自動的に幾つかの気づきを得る。そのうちの重要な三つだけを記そう。
 第一に、将来いいこともあるなどと自殺すべきでない理由を示す説得が逆効果だと気づく。自殺すべき理由がますます確かになって後に引けなくなる。第二に、君が死んだら自分は悲しいという言葉が効果的だと気づく。だが日頃の感情的な絆が必要だと判る。
 第三に、お腹が空いただろう、自殺は後にして取り敢えずご飯を食べよう、といった誘いが効果的だと気づく。誘いに乗れば大きな蓋然性で気分が変わるからだ。そのことは藤井誠二による練炭集団自殺のフィールドワークを通じて事実証明されていることだ。
 人の命は大切だという言葉は誰でも言える。だからそこに籠められた価値はルーチン化によりスルーされがちだ。自殺ワークショップにはルーチン化に抗って価値を再定立する機能がある。ここでは、救命という価値=目的プログラムが、強く意識されている。
 加えて、子供たちが前述した三点に「自動的に」気づくには、有効な手順=条件プログラム(if-then文の条件分岐図)に従ったファシリテイションが不可欠だ。これら両プログラムがマッチしたとき、御為ごかしを超えた実践的構えを得て、子供は自立しよう。
 多くのワークショップをファシリテイトした私の経験から言うと、参加者が大人か子供ではワークショップに本質的差異を与えない。人口学的属性・階層的属性・人格的属性を勘案した目的プログラムと条件プログラムのマッチングが、全ての場合で鍵になる。

【ワークショップのスコトゥーマ】
 ワークショップは巷間言われる通り、体験による気づきを通じた成長こそが教育というデューイの理念の現実化だが、今述べたように、皆で話し合えば気づきが得られるとか、皆で一緒に作業すれば気づきが得られるといった楽天性を徹底排除する必要がある。
 その意味で誰がファシリテイタ役になるかが重要だ。日本的稟議は根回しが鍵になるとすれば、ワークショップは根回しならざる仕込みが鍵だ。要はパターナリズム(父性的温情主義)を回避できない。ゆえに参加者から見たスコトゥーマ(盲点)が必ずある。
 今日の企業研修などで用いられるワークショップではコーチングの訓練を受けたファシリテータが立つ。コーチングのルーツはアウェアネストレーニング。日本で自己啓発と呼ばれてきたものだ。自己啓発のルーツにベトナム戦争を背景とした社会問題がある。
 海兵隊員は映画『フルメタル・ジャケット』の如き地獄の特訓を経て戦地に送られる。特訓目的は戦闘技術の習得よりもむしろ、変性意識下での日常的フレームの書き換えだ。米国は硫黄島決戦の調査からその必要を学んだ。謂わば殺人マシンを作るための洗脳だ。
 そのことがベトナム戦争からの帰還兵に問題を生じさせた。期間後に多くが麻薬や重犯罪に手を染めたのだ。書き換えられた潜在意識のフレームを再び日常生活に向いたフレームに書き戻す必要がある。そこで変性意識下での書き戻しプログラムが開発された。
 フロイト派精神医学などもベースにエンカウンターを経、ゲシュタルト療法、交流分析などが開発され、八〇年代に神経言語プログラミングが開発された。ストーリー、スクリプト、プログラム…言葉は違えど「変性意識下での潜在的枠組の書換え」が目的だ。
 これらが発展する過程でやがて企業研修に入ってきた。当初はエグゼクティブ(上級社員)向けだった。一口で言えば、通常なら欲望を制御するための意志力が強調されるが、意志力は多大なコストを要するので欲望そのものを書き換えてしまおうというのだ。
 私自身、七〇年代末に入ってきたばかりの自己啓発セミナーでハードな訓練を受けた。ハードさの余りパニック障害や統合失調を発症する場合さえあった。九二年頃に「成長した証拠に勧誘して来い」といった手法を手始めにバッシングを浴び、社会から消えた。
 というか、正確に言えば企業研修専門家や専門会社に衣替えして生き残った。だが企業研修に形を変えても―むしろ変えればこそ―問題が消えない。「欲望を克服すべく意志力を用いる代わりに欲望を書き換えよう」という欲望自体がどこに由来するかである。
 それを問わない限りアウェアネストレーニングは社畜を大量生産するための低コストのメソッドとなる。映画『ファイト・クラブ』や『ジェイソン・ボーン』シリーズに見られるように、米国社会ではこの危険に対する意識が、ある程度大衆的に拡がっている。
 九〇年代半ばまでは私自身がゼミナールでアウェアネストレーニングの手法を用いてワークショップをしてきた。だがあるとき学生の一人からそのことを見抜かれて危険を指摘された。以降は手法と機能を全て明らかにしてから、手法を用いることにしている。
 ことほどさようにワークショップがファシリテイタを要求するがゆえに論理必然的にスコトゥーマを伴う事実が、参加者全員に意識されねばならない。効果的なワークショップである程、自発性を越える内発性を用いた、しかし巧妙な洗脳手法であり得るのだ。
 ちなみに、損得勘定を計算した合理的選択は自発性に基づくものだが、損得勘定を超えた端的な欲望に従った場合によって不合理な選択は内発性に基づく。アウェアネストレーニングとは内発性の構造を変えることを目的とし、一部でエトスを変えると言える。

【導師がいるワークショップの意味】
 一部でエトスを変えると述べた。エトス(行為態度)は認知や評価や行動の構造で、認知や評価や行動自体にとっての「越えられない壁」をなす。潜在意識の構造(スクリプト、プログラム…)も意識にとっての「越えられない壁」をなす。両者は一部重なる。
 ただしエトスと言う場合は社会システムに準拠し、潜在意識という場合はパーソンシステムに準拠する違いがある。いずれにせよ「越えられない壁」を越えようとする営みは、それ自体「越えられない壁」に規定されるので、スコトゥーマからは逃れられない。
 にもかかわらず、パーソンシステムに準拠するとはいえ「越えられない壁」を越えようと企図するアウェアネストレーニングがそれなりに有効なのは、観察自体を規定するがゆえに観察できなかったものを、スコトゥーマはあっても観察する手順を含むからだ。
 アウェアネストレーニングの手法は、二〇世紀初頭に通過儀礼の概念を提唱したファン・ヘネップの記述に忠実である。ファン・ヘネップが世界各地の宗教儀礼に見出す、彼が通過儀礼と呼ぶ共通の形式は、離陸⇒混沌⇒着陸という三ステージを必ず内蔵する。
 混沌の段階は、後にビクター・ターナーがコムニタスの概念で記述するように、トランス即ち変性意識が優位となるステージで、ここで構造の書き換えが行われる。混沌を中間に挟んだ離陸と着陸は、それぞれ通常意識と変性意識の間の入口と出口に相当する。
 先にロールプレイを用いた中学校のワークショップを紹介したが、ロールプレイとは通常とは異なる役割の演劇的再現なので非日常感を伴い、参加者は変性意識に接近する。なお変性意識とは「通常ありそうもない意識状態」というだけで、相対的な概念である。
 さて、パーソンシステムにおける変性意識下での潜在意識の書換えと、社会システムにおけるカリスマの機能が近接する。ウェーバーによれば金銭やゲバルトに還元できない非日常的資質がカリスマだが、人々に広汎に変性意識をもたらす能力だと考えられる。
 ウェーバーは伝統的支配に伴う枠組はカリスマ的支配によってしか変えられないが、そのカリスマに伴う新しい枠組はやがて日常化して伝統的支配に回帰する。ビフォア&アフターでは伝統的支配に伴う枠組が変わっている。これは通過儀礼図式と等価である。
 その意味でウェーバーは社会の始原に集合的な変性意識状態を置く。この発想は同時代のエミール・デュルケムにも共通する。アナキズム(国家を否定する中間集団主義)に対し、彼は国家を否定しない中間集団主義を称揚し、国家の起源に集合的沸騰を置く。
 ワークショップが多かれ少なかれスコトゥーマと変性意識を伴う(ゆえに危険がある)ことを述べたが、同じことはカリスマにも集合的沸騰にも言える。それを踏まえた上で、凄い人物がもたらすミメーシス(感染的模倣)とワークショップの関係を述べる。
 既に述べた通りワークショップには多少なりとも変性意識が不可欠だ。変性意識―非日常的意識状態―をもたらす手段が複数ある。中でもアウェーネストレーニングにはグルとでも呼ぶべきカリスマを帯びたファシリテイタがつきものだ。その意味を考察する。
 ミメーシスを肯定する文書を残したのは紀元前五世紀後半に活躍したプラトンだが、ペロポネソス戦争敗北以降のアテネが貨幣経済化と階層分化で「重装歩兵の武器を買えない市民が奴隷から借金する」など混乱が進み共通感覚が壊れるにつれ、立場を変えた。
 具体的には、初期プラトンは凄い人物のそばに行くと優れたものが「感染する」過程を重視したが、敗戦を挟んで中期以降は、ミメーシスから距離をとる意志力と、イデー(普遍的真理)を見通す知恵を持つ、哲人王の必要を(不可能と知りつつ)説き始める。
 後続アリストテレスの用語に従えば、初期ギリシアの万物学(自然学と訳されるが不適切)から、メタ万物学(形而上学と訳されるが不適切)が分出した瞬間である。エリック・ハヴロックによれば、これはエクリチュール(書かれたもの)の一般化による。
 起源前六世紀以前に神官が用いていた文字が、アテネ市民に普及したのは、紀元前五世紀半ば以降のこと。それ以前の無文字段階では、教育においても説教においても娯楽(演劇)においても、韻律を伴う朗誦と、リズムを伴う舞踊が、広く用いられてきた。
 理由は二つだ。第一は、無文字社会において記憶を刻むための便法として有効だからだ。第二は、ミメーシス(模倣的感染)によって記述の伝達のみならず動機づけの伝達も行われるからだ。だが朗誦と舞踊による伝達は、共同身体性を伴う共通感覚を要する。
 それらが失われ、代わりにエクリチュールが普及する。ミメーシスがありそうもないことになるにつれ、逆に文字を用いた記憶の外部化が進む。そこでプラトンは、書記言語を眼光紙背に徹して読み解き普遍的真理を発見する構えを、統治の必要として見出す。
 だが中期以降のプラトンを読めば事柄は微妙だ。哲人王とは、常人がとらわれがちなミメーシス(感染的模倣)を越える―「越えられない壁」を越える―存在であることでミメーシスを引き起こす。ミメーシスを越え屹立することでミメーシスを起こす存在だ。
 哲人をどう育成できるのか。プラトンが作った学校「アカデメイア」における導師(グル)と弟子の長期の関係を通じてである。そこでは哲人の知恵は単に言葉で伝えられる知識を越えた、ある種の構え--「越えられない壁」を越える構え―だと考えられている。
 前述のように私も参加経験のある和田中学校での藤原和博校長(当時)のワークショップでは、藤原校長が教師を超えた導師としてファシリテイトしていて、彼が連れて来るホームレスやニューハーフなどの「極端」が、変性意識のフックとして機能していた。
 彼がファシリテイトしたワークショップの数々は極めて有効なものだが、これらはスコトゥーマを伴うパターナリズムを意識的に利用した「導師のいるワークショップ」で、ミメーシスをめぐる哲人王的な非対称性が前提となる。有効性と危険は表裏一体である。

【ワークショップとプラグマティズム】
 だが「導師のいるワークショップ」は、それが如何に危険であれ、適宜用いられる必要がある。ここでは導師が全体性を指し示せる、日常を俯瞰する特権的存在として在る。まさに哲人王である。なぜ全体性と俯瞰なのか。「ロールズの転向」に仮託してみよう。
 一九九二年の冷戦体制終焉直後、ジョン・ロールズが『政治的リベラリズム』(一九九三年)を著し、物議を醸す。そこでは一九七一年の『正義論』以降主張されてきた「正義の普遍的構想」が遺棄され、代わりに「正義の政治的構想」が採用されていたからだ。
 『正義論』は周知のように、無知のベール(どこのポジションに生まれ変われるか情報がない状態で社会に生まれ変わる場合にどんな社会を望むか)と反照的均衡(理論と感覚の間に乖離があれば理論を感覚に近づけるべく改鋳する)を方法的な柱としていた。
 そこでは社会成員がゲーム理論で言うマクシミン戦略―最悪事態の最小化―に基づき社会を評価すると仮定された。だが基本財の選定から価値の重み付けに至るまで文化的負荷抜きの中立的主体を構想できないとするコミュニタリアンらの批判に晒されてきた。
 これら批判は、普遍主義を標榜するロールズ的リベラリズムが、所詮米国のローカル価値を前提にしたコミュニタリアニズムに過ぎないとの主張だが、ロールズはこれに折れた。二〇一一年にワンチュク国王の来日で話題になったブータン王国を例にとろう。
 政治学に従えばブータンは独裁的神政政治だ。ワンチュク国王の地位を見れば『正義論』第一原理(平等な基本的自由)と、第二原理のうち機会均等原理に反するのは明らかだが、第二原理のうち格差原理(不平等は弱者のため)を満たす。これはNGなのか。
 普遍主義的リベラリズムを標榜する『正義論』に従えばNGだが、政治的リベラリズムを標榜する『政治的リベラリズム』に従えばOKとなる。この転換は、公正を評価するに際して、規範性に対する事実性の重みを、相対的に高く見積もるものだと言える。
 別の角度から言えば、事実上米国一国における諸個人の公正な共生から、世界大における諸共同体の公正な共生へと、相対的に力点をシフトしたものだ。こうしたシフトを全面的に支持する立場が、リチャード・ローティが自称するプラグマティズムである。
 ローティは述べる。人権とは何かという問いは米国独立やフランス革命に遡れば二百年以上の歴史を持つ。だが一九六〇年代半ばに至るまで黒人と女性は一人前の人間として認められなかったので人権が制限された。人間とは何かという問いこそ重要でないか。
 ここで彼は重要な提起をする。人間とは何かとの問いは、人権とは何かとの問いと違い、独立宣言に遡れば見出されるが如き原理でなく、実践的に再生産される境界線に関わる。例えば、人間とはコレコレと知識を得ても、人種差別的な認識は変えられない。
 処方箋として彼が提示するのは、幼少期から男女や多人種がごちゃごちゃに混ざって遊び学ぶという感情教育の実践だ。これを彼はプラトン主義的探求に抗うプラグマティズムだと述べ、自らはジョン・デューイの後継者であると自認する。意味は明瞭だろう。
 そもそもプラグマティズムを実用主義と訳すのは誤りだ。プラグマティズムは、ルーツがニーチェも影響を受けた米国超越論的哲学の鼻祖ラルフ・ワルド・エマソンに遡るように、エマソンならば「内なる光」と表現する内発性の宿しや変更を最終目的とする。
 先に反復した比喩を援用すれば、「越えられない壁」の何たるかを探求するに留らず、「越えられない壁」を越える方法と動機付けを調達する実践がプラグマティズムである。私見では、ロールズはプラグマティックな観点から「普遍主義的」構想を遺棄したのだ。
 米国一国主義の謗りを浴びる『正義論』の「普遍主義的」構想に拘っていては、公正な世界社会の建設に向けた実践を調達できず、「越えられない壁」の前で頓挫する。であれば敢えて「普遍主義」を捨てることで「越えられない壁」を越えようではないかと。
 単に規範をイデーとして主張するのでなく、実践を通じて感情的境界線のシフトを事実的にもたらそうとするローティ的な感情教育の企図は、学びとは「経験を通じた成長」だと主張したデューイの企図と重なる。ロールズの転向はこの観点から擁護できる。
 先にワークショップの目標は「経験を通じた成長」にあると述べたが、ローティ的に言い直せば「実践による気づきを通じて感情的境界線のシフトを事実的にもたらす営み」となる。冒頭に紹介したパーソンズに倣えば「価値セットの更新」に当たるだろう。
 「感情的境界線のシフト」や「価値セットの更新」は、三択問題で正解を答えられるようになるのとは異なる。複雑な社会システムにおける教育では答えの出ない問題が重要だ―藤原和博の言葉では「正解よりも納得解が重要だ」―というのはこれに関連する。
 巷間誤解されがちなように「事実が複雑で探求がまだ不十分だ」という意味ではない。感情や価値の問題であるがゆえに「どんな感情的枠組や価値的枠組に依拠するかで最適解や許容解(満足解)が変わることを理解しなければならない」ということなのである。
 感情的枠組や価値的枠組は、知識と違って「分かりましたか?」「分かりました」で済まない。口では何とでも言えるのが感情や価値の問題だ。だがその場で内面を隠して言葉を取り繕っても、彼や彼女の実践に感情と価値が刻印される。簡単に変えられない。
 「実践による気づきを通じて感情的境界線のシフトを事実的にもたらす営み」であるプラグマティズムから見て、有効なワークショップに導師が欠かせない。そもそも〈世界〉とは何かという全体性イメージの刷新こそ境界線のシフトを有効にもたらすからだ。
 宗教的表現を控えるべきだが、部分でなく全体を、全体は全体でも〈社会〉よりも〈世界〉のそれを体現するように見える人がいる。控え目に言えば自分より遥かに〈世界〉の全体性を弁えていると思える人がいて、ワークショップの有効性を幾重にも増幅する。
 だから藤原和博の[よのなか]科のような「導師のいるワークショップ」は不可欠だ。それは、ブータン王国が幸福度一位であることと、ワンチュク国王なる導師がいることが、切っても切れない関係にあることを見れば、思い半ばに過ぎる。両者は似た問題だ。

【「越えられない壁」を越えるためのワークショップ】
 危険を承知で「導師のいるワークショップ」に触れたのは意図がある。一口で言えば、「人々が所謂合理性の枠内で行動する場合、合理的に行動することに意味があるような社会が崩壊するしかない」という逆説が人々の目にますます可視的になってきたからだ。
 これは「政治家が合法性の枠内で行動する場合、合法的に行動することに意味があるような社会が崩壊する場合がある」というウェーバー的命題のコロラリーだ。普通に考えば、企図が失敗すれば脱法者として血祭りにあげられる政治家の、なり手がいない。
 むろん、なり手がいなければ社会は崩壊するだろう。だがもっと深い問題は、たとえなり手がいても社会が崩壊することが確実な場合、どんな社会的な振舞いが推奨されるかだ。これに向きあったのが、晩年にストア派を称揚したミシェル・フーコーであった。
 アテネの最盛期がパルテノン神殿建設期(紀元前五世紀前半)とすると、ストア派はそれから一五〇年経った紀元前四世紀末から紀元前三世紀にかけてのものだ。都市国家はマケドニア帝国の単なる都市へと落ちぶれ、かつての栄光は見る影もなかった時代だ。
 今日との通底を考えて言えば、不可能性を刻印された時代ということになろう。そこでは精神の平穏が重視され、アパタイア(感情からの解放)が称揚された。フーコーはこれを社会からの退却としては捉えず、逆に美学的な実践の称揚として捉えたのだった。
 不可能と知りつつ前に進む美学的な実践のみが、人を不安な感情から解放し、精神の平穏をもたらす。目標実現の可能不可能に一喜一憂しない、しかも自暴自棄から遠く離れた沈着冷静な実践の推奨。かかる構えは確かに人にミメーシスをもたらすはずである。
 不可能と知りつつ前に進む。こうした観点からポリテース(ポリス的存在)よりもコスモポリテース(コスモポリタン的存在)が称揚された。だが、アイザイア・バーリンは、こうした構えは、追い詰められた者が余儀なくされた精神的勝利法だと言い切った。
 この批判は一般にバーリンによるロマン主義批判として知られる。だがよく読むと、これは、不可能性を忘却した営みを批判している。不可能性を意識する初期ロマン派と、不可能性を忘却する後期ロマン派の対比は有名だが、後期ロマン派を批判しているのだ。
 ストア派はポリスの不可能性に直面したが、ヘルムト・プレスナーによれば初期ロマン派はフランス革命の不可能性と一神教の不可能性の双方に直面した。そこで不可能な全体性を希求するロマン派が生まれたが、程なく可能な全体性(民族精神)に短絡した。
 二〇世紀半ばのバーリンが反ナチズムならびに反スターリニズムの立場から、可能な全体性を追求する構えを、単なる欠落の埋合せ―追い詰められた者の精神的勝利法―として批判したのは当然のことだ。だがストア派も初期ロマン派もそうしたものではない。
 冷戦体制の終焉当初は、ロールズ転向に見るように、「越えられない壁」を越えるべく、普遍主義というローカリズムの克服が課題となり、プラグマティズムが称揚された。だが続いて新世紀への変わり目前後から近代的なものの不可能性の意識が高まってきた。
 これは単なる反近代主義ではない。近代的なものの不可避性と不可能性が同時に意識されるのだ。具体的には先進各国におけるグローバル化対応と民主政治の両立不可能の問題として―典型的には不安を背景としたポピュリズムとして―現象するようになった。
 我々には民主主義しかあり得ないが、民主主義ではどうにもならない問題が浮上つつあるとの意識は、ジョルジュ・アガンペンなど多くの論者に共有される。不合理な選択肢を敢えて採る構えや、不可能性を意識しつつ前に進む構えが、必要になっているのだ。
 そこでは「越えられない壁」を越えることがますますありそうもないこととして意識されている。こうした意識にもかかわらず社会(社会システム)と実存(パーソンシステム)を適切に維持するには、内在と超越の関係についての超越論的視座が欠かせない。
 神秘体験の存在は神秘現象の存在を意味しないというカール・グスタフ・ユングの有名な言葉が示すように、我々に与えられるのは〈世界〉でなく〈世界体験〉にすぎない。〈世界〉を〈世界体験〉へと変換する函数が、社会システムとパーソンシステムである。
 だからユングは〈世界体験〉の型としてのアーキタイプに注目した。彼はそれを社会でもパーソンでもなく、集合無意識―社会システムとパーソンシステムの合成函数―に帰属させた。だからこそ社会と人格に再帰的に関わることで〈世界体験〉が姿を変える。
 前述のエマソン、今のユング、シュタイナー教育で有名なルドルフ・シュタイナーは、私見ではこうした見方をシェアしている。彼らは神秘主義者として扱われがちだが、実践を通じて感情的境界線のシフトを事実的にもたらそうとするプラグマティストである。
 シュタイナーによれば、我々が〈世界〉をどう体験するか―どんなイメージと感情を経験するか―は育ち方で変わる。だから臨界年齢が大切だ。字の読み書きや計算の能力は比較的後でも取り返せるが、〈世界〉を感情的に触知する能力は臨界年齢が早いのだ。
 後から取り返せるものより、取り返せしにくいものを優先するのが、シュタイナーだ。さもないと〈世界体験〉の深度が浅くなり、可能性が可能性として、不可能性が不可能性としてしか見えなくなって、「越えられない壁」を越えようとする企図が消えるのだ。
 臨界年齢の概念はジャン・ピアジェやローレンス・コールバーグを通じて知られるが、シュタイナーはこれを〈世界体験〉の深度に結びつけ、体験を通じた成長としての学びにとって、適切な時期に適切な刺激に触れさせるパターナリズムが不可欠だとしたのだ。
 その意味で、体験を通じた成長としての学びの場を周到にデザインしたワークショップが大切になる。有能なファシリテイタが必要となる所以だ。シュタイナー教育でも森の体験が重要視されるが、最後に、私的実践にも触れつつ森とエトスの関係を一瞥する。

【宗教の欠落をカバーするためのワークショップ】
 先に、太平洋戦争の日米開戦やインパール作戦における「短期決戦なれば勝機あり」が、空気に縛られる者たちの認知の歪みであることを指摘した。別角度から言えば、ここには「見たくないものを見ないで済ませる」というエトス=心の習慣が明らかにある。
 「見たくないものを見ない」悪弊は今日も続く。原発絶対安全神話を支えたシミュレーションは、初めから絶対安全の結論が出るようなパラメータを選んだ結果だった。原発政策を支える有識者会議も原発権益の中にいる専門家が多数になるよう選んだ結果だ。
 福島原発事故で原発災害が広域に及んだにもかかわらず、政府が原発再稼働に際して事前説明で合意を得る地元を半径10キロ圏とする方針を固めた(二〇一二年三月)のも、原発の補助金利権が及ぶ範囲だけを選んで、地元と称した結果だ。全てが同型的である。
 それだけでない。私が請求代表者として関わる原発都民投票条例の直接請求のための署名活動は、政府による二〇一一年一二月一六日の終息宣言以降、逆風に見舞われた。東京近辺では「まだ放射能とか言ってるの?もう忘れたい」という空気が拡がったのだ。
 総じて「見たくないものを見ない」作法が蔓延するが、宗教社会学的背景がある。原初的な神表象は「見る神」で、「誰も見てなくても神が見ている」という観念を伴うことを宗教学が明らかにした。ユダヤ・キリスト・イスラム教の絶対神も「見る神」だ。
 旧約聖書の創世記に見る箱舟伝承も、大洪水が、人が忘れても神が忘れないことに由来するというふうに述べる。だから「人が忘れない」ようにする。他方、数十年に一度は大震災が襲う日本を見ると、喉元過ぎれば…で容易に「人が忘れて」しまうのである。
 ユダヤ・キリスト教的絶対神がいない以上、人の視座を越える視座を持たないのは仕方ないとされる。だがこれは間違っている。例えば沖縄の信仰史を見ると、鎮守の森が消えると人々が御嶽(うたき)から離れるのが分かる。本土も基本的には同じであった。
 私はしばしば子供と日暮れ時まで森で遊ぶ。暗闇が迫った森では鳥や獣たちが騒ぎ、先程までとは打って変わって「得体の知れないもの」として立ち現れ、子供を恐れさせる。だが以降の子供は自信を失うどころか、逆に翌日から堂々とした佇まいに成長する。
 我々が森と共に在ったとき、「誰が見てなくても森(の妖怪ら)が見ている」という観念の御蔭で、我々は人の視座を越える視座を持てた。だが多くの場所で森が消滅した。ワークショップで体験を通じた成長を組織する者は、そのことに敏感たらざるを得ない。
 森の体験を組織できないのなら、どんな体験がその機能的等価物たり得るのか。人の視座を越えた視座への敏感さを、どんな体験がもたらしてくれるか。これらの問いを、体験を通じた成長を企図するワークショップが、射程に収めずにいられるわけがない。
 本を読んでもドリルをやっても「越えられない壁」がある。エトス(ウェーバー)や価値セット(パーソンズ)や心の習慣(ベラー)がもたらす制約のせいだ。これに挑戦して制約を刷新することが、体験を通じた成長を企図するワークショップの目的である。
 従前自分を制約してきたエトスや価値セットや心の習慣から、人為的セッションを通じて自由になるという意味で、それは「まなびほぐし」だ。まなびほぐしを通じて自由になり、知識の習得が手段的に貢献する最終目的(を支える最終価値)が刷新される…。
 好むと好まざるとにかかわらず、先に紹介した理由から、遠からず日本では従来の経済ゲームも政治ゲームも社会ゲームも不可能になろう。そのときに備えた免疫化という意味だけでも「まなびほぐし」が必要になる。ワークショップが注目されるべき所以だ。

参考文献表  膨大なので割愛します。
投稿者:miyadai
投稿日時:2012-04-09 - 10:46:32
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